DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第30話 真心

 元来た道を辿って、じめっとした地下通路の中を小走りで掛ける。金属板と石質板を重ね合わせた床材を靴の裏で踏みつけていると、劣化の進行が読み取れた。放棄されて時が経っているため無理もない。重要区画でもないので尚更だ。まさかヒュージが建築構造物の補修などはしないだろう。

 鶴紗も梅も、ティルフィングのロケットモーターや縮地は使わない。特型を追跡中とはいえ、マギの消費も伏兵の襲撃も馬鹿にならないからだ。もっとも、今のところ伏兵の心配は杞憂となっていたが。

 

「……おっ、やっと繋がった。夢結ー、そっちどうなってる?」

 

 環境のせいか、戦闘のせいか、感度不良に陥っていた無線。それがようやくまともに機能し、梅がインカムに向けて呼び掛ける。

 

「ごめんなさい、まだ特型は見つけられていないの。封鎖された隔壁を迂回していたら、かなりの回り道になってしまって」

「ま、そのための壁だからなあ。仕方ない」

「途中でスモール級の集団と五回遭遇したけど、こちらは全滅させておいたわ」

「ああ、道理で梅たちの方に来ないわけだ」

 

 納得した梅はそれから少し考え込んだ後、改めて口を開く。

 

「特型は今度こそ地下から逃げ出そうとするはずだ。梅たちがガツンとぶん殴ってやったからな。こっちは今、エレベーターに向かって追い掛けてる」

「封鎖はしていますが、急ぐに越したことはありませんわね。少々危険ですが、合流を待たずに追撃しましょう」

 

 今度は司令塔の楓が通信に答えた。

 夢結にしろ楓にしろ、少なくともインカムから届く声からは、連戦による疲弊が感じられなかった。あちらには結梨も居るので大抵の敵は問題にならないのだろう。むしろ最大の敵はこの複雑な施設構造であると言えた。

 

 はぐれた四人は心配いらない。

 元々あまり心配はしていなかったのだが、実際に確認が取れたことで鶴紗は安堵する。

 そんなちょっとした気の緩みの中で、突如として耳に飛び込んできた爆発音に目を見開く。

 

「梅様、今のは!」

「エレベーターの方からだ。急ぐゾ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下の奥深くから地上へと繋がる巨大な縦穴。まるで地獄と現世を結ぶかのようなその場所で、梅と鶴紗が到着するなり真上を見上げる。

 

「……ここからだとよく分からないが、何か居るゾ」

「さっきの爆発、多分地下じゃないと思う」

「梅も同感だ。しかしそうすると、上ってことになるが。この距離であれだけの音……」

「梅様」

「勿論、すぐ行く。出し惜しみは無しだ。いいな?」

 

 梅の確認に対して黙って頷くと、鶴紗は手にしたティルフィングAT(アサルトタイプ)にマギを込める。

 射撃形態に変形済みの大剣、その刀身部分にある噴射口が真下に向いた状態で、込められたマギが爆ぜた。否、爆ぜたかの如く噴出した。

 鶴紗の体が重力に逆らいながら、縦穴の中をぐんぐんと昇っていく。マギで全身を守られているリリィならではの強引な飛翔。前回使用した人員用の小型昇降機もあるにはあるが、悠長にそんなものを使っていられる状況ではない。

 

 鶴紗の離陸を見守っていた梅も、遅れて地上へと出発する。彼女は縮地を利用して瞬時に跳躍すると、縦穴の壁面に着地。壁の所々に存在する出っ張り部分を足場代わりにして、鶴紗と付かず離れず、段階的に穴を昇っていくのだった。

 

 やがて二人の頭上に地下空間の終わりが見えてくる。

 出入り口までまだ距離があるにもかかわらず、見えてしまった。本来閉じられているはずの隔壁から光が漏れていたからだ。

 

「あのバカ硬い壁をぶっ壊したのか!」

 

 下を振り返らず上昇する特型の姿に、砲撃を仕掛けながら梅が叫ぶ。

 それでも特型は止まることなく、僅かに開かれた生への道をひたすらに突き進む。

 

「こうなったら、鶴紗! お前の火力でっ!」

「……っ」

 

