DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第26話 復仇

 百合ヶ丘女学院は三方を山に、残りを海に囲まれた天然の要害だ。南方には旧市街地が存在するが、今では全ての住民が避難済み。学院は元々ヒュージ迎撃の最前線として整備されたため、避難区域を含む広大な土地を有している。

 

 そんな百合ヶ丘の敷地の一角。脇に管制塔や耐爆格納庫を備えた開けた空間から、大型の航空機が今まさに飛び立とうとしていた。

 耐熱処理の施されたコンクリート舗装を蹴って、まず一機、間を置いてもう一機。二機の大型機、ガンシップが鎌倉の空に舞い上がる。助走はほとんど必要ない。技術の発達が、垂直離着陸機の性能を引き上げていたからだ。

 

 ガンシップ二番機の翼下に吊るされた居住ポッドにて、鶴紗は雨嘉の持つアステリオンの変化に気が付く。

 

「それが工廠科で改造して貰ったっていうやつ?」

「うん。百由様が大急ぎで仕上げてくれたんだ」

「百由様、私のティルフィングだけでも大変だったはずなのに」

 

 青と黒を基調とした雨嘉のアステリオン。現在シューティングモードを取っているのだが、銃本体の左右に箱型マガジンらしきパーツが追加されていた。

 

「マギ・チャージ・バレット。成形炸薬弾の効果をマギを使って再現したものだって。これなら特型は無理でも、シュテルン型には通用するかも」

「だけど、成形炸薬なんて在り来たりな技術を、今更?」

「成形炸薬弾は原理上口径が大きくなりがちだから、アステリオンのサイズに合わせるのは大変なんだよ」

「あ、そっか」

 

 前回、工場跡地上空で襲撃してきたシュテルン型の編隊に、雨嘉たちは大層手を焼いたらしい。

 高機動と重装甲を併せ持った敵への対抗手段として、雨嘉が百由に依頼したのがこの新型弾というわけだ。

 

「百由様には無茶言っちゃった……。結構強引に頼んだし」

「雨嘉が強引って、ちょっと想像できないな」

 

 過去を思い返しているのか、雨嘉は俯きがちになる。

 

「私、口下手だから、鶴紗に何も言ってあげられなくて。その上、戦闘でも大して役に立てなかったのが悔しいんだ」

「役に立ってないって、そんなこと……」

「だからせめて狙撃や支援射撃ぐらい、自分の得意なことぐらい、ちゃんと全うしたい」

 

 俯きながらも、細い声ではっきりと言い切った。雨嘉が自分の意志を明確に示すことは、そう多くない。

 鶴紗は嬉しいやら気恥ずかしいやら。

 

「ありがと、雨嘉」

 

 ぶっきら棒に礼を言う。

 そんな二人の姿はよく似ていて――――

 

「似た者同士、ですね」

「居たのか、神琳」

「それは同じポッドに乗り込んだのだから、居ますとも」

 

 鶴紗と雨嘉の間に神琳が割って入ってくる。

 いつものにこやかな、鶴紗に言わせれば『油断ならない笑顔』。しかし雨嘉はそこに差異を見つけたようで。

 

「神琳、仲間外れになったみたいに感じたんだね。ちょっと可愛いかも」

「そうだったのか神琳。でも別に可愛くはないな」

「鶴紗さん、わたくしへの当たりが強過ぎません?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱海市と目標の工場跡地との中間地点。相模灘の海岸線から程近い平野に二機のガンシップが停まっている。

 

「では改めて、本作戦の概要を確認しますわ」

 

 縦に並んで着陸したガンシップの中間点で、2レギオン合同のブリーフィングが開かれた。音頭を取るのは一柳隊の楓・J・ヌーベルである。

 

「現在、目標建造物周辺には多数のスモール級・ミドル級ヒュージが認められています。これは本作戦のターゲットである特型ファルケが呼び寄せたものと思われますわ。更に付近には湯河原方面から転進してきたギガント級の姿も。まずはこれら地上の敵戦力を撃破した上で、本命の工場地下へと進みます」

 

 特型が呼び寄せたヒュージ群とは、甲州や湯河原のヒュージネストから引き抜いた戦力だった。今回、軍令部作戦会議がアールヴヘイムの参加を認めたのも、その事実が一助となったらしい。この地の敵が増えた分、他の方面が手薄になったからだ。

 

