DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第25話 根を回し道を拓く

 一柳隊のレギオン控室に沈黙が訪れる。別に何かしらの事情があってそうなったわけではなく、たまたま全員の言葉が途切れて、一時的に会話の空白が生まれただけだった。

 ところが、短いとはいえその空白がいけなかった。ソファの中央で上品にティーカップを傾ける楓から、場違いな異音が響いたからだ。否が応でも目立ってしまう。

 

「……んぐっ! ゴホッ、ゴホッ!」

 

 控室の誰もが楓に注目する。

 どうやら紅茶でむせたらしい。彼女らしくない失態である。

 

「楓よ、今お主が気を揉んでも仕方なかろう」

「別に気を揉んでなどいませんわ。わたくしは常に優雅ですから」

 

 ミリアムの諭すような言葉に対し、楓が何食わぬ顔を見せる。

 

「さっきから目が泳いでたぞ」

「あ~ら、こちらをよく見てますのね? ですが鶴紗さん、わたくしに懸想しても貴方が辛いだけだけですわ」

「アホか」

 

 やはり動じない楓に、鶴紗は目を細めて憮然とした面持ちになった。どうにも変なところで頑固な奴だ、と。

 

「楓、そわそわしてる」

「……はぁーっ。まさか雨嘉さんにまでそう言われるなんて。ええ、ええ、そうですとも。そわそわしていますわ。これが落ち着いていられますか」

 

 開き直った楓が立て板に水の如く喋り始めた。

 何の話をしているか、察することができない者はこの場には居ない。彼女らの隊長、一柳梨璃のことである。

 

「生徒会の、それもブリュンヒルデからの呼び出しとなると、まず間違いなく特型の件でしょう。そんな大事な時に梨璃さんをお一人で送り出すなんて、夢結様は一体何をお考えなのか!」

 

 眉を吊り上げ、口をへの字に曲げ、怒りを露わにする楓。そのまま地団駄でも踏みそうな勢いだ。

 

「夢結様は『用事がある』と仰っていました。こんな時だからこそ、何かしら重要なことなのでしょう。楓さんもよく分かっているのでは?」

「それは、そうですけどっ。ですがそれでも、夢結様は梨璃さんとご一緒に臨むべきでしたわ」

 

 神琳の話を理解しつつも、楓は納得できない様子であった。

 楓の行き過ぎた態度はともかくとして、梨璃一人では心配だというのは無理もない。そこは鶴紗も同感である。

 梨璃もレギオンの隊長として皆をよく纏めているが、流石に生徒会長を相手取って軍事や学内政治の話についていくのは荷が重いだろう。下手な受け答えをして立場を悪くする可能性も無くは無い。

 もっとも、生徒会長が梨璃に対して意地の悪いことをするとも考え難いのだが。

 

「梨璃だってリリィとしても隊長としても成長しているし、そう悪いことにはならないと思うゾ」

「梅様、しかし……」

 

 なおも不満げな楓だが、そこへ結梨がやって来る。ついさっきまでテーブル上のおやつ――本日の目玉はカステラだ――を頬張っていた彼女が口の中にあるものをゴクンと飲み込んで、楓のすぐ隣に座った。

 

「梨璃と夢結の心配して、偉いぞ~楓ぇ」

「もうっ、結梨さんはまた……! わたくしの方がお姉様ですのよ! 楓お姉様と呼びなさい!」

「あっ、それまだ続いてたんですね」

 

 似ていない姉妹のやり取りに、二水の冷静な突っ込みが冴え渡る。

 以降、一柳隊の中でわちゃわちゃと不規則に雑談が飛び交うのだった。

 

 そうこうしている内に、部屋の出入り口の扉が外側から開かれた。横毛付きの桃色髪の持ち主、一柳梨璃が帰還したのだ。噂をすれば影である。

 

「梨璃さん! ご無事でしたか!?」

「うん。と言うか、お話ししただけだから何ともないよ」

 

 真っ先に出入り口前へ詰め寄る楓と、そんな彼女に笑って見せる梨璃。

 ところが、笑顔だった梨璃がすぐに困惑したような表情に変わる。食い気味の楓を中心に皆が事情を問うと、梨璃は生徒会室での話を語り始めた。

 

「私たち一柳隊で、もう一度静岡へ外征できることになりました! ……ただ、そのための条件と提案を史房様から言い渡されて」

「条件と、提案?」

 

 皆が不思議そうに、梨璃の口から出てきた言葉を復唱する。

 鶴紗は閉じていた口の中の歯を強く噛み締めた。一体どんな条件を突き付けられたのかと身構えて。

 

