DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第21話 陥落指定地域

 静岡とは、関東への出入り口である鎌倉府と隣接した中部地方の一地域である。北に日本アルプス、南に駿河湾を臨んだ交通の要衝であり、古くから陸海路の整備が進められてきた。加えて農業、漁業、工業、観光業とバランスよく産業が発展した、あらゆる意味で豊かな土地と言えるだろう。

 しかし、そんなもの今となっては過去の栄華。現在の静岡はネストに巣くわれ、ヒュージの跋扈する陥落指定地域なのだから。

 

「静岡が落ちたのは、海からの大型ヒュージ上陸と内陸部でのケイブ発生が同時に起きたからだ」

 

 陥落当時の状況をおさらいしているのは、他でもない鶴紗であった。ガンシップから降りた後に一柳隊で設営した仮拠点にて、周囲を警戒しつつも隊の皆が話に耳を傾けている。

 仮拠点と言っても大層なものではない。手頃なサイズのパイプテントとパイプ椅子。予備の第一世代チャームを詰め込んだチャームポッドを設置しただけの簡易陣地だった。

 

「それ、今話す必要のあることか?」

 

 鶴紗の語りに、梅が異議を唱える。険しい顔と責めるような口調で。

 しかし鶴紗は口を閉じなかった。

 元々、静岡行きが決定してから、鶴紗は周りに気を遣われている雰囲気を感じ取っていた。鶴紗の出身地である事実に、意図的に触れないようにしているらしいのだ。

 ただの自意識過剰かもしれない。

 それでもその雰囲気が居心地悪くて、鶴紗はあえて自分から静岡陥落の話を持ち出した。

 

「防衛戦当初、リリィの主力は上陸するラージ級の群れを迎え撃とうと海岸部に集まっていた。そこでの戦いは有利に進んだんだけど、突然複数のケイブが内陸の山間部に出現したんだ。あの頃はまだ、ケイブの探知技術が未熟だったから」

 

 淡々と話す鶴紗だが、そんな彼女のことを、梅が渋柿でも食ったかのような顔で見つめ続けていた。

 梅の言いたいことは鶴紗にも大体分かった。鶴紗が無理にこんな話をしていると考えたのだろう。

 確かに気分の良いものではない。だが今となっては、頑なに口をつぐむ程のことでもなかった。少なくとも、このレギオンの仲間たちの前では。

 なので鶴紗は話を続ける。

 

「県内各所から湧き出したヒュージに内陸の戦線は崩壊。静岡地区を担当していた防衛軍一個旅団は分断されて、損害を出しながら鎌倉方面に撤退していった。……最後まで残った司令部は全滅したけどね」

 

 話し終えた直後、僅かな時間だが沈黙が流れた。

 しかしややあって、神琳が鶴紗の後を引き継ぐ。

 

「その後はご存じの通り、静岡は陥落指定地域となりました。ですが東西に長いこの地はヒュージの群れも分散しており、未だ健在の街も少なくありません」

「熱海の市街が有名ですよね。陥落指定地域でありながら、自慢の温泉と旅館で今も観光業を続けています」

「そうですね、二水さん。人というのは全くもって逞しい生き物です」

 

 神琳に加わる形で二水が声を弾ませた。

 実際、ヒュージによって陥落しながらも人が残り続ける土地は多い。熱海などは陥落以前から観光客向けに空路が整備されてきたため、尚更と言えた。

 

「そろそろ出発すべきだわ。まだ正午過ぎだけど、どれだけ時間が掛かるか分からないのだから」

「はい! 皆さん、日が暮れる前に終わらせましょう!」

 

 夢結と梨璃の号令によって一時の休息は終わりを告げる。

 仮拠点はこのまま。あまり嬉しい事態ではないが、もしも調査が日を跨ぐようなら、持ち込んだ寝袋をここで広げて交代で休まなければならない。

 この仮拠点、話に上がった熱海市街から海沿いに南へ下った所にある。海岸線からやや内陸に進んだ小高い平地。鎌倉への復路はこの場所にガンシップを呼び寄せることになっていた。