 飛行時でも射撃は可能。高出力砲(バスターキャノン)も、理論上は撃てると聞いている。

 だが百合ヶ丘での訓練でも実際に使用したことはなかった。理論上可能というだけで、推奨される使用法ではないのだ。

 その型を破るべきなのが、今。鶴紗は梅に言われるより先に、ティルフィングへマギを収束させていた。

 飛行に使用するマギと砲に回すマギの按排。そういった複雑な計算はチャームのマギクリスタルコアに搭載されたAIが代わってくれる。

 

 特型はこちらに完全に背を向け、隔壁に開けられた隙間を広げようと全火力を投射している。機首のレーザーを照射し、胴体前面からのミサイル群によって隔壁を爆炎で包んだ。攻撃がどこまで効果があったのかは不明だが、特型は一切速度を落とさず出口へ翔けていく。

 そんな敵の姿に、鶴紗は先程とは違って怒りを覚えるでもなく悲しむでもなく、使命感染みた心持ちで引き金を引いた。ティルフィングの砲口より光の奔流が流れ、特型を背後から吞み込んだ。

 バスターキャノンの光と特型の機体に起きた激しいスパークのせいで、鶴紗の視界はほとんど利かなくなってしまう。

 ただその状況でもはっきりと認識できたのは、特型が隔壁の穴から突破したことと、後を追って自身も地上へ飛び出したことぐらいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が白む中、隔壁をくぐり抜けた鶴紗は適当な地面に着地する。視界が不明瞭なので勘頼りだが、幸運にも彼女の両足はしっかりとした足場を得られた。

 

「鶴紗さん、ご無事ですか? 他の皆様は?」

 

 外に出て真っ先に入ってきた通信は神琳の声だった。

 

「怪我はしてないし、マギはまだある。梅様もすぐに追い付く。楓たちは遅れてる」

 

 少しずつ回復してくる視界の中、鶴紗は簡潔に現状を説明しながら辺りを見回す。

 神琳と雨嘉は決して軽くはない傷を負っていた。地下で耳にした爆音が関係しているのだろうか。

 梨璃と二水は離れた場所でヒュージと交戦中だった。スモール級ばかりで数もそう多くない。問題ないだろう。

 そして特型は――――

 

「……そうなったら、まともに逃げられないだろう」

 

 草地の中に胴体から突っ伏していた。背部の噴射口はバスターキャノンによって焼かれ、ジェット飛行に支障をきたしている。今までのような高速飛行は不可能に違いない。

 鶴紗が一歩一歩、慎重に近付き始める。すると、陸に上がった魚みたいに地べたを這っていた特型がくるりと振り向いた。

 全翼の戦闘機を模した機体が地の上を滑るように迫ってくる。飛行は無理でもマギを使って移動はできるようだ。弱っていたのは演技か。それとも追い詰められて限界以上の力に目覚めたとでもいうのか。

 

(だとしたら、人間みたい)

 

 そんな考えが鶴紗の頭をよぎる。

 しかし彼女は躊躇うことなくティルフィングをブレイドモードへ変形させた。大剣の切っ先を、再び二本のアームを展開させて光刃を掲げる特型に向ける。

 人間らしく、人間のような振る舞いをするのはもう十分に分かった。けれども鶴紗はアレを討つ。討たねばならない。

 

「お前が、ヒュージとして生きるなら!」

 

 頭上から交差するように繰り出される光刃の突き。二条の赤い光を鶴紗は跳躍して躱し、がら空きになった特型の頭へ上段からチャームを振り下ろした。

 ティルフィングの刃は斬撃の命中と同時に目が眩まんばかりの火花を飛ばす。しかし流石は特型ヒュージ。装甲を叩き割るには及ばない。鶴紗は相手の鼻っ面を踏み台に、一旦後ろへと飛び退いた。

 特型はなおも追撃してくる。地面から引き抜いた光刃をかざし、鶴紗が逃げる分だけ追い掛けて食らいつこうとする。特型の背部から伸ばされたアームは見た目以上に可動範囲が広い。ちょこまかと小さな跳躍の連続で身を躱す鶴紗を相手に、突きや袈裟斬り、逆袈裟などあらゆる攻撃が繰り出されていく。

 

「お前もっ、私を殺さないと進めないのか!」

 

