DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第32話 後始末(後編)

「人質二名の保護を確認。制圧班は武装勢力への攻撃を開始してください」

 

 昼間でも奥地は薄暗い山林の中、豊かに生い茂る茂みに紛れ、ロザリンデは隊長からの通信を耳にした。

 直後、匍匐の姿勢から立ち上がって中腰になり、構えていたアステリオンの引き金を引く。彼女の左右遠方では、仲間のリリィたちが同じく中腰で木々を掻き分け前進する。

 

 彼女たち、LGロスヴァイセは護衛対象の車列が連絡を絶ったため、可能な範囲で捜索に当たっていた。そうして鎌倉府の境界線上で、運良く対象を補足した。

 百合ヶ丘の国定守備範囲外なので、緊急事態とは言え戦闘行動は後々問題となる。しかしそれは生徒会に骨を折って貰うとして、今は眼前の問題解決を優先する。

 

「ここからだと障害物が多い。碧乙、側面へ回り込んで」

「了解です、姉様!」

 

 シルトに無線で指示しながらも、ロザリンデは淡々と引き金を引き続ける。冬場の割に妙に緑が豊かなのは、ヒュージの跋扈で自然環境に変化が生じたせいか。しかし、その緑のお陰でここまで気付かれずに接近できたのもまた事実であった。

 

 今現在、ロスヴァイセのリリィたちは百合ヶ丘の標準制服を身に纏っていた。極秘扱いの対ゲヘナ活動でなく、公式の護衛任務だったため、それも当然だろう。

 彼女らのこの行動は、守備範囲外という事情を抜きにしても、政治的に極めてセンシティブな問題だった。

 日本を含む世界主要国は『国際紛争解決手段としてのリリィの利用を禁止する条約』を批准している。これはあくまでも国家間の紛争に関する条約なので、国内の治安活動まで縛るものではない。

 しかし、実際に反政府活動の弾圧にリリィを投入する国が現れたかと言えば、答えは否だ。少なくとも大々的に、大っぴらに実行したケースは認められていない。と言うのも、体制維持に汲々とする独裁国家ほど、ヒュージ被害が深刻であったからだ。皮肉にも、ヒュージの存在が人類同士の諍いを棚上げさせていた。

 だからこそ、たとえ相手がテロリストだとしても、リリィが人を制圧せざるを得ない状況は恥ずべきことだった。対ゲヘナ作戦と違い、白昼堂々の戦闘行為なので尚更だ。

 けれども、総理大臣と百合ヶ丘の理事長代行を襲った者たちを捨て置けば、恥で済まない事態になるのは間違いない。

 

「姉様、側面を衝きました。敵は崩れつつあります」

「ご苦労様。あとは現状を維持して。接近は不要よ」

 

 偵察・救出班を率いる隊長の伊紀に代わって制圧班を率いるロザリンデの指揮で、一人、また一人と黒衣の武装勢力が倒れていく。

 ロスヴァイセが使用しているのは低致死性兵器のショック弾頭。高齢者や健康に不安のある者にとっては危険な代物だ。ただ見たところ、敵は皆若くて精力も溢れてそうだった。

 

 しかし、ロザリンデたちロスヴァイセにとって、敵の粘り強さは予想以上であった。

 二十人ほどの武装勢力、憂国武士団は御大層な名前と裏腹に、ただの市民団体だったはず。本来なら奇襲を受けた時点で潰走していてもおかしくない。それが木々を盾にし積極果敢に小銃で撃ち返してくるのだから、奮戦と言っても過言ではないだろう。

 だが悲しいかな、彼らの武装ではリリィの防御結界は破れない。現状では勝敗は明らかだった。

 しかしながら、懸念はある。

 

「総理の捜索に当たっている防衛軍の斥候が何名か連絡を絶っているそうです。十分に注意してください」

 

 作戦開始前に聞かされた伊紀の言葉。その懸念は至極もっともだ。装甲車両を含む総理大臣護衛部隊を撃破した存在が、どこかに必ず居るはずなのだから。

 

 そして、目前の敵を全て排除し切る前に、懸念が現実となって現れた。

 山林の中、突如として銃声とは一線を画す爆発音が轟いた。

 

「十時の方角より砲撃!」

「私が向かうわ」

 

