DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第9話 横須賀基地観艦式(前編)

 相模湾の東端に伸びる三浦半島。更にその半島の東の端に、横須賀の街がある。

 一柳隊は今回の外征に当たり、ガンシップではなく学院職員の運転する学院保有のマイクロバスを利用していた。目的地が前線ではない上に、陸路のインフラも整っていたからだ。ヒュージが各地に出没するこのご時世、車で安全に移動できる地域はそう多くない。

 

「メルクリウスが見えてきましたよ!」

 

 窓側の席、バスの車窓から外を見ていた二水が興奮気味にそう言った。彼女の隣、バスの通路側の席に座る鶴紗も釣られて横目を向ける。

 東京湾に面したそこには、天を貫かんばかりの塔を中心に据えた白塗りの建造物が構えていた。更にその内陸外縁には一つの街が広がっていた。

 聖メルクリウスインターナショナルスクール。

 百合ヶ丘女学院と並ぶ鎌倉府5大ガーデンの一角である。

 

「私たちが警備するのはここじゃなくて、この先の防衛軍の基地なんですよね?」

 

 鶴紗から通路を挟んだ反対側の席で、梨璃が確認するよう前席の夢結に尋ねた。

 

「ええ。海上防衛軍の横須賀基地はここから更に南東。このメルクリウスは廃棄された旧海上自衛隊基地の跡地を利用して建てられたの」

「そうなんですか!? でも、その割に凄く賑やかそうですね」

「そうね……二水さん、お願いします」

「はいっ!」

 

 夢結のその一言を合図にし、二水が背筋をピンと伸ばした。シートベルトが無ければそのまま立ち上がって直立不動になっていたに違いない。

 

「ここ聖メルクリウスインターナショナルスクールは設立直後、ヒュージに家を追われた避難民を周囲に集めて保護してきたんです。それが今では一つの街。さながら城下町といったところでしょう。更にメルクリウスは超大型ガンシップ『方舟』を用いて周辺地域は勿論、北陸や西国まで外征しているんです。そういうわけで、メルクリウスは横須賀市民を始め多くの人々から尊崇の念を持たれているのですぅ!」

 

 一息に言い切った。もはや職人芸である。

 鶴紗は素直に感心した。

 

「でも、メルクリウスなら楓さんの方が詳しいですよね? 何と言っても古巣なんですから」

「そうですわね……」

 

 二水に話を振られた楓が生返事を返す。

 考え事でもしているのか。らしくない、とほんの少しだけ気に掛ける鶴紗。

 そんな乗客たちの事情はお構いなしに、マイクロバスはメルクリウスの駐車場で行き足を止めた。

 応援要請に基づく外征なので、メルクリウスの司令部の下で動くという形を取っている。あくまでも()だが。そのため横須賀基地へ向かう前にこちらに寄るのは当然だった。

 

「梨璃さん」

 

 隊長として赴く梨璃に声を掛けたのは神琳だ。

 

「応援要請と言っても、そこまで人手が逼迫しているわけではありません。百合ヶ丘とメルクリウスは友好関係にあるので、観艦式という催し物を通した、言わばガーデン同士のお付き合いみたいなものなのです」

「えっ?」

「ですから、そこまで緊張する必要はないんですよ。いつも通りで参りましょう」

「あっ、はい! ありがとうございます!」

 

 その気遣いに梨璃が笑顔で感謝を示すと、夢結も無言でペコリと頭を下げた。

 そうして一柳隊は横須賀の守護者、メルクリウスへと足を踏み入れる。そこは百合ヶ丘ともまた違う、独特の世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸と同じように、海においても防衛軍の戦力は再編されていた。ヒュージとの戦闘で損耗した四つの護衛隊群を、二つの護衛艦隊として統合。それぞれの艦隊を佐世保と横須賀を母港に指定。前者は台湾や東南アジア方面との交易路を守るため、後者は首都圏の守りのため。

 残念ながら、日本列島の長い海岸線全てをカバーするのは不可能だった。

 

