時折曲がり角を曲がりながら、横幅が広く天井も高い通路を二人のリリィが進む。
間隔が疎らで明度を抑えた電灯の下、思い出したように暗がりから飛び出してくる四つ足のヒュージを一つ一つ打ち倒していく。
この施設は元々ヒュージの実験場だった。無駄に入り組んでいるのは実験体の性能テストを行なうため、というのは外征出発前にミリアムから耳にした話であった。
鶴紗は左前方を行く梅の背中に目をやる。
前回、ここから逃げ出す時は二人きりだった。そして今も二人。
けれども今回は前回と違い、鶴紗にも他人のことを意識できる余裕が多少はあった。
「梅様」
「んー?」
「今まで逃げ回っていた特型が、どうしてこんな地下に籠ったんだろう」
「うーん……。よっぽど勝算があるとか。それとももしかしたら、逃げるのを諦めて腹をくくったのかもなー」
半分は他愛無い雑談のつもりで、しかしもう半分は真剣に、そんなことを尋ねてみた。
こうして分断された現状を見るに、梅の予想の内、前者の方はもっともらしい説得力がある。少なくとも後者よりはあり得る話だろう。
「ヒュージが腹をくくるのか」
「知能があるなら腹もくくるし、潔くなったりもするだろう」
答えになっているのか、なっていないんだか、よく分からない梅の返答。
それを聞いた鶴紗の中に、ちょっとした悪戯心が芽生える。
「それじゃあ梅様も腹をくくらないと」
「梅はいつだってくくってるゾ。首以外は」
「腹をくくって、シュッツエンゲルを契るとか」
「あー、それはなぁ……」
「未練を捨てて、恋人でも作ってみるとか」
「んー、それもなー」
のらりくらりとした梅の態度に、鶴紗は可笑しさが込み上げてくる。反感は湧かなかった。むしろ親近感のようなものすら覚えていた。奇妙な話だ。人付き合いの苦手な鶴紗と人付き合いの上手い梅では正反対だというのに。
そうこうしている内に、取りあえずの目的地である搬入エレベーターの前に到着する。ここまでは前回の探索で一度訪れているので迷わなかった。だからこそ合流地点に選ばれたのだ。
改めて目の前にすると、このエレベーター、やはり大きい。10tの大型トラックが丸々乗るだろうし、ラージ級ヒュージだって暴れなければ楽々運べるだろう。
エレベーターの先にはまだ通路が続いていた。相模灘、即ち海に通じる道である。事前に特務レギオンシグルドリーヴァが海中トンネルを破壊したという話なので、海から逃げられる心配は無い。
特型が方針転換して逃げ出そうとするならば、こちらの搬入エレベーターを通るはず。そういう意味でも、ここを合流地点に設定したのは理に適っていた。
もっとも、狙いが的中し過ぎるのも考えものである。
合流前の二人だけで出くわしてしまうとは。
「……案外あっさり出てきたな。いや、この時を狙ってたのか」
長い通路の先に、梅が敵の影を見つける。
鶴紗もほとんど同時に気が付いた。ぼんやりとした薄明かりから、赤い光の単眼が浮かび上がるのを見た。
ペネトレイ種カウダ型を鋭角的でスマートにしたフォルム。体長が三メートルを超すミドル級のサイズ。
既に幾度も目にしてきたその姿。忘れようがない。たとえ忘れたくても、忘れられるものではない。
「先に楓たちと合流しますか?」
「さっきみたいにまた壁を下ろされたら、縮地でも逃げ切れるか分からない。梅たちだけで仕掛けるゾ」
鶴紗たちが下りるのに使ったエレベーターは人間サイズのもの。この場にある搬入用エレベーターは地上で梨璃たちが見張っている上に、物理的に開けない処置を施している。