 目的の工場跡地は、ここから更に内陸へ向かう必要がある。

 

 一柳隊は各々チャームを抱えて西進を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話を蒸し返すようで何ですけど、本当に私たちで良かったんですかね?」

 

 起伏のあるデコボコ道を足早に歩きながら、隊列の最後方に位置する二水が疑問の声を上げた。

 鶴紗は二水から離れた前衛だが、辺りに人の喧騒もヒュージとの戦闘音も無いので彼女の耳にも届いている。

 

「幾ら無関係ではないと言っても、流石にゲヘナ関連の機密に触れるのはまずいんじゃあ……」

「知られるとまずい情報なら、易々とは手が出んようになっとるじゃろう」

 

 不安を覗かせる二水に対し、彼女の左前方を行くミリアムが答える。

 

「わしらの仕事はあくまでも情報収集。情報の分析や解析は解析科の仕事じゃ。そのためにこいつを持たされたんじゃからの」

 

 ミリアムは二水を安心させるようにそう言いながら、腰のベルトポーチをポンポンと叩く。中に入っているのはマイクロサイズのカード。これを差し込むことで、端末からデータを容易にコピーしたり吸い出せたりできるらしい。開発者はミリアムのお姉様、百由である。

 ちなみに同じカードを梨璃も一つ持っていた。万が一、戦闘で破損した際の備えとして。

 もっとも開発者曰く、「二階から投げ落としても米軍の空爆で焼け出されても平気!」とのことだが。

 

「まあこのような時期ですから。高ランクのレギオンはできるだけ温存しておきたいのでしょう」

 

 司令塔としてフォーメーションのセンターを務める楓がそう言った。

 文面だけ見れば自嘲にも思える台詞。しかし実際、気にしている様子は見られない。理由はどうあれ外征を任された事実を以って良しとしたのだろう。最初に特型の追討を命じられた時に比べて、心境の変化があったのか。

 

「このような時期というのは、湯河原方面での反攻作戦を指しているのですね」

「ええ。実際にネスト攻略までいかなくとも、敵地に進出して戦力の漸減ぐらい狙うのではなくて?」

 

 同じく司令塔の神琳が会話に加わってきた。彼女は円盾型のチャーム、マソレリックを構えて楓の左前方を守っている。

 

「もう一つ、生徒会やガーデンとしては湯河原や甲州が手薄の現状に、罠の可能性も考慮していると思われます。これまでの特型の行動を見れば、杞憂と切っては捨てられません」

 

 神琳の意見はもっともだ。

 しかしそれが事実なら、どちらにせよ強豪レギオンを不用意に動かしはしないだろう。当事者のレギオン自身が強く望みでもしない限り。

 

「だからこそ、わしら一柳隊のような愚連隊の出番というわけじゃな」

 

 自慢にならないことを自慢げに言うミリアム。

 そんな彼女に誰かが突っ込みを入れる前に、隊の先頭を行く夢結が声を上げる。

 

「お喋りはおしまい。見えてきたわよ」

 

 鶴紗たちの進行方向、切り立った崖を下りた先に窪地が広がっている。その中心部にある箱型の建造物が調査対象の製薬工場跡地だ。

 敷地も広いし建物自体も三階建てで中々大きい。左右を崖に挟まれ、前後には幅広の道路が伸びている。陥落以前から人家とは離れており、何かの実験施設と見た場合は悪くない立地と言える。

 

 具体的な調査のやり方を定めるべく、一柳隊は崖上で会議を持つことにした。

 その際、鶴紗の視界に何とは無しに、工場より更に向こうの景色が映り込む。

 反対側の崖を越えた先には緑の野が続いていた。目を凝らすと、鶴紗はその正体に気が付く。

 茶だ。茶畑だ。

 今は世話をする人間が居ないために荒れてはいるが、紛れもなく茶の葉っぱの緑であった。

 