 仲間の通信へ簡潔に答えると、アステリオンを握り直したロザリンデが茂みの狭間を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、負傷した片腕を庇いながら後退する仲間とすれ違い、ロザリンデは斜面が急となった場所に辿り着いた。そこで待っていたのはクレーターのように抉れた地面。そして、密度を増した林の奥から陽炎の如く姿を現した人影。

 先程相対した武士団と似たような黒衣だが、その顔にロザリンデは覚えがある。

 

「貴方、三重の研究所を襲った……。とっくに軍法会議で縛り首だと思ってたけど。脱柵したのね」

 

 ロザリンデの挑発的な物言いに、その若い男、防衛軍反乱部隊の小隊長兼マディックは答えない。代わりに右腕を前に突き出した。その手にはグングニルと似たフォルムの、しかし無骨な印象のチャームが握られている。

 シエルリントラボで開発されていたという、マディック用の試作機体。副作用の問題点が大きく制式化は見送られた、曰くつきの機体。以前に資料で見かけたロザリンデの記憶では、そのはずだった。

 

「それもゲヘナを襲撃した戦利品というわけ」

 

 そう呟きながら、ロザリンデはまた別の違和感を覚えていた。具体的には、彼のもう片方の腕から不自然なマギの高まりを感じたのだ。

 

 しかしロザリンデが違和感の正体を突き止める前に、マディックの男がチャームの引き金を引く前に、別の形で状況が動く。

 横合いから、武士団の団長がマディックへと駆け寄ってきた。

 

「ちゅ、中尉! あんたの言う通りにやったんだ。だから、こいつらに……こいつらリリィに思い知らせてやって――――」

 

 その時、マディックの左腕が動いた。無造作に。下から斜め上に振り上げるように。

 やや遅れて、団長の長身が糸の切れた人形のように倒れた。首から上はなくなっている。ただ歪な断面が赤黒く染まっていた。

 世界を変革しようとした団長の歩みは、この山奥の中で永遠に止まってしまった。

 

「使えない。所詮はプロ市民か」

 

 マディックがここで初めて口を開く。だがそれはあまりにも感傷に欠けるものだった。

 武士団に武器を流してテロを唆したのは、彼の属する軍の急進派で間違いないだろう。失脚させられたことに対する悪足掻きといったところか。そして総理の護衛を打ち倒したのも、このマディックに違いない。

 いとも容易く仲間を切り捨てたことに、ロザリンデも思うところはある。

 だが今、気に掛けるべきなのは、人間の首を瞬時に切断したあの左腕。それはいつの間にか一回りも二回りも肥大化し、金属のような灰色へと変色していた。

 

「……ヒュージ細胞を埋め込んだの? 自分の体に」

 

 実の所、ヒュージ細胞の人体への移植自体はゲヘナにとってそれほど難しい技術ではないらしい。ただ問題なのは術後の制御が極めて困難であるという点。ほぼ確実にヒュージ化して暴走するか、良くて肉体が壊死するか。

 故にゲヘナ過激派の間でも、胎児の段階からヒュージ細胞を埋め込んで少しずつ馴染ませる手法が取られるようになっていた。

 成長した人間への移植という時代遅れで不安定な技術に、一時はゲヘナと通じていた軍の急進派が目を付けたのだ。手っ取り早く力を得られる誘惑に抗えず。あるいはこのマディックと一部の者の暴走ということもあり得る。

 

 いずれにせよ、この場での処理が求められるのは確かだった。

 ロザリンデは通信機にて隊長の伊紀に現状を伝え聞かせる。

 

「了解、しました。対象に限り、全兵装の使用を許可します」

 

 インカムから聞こえてくる、絞り出されたような伊紀の声。

 無理もない。過失で結果として人死にが出るのと、明確な殺意を以って死に至らしめるのとでは、決定的な差があるのだ。たとえ何回経験しようとも、慣れ切ってしまうのは難しいだろう。

 

 前方にかざされた試作チャームの銃口にマギの光が生まれる。

 撃たれる前に、ロザリンデは弾種を実弾に変更したアステリオンから三連射を放つ。

 三発の弾丸は確かに目標へと命中した。が、身体をのけ反らせ大きく震わしただけで、継戦能力を奪うことはできなかった。

 それに対し、マディックの試作チャームも咆哮を上げる。放たれたのは収束したマギの弾丸。銃口よりも大きいのではないかと思わせるそれは、ロザリンデのすぐ右側の地面に着弾する。柔らかな土が耕され、舞い上がり、百合ヶ丘の制服を茶色に汚した。

 

