DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第5話 真鶴会戦

 まだ夜も明けきらぬ薄闇の中、不自然なまでに流れる静寂は嵐の前の静けさか。

 相模湾に突き出る真鶴半島を東西に走る幹線道路。半島の付け根部分にて、濃緑に塗られた装甲車両の車列がじっとその時を待っている。

 八輪のタイヤを備えた車体は道路の向きに沿っているが、車体の上に載る砲塔部分は一様に横を向いていた。砲塔から伸びた砲が指し示す先には、なだらかな斜面がある。本来、道路と斜面を区切るはずのガードレールは撤去されていた。進軍にも後退にも障害になるからだ。

 そして斜面を下った先にも同様の装甲車両の姿が見える。こちらは長い列を作らず、四両一組の小隊ごとに分散して布陣していた。

 

 日本国()()()――――

 

 ヒュージ侵攻初期の戦いの後、自衛隊を再編する形で成立した()()組織。

 自衛隊時代は方面隊の下、隷下の部隊が広範な地域を守っていたが、防衛軍となってからは新たに地区防衛隊を設けて戦力を分散させている。本来なら戦力の細分化は好ましくないのだが、ヒュージという神出鬼没の敵に対抗するには必要な措置だった。

 ここ鎌倉府は首都に隣接する要地であるため防衛隊も旅団規模である。しかし多くの地区では増強連隊程度に過ぎないし、そもそも防衛隊が存在せず方面軍が直接担当している地区もあった。

 

「大隊本部より第2戦闘中隊。正面右翼より敵の進出を確認。スモール級30。中隊各車、敵が稜線を下り次第交戦を開始せよ」

 

 女性オペレーターからの指示により、斜面下の部隊が砲を右へとずらす。丸い砲口が睨む先は小高い丘陵。過去幾度となく生じた戦闘により地形の変わりつつある場所。

 やがて頂の向こう側から鈍い灰色をした獣が姿を現した。

 いや、獣などではない。金属質な全身。細長い胴体から刃のように鋭利な四つ足を生やした化け物。人類側から『バッタ』と俗称される、スモール級ファング種に属するヒュージだった。

 ファング種の群れは四本の脚をせわしなく動かして丘を駆け下りる。

 そこに爆発。

 装輪式の装甲車が、陸上防衛軍機甲科の軍馬たる機動戦闘車が、その火力を解き放ったのだ。

 直撃を受けた者は胴体から四肢がもがれ、傍に居た者は爆風に圧されて体を大きく歪ませる。

 マギを含まない通常兵器がヒュージを倒すには、大質量と衝撃をもって無理矢理に叩き潰すしかない。今のところ、それは上手くいってるようだった。

 スモール級が突進する端から、砲弾が瞬く間に飛び掛かり爆炎の華を咲かせる。

 

「大隊本部より第1、第2戦闘中隊。正面中央より敵大規模攻勢を確認。ミドル級6、スモール級60。両中隊は共同して攻勢を阻止せよ」

 

 やがて人間サイズのファング種の中に、大きな球状のヒュージが加わった。全高だけで三メートルはあるだろう。歩みは緩慢だが、長い鉤爪の如き三本の脚で確実に前線を押し上げている。

 硬い。

 増援のミドル級は砲撃を受けて脚を止めるが、多少の被弾ではなかなか墜ちない。

 戦況が膠着しつつある中、奮闘する装甲部隊に更なる凶報が舞い込んでくる。

 

「大隊本部より各中隊。ポイントG5及びG7にて大型ケイブ反応を検知。これより第17偵察戦闘大隊は遅滞戦闘へ移行する」

 

 ヒュージが移動に用いるケイブは特殊な粒子を放出するため、その発生をある程度事前に予測することが可能だった。

 ケイブのサイズにより出現するヒュージの等級も限られる。大型ケイブの場合、最大でラージ級の襲来が予想される。

 それは、現状の戦力では太刀打ちできないことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地を這うかのように低空でホバリングするガンシップから、鶴紗は眼下を見下ろした。

