相模灘の海原を六隻の軍艦が列を成して進む。艦首がダークブルーの海面を掻き分けると、白い水飛沫が左右に噴き上がった。灰色の船体は水の抵抗を物ともせずに、伊豆半島の海岸線に沿う形で南へ進路を取っている。
艦隊右翼、すなわち陸地に近い方には護衛艦が四隻、単縦陣を成す。ともすればフリゲートにも分類され得る小振りな艦だった。
そして艦隊左翼には同じく単縦陣を組む二隻。こちらは重厚な艦橋が目立つ大型護衛艦である。
合計六隻の護衛艦に、白煙が巻き起こった。前部甲板からミサイルを吐き出したのだ。
垂直に撃ち上げられたミサイル群はある程度まで高度を稼ぐと、伊豆半島を目指して山なりに翔けていく。
攻撃は斉射ではなく、数発ごとに攻撃範囲を区切って実施されていた。
「各艦、
大型護衛艦――くらま型の一番艦『くらま』の
横須賀から出張ってきた彼ら第2護衛艦隊分遣隊の任務、それは陸地にて敵に襲い掛からんとするリリィたちの露払いであった。
本来くらま型は四隻存在するのだが、先の横須賀沖海戦の傷のため、半数がドック入りしたままである。
「司令、接近して艦砲射撃を仕掛けますか?」
くらま艦長からの問い掛けに、司令は少しだけ間を置いた後で首を左右に振る。
「いや、止めておこう。バスター種にでも反撃されて、こちらが要救助者になっては目も当てられない」
「はっ、了解」
「その代わりSGMは全て撃ち尽くしていく」
いかに高価で巨大な兵器を持ち出そうとも、防衛軍が仕留められるヒュージはミドル級まで。リリィ抜きで彼らに出来ることは限られている。彼らでは主役たり得ない。
「しかし、これでまた『税金泥棒』と後ろ指を指されますなあ」
艦長が諦観したように、それでいて悲観は感じさせない声で愚痴を言う。
それはリリィの投入以降、あちこちで見られる問題だった。数の上ではスモール級ミドル級が圧倒的に多いのだが、やはり市井に対してインパクトを与えるのはアルトラ級やヒュージネスト撃破の報なのである。
「言わせておけばいいさ。逆立ちしたって、出来ることしか出来ないのだから。我々は我々の仕事をしよう」
司令はそう締めくくる。
そんな彼らの目の前には、CICの中にでかでかと浮かび上がった電子の作戦地形図。ヒュージを示す赤い光がまた幾つか消え去った。
観艦式のように、後背に無辜の市民を抱えているわけでもない。
彼らが今こなすべき仕事とは、あくまでも露払いのための準備砲撃だ。リリィへの劣等感を晴らしたり、自己満足のために自己犠牲を払うことでは決してない。
彼ら軍人は大義に生きる志士でも正義のヒーローでもなく、国家の禄を食む公務員なのだから。
「準備砲撃予定時刻、超過。防衛軍のミサイル攻撃、終了しました」
二水からの無線通信が耳に届く。彼女の言葉通り、大地を揺るがさんばかりの振動と爆音はパタリと止んでいた。
二つのレギオンは前進する。
前進して、やがて先程まで吹き荒れていた鉄の暴風の惨禍を目の当たりにした。工場跡へと至る道の上に、剥げた装甲や千切れた触腕など、少し前までヒュージだった灰色の物体が散らばっていたのだ。
しかしそれでもなお、視界に映るだけでも数十のヒュージが蠢いている。
ここから先は、彼女たちリリィの仕事であった。
「楓さん、準備はいいわね?」
「はい、勿論ですわ。タイミングは依奈様のよしなに」
司令塔同士が確認し合う。戦場への突入について。
この二人が良いと判断したら、そこから先は早かった。
「アールヴヘイム前進! 道を切り拓く!」
それまでとは一転、口調も纏う雰囲気も凛々しく勇ましく。突撃の銅鑼に代わって依奈が声を張る。
待ってましたとばかりに、二つの影が飛び出していった。マギによる爆発的な跳躍により、正面に広がる敵の群れへと迫る。
