百合ヶ丘女学院、理事長室。その下座に当たる三人掛けのソファの右側に、どことなく憂鬱げな史房の姿があった。
史房から一人分のスペースを空けた左側には、史房よりもリラックスした様子のロザリンデ。前を向けば、部屋の主が机上に浮かぶホログラフのディスプレイと込み入ったやり取りを続けている。
部屋の主、理事長代行とディスプレイ越しに相対しているのは、代行よりも一回りほど年少の男性だった。百合ヶ丘を含む各ガーデンを監督する立場にある、防衛省のトップである。
先程からずっと、ガーデンに投入される補助金に関する話が繰り広げられていた。その様相はお世辞にも芳しいとは言い難い。史房を憂鬱にさせている原因の一つだった。
「――――高松さん、貴方は気を悪くされるかもしれませんが。しかし、この国が武力というものに神経質にならざるを得ない事情はご理解頂きたい」
会談の相手、防衛大臣の顔と声は真剣そのもの。双方にとって重い案件なので当然の態度だろう。
軍事を統括するブリュンヒルデの役職柄、史房はこの大臣のことをよく知っていた。言葉遊びの類を嫌い、直截的な物言いを好む。野党やマスコミを正論という名の暴力で容赦なく殴りつける様から「マジレス大臣」と国民に渾名されている。そういう人物だった。
「ほう、これは防衛大臣のお言葉とは思えませんな。戦時下における軍組織とは、際限なく膨張を図ろうとするものでしょう」
「だからこそ、戒めなければなりません。『軍隊が国家を持っている』などと言われるような状況は避けなければ」
代行による皮肉交じりの物言いに、防衛大臣は一歩も引かない。このようなやり取りが既に幾度となく繰り返されていた。
「やはり、
「いいえ、それは少し違います。元より政府はガーデンにもリリィにも『犬の忠誠』などは求めていません。そんな物が役に立たないのは、過去の歴史が証明している」
「では……」
「我々のリソースが無限でないのは、高松さんもよくご存じでしょう。故に全体を考慮して見極めねばならない。優遇されるべきガーデンでも、その点は例外ではないのです」
戦時とは言え、全てが軍事に優先するわけではない。それはガーデンのみならず、防衛軍も同じである。
例えば中国地方解放の前段作戦、下関奪還作戦において。陸上防衛軍は多数の優良高速船舶の徴用を政府に要求した。栄えある一番槍をリリィだけに務めさせないために。中国地方解放の第一歩は政治的にも大きな意義を持つからだ。
しかしながら、上陸作戦に追随できるような高速船は資源輸入へ優先的に投入されている。当然政府の答えはNOだ。
閣僚会議において「そんなに海を渡りたいなら泳いで渡れ」と総理が言い放ったのは、彼にしては極めて珍しい放言だったので物議を醸したものである。この放言の背景には、防衛軍高官の「少女だけが命を賭しているのを座視できない」という発言があった。リリィを引き合いに出しての装備要求など、軍幹部という立場の者として、絶対に手を出してはならないことなのだから。
やがて会談に終わりが到来し、立体映像のディスプレイがプツリと消えた。その瞬間を待っていたかのように、代行の口から小さな溜め息が漏れる。
終始張り詰めた言葉の応酬が展開していたが、だからと言って今回のことで補助金が左右されるわけではない。実際の金額についてはあらかじめ事務方で大筋が纏められていた。それがひっくり返るような事態は今のところ起きてはいない。
今日取り持たれた会談の意味とは、ある種の儀式であり牽制であった。たとえ百合ヶ丘といえども、その優遇がいつまでも続くとは限らない。立場上、大臣はそう戒める必要があったのだ。
「さて、待たせてしまったのう」
代行は軽く咳払いしてから、ソファに座るリリィたちに視線を向ける。
それに応じて口を開いたのは史房の方だ。
「代行、先の伊豆半島工場跡地調査任務の顛末は耳にされたかと思いますが」
「うむ」
「我々は今後の対応策を決めなければなりません。ですが、なにぶんあの特型は事情が事情ですから……」
事情、というのはゲヘナ絡みのことである。ロスヴァイセのロザリンデが同席している理由がそれだった。特務レギオンはガーデン直轄であり、生徒会の指揮下にはないのだ。