 白み始めた空のおかげで視界はまずまず良好。真下には背の低い草むらが広がっている。

 そこに、イヤホンとマイクが一体となったインカムから「降下開始」の指示が届く。ガンシップ機体下部、円筒形のポッドから出撃すべく、搭乗口のハッチを開いて身を乗り出した。

 下方から巻き起こる風によって、金のポニーテールが意思を持つかの如く乱れ踊る。そんな中でも視界の端に人影が落ちていくのを見逃さず、鶴紗は何の躊躇もなくその身を空中に投げ出した。

 直後、足元を中心にマギの力場を形成し、速度を減衰させて危なげなく着地する。

 鶴紗は一足先に降りていた夢結の右後方に付く。更に二人の後方には一柳隊のリリィが続々と集結し、()()で陣形を組んでから前進を開始した。

 役目を終えたガンシップは方向転換して帰投する。その場には、予備のチャームが詰まった兵装ポッドだけが物言わず鎮座していた。

 

「止まって」

 

 隊が幹線道路に差し掛かる手前で、先頭の夢結が停止を命じた。

 けたたましい発砲音と爆発音に、否が応でも戦場の実感を突き付けられる。

 

「こちら百合ヶ丘女学院所属、LG(レギオン)ラーズグリーズ。県道防衛ラインに現着。戦闘を引き継ぎます」

「第17偵察戦闘大隊、了解。これより撤退行動に移行する。現状敵戦力、前衛にミドル級10、スモール級60。後衛にミドル級4、大型ケイブ2を確認」

 

 インカムを通して防衛軍のオペレーターと夢結がやり取りする。

 

「騎兵隊の到着に感謝する。ご武運を」

 

 淡々とした、しかし最後に少しだけ感情を覗かせる女性の声。

 その後、今度は隊長の梨璃が隊内に向けて口を開く。

 

「それじゃあ楓さん、戦闘指揮をお願いします!」

「お任せください梨璃さん」

 

 隊長・副隊長が平時からレギオンの運用を司る者なら、司令塔は戦場での戦闘指揮を担う者。

 一柳隊の司令塔は楓・J・ヌーベルである。彼女を補佐する形で、あるいは隊を分ける際など、郭神琳が務めることもあった。

 

「まず初めに今回の優先行動順位を確認しますわ」

 

 楓が出発前のブリーフィングをおさらいする。

 

07:30(まるななさんまる)に開始予定の防衛軍厚木基地による空爆のため、バスター種の撃破を最優先。しかる後に発生済みのケイブを破壊。空爆実施後は残存ヒュージの掃討に移行します」

 

 続いて陣形確認と大まかな方針。

 

「フォーメーションはいつも通り、夢結様と鶴紗さんのツートップで。ただし今回は殲滅力を重視して、ミリアムさんと雨嘉さんには最初からTZ(タクティカルゾーン)に入ってもらいます」

「楓さん、レジスタを使用されるのなら、わたくしのテスタメントで支援しますが?」

「いいえ、それには及びませんわ。この程度の敵ならば必要ありません。今はわたくしと神琳さんはレアスキルを温存しましょう。例の特型もいつ出てくるか分かりませんし」

「承知しました」

 

 二人の司令塔が方針を固めると、レギオンが本格的に動き出す。

 装甲車両が立ち去った後の幹線道路を越え、主戦場を肉眼で見渡せる位置に着く。

 無造作に、丘の斜面の至る所に散乱するスモール級の残骸。立っているミドル級も体中に亀裂や弾痕を負っていた。それは先程までの熾烈な戦闘を物語る。

 

「ミドル級の後ろにスモール級の群れが隠れてますわね。まるで盾のよう。ヒュージが生意気にも陣形のつもりなのか」

「偶然、ミドル級の後ろに居たのが生き残っただけでは? ヒュージが陣形だなんて……」

「まあ、それはさておき二水さん。戦場全体の俯瞰をお願いしますわ」

 

 二水との考察を中断し、楓が敵情の更なる偵察を要求する。

 すると要求を受けた二水の両目が赤く輝いた。

 