二つの影の内、先陣を切ったのは、両刃の大型剣を中腰に構えた亜羅椰だった。彼女はスモール級ファング種が開いた巨大な口へ、稲妻の如き熾烈さを以って切っ先を突き入れた。
「僭越ながら、一番槍頂戴致します!」
そう宣言しながら、亜羅椰はユニークチャーム『マルミアドワーズ』を引き抜き、頭部を貫かれたファング種を剣の腹で横薙ぎに叩く。すると哀れな犠牲者は隣の同族に激突し、軽い爆発を起こして沈黙するのだった。
一方、亜羅椰に少しばかり遅れて接敵したもう一人、壱はやや細身の長剣を複数のファング種に向け振るう。彼女が持つ鋭角的で武骨なユニークチャーム『アロンダイト』は最小限の動きで敵の首を切り裂き、辺りに青い血を撒き散らす。しかし一滴たりとも、壱の制服に返り血が付くことはなかった。
そんな壱に対して、一体のファング種が顔を向ける。その頭部は長く膨らんだ筒状で、金管楽器のベル――音の増幅器――を思わせた。
フォーン型。名は体を表すという言葉通り、筒状の頭から不快な大音響と無数の光弾を吐き出した。音波攻撃で敵の聴覚や平衡感覚にダメージを与え、然る後に仕留める。それがフォーン型の戦法なのだ。
しかし音ですら、壱を捉えることはできかった。
「見えてんのよ」
空高く跳び上がった壱の長剣、その剣身が真ん中から上下に開き、内に仕込まれていた砲口がマギの光を放つ。放たれたレーザーは狙い違わず、フォーン型を頭上から撃ち抜いた。
事前のミサイル攻撃で元々乱れていたヒュージの隊列が、二本の槍によって更に突き崩されていく。
亜羅椰は敵の真っ只中にて大剣を踊らせる。大振りだが、パワーとスピードを併せ持った彼女の斬撃は確実にヒュージを葬っていた。チャームに負けず劣らず、彼女の長く艶やかな桃色髪も激しく振り乱れ。ヒュージの上げる火花の色と相まって、その姿は戦場に奔る紅い稲妻のようだった。
壱も同じく、敵中で複数体のヒュージと斬り結ぶ。彼女は派手な亜羅椰とは対照的に、少ない動作で敵を斬り捨てていた。その様は紙一重。先程の台詞通り、相手の動きや攻撃が見えていた。レアスキル、この世の理が視覚と感覚から壱に警鐘を鳴らすから。
「壱、亜羅椰! あんた達はそのまま道路沿いに前線を押し上げなさい! 茜と月詩は崖上を押さえて! 残りは援護!」
無線で矢継ぎ早に指示を出しつつも、依奈はブレイドモードのアステリオンと手斧型チャーム『グングニル・カービン』を握って後輩二人の後に続く。自身も前衛に加わるつもりなのだ。
戦闘正面、切り立った崖に挟まれた隘路での攻防が激化する中、崖上でも銃火が交わされていた。
二十メートルを超す絶壁を、数回に渡って壁面を蹴ることで登り切った月詩。彼女の眼前には、リング状の胴体から分厚い刃の両腕を生やしたリッパー種ブル型の群れが待ち構える。
飛行型ヒュージであるブル型は月詩の頭上から急降下を仕掛けてきた。しかし月詩はそれに構わず、降下体勢に入っていない遠方のブル型へ、右手に持つグングニル・カービンの弾丸を放つ。
月詩を狙った個体は降下の最中に、アステリオンのレーザーに呆気なく叩き落とされるのだった。
「月詩ちゃん、二時の方向三機、十一時の方向二機よ。あとは私が仕留めるわ」
「了解です!」
シュッツエンゲルの茜から指示を受け、月詩は駆け出す。
果敢にも迫ってくるブル型は左手のグングニルで切り払い、上空から熱線を撃ってくるブル型にはカービンが砲火を浴びせる。
月詩のレアスキルは依奈と同様。チャーム二丁持ちを可能とする
程なくして、近場のブル型は姉妹の共同作業で殲滅された。
シルトを追って崖上に登った茜は道路を挟んだ向こう側の崖を見る。そこにも数体のヒュージの姿が。休むことなく、月詩と共に射撃戦を展開していく。
アールヴヘイムが高所を押さえるのは時間の問題だった。
