DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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最終話 リリィたちの羽休め

 街の中心部から離れた広大な敷地の中に、年季の入った木造建築が堂々構えている。古びてはいるが、それは同時に風格の表れでもあった。人の利用が絶えないので、手入れもきちんとされていた。

 しかしながら、その木造建築の真価は建物自体にあるのではない。真価は建物の裏手の方に湧き出ていた。

 

「温泉だーーーっ!」

 

 喜びに声を張り上げたのは、梨璃であり結梨であり二水であり梅でありミリアムであり、もしかしたら楓や神琳も交ざっていたかもしれない。

 

 彼女たち一柳隊は今、静岡県熱海市に来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルケミラ女学館とそれを支援する桜ノ杜女子高等学校、更には百合ヶ丘の外征レギオンを加えた連合部隊によって、湯河原戦線はリリィたちの勝利に終わった。前線は大きく西へと動き、伊豆半島の大部分が人類勢力下に復帰した。

 静岡全体で見れば、取り戻したのは四分の一程度。少なくとも中央部の静岡市と西部の浜松市を奪還しない限り、静岡解放が成ったとは言えないだろう。

 それでも今回の勝利は鎌倉府や東日本にとって、大きな前進に違いなかった。

 

 湯河原戦線に重大な影響を与えたと言われているのが、一柳隊やアールヴヘイムによる特型追討作戦である。特型は自身の居城たる工場跡地を守らせるため、湯河原や甲州のネストから戦力を引き抜いていた。結果、彼の地で多くのヒュージがネスト防衛に寄与することなく討たれたのだ。

 とりわけ、B型兵装とノインヴェルト戦術を駆使してギガント級を四体も葬ったアールヴヘイムの功績は大きい。

 

 そしてそんな伊豆半島の中にあり、晴れて人類に奪還された土地の一つが、一柳隊の慰安旅行先に選ばれたこの熱海の街だった。

 

「うわぁ~お部屋もお庭も広い! 眺めも素敵ですよ!」

 

 予約していた部屋に着くなり、隊長の梨璃が荷物を抱えたまま目を輝かせた。

 和室の12畳と10畳にリビングが付いた大部屋。障子の向こうには、池を備えた開放的な庭園が広がっている。

 

「梨璃、先に荷物を下ろしなさい」

「はい、お姉様!」

 

 団体客用とは言え、十人の大所帯で食べて遊んで寝ていたら、流石に多少は手狭かもしれない。だが彼女らにとっては十分満足できるもののようで。

 

「内装も、手入れが行き届いていますね」

「うん。綺麗」

 

 部屋自体や備え付けの備品を見回した神琳の言葉に雨嘉が同意する。

 高級旅館が綺麗なのは当たり前。だがこの熱海の場合、話が変わってくる。つい最近まで陥落指定地域の只中にあったのだ。

 

「これだけの設備を維持できる宿が複数存在する。熱海のネームバリューと関係各所の努力の賜物ですわね」

 

 ちゃっかり縁側のアームチェアを確保した楓の言う通り、熱海の繁栄には多大な労力が払われていた。

 ネックになるのが観光客を呼び込む手段である。これは比較的安全なルートを探してバスを走らせたり、『陥落指定地域の産業保護』を名目に国がVTOL機を運行させたり、あるいは自家用ヘリを飛ばす奇特な者たちも居た。

 いずれの手段にしろ、大なり小なり危険が伴うのは変わらない。だがそれでも、熱海の温泉街を目指す客は後を絶たなかった。多少の危険は呑み込まないと、雁字搦めで何もできなくなってしまう。長く続く戦時下における、ある種の()()()()である。

 

「ねえ! 荷物置いたし、探検しよーよ!」

 

 数名が早速くつろぎ始めた中で、元気が有り余っているかのような調子の結梨。実際、元気なのだろう。彼女にとっては慰安ではなく、遠足という表現の方が適切だった。

 

「この旅館には温泉以外にも色々とレクリエーション設備があるそうです。見回ってみるのも良いかもしれませんね」

「そうなんだ! 楽しそう!」

 

 二水の話に食いついたのは結梨と梨璃だ。やはり似た者母娘(おやこ)である。

 

「あの、お姉様。お疲れかもしれませんが……」

「……分かったわ、行きましょう。ただし入浴の時間もちゃんと考えるのよ。その後で夕食もあるのだから」

「はい!」

 