もっとも、ゲヘナ絡みといっても今回の件は更に事態が複雑なのだが。
「一柳隊が工場地下で見たというデータ。恐らく三重で私たちが回収したものと同一か、類似したものでしょう」
ロザリンデが話に加わる。
彼女たちの持ち帰ったデータはプロテクトが強固であり、今現在も解除に難航している有様だった。しかしそうなると、新たに発見された証拠の方が注目されることになる。
「防衛軍の急進派がゲヘナから新型アンチヒュージウェポンを受け取る代わりに、被験体のヒュージたちと命の灯を絶やしかけていた安藤少将の身柄を引き渡した。実験材料として」
「不愉快な話ね。だけど、何故わざわざ少将という大物を選んだのかしら? 詮索を招くだけでしょうに」
顔を顰めながらも疑問を口にした史房。
そんな彼女に対し、ロザリンデは平然としたまま答える。
「急進派にとっては釘を刺したつもりなのでしょう。これだけの大物をリスク承知で引き渡したのだから、『そちらも誠意を示せ』と」
「やっぱり不愉快だわ」
「もっとも、対価として受け取った物がお気に召さなかったのか、急進派はゲヘナと決別した。だけど私たちと襲撃がかぶったのは、流石に想定外でしょうね」
回収こそできなかったが、工場跡地で発見されたデータの内容は一柳隊から報告を受けている。その内容と三重での反乱部隊の行動から、ロザリンデたちは急進派とゲヘナの思惑を推理していた。
「でもロザリンデさん、ゲヘナがそのデータを保管していたのは裏切られた際の保険だとして。実際に決別したのだから、流出させて急進派にダメージを負わせそうなものだけど。未だにそんな動きは見られないわ」
「あんな実験をコソコソとやってたゲヘナにとっても、諸刃の剣となるからね。それに、彼らはまだ交渉の、取り引きの余地が残っていると考えたのかもしれないわ。浅はかなことに」
「ゲヘナにしては随分弱気に思えるけど」
「弱気にならざるを得ないのよ。グランギニョルとその関連会社が資金協力を縮小して、それがじわじわと響いてきているから」
史房はロザリンデからの話に目を見張る。ゲヘナとグランギニョルの不和は認識していたが、その影響が予想外に大きくなっていたからだ。
「総体が巨大なだけに、先立つ物も膨大なのね」
「研究資金だけでなくロビー活動にも必要でしょうし。資金の投入比率についてはゲヘナ内部の過激派と穏健派の間でも割れているのではないかしら」
「……ロザリンデさんも中々手広い情報網をお持ちのようで」
「そんな大層な代物ではないわ。ただ、彼らの施設から得られた情報や、救出してきた子たちの話を総合して分析しただけで」
当人はあっさりと言い切るが、それが如何に難儀かは史房にも分かる。
そして相手のそんな心境を知ってか知らずか、ロザリンデが話を続けていく。
「リリィにお話しして貰うのに、あからさまな力も小細工も必要無いの。美味しい紅茶と茶菓子さえあればね」
「そう言えるのは貴方だけよ」
呆れたように史房がわざとらしく溜め息を吐いた。
そこで話に区切りが付いたと判断したのか、再び代行の咳払いが響く。
「して、件の特型への対応に関してじゃが。ガーデンとしては無論、討伐の意志に変わりはない」
「はい、生徒会としても同様に考えています。ですが、一柳隊を任命したのが正しかったのかどうか、検証するべきだとは思いますが」
「うぅむ……。なにゆえ実験場の生体認証が鶴紗君に反応したのか。ゲヘナの悪趣味、特型の精神攻撃。想像はできるが、確かめる術はないか」
本来ならば、一柳隊はデータを持ち帰るか、それが不可能なら事前調査だけして帰還する予定であった。まさかあのような情報が隠されているとは夢にも思わない。鶴紗の父親が被験者にされていたなどと。
「これはわしの勝手な思い込みかもしれんが」
代行はそう前置きをした上で、重々しく口を開く。
「知らぬままなら、今この時は傷付かぬじゃろう。されど、やがていつか、知らなかったことを後悔する日が来る。そんな気がしてならんのじゃ」
普段の代行らしからぬ、ふわりとした物言い。史房にはそのように感じられた。
今回の件、代行にとっても応えたのだろう。生前の少将と知己であり、娘からその亡骸の行方を捜して欲しいと頼まれていた。それが最悪の形で終わったのだから無理もない。