「まず条件っていうのは、どこか別のレギオンの方たちと共同作戦を取ることです。最低でも一つのレギオンと。相手は問わないそうですが、勿論外征許可が下りるようなところでないと」

 

 条件とやらは至極真っ当で妥当なものだった。少なくとも鶴紗が身構えるようなものではない。

 外征に付き合ってくれる協力者を探す必要はあるが、それとてこの百合ヶ丘ならば全く見つからないことはないだろう。血の気の多いレギオンにも物好きなレギオンにも事欠かないからだ。

 

「それで、もう一つ。史房様から提案がありまして。作戦の内容についてなんですが……」

 

 提案された作戦を、梨璃がたどたどしく説明する。そして更にその内容を、神琳が掻い摘んで解説する。

 

「――――つまり、飛行能力を制限できる工場跡地の地下へ特型を追い込んだ上で、地上との出入り口を全て封鎖し、然る後に決戦を仕掛けると」

「はい。前回私たちが見つけられなかった海中への出入り口は、特務レギオンの人たちが爆破して塞いだそうです」

「それで、肝心の特型をおびき出すために、鶴紗さんを餌にすると」

「はっ、はい、そうです……」

 

 神琳のストレートな物言いに、梨璃が戸惑いながらも頷いた。

 最初、梨璃の説明がたどたどしかったわけだ。これは確かに話し辛いだろう。

 けれどもレギオンとして、リリィとして、一柳隊は提案された作戦を検討しなければならなかった。是か非かは別にして。

 

「地下空間なら飛行型ヒュージの機動力は上手く発揮でません。今までみたいに高空に逃げられることもないでしょう。ですが、相手の罠の中に自ら飛び込むことになっちゃいます。伏兵も更に追加しているはずです」

 

 敵の拠点に攻め入ることのリスクを二水が危惧する。古来より、攻城戦は防衛よりもずっと難しいとされてきた。火力支援の効力が薄い巨大地下施設なら尚更だ。

 

「ただ、この作戦案は一柳隊に対する助力でもあるのでしょう。既にわたくしたちは何度も特型を取り逃がしています。このままでは次の軍令部作戦会議で再度外征を任される可能性は低いはず。これを覆すには、具体的かつ勝算のある作戦プランを提示しなければ」

 

 当初から一転、真面目な顔つきになった楓が史房の意図を推察した。それはもっともらしい理屈であり、反論する者は出なかった。

 基本的に、百合ヶ丘のような強豪レギオンは余程大規模な戦闘でない限り、ガーデンに設置された司令部が細かな作戦を立てたりしない。その代わり、作戦に従事するレギオンに広範な裁量が与えられていた。個々のリリィの教育水準や戦術理解が高い証拠である。

 故に今回、ブリュンヒルデから作戦が提案されたのは異例であった。それだけ重要な作戦と見なされているのだろう。

 

「私は賛成」

 

 唐突に、賛意を示す短い言葉が上がった。他の誰でもない、当人の鶴紗から出た言葉である。

 

「前から薄々感じていたんだ。あの特型は私を狙っているんじゃないかって。だったら丁度良いだろう」

「それはまあ……。向こうもこっちを狙ってくるなら、誘いに乗ってくれる可能性は高まります。でもっ! 鶴紗さんが余計に危なくなりますよ!」

「あれを放っておく方が、私にとってもよっぽど危険だ。確実に誘い出して、確実に仕留めないと」

 

 二水の反対を、餌である鶴紗自身が抑えた。

 戦術家である二水ならば、餌の投入が作戦成功率を高めることぐらい百も承知のはずだ。しかしだからと言って、そのまま受け入れるのは彼女の性格上考え難い。

 

「何も鶴紗一人で行かせるわけじゃない。出入り口の封鎖組以外は地下へ突入するんだから、一緒に戦えばいいんだゾ」

「はあ……。ただそうするにしても、万全を期すために地上の戦力は多めに残すべきです。前回みたいに、地上と地下の両方から挟撃されたら特型どころではありませんから」

 

 梅に説得された二水は渋々といった感じで妥協案を出す。あくまでも堅実に攻めたいらしい。

 趣味である取材活動では危険な橋も平然と渡る。そんな二川二水だが、戦場での作戦立案においては話が変わってくるのだ。

 

「いずれにせよ、まずは協力して頂くレギオンを選定しなければいけませんね。幸いなことに、梨璃さんや先輩方の人望のお陰で幾つか候補は挙げられますが」

 

 神琳の言う通り、目下の課題は協力者を得て史房からの条件をクリアすることだった。たとえ関係が良好なレギオンでも、スケジュール等々の理由で都合のつかない事態があり得る。出来るだけ早く話を持っていくべきだろう。