 ここ横須賀基地に駐留するのは第2護衛艦隊の主力。現在は観艦式に向けて、艦隊全力が集結していた。

 その艦隊旗艦の司令官室にて、五十代と思しき齢の将官が執務机の席で黙々と作業に勤しんでいる。タブレット端末を盛んに操作しつつ、机上に置かれた書類の決裁もこなす。また、机の端の方ではホログラフのディスプレイが艦外の光景を映し出していた。

 そんな彼の作業を中断させたのは、部屋の外からの呼び掛けとその来訪者であった。

 

「失礼します。司令、お迎えに参りました」

 

 挙手敬礼をする小太りで丸顔の佐官を前に、将官――第2護衛艦隊司令官は手を止めて視線を持ち上げる。

 

「ああ、艦長か。基地司令部での打ち合わせまで、まだ時間がある。そう急ぐこともないだろう」

「はっ、そのつもりであります」

 

 作業と言っても既にほとんど終わりかけていた。そのタイミングを見計らい、やって来たのだろう。

 このお国訛りの強い艦長が話好きであることは司令もよく知っていた。

 本来なら艦隊司令官には幕僚長なども付き従うのだが、上陸する場合、必要でない限りは別行動を取っている。ヒュージとの戦いが激化する中で、司令部機能の一挙喪失を防ぐための苦肉の策であった。安全圏と見なされた横須賀においても、それは徹底されている。

 

「観艦式もいよいよ明日。そのせいか、(おか)の上が何やら騒々しいですなあ」

「デモだよ。一つはいつもの環境保護団体で――」

 

 そう答えながら、司令はホログラフの映す映像をちらりと見やる。

 そこには横須賀基地の南門、すなわち基地の顔たる正門の外で、沿道沿いに並ぶ警官隊と対峙する集団の姿があった。

 

「もう一つは、憂国武士団だ」

「……リリィ脅威論者のなれの果てですか」

 

 その一団は三十人ほどの男たちで構成されており、中には武士の魂である日本刀――無論本物ではない――を腰に帯刀する者も居た。手に手にプラカードや横断幕を掲げ、口から泡を飛ばすかのようにシュプレヒコールを上げている。

 

 一昔前に提唱されたリリィ脅威論。リリィとそれを束ねるガーデンが国家転覆を図り、人間に取って代わるという思想。

 リリィが人々から英雄視される今では、そんな与太話を信じる者も少なくなった。

 当然だ。

 彼女らが普段から口にしているものは誰が作っているのか。彼女らが利用しているインフラは誰が整備しているのか。一機数千万円から数億円も掛かるチャームの補助金は誰が出しているのか。

 それを考えれば、ガーデンが国家に喧嘩を売るなど到底考えられない。例えるなら、油田を有しない国が石油の輸入先に戦争を吹っ掛けるようなものだろう。

 では何故このような思想が吹聴されたかというと、ガーデンや政府に対して政治的譲歩を要求するため。言わば条件闘争の手段として利用されたのだ。

 

 しかしながら、裏の事情などお構いなしに脅威論を掲げ続ける人間たちが居た。

 大衆の支持を得られなかった政治運動の向かう先は、先鋭化と過激化。そこに旧来から存在する復古主義などの思想が結び付き、キメラ的進化を遂げたのが憂国武士団とやらである。

 

「明日の観艦式当日にデモの許可が取れなかったから、今日やろうというわけですな」

「その通りだよ。彼らは犯罪者でも、ましてやテロリストなんかでもない。正規の法的手続きに則って行動を起こしている。それは国民の正当な権利だ。……主張の是非は別にして」

 

 ホログラフのディスプレイは映像だけでなく音声も受信している。

 そこには実際に参加している人数以上の勢いと熱意が感じられた。

 

『税金泥棒』『女尊男卑を許すな』『欧州の犬』『伝統を守れ』『箱入り』

 