「代行は引き続き一柳隊に特型討伐を任せるべきだとお考えなのでしょうか?」
「それは、彼女らの意志も確認する必要がある。判断は今少し待つべきじゃろう」
「そう、ですね……。特型は今も工場跡地に留まっています。出方を窺う時間も必要でしょう」
史房も完全に納得したわけではない。だが一柳隊が討伐任務を継続したいと言うのなら、一考する余地はあると考えていた。
しかし、因縁の相手だからとか、敵討ちをさせてやりたいとか、そういった感傷的な理由ではなく、特型が鶴紗と一柳隊に固執している素振りを見せていたから。何かに活用できるかもしれないという打算があったのだ。
自然の暖かみを感じられるコルク材のフローリングに、純白の壁。清潔な印象を受けるこの空間は、百合ヶ丘女学院に設けられた一般病棟。その一階、幾つもの病室が並ぶ廊下の片隅に鶴紗の姿があった。
「鶴紗ぁ」
「…………」
目の前に立つ結梨が静かに呼び掛ける。
しかし、三角に曲げた両膝を抱え込み、顔を突っ伏している鶴紗は反応しない。ただ結梨が立ち去るのをじっと待っている。
周囲に他の人影は見られなかった。病棟はガーデンの軍事機関としての性質から置かれているもので、大規模な戦闘でも起きない限り、ここが賑わうような事態にはならない。実際今も、多くの病室が空き部屋だった。
「鶴紗、ここじゃない」
返事が無くとも、結梨は構わず話し続ける。
「ここじゃなくて二階だよ。梅が寝てるのは」
「……っ」
膝の上に伏せている鶴紗の頭がビクッと揺れた。大切な、しかし今は触れられたくない名前を耳にして。
「鶴紗、早く行こう。一人で寝てるだけって詰まらない。……鶴紗?」
腰を屈めて覗き込むように顔を近付けてくる結梨に、観念した鶴紗が口を開ける。
「分かってる、分かってるよ。行かなきゃいけないってことぐらい」
「だったら行こう」
「でも、だけどっ! どんな顔して行けばいいんだ。私自身、自分のことで一杯なのに」
顔を伏せたままで言葉を吐き出す。
結梨が相手なら、口の奥に挟まる物をさらけ出すことができた。彼女の純真さと恐れ知らずのお陰だろうか。かつての梨璃を思い起こさせる。
「そのままでいいと思う」
「は?」
「会って、思ったままの顔をすればいいんだよ」
「そんな簡単に言って……」
実際、このような状態で梅に会ったら、どんな顔をしてしまうか鶴紗には分からなかった。
罪悪感か、逆上か。もしくはその両方か。
ない交ぜとなった感情がどう転ぶか本人にも予測がつかない。それが恐ろしい。
「私は、初めて会う
そう言い切る結梨のことが、いつもよりずっと大きく思えて。眩しく見えて。鶴紗は彼女の顔を直視できなかった。
「私、先に行ってくるね」
結梨が90度横を向いて歩き出した。その先にあるのは二階に続く階段のはず。宣言した通りの行動だった。
「どうすればいいって言うの」
人の居なくなった廊下。誰にも聞こえない空間で鶴紗が独り言ちる。
「どうすれば……」
消え入りそうな声に答える者はない。
この時、鶴紗は独りだった。
「思ったよりも浅手だったのね」
「おー。寝返りする時ちょっとジンジンしただけだ」
病棟の二階にて、ベッドの上でうつぶせになった梅が夢結の見舞いを受けていた。
ベッドの掛布団は隅に追いやられ、白い患者服を着た梅の姿が露わとなっている。本人の言葉通り、傷はそこまで深刻ではないようだ。
「でもその割に、いつもの元気が無いようね」
「んー、そうか?」
梅はそう言うと横向きになり、病室の窓の方へ顔と体を向ける。
夕刻の近付いた百合ヶ丘の空は灰色に陰り、雨がしとしと降っていた。見る者を憂鬱にさせる薄暗さ。それはどことなく地下トンネルの暗がりを思い出させる。
一方、窓から覗く光景に比べ、梅に宛がわれた部屋の中は対照的。灯りが室内を昼間のように照らし、ベッドサイドのチェストの上には鮮やかな花を活けた花瓶が佇む。椅子に腰掛けた夢結がリンゴの皮を果物ナイフで剝いており、彼女のすぐ横、小さなテーブルにはバナナの皮が四つ横たえられている。バナナの内、三本は先程まで見舞っていた結梨が平らげたものだった。
「……また、マズったんだ」