 光刃の連撃をティルフィングが受け止め、あるいは弾く。スピードも手数も相手の方が上。たちまち防戦一方に陥ってしまう。

 ふとその時、飛来した砲弾が特型の横っ面を強かに叩いた。遅れて地上に到着した梅だ。

 

「くそっ、こっちはお構いなしか」

 

 けれども特型はその攻撃を脅威と判断せず、目の前の鶴紗を始末することを優先している。気を逸らせなかった梅は歯噛みした。

 あまり強力な砲撃だと、傍で相手をしている鶴紗まで巻き込まれかねない。援護するなら近接戦闘を挑むべきだろう。

 

「梅様! 待ってください!」

 

 足を踏み出そうとする梅を引き留めたのは、梨璃からの通信だった。

 

「ノインヴェルトを使いましょう。特型を確実に倒すために。空を飛べない今なら、当てられるはずです」

「でも、夢結たちはまだ地下だゾ」

「お姉様や結梨ちゃんたちは間に合います。だからそれまで――――」

「あー、分かった分かった。あいつの足留めだな」

「はいっ! お願いします!」

 

 チャームを振るいながらインカム越しのやり取りを聞いていた鶴紗は、不意にそれまでの圧力が減じたのに気付く。

 右を向けば、黄金色の刃を構えた梅の姿。彼女もまた鶴紗と同じように、頭上から下ろされる光刃をチャームによって捌いていた。

 

 一人で一本相手にするなら楽なもの。少しでもそう思った鶴紗はすぐに甘い考えを投げ捨てるはめになる。

 特型の背部から更に二本、アームが追加で伸びてきた。先端には勿論赤い光の刃がぎらついている。併せて四本になったヒュージの凶器が、頭上高くから二人のリリィを見下ろした。

 

「こりゃまたヤバそうだなあ。鶴紗、梅に任せて下がるか?」

「冗談でしょ、ここまできて。ケリはつけますよ」

 

 分かり切ったことを確認される。梅も帰ってくる返事は予想していたらしく、それ以上何も言わずに黙って口角を持ち上げた。

 直後に、ヒュージが再び動き出す。四本のアームが見た目の細さとは裏腹に激しく稼働し、四振りの刃は鶴紗と梅の両名を一度に狙う。

 そこにはもはや、技という概念は見られなかった。ひたすらに速く、ひたすらに鋭く刃を繰り出し、ただただ敵を切り刻むためにその身を使う。単純であるが故に、その猛攻は脅威となった。

 

「ぐっ……。もうちょっともってくれよ、ティルフィング」

 

 刀身を横にして盾のようにかざす。やはり防戦に逆戻りする鶴紗。

 梅も相手の攻撃をチャームでいなしてはいるが、防戦に変わりはなかった。レアスキルの縮地を使えばその限りではないはずなのだが。ノインヴェルトのための足留めという役割に徹しているのだろう。

 そうこうしている内に、事態が進む。

 

「お姉様! 早速ですけど、ノインヴェルト戦術を仕掛けます!」

「本当にいきなりね、梨璃。足留めは……大丈夫みたいね」

 

 周りを見渡す余裕がないため、鶴紗は地下で離れ離れとなった夢結たちが合流したことを無線で知った。

 その夢結は呆れたような口振りだが、どこか嬉しそうにシルトの案を了承する。

 これこそが一柳隊だと、鶴紗はヒュージと斬り結びながらも口の端に笑みを浮かべる。

 

「スタート行きます! まずは、雨嘉さん!」

 

 梨璃が抱えるグングニルの銃口から一発の弾丸が放たれた。それは敵であるヒュージではなく、味方である雨嘉のアステリオンへと飛んでいく。ノインヴェルト用の特殊専用弾だ。

 

「受け取ったよ。次は、ふーみん!」

 

 ブレイドモードの刃で光球――――マギスフィアと化した特殊専用弾をキャッチした雨嘉。彼女は受け取った勢いのまま、滑らかな体捌きで体を捻ると、緊張した面持ちの二水へとマギスフィアを投げ渡す。

 

「わっ、わわっ! こ、この距離なら私でもちゃんと取れます! 神琳さんお願いしますぅ!」

「はい、大丈夫ですよ。ヒュージはお二人が抑えてくださってます。焦らずいきましょう」

 