なので一旦退くという選択肢もあったのだが、梅は戦う方を選んだ。鶴紗も本音で言えば、望む所であった。後回しにするのは性に合わないからだ。
「どっちが前に――――」
「合わせていこう。そのティルフィングなら、梅にちょっとは付いてこれるだろ?」
「了解。しっかり付いていってやりますよ」
射撃モードのチャームを構えた二人が前に向かって足を踏み出した。
すると、特型の胴体前面の装甲が横にスライドし、合計八つの発射管と丸みを帯びた弾頭が顔を見せる。
それが特型、個体名『ファルケ』との決戦を告げる鐘となるのだった。
両腕と右肩の上で保持されたティルフィングが炎を吐き出しながら、持ち主ごと地下通路を疾駆する。炎と言っても本物の炎ではない。推進力と化したマギがチャームに取り付けられたロケットモーターを介し、赤い光として可視化したものだった。
時に蛇行を織り交ぜながらも高速で前進するティルフィングと鶴紗は、機を見ては大口径の砲で標的を狙う。的が比較的大きい上に回避行動が取れる空間も限られているので、命中率は予想よりも悪くなかった。ただし、標的に有効打を与えているようには見えなかったが。
「並みの攻撃じゃあ、らちが明かないっ」
焦燥を覚え始めた鶴紗に対し、砲撃の返礼が帰ってくる。後ろ向きで、しかし高速で飛行する特型が、リリィたちから逃げながらも赤いレーザーを放つ。
弾速の極めて速いレーザーだが、対処のしようはあった。特型の単眼が動いた向きによって、ある程度の軌道を読むのだ。いざとなったら鶴紗のファンタズムもある。
それよりも厄介なのはミサイルだろう。時折、思い出したように飛んでくるそれは誘導弾だった。従って迎撃する必要に迫られ、余計に特型との距離を詰められないでいた。
「どこに誘い出すつもりか知らないが、取り巻きが出てくる前に片付けるゾ」
通信で指示してきたのは梅だ。彼女は小刻みに縮地を繰り返してヒュージに追い縋っている。一気に距離を縮めないのは偶然による被弾を避けるため。縮地はS級に達しない限り、あくまで高速移動であって空間転移の類ではない。故に危険と隣り合わせのレアスキルであった。
鶴紗は梅の通信に答えようとする。が、中々思い通りにはいかない。ティルフィングのモーターで飛行――と言うよりも床のすぐ上を滑っているような状態だが――する彼女の体に思い切り風が吹き付けてくるからだ。
それでもどうにか、鶴紗は疑問の声を上げる。
「でも、どうやって?」
「一度、一斉に撃ちまくってあいつの攻撃を抑え込むんだ。その隙に梅が突っ込んで叩く」
それは危険な賭けだった。縮地は便利な能力だが、無敵の能力ではないのだから。一歩間違えれば逆に集中砲火を浴びかねない。
鶴紗は即座に返答できなかった。
けれども他に打開策が浮かばない。それに、梅にとっては分の悪い賭けではないのかもしれない。なので鶴紗は短く「分かった」とだけ答えた。
「チャンスはミサイルを撃ってくる直前。そこを狙う」
梅の指示通り、鶴紗は引き金から人差指を離して機を窺う。遠慮なしに振るわれるレーザーの光から、身を丸めることで逃れながら。
一方、梅は散発的ながら砲撃を続けている。しかし照準は甘め。特型の機体を捉えられずに虚しく虚空を貫くだけ。
そうしている内に、特型が先に動いた。飛行の軌道を真っ直ぐ安定させ上で、機体前面の装甲をスライドさせてその牙を剥き出しにする。八機のミサイルが今にも発射管から飛び立とうと、獲物の品定めを開始したのだ。
品定めと言っても、数秒も経たない間にミサイルの推進部に火が付くだろう。なのでそれよりも早く、二機のチャームが砲口に火を灯した。