暫しの沈黙の後、観念した梅が夢結に背を向けたまま、ぽつぽつと喋り始めた。
「鶴紗が苦しんでるのに、助けを求めていたのに、何もしてやれなかった。声すら掛けてやれなかった」
「『また』というのは?」
「夢結の時と同じようにってことだよ」
「私の場合、梅がマズったわけではないと思うけど」
夢結のフォローも、梅にとっては慰めにはならなかった。むしろ逆効果だ。
しかし梅はそんな内心を表に出さない。今は自分よりも、鶴紗のことが重要なのだから。
「怖かったんだ。梅が何かすることで、何か言うことで、鶴紗がどうにかなってしまうんじゃないかって。だってそうだろ? 良い方向に転がれば良いけど、もしかしたらそうじゃないかもしれない。だから、何もできなかった」
夢結はリンゴを剝く手を止めて聞き入っている。
「その結果、鶴紗を独りにした。最悪だ。それだけは絶対やったらいけなかったのに」
家族を失い、家族との繋がりを汚された鶴紗。その彼女に、梅は自己保身的な理由から手を差し伸べなかった。家族を失う痛みは理解しているはずなのに。
「私は、どうすりゃ良かったんだ」
気が付けば一人称も変わっていた。
過酷な戦場やどんな苦境においても仲間を支え、大きな懐に包み込んできた。その梅が、今はずっと小さく見える。
「どうすべきか分からないなら、やりたいようにすれば良いでしょう」
「……やりたいように?」
夢結の思い掛けない答えに、梅は首を傾げて復唱した。
「正解が見えないのなら、せめて自分が後悔しない道を選ぶべきね」
「それが難しいんだよなあ」
「そうかしら? 確かに私には無理かもしれないけど。でもいつもの梅だったら今頃、勘に従って突っ込んでいるわよ」
「何だよ、それ。まるで梅がお気楽イノシシ娘みたいじゃないか」
梅は口を尖らせ抗議を示す。本当に夢結の言う通りにできれば、どんなに楽だっただろうか。
しかし、よくよく考えてみたら、それは梅が振舞ってきた姿そのものとも言える。皆を励まし、勇気付けて、困難の中にあって笑顔を生み出す。それは梅自身が望んだことだった。梅は皆が好きだった。
そんな梅でも、自分だけでは救えなかった者が居た。今まさに言葉を交わしている夢結だ。その夢結からアドバイスされているのだから、何とも不思議な気分である。
「問題を梅に押し付けるようで心苦しいわ。だけど、貴方に任せるのが一番だと思ったの」
「買い被りだ。これまで皆を支えてこれたのは、皆が強かったから」
過去の行ないを自ら否定するかの如き梅の反論。
だが口に出してから心の内が変化する。いや、正しくは自覚したと言うべきか。「好きだから支えたい」と思ってきたことまで否定したくはないと。
「何をやりたいのかも、よく分かってないけど。顔を合わせてみたら分かるかもな」
そう言うと梅は窓に向けていた体で天井に向き直り、仰向けの姿勢になる。寝返りの際に背中へ走る痛みは随分と和らいでいた。この病室の厄介になる時間も僅かだろう。
視線だけ横にずらすと、夢結が何事もなかったかのようにリンゴの皮剝きを終えたところであった。料理は不得手なはずが、剝き方がやけに綺麗なリンゴの姿に、梅は自然と笑い声を上げる。
一方で笑われた事情など与り知らない夢結。彼女は訝しげな顔を梅に向ける。だがすぐに手元へ目線を戻し、皮を脱ぎ去ったリンゴにナイフを入れようとして、やっぱり止めた。梅ならば丸ごと齧りつくという判断だろうか。その判断は正解だった。
「は~っ。雨、止まないかなあ」
梅が上体だけ起き上がり、伸ばした手でリンゴを口に持っていく。
そんな彼女の望みが叶うのは、翌日の朝まで待たねばならなかった。
「このような時分に失礼するよ」
まるでこれから散歩にでも出発するかのように気軽な声が掛けられる。
夜が訪れた病棟の廊下に、依然として体育座りを続ける鶴紗。彼女が声に反応して顔を上げると、斜め前に大きな人影が映る。
廊下に置かれた背もたれの無い簡素な長椅子の上、深く腰掛けた和装の大人がこちらを見ていた。
「代行」
そう呟く鶴紗は傍目には分かり難いが、視界に映った状況に困惑していた。こんな時間のこんな場所に、ガーデンのトップが極自然に現れたのだから、無理もない。