 シルトのお願いに、小言を言いながらも付き合うシュッツエンゲル。言葉と裏腹に満更でもなさそうなのは、一柳隊ならば誰もが知るところである。

 ところがそんな微笑ましい光景の中、ふと鶴紗は違和感を覚えた。違和感は直に不穏へと変わる。そう、あの楓・J・ヌーベルが大人しいのだ。梨璃たちに付いて行くと騒がずに、今もアームチェアの上で優雅に中庭鑑賞を決め込んでいた。

 意を決して、鶴紗は楓の真意を探ってみる。

 

「お前は一緒に行かなくてもいいのか?」

「そう焦らずとも、時間はまだまだありますわ。夜は長いのですから。フフッ、ウフフフフッ」

 

 悪い予感というのはよく当たるものだ。

 鶴紗と、いつの間にか傍に来ていた梅が目で示し合わせる。

 

「よーし、じゃあ楓の布団は梅と鶴紗の間だな」

「それがいい。そうしよう」

 

 楓が頬を引き攣らせた。

 

「な、何を仰いますの。梅様と鶴紗さんはシュッツエンゲルを契ったばかりでしょう? わたくしなど構わず、姉妹水入らずで過ごされてはいかが?」

「遠慮するなよ~。楓を仲間外れにはしないゾ!」

「そうそう、大人しく挟まれとけ。夜、勝手に抜け出せないぐらいに」

 

 楓はとうとう悲鳴を上げる。

 

「嫌ですわ、嫌ですわー! わたくしは梨璃さんと夢結様の間で、結梨さんのお布団で一緒に寝ますのよーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二水がリサーチした通り、旅館の設備はとても充実したものだった。見て回るだけでも結構な時間が経っていた。

 そんな中で一行が腰を据えたのは遊技場である。広い室内に幾つものレジャー用品を用意した、文字通り遊ぶための空間。幸い他の利用客の姿は少なかった。わざわざ()いている日を狙って予約した甲斐があったというわけだ。

 

「ミリアム! 卓球やろう、卓球!」

「ほぉう、『卓上のデアシュトゥルム』と恐れられたわしに挑むとは、良い度胸じゃ。ちと揉んでやろうかの」

 

 青の卓球台を目指して結梨が駆けていき、ミリアムが後を追って歩く。

 一方で梨璃と二水は、台は台でも機械の台に興味津々だった。

 

「凄い凄い! こんな物まであるなんて!」

「これは、アーケードゲームですか。また随分と古めかしいですねえ」

「甲州に一軒だけ、これを置いているゲームセンターがあったんだ。自機を左右に動かしながら、敵を撃って倒すんだよ」

 

 デフォルメされた戦闘機とエイリアンのシューティングゲームに、梨璃がはしゃぎ二水が感心する。

 そんな様子を隅っこの長椅子に座って眺めていた鶴紗だが、手に持っていた缶コーヒーの中身がなくなると、静かに立ち上がった。

 

「どっか行くのか?」

「ちょっと外の空気吸ってくる」

「梅も行こっと」

「どうぞ」

 

 鶴紗が賑やかな遊技場から抜け出そうとすると、その背後に梅が付く。

 

「梅、温泉はともかく、夕食の時間には戻ってくるのよ」

「大丈夫大丈夫、鶴紗はちゃんと連れてくるから」

「貴方の方が心配なのよ」

 

 念押しする夢結の声を背に、今度こそ二人は退出する。

 ここでの食事を、鶴紗は密かに期待していた。言われずとも遅れずに戻るつもりだ。そして恐らくは梅も同様だろう。

 風呂か食か、どちらか選べと言われたら、確実に後者を選ぶのがこの二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館の廊下を、雰囲気ある木造床の上を黙々と歩く。

 先程鶴紗が「外の空気を吸う」と発言した件、別に他意は無い。本当に、ただ何となく外へ出たい気分になっただけだった。なのでその歩みも、のんびりとしたものである。

 

 鶴紗と梅、二人は横並びに着かず離れずの距離を保っていた。シュッツエンゲルの契りを結んで以降、普段の生活が何か劇的に変わったのかと聞かれると、微妙なところである。訓練を共にする機会が前より更に増えたぐらいだろうか。

 勿論、外征の終わりに海岸で鶴紗が告白した時のように、気分が高揚すれば()()()()()()に及ぶ場合もある。しかし、当たり前だが、常日頃からそんな態度を取っているわけではない。

 だから今この時も、以前までのような『同じレギオンの先輩後輩』な二人なのである。

 