 

「それにしても! 本当に夢結様はどこへ行かれたのか……!」

 

 既に何度目かになる楓の悪態に、答えられる者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は幾ばくか遡り、一柳隊の控室で会議が始まる少し前。

 レギオンの仲間たちと別行動を取る夢結が、一人廊下を歩いていた。別行動と言っても、距離的にはそれほど離れてはいない。彼女が今目指しているのは、とあるレギオンの控室だった。

 その道すがら、夢結は廊下の前方から歩いて来る二人のリリィに気付く。二人、特に黒髪を二つ結びに下げた方とはよく知る仲だった。

 

「ごきげんよう、夢結さん」

「ごきげんよーぅ!」

 

 夢結を前にして声を掛けてくる。黒髪二つ結びの二年生が穏やかに。茶髪ロングの一年生が元気一杯に。

 

「ごきげんよう、茜、月詩さん。これからお出掛けかしら?」

「ええ、お茶請けやその他諸々の買い出しに」

「あかねえとお買い物デートです!」

 

 夢結の問いに答える渡邉茜(わたなべあかね)。その茜の左腕に抱き付いている高須賀月詩(たかすがつくし)が声を大にし、顔を綻ばせて主張する。

 幾ら百合ヶ丘の購買部が巨大で良質とは言え、デートというのはどうなんだ。そう首を傾げる夢結だが、月詩の嬉しそうな様子を見ている内に、些細な問題に思えてきた。

 

 しかし、一つ困ったことがある。夢結が今から訪問先で話し合おうとしていることは、そのレギオンにおいて副将を務める茜の同席が望ましいのだ。

 夢結は事情を明かして引き留めようとも考えた。が、すぐに思い直した。シュッツエンゲルの茜と腕を絡ませて幸せに浸る月詩の姿に、自身のシルトである梨璃を重ねたから。

 

(そう言えば、あの子もちょっとしたことで大喜びしてたわね……)

 

 梨璃の誕生日での出来事、訓練の合間に挟んだ休息中の出来事、すっかり日の沈んだカフェテリアでの出来事。色々と思いを馳せている内に、夢結の頬は自然と緩んでいた。

 

「夢結さん、もしかして私たちの控室にご用事なの?」

「そうね。少し長居させて貰うかもしれないわ」

「そう」

「では、また。ごきげんよう」

 

 結局、夢結は二人とすれ違い、目的地へと歩みを再開するのだった。

 

「まあ、元々時間を掛けるつもりだったから」

 

 一人になってそう呟いて。

 お目当ての部屋の前まで辿り着いた夢結はドアノブに手を掛けた。

 

 LGアールヴヘイム。

 

 それが夢結の言う()()を持ち掛ける先である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪奢で優雅な調度品が適度に並び、同時に年頃の学生らしく適度に散らかった空間がある。そこには五人の学生改め、五人のリリィが思い思いに過ごしていた。ミーティングの予定も無いので、残りの者は不在である。

 

 リリィの内の一人、彼女たちのリーダーである天野天葉は一人掛けの椅子に腰掛けて、雑誌のページをパラパラと捲っていた。特に興味を惹かれる記事は無く、流し見程度に眺めるだけだが。

 

「……?」

 

 その最中、ふと違和感を覚えた天葉は読書を中断する。どこかから視線を感じて周囲を見回していると、最愛のシルトと目が合った。

 そこまでなら特段おかしなことではない。何か用事があるか、なくてもお喋りか何かしたいのだろう。

 ところがシルト――江川樟美は天葉と目が合っても次のアクションを起こそうとしなかった。ただ視線が交錯したままで、ジッとお姉様を見つめているだけ。ウンともスンとも言ってこない。

 

「樟美ー?」

 

 呼び掛けてもやはり返事がない。

 樟美が座っているのは、天葉の位置から離れた三人掛けソファの端っこ。天葉は仕方なく椅子から立ち上がってそちらに向かう。

 傍らにやって来た天葉に対し、樟美はまたジッと無言で見つめ続ける。しかし今度は彼女の小さな口が僅かに動いていた。内容はやはり聞き取れないが。

 

「もーっ、樟美ー。なにー?」

 

 仕方がないので、身を屈めて顔を近付ける天葉。

 その彼女の頬に、横から柔らかな感触が襲い掛かってきた。ふにっと弾んだのは、樟美の唇だった。

 天葉はまんまと引っ掛かったのである。

 

「あぁっ! もうっ! やったなー!」

「きゃっ」

 