ティルフィングの低速・重厚な発砲とタンキエムの高速・軽快な発砲が、攻撃態勢に入っていた特型を同時に襲う。
特型はミサイル発射を急遽取り止め、機体を捻じって回避に努める。発射管への被弾は避けたいのだろうか。
だが無理矢理な旋回は大きな隙となる。特型が脇腹を見せた瞬間、梅の体が掻き消えた。そしてまた次の瞬間には、横薙ぎに振るわれた黄金色の刃が灰色の戦闘機を叩き落としていた。
「追うゾ! 畳み掛ける!」
「分かってる!」
既に鶴紗は追撃するべく行動に移っていた。ティルフィングのモーターに鞭打って加速。梅に打たれ、錐揉みしながら飛んでいく特型を追い掛ける。
その時だ。長かった通路に終わりが訪れる。終着点は、これまたぽっかりと開けた大部屋だった。
隅の方、部屋の四分の一程度には水が張られており、波止場のような設備も見られる。どうやらここは相模灘に通じる海中トンネルの出口のようだ。
とは言え今の鶴紗たちにトンネル云々は関係ない。海中への逃げ道はあらかじめ破壊済みなのだから。
墜落して床の上を滑っていく特型だが、水の中に落ちる前に波止場でようやく停止した。
追い付いた鶴紗はティルフィングをブレイドモードに変形させる。そうして、ロケットモーターで飛んで来た勢いのまま、地に落ちて動かぬ戦闘機へ頭上から斬りかかった。
ミサイルもレーザーも、真上には撃てないだろう。機首を起こそうとする気配も無い。
今チャームを振り下ろせば勝てる。そう確信した鶴紗の視界が、一瞬で白に染まる。特型の全身から眩い光が発せられたのだ。
(目潰し……っ)
鶴紗は反射的に後ろへ飛び退いた。
無事に着地し、閃光から視界が回復した彼女の目に、変化した敵の姿が映る。
通常、ペネトレイ種は胴体後部に黒いチューブのような触腕を無数に隠している。だがこの特型には二本だけ。ただし触腕などではなく、機械の如きロボットアーム。機体後部から生えたそのアームは屈曲して機体前方まで伸び、更にアームの先端には赤い光の刃が備わっていた。
特型が二本の刃を掲げて鶴紗に迫る。
望む所だと、鶴紗は足元まで切っ先を下げていたティルフィングを逆袈裟に繰り出す。
振り下ろされた赤い光刃と、振り上げられた鉛色の大剣が重なった。特型のマギと鶴紗のマギがぶつかり合い、両者を中心にして辺りを輝き照らす。
「なに、これ……」
「っ! 鶴紗!」
思わぬ事態に、梅の必死な声が響く。
一方で当事者の鶴紗は困惑するばかりであった。この不可思議な発光現象は勿論のこと、マギを通して特型の意思と思しきものが伝わってきたからだ。
やがて、この広い空間一杯に瞬くかのようなマギの光が消えていく。
特型は再び飛翔して、元来た通路を逆戻りしようと速度を上げる。鶴紗はティルフィングを構えたままその場から動けない。そんな彼女に代わって特型の退路を遮ろうとした梅だが、水面下から波止場に這い上がってきたヒュージたちに邪魔される。
結局、行き止まりまで追い詰めた特型を逃すはめになってしまった。
突き当りの大部屋に、息絶えたスモール級の残骸が散乱する。金魚にも花にも似たそのヒュージは、特型と同じペネトレイ種のクチハナ型。高速で泳ぎ回る彼らは水中では厄介な相手だが、水面から陸に上がってきたところを討たれていた。まるで特型が逃げる時間稼ぎのために現れたかのように。
そんなヒュージたちを倒したのは、ほとんどが梅の手によるものだった。鶴紗は依然、心ここに在らずといった調子で自身のティルフィングを見つめている。
「鶴紗」