 それは怒りの声だった。横須賀の防衛軍やメルクリウスのリリィ、ひいては日本政府に対する糾弾だった。

 ガーデンと市民の関係が良好な横須賀や鎌倉では考えられない。他の地域からわざわざ遠征に来たのだろう。頭が下がる行動力だ。

 なお『箱入り』というのは、反リリィ主義的な者たちが御題目の如く唱える罵倒であった。これはリリィに上流階級や富裕層の出身者が含まれていたり、あるいは上流たらんとする教育をガーデンが施していることへの揶揄である。

 要するに、世間知らずで常識知らずのポンコツお嬢様だと言いたいのだ。

 

 けれども、司令は首をひねる。

 

 前線にて命を賭け戦うリリィと、そんな彼女らに守られた場所で政争に明け暮れる大の大人。

 一体どちらの方が世間と現実が見えていないのか、と。

 

「我々が税金泥棒と呼ばれるのはまだともかくとして。リリィに対する過剰な攻撃性は、多額の公金が投入されるガーデン優遇政策への()()()()だろうね」

「ですが馬鹿にはできませんよ? 近頃彼らは極々一部の法律家と結託して、ガーデンが女子しか受け入れないのは法の下の平等に反すると、法廷闘争の構えを見せているとか」

「ふむ。確かにかつて、国公立の女子大がその合憲性を問われたことはあったが……。結局、白黒をはっきり付けられなかった。実際に訴え出る学生がほとんどいなかったからだ」

「我が国に憲法裁判所が無い以上、実際に訴訟が起きないと判断できませんからなあ」

「まあ公金入りとは言えガーデンは私立校ばかり。訴えられても負けはせんだろう。火を付けようとする側も、事を大きくして衆目を集めるのが狙いではないかな」

 

 現状、マギを扱えるのは大半が女性だが、スキラー数値の低さにさえ目を瞑れば男性も全く存在しないわけではない。

 そんな数少ない男性たちを、防衛省はアメとムチを巧みに使い分けて引き入れている。彼らはアンチヒュージウエポンと言うチャーム未満の武器を持たされ防衛軍部隊に配置されていた。

 防衛省による男性マギ保有者の勧誘に対し、ガーデンは一切干渉しない。そういった暗黙の了解がずっと守られてきた。この不文律をいたずらに乱すのは、両者の連携を阻害し安全保障にとって害悪しかもたらさない。

 それでもなお、気高い彼らは、ガーデンが女子だけで聖域を作り人々の称賛を集めるのが許せなかったのだ。男の誇りと面子にかけて。

 

「これは私が年寄りで、ジェネレーションギャップのせいで理解できないだけかもしれないが……」

 

 確かにリリィへ依存し過ぎている現状は好ましくない。彼とて防衛軍の人間なのだから。

 しかしだからといって、足を引っ張るような真似をしても何の益にもならないではないか。

 

「そもそも女子校のガーデンに女学生しか通えないのは当然なのでは?」

 

 この際、平等云々といった法思想的な話は抜きにして、司令は極めて素朴な疑問を提示した。

 

「全くですな。ガーデンに入りたがる男なんぞ、娘を持つ父親の身からすると不快極まりない話です。はっきり言って、気持ち悪いし気色が悪い」

「本当にはっきり言うね」

「誰だって、女湯に女装したおっさんが突入してきたら嫌でしょう」

「ぶっ」

 

 コップに付けかけていた司令の口が思わず吹き出した。

 

「コーヒーが零れるところだったぞ……」

「えらいすんません」

 

 謝罪しながらもワハハと豪快に笑う艦長を見て、司令は溜め息を吐き最後の書類仕事に取り掛かった。

 少々の無言。

 ややあって、手を動かしながら司令が再び口を開ける。

 

「娘さんといえば、艦長は広島の方からご家族でこっちに来たんだったね」

「ええ、そうです。幾ら陥落指定地域とは言え、向こうの呉基地は虚しい限りですよ。今や戦力と呼べるようなものは掃海隊と哨戒機ぐらいのもんです。往年の軍港都市が見る影もない」

