DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第31話 後始末(前編)

「日本中央放送局より8時のニュースをお伝えします。今世紀最大の疑獄事件と言われる某製薬会社違法献金事件について、連日、与野党問わず多くの人物の関与が浮き彫りとなっております。これにより国会はますます混迷を深め、党内外から内閣改造、あるいは解散総選挙を求める声が強まっていくでしょう。与党のとある大物議員は『これは政治的テロだ』と怒りを露わにしており――――」

 

 

 

 

 

「先日発表された防衛省・統合幕僚監部の人事変更が波紋を呼んでいます。本件は三重地区防衛隊反乱未遂事件の引責人事とされていますが、一部では軍の将校と民間の政治団体との不適切な関係が指摘され、その火消しではないかとの憶測が上がりました。昨日、統合幕僚長は市ヶ谷での会見において――――」

 

 

 

 

 

「七年前の静岡撤退戦を再検証する与党作業部会の初会合が本日13時から開かれます。静岡陥落は守備隊指揮官の無謀な作戦強行が一因だとされてきました。しかしながら、かねてより防衛軍の一部から疑問の声が上げられており、部会ではこうした証言を改めて精査すると共に――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京から鎌倉府へと続く幹線道路の上。黒塗りの高級乗用車が数台、一本の列を成す。そして車列の前後には、戦車に準じた砲を備える装輪装甲車がガッチリと守りを固めている。

 主要道路とは言え、都市間の道は多くがエリアディフェンスの対象外だ。それでもヒュージやケイヴの発生を事前に探知する体制は整っており、周囲を強豪ガーデンに囲まれていることもあって、比較的安全な道程であると言えた。

 

 塗装も車種も全く同型である乗用車の内の一台にて、後部座席に老齢の男性が二人腰を沈めている。車中では国営放送のラジオが流れているが、二人にとっては特に目新しい情報は聞こえてこなかった。

 座席の左側に座る高松咬月は右座席の男性が口を開くのを見ると、意識をラジオ放送からそちらへと移す。

 

「政界へのパイプを失った以上、ゲヘナも当分は大人しくせざるを得ないだろう。軍の急進派も統幕から締め出された今、大したことはできまい」

 

 黒い背広を着た白髪頭に丸眼鏡の男性がそう言うと、咬月はゆっくりと頷く。

 

「我々の持ち帰ったデータが役立ったのなら重畳です。……時に総理、安藤少将の件ですが」

「借りを作ったまま辞めるというのは、気持ちが良くないのでね」

 

 咬月の問いは総理の答えによって遮られた。

 しかしながら、それにより新たな疑問が湧き出てくる。

 

「辞める、とは?」

「直に発表するが、総理の職を辞することにした。ゲヘナからの献金にはうちの人間も関わっている。というよりむしろ、数の上ではこちらの方がダメージが大きい。まあ、政権与党だから当然なのだが」

「やはり、責は問われましたか」

()()()だよ。党内での綱引きの結果の。政治の世界ではよくあることだ」

 

 結果、と総理は言った。しかしこうなることを、政界の中枢に居る人間が予想できないはずがなかった。彼は初めから職を賭すつもりでゲヘナのロビー活動を潰したのだ。半端な胆力で出来ることではない。

 

「そんなことよりも、次だ。後任の首相は防衛相が務めることになるぞ。彼は私よりも辛辣だからな。野党連中の真っ赤に茹で上がった顔が目に浮かぶよ」

 

 そう言って総理はくつくつと笑う。年甲斐もなく、まるで悪童に戻ったかのように。

 そんな旧友の姿を目の当たりにして、咬月もまた打算の無い素直な想いを吐露したくなった。

 

「ありがとうございます。これで生徒たちを守れそうです」

 

 狭い車内に座ったまま頭を下げる。

 ところが総理は左手を軽く上げて、咬月の謝意を制止した。

 

「礼を言うべきなのはこちらの方だ。君の生徒たちが居るから、リリィが居るから、我々は明日も生き長らえることができる」

 

 深々と下げられた頭。

 その横で、咬月に懐古の念が沸き起こる。けれども、あくまで懐かしむだけ。互いに過去には戻れないし、戻るべきでもないと思ったから。

 