部屋に残敵が居ないことを確認した梅が歩み寄る。
「鶴紗」
もう一度名前を呼んで、鶴紗の肩を右手で掴んだ。崩れないよう、壊れないよう、そっと触れるように。
そこで鶴紗は手元のチャームから視線を持ち上げる。真っすぐにこちらを見つめてくる丸い瞳に、自らの視線を返す。
「分かったんだ。特型の意思や感情が。マギを通して」
それは意思疎通と呼べるような代物ではなかった。相手の思いや感情が、朧げながらも流れ込んできた。一方通行な出来事。
とは言え、今までのヒュージでは起き得なかったことに変わりはない。あの特型、ファルケの特異性によるものだろう。
「あいつは、ただ生きるために、生き残るために戦ってきた。私を狙ったのは、最初に由比ヶ浜でやり合って、次に真鶴で出くわして、それから自分のことを付け狙う敵だと認定したから。それ以上の理由なんて無かった」
鶴紗が特型のマギから感じ取ったのは、死への忌避と生への執着。そのためには自身を追ってくる鶴紗と一柳隊の排除が不可欠だと判断した。
やられる前に、やる。
だからこうして地下空間に誘い出し、返り討ちにしようと目論んだ。
「あいつはやっぱり、ただのヒュージだった。父さんなんかじゃない。だってそうでしょ? 自分が助かるためだけに、この静岡に集めた仲間のヒュージを捨て駒にして。父さんとは大違いだ。父さんとは……父さんは……」
これで確信が持てた。移植に使われた父の脳はヒュージに進化を促したが、ただそれだけ。ヒュージに人の魂が宿ったり、心が乗り移ったり、そのような奇跡とでも呼ぶべき事象は存在しなかった。
自分たちがこれから討つのは、ただのヒュージ。それは本来、歓迎すべき事実のはず。
なのに鶴紗の頬には小さな滴が流れていた。
「父さんはもう、どこにも居ないんだ」
幼い頃に亡くなったということは勿論理解していた。だがそれでも、特型の実験資料を目にした時、絶望と共に「父の残り香が少しでもあれば」と淡い期待を抱いていた。
ヒュージの中に、親しき者の影を見る。それはリリィとしても人としても許されざる行為なのかもしれない。そう頭の中では分かっていても、しかし鶴紗は両の瞳から流れ出る滴を止められなかった。
「無理に戦わなくても、梅たちに任せていいんだゾ」
暫く沈黙していた梅がそう言った。
けれども鶴紗は首を横に振る。
「前にも言ったけど、自分でケリを付けないと私は前に進めない」
ティルフィングの柄を強く握る。頬は濡らしたままだったが、ぼやけていた視界は元に戻りつつあった。どうにか戦えそうだ。
「そっか。じゃあ鬼ごっこのやり直しだな」
「……それにしても梅様、こういう時は『シルトにしてやる』とか『家族になってやる』とか、嘘でもいいから言うもんじゃないの?」
「えっ、えぇー? そうか?」
「前に二水には言ってたくせに」
鶴紗は気を取り直すため、発奮するため、わざとらしく責めるようなことを言ってみる。
無論、本当は分かっている。二水ならば軽く流してくれるから、梅はそんな提案をして元気付けようとしたのだ。
しかしこれが鶴紗だったなら、表面上はともかく内心では軽く流せるかどうか自分でも分からない。そういった心の機微を察していたから、梅は鶴紗にシルトの話をしなかった。若干自惚れが入っているが、鶴紗はそう考えていた。
自分が面倒で執着心が強く、重い人間であることは自覚がある。だがそれは梅にも同じことが言えるのではないだろうか。ずっと一人の女性を想い続けて、口ではともかく、実際に未練を断ち切れたのか定かでない。
「似た者同士……」
「ん、何がだ?」