 肩肘を張った二水の刃がマギスフィアを放った先は、対照的に落ち着き払った神琳だった。だが神琳は台詞とは裏腹に、マソレリックを流れるような動きで振るって迅速にパスを繋げる。

 後方で安全にパス回しを行ない、堅実にフィニッシュへ至る。ノインヴェルトにおける一柳隊の基本戦術だ。勿論、戦場において不測の事態は付き物なので、想定通りに事が運ぶとは限らないのだが。

 そしてこの次は、ヒュージの上を飛び越して遠隔地へのパスとなる。

 

「取ったわ。次は、ミリアムさん。梅は私と交代する準備を」

 

 敵の妨害を避けるべく山なりに高く飛んだマギスフィアを、疾走した末にジャンプして受け取った夢結が更に繋ぐ。

 

 だがここにきて、特型の攻勢が勢いを増した。間断なく遮二無二叩き付けらえる光刃がティルフィングの上から鶴紗に衝撃を加え続ける。

 そしてついに、あまりの圧力で足元をふらつかせた鶴紗の防御が隙を見せた。

 構えたティルフィングをすり抜けて、一振りの光刃が鶴紗の左肩に突き刺さる。

 

 声は出さなかった。出せば痛みに引き摺られていく気がしたから。

 

 ただ、顔のすぐ近くから噴き出た血が鶴紗の金髪と白い肌を濡らし、視界を狭めたのが煩わしかった。

 そんな中、共に特型と斬り合っていた梅はと言うと、動じることなくチャームを振るい続けている。自身のポジションを維持し、自身の役割を全うするために。鶴紗の方に、直接は手出ししなかった。

 ならば、鶴紗もそれに答えなければならない。

 肩の傷をブーステッドスキル、リジェネレーターで治しつつ、肩から腕にかけて零れた血にマギを通わせる。マギに反応して血が湧き立ち、やがて一つの形を成す。それは小剣型の第一世代チャームによく似ていた。

 アルケミートレース。鶴紗の持つブーステッドスキルの一つ。自らの血で擬似チャームを作り上げるその技は、使い手の継戦能力を高めるものだった。

 

「それで終わり? ちょっと肩をつついただけで? こっちはまだ、やれるんだけど!」

 

 鶴紗は特型を挑発し、赤黒い小剣を投擲する。

 擬似チャームは、あくまで擬似。通常のチャームと全く同じようにはいかない。相手が特型なら尚更だ。

 けれども当の特型は目の前に飛んできた小剣を無視できなかった。アームの一本をすぐさま呼び戻し、大振りに薙いで弾き飛ばしてしまう。

 その小さな隙が転機となる。ほんの少し攻勢を鈍らせた特型へ梅が踏み込み、光刃の一つを根元のアームから叩き切った。

 これにより押され気味だった斬り合いは五分五分にまで好転していく。

 

 同じ頃、一柳隊のノインヴェルト戦術は終局へと差し掛かっていた。

 

「結梨は実戦でのノインヴェルトは初めてじゃったな。重くなっておるから気を付けるのじゃぞ」

「大丈夫だよ! 私にもパスちょうだい!」

 

 ミリアムに続く結梨は言葉の通り、六人分のマギを抱えてなお、力強くグングニルを振り抜いた。

 受け取るのは、流麗で鋭利なフォルムのジョワユーズ。

 

「うふふっ、梨璃さんと結梨さんのマギがこんなにも。わたくしどうにかなりそうですわ~」

「おい、ちょっと待て。おかしくなるのはヒュージを倒してからにしろ」

 

 わざわざ無線を通して楓が妄言を(のたま)うものだから、鶴紗は肩の痛みも忘れて突っ込んだ。

 

「では、梅様!」

「よしきた!」

 

 楓からパスが来る直前に、梅は後ろへ大きく飛び退いた。

 間髪入れず、梅に入れ替わる形で夢結が前に出る。彼女は鶴紗や梅よりも重く激しい連撃を加え、特型の光刃を押し返していく。

 

「鶴紗さん、貴方も一旦下がって」

「はい」

「フィニッシュショット、お願いするわ」

 

 夢結に促された鶴紗は迷わず特型との接近戦から離脱する。鶴紗が心配するまでもなく、夢結は一人で三本の光刃と互角に打ち合っていた。

 