 

 場の空気が重くなる。

 無理もない。こんな話を聞けば、海軍の軍人なら誰だってそうなるだろう。

 だからと言うべきか、艦長が努めて明るい表情を作る。

 

「ところでその娘なんですがね。メルクリウスの学祭で見かけたルルディスちゃんって()に憧れて、自分もあそこに入るなんて言い出しとるんです」

「ほう?」

「リリィが無理ならアーセナルでもって、簡単に言ってくれちゃって。困ったもんです」

 

 メルクリウスは生徒の大半を欧米出身者で占めているが、日本人が居ないわけではない。

 

「艦長は反対なのかね? 娘さんがガーデンに入ることに」

「それなんですがね……。このご時世、下手な所に行くよりも、メルクリウスみたいな強豪ガーデンでアーセナルやってた方がかえって安心できるかなと。そんな都合の良いことを考えてしまうんです」

 

 艦長は決まりが悪そうにそう答えた。

 アーセナルとはチャームの整備・開発に携わる技術者のこと。百合ヶ丘女学院のように前線での作戦参加を念頭に置くガーデンもあるが、それはどちらかというと例外。後方支援に徹するのが本来の姿だった。

 

「親が子を案じるのに、恥じ入ることは何もないさ。少なくとも、失ってから後悔するよりずっと良い」

 

 そこまで言うと、司令は机上の書類を纏めて端末も仕舞った。

 退室、そして上陸に向けての合図である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、面白いところだったなー」

 

 メルクリウスを後にして、再びバスに揺られる一柳隊。

 陽気な声で梅が称えているのは、メルクリウスの全レギオンを束ねている生徒会のこと。

 とりわけ生徒会長は一癖も二癖もある人物。同じ強化リリィとして鶴紗も名前と噂は知っていたが、実物は噂を越えていた。室内で日傘を広げたり、ミリアム以上に珍妙な口調だったり。そして何より、それらを打ち消して余りあるオーラがあった。

 ちなみに、二水はバスに戻ってきてからずっと鼻を押さえて蹲っている。命に関わるからだ。メルクリウスは彼女にとって、余りに刺激が強過ぎた。

 

「聞きしに勝る個性的なガーデンでしたね」

 

 にこにこ顔でそう言ったのは神琳だった。

 先程梨璃に優しい声を掛けたのも彼女で、その心配りは鶴紗も認めるところである。しかしそれでも思わず突っ込んでしまう。

 

「お前がそれを言うのか」

「あら、鶴紗さんはわたくしを何だとお思いで?」

「セクハラ魔人」

「それは心外ですね。ハラスメントなどわたくしが最も忌諱するものだというのに」

「どの口が言うんだ。私に謝れ、今すぐ謝れ」

 

 憮然とした調子でそう迫ると、神琳が眉を下げてわざとらしく泣き顔を作る。

 

「酷いわ、そんなこと。雨嘉さん、鶴紗さんが反抗期なんです」

「うん、そうだね……」

「雨嘉さん?」

「うん……」

「雨嘉さん、わたくしより携帯を触る方が大事なんですね」

「うん……?」

「わたくしは雨嘉さんを触る方が大事ですよ」

 

 途中で気付いた雨嘉だが、既に後の祭り。ばつが悪くなって隣の神琳から目を逸らすように窓の外へ顔を向けた。

 神琳はまた、にこにこ顔に戻っている。変わり身が早い。こうなると絶対ろくなことを考えていない。

 鶴紗は心の中で雨嘉に合掌する。

 

「あの~、何だかメルクリウスの人たちって、仲が良いと言うか、距離が近くなかったですか? 確かに外国の人ばかりでしたけど、そういうのとは多分違いますよね?」

 