「前衛のミドル級は、テンタクル種ディアマント型ですね。オルビオ型の装甲強化型。盾になるのも納得の硬さです。スモール級はファング種が複数種類。それらの後方、丘の向こう側に隠れてるのが問題のバスター種アニマ型です。ケイブは更にその奥ですね」

「バスター種のレーザー砲は空軍機にとっても脅威となりますわ。皆さん、確実に仕留めてくださいませ」

 

 楓の「戦闘開始」の合図により、皆がチャームを構え直す。

 真っ先に引き金を引いたのはAZ(アタッキングゾーン)レフトに位置する夢結だ。長大な刀身と大口径の砲を併せ持つブリューナクの砲撃で、ディアマントの盾からはみ出したファング種を確実に葬っていく。距離も的の素早さもお構いなしに。

 AZライトがポジションの鶴紗もまた夢結に続く。先輩に技量で劣る自覚があるので、最も手近なディアマントに狙いを絞る。右肩に担いだティルフィングは地響きの如く重厚な発砲音を上げ、球形――正確には楕円形だが――をしたディアマントの胴体を打ち砕く。

 

「大盾戦術も、リリィのレギオン相手では形無しですわね」

 

 TZセンターに立つ楓が戦況を見ながら呟いた。

 AZに加えて、指揮を執る楓を除いたTZの梅、神琳、ミリアム、雨嘉も射撃に加わっており、密度を増した砲火がヒュージの隊列を襲っていた。

 ディアマントは硬さが()()なだけあってよく耐える。だが流石に複数名のリリィから集中砲火を浴びれば堪ったものではない。防衛軍の通常兵器と違い、リリィのチャームはマギによってヒュージのマギを断ち切ることができるのだ。

 

「楓さんっ、スモール級が一斉に動きます!」

「堪えかねたネズミが飛び出してきますわね。夢結様と鶴紗さんは迎撃を! 梅様は鶴紗さんのフォローをお願いします!」

 

 レアスキル『鷹の目』によって戦場を俯瞰する二水の警告。

 ある程度両軍の距離が縮まったところで、ファング種が勝負に出てきた。脚を崩し地に伏したディアマントの後ろから、一柳隊に肉薄すべく突進し始めたのだ。

 多種多様なファング種。型によって頭部の形状など若干の差異はあるが、どのファング種も共通して高い機動性を持っていた。

 あっという間に互いの先頭同士が顔を突き合わせる。

 夢結の目の前に、三体のファング種が取り囲むように現れた。

 

 夢結様、援護――

 

 そう言いかけて、鶴紗は思い止まった。

 ブリューナクの砲身と刃が前方にスライドし、一振りの長剣と化す。射撃モードから斬撃モードへと流れるように変形する。

 そうして夢結は一切の迷いなく正面に向け地を蹴ると、ファング種の一体に吶喊した。

 それは槍。

 夢結自身が一本の槍となったよう。

 頭部一杯に広がる口を裂けるように開いたファング種へ、凶悪なまでに巨大な刃を突き入れた。

 直後に、串刺しにしたファング種ごとチャームを持ち上げて、その場で一回転。仇とばかりに夢結へ飛び掛かった左右の敵が、薙ぎ払われて大地を転がる。

 

「鶴紗ぁ! よそ見するなよな!」

 

 一連の戦闘に見惚れていた鶴紗の後方から弾が飛び、側面から迂回を図ったファング種が貫かれた。

 タンキエムを両手で保持した梅が斜め後ろに追従してくる。

 

「油断してると横からガブっとやられるゾ。夢結みたいなのは特例、真似しようものなら頭おかしくなるから」

「別に、油断はしてないですよっ」

 