 それから再び、音量を下げられたラジオ放送だけが車内に流れることになる。

 現在地は鎌倉に差し掛かる手前といったところだろうか。二人の目的地は鎌倉府庁だが、その前に百合ヶ丘のレギオンが一隊、護衛に合流する手筈である。

 居住区域から離れているだけあって、車窓から見える風景は山林か廃墟ばかり。それでも主要道路の復旧とメンテナンスが実施されている分、この辺りはまだ平和な方と言えた。少なくとも、ヒュージに関しては。

 

 往々にして、不測の事態というのは突然にやって来る。そして大抵の場合、それは大なり小なり理不尽を伴う。

 車外から轟く爆発音と車の急停止に、不覚にも気が緩みかけていた咬月は意識を引き締め直す。

 

「何だ! 何事か!」

「襲撃です! 伏せてください!」

 

 総理の問い掛けに、車内無線から逼迫したSPの声が返ってくる。

 窓ガラス越しに分かったのは、護衛の装甲車が黒煙を上げて沈黙していたことぐらいであった。

 

「咬月君、これは少しまずいことになったぞ」

 

 鎌倉まであと僅か。しかし未だ、そこは鎌倉ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車内から引きずり下ろされ別の車に押し込められた咬月と総理は、人の営みの気配が全く感じられない大自然の只中へと連行されていた。

 幹線道路から外れた山林の、そのまた奥。関東地方とは言え、ヒュージの襲撃やら疎開やらのせいで、このような地はそう珍しいものではなくなっていた。

 

 咬月は地べたに両膝を折り曲げて座りながら、自分たちを襲った賊を見回してみる。今、咬月たちの目の前に立っているのは六人。しかし周囲の森にもっと大勢の人間が散っているようだ。

 賊は皆が皆、年若い男だった。黒のロングコートを纏い、腰には真剣か模造品か定かでない刀を差し、手には小銃を抱えている。

 咬月の目から見ても、彼らが正規の訓練を受けた兵士でないのは明らかだった。動きからして、練度十分とはとても言えないものだった。

 それに何より、彼らの武装で護衛を排除するのは不可能である。リリィ抜きとは言え、仮にも総理大臣の護衛戦力なのだ。ヒュージの奇襲でも受けない限り、問題ないはずだった。

 

(どこかに潜んでいるのか。先程の凶行を引き起こした何かが)

 

 咬月が得も言われぬ憂慮を覚えるその横で、地べたに胡坐を掻く総理が周囲の賊に向けて声を上げる。

 

「首相の私はともかくとして、こっちの老いぼれなんか殺したって仕方がないだろう。どうせ放っておいても、その内くたばるぞ」

「とぼけたことを。その男は貴様ら政府閣僚に次ぐ、我らの優先目標の一人だ。逃がしはしない」

 

 不遜な態度で言い放つ総理に対し、答えたのは賊の一人。痩躯だが背丈が優に180を超える、日本人離れした三十代半ばの男であった。

 恐らくは彼が賊を率いているのであろう。少なくとも表向きは。

 

「ほう。いつの間にやら、咬月君も大物になったものだ」

「いやはや、照れますな」

 

 咬月は総理と軽口を叩きながらも、相手の素性を考察する。

 自分をターゲットにしているということは、ゲヘナ関連がまず疑わしい。反ゲヘナ主義ガーデンの重要人物であり、実際に強硬手段も取っている。相手にやり返されない道理はないだろう。

 しかし、ならばどうしてさっさと手を下さず、こんな山奥まで引っ張ってきたのか。その点を考えると、次にあり得るのは、この襲撃が政治的意図を持ったパフォーマンスということだ。ただ暗殺するだけでは、目標を果たしたと言えないのではないか。

 

「それで、諸君は何者で何が目的なんだ?」

 

 咬月の考察を中断させるように、総理が単刀直入に問うた。

 すると先程の長身の男が勿体ぶらずに口を開ける。

 

「我らは憂国武士団! 祖国日本の行く末を真に憂う者なり!」

 

 地に座る老人二人を前にして、逆立った黒髪を風に靡かせながら、堂々と仁王立ちする男が宣言した。

 