 してやられた天葉はソファの上の樟美を抱き抱えると、腕の中にすっぽりと収まったシルトにキスをお見舞いする。小さな口から小さな悲鳴が漏れてもお構いなし。お返しとばかりに唇の先を何度も触れ合わせていく。

 そうして幾度目かのキスの後、二人は抱き合い見つめ合ったまま、小さく笑い合うのだった。

 部屋に他の三人が同席している状態で。

 

「私たちは一体何を見せられているの……」

 

 ローテーブルを挟んだ向かい側のソファで、げんなりとした番匠谷依奈(ばんしょうやえな)が愚痴を零す。ここアールヴヘイムでは珍しい光景ではないが、だからと言って慣れるかどうかはまた別の問題だった。

 

「あら~、お熱いですこと。壱っちゃん、私たちも~」

「寄り掛かってくるんじゃないわよ!」

 

 依奈と同じソファに座る緑髪のリリィ――田中壱(たなかいち)が肩を震わせ、しな垂れ掛かってくる桃色髪のリリィ――遠藤亜羅椰(えんどうあらや)を振りほどいた。これもまた、ここではありがちな光景である。

 

「ちょっと依奈様! 依奈様も何か言ってやってください!」

「えー? 私ー?」

 

 依奈は壱からの要求を覇気の無い態度で適当に流す。後輩たちの漫才染みたやり取りは、高みの見物を決め込むに限るからだ。

 その代わりと言っては何だが、依奈は今しがたノックされた扉の方へと歩いていく。どうやら来客らしい。

 開かれた扉の向こうに、依奈や天葉のよく知る黒髪が佇んでいた。

 

「あら? 夢結じゃないの。うちの控室まで来るなんて、どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それで梨璃ったら、また言い付けを忘れて前に出て来るんだから」

 

 アールヴヘイム控室のソファ中央に、お客様である夢結が腰掛けていた。その位置はテーブル越しの天葉の真正面であり、同じくテーブル越しの斜め前には依奈が居る。そんな状況だった。

 

「でも、後輩なんてちょっと生意気で跳ねっ返りな方が可愛いものよ」

「別に梨璃は生意気ではないけれど。まあ、言いたいことは何となく分かるわ」

 

 依奈の言葉に少々考え込んだ後、夢結が相槌を打つ。

 かつて同じレギオンで轡を並べただけあって、気安い間柄である。

 

「そうそう後輩と言えば、聞いてよ夢結。依奈ってば、そろそろシルトを持ったらどうだって言っても、いつもはぐらかすんだから」

「ソラ、その話はいいでしょ」

「いーや、よくないね。この際だから他のシュッツエンゲルの意見も聞いてみなさい」

 

 天葉のお節介に、またしても依奈がげんなりとする。本当にお節介なだけならともかくとして、大抵の場合、惚気が付いてくるからだろう。

 

「依奈、シルトというのは良いものよ。確かに私も最初の頃は、足手纏いや重荷でしかないと思っていたのだけど。こちらに一生懸命付いて来ようとする姿を見ている内に、考えが変わってきたわ」

 

 夢結が紅茶のカップを傾けつつ、しみじみと語る。諭すようでいて、その実は惚気であった。

 自分たちの控室では言わないような台詞も、旧友たちの前では躊躇いなく吐ける。

 

「シュッツエンゲルを結んで良かったって思うのは戦闘の時だけじゃないよ。例えば、樟美が夜食のハンバーグを作ってくれる時。勿論出来上がった物も最高なんだけど、それ以上に過程が重要なんだ。あたしのために、キッチンに立ってせっせとお料理してくれる樟美の姿がね!」

 

 更に便乗する天葉。もはや取り繕うこともしない、あからさまなマウントである。

 

「分かるわ、天葉。梨璃も私のために、隠れてお菓子作りの練習をしていたことがあって」

「樟美は元から料理上手だけど、よくアレンジメニューを試行錯誤しているんだ」

 

 控室を訪れた当初は、夢結による一柳隊の近況報告で盛り上がっていたはず。それがだんだんと脱線していき、依奈への説教を経て、いつの間にかシルト談義へと変容していた。百合ヶ丘ではよくあることだ。

 

「梨璃をシルトにして本当に良かったわ」

「やっぱり樟美は世界一のシルトよね」

 

 その時、共鳴していた二人の間に綻びが生じた。

 

「は?」

「へ?」

 

 綻びはすぐに不協和音と化す。

 

「待ってちょうだい。確かに樟美さんは素敵な子よ。それは万人が認めるところだわ。でも世界一というのは物理的に無理よ」

「何がどう無理なのかな?」

「梨璃という存在がいるからよ。貴方たちには悪いけど」

「いやいやいや、夢結が自信満々なのも分かるけどさ。流石に樟美より上っていうのはないわねぇ」

 