「まず手始めに、防衛軍の対地ミサイルによる準備砲撃でスモール級・ミドル級の群れを攻撃。次いで両レギオンが地上の掃討と制圧を実行。然る後にアールヴヘイムは周辺警戒、一柳隊は地下出入り口の確保と地下施設への突入を担当しますわ」

「ちょっといいですか?」

「はい二水さん、どうぞ」

「地下への出入り口は全て判明しているのでしょうか?」

「本作戦前に特務レギオンが偵察済みです。ヒュージの出入りが可能なのは二つ。前回梅様と鶴紗さんが発見した大型搬入エレベーターと、相模灘へと繋がる海中通路。後者は特務レギオンによって破壊されたので、わたくしたちが封鎖すべきは一つとなりますわ」

 

 加えて、前回確認されたヒュージサーチャーを妨害するバグ型の対処について。一柳隊が持ち帰ったデータから、解析科と工廠科が共同でサーチャーの改良を済ませていた。今はここに居る両レギオンの分だけだが、いずれは他のガーデンにも普及させるという。

 またそれとは別に、万が一に備えて鷹の目と目視による警戒も怠らないようにする。

 

「そして地下での目標は特型の撃破と特型関連のデータの回収。ただし戦力は分けずに一つずつこなしましょう」

 

 楓が概要説明を終える。

 

「さて、最後に何か質問はある? ……ないようね」

 

 楓の隣に立つ依奈が確認し、沈黙を以ってブリーフィング終了となった。

 あとは現地に移動して戦闘開始のタイミングを待つのみ。

 ぞろぞろとガンシップから離れようとするリリィたちに、横から声が掛けられる。コクピットから降りて待機中の、ガンシップのパイロットたちだ。

 

「皆さん、危なくなったら退いてくださいね。焦らなくても補給ならガーデンが手配してくれます。長期戦の心配は要りません」

「私たちが何度でも、弾薬でもチャームでも食糧でも運んできます!」

 

 思えばこの女性パイロットたちにも幾度となく世話になっている。

 先輩パイロットの方はアールヴヘイムの専属だが、出撃が無い時は百合ヶ丘の元アーセナルとして他の機体の整備も手伝っていた。

 鶴紗たち一柳隊を連れてきた後輩パイロットは一般社会出身である。しかし航空機操縦手登用試験を受けて入ってきただけあって、その腕は確かだ。

 

「ありがとうございます! 絶対、絶対、成功させてきますから!」

 

 梨璃が代表して、パイロットたちの激励に答える。元気一杯、素直にお礼を口にする姿は特に年上の女性から好感を持たれやすかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンシップの着陸地点から一行は更に南下する。比較的視界の利く海沿いを通り、途中で真っ直ぐ西進して目的地へ向かう手筈になっていた。

 ここいらはまだ、ヒュージの影も形も見られない。どうやら工場跡地の周辺に戦力を集中しているようだ。戦力が十分な今、下手に散開されるよりは都合が良い。

 

 左を向けば、穏やかな相模灘。右を向けば、彼方の山林から届く草花の香り。そんな長閑な行軍だから、あちらこちらで退屈しのぎの歓談が催されている。

 

「私たちが前座ですって。壱はどう思う?」

「まあ、いいんじゃない? データを見る限り、あの特型、単純な戦闘能力はそこまで高くないみたいよ。一柳隊と因縁もあるようだし。こっちはギガント級で満足しましょう」

「あ~ら、殊勝ですこと。抜き身の刀みたいな壱っちゃんはどこに行ってしまったのか」

「あんたと一緒にするな、亜羅椰」

 

 アールヴヘイムの前衛二人が駄弁り――――

 

「弥宙、弥宙。特型がヒュージを集めたって本当かしら?」

「集めたというのは本当みたいね。ただ、方法までは分からない。ネストのアルトラ級に命令したのか、それとも土下座でもして頼んだのか」

「あははっ! ヒュージが土下座って、どうやるのよ!」

 

 同じくアールヴヘイムのアーセナルコンビが談笑に花を咲かせる。

 二水に匹敵する程に小柄でツリ目のリリィは金箱弥宙(かなばこみそら)。先程から弥宙の肩に引っ付いたり離れたりを繰り返しているのは森辰姫(もりたつき)

 すらりとした長身にメリハリのついたスタイルの辰姫が弥宙と並ぶと、両者の個性が余計に際立って見えた。さながら歳の離れた姉妹のよう。だがそう言われると、本人たちは機嫌を悪くするらしい。

 

「敵地での作戦だってのに、余裕だなアールヴヘイムは」

 