 憂国武士団。

 悪ふざけのような名称に反し、その歴史は意外にも長い。構成員は既に世代交代を経てリフレッシュされている。

 元々はアンチ・フェミニズムを標榜して軍の女性採用や商業施設のレディースデーを糾弾する市民団体であった。対ヒュージ戦争の激化により政府がリリィ優遇政策を打ち出すと、矛先をそれ一本に絞って今日に至っている。彼らは、今や数少なくなったリリィ脅威論者なのだ。

 ただし、主張の内容はともかく、彼らは決して暴力集団などではなかった。ゲバ棒や火炎瓶で警官を襲ったりしないし、大音量のスピーカーで常識外れの騒音を撒き散らすこともない。法を遵守する穏当な組織のはずだった。

 

(彼らを唆した者が居る。総理の護衛を手に掛けたのも、その黒幕の差し金じゃろう)

 

 四角フレームの眼鏡の奥からジッと見つめる咬月をよそに、武士たちの親玉は話を続ける。

 武士団の長なのだから、棟梁と呼ぶべきか。それとも現代風に団長と呼ぶべきか。

 

「我らの悲願は言うまでもなく、死に掛けたこの国を立て直すこと。悪政・失政を重ね続ける政府は当然だが。隣の男、高松咬月。貴様も裁かねばならない。我らの献策を袖にした報いとして」

「献策、というのに心当たりはないが。差し支えなければご教示願えぬか」

 

 低姿勢な咬月の問いに、団長は心なしか満足げな様子。やはりパフォーマンスの意味合いが強いらしい。ならば今すぐに殺されることもないだろう。

 

「貴様ら百合ヶ丘を始めとしたガーデンは道を誤っている」

「何が誤っていると言うのかね?」

「何もかも、全てだ。まず、ガーデンは私学といえども多額の税金を費やされる身。でありながら、その入学を女子のみに限っているのは公平性に著しく欠ける」

 

 何を言い出すのかと思ったら。

 咬月は内心の呆れを隠して返答する。

 

「その件については過去に国内外で散々議論され尽くしたはずじゃが。前提として、男性のマギ保有者は女性に比してマギ出力が大きく劣る。それに加えてノインヴェルト戦術を始めとした連携攻撃を使用できないのは大きな問題じゃ。ならば無理矢理に男性を連携させるより、現状で実施済みの通り防衛軍の中で戦力化した方が戦術上でも合理的じゃろう」

 

 男性のマギ保有者の扱いはガーデンと軍の間の紳士協定も存在するのだが、ここでは敢えて触れない。

 

「マディック制度を有しているガーデンも確かにある。じゃがそれは、教育や実戦の過程であわよくばリリィへ覚醒することを期待しての面が大きい。実際、マディック出身者のリリィは少なからず存在しておる」

 

 百合ヶ丘にマディック制度は無い。しかしそれは百合ヶ丘が海上からの大型ヒュージ迎撃を主任務として設置されたから。一方で市街地を守るガーデンはミドル級以下との戦闘が頻発するため、マディックを擁するガーデンが多い。

 

「そういうわけで、ガーデンが女学校なのは軍事的合理性に基づいたもの。決して君たちが邪推するような、差別的意図があるわけではない」

 

 咬月は可能な限り論理的に説明したつもりであった。それがたとえ、何度となく議論されてきた内容であっても。

 

「確かに、理には適っている。だが後付けの方便だ」

「どういう意味かね?」

 

 団長の言葉に、咬月は心外とばかりにその意を問う。

 

「リリィのみならず、教導官や一般職員、果てはガンシップのパイロットまで女ばかり。これで差別でないと、よく言えたものだな」

 

 事実である。

 ただそれは、引退したリリィの再雇用先を確保したいガーデンと、元リリィをガーデンという箱庭に纏めて留め置きたい国の、利害の一致があったから。

 とは言え、そんな裏事情まで話せないし、話したところでこの武士たちは「癒着だ」と逆上するだけだろう。

 咬月が沈黙していると、自分が論戦に勝利したと思ったのか、団長が話を移す。

 