前に出てヒュージと相対する者が居れば、後方から仲間たちを支える者も居る。
刀身を90度後ろに倒して砲口を露わにしたティルフィング。それを肩に担ぐのは、透き通った空色の髪と抜けるような白肌が美しいリリィ。彼女、辰姫に引かれた引き金はティルフィングから高出力のレーザーを生み出した。
ティルフィングの真骨頂、バスターキャノンの一撃は、最前線から離れた遊兵状態のヒュージに着弾するのだった。
「もうちょっと左……もうちょっと……」
「このぐらい?」
「そうそう。依奈様たちに当てないでよね」
すぐ横で、弥宙が辰姫の肩をぽんぽんと叩いて照準を調整させていた。
「あっ。弥宙、ちょっとでかいのが出てきたわ!」
「あのミドル級は壱さんが片付けるから、ほっといて良いわよ。……ほら、やった」
「あっ、あーーーっ!」
壱の幼馴染である弥宙と茜は、任務など公の場では
ともあれ、有言実行。アールヴヘイムは宣言した通りに道を拓いた。立ちはだかるヒュージの群れを押し出し、あるいは薙ぎ倒し、文字通りに目的地まで繋がる経路を作り出したのだ。
地上の敵はアールヴヘイムが受け持ち、一柳隊の地下突入組はマギを温存する。
当初の想定は以上のようになっていた。
だが想定は想定。実際の戦闘で乱戦に陥ったら自分たちにも出番が回ってくる。内心そう考えていた鶴紗の読みは、良い意味で裏切られることとなった。
「何なんだ、あの戦い方……。好き勝手やってるはずなのに、補い合ってる」
「そうだな。下手に個性を殺すんじゃなくて、端から計算に入れて作戦に活かす。それがあいつらアールヴヘイムのやり方だ」
疑念と畏敬の入り混じった様子の鶴紗に、横から梅がフォローを入れる。
彼女ら一柳隊は弥宙や辰姫の更に後方からあとに続いていた。全くの無傷で。
「でも、そんなこと簡単にできるわけがない」
「勿論簡単じゃあない。天葉と依奈、茜に弥宙の四人が司令塔の役をスイッチしたり、分割することで状況に対応しているお陰だゾ」
レギオン司令塔、即ち戦闘指揮官。その役割を戦闘の最中に切り替えるなど、まともではない。下手をすればレギオン全体が混乱して自滅しかねない行為だ。
ところが、尋常ならざる戦法を実現させるのがアールヴヘイムだった。深い信頼に基づく結束と連携の為せる技。
個としての力が盛んに取り上げられる彼女たちだが、真価は集団戦にこそあった。
「……何であれ、これで楽して入り口まで辿り着ける」
鶴紗は深く考えるのを止め、自分たちの現状に意識を向け直す。
想定の通りに事が運び、鶴紗たち六人はマギをほとんど消費していない。隊を分けた点を除けば万全の状態と言える。
鶴紗の足取りは自然と早まった。ひび割れ朽ちた舗装のアスファルトを蹴って、遮る者の無い道を前へ前へと進む。
そうして、とうとう因縁深い廃工場に到着した。流れ弾による損壊があちこちに見られるが、大よその姿は変わりない。あの時、鶴紗が己の弱さに負けて背を向けた場所だった。
建物の周囲は既に制圧済み。今は天葉と依奈と樟美が周辺警戒に当たっている。前衛の壱と亜羅椰は更に奥地へ斬り込んでいるのだろう。
「さて、ざっとこんなもんだね」
「恩に着るわ、天葉」
「礼なら地面の下から帰ってきた後に聞くよ」
廃工場の入り口前で、夢結と天葉が言葉を交わす。
旧友同士の、どこか通じ合ったやり取り。
一時期疎遠になったとは言え、かつての縁は今も確かに繋がれていた。
「梅も。折角ここまで御膳立てしたんだから、ヘマしないでよね」
「依奈こそ、梅たちが戻ってくるまでやられるなよー」
「誰に言ってるんだか」
戦場のど真ん中に生まれた和やかな時間。それはほんの一時の出来事だったが、張り詰めた心を解きほぐす一助となった。意図してのことか、そうでないのかは分からない。しかし鶴紗はそこに、自分たちよりもずっと大きい先達の背中を見出した。