 梅の軽口に返事をしつつ、近寄るヒュージに弾を撃ち込んでいく。

 鶴紗が右にチャームを向ければ、タンキエムの砲口が左を向く。鶴紗が左の敵を撃てば、タンキエムは右から迫る敵を撃つ。

 よく見ていた。鶴紗のことを。レアスキルも何も使わず、鶴紗に合わせて連携を図っていた。

 そうしている内、ヒュージの群れは当初の半分までに数を減らす。

 ファング種は確かに速い。これが市街地や森の中ならもう少し苦戦していたかもしれない。しかし射界の広い場所でなら、その脅威は減じる。頼みの綱の大盾(ディアマント)も、一柳隊の火力の前に藁の盾と化しつつあった。

 

「……頃合ですわね。これより丘陵部奥のアニマ型撃破に向かいます。梅様と鶴紗さんは先行してください。夢結様はこの場で残存ファング種の掃討を。神琳さん雨嘉さんミリアムさんは同じくファング種を撃破しつつ前進。二水さん、アニマ型の動きを注視して。梨璃さんは二水さんの護衛をお願いしますわ」

 

 指示と同時に鶴紗は前へと駆け出した。

 インカム越しに聞いていて、内心で「大したものだ」と感心する。相変わらず指示が迅速で思い切りが良い。一角(ひとかど)の指揮官と言えるだろう。

 丘の斜面を登る途中、鶴紗は突出し過ぎたかと思ってチラと後ろに目をやる。

 

「心配しなくてもついて来てるゾ!」

「心配してないです」

 

 望む声がすぐに聞こえたので、安心して前を行く。

 足取りが軽い。心が躍る。

 自分は戦闘狂ではなかったはずだが。あるいは――

 そんな鶴紗の思考を、インカムから響く二水の叫声が中断させる。

 

「アニマ型がこっちに向かってきます!」

 

 正面、丘の頂上からこちらを見下ろすようなヒュージの姿が目に映る。

 ずんぐりとした胴体から太くて短い手足が生えていた。見た目に違わず鈍重なヒュージだ。しかしその体には長射程・高威力の恐るべきレーザー砲を隠し持つ。

 出現当初、特に開けた地形の多い大陸において、人類側から『タンクキラー』と忌み嫌われたミドル級バスター種アニマ型。

 

「逃げきれないから向かってきたのか? 潔いな!」

「ヒュージがそんなこと考えますかね」

「こっちにとっては好都合だ。今度は梅が突っ込むから、鶴紗は援護だゾ!」

「了解」

 

 そのやり取りのすぐ後に、後ろを走っていたはずの梅が掻き消える。

 前方を見れば、胴体を上下にパックリと開いたアニマ型が。体内から伸びている黒く螺旋を描いた砲身の先に、青白い光を灯している。

 砲身が鶴紗を指向した。青白い光が輝きを増し、マギの濃度が急激に跳ね上がる。

 ところが、光の放出よりも先に、アニマ型の砲身が根元から断ち切られる。直後に行き場を失ったマギが暴発し、灰色の巨体を炎が包み込んだ。

 すぐ隣に居たアニマ型は鶴紗から狙いを外し、短い足でよたよたと方向転換を図る。

 だがそれは失敗だった。頭から黄金色の刃を、ブレイドモードのタンキエムを突き立てられて、何が起きたのかも分からないまま崩れ落ちていく。

 残る二体は標的を変えず、そのまま鶴紗へレーザー砲を放ってきた。

 

「あんなのとまともに撃ち合えるか」

 

 鶴紗は前進を中断し、横っ飛びしながらティルフィングの砲を放つ。照準など定めない。気を逸らせればそれで良い。

 ヒュージの足元で着弾の土煙が舞う。一方鶴紗の後方では、光の奔流が大地を抉り、一瞬にして表面の土を消し飛ばす。外れると分かっていても、ヒヤリとした。

 冷や汗を掻いた甲斐あって、二体のアニマ型もまた呆気なく打ち倒される。一体は横合いから胴体を切り裂かれ、もう一体は至近距離から砲撃の三連射を浴びて。

 鶴紗が丘の頂上に辿り着いた時、そこで動いていたのはチャームを肩の上に担いだ梅だけだった。

 