鶴紗が反応に困って二の句を告げないでいると、先に代行の方が口を開く。
「ここに来る前、結梨君と鉢合わせしてのう。その際に『理事長代行先生』と呼ばれたのじゃ。呼び方が以前と変わっておった」
何の話なのかと、鶴紗は余計に困惑の度を強めた。
そんな彼女をよそに、代行は続ける。
「実の所、密かに胸を撫で下ろしていたのじゃ。前の呼び方、おじいちゃんというのは些か問題があってのう。昔のことじゃが、東京のとあるガーデンで生徒に対して『東京のお父様だと思いなさい』などと抜かした輩がおってな。他にも当時はおかしな者が少なからず見受けられた。やはり、リリィを導くのはリリィであるべきじゃろう。だからというわけではないが、わしらのような第一世代をリリィと呼ぶのは不適当だと思っておる。そもそもリリィという語が何を意味するのか分かっておるのか。こんなことを言っていると、またどこからか石を投げられそうなものじゃが」
饒舌だが、決して早口ではない。それは正しく昔語りのようだった。
「時に鶴紗君、君にはまだ特型を討とうという意志があるかね?」
唐突に本題が切り出される。
しかし鶴紗は驚かない。ガーデンが自分に対して用事があるとしたら、一つしか思い浮かばなかった。もっとも、理事長代行自らがやって来たのは予想外のことだが。
「分かりません」
鶴紗は今の自分を取り繕わず、正直に答える。
「分からないけど、多分駄目なんだと思います。アレが目の前に現れた時、自分は撃てるのか。撃てなかったら、また誰かが危険な目に遭うかもしれない」
「…………」
「だから、私は、戦っちゃあいけないんだと思う」
恐らくはそれが最善。自分と一柳隊の皆にとって最善の選択。
百合ヶ丘には他に凄腕のレギオンが幾つも存在するのだから、わざわざ自分たちが出しゃばる必要は無い。少なくとも、命を賭ける程のことではない。
鶴紗は思うところを素直に述べた。
そのはずだった。
ところが、どういうわけか胸の内がざわめき、やがては鈍い痛みへと変化する。
鶴紗は上げていた顔を再び自身の膝に伏せた。胸の内に起きた異常を悟られないように。代行という聡い大人相手には無駄な行為だと、半ば諦めつつも。
「責任感が強いのじゃな。君の御父上もそうだった」
「父さん……?」
「前に話したと思うが、こう見えてわしも昔は前線に出ていたのじゃ。安藤少将のことも人並み以上には知っておる」
そこで話に食いついた鶴紗がもう一度顔を上げた。
「少将は最後まで諦めずに足掻こうとした。その在り方が君にも受け継がれているのじゃろう」
代行の言葉を受け、鶴紗は考えあぐねる。父ならば、あの特型を討つべきだと、責任を果たすべきだと言うのだろうか。それとも、勝てない戦を無責任に引き受けるなと言うのだろうか。
おぼろげで薄れかけた記憶の中の父は、鶴紗に何も示してはくれなかった。
「しかし、しかしな」
代行は椅子に腰掛けたまま、目の前で床に突き立てている杖を強く握り締める。
「君は、君たちは、どうか仲間を頼って支え合ってくれ。本当の意味でリリィを救えるのはリリィのみ。仲間と苦しみを分かち合い、その上で
仲間を頼る。
自分のせいで傷付いた仲間を頼る。
そんなことが許されるのか。鶴紗は即答できなかった。
しかし鶴紗の返答を聞かない内に、代行は椅子から立ち上がる。
「さて、年寄りの長話に付き合わせて済まなかった」
大人の男性としても中々の長身である代行が病室前の廊下を歩いて去っていく。
そうして鶴紗はまたしても一人になった。かつては一人でいる時間の方がずっと多かったが、近頃ではむしろ珍しいぐらい。
一人になると、好むと好まざるとに関わらず様々なことを考えてしまう。ヒュージのこと、家族のこと、そして一柳隊のこと。どれをとっても、はっきりとした正解を見い出せないことばかり。鶴紗は改めて自分が道に迷い続けてきたことに気付く。
(やっぱり、私だけじゃあ何も選べない)
それはレギオンに入り、仲間を得たせいで生まれた弱さか。他者と群れたせいで臆病になってしまったのか。
しかし代行はその仲間たちに頼れと言う。
(本当は頼りたい)
そんな鶴紗の本音は声に出てこなかった。
(助けて欲しい)
仲間を思うが故に、自らの意思を表すことができないでいた。