「天葉様、依奈様。お取込み中に申し訳ありませんが、朗報ですわ!」
不意に、弾む声で亜羅椰からの通信が入る。最前線の彼女がこんな反応をするということは、戦況に変化があったに違いない。
もっとも、変化が良い意味とは限らなかった。亜羅椰の性格を考えると、むしろ逆の可能性が高い。
「サーチャーに新たな反応。この大きさは、間違いなくギガント級! まったく、焦らしてくれちゃってぇ!」
嬉々とした亜羅椰の報告に、一度緩んでいた皆の気が再び引き締まる。
動物の耳を模した亜羅椰の髪飾りはヒュージサーチャーの一種だ。百合ヶ丘のリリィ全員に支給される携帯内蔵のものより精度が良い。誤報の可能性はまずないだろう。
反応があった地点はまだ距離があるらしい。だがギガント級のサイズと火力を考慮すると、それほど余裕があるとも思えなかった。
両レギオンは判断に迫られる。
「夢結、今の内にさっさと下りちゃって」
「ええ、この場はお任せするわ。私たちは邪魔にならないよう退散するから」
「工場ごとぺしゃんこになったらごめんね。その時は他の出口から帰ってきてね」
天葉が気安く朗らかに一柳隊を送り出そうとする。夢結も夢結で、それに応じる。
今回の件、言うまでもなく鶴紗と深い関わりがある。しかし彼女はアールヴヘイムのメンバーと特段密接な繋がりがあるわけではない。なので、何と声を掛けていいか考えあぐねていた。
そんな鶴紗の目の前に、チャームを下ろした依奈がやって来る。
「梅のことよろしくお願いね、鶴紗さん」
「えっ……はい」
突然のことに鶴紗は戸惑った。よろしくして貰うのは、自分の方なのだから。
「梅はねえ、
「おーい、聞こえてるゾー」
梅が廃工場入り口のドアを通り抜ける寸前、依奈の方をくるりと振り返ってジト目を向ける。
この時の鶴紗には、依奈の言わんとするところがよく分からなかった。先程一人で頭を悩ませていたことだが、自分と梅の間に特別な関係は存在しない。それで重しと呼べるのだろうか。
分からない。
分からないが、軽くウインクする依奈の姿には不思議な説得力が感じられるのだった。
それは一つの山だった。
お椀状の、全高が四十メートルを超す灰色の体。高さがそれだけあるのだから、麓の部分の直径は更に長大なことだろう。
その巨体はマギの力で超低空をゆっくりと浮遊し、進路上に存在する木々や岩石を圧倒的な質量によって薙ぎ倒していく。見る者に風情を感じさせる自然の情景も、規格外の怪物に掛かれば路傍の小石も同然だった。
一見すると、その山はあてどなく浮かんでいるだけに見える。だが全身あちこちに半球形の砲塔を生やし、砲塔から更に二連装の長砲身を伸ばしている。砲塔群は絶えず旋回を繰り返し、全周囲に砲口を光らせていた。これから起こるであろう敵襲を、手ぐすね引いて待ち構えるかのように。
それはただの人間が絶対に敵わない存在。
戦地にて小粒の同族を統べる者。
「居たわ、ギガント級。でも見たことないタイプね。弥宙、調べられる?」
「ちょっと待ってください……」
高台から遠方を見つめる依奈が、連れてきた弥宙に確認する。弥宙は片手に抱えたタブレット端末の上で舞うように指を走らせた。
亜羅椰からの一報を受けた後、依奈たちは工場跡のある窪地を離れてサーチャーの反応地点を偵察していた。
わざわざ探し回る必要も無い。求めていた敵影はすぐに見つかった。見逃す方が余程難しいだろう。
「……該当有り。ギガント級レイザーレイ種、フォートレス型。中国地方や京都で交戦報告が見られます。レイザーレイ種の例に漏れず、火力に優れた重砲撃型のヒュージですね」
「周囲に随伴は無し。取り巻きが呆気なくやられたものだから、押っ取り刀で出てきたのかしら」