 一連の様子を遠目で見ていた鶴紗が感心半分、呆れ半分で呟いた。

 現在、二つのレギオンは一人もしくは二人組で散らばって進軍していた。散らばっているといっても、顔は見えるし声も十分届く範囲だった。それでもアールヴヘイムが九人、一柳隊が十人の大所帯なので、結構な範囲に広がっている。

 

「最初から気を張ってても疲れるだけだからなー。それにあいつら脅かすなら、巣無しのアルトラでも連れてこないと」

 

 鶴紗の横を行く梅が、これまた暢気な調子で言う。

 

「そう言えば、アールヴヘイムでユニーク機を最初から持ってきたのは壱と亜羅椰だけですね」

「残りの面子は予備機扱いでガンシップに置いてきたらしいゾ。あの二人はメンテしたばかりだから、実戦で調整したいんだと」

「本当に余裕だな。大丈夫なんだか」

 

 鶴紗とてアールヴヘイムの実力を知らぬわけではない。だがそれでも彼女らの振る舞いを目の当たりにすると、危惧を覚えざるを得なかった。

 

「鶴紗はあいつらが楽勝ムードに見えるのか?」

「それは、まあ……」

「気持ちは分かるが、実際は逆だゾ」

「逆?」

「長引いてもいいように、温存してるんだよ」

 

 梅にそう言われて、鶴紗は成る程と理解した。

 一柳隊が地下で特型を仕留め切れず、作戦が長引くことを前提にしてアールヴヘイムは臨んでいるのだ。

 それは何も、他意あってのことではないだろう。最悪の事態を想定するのは戦場において当然なのだから。

 しかし分かっていても、鶴紗は釈然としないのだった。

 

「それはそれで癪だな」

「ははっ、まあ仕方ないさ。結果で見返してやろう」

 

 ()()

 その言葉で、チャームを握る鶴紗の手に力が入る。

 結果を出すということは、あの特型ともう一度相対し、打ち倒すことを意味しているのだ。改めてその意味を噛み締める。

 

「独りで突っ走るなよ? 傍にいるって言っただろ」

 

 黙りこくって物思いに沈む鶴紗へ、そんな言葉が掛けられる。

 勿論忘れてなどいない。病棟の屋上で交わした二人の約束を。

 あの時、家族が欲しいという鶴紗の願いは残念ながら叶えて貰えなかった。しかしよくよく考えてみたら、無理もないことではある。鶴紗と梅は運命的な出会いをしたわけでもないし、何か特殊な事情を共有しているわけでもない。それで家族になれというのも難しいところだろう。

 

 だったら、どうして梅にあんなことを願ったのか。どうして梅に特別な関係を望んだのか。

 

 自分の口から吐いた願いの理由を、自分自身から生じた感情の理由を、鶴紗は導き出そうとする。

 決して誰でも良かったのではない。梅が優しいから、というのもあるだろうが、決定的な理由ではないと思われる。

 では何故か。

 我が事ながら頭を悩ます鶴紗だが、やがてその思考を中断させられる。近くの歓談が喧騒に変わりつつあったからだ。

 

「それにしても結梨ったら、ちょっとばかり見ない内に大きくなったわねぇ」

「うん。背は伸びてないけど。私も色々あったんだよ」

「経験と目的さえあれば、人は幾らでも成長し得るものよ。貴方がどんな風に大人になったか、私にも教えてくれないかしら」

 

 気が付けば、本来の隊列から離れた亜羅椰が結梨に絡んでいた。

 遠藤亜羅椰と言ったら百合ヶ丘屈指のプレイガール。大丈夫だとは思うが、一応あの二人の中へ割って入るべく鶴紗が足を向けようとしたその時、楓に先を越されてしまう。

 

「はいはい、そこまで。結梨さんの半径二メートル以内に入らないでくださる?」

「ご挨拶ねえ、尻軽さん。私は今、結梨と相互理解を深め合ってるの。邪魔しないでちょうだい」

「純真無垢な結梨さんに貴方は刺激が強過ぎますわ。わたくしというフィルターを通しなさい」

「そんなんじゃバイアスが掛かって、本質的な理解に至れないのよ」

「それはバイアスなどではなく、野蛮な獣性から身を守る鉄格子ではなくて?」

 

 互いに仁王立ちしてバチバチと火花を散らし合う。

 自称『結梨のお姉様』はどうやら過保護らしい。それとも相手が相手だからか。

 もっとも、鶴紗に言わせれば、楓と亜羅椰の諍いは同族嫌悪も同然であった。

 