 射撃戦は不利と判断し、盾にしていた木の幹からロザリンデが飛び出した。跳躍して斜面を上がり、山林の更に奥を目指す。

 マディックもまた敵を追って跳んだ。その鋭さ、その飛距離、先程の砲撃と同様にただのマディックという範疇を逸脱していた。

 

(それにしても、いつ埋め込んだのかしら)

 

 木々の隙間を縫うように跳躍を繰り返すロザリンデが疑問に思う。

 防衛軍から脱柵後、逃亡中に移植する余裕は流石に無いはず。ならば三重の研究所で出くわした際、既に済ませていたことになる。

 彼はあの時、何食わぬ顔を装いヒュージ細胞の暴走を押さえ付けていたというわけだ。ロザリンデたちにも気取られることなく。そこには一体、如何ほどの決心が秘められているというのか。

 

「くっ!」

 

 眼前での爆発を受け、ロザリンデは咄嗟に両腕で体を庇った。爆風が全身を撫で、吹き飛んだ木片が弾丸の如く黒の制服に突き刺さる。

 着弾地点を跳び越えた所で、後退を止めて後ろを振り返る。

 すると追ってきたマディックもまた、目の前の邪魔な大木を薙ぎ倒し、その幹を踏みつけて着地した。黒かった短髪は灰色に染まり、身体の変異は左腕から左肩まで進行している。もはやヒュージ化は時間の問題だった。

 

「急進派は失脚した。世直しごっこはもうおしまいよ」

 

 透き通った銀糸の髪に枝葉を付けたまま、白磁の肌に煤を残したまま、マディックと相対したロザリンデが言い放った。

 

「世直し? 直す必要なんてあるか、今更」

 

 今度は返事が戻ってきた。

 しかし同時に、チャームも向けられる。銃口の前に黒ずんだ球体が浮かび上がり、見る見るうちに膨張していく。銃口よりも大きく、チャーム本体よりも大きく、直径五十センチに成長したマギの塊がロザリンデの前に放たれた。

 黒のマギは地面を数センチほど削りながら、しかし真横へ軽く跳ねたロザリンデの脇を素通りする。

 続く砲撃に備えて身構えるロザリンデだが、中々その時は訪れない。代わりに、またしてもマディックの口が開かれる。

 

古町(ふるまち)事件を、知っているか?」

「……人並み程度には」

 

 古町とは、北陸地方の要衝たる新潟市の中でも、新潟駅に程近い一大商業地域である。

 二年前、そんな古町の夜の繁華街にて、非番中の防衛軍将校が柳都女学館のリリィと揉め事を起こして乱闘騒ぎへと発展した。これは将校側の()()()が発端とされている。

 件の将校は新潟県警の厳しい取り調べの上、新潟市民に白眼視された末、自殺。一方でリリィの方にはこれといったお咎めが無かった。

 事件の対処について、憂国武士団を始めとしたリリィ脅威論者たちが激しい抗議を行なったものの、世間から嘲笑を浴びるだけで終わってしまった。

 

「あの人は……先輩はお節介だが正義感の強い人だった。それが何だ? ナンパを拒絶されて逆上だと? 警察やマスコミの作ったシナリオは、あまりにふざけたものだった」

 

 怒りを押し殺すかのように、マディックは戦慄く声を絞り出す。

 あの事件、リリィであるロザリンデから見ても、確かに疑問符が浮かぶ顛末だった。

 柳都女学館と言えば、広大な新潟の地をたった一校で守っているガーデンだ。そこのリリィと地元の街で揉めた。事件の目撃者も地元の人間。取り調べに当たったのも地元の警察。これで邪推するなというのも些か無理があるだろう。

 

「嵌められたんだよ。お前らリリィと、この狂った社会に」

 

 軍とガーデン、軍とリリィの関係は元々微妙なものだった。政治レベルでの話だけでなく、現場レベルでも。古町での事件はそれが悪い意味で噴出した事例と言える。

 

「どうして俺たち軍人ばかりが、こんな目に遭わされる? 役立たずと罵られ、税金泥棒と石を投げられ。命を賭けているのは一緒だっていうのに」

 

 左腕から左肩、左肩から左半身へと。マディックを構成する体の内、既に半分近くがヒュージの灰色に侵されていた。

 間合いは十メートル足らず。無言のロザリンデはアステリオンをアックスモードに切り替える。

 