 ふと、首を傾げた梨璃が疑問を口にした。

 確かにそうだ。メルクリウスのガーデン内を行き来する間、白の制服を纏ったリリィたちと何度かすれ違ったのだが、何と言うか、空気が違う。

 流石に面会相手の生徒会役員たちは別だが、それ以外の者は妙に距離が近かった。二人一組で手を繋ぐのは当たり前。腕を組んだり、肩を抱き寄せたり、長椅子に座って膝枕したり。

 あの梨璃をして、スキンシップの濃厚さに違和感を覚えるほどである。

 

「ご存じないのですかぁ!?」

 

 突然、裏返ったような声で叫ぶ二水。

 鼻血の出し過ぎでダウンしたはずだが、いつの間にか復活していた。

 

「いいですか、梨璃さん。メルクリウスには『ミンネの誓い』という独自の制度があります。これは騎士役のリリィが貴婦人役のリリィに奉仕するという形式のものなのですが。それはあくまで形式! 先程我々が目の当たりにしたように、実態は固い絆と愛で結ばれた二人がひたすら仲睦まじくするための制度なんです! 素晴らしいじゃありませんか! 我が百合ヶ丘のシュッツエンゲル制度も負けていられませんよぉ!」

「座席に鼻血を垂らすな」

 

 またもや興奮し始めた二水を、隣の鶴紗が抑えて強引に上を向かせる。

 横須賀外征が決まった途端、二水のテンションがおかしくなっていた元凶がこれだった。

 このミンネの誓い、ガーデン紹介のパンフレットに載るぐらいには有名な制度である。梨璃が知らなかったのは、受験の際に百合ヶ丘一本に絞ったせいだろう。

 

「ほら、そろそろ基地に着くわよ。切り替えなさい」

 

 引率の先生か何かのように夢結が窘める。

 窓の向こう、遠くに港が広がっていた。こちらは先に訪れたガーデンの港よりも、更に多くの船が錨を沈めている。

 大型タンカーに貨物船、今はほとんど病院船として活動している客船等々。そして勿論、観艦式の主役である防衛軍の護衛艦たちも。

 

「結梨ちゃん、今からあそこに行くからね。大きい船が一杯いるね、凄いねえ」

「おお~。あれで魚を捕りに行くの?」

「お魚も捕るかもしれないね」

 

 窓際にかじり付く結梨と、その隣から覗き込む梨璃。その絵面は姉妹か母娘か。

 

「梨璃、結梨。さっき言ったばかりでしょう」

「ごめんなさいっ、お姉様」

「梨璃、怒られた~」

「えへへ。怒られちゃったねえ」

「まったく、貴方たちは……」

 

 そうしている間にも、一行を乗せたバスは海岸沿いの大通りを進む。基地が近付くにつれ、沿道に待機する警察車両や警察官の姿が増えてくる。

 やがて分厚いコンクリート壁に囲まれた横須賀基地の西門に辿り着いた。そこで検問を受けてから、ようやく敷地に入ることができる。

 

「えっと、今日は基地司令部で打ち合わせをして、その後に警備箇所の下見。観艦式と基地祭は明日の朝からでしたね」

「ええ。私たちの担当箇所は基地東側の一号埠頭よ。間違えないようにね」

 

 隊長と副隊長による確認作業。

 そこへ、これまで不自然なほど静かだった人物が口を開く。

 

「梨璃さん、夢結様。司令部にはわたくしも同行して構いませんか?」

「楓さん? はい、大丈夫だと思いますよ」

「代表者の人数は特に指定されていません。隊長・副隊長と司令塔の三人ぐらいなら問題はないでしょう」

「お二人とも、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上防衛軍横須賀基地。

 観艦式警備の打ち合わせと言っても、詳細は既に詰められている。この日ここで集まったのはむしろ、確認と顔合わせの意味合いが強い。

 防衛軍に警察、府や市や政府の担当者。そして警備に参加する各レギオンからの代表者たち。

 そんな打ち合わせの終了後に一柳隊は基地内のラウンジで合流したのだが、思いがけず防衛軍の人間から声を掛けられる。

 

「やはり、楓さんか」

 