 一方、鶴紗が後ろ向きに退避した先は、奇しくも梅のすぐ傍だった。

 梅と鶴紗。二人はチャームの刃を直接触れ合わせてマギスフィアを受け渡す。互いに目を合わせるだけ。敢えて言葉は交わさない。

 マギスフィアはティルフィング全体を覆うように溶け込んでいき、その刀身を淡い青の光で輝かせた。

 己を含めた十人分のマギを託され、鶴紗は地を蹴って特型の横合いから飛び込んでいく。

 すると特型の胴体装甲がスライドし、迎撃のミサイルが放たれる。至近距離のため一度大きく迂回して鶴紗に迫るが、隙を晒したことで梅によって撃ち落とされた。

 特型は尚も生き足掻く。機体後部から更に追加のアームと光刃を二本生やし、今まさに突き付けられようとするティルフィングと剣を交えた。

 しかし一柳隊のマギを宿したティルフィングは二本まとめて光刃もアームも叩き折り、勢いのままに灰色の機体を横腹から貫くのだった。

 

「爆発するぞぉ! すぐに離れるんじゃ!」

 

 通信機越しからミリアムの叫びが暴れるように響き渡る。

 夢結が、そしてティルフィングを引き抜いた鶴紗が特型から距離を取るべく跳んだ。

 その鶴紗の左足に、黒色のチューブパイプが巻き付いた。ペネトレイ種が本来持つはずの触腕。それが今更現れて、地獄へ道連れにしようと鶴紗を捕らえて離さない。

 赤い光点、特型の一つ目が自身を殺そうとする鶴紗に向けられる。全身から青白い光を漏らしながらも、一つ目にマギを収束させて最期の一撃に残る全てを注ぐ。

 

 赤い一つ目と、鶴紗の赤い瞳が視線を交錯させた。

 

 だがそれも束の間。急に足の拘束を解かれて鶴紗の体が勢いよく飛んだ。タンキエムが触腕を断ち、梅の左腕が鶴紗を小脇に抱えていた。

 抱えられながらも、鶴紗はもう一度だけ特型を振り返る。

 

「やっと、過去が終わったよ」

 

 太陽みたいに眩い光と爆発を横目にして。呟かれた言葉は父へ、特型へ、そして自分自身へ宛てたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊豆半島。相模灘を望む海岸線に、ちょっとした余暇を楽しむリリィたちの姿が見られた。

 一柳隊の梨璃と夢結は、結梨と一緒に砂浜の蟹を追い掛けている。波打ち際から離れた木陰では、アールヴヘイムの天葉が樟美の折り畳まれた膝を枕にしている。更にミリアムと壱と亜羅椰に至っては、どこからか調達してきたスイカと木の棒でスイカ割りに興じる始末。

 一柳隊とアールヴヘイムの両レギオンは特型撃破後、残敵の掃討を特務レギオンのシグルドリーヴァに引き継いでから帰路に就いていた。現在はガンシップ発進までの間、交代で休息をとっている最中である。

 

 皆が思い思いの時を過ごす中、そんな喧騒から距離を置いた岸壁の上で鶴紗が水平線を見つめていた。

 

「父さんはこの相模の海が好きだった……気がする」

 

 そう呟いた彼女の右手には、慎ましやかな花弁を広げた名も知らぬ白い花が一輪。今この場で用意できたのはそれぐらいのものであった。

 

「結局、親父さんは最期どうなったんだ?」

「体は海に水葬にされたらしい。ミリアムが言ってた」

「……回収したデータ、覗いたのか。バレたら大ごとだなあ。礼を言っとかないとな」

「うん」

 

 斜め後ろに立つ梅の問い掛けに答える。

 本当は、水葬などという殊勝なものではないのだろう。しかし、どこか土の下に埋められて、後々辱められるような事態になるよりはマシだと、ポジティブに受け止めることにした。

 

 それから鶴紗は腰を下ろすと、持っていた花を眼下の海に落とす。風に揺られながらも花はすぐに海面に達し、穏やかな波間の中へ消えていく。その光景を暫く眺めてから、鶴紗は立ち上がって梅へと振り向いた。

 

「梅様は皆と遊ばなくて良いんですか?」

「あー、梅はなあ、さっきの戦闘で腰をやって。元気なあいつらにはついていけないんだよ」

「お婆ちゃんか」

「あははー」

 