「本当に、帰ってきたんだ……」

 

 意図せずして鶴紗の口から言葉がついて出た。

 この時初めて、鶴紗は故郷に足を踏み入れたことを実感したのだ。

 

 失った故郷、因縁の故郷、逃げ出した故郷――――

 

「鶴紗」

 

 横から肩を叩かれて思考を霧散させる。

 叩いてきた相手は丸い瞳を細め、鶴紗の様子を窺っているようだった。

 

「平気です」

 

 鶴紗は短くそう答えた。

 素っ気ないのはいつものこと。だからなのか、梅もそれ以上は追及してこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崖上にはシューティングモードのアステリオンを携えた雨嘉。傍には同じくシューティングモードのグングニルを抱えた二水も居る。

 

「対象建造物周辺5キロ以内にヒュージ反応は見られません」

 

 眼下の窪地を睨みながら報告する二水だが、彼女の明るい茶髪には黒いヘアバンドとそこから斜め上に伸びた三角の布地が見える。まるで猫耳のようだった。

 勿論ただのアクセサリーではない。頭部装備型のヒュージサーチャーである。皆が持つ携帯内蔵式のものよりも精度が良い。今回の調査任務に当たってガーデンから支給されていたのだ。

 

「じゃあ私は『鷹の目』があるので、サーチャーは調査班のミリアムさんにお渡ししますね」

「うむ、預かるぞ」

「いやー、ミリアムさんの猫耳姿! この場に百由様が居なくて残念ですねえ」

「居なくて良かったわい……」

 

 げんなりとしながらも、ミリアムの顔には薄らと赤みが差していた。

 そのミリアムを含め、楓、夢結、梅、そして鶴紗の五人が調査班のメンバーだ。彼女らが実際に工場内へと立ち入ることになる。

 夢結を先頭に、調査班は崖下に向けて身を投じた。体に纏わせたマギが落下の勢いを減衰させて、五人は危なげなく着地する。

 工場の正面入り口前方には、先行して降下していた神琳が待っていた。

 

「では神琳さん、この場はお任せしますわ」

「はい、お任せください。皆さんお気をつけて」

 

 司令塔同士で言葉を交わす。神琳はこのまま建物の外に残って周辺警戒を続けるのだ。

 同じように、工場から向かって右側方を梨璃が、左側方を結梨が警戒する。二人は神琳から支援を受けられる程度に距離を取っていた。

 建物周辺の三人に加えて、崖上の雨嘉と二水の五人。彼女たちは外部からのヒュージ接近を防ぎつつ退路を確保する警戒班となる。

 このように隊を分ける時、レギオンに司令塔が二人居ると都合が良い。

 

「おーーーい! ゆーゆーっ!」

 

 遠くの方で結梨が大きく手を振っている。グングニルを持つ方とは反対の腕を、頭上に伸ばして左右に振っている。

 工場の入り口へ向かう前にそんな結梨を一瞥すると、夢結はクスリと笑って片手を軽く振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガサゴソとミリアムが棚の中を漁るBGMを背に、鶴紗は受付カウンターの椅子の上でがらんどうのエントランスホールを見回していた。

 楓たち他の三人は上階を探索中。鶴紗とミリアムは一階を調べた後、三人が合流してくるのを待っていた。

 

「外装もそうだけど、中も跡地って割には傷んでないな」

「それはそうじゃろう。ここが放棄されてまだ四年ほどしか経っておらぬのじゃ」

 

 人が二人は収まる大きな棚にかじり付いたまま、ミリアムのくぐもった声が返事をした。

 

「静岡が陥落したのが七年前だから、その後も暫く工場を維持していたのか」

 