 海軍の幹部服、黒色の第一種冬季服に身を包んだ年配の将官が立ち尽くしている。どこか遠いものを見るような目で。

 

「ご無沙汰しておりますわ、アドミラル・クサカ。大使館での祝賀会以来でしょうか」

 

 将官と相対して恭しい所作で挨拶を交わす楓。

 鶴紗も他の一柳隊の面々も、目の前の光景を黙して見守っていた。何せ突然のことだったから。

 

「実戦で活躍していると、聞いてはいたが。よもや本当に第一線に立っていたとは……」

「わたくしがリリィになったのはチャームの試験運用のためでも会社の広告のためでもありませんわ。それなのに父がわたくしにチャームを持たせ続けていることが、解せませんか?」

 

 下手をすれば挑発的とも取れる楓の問いに、将官は目を細めるだけで肯定も否定もしなかった。軍の将校という立場が回答を躊躇させたのか。

 一方で楓は答えが返ってこなくとも、気に掛けた様子もなく話を続ける。

 

「父とて最初は反対していましたが、きちんと話し合って結局は認めて頂きました。ですから今、わたくしはリリィとしてこの場に立っているのです」

「認めた……認めたのか。ご息女が命を賭そうというのを」

 

 苦汁を飲み込んだかのような、微妙な声色と表情。それは彼の心情を如実に表していた。

 楓のようなケースは珍しくも何ともない。だが身近で、己の見知った者がそんな境遇にあるのだとしたら、果たして変わらず心穏やかでいられるかどうか。

 

「仰りたいことはよく理解しているつもりですわ。ですが結局は誰かが果たさなければならない。その上で、わたくしたちは己にできることを成そうとしているのです」

「できるからと言って、必ずしもその()()に貴方がなる必要はない。それでもかね?」

「少しでも見込みある者、持てる者が立ち上がるべきなのです。わたくしにはその自負があり、レギオンの(みな)もそうであると信じていますから」

 

 確信をもって示された楓の言葉は残酷なまでに正論だった。現実として、人はそうしてヒュージに対抗してきた。

 これに真っ向から反論できるのは、反論する資格があるのは、楓と同じリリィぐらいのものだろう。

 故に将官は沈黙する。

 やがて一柳隊に向け頭を下げると、部下と共に基地のラウンジから去っていく。

 軍服の後ろ姿が見えなくなって、最初に声を発したのは鶴紗だった。

 

「楓って本当にお嬢様なんだな」

「第一声がそれですの?」

 

 鶴紗と楓のそんなやり取りで緊張が解けたのか、続いて梨璃が声を掛ける。

 

「楓さん、防衛軍の人とお知り合いなんですか?」

「ええ、まあ。正確にはわたくしのお父様の、ですが」

 

 海軍の高級将校であれば、多少なりとも社交界に関わりがあってもおかしくはない。楓の父はチャームメーカー、グランギニョル社の総帥であると同時に、由緒正しいフランス貴族でもあった。

 

「先程の方は海上防衛軍第2護衛艦隊司令官、草鹿中将ですね。海自時代から水上勤務をこなされている歴戦の艦隊指揮官です」

 

 タブレット端末を参照しながら二水がそう言った。

 防衛軍の前身である自衛隊の頃から戦闘に携わり、生き残って将官に上り詰めた。それだけでも一角の人物と言える。

 

「皆さん、私的な感傷に巻き込んでしまい申し訳ありませんわ」

 

 楓が神妙な態度で謝罪する。

 けれどもそんな彼女を制止するように夢結が口を挟む。

 

「私たちの、リリィとしての在り方をはっきりさせるのは大切なことでしょう。半端な理解ではお互いに()()()となってしまう。ですからただの感傷とは思いません」

 

 そうフォローされてむず痒くなったのだろう。楓は不自然に視線を彷徨わせた後に相槌を打つ。

 こういうところは、さしものグランギニョル社御令嬢でも、普段と違って下級生らしかった。

 

 

 

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