口ではそう言いつつも、依奈は敵の出方を訝しんでいた。どうにも対応が場当たり的なのだ。
通常のヒュージならばともかく、今回の親玉は高い知能と戦術を駆使する特型と聞いている。なのに現在アールヴヘイムを迎撃している敵の動きは鈍かった。
やがて、依奈はあまり考えたくない可能性に行き着く。
「もしかして、地下に戦力を集中させているとか」
大兵力を有しているなら、普通は地上でも抵抗を図るところ。幾ら巨大実験場とは言え、地下空間では一度に投入可能な戦力は限られているはず。指揮官である特型が戦術を理解できるなら、それが解せぬとは思えない。
そう、特型が人間並みの知能を持っているならば。
「依奈様、どうしますか? 一柳隊のことは」
「まあ、無理そうなら引き返してくるでしょう。私たちは取りあえず、地上を確実に押さえるのよ」
あっさり方針を決めると、依奈は踵を返して仲間との合流を急ぐ。それが一番、旧友たちの支援になると判断したからだ。
「B型兵装を使うべきでしょう」
ギガント級接近を前にした緊急ミーティングにて、真っ先に亜羅椰が意見した。
それに対して天葉と茜、そして依奈の二年生組は渋い顔を見せる。
B型兵装とは、マギの出力を全て攻撃に転化させるBERSERKシステムを搭載したチャームのこと。マギ結界という防御手段を失ってしまうため、禁忌指定すら受けたことのある武装であった。特に現二年生世代には忌避する者が多い。上級生の被害を間近で見てきたせいで。
しかしながら、リスクを背負うだけの戦果を見込めるのもまた事実。
「ギガント級があれ一体とも限りませんし。ガンシップに予備機があるとは言え、チャームの損耗は可能な限り抑えるべきでは?」
ギガント級に対して最も有効なノインヴェルト戦術はチャームに少なくない負荷を掛ける。なので亜羅椰の言う通り、損耗を抑えられる時は抑えるべきなのだ。
実の所、B型兵装の使用はある程度織り込み済みだった。天葉たちが渋い顔をしたのは感情的な問題に過ぎない。
「そうね。この状況なら、ノインヴェルト戦術を使う必要性は薄いでしょう」
「亜羅椰をフィニッシュに据えてフォーメーションを組み直すわ。壱、月詩、茜、辰姫でギガント級の牽制。樟美はファンタズムで皆の支援。弥宙は亜羅椰のフォローに回って。ソラと私は状況を見ながら遊撃」
迅速果断な指揮。
未だ敵との距離はあるものの、あの巨体と火砲の前では大した猶予にはならないだろう。だからこそ、彼女らは指示を下されてすぐに動き出す。
窪地から二十メートル程の崖を登ると、お目当てのヒュージの居場所はすぐに分かった。山林の木々を押し潰して進む姿が、遠目にもよく見えたから。
「目標が開けた地形に出たところで仕掛けるわ」
そんな依奈の指示よりも前に、大体の配置は完了していた。牽制組の四人は前に出て、弥宙と不敵な笑みを浮かべる亜羅椰が最後尾。残りの面子は両者の中間辺りで待機する。
遠く離れていても他を圧する巨体と砲の数々。それがゆっくりと、しかし確実に近付いてくる。
ヒュージという名が表す通り、彼ら、あるいは彼女らの特質は、その大きさにあった。巨大なことがヒュージをヒュージたらしめる証だとするなら、アルトラ級に次ぐギガント級は間違いなく難敵と言えた。
サイズの差は、それだけで脅威となる。武器を備え殺意を持つなら尚更だ。
しかし、並の人間なら裸足で逃げ出す状況でも、九人のリリィは躊躇すらしない。その内の二名に至っては、高揚感から心が浮き立っているようだった。
「依奈様、来ます!」
「了解。壱、月詩、先鋒頼むわよ。戦闘開始!」
前衛に立つ壱からの報に、依奈の号令が下る。
直後、隊の右翼から壱が、左翼から月詩が前進を開始し、更に二人の後方から辰姫と茜がそれぞれ後に続く。
対するヒュージはと言うと、山林から抜け出て開けた土地に到達した。一面が緑の茶畑だ。