「こら、亜羅椰! 隊形を乱さない!」

 

 依奈に叱られると、アールヴヘイムの問題児は渋々といった様子で、桃色髪を靡かせながら離れていった。

 

 それから暫くして、一行は目的地に到着する。正確には目的の工場跡地から距離を置いた、国道沿いの待機ポイントである。

 ここで両レギオンは防衛軍の事前攻撃を待つ。それが戦闘開始の合図だからだ。

 とは言え、先に状況だけでも確認しようと楓が二水に目配せする。

 

「……居ます。工場跡へ続く道に、スモール級が何十体も。窪地の中にひしめき合ってますね。窪地を囲む崖上にも十数体。更に建物周辺にはミドル級が三十体ばかり」

「二水さん、バスター種やシュテルン型は?」

「今のところは見当たりません。ギガント級も同じくです」

「伏せている、と見るべきですわね」

 

 鷹の目の索敵には厄介なヒュージたちの姿は捉えられなかった。

 しかし他はともかく、ギガント級などという大物はそうそう身を隠せるものではない。想定された戦場から距離を取っているのだろう。見方によっては各個撃破のチャンスとも言えた。

 

「じゃあ梨璃さん、ここで一旦お別れだね」

「はい。私たち封鎖班は搬入エレベーターに向かいます」

 

 アールヴヘイムの主将、天葉が梨璃に声を掛けた。

 梨璃、二水、神琳、雨嘉の四人がヒュージの脱出し得る唯一の出口を塞ぐ。そして残りの六人はアールヴヘイムと共に地上の敵を掃討した後、工場跡から地下へ突入する。

 

「鶴紗、気を付けてね」

「うん、そっちも」

「鶴紗さん、先輩方もいらっしゃるし、きっと上手くいきますよ」

「そうだな」

 

 雨嘉、次いで神琳と言葉を交わす。

 鶴紗としては人数的に少ない封鎖班の方が心配だが、そこは地上に残留するアールヴヘイムとも上手く協力するそうだ。

 

 そうして、梨璃たち四人は海沿いの国道を外れて北西へと出発する。最初に訪れた時は隠蔽されていたエレベーターも、今では位置をしっかりと頭に叩き込んでいた。

 

 更に時が流れる。

 この場に残ったリリィたちの多くが、遥か前方の空に視線を送る。

 依奈が懐の内ポケットにしまっていた腕時計を取り出した。

 

「5、4、3、2、……作戦開始」

 

 依奈の秒読み後、ややあって皆の視線の先に幾つもの光が瞬いた。曇り空を行くその物体たちは地上へと高度を下げて、ヒュージ蔓延る窪地の中へと突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アールヴヘイム、並びに一柳隊がヒュージ群と交戦状態に入りました」

 

 背中から掛けられた声に、理事長代行は「うむ」と短く返事をする。

 最上階付近に位置する理事長室の、一面に強化ガラスを張られた窓の際に立ち、代行は眼下の光景を眺めている。学院の運動場で、たくさんの小さな点が盛んに走り回っていた。実技訓練に精を出すリリィたちだ。一年生中心だが、その動きの精彩さは遠目からでも伝わってくるだろう。

 背を向けたままの代行に、ブリュンヒルデの史房が報告を続ける。

 

「シグルドリーヴァは予定通り、戦況の観察に移っています」

 

 LGシグルドリーヴァはロスヴァイセと同じく特務レギオンだ。陥落指定地域や新型ヒュージへの威力偵察を任務とする強行偵察レギオンである。

 だが、それはあくまで表の顔。彼女らは対ゲヘナ調査という秘匿任務を負っている。その辺りもロスヴァイセと似通っていた。

 

「一柳隊では特型の討伐が不可能と判断した場合、彼女らが動くのですね」

「いかにも。このことはアールヴヘイムにも一柳隊にも伝えておらぬ。余計なプレッシャーを掛けて焦らせぬために」

 

 当人たちには申し訳ないが、しかし保険は必要だった。それもゲヘナの秘密実験場だけあって、相応のレギオンが選ばれた。

 今回の伊豆半島外征では、合計三つのレギオンが実働状態にある。これは破格の措置と言えた。そこまで力を入れる必要が百合ヶ丘にはあったのだ。

 

 代行は本作戦の認可前に繰り広げられた通信でのやり取りを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告にあった実験場のデータとやら。無事に持ち帰れば事態が動くぞ」

 

 いつになく食い気味の総理に対し、理事長代行の咬月は眼鏡の奥の瞳を細める。

 