 鶴紗は訝しむ。

 確かに陥落指定地域でも熱海のように健在な街はある。

 だがこの工場跡地は人里から大分離れていた。そんな場所を維持するのは相当な苦労が伴うし、はっきり言って効率も悪い。

 

「よっぽど大事な物か、都合の悪い物があるんだな」

 

 鼻をフンと鳴らしながら、鶴紗がそう呟いた。この工場を操っていた者はそういう連中なのだ、と。

 ところが口に出した後、鶴紗は自分自身に愕然とした。

 幾らゲヘナの関連会社とは言え、表向きの業務に携わる人間は一般の従業員のはず。住んでいる土地に愛着を持つ人間だって存在していただろう。

 そんな人間たちの存在を、鶴紗は考慮の埒外に置いていた。あるいはひょっとすると、無意識の内にその考えを遠ざけていたのかもしれない。さもなくば、逃げていた自分自身と比較してしまうから。

 

 やがてエントランスホールの奥にある階段から足音が聞こえてきた。なので鶴紗は思考を中断して気を取り直す。

 

「やはり、二階三階にも目ぼしい物は見当たりませんわ。書類もメインコンピュータに残されたデータも、どれも表向きの内容ばかり」

「そうね。やはり地下に下りてみないと」

 

 楓と夢結、続いて梅が一階に戻ってきた。予想通り、大した収穫は無かったらしい。

 けれどもまだ本命が残っている。

 

「ミリアム、行くぞ」

「おお、分かった分かった」

「何かあったのか?」

「いいや、事務用品とか薬の試供品ばかりじゃった」

 

 鶴紗に呼ばれ、渋い顔をして棚から離れるミリアム。

 そんな彼女を最後尾に付けて一行はエントランスを後にする。現状、地下に繋がる道はエレベーターしか見つかっていなかった。

 

「それで、電気が死んでる今、どうやって下に下りるんだ?」

 

 道すがら、梅がもっともな質問をする。

 

「幸いなことに()()は二階で停止しています。ここは一階でドアをこじ開け、そのまま地下へ飛び下りましょう」

「また乱暴だなあ。梅は嫌いじゃないけど」

 

 楓の返答は至ってシンプルなものだった。シンプルが故に確実だ。

 この工場、廃棄されているとは言え元の所有者である製薬会社は今も存在している。普通ならこうして侵入していること自体が大問題と言えた。

 しかしながら、リリィの対ヒュージ活動については幅広い特例が認められている。無論、濫用したら責任を問われかねないが。今回は陥落指定地域内の廃棄施設という点もあり、ゴーサインが出ていたのだ。

 

「到着しましたわ。錠外しの棒は……見当たりませんわね。ならば、わたくしのジョワユーズを使って――――」

 

 楓が言い終わるより早く、すたすたとエレベーターの前に移動した夢結が両の手の平を扉にくっつける。そうしてそのまま左右に開いた。分厚い金属の仕切りが、いとも容易く開けられたのだ。

 

「夢結様……」

「夢結、お前……」

 

 傍でばっちり見てしまった楓と梅が何とも言えない表情をする。

 すると当人も微妙な空気に気付いたようで。

 

「……もしかして私、何かやってしまったかしら?」

「普通のリリィは素手でエレベーターの扉を開けたりしませんわ。まあ、淑女の情けで梨璃さんには黙っておいて差し上げますが」

「いやいや、梨璃のことだから『お姉様ゴリラさんみたいで素敵です!』とか言い出すゾ」

「ゴ、ゴリラ……」

 

 これには夢結も流石に言葉を失う。

 地下に落ちる前に、気分が落ちてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗闇の細い通路を五人のリリィが進む。進行方向を照らす光は、チャームの銃身上にオプション装備として外付けされたライトの灯り。構造的に装着の難しいジョワユーズを除き、四本の光の線が上へ下へと動いている。