レイザーレイ種の火力を相手に、林の木々程度では遮蔽物になり得ない。ならば自分たちも存分に飛び回れる空間で勝負を挑もう。彼女たちアールヴヘイムはそんな選択をしていた。
「……砲塔が三つ壱っちゃんに。二つが月詩ちゃん。一つがあかねえに」
不意に、無線から樟美の呟くような声が聞こえた。レアスキル、ファンタズムによる未来幻視である。
だがこれだけでは、戦術に活かせない。樟美は決して自分から味方に指示を出したりしない。
にもかかわらず、壱は迷いなく左に跳び、月詩は思い切り上方向に跳ね、茜は腰を深く落として身を屈めた。
次の瞬間、ギガント級の体が光で瞬く。
前方向に配置された六基十二門の連装砲が、一斉にマギの奔流を放ったのだ。
山の如き重厚な体から繰り出される青白い輝き。十二本ものレーザーが宙を翔ける様は壮観。
けれども要塞砲は敵を一人たりとも捉えられない。光は全てリリィたちに躱された。
樟美のテレパスだ。ファンタズムは幻視した光景を脳内で味方と共有できる。互いの信頼が深ければ深いほど、その精度は高くなった。
「まずは私たちでギガント級の攻撃を引き付けましょう。辰姫ちゃんは可能なら、砲塔の破壊を試してちょうだい」
前衛を指揮する茜の言葉で、四人は散り散りに動く。的を絞らせぬように、ある者は茶畑の中を駆け、またある者はヒュージの眼前で跳躍を繰り返し。
その最中にもギガント級の砲塔群は絶えず発砲を続けていた。斉射を止め、砲塔一基一基が旋回して個別に敵を追尾する。まるでそれ自体が別個の生物のように。
リリィたちは樟美から送られてくる未来幻視を頼りに、曲芸染みた機動力で光線の隙間を縫っていく。
ふと、壱の後方から極太の光線が伸びた。辰姫のティルフィングがバスターキャノンを撃ち込んでいた。
ギガント級の一角へ真っ直ぐに奔る大出力のレーザーだが、砲塔の一つに命中するものの、ダメージを与えられた痕跡が見られない。
「かたっ! こいつ硬過ぎです!」
「やっぱり防御にも相当なマギを振っているわね。……接近戦に移行するわ。破壊はできなくとも、迎撃能力を抑えるのよ」
辰姫から悪態のような叫びを聞き、茜は更に距離を詰めるべく指示を出す。
砲撃タイプなら懐が弱点。そんな風に単純にいかないのが大型ヒュージとの戦いというものだ。現に今も、周囲を飛び回るリリィたちを小うるさい羽虫の如く砲火が追い掛けている。ファンタズムによる支援と前衛の連携がなければ、とっくに負傷者が出ていたことだろう。
戦局が膠着する中、中衛で戦闘を見守る依奈に通信が入る。後方の亜羅椰からだ。
「サーチャーに新たなヒュージ反応。ミドル級が6」
「場所は?」
「十時の方角。ギガント級の更に後ろです」
「今まで隠してたのね」
ヒュージのくせに予備兵力とは生意気な。そんな思いでギガント級を見つめる依奈ではあるが、焦りは無い。予備兵力ならこちらも持っているからだ。
「じゃあソラ、ちょっと行って片付けてきて」
「何かあたしだけ雑じゃない?」
「こんなものよ」
「そっかー。それじゃあ行ってくる」
とても戦場でのやり取りとは思えない、軽い調子で言葉を交わすと、天葉はレギオンから一人離れて大きく跳んだ。行き先は無論、話に上がった敵の増援地点である。
上級生が浮足立ってはいけない。一年生たちを動揺させてしまうから。だからなるべく普段通りに振舞う必要があるのだが、それは専ら天葉や茜の役割だった。依奈は司令塔として、苛烈に指揮を執ることもあるからだ。
もっとも、アールヴヘイムの一年生に対しては杞憂に過ぎないのかもしれない。
「五秒後、五秒間だけ月詩ちゃんがフリーになるよ」
「りょーかい! じゃあ私、突っ込むから!」
「とどめは任せなさい、月詩」