「そもそも、だ。かつて我が国で女学校が設立された趣旨とは、男性を支え家庭を守る貞淑な良妻賢母を、大和撫子を育成するため。しかし今のガーデンの実態はその真逆だ」

「……ガーデンは、ヒュージ迎撃のための機関。政治的意図を達成するための道具ではない」

「男性の魅力を知らないから、男性を立てることを知らない。それが高じて女同士などという異常行動に走る。貴様ら教育者はそれを矯正する立場にありながら、生徒の自主性などとほざいて放置する有様。自由と無法を、履き違えるな!」

 

 咬月の反論は団長の持論に掻き消されて無視された。

 理不尽。全くもって理不尽である。

 要は彼ら武士たちが目指す理想の家庭、理想の社会実現のためには、強い女性、男性に依存しない女性の体現であるリリィとガーデンの在り方が認められないのだ。認めてしまっては、彼らの掲げてきた理念が崩れてしまう。

 更に言えば、武士団にとって味方であるはずの保守派の政治家たちまで――プロパガンダのためとはいえ――リリィを持て囃すようになった事実が、「もはや合法的な手段では世の中を正せない」と彼らを追い込んだのかもしれない。

 

 武士たちの論理は理解できる。論理は理解はできるのだが、一体全体どうしてそんな思想に行き着いたのかが分からない。咬月の若い頃の時代ですら、ここまで偏った主張は珍しい。

 

(これがジェネレーションギャップというものか)

 

 軽く身震いがした。

 高松咬月、(よわい)七十を過ぎて己の無知を知る。

 

「貴様らの学園運営には他にも問題がある。いやしくも税金を賜った身なら、有意義に使わなければならない。それが何だ? 百合ヶ丘には足湯なんて物があるらしいな?」

「そうだ!」

「上級国民がっ、ふざけているのか!」

「国民の血税を何と心得る!」

 

 団長の指摘に合わせて周りの武士たちがガヤを上げた。

 

「それは語弊がある。国からの補助金はチャームの製造費用やヒュージ撃破報酬に充てられているのじゃ。リリィたちの福利厚生施設については、後援の企業や父兄からの寄付金で賄っておる」

「そういう問題じゃない! 戦時に不謹慎だと言ってるんだ!」

 

 生徒に矛先が向かないよう抗弁する咬月だが、熱を帯びた若者はそれを切って捨てる。

 

 平行線の、議論とも言えない議論の中、咬月はある一つの可能性について確信を深めつつあった。それは当初から察してはいたが、できるならば否定したい可能性。

 この団長の主張に咬月は既視感があった。耳にしたのではなく、目にした覚えがあるのだ。

 

「……まさか、君なのか?」

「ん?」

「百合ヶ丘にあの(ふみ)を出したのは、わしと文を交わし合ったのは、君なのか?」

 

 百合ヶ丘女学院へ送りつけられた、提言書とも脅迫文とも取れる手紙。生徒会は怪文書として扱っていたが、咬月は差出人宛てに返書をしたためていた。それ以後、幾度となく文字でのやり取りを繰り返してきた。

 

「気付くのが遅い。だから『献策を袖にした』と言ったのだ」

 

 団長は口の端を吊り上げて嘲笑する。

 

「氏名や年齢を偽っていたのは分かっていた。じゃがあの話、ヒュージに襲われ家族を失ったという話も偽りなのかね?」

「あんなもの、ストーリーに箔を付ける演出じゃないか。まさか本気で信じていたのか? 耄碌したな、高松咬月」

 

 たかが文書のやり取りで他人の思想を変えられると思うほど、咬月も自惚れてはいない。ただ、尖り切った彼の態度を少しでも和らげることができるならと、僅かな期待で筆を執り続けていた。

 だがそんな咬月の行為は、目の前の若者たちを見る限り完全に無駄であったと評せざるを得ない。

 

 咬月の脳裏に、少しばかり前の光景が思い返される。

 黒煙を上げる護衛の装甲車。そのハッチから、事切れた兵士が上体を投げ出している。

 ヒュージと戦って死んだわけでもない。あれは防げた犠牲であった。咬月が彼を説得できれば助けられたかもしれない命であった。

 この歳になっても、後悔の種が尽きることはない。

 