「特型ヒュージ開発の事実を以って、ゲヘナを糾弾するのですか?」

「少し違う。実験場を提供した製薬会社は表向きゲヘナの協力会社だが、その実、ここを経由して更に複数の企業から政界にロビー活動が行われている。いわば、献金の元締めのような存在だな。この製薬会社が違法実験に関与していると分かれば、ゲヘナの抱える政界へのパイプは大きな打撃を受けるだろう」

「しかし、同時に政界も大混乱に陥ってしまう」

「それは今はいい。……で、実験に関わった統幕内の急進派を、防衛省は切らざるを得ない。つまりゲヘナ過激派と統幕の急進派、双方を一挙に抑えられるというわけだ。我々政府にとっても君にとっても、願ったり叶ったりだとは思わんかね?」

 

 咬月は総理の同意を求める言葉に暫し沈黙する。

 日本政府がゲヘナ本体への攻撃を「考慮に値せず」としているのは、国内外の産業に与える影響が大き過ぎるため。そしてもう一つ、彼らの技術を惜しんでいるため。一時の感情や薄っぺらいヒロイズムによって軽挙に走っても、破滅を早める行為にしかならないというわけだ。

 今回の件とて、ゲヘナは打撃を受けつつも尻尾切りを敢行するだろう。

 口惜しいが、それ以上は百合ヶ丘には何もできない。

 

 通信用のディスプレイを通じて静寂が流れる中、おもむろに咬月が口を開く。

 

「成る程、実験を主導したゲヘナ過激派は内部での地位を落とすでしょうな。相対的に勢力を増すのが穏健派。あなた方政府が支援してきたイルマラボのような」

「ほう……やはり気付いていたか」

「おかしいとは思っていたのです。貴方はあまりに、ゲヘナの内情に詳し過ぎる」

 

 咬月の追及を、総理は拍子抜けするほどあっさりと認めるのだった。

 

「いずれにせよ、今回の話を君は拒否しないだろう。どんな形であれゲヘナの力を削げるのだから。それは君らも望んだことだ」

「確かに、仰る通り。ですが、ここに来るまで迂遠が過ぎた。その間にどれだけの犠牲が生まれたことか。本当にここまで回り道する必要があったのでしょうか?」

 

 訴えるようなその問いに対し、答えはすぐさま返ってくる。

 

「ある」

「何ゆえに?」

「この国が一分一秒でも生き長らえるため。そのためなら何だってやってきた。憲法を捻じ曲げ、大国の靴を舐め、子供(リリィ)を戦地に追いやった」

 

 多数のための犠牲。そんなもの、当事者からしたら決して受け入れられない。

 さりとて現実を全て跳ね付けるだけの力も方策も、人類は持ち合わせていなかった。

 ならばせめて、流れる血と涙を極限まで抑えよう。それこそが高松咬月と彼の姉が百合ヶ丘に居る理由であった。

 

「ヒュージは倒します。データの回収も善処しましょう。それに見合うだけの価値があるのなら」

「価値ならば、言うまでもない。ゲヘナはともかく、統幕の急進派は喫緊の問題だ。暴発寸前と言っても良い」

「そこまでなのですか……」

「奴らは過去の自分たちを棚に上げ、ゲヘナに通じる政界をスケープゴートにするつもりだ。ゲヘナの悪事を白日の下に晒し、腐敗した政治家を諸共に叩く。リリィに奪われた国民の支持を取り戻す、乾坤一擲の博打を仕掛けようというのだよ」

 

 それは正しくクーデターだった。

 三重での襲撃事件から、こうなることは分かってはいた。だが実際に総理の口から聞かされると、咬月はやるせない思いを抱く。

 兵としての価値と栄誉をリリィに取って代わられた。その怒りや憎しみ、妬み嫉みは咬月の想像を超えていたのだ。

 

「彼らは二・二六事件の再現でも狙っているのでしょうか。相も変わらず、この国は薄氷の上に成り立っているのですな。僅かでも踏み外せば、忽ち奈落の底に落ちかねない程に」

「そうさせないために、我々政府が居る。二・二六は失敗したし、今後も成功する日は永久に来ない」

 

 虚しさでいつもの皮肉にもキレを欠く咬月。

 その一方、総理は対照的に強く確たる口調をとる。彼の瞳は何をどこまで映しているのか、咬月には危ういと同時に眩しくも見えた。

 

「だから咬月君、君らは君らの使命を果たせ」

 

 

 

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