樟美からの通信とテレパスに、幼馴染の月詩と壱がすぐさま答える。
そして彼女らの思惑通り、僅かな時間だけレーザーの標的から外れた月詩が砲塔の一基に肉薄できた。グングニルの刃を突き立て、マギの防御を破って砲塔の付け根に深く刺し込む。忽ち辺りに火花が舞い散った。
強力なヒュージのすぐ傍ではマギインテンシティも強くなる。その理論に違わず、砲撃を弾き続けてきたギガント級の体の一部に決して浅くはない刀傷が入った。
そこへ飛び込んでくる壱の砲撃。月詩は背中に目でも付いているかのように、背後からの高出力レーザーを飛び退いて避ける。
直後に爆炎が上がり、半球形の砲塔は砲身を含めた上半分が消し飛んでいた。
すると、それまで低速ながら前進を続けていたヒュージの巨体が遂に停止する。更には巨体の背面部分、即ちアールヴヘイムを迎撃している砲塔群とは反対側の方から、まるで歪な歯車がこすれ合うような金属の駆動音が鳴り響く。
「最後の悪足掻きが来るわよ! 亜羅椰、そろそろ準備しておきなさい!」
前に出て壱たちと合流した依奈がそう叫ぶ。
それから間を置かず、ギガント級の背面六基の砲塔群が本体から分離した。浮遊し、砲口を手近なリリィたちに指向し、前面五基の砲塔も合流させる。合計で十一基二十二門の砲が宙に浮かび、その殺意と暴力の矛先をアールヴヘイムに向けたのだ。
ヒュージとリリィ。対峙する両者の間に、僅かな静寂が流れる。それはほんの数秒だけのことだが、戦場においては奇妙と形容するに足りるだろう。
そうして奇妙な静寂を破り、ヒュージのマギが解き放たれた。幾本もの青白い光線が大気を貫くように迸る。
跳躍や疾駆によって乱れ舞うリリィたちを、同じく乱れ舞うレーザーが狙う。サイズ差もあって、その様は巨象と蟻のようだった。しかし彼女らはただの蟻ではない。象をも殺し得る、必殺の牙をその身に宿した蟻なのだ。
浮遊砲塔群の猛攻をアールヴヘイムは凌ぎ続ける。回避に専念することで。
砲撃を避け切れないと判断した辰姫は、ティルフィングをブレイドモードに切り替え、盾代わりとしてどうにか耐えていた。
「これより敵砲塔を抑えます。狙うは敵正面。私のあとに続いて!」
流れ弾が茶畑を消し飛ばし、大地を抉る中で、依奈が反攻の狼煙を上げる。砲撃の隙間を縫って接近し、アステリオンの刃を最前列に浮かぶ砲塔へ叩き付けた。
砲塔防御が更に強化されているのか、月詩の時とは違い、依奈の一太刀は通じなかった。
けれども防御に傾注している状態では発砲できないようで、依奈は敵火力の一端を一時的に無力化せしめる。
間髪入れず、壱、月詩、茜、そして辰姫が司令塔に倣う。そうして敵の本体への突入経路が切り拓かれた。
浮遊砲塔は合計で十一基。未だノーマークの六基は当然のように眼前のリリィたちへ矛先を向ける。ここで撃たれれば前衛が壊滅するのは必至だろう。
しかしながら、道は既に拓かれているのだ。
「BERSERKシステム、起動」
その道を、一条の閃光が翔け抜ける。
その手の中では、マギクリスタルコアを真っ赤に赤熱させた大剣が静かな唸りを上げる。
「フィニッシュも、決めさせて頂きます」
大剣の刃は中央から開き、黄金色に煌めく光の刃が獲物を求めて姿を現していた。
「フェイズトランセンデンス」
瞬時に刀身を伸長させた光の刃は瀑布の如くギガント級へ押し寄せる。山にも等しい体躯の真ん中を縦一閃。数舜の後、両断されたヒュージの断面が火花を散らし始めた。
全員が距離を取って退避し、四十メートルの山が爆ぜた時、ちょうど天葉から目的達成の通信が入ってくる。
リリィ、それも百合ヶ丘生え抜きのリリィというのは、幼稚舎の頃から如何にしてヒュージを殺すか叩き込まれてきた。そんな存在を五人も六人も抱えるアールヴヘイムは、正にヒュージを討つべくして討つ者たちだった。