 目的地である中庭への道中、廊下より多少開けた空間に差し掛かった。大きな花瓶から生える観葉植物に、自動販売機が二つ。あとは小さなローテーブルとソファが幾つか。ちょっとした休憩スペースだ。

 そこで鶴紗は見知った顔と鉢合わせする。

 

「ごきげんよう」

 

 ソファの上で二人分の声が重なった。発したのは、銀のロングヘアと亜麻色のロングヘアの少女だった。

 

「ごきげんよう、那岐様、ロザリンデ様」

「ごきげんよう」

 

 梅と鶴紗もお決まりの挨拶を返した。

 一柳隊が未だ私服のままであるのに対し、三年生の二人は旅館で用意された浴衣に身を包んでいた。既に温泉を楽しんできたあとなのかもしれない。

 

「奇遇ね、貴方たちも来てたなんて。さっきから旅館の中が賑やかになったのは、気のせいじゃなかったのね」

「あははー」

 

 ロザリンデの言葉に対し、梅が笑って誤魔化す。

 実際、他の客が少ないとは言え、些か騒ぎ過ぎたかもしれない。

 ところでそのロザリンデだが、すぐ隣の那岐にぴったりとくっついており、彼女の肩の上に頭でもたれ掛かっている。二人とも顔が上気して赤くなっているのは、温泉に浸かってきたせいだろう。きっと。多分。

 

「レギオンの皆と一緒なのでしょう? こんな所に二人だけで、どうしたのかしら」

 

 そう問うてくるロザリンデは那岐に寄り掛かりながら、膝の上ではお互いの手の指を絡ませたり握ったりして弄んでいる。那岐の方も、されるがままに任せていた。

 

「あー、ちょっと休憩に――――」

「デートです」

 

 梅の言葉を遮る形で、鶴紗が答えた。

 

「デートです」

 

 呆気に取られる梅をよそに。梅の腕を取って自身の腕と絡ませて。もう一度答えた。

 

「あらあら」

「ふぅん……」

 

 那岐はその大きな瞳を丸くする。

 ロザリンデは碧の瞳を細め、意味有り気な視線で見つめてくる。

 それは、いつも惚気てくる上級生へのちょっとした意趣返しのつもりだった。あまり意趣返しになっていないような気もするが、この際細かなことは脇に置いておいた。

 

 それから別れの挨拶もそこそこに、鶴紗たちは休憩スペースを後にする。半ば鶴紗が梅を引っ張るように。

 中庭へ足を向ける鶴紗の後ろの方から、残された二人のやり取りが微かに聞こえてくる。

 

「ねえ、那岐。あの子たち見てたら、当てられちゃった」

「ロザは何もなくてもそうなるでしょ」

「まあね」

 

 やはり意趣返しは不発であった。

 鶴紗は口をへの字に曲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園を臨む縁側に鶴紗たちが到着する。空はすっかり黒に染まっていた。旅館に着いたばかりの頃は、まだ爽やかなライトブルーだったはず。時が経つのがいつも以上に早い気がした。

 

「はぁーっ……」

 

 着いて早々、縁側の上に座り込んだ鶴紗は溜め息を吐いた。つい先程のやり取りを思い出してのことだった。

 

「何だってあんなこと……」

 

 自分でやっておいて、今更ながら羞恥心が湧き出てくる。人前で見せつけるような真似、本来なら鶴紗の趣味ではなかった。

 

「ははっ! まあ、やってしまったものはしょうがない。それより驚かせるなら、次はもっと凄いことやらないと」

「もうしない」

「えぇー」

「えぇー、じゃない」

 

 鶴紗とは正反対に、梅の方は余裕綽々である。

 それが気に入らない鶴紗はちょっとだけ不貞腐れた。

 

「おー、星がよく見えるなあ。流石は熱海」

 

 上体を後ろに倒して天を仰いだ梅が話題を変えた。

 確かに夜空のあちこちに、小さな灯りが点々と瞬いている。

 

「そう? 鎌倉もこんなものだった気がするけど」

「せっかくここまで来たんだから、良いように考えれば良いんだよ。何となくちょっと、得した気がするだろう?」

「何、それは」

 

 真面目に聞いて損したと言わんばかりに、鶴紗は口を尖らせる。

 