「人の善意を平気で踏み躙る……。そんな連中とヒュージのどこが違う? 何が違う!」

 

 それは逆恨みだった。しかし当人にとっては、他人の命を奪い、自身の身をヒュージに変えてでも為すべき価値のあることだった。

 

「死んで償えっ!」

 

 怒り悶えるような咆哮の後、完全にヒュージと化した。二本の腕に二本の足。人の形を保ったままで。

 ただ全身を灰色の装甲に覆われたその姿は、どこか子供向け番組のヒーローを思わせた。ひょっとすると、彼は本当はヒーローになりたかったのかもしれない。

 

「ヒュージサーチャーに反応。ヒュージと、確認されました」

「ええ。私が対処するわ」

「姉様、私も……」

「碧乙はヒュージの退路を断って。それからファンタズムで支援」

「……了解です」

 

 逃す気は毛頭なかった。

 今、この場で、自分の手でケリを付ける。さもなくば、このヒュージは他の誰かを殺すか、他のリリィの手で殺されるだろう。そうなるぐらいならばと、ロザリンデは自ら手を下すことを決意した。

 

 下半身のバネを使い、ヒュージが飛び掛かる。ロザリンデも地面を蹴って迎え撃つ。

 大型の斧へと変じたアステリオンだが、その分厚い刃は敵を捉えられない。柄の部分をヒュージの手刀に打たれて衝撃を受け、ロザリンデの体勢が揺らぐ。直後、彼女の後方にそびえる大木が幹ごと圧し折れた。たった一振りの手刀によって。

 両者は空中ですれ違った。そして着地とほとんど同時に、ヒュージが振り向きざまに黒色の光弾を撃つ。もはやチャームは不要。三本の鉤爪を生やす掌から連射した。

 忽ちロザリンデの周りを弾着の土煙が取り囲む。

 

「強い」

 

 濛々と立ち込める土煙の中、ロザリンデが小さく呟く。

 その力は怨嗟の証か。彼の心の内も、今となっては想像も及ばない。

 アステリオンの柄を握り直し、ロザリンデはレアスキル発動の機を窺う。

 

 またしてもヒュージが動いた。お次は地を這うかのような前傾姿勢で駆け出し、太く長い腕を真横に薙いで襲い来る。

 瞬足にして機敏。左右から息もつかせず繰り出される剛腕が、乾いた音を発しながら大気を切り裂く。

 アステリオンは決して剛性の高いチャームではない。なのでロザリンデがヒュージの鉤爪をいなす度、金属の軋む悲鳴が上がる。まともにぶつからず受け流していても、いつまでも続くものではない。

 長期戦は不利。ロザリンデはバックステップで一度間合いを取った後、レアスキルを発動する。

 

「フェイズトランセンデンス」

 

 全身からマギが湯水の如く湧き出る感覚。

 身体活性に、防御結界の向上。

 軽くなったその身を以って、ロザリンデがチャームを振るう。袈裟懸けに下ろされた斧が、盾代わりの左腕ごと灰色の体を打つ。

 続いて斧は横へ一閃し、ヒュージの胴を切り裂いた。幸いなことに、青い体液は派手に飛び散らず僅かに染み出すのみ。ヒュージになり立てのせいだろうか。

 明らかな致命傷を負って、ヒュージの腰から下が動きを止めた。ところが不意に右の手が伸びていき、ロザリンデの顔を正面から掴んだ。その掌に、黒い光の粒子が生じてくる。このまま撃つつもりなのだ。

 

 眼前に迫る、濃密な死の予感。

 

 しかしそれも一瞬のこと。ロザリンデはマギで強化された右足でヒュージの腹を蹴飛ばし、無理矢理に間合いを離す。

 

「大の大人が、駄々を捏ねるな」

 

 自分自身でも驚くほど底冷えのする声を出し、再びアステリオンを振るう。

 袈裟、逆袈裟、袈裟、逆袈裟。アックスモードの連撃が流れるように灰色の体を刻む。

 標的に逃げられたヒュージの右手は明後日の方向へ砲撃を放った。その直後、刀傷でずたずたになったヒュージの全身からマギの光が漏れ始める。命が尽きる寸前の、最期の輝きだ。

 光はロザリンデを巻き込んで辺りを照らしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと君たち。君たち! こんな夜遅く、こんな所を出歩いていたらいけないよ」