 先頭は二年生の二人。夢結と梅が左右の壁に沿って手探りで進軍する。通路自体の幅が狭いので、二人の間隔もそう広くはない。

 後続は通路の中央を行く楓で、更に後ろにミリアムが続く。殿は後ろ向きで慎重に歩く鶴紗だ。

 今まで通ってきた範囲では、特にこれといった物は発見できなかった。

 ただこの通路、かなり深い位置にある。少なくとも地下一階というレベルではないだろう。それはエレベーターの空洞からマギを使って飛び下りた際に判明したことだった。

 

 やがて一行の目の前に壁が立ちはだかる。通路が途切れているのだ。

 

「行き止まりか?」

「いいえ、隔壁よ。まだ先に続いているはず」

「しかし、どうやって開けるんだ? こんな狭い場所で下手な真似できないだろ」

 

 梅が疑問符を浮かべると、夢結はライトと視線をきょろきょろと動かす。今度はエレベーターの扉のようにはいかないだろう。

 

「この手の施設は必ず、非常時用に独立した発電設備を備えているものじゃ」

 

 闇の中、限られた灯りで通路脇にある扉を見つけ出したのはミリアムだった。

 

「ではミリアムさん、付いて来てちょうだい」

「了解なのじゃ」

 

 そう言って夢結はミリアムを連れ、脇の扉から中へ入っていく。その際、やはりと言うべきか、多少頑丈に作られただけの扉は素手でこじ開けられてしまった。今度は誰も突っ込まなかった。

 

 暫くして、機械の駆動音と思しき重低音が響いてから、鶴紗たちが待機している通路に灯りが灯った。薄らとして陰鬱な雰囲気の灯りだが、それでも電気が通った証である。

 その後、建付けの悪くなった扉の向こうから二人が戻ってきた。

 

「さてと。これで隔壁のロックも解除されたはずじゃが」

「ロックまで? 一体どうやって……って、聞くまでもありませんでしたわね」

「うむ、百由様さまさまじゃのう」

 

 目を見開き驚く楓だが、やがて一人で納得する。

 それにしても、何と便利で都合の良い道具だろうか。こんな物が悪事に使われたら、絶対ろくなことにならない。鶴紗のみならず、誰もがそう思ったに違いない。

 

「皆、早速開けるぞ」

 

 隔壁横の四角い金属パネルの前に立ち、ミリアムが確認を取る。

 隔壁の左右に張り付く夢結と梅が首を縦に振ったことで、ミリアムの小さな手がパネルを操作した。

 すぐ上の天井にぶら下がっているランプが黄色に明滅する。次いで、小さな地響きの如き唸りを上げつつ、十センチに達するかという合金の隔壁が真上にスライドし始めた。

 

 ゆっくりと、壁の向こう側が見えてくる。

 

 思えば初めからこの施設は普通ではなかった。

 エレベーターだけで、地下へ続く階段が無い。緊急時はどうするのか。

 ヒュージの実験場ならば、物資の搬入口やヒュージ用の出入り口があるはずだった。どこか別の場所へ隠されているのか。

 

「何だよ、これは」

 

 愕然とした梅の呟きが漏れ聞こえた。鶴紗も全く同じ心境だった。

 今まで通り抜けてきた通路よりも、ずっと広大な道。地下鉄などよりも更に巨大なトンネル。それが果ての見えぬほどに延々と伸びているのだ。

 

「わたくしの方向感覚が狂っていなければ、確かこの先は相模湾のはずですが」

 

 楓のその発言は、ある可能性を示唆していた。

 まさかそんなことがあり得るのか。この施設が海岸部まで繋がっているなどと。

 

「行きます」

 

 目の前に広がる異様な光景に気後れせず、夢結が足を踏み入れた。ブリューナクの砲口を前にかざし、あちこちに目をやりながら前進する。

 続いて、夢結と死角を補い合うように梅が進み、残りの面子も戸惑いながらも新たな道を歩き出す。

 ここも照明の光が控えめなため、視界に映る光景はぼんやりとしていた。慎重に進軍すれば支障はきたさない程度だが。

 