「何でもない」
二人して重い。お互い似た者同士。
だから鶴紗は彼女に惹かれたのかもしれない。
「それより梅様、これからどうする?」
今はまだ目的を果たせていない。
心の内を一旦引っ込めて、鶴紗が方針を確認する。
「夢結たちからの通信がない。向こうはまだ特型を見つけられていないんだろう。だったら私たちはもう一度エレベーターで待ち伏せしよう。あのヒュージにとって唯一の逃げ道だからな」
隔壁によって迂回を余儀なくされた四人は相当な回り道をしているらしい。伏兵の襲撃もあり得る話だ。
だが特型とて焦っている。罠を張ったはいいものの、鶴紗たちリリィを消耗させるはずが、手下のヒュージを次々に討ち取られているのだから。
「もう平気。行こう」
鶴紗のその言葉で、二人は特型を追うべく波止場に背を向けて通路に向かう。
どこまでも逃げるなら、どこまでも追い掛けて倒すまで。リリィとして、そして安藤鶴紗という人間としてのけじめを付けるために。
「サーチャーにヒュージ反応です! 真っ直ぐこっちに向かってきます!」
地上。
秘密実験場の搬入エレベーター地上開口部にて。一柳隊隊長の梨璃が携帯を握り締めて張り詰めた声を上げる。
「……鷹の目で確認しました! 三時の方角よりシュテルン型が4! その後方から更に2! 低高度から接近中!」
続いて、レアスキルの発動で両目を赤に染めた二水が高い声を張る。
「アールヴヘイムは、二体目のギガント級と戦闘に入ったそうです。エレベーターの封鎖はわたくしたちだけで続行しましょう」
そして彼女ら封鎖班の司令塔である神琳が場を取り仕切る。
神琳と梨璃が前に出て、二水と雨嘉がその後方に位置する布陣であった。
隊を分けた中での、空からの襲撃。前回実験場を訪れた時と同じパターンだった。ただあの時と違うのは、攻撃面で重要な戦力の結梨が不在な点である。
頼みの綱のトップレギオン、アールヴヘイムの支援も今は期待できない。この四人で乗り越えなければならないのだ。
「先頭の敵編隊、二機ずつ二手に分かれました!」
「前回同様、ロッテ戦術ですか。二水さん、貴方も前に出てください」
「はっ、はいぃ……」
二水の報告を受けて、神琳はすぐに陣形の変更を指示する。円盾のチャーム、
高速・三次元機動が可能な敵を相手に、どれだけフォーメーションが役立つかは分からない。けれども神琳の見立てでは、これが最も有効な手段であった。三人で、後方一人の被弾を可能な限り低減させる。迎撃の要はその一人、今も口を閉じ引き締めている寡黙なスナイパーだった。
「よろしいかしら? 雨嘉さん」
「……うん、いける」
神琳が背を向けたまま確認すると、雨嘉もまた細めた瞳で空を見つめつつ返事をした。
そうしている間にも、左右に散った二つの敵編隊が距離を縮めてくる。と言っても、大きく迂回し両側面から梨璃たちを挟撃するのではなく、それぞれの編隊がS字を描いて互いに交差しながら突っ込んでくる。
「あの空戦機動、こちらに的を絞らせないつもりでしょうか?」
「そうですね……。わたくしたちは予定通り、弾幕を張りましょう」
警戒する二水を促すと共に、自身もマソレリックを高く掲げる神琳。
一呼吸置いて、三人のチャームが火箭を吐き出す。マソレリックの多銃身機関砲が、グングニル二機の実弾砲が、狙いを定めず広範囲にばら撒かれる。
取り分けマソレリックの弾速と発射速度は驚異的だ。まるで空に網を掛けるかの如く、濃密な弾幕を形成している。
だがそれでも、撃墜には及ばない。
地上の悪足掻きを嘲笑うかのように、ヒュージたちは弾幕を物ともせず大空を自由に舞う。