 普段なら出てこないような言葉も、旧友で同輩で似た者同士ならばすらすらと出てくる。

 そして似た者同士だからこそ、すれ違った時の反発も大きくなるのだった。

 

「樟美は可愛らしくて気立てが良くていじらしい、非の打ち所の無い女の子なの」

「梨璃はおっちょこちょいで、たまに前のめりになってしまうところが可愛いのよ」

「樟美だって人見知りで甘えん坊なところが可愛いわ」

「貴方さっきは『非の打ち所の無い』って言ってたじゃない!」

「非じゃありませんからー! 美点ですからー!」

 

 大人げない争いから、依奈は目を逸らす。

 天葉のすぐ隣、マウント合戦の引き合いに出されている樟美は赤くなって俯いてしまった。

 一方の亜羅椰は離れた所で傍観を決め込み、にやけた顔で事の推移を眺めている。

 そして壱はというと、いつも以上にムスッとした様子で依奈の方を見つめていた。

 

「誰か何とかしてよね……」

 

 途方に暮れた依奈が投げやりに呟いた。

 その願いが届いたのか、レギオン控室の扉が再び開かれる。夢結、天葉、依奈と同じく初代アールヴヘイムのメンバーにして、二代目アールヴヘイム副将の茜たちが帰ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アールヴヘイムの主将と副将、そして司令塔が揃ったところで、夢結がようやく本題を明かす。今までのお喋りはその前座であった。

 

「生徒会やレギオン会議を説得する材料集めで、一緒に外征してくれるレギオンを探していたのね」

 

 一通り事情を聞いた天葉が顎に手を当て考え込む仕草を取る。

 しかし天葉が何か言う前に、司令塔の依奈が口を開く。

 

「勝算はどれぐらいあるのかしら?」

「地下への突入が失敗した場合、二つのレギオンによる包囲戦・長期戦を考えているわ。もしそうなった場合、ガーデンがガンシップで追加の補給を認めてくれるか、五分五分といったところね。長期戦が可能ならば、勝算は十分あると思うわ」

「ふぅん……」

 

 夢結から説明を聞く依奈の瞳は普段よりも細く鋭い。防衛戦ならまだしも、敵地への外征はトップレギオンといえども慎重にならざるを得ないからだ。

 夢結としては、アールヴヘイムへの協力要請は逆転への布石であった。

 前回失敗した以上、一柳隊単独での静岡外征が再び許可される可能性は低い。ならば協力者を作るべきだが、レギオン同盟を結ぶLGエイルは地域第一主義のため、陥落指定地域への外征には反対すると思われた。

 

(アールヴヘイムとの共同作戦なら戦力的には問題ないはず。生徒会や軍令部作戦会議が、学院最高戦力の外征を簡単には認めないだろうけど。せめて彼女たちの賛意を得ておかないと)

 

 夢結の目的とは、要するに会議の前の根回しであった。若干先走った感はあるが、こういうことは遅くなるよりは早い方が良い。そう思っての行動だった。

 

「そこまで考えているのなら、私は賛成よ。ただし、ガーデンからの補給が確約されたらね」

「私も異論ありません。賛成するわ」

 

 まず依奈が、次いで茜が旗色を示す。

 

「それじゃあレギオンとしての意見は、後ほど全員で話し合ってから出すってことで。まあ期待してもいいと思うよ?」

「ええ、それでお願いするわ」

 

 天葉が最後にそう纏めると、夢結は一応の目的は果たしたと納得する。本日の狙いは確約ではなく、あくまで根回し。あらかじめ話を通しておくこと。故にこれが及第点だった。

 そもそも夢結とて一柳隊の中で話を纏めずにやって来たので、今の段階で確約を貰ってもそれはそれで困るのだが。

 

「夢結の用件は済んだよね? それじゃあ茜も戻ってきたことだし、白黒はっきりつけようか」

「ええ、望むところだわ」

「天葉さん、夢結さん、何の話?」

 

 一流のリリィは切り替えも一流なのか。纏う空気を瞬時に変えて、さっきの件を蒸し返す。

 

「もう止めなさい」

 

 結局、ドスを利かせた依奈が強引に止めに入って、ようやくシュッツエンゲル論争は収束に向かうのだった。

 もっとも、当人たちはまだ語り足りない様子である。また別の機会に続きが持ち越されることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控室での会談から少しして、LGアールヴヘイムは正式に一柳隊への協力を約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に時を置いて、百合ヶ丘女学院軍令部作戦会議は一柳隊再度の静岡外征を認めることになる。

 

 

 

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