 それから特にやることもなく、星空を眺めたり、背後に広がる室内の内装を見ていたり。気のせいか、旅館内の喧騒が少しずつ大きくなっている。

 鶴紗が何とはなしに横を見ると、梅と目が合った。梅は縁側でゴロンと仰向けになり、首の後ろで組んだ両腕を枕代わりにしている。相変わらずだが、行儀が悪い。鶴紗もあまり人のことは言えないが。

 

「静岡に戻ってきて、良かったか?」

 

 いきなり、そんなことを聞かれた。

 いきなりだったので鶴紗は言葉が詰まり、すぐには返事ができなかった。

 

「……良かったかどうかなんて、分からない。第一、まだ静岡全部を取り戻してないし」

「それもそうだ」

「けど、必要なことだったのは確か。あのまま真実を知れなかったとしたら、嫌だ」

 

 低く静かな声で、しかしはっきりと答える。

 死にそうな目に遭ったし、心が張り裂けそうな出来事もあった。だがこの地に戻って来なければ、何も分からず仕舞いで終わったかもしれない。

 

「だから感謝してる。百合ヶ丘にも一柳隊にも。……あと、梅様にも」

 

 鶴紗が横目を止めて正面を向き、俯きがちにそう言った。流石に目を合わせたままでは気恥ずかしい。

 すると横から、鶴紗の体に軽い衝撃と重みが加わってくる。

 

「可愛い奴だな~、うちのシルトは」

 

 梅の腕に肩を抱かれ、頭をわしわしと盛大に撫でられる。

 いつもなら、すぐさま抜け出そうと身じろぎするところ。しかし、今この時ばかりは借りてきた猫の如く、鶴紗は背を丸めてくすぐったい感覚を受け入れていた。

 他の誰かがやって来るまでは。二人きりの間だけは。

 そんな風に考えていた矢先、鶴紗の耳に騒がしい足音が聞こえてくる。

 

「鶴紗!」

 

 背後からの、結梨のタックル。彼女はそのまま鶴紗の背中に抱き付いた。

 梅はその直前にちゃっかり離脱済みである。

 

「鶴紗! 鶴紗も卓球やろう! 私、ミリアムに勝ったんだよ!」

「ははは、大したものじゃ」

 

 結梨に激しく揺さぶられる鶴紗。後ろの方では苦笑気味に腕組みしたミリアムの姿が。

 そして気が付けば、他の面子まで揃っている。

 

「まさかミリアムが負けるなんて……」

「だから言ったでしょう? 雨嘉さん。結梨さんが勝つと」

「凄い自信だったね、神琳。本当、不思議」

「ふふふ、外したら目で月餅(げっぺい)を食べてご覧に入れましょう」

「えぇ……」

 

 立ち所に閑静な縁側が、その風情に似つかわしくない賑やかさに彩られていく。

 

「楓さん、せっかく結梨さんに『卓球のイロハを伝授して差し上げますわ~』って盛り上がっていたのに。これじゃあ立つ瀬がないですねえ」

「立つ瀬がないから、座ってますわ」

「上手いこと言いますね」

 

 いつの間に来たのだろう。鶴紗の右の方で、遠い目をして縁側に腰掛ける楓。更にその横には、庭園に私物の一眼レフを向ける二水。

 

「何だ。結局、皆こっちに来たのか」

「ああは言ったけど。やっぱり今回の旅行は貴方と鶴紗さんのお祝いも兼ねているのだから」

 

 梅の方に歩いてきたのは夢結だ。彼女の言う()()()とは無論、シュッツエンゲル誓約のことである。

 そして夢結が居るなら、当然、梨璃もまた居る。

 

「駄目だよ、結梨ちゃん。鶴紗さんが潰れちゃうよ」

 

 梨璃の言う通りだ。後ろから抱き付かれてぎゅうぎゅうと押され、前につんのめる。運動直後で上昇した結梨の体温が、背中から伝わってくるほどに。

 これには流石の鶴紗も堪らず声を上げる。

 

「あーーーっ、もうっ! 分かった、分かったから! 一旦離れろ結梨!」

 

 以前よりも活況を呈した熱海の夜が過ぎゆく。

 苛烈な戦いに身を投じるリリィの、束の間の安息。それは彼女らを日常に繋ぎ止めるための楔であり、戦火から引き戻すための標でもあった。

 

 

 






これにて本当に完結。
今までお付き合いして下さった方々、ありがとうございました。

次回長編作品としては、日常系新婚そらくす社会人編を構想しています。
しかしその前に短編作品を幾つか執筆する予定。


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