光弾を眼下にばら撒きつつ、敵編隊が一柳隊の頭上を高速で通り抜けると、リリィたちの周囲に何本もの土煙が吹き荒ぶ。マギの防御結界が無ければ、体を血みどろに引き裂かれていたことだろう。それでも梨璃や二水については、制服に多数の擦り切れを負っていた。
そんな中でも、雨嘉はやはり物言わず佇んでいる。射撃形態のアステリオンを両手に抱え、銃口は空を仰ぐ。しかし先程の攻防の際、一発の銃弾も放たなかった。
だと言うのに、神琳は雨嘉の整った横顔を一瞥しただけで通り過ぎ、敵の飛んでいった方へと配置を変える。敵編隊が旋回し、再び襲撃を仕掛けようとしていたからだ。
梨璃と二水も黙って神琳に倣う。「神琳が問題無いと判断したなら問題無いのだろう」と言わんばかりに。
やがて旋回し終えた敵編隊が再度の空襲にやって来る。
やはり二機一組。先頭を行くヒュージがやや低空を飛び、相方のヒュージが後方上空で警戒に当たる。本来は空中戦用の戦術だが、対地攻撃にも応用できるものだった。
双方の間合いが縮まる。
名前の通りの星形をした頭部。頭部の後ろから伸びた多角錐の胴体が、青いマギの炎を噴き出し加速する。
一柳隊に限らず、各地で数多のリリィを苦しめてきたシュテルン型。高出力のマギに支えられた高速飛行と、並の攻撃にはビクともしないタフネスさを併せ持つ。その力は重戦闘機と呼ぶに相応しい。
再び地表を穿とうとS字飛行で奔る戦闘機群へ、銃声が立て続けに三発。
直後、一機のシュテルン型が頭部に三つの弾痕を刻まれた。それから僅かに遅れて、弾痕が真っ赤な火柱を噴出させた。炎はヒュージを内側から焼き尽くし、弾丸の破片は灰色の機体を激しく切り刻む。
敵機を射抜いたのは雨嘉だった。彼女は残る敵が頭上を通過すると同時に180度体を捻る。そうして遠ざかるジェットの噴射口を標的に引き金を引いた。
狙われたシュテルン型は下手に旋回せず、小刻みな蛇行運動で速度を落とさず回避を図る。しかしそんな努力も虚しく胴体に被弾。ついさっき討たれた僚機と同じく、火柱を上げながら大地に墜ちていった。
「凄い……。百由様の新型弾も凄いけど、雨嘉さんの腕も凄い。あんな早撃ちで当てるなんて」
梨璃が羨望の眼差しを惜しげもなく向ける。そういう彼女は雨嘉の右側面にて、敵の攻撃を引き付ける一助となっていた。
初心者向けのグングニルには防御結界を補助する機能が備わっている。だがそれでも光弾の掃射をまともに浴びては無傷では済まない。梨璃の制服は更に擦り切れや破れを増やし、スカートから伸びる脚には打撲痕が見られた。
「もう一つの敵編隊に変化があります! 先頭機が高度を下げ、後続機は逆に高度を上げてます!」
鷹の目を発動し続けている二水の新たな報告。
しかし鷹の目に頼らずとも変化は一目瞭然だった。低空の敵はより低く、地を這うかの如し。高空の敵はより高く、機首を一杯に引き起こしてぐんぐんと高度を稼ぐ。
分散してからの同時攻撃。そう思い至った神琳はすぐさま動く。
「雨嘉さん、下の敵はお任せください」
「うん、分かった」
たったそれだけ。それだけ言葉を交わすと、雨嘉の前で構えていた神琳が小走りで前方に進み出た。
腰を深く落とし、眼前にかざした円形の盾。マギの弾丸やレーザーには難無く耐える。しかしその直後、射撃兵装の直撃とは比較にならない衝撃がチャームを握る神琳の手を襲った。
真っ向からマソレリックとぶつかり合うシュテルン型が、おたけび染みた金切り音を掻き鳴らす。本当におたけびなのか、それとも悲鳴か。あるいは単なる擦過音かもしれない。