「……もしかして、私たちのこと言ってるのかしら?」

「そうだ。君たち中学生と高校生だろう。早くおうちに帰りなさい」

「あー、もしかしておじ様、新潟(ここ)の人じゃないの?」

「確かに三重から転属してきたばかりだが……」

「私たち、柳都のリリィなのよ。制服を知ってたら分かるんだけど。チャームも持ってるし。だからお構いなく」

「リリィって言ったって、子供には変わりないじゃないか。それが夜の繁華街をうろつくなんて。間違いが起きる前に帰りなさい」

「しつこいわねえ……。ひょっとしてナンパとか? だったらせめて、女の子に生まれ変わってから出直してきて欲しいわね」

「……君たちリリィは大人を侮っているのかもしれない。確かに君たちの力は大したものなんだろう。だけど自分だけで大きくなったと自惚れては駄目だ。いいかい? 人と言う字は互いに支え合って出来ていて――――」

 

「あの、姉様、そろそろ……」

「ああ、そうだったわ。時間を無駄にしちゃった。私たちはもう行くけど、おじ様もナンパと説教はどこかのお店でしてちょうだいね」

「……そういう態度は良くないな。そんな調子じゃあ社会で通用しない。でも、多分、それは君たち自身のせいじゃないんだろう。今までちゃんと叱ってくれる大人が居なかったんだね。だけど、世の中は決して無責任な人間ばかりじゃない。君たちのことを見てくれる大人もきっと居る。だから安心して――――」

「っ! 姉様の髪に触るな!」

 

 

 

 

 

「やれやれ。軍の将校様ともあろうお方が、セクハラに乱闘騒ぎとはね。世も末だよ」

「セクハラはないでしょう、刑事さん。髪を撫でてあげようとしただけじゃないか。乱闘云々も、こっちはただの被害者だ」

「あれが男子学生だったら、声掛けてなかったでしょ? 夜回り先生気取るなら、男の子も指導してあげないと」

「……男女がお互い興味を持つのは当たり前のことじゃないか。なのに、今のこの国はおかしいよ。欧米の顔色を窺って、おかしな性癖に気を遣って。こんなこと続けてたら、人の心は荒んでしまう。社会が壊れてしまう」

「今度は御政道をご批判ですか。と言うか、あんたいつの時代の人間だよ。今は、Lilie(リーリエ)細胞だったか? あれのお陰で同性でも妊娠出産できて、リリィが少子化の原因にもされないし、足立区も滅びない。良い時代になったなー」

「間違ってる。そんな考えは間違ってる。そりゃあ俺だって別に差別主義者じゃないから、存在自体許さないとか、日本から出ていけとか、そんなことが言いたいわけじゃない。ただ普通とは違うんだし、他人を不快にさせるんだから、人目につかないよう慎みを持てと言っている」

「うわぁ」

「例えば刑事さん、刑事さんに娘がいたとして。その子がレズの女に引っ掛かったら、どう思う? 冗談じゃないって、怒りを覚えるのが人の親だ」

「娘がもう一人増えるようなもんでしょ」

「俺は真面目に話してるんだ! だいたい、君ら警察こそ何だ。街の風紀を守るのも君らの仕事だろ。それなのにあの子らのスカートを放置して。あんなの穿いてたら、痴漢してくれってアピールしているようなものだろう」

「スカート短いからって、セクハラしちゃあいけないよ」

「だから違うって言ってるじゃないか! 茶化すのも大概にしろ!」

「はぁ……。あんたいい加減にしろよ? だーれがヒュージからこの街を守ってると思ってるんだ」

「……っ」

「リリィはヒュージを倒す。警察は治安を守る。で、あんたら軍の仕事は何なんだ? 女の子の尻を追っかけるのが、仕事かよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはマギが見せた何れかの記憶か。それともただの幻か。何にせよ、確かめる術は無い。

 確かなのは、一つの命がこの世から完全に消え去ったという事実だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星々の輝きが雲で隠れた真っ暗闇の夜のこと。

 上級生寮である旧館の中、ラウンジには柔らかな灯りが灯っている。もう時間が遅いので人影は疎らだ。ロザリンデはそこでお目当ての人物を見つけた。ロザリンデが未だ制服姿なのに対し、その人物は既に部屋着であった。

 一人掛けの椅子の上で本のページを静かに捲る、亜麻色のロングヘアのリリィ。彼女はロザリンデの存在に気が付くと、表情を引き締めて向き直る。

 

「もうすぐ消灯時間よ、ロザ」

 