「そう言えば、この地には陥落以前から大規模な地下シェルター建造計画が進められていたとか」

「そのシェルター建造を隠れ蓑に、ゲヘナがこの実験場を造ったと? それにしたって秘密裏に実行するには規模的に難しいと思うがのう」

「ヒュージの中には地中を自在に移動できる個体も存在しますわ。であるならば、ゲヘナがその力を活用できても不思議ではありません」

「……ヒュージを作業用重機とみなしたら、確かにこれほど効率の良いものは無いな。足も付き難い。もっとも、ヒュージを制御できることが前提の話じゃが」

 

 進軍の最中、楓とミリアムが現状で可能な推測を以って議論する。今のところは証明のしようがない、ただの推測。

 だがそんな中でも確実に言えるのは、並大抵の研究ではここまでの施設を用意するはずがないということだ。

 

 何事もなく歩みを進めていた調査班の前に、突如として難問が立ち塞がる。道が三つに分かれていたのだ。道幅は多少狭くなったものの、それでもミドル級ヒュージぐらいは楽に動き回れる大きさだった。

 

「本来なら手分けしたいところですが……」

「リスクが大きいわ。時間を掛けてでも、あまり離れ過ぎずに動くべきよ」

「ええ、夢結様に同感ですわ」

 

 夢結の警告を、楓はあっさり受け入れた。そうして首を回し、後ろに居るミリアムの顔を見る。

 

「ここはチビッ子2号にお任せします」

「む、何をじゃ?」

「話の流れで分かるでしょう。わたくしたちの、次の行き先ですわ」

「何じゃと? わしに決めろと言うのか」

「蛇の道は蛇。こういった施設ではどこに端末やらデータやらがあるか、技術者の端くれとして推測してごらんなさい」

「ぬうぅ、無茶を言いよる」

 

 理不尽な要求に対する困惑と怒りで低く唸るミリアム。彼女がアーセナルと言っても、出来ることと出来ないことがある。

 

 ところが大方の予想を裏切って、五人は分岐点に引き返すことなく目的地へと辿り着けた。

 

「何でじゃ?」

 

 導いた本人が一番首を傾げていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学の大講義室ほどの広さの部屋に、机や機材が所狭しと列を作っている。

 肝心の機材だが、パッと見ただけでも開発された年がばらばらだと分かるだろう。大型のディスプレイから手の平サイズの携帯端末まで。様々なタイプのものが揃っている。この実験場での研究が如何に長い年月を経たか、という証左でもあった。

 

「運が良かったわい」

「運も実力の内だゾー」

 

 ミリアムの独り言に反応したのは傍に居る鶴紗ではなく、数列も離れた先に居る梅である。梅は見覚えの無い機械類を興味ありげに覗き込みながら、壊さない程度につついていた。

 実際、運が良いというのはその通りかもしれない。

 ここに来る途中、この地下施設が巨大なだけでなく、複雑に入り組んでいる事実に気が付いた。ミリアムの勘と運、どちらかが足りなかったら時間を大きくロスしていたに違いない。

 

「幾らアーセナルでも、まさかこれだけの施設で、このようなことをやるとは思いも寄らんかったぞ。鶴紗もそう思うじゃろう?」

「……そうだな」

「鶴紗」

「……何?」

 

 作業の手を止めずに何度も呼び掛けてくるミリアムに、護衛として傍らで待機する鶴紗が面倒臭そうに答える。

 

「途中から黙りっぱなしじゃったが、後悔しておるのか? ここに来たことを」

 

 そう言われて鶴紗は内心で溜め息を吐く。この小さなアーセナル、やはり自身とシュッツエンゲルが関わらない件についてはよく気が回るのだ。

 傍のミリアムと、同じ部屋に居る梅の耳には届くだろう。夢結と楓は近くの別の部屋を探索しているので聞こえないはずだが。

 