「君たちのような未来ある若者がそこまで思い詰める事態。社会を構成する一員として、一人の大人として、慚愧(ざんき)に堪えない」

 

 咬月は自身の無力を感じながらも話し続ける。

 説得を諦めないのは、周りを囲まれ銃を突きつけられているのも理由の一つだ。しかしそれ以上に、今ここで彼らとの対話を止めてしまったら、この先彼らと言葉を交わす者がいなくなってしまう。そう危惧したためだった。

 

「じゃが、そこを曲げて頼む。このような真似は止めてくれ。こんなことをしても得をするのは――――」

 

 得をするのはヒュージぐらいのもの。そう言いかけた咬月の声は中断させられた。

 

 一瞬、白に染まる視界。口の中に滲む血の味。

 

 団長の抱えた小銃の銃床が咬月の頬を打ち付けたのだ。

 若い頃に鍛えていただけあって、一発目は耐えられた。けれども歳が歳だ。二発三発と立て続けに激しく打たれ、咬月の体がぐらりと地に沈む。

 

「苛立たしいな、その上から目線。貴様ら老人はいつもそうだ。人より早く生まれ、長く生きているだけで偉いつもりか?」

「そのようなっ、つもりはっ……」

 

 口から漏れ出た血で土を汚しながらも、咬月は言葉を紡ごうとした。

 だがそんな努力は饒舌さを増した団長の前に無に帰してしまう。

 

「もういい。もはや貴様のような輩と話す舌は無い。貴様ら両名は、人心を惑わし社会を堕落させた罪で死刑に処す。上訴は認めない。即日執行する」

 

 団長が静かに宣言すると、周りの武士たちが慌ただしく動き出す。何やら機材を準備しているようだ。一般の家庭ではまず使われないであろう大型のビデオカメラも見える。

 

「喜べ。処刑の様子は配信サイトで全世界に流れるぞ」

 

 誇らしげな様子の武士たち。

 その一方、咬月への凶行の最中にもしかめっ面で黙していた総理が眉をピクリと動かす。

 

「配信サイト? テレビ局に送り付けるのではないのかね?」

「テレビぃ? あんな情弱を丸め込むためのオールドメディアが何の役に立つ。真実は、電子の海にこそ埋もれている!」

「済まない、年寄りにも分かる言葉で話してくれ」

 

 ぼやくような総理の要求は流されて、舞台が徐々に整っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日まで続くヒュージとの戦争において、長きに渡る窮乏生活を国民はよく耐えている。一人の日本人として誇りに思う。その献身がなければ、我々はとうに滅んでいただろう。このまま一丸となって事に当たれば、必ずや勝利は我らのものとなる」

 

 山林に囲まれた即席の舞台で演説が続く。

 芝居がかった物言いに、オーバー気味な身振り手振りで、武士団の団長がカメラの向こうの視聴者たちに高説を説いている。

 総理は相変わらずのしかめっ面で、胡坐を掻き両腕も組んでいる。

 咬月は未だ口の中に鉄の味がするものの、不幸中の幸いか、目や耳や思考能力に異常は認められなかった。

 

「だがしかし! そんな国民不断の努力を無下にする者たちが居る。子供が道を踏み外した際、それを正して導くのは大人の務め。ところがどのガーデンもその務めを放棄し、政府も見て見ぬふりをする。人々のために戦いたいと望む男子が現れたとしても、ガーデンは不当に門戸を閉ざし、あろうことか留学生なんぞを入れて戦力を水増しする始末」

 

 演説の最中、咬月はふと視界に入った山林の彼方に違和感を覚えた。遠い茂みの中で何かが光った気がした。

 見間違えかどうか確かめるため、咬月は周りに気付かれないよう慎重にその場所へ目を凝らす。

 

「この国の歪み、我らが正す。だが我らだけでは力不足なのもまた事実。故にっ、心ある若者よ立ち上がれ! 立てよ若者よ! 新しい世を作るのは老人ではない!」

 

 団長の熱弁が最高潮を迎えた辺りで、咬月は先程の光が見間違えでないことを確認した。その光とは、とある()()であった。

 そこで咬月は横の方で座り込んでいる総理へ目配せをする。一度だけ。出来る限り不自然な仕草にならないように。

 すると二人の目が一瞬合った。

 あとは総理がこちらの意図を読み取ってくれると信じるだけ。咬月は運を旧友に任せた。

 