 そう窘められてもロザリンデは口を閉じたまま。羞恥を覚えているような、困っているような、微妙な顔で立ち尽くすだけ。

 そんな奇妙な態度のロザリンデを前にして、亜麻色髪のリリィ、田村那岐は小さな溜め息と共に椅子から立ち上がった。

 

 那岐がロザリンデを引き連れて訪れたのは特別寮。ロザリンデにとっては出戻ってきたことになる。

 二人は最初に寮の管理室へと足を運んだ。そこには修道服に身を包んだブロンドの女性が詰めていた。

 

「外泊許可をお願いします」

 

 那岐がそう言うと、特別寮の支配人シェリス・ヤコブセン教導官は眉を一瞬動かしただけで、驚いた様子も無く申請書類を渡す。彼女は教導官兼保険医でもあり、リリィからよくメンタル面の相談を受けている。それに加えて特別寮の担当でもあるのだから、こういう事態には慣れているのだろう。

 那岐は記入した書類を提出すると、礼をしてロザリンデと共に退出する。

 生徒会への申請書はここに来るまでに出していた。外泊申請は他の部屋、他の寮に泊まる際にも必要だった。

 

 今度こそ二人は目的の場所に到着する。それは特別寮内にあるロザリンデの部屋だ。シルトでルームメイトの碧乙は伊紀の部屋に泊まっているため不在。従って今晩は二人きりということになる。

 室内に入ってすぐは無言だった。しかし那岐がベッドに腰掛けこちらを見上げてくると、ロザリンデはようやく口を開く。

 

「今日、人を殺したわ」

 

 努めて平静な態度で言葉を紡ぐ。

 

「ヒュージ化したとは言え、元は確かに人間だったのよ。目の前で変わっていく瞬間も、見たの」

 

 ロスヴァイセの性質上、人死にを引き起こすことは、少ないがある。だが不慮の要因で結果的に死なせるのと、元から殺すつもりで殺害するのとでは訳が違う。少なくとも精神衛生上は。

 

「少し前まで喋ってた! その相手を殺したのよ!」

 

 平静を装っていたのも最初だけ。話している内に、ロザリンデは熱を帯びてくる。

 そんな彼女を黙って見上げていた那岐が両手を伸ばす。ベッドに座ったまま、そのベッドの主の腕を掴んで引っ張って、ゆっくりと抱き寄せる。

 

「お仕事お疲れ様、ロザ」

 

 ロザリンデの顔が、那岐の豊かな女性の象徴に埋もれる。

 任務帰りで入浴時間を逃し、制服のロザリンデ。部屋着で柔らかなベージュのカーディガンを羽織った、入浴済みであろう那岐。

 

「こんな姿、碧乙さんや伊紀さんには見せられないわよね」

「んっ……」

「貴方のお陰で救われた子が居ること、忘れないわ。他の誰が忘れても、私は忘れたりしない」

 

 耳から入って頭の中をくすぐるような那岐の言葉に、強張っていた体が緩んでいく。それは求めて止まない言葉であり声であった。

 昔とはすっかり立場が逆になったなと、ロザリンデは思う。悪い気は全くしなかったが。

 

「そうだ。ロスヴァイセは今度お休みを貰うのでしょう? 気晴らしに二人でどこか、旅行にでも行ってみない?」

「……水夕会は、湯河原戦の事後処理で忙しいと思ったのだけど」

朔愛(さくあ)汐里(しおり)さんに、無理を言ってみるわ」

 

 ロザリンデは那岐の胸元から顔を離す。今度は彼女の方が那岐を見上げる形になった。

 艶やかな長い睫毛の下の、ぱっちりと大きな垂れ目。その目の前では、ロザリンデも取り繕うことなく有りのままを曝け出せる。そしてそれは、那岐の方もまた同様だった。

 

「旅行も良いけど、取りあえず今はシャワーを浴びたい気分ね」

 

 百合ヶ丘の寮には部屋ごとにユニットバスが備え付けられている。ちょうど今日のロザリンデのように、大浴場の利用時間を逃したリリィのためだ。

 

「私もお風呂、入り直そうかしら」

「……っ! それはつまり、そういうお誘いと見なして良いのでしょう?」

「あら? 元気が戻ってきたみたい。なら旅行の話も御役御免ね」

「ちょっと待って、それとこれとは話が別だから」

 

 結局この日、シャワー()別々に浴びるのだった。

 

 

 

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