「結局、梅様だけで片付いた」

「いや、梅だけじゃあこんなに上手くいかないゾ。あいつら的をどちらにするか、ちょっと迷ってた。ヒュージも機械じゃないってことだなー」

「本当?」

「ほんとほんと」

 

 ちょっとだけ嬉しくなる鶴紗。

 だがそんなささやかな喜びも束の間。またもや二水から焦るような通信が入る。

 

「ケイブに変化あり! これは……大きいのが来ますっ!」

 

 丘の反対側、斜面を下った先に、巨大などす黒い渦が中空に浮かぶ。距離を置いて二つ。それぞれからファング種の群れが這い出てくる。

 鶴紗たちの見ている前で、渦の奥から一本の鉄柱が伸びてきた。太く、長く、大きい。

 続いて渦から更に巨大な球体が出てきたことで、鉄柱がヒュージの脚だと判明した。

 卵形の胴体に、極太の脚が三本。全高十メートルに達する威容。

 テンタクル種アイホート型。ラージ級ヒュージが出撃したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梅様、鶴紗さん。夢結様が向かうまで持ち堪えてくださいまし」

「夢結様のカバーにはわたくしが入りますね」

 

 楓と神琳からの相次ぐ通信を聞きつつ、鶴紗は眼下の光景を見る。

 その巨体を完全にケイブから出した二体のアイホート型。一体は鶴紗たちから比較的近い。

 同様にケイブから出てきたファング種は後方に下がっていた。味方のラージ級に踏み潰されるのを恐れてのことか。

 

「楓はああ言ってたが、別に一体ぐらい倒してもいいだろう?」

「大した自信ですね、梅様」

「梅たちならできるだろー。ほら、鶴紗もマギを全然使ってないし」

「まあ、そうですけど」

 

 指摘された通り、射撃は実弾のみだし、レアスキルも未使用だ。そうして温存した力を今こそ使うべきだと梅は言う。

 確かにその通りだった。未だ姿を見せない特型も気になるが、ケイブの破壊は優先すべき。そのためにはラージ級の存在が障害となる。

 鶴紗は決心してティルフィングの柄を握り直した。

 

「じゃあ前衛と後衛はまた交代ということで」

「よしきた。背中は任せとけ!」

 

 気持ちの良い返事を受けて、地面を蹴った鶴紗の体が丘の頂から滑るように下降する。

 マギを利用した、ごく短距離の滑空飛行だ。着地と同時に再び地を蹴り、更に敵との距離を縮める。

 小さいが重大な敵の接近に気付き、アイホートが三脚を動かして顔を向ける。薄い青色をした三つの点――三角に配置された三つの瞳が宙を跳ぶ獲物に焦点を合わせた。

 

(撃たれる)

 

 そう直感的に判断した鶴紗はレアスキルの行使を決めた。

 一度、両の瞳を閉じて、またすぐに大きく見開く。

 

 レアスキル『ファンタズム』

 

 鶴紗の脳内で幾つもの映像が可視化される。瞬間的に映っては消え、映っては消え、あらゆる可能性が提示される。

 

 直進。直撃。

 着地して伏せる。五射目で被弾。

 右に跳ぶ。三射目で被弾。

 左に跳ぶ。回避。左に。回避。左に。回避。右に。回避――――

 

 ここまでほんのコンマ数秒。

 方針が決まり、鶴紗は次の着地後に左方へ大きく跳躍する。

 それとほとんど同時にアイホートの目が瞬いた。甲高い発砲音が轟き、青色のレーザーが宙に奔る。三つの目から代わる代わるに撃ち放たれていく。

 三射目が横を掠めていった後、鶴紗は未来予測に従い右へ方向転換する。その次は左に。そのまた次は右に。

 一歩間違えれば命を落としかねない。この感覚は何度味わっても慣れることがない。慣れた時こそが、本当に死ぬ時なのだろうと鶴紗は思う。

 そうしてジグザグ機動を繰り返して遂に敵の足元に、右側面の足付近に到達した。ここならばレーザーでは狙えないだろう。

 卵形の胴体下部に向け、ティルフィングの引き金を引く。

 

「物騒な卵だ!」

 