神琳の、土を踏み締める両足が沈み、腰から上を支える太腿が負荷を掛けられ戦慄く。
しかしながら、神琳は耐えきった。流星と化したシュテルン型の一撃は受け止められて、無防備にも失速してしまう。
機動力を失った戦闘機など、脆いもの。神琳に抑え込まれたシュテルン型は梨璃と二水の射撃を至近距離から叩き込まれ、再び空に輝くことなく撃墜されるのだった。
そして同時に襲撃を掛けたもう一機。
こちらは垂直同然の角度から、眼下のリリィたちに向け逆落としに落ちていく。
待ち受ける雨嘉はアステリオンの銃口を天に掲げた。ところが思うように照準を付けられない。敵機が太陽を背にしていたからだ。
「くぅっ!」
眩い陽光に顔を歪めながらも、雨嘉は二発の弾丸を繰り出した。
一発は灰色の機体を掠めるに止まり、もう一発は星形の頭部に命中する。しかしそれだけでは撃破に至らない。地面との激突寸前で機首を引き起こして飛び去ったシュテルン型に、雨嘉の右肩から右腕にかけて強かに打ち付けられた。
袖から先の素肌、彼女の出身地を思わせる雪のように白い肌が赤く腫れる。感情の表出に乏しい顔に苦悶の色が浮かぶ。
だが雨嘉の負傷を代償にして、飛び去ったはずのシュテルン型がぐらりと揺れた。灰色の胴体に刻まれた裂傷から火花を撒き散らす。そうして小刻みに震えながら歪な軌道を描いた末、頭から丘の斜面に突っ込んでいった。
雨嘉の手の中にあるアステリオンは、ブレイドモードに変わっていた。
「あっ……」
よろめきバランスを崩しかける雨嘉だが、神琳の右腕によって支えられる。
「チャームの高速変形からの、すれ違いざまに一閃。お見事でした」
「偶然だよ。相手の軌道が少しでもズレてたら、私の腕が吹き飛んでたかも。それより神琳は腕と脚、大丈夫なの?」
「鍛えてますから」
片腕で雨嘉の腰を抱き止める神琳の顔は、相変わらず涼しげだった。このまま雨嘉の体を抱き抱え、くるくる回り出しそうな余裕すらあった。
離れた所でそんな二人を眺める二水。彼女がもしカメラを持参していたら、迷わずシャッターを切っていただろう。そのぐらい絵になる光景である。
だがその時、二水や皆にとってカメラどころではない事態が訪れる。
「最後の敵編隊が接近中! 真っすぐこちらに向かってきます!」
二水の鷹の目が異変を捉えた。後方で様子を窺っていただけの二機がここにきて参戦してきたのだ。
シュテルン型が緊密な編隊を組んで、頭部中央からレーザーを放ってくる。しかしその標的はリリィたちから大きく外れ、後背の地面へと向けられていた。
「エ、エレベーターの隔壁を狙ってるっ」
周りを土に囲まれた巨大な鉄蓋に攻撃が命中するのを見て梨璃が声を上げる。封鎖の解除が目的なのは明白だった。
しかしながら、その程度で隔壁が突破されたりはしない。ヒュージ実験用の施設なのだから、並大抵の強度では務まらないのだ。
加えて、物理的にも開かれないよう措置が施されている。ここに到着した直後、神琳たちの手によって、左右横開きの隔壁に複数個の
けれども二機のシュテルン型は愚直に攻撃し続ける。その速度はさっきまでの同型と違って低速。故に雨嘉を除いた三人の対空射撃に容易に捕まってしまう。
全身に鉛玉を食らい、青い体液と灰色の金属片を撒き散らしながら、一直線に鉄蓋を目指す。
神琳の中に芽生えた違和感が、悪寒に変わる。
「いけない、皆さん離れて!」
隔壁を目指したシュテルン型は最後まで機首を上げなかった。
閉じられた隔壁に二つの流星が飛び込んで、地を揺るがす爆炎と化した。