「後悔はしてるけど、意味がちょっと違う」

 

 ここまで来て隠す必要も無いと、鶴紗はおもむろに口を開いた。

 

「私は、ずっと父さんのことを捜していたんだ。今ある墓は名前だけで、何も入っていないから」

 

 ミリアムは端末を弄る作業音以外、沈黙する。

 鶴紗から顔は見えないが、梅も耳を傾けていることだろう。

 

「でも捜しているくせに、父さんの部下だった人から話を聞いたり、代行に調べてもらったり。そんなことしかしてこなかった。父さんの最期の場所、この静岡に行けば何か分かるかもしれないのに」

 

 陥落指定地域だからとか、まだ子供だったからとか。言い訳を考えれば幾らでも出てくる。

 しかし重要なのは、目を背け逃げていた自覚が鶴紗自身にある点だった。

 

「今だってもしかしたら、父さんの死に向き合うのが怖いのかも……。いや、よく分からない。自分のことなのに」

 

 死に際の詳細が分かれば、父に着せられた汚名について真実が明らかになるだろう。ひょっとすると、鶴紗がこれまで信じてきたものが偽りと化すかもしれない。

 要するに、自信が無かったのだ。胸を張り『絶対』と言い切るだけの自信が。

 しかしだからと言って、何も知らないままでは前に進めないことも理解していた。

 二つの思いが鶴紗の足取りを一層重くする。

 

「そうか。まあ自分を見失うぐらい、リリィにもよくあることじゃろう」

 

 ミリアムはそれだけ言って、また黙る。一見すると淡白だが、こういった距離の置き方も彼女の美点なのだと鶴紗は思う。

 そしてこの場に居るもう一人、梅はと言うと、沈黙を保ったままだった。

 別に鶴紗とて、急にこんな話をして慰められるとは考えていない。だが全く期待していなかったかと言うと、嘘になる。

 

「それよりミリアム、データは取れたのか?」

 

 鶴紗が誤魔化し半分で尋ねると、机にかじり付いたミリアムは背を向けた状態で左手をひらひらと振った。

 

「一応な。じゃが残っておるのはどれもこれもパッとしないデータばかりじゃ」

「そりゃあ見られて困るような物は、施設を放棄する前に処分なり移動なりするだろうな」

「あと例外はアレぐらいか」

 

 話の途中で席から立ち上がると、ミリアムは部屋の前へと歩いていく。

 その先にあるのは壁。正確には、壁に埋め込まれた長方形のパネル。金属製かプラスチック製か。いずれにせよ、あまり大仰な設備には見えなかった。

 

「これは?」

「生体認証装置。その中でも表皮からDNAを読み取れる、比較的新しいタイプじゃな」

 

 興味を惹かれた鶴紗はミリアムの後に続き、壁際までやって来た。そうして戯れに、パネルへ手を伸ばしてみる。

 

「こればかりは百由様のカードでも、どうにもできん。実験場の研究員かゲヘナの幹部でも連れてこなければ――――」

 

 手詰まり。

 

 そう言いかけたミリアムの声は、突然目の前の壁が明滅したことで遮られた。

 

「なっ、鶴紗! お主、何をしたんじゃ!」

「何もっ……! パネルを触っただけ!」

 

 後ろの方ではタンキエムを構えた梅が警戒態勢を取っている。

 数度の明滅の後、壁から放たれていた淡い光が一旦は収まった。

 しかしその直後、事務的で抑揚のない機械音声が部屋の中に響く。

 

「セキュリティクリアランス、承認。リンガ・フランカプロジェクト、ファイナルフェイズ開示」

 

 同じ文言が二度繰り返される。この時の鶴紗たちには意味がまるで理解できなかったが。

 しかし地下空間の一室に生まれた異様な空気だけは、ひしひしと身に染みていた。

 

 

 

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