「ところで一つ確認したいのだが」

 

 唐突に声を上げた総理に対し、団長は少しの間沈黙した後、遠巻きに居る部下たちへ軽く頷いた。

 それを受けて、カメラを抱えた武士が位置取りを変える。ちょうど団長と総理の両方が映像に収まる位置だ。

 演説を終えて機嫌を直したのか、パフォーマンスに利用できると思ったのか。いずれにしろ、咬月たちにとっては都合が良い。

 

「諸君らの目的はガーデンの共学化。それで合っているな?」

「それが目的の一つだ。加えて言うなら、軍の警務隊を全てのガーデンに駐屯させて綱紀の粛正を図らねばならない」

「それで何か? マギが劣ると分かっていて、男のリリィを育成すると」

「そうだ。これは彼女たち自身のためでもある。このまま閉鎖的で歪んだ環境の下で育っては、社会へ出た時に困るだろう。男性へのまともな接し方、敬い方、尽くす喜びを知っていれば、卒業して真っ当に交際し真っ当な家庭を築く際にスムーズに事が運べる。それこそ、健全な教育機関の姿だ。確かにヒュージを倒すことも重要だが、そればかりではあまりに心が無い」

 

 人々のため、より良き社会のため、善意からの義挙であることを団長は強調する。

 善は善でも独善の類だと咬月は思ったが、しかし今はそれを指摘する時ではない。咬月の狙いは、周囲を囲んでいる武士たちの注意をなるべく穏便に集めることだった。

 ところが次の瞬間、咬月は自分の耳を疑うはめになる。

 

「諸君らは気でも触れたのか?」

 

 思いも寄らぬ総理の言葉に、隣の咬月は勿論、団長以下武士団の面々もすぐには反応できない。

 

「女子校に皆仲良く、お手々繋いで通うのは結構だがね。風呂はどうする? 一緒に女湯へ入るのかね? 最近の若者の間ではそういうのが流行っているのか。頭ぁ、おかしいんじゃないか?」

 

 自身のこめかみを人差指でトントンと叩きながら、突然の暴言。

 これに対して武士団は怒りよりも困惑が勝っているようだった。

 自分たちは銃で武装して周りを取り囲み、相手は丸腰の老人が二人。圧倒的優勢。哀れな老人たちは惨めに命乞いをするはず。それがいきなり罵声を浴びせてくるのだから、困惑するのも無理はない。

 

(総理、流石に肝を潰しますぞ)

 

 せめて敵の黒幕を引き摺り出してからでないと、無駄死にになってしまう。そう懸念する咬月だが、この事態にどこかで納得してもいた。これはこれで相手の注意を引けるので、激情家の本性を持つ旧友ならば遠慮はしないだろう。

 

「貴様……栄えある大和男児を愚弄する気か」

 

 いち早く立ち直った団長が辛うじて非難の台詞を吐き出した。

 

「その大和男児とやらが役に立たんから、婦女子が矢面に立っているんだろうが」

 

 けれども地べたに座り込んでいるはずの老人が、他の誰よりも大きく見えた。

 

「寝言は寝て言え! バカヤロー!」

 

 辺りの空気を震わさんばかりに総理が吠える。

 またも周囲はピタリと止まった。

 しかしそれも僅かな時間。やがて、武士たちが堰を切ったかのように憤怒する。

 

「女尊男卑だ! 謝罪しろぉ!」

「フェミナチ、死すべし!」

「団長! 何やってんだよ団長! 早くこの老害の首を刎ねてくれ!」

 

 静かな山林が騒然とする。

 何とか部下を収めようとする団長の試みも、怒声によって掻き消されていく。

 断罪の場は混沌の坩堝と化した。

 そんな時、咬月たちと武士たちの間に閃光が瞬いた。その場に居る者全ての視界を奪う、ぎらつくような白光が。

 

 光が薄れて視界が戻り始めた頃には、老人二人の姿は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 

 




Q.実際総理大臣がバカヤローとか言うんです?

A.(小声で)言います。

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