 頭の後ろで両手を組んで朗らかに笑う梅。

 そんな彼女を見て、鶴紗は口を開くか逡巡する。今、言葉に出そうとしていることを、本当に言ってしまって良いものか。

 けれども迷ったのは僅かな時間。鶴紗は梅の目を改めて見つめ直し、開きかけていた口を開く。

 

「梅様、私のシュッツエンゲルになってよ」

「それは……また、えらくいきなりだな」

 

 言い淀みかけた梅に対し、鶴紗が畳み掛けるように続ける。

 

「これは梅様にとっても悪くない話でしょ」

「何でだ?」

「夢結様にフラれたことを内心引き摺ってる梅様を、慰めてあげるんだから」

「待て待て、別にフラれたわけじゃないゾ。最初から土俵に立ってなかっただけだ」

「自分で言うのか……」

 

 人の痛いところを敢えて突く。本来なら趣味ではないのだが、しかし、梅の煮え切らない態度が鶴紗に彼女らしからぬ言動を取らせていた。

 とは言え、決して衝動的な行為ではない。前々から考えていたことだった。

 

「まあ、そうだな……それもいいか。鶴紗で妥協してやろう」

「そうそう、妥協しとけ。人生は妥協の連続だ」

 

 雰囲気もへったくれもない告白。

 だが、自分たちはこれで良い。こういうのがお似合いだ。鶴紗は自虐でも自嘲でもなく、本当にそう思っていた。

 

「でも、他の皆が知ったらどんな顔するだろうな」

 

 楽しげにそんなことを言い出す梅を尻目に、彼女が告白をあっさりOKした理由を考えてみる。

 実は元から両想いだった。……というのはあり得ない。この先輩は未だ未練を引き摺っていたのだから。

 先程鶴紗が挑発的に口に出したように、慰め合い、傷の舐め合いをしたかったから。こちらは十分あり得る話。というよりも、恐らくこれが真実だろう。

 傷心の者同士で馴れ合い、くっつく。身も蓋もない話だが、人と人が関係を持つ動機とは、得てしてそういうパターンが少なくないのかもしれない。多分。

 

「梨璃は驚くだろうけど、他はそこまででもないか?」

 

 鶴紗はおもむろに梅のすぐ傍へと歩いて近寄っていった。

 仲間たちの反応を想像していた梅が不思議そうな視線を送る。送られた鶴紗はそれに答えず、無言のまま更に接近を図る。そうして踵を持ち上げ爪先立ちになると、互いの唇を「ふにっ」と撫でる感触がした。

 

「ふぇっ……?」

 

 不意を突かれた梅は丸い瞳を更に丸くし、いかにも豆鉄砲を食らった鳩のよう。だがすぐに彼女の表情は困惑から驚きと焦りへ変わっていく。

 

「ちょっ、おまっ、急にそういうことをなぁー」

 

 一方の鶴紗は口の端を吊り上げて「してやったり」と言わんばかり。

 

「なんだ梅様、度胸ないなあ。これぐらいミリアムや梨璃だってやってるぞ」

「あっ、このっ! 先輩をおちょくりやがってー!」

 

 背後に回り込んだ梅が鶴紗の首に腕を回して締め上げる。

 鶴紗が抵抗し、梅が押さえ付け、形ばかりの揉み合いの末に両者は仲良く草地の上に倒れ込んだ。

 

「はーっ……。しかし、梅はシュッツエンゲルになるとは言ったが、あんなことまでやるとは言ってないゾ」

「同じことでしょ。一柳隊(うち)のシュッツエンゲルを見てれば分かる」

「確かにそう言われたらそうなんだが。こりゃ参ったな」

 

 二人揃って仰向けで天を仰ぎ、軽口に笑い合う。

 ガンシップの発進時刻が近付いていた。そろそろ浜辺で騒いでいた面子も戻ってくる頃合か。それまで、もう少しの間だけ、鶴紗は梅の制服の袖を掴んで緩やかな時間を満喫することにした。

 

 馴れ合いかもしれない。傷の舐め合いかもしれない。

 だがこの相手とそうしたいと思ったのは、紛れもなく本音。偽らざる真心だった。

 

 

 

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