 悪態を吐きつつひたすらに撃つ。

 振り下ろされる杭の如き足を躱し、撃ち続ける。

 反対側からタンキエムと思しき砲声も聞こえてくるが、一向に敵が倒れる気配がしない。ヒュージ特有の灰色の外皮が僅かに剥がれるだけだった。それすらもこの巨体からすれば、蚊に刺された程度かもしれないが。

 

「射撃位置に着いたよ。援護するね」

 

 今の通信は、雨嘉の声だ。

 そう気付いて数秒後には、背後の丘の上から飛んできた白の光弾がアイホートに突き刺さる……かに見えた。

 光弾は命中の寸前で、ボウっという効果音と共に掻き消えてしまった。

 

「弾かれた。ビームコートを持ってる。実弾に切り替えるね」

 

 雨嘉は動じることなく次の一手を講じる。平生から感情の分かり難い彼女だが、それに輪をかけて無感情に感じられる。だが今の鶴紗にとってはそれが頼もしく思えた。

 乾いた発砲音。今度は邪魔されることもなく敵に着弾する。脚の付け根の関節部へと。

 その一発は脚部に無視できないダメージを与えたのか、アイホートの右側面から金属の不快な金切り音が上がる。動きも鈍くなっている。

 ティルフィングの刀身を真っ直ぐに伸ばしてブレイドモードに変形させると、鶴紗は脚を駆け上って関節部まで潜り込む。この機をあの目敏い梅が逃すはずがなく、別の脚の上を同じように駆け上がっていた。

 そうして関節部にチャームの刃を突き立てる。

 装甲と装甲の継ぎ目に対する二点同時攻撃に、さしものラージ級も胴体を土の上に落とす。

 だがその胴体が上下に開き、体内から無数の触腕を繰り出してきた。

 真っ黒な鞭のように振り乱れて暴れ回る触腕。加えて体内から光弾の雨が全方位に対して吐き出される。

 

「最後っ屁だ! 一旦離れろ!」

「分かってる!」

 

 梅の警告に応じてアイホートの脚を蹴りつけ後ろに跳ぶ。襲い来る光弾はティルフィングを盾にして凌ぐ。

 しかし距離を取ったはいいが、再度の接近は困難を極めるだろう。最後っ屁は衰える気配を見せず、ますます勢いを増していた。

 鶴紗は攻めあぐねる。

 

「準備できたぞ! 巻き込まれんよう下がっとれい!」

 

 一発で聞き分けられるであろう特徴的なミリアムの声だった。

 鶴紗も梅も更に跳躍してアイホートから離れる。

 先程の狙撃と同じ方角から真っ白な光の奔流が伸びてきた。ビームコートと一瞬せめぎ合うが、容易く打ち破って巨体を触腕ごと覆い尽くす。

 振り返った鶴紗の目にも、光の中で飴細工の如く外殻をひしゃげさせるアイホートが映った。

 やや間を置いて、大爆発。

 装甲の欠片やら触腕の切れ端やらがパラパラと降り注ぐ。

 

「もう一体っ!」

 

 余韻に浸る暇もなく首を回して敵を探す鶴紗だが、不意の通信にその動きを止める。

 

「もう終わってるわよ」

 

 夢結の言葉通り、遠くに見えるアイホートの巨体は完全に沈黙していた。三本の内、二本の脚を切断されて。外殻の装甲の上半分を引き剝がされて。

 実行した本人の姿はそこには無かったが。

 

「本当だ。いつの間に……」

「ま、夢結だからな~」

 

 さも当然と言わんばかりの梅が歩み寄って来た。

 遠巻きにはまだファング種やディアマントの姿があるが、二つの大型ケイブには増援を繰り出す様子は見られない。

 大勢は決した。特型は現れなかった。

 

「皆さん、そろそろ時間ですわよ! 退避なさってくださいな!」

 

 楓の叫びがインカムから響く。

 時刻は07:25を回っていた。

 

 

 




ミリタリーものや集団戦を書ける人って、凄いと思った。


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