男性減少世界に転生したから名作少年・青年漫画を同人誌で復元する 作:ふるふる
分からなかったんでそのまま行きます。怒られたら○で伏せます。すみましぇん
「ごめんね……ケイちゃんのこと、どうしても男の人だと思えないの」
気の毒そうに顔を歪めた幼馴染みの返答に、野原 恵の視界が暗くなる。予想していた答えだったのに、心がギリギリと締め付けられた。
「そっ、か。だよね。うん、だよねぇ……」
恵は、男にしては甲高い声を精一杯低くしながら項垂れた。この瞬間にも、いつもの癖で声域を気にしてしまうのが、ひどく惨めだ。
「ごめんね、私……」
「あ、いや、いいんだっ! 僕こそ、その……ごめんっ」追撃をもらいそうな気配に、彼女の言葉を慌てて遮る。「さっきのは忘れて! あー、その、僕、ちょっと忘れ物しちゃったから先に帰ってて! じゃあ!」
恵は気不味い瞬間から逃げ出した。背後に掛かる声も聞こえないフリだ。二人で向かっていた帰り道を外れて、繁華街へと逆戻りする。
(いいよいいよ! フラれるのは慣れてるんだ!)
恵は惚れっぽい。惚れた数だけ、告白している。そして、いつもフラれる。
今日は高校の卒業パーティーと称して、クラス全員で集まっていたところだった。彼女が県外の大学へ進学するというので焦った恵は、二人っきりの帰り道がチャンスだと、半ばやけっぱちで告白したのだった。
結果は見事玉砕だ。
(でも、でもさあ!)
幼馴染みの彼女だけは、誰とも違う返事をくれるはず、と信じていたのだが。
(もうその答えは聞き飽きたんだよっ!)
もちろんイエスであれば最高だったが、ノーであっても、違ったパターンであってくれ、と願っていたのだ。性格が、中身が、と彼女が言ってくれたなら、恵はここまで傷付かなかった。気持ちよく諦めがついた。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……」
荒い息をつきながら足を止めれば、先程までクラスメイト達とはしゃいでいたカラオケ店の前へと、帰って来ていた。負け犬の帰巣本能だろうか。
磨かれた自動ドアに、走り疲れた恵の全身が映る。
身長は、彼女より低い160センチ。どんなに鍛えても筋肉がつかない身体は華奢で、透けるように色白だ。うるんだ目はぱっちりと大きく、鼻はこじんまりと愛らしい。噛みしめた唇はルージュを塗ったようにバラ色で、走って血色が良くなったゆで卵のような肌には、ヒゲの一本も見当たらない。
そこらの女の子より美少女、と散々言われ尽くした容姿だった。
「……どうせ僕なんて」
呟いたセリフすら女々しくて、恵は自動ドアに映り込んだ自分をキッと睨んだ。迫力のはの字も感じられない顔が見返してくる。
(『男と思えない』だなんて言われるのも納得だよっ! こんな女みたいなヤツ!)
自分で自分を貶しながら、恵は男にしては小さなこぶしをプルプル震わせた。脳裏に、これまで告白した女の子達からの返答が反響する。
『女の子同士のノリだったの、勘違いさせてごめんね』
『ごめんだけど、全然、恋愛感情が湧かない。ホントごめん』
『あはっ、マジ無理〜頼りなさ過ぎ〜』
『彼氏っていうか、彼女?』
(もう嫌だ! 嫌だ嫌だ!)
最初は可愛い可愛いと持て囃してくる女達だったが、切る時は中々に容赦なかった。『女ならまだしも、自分より可愛い男の横には居たくない』と吐き捨て気味に言われた事だってある。
『お前ちんこ付いてんのか?』
『めぐちゃん可愛いでちゅね〜』
『うっそマジで男かよ。詐欺だろ。キモ』
『ヤバ過ぎて笑えねー』
同性は輪をかけてひどかった。馬鹿にする者がほとんどだ。股間を掴んで確かめられる事だってよくあった。
子供の頃はチヤホヤされるのが素直に嬉しかった顔だが、思春期を迎えてからは、世界が一変してしまった。嫌な思いをする事ばかりだ。
家族や、数少ない友人からは『ブサイクより良いじゃないか』と慰められるが、もはやフラれた回数が10に届こうとしている今、心はバキバキに折れている。並外れた容姿だろうが、恵にとっては障害以外の何物でもないのだ。
(整形だ! もう、整形するしかない……っ!)
恵が悲壮な決意を固めた瞬間、睨みつけていたカラオケ店の自動ドアがガーッと開いて、3人の客が出てくる。
「ねーどうしたの? ムカついてんの?」
「君、高校生? めっちゃ可愛いね」
「そんな顔してないで、俺らとどっか行かない? カラオケに戻ってもいいよ」
20歳前半の男達の気安い言葉が、恵の傷心に追い討ちを掛けた。
(ぼっ、僕は……っ)
「──僕は男だあっ!」
男にしては甲高い大声が、商店街のアーケードに響いた。普段はスルーする恵なのだが、今日この時ばかりは堪えきれなかった。
「え、何それウケる」
「ははっ、断るにしてもそれはムリがあるでしょ〜」
「僕っ子なんだ、カワイイね」
男達は、冗談としか思っていない様子でケラケラと楽しそうに笑った。カウンターの店員は、怪訝そうな表情をしている。通りすがりのサラリーマンの残念そうな顔が、自動ドアに反射した。映り込んだスタイル抜群のOLがハ? と眉を顰めているのが見える。
恵は失望感に目眩がした。
(……帰ろう。帰って漫画読もう)
待ってよ〜、と追い縋る声と、白い目から逃げる。恵はさっき逃亡してきた道を、とぼとぼと戻った。華奢な背中に哀愁が漂っている。
(【ドラゴンボール】……いや、今は【北斗の拳】の気分だ……)
大好きな漫画の主人公に成りきって、ムキムキの肉体でザコキャラをあたたたたたたたたた‼︎ ほぉわたぁ‼︎ している自分を想像して、恵はふへへ、と暗い顔で笑った。現実逃避はどんな時でも楽しい。人波に乗って、アーケード内の短い交差点を渡る。俯きながら白線を踏んだ時、「あっ!」という誰かの声がした。
恵の反応は遅かった。
のろのろと顔を上げた時には、猛スピードの車がぶち当たって来る直前だった。
▼
「うわ──っ!!」
野原 進之介は、絶叫を挙げてベッドから飛び起きた。ドッドッド! と早鐘を打つ胸元を押さえて、浅い呼吸を繰り返す。
(ゆめ……夢、だよね?)
全身が冷や汗でベトベトだ。震える手で、ベッドサイドの明かりを探る。
(僕は……野原 恵じゃない。野原 進之介だ)
進之介は、パッと明るくなった周囲をぐるりと見回した。夢の中の、六畳間とは違う自室だ。高級ホテルのスイートルームに勝るとも劣らない室内は、12年間見慣れた進之介の自室である。
(でも、夢にしては長かった……18年間分の記憶がハッキリと僕の中にある……。まるで胡蝶の夢だ。それとも、前世の記憶?)
進之介は、覚束ない足取りで贅沢な広さのベッドを降りた。磨かれた鏡に向かい、自分の姿を確認する。
12歳の少年にしては、大きな身体は、半年前に170センチを超えた。短い胴体と、ひょろりと長い手足に、小さな顔が付いている。東洋人離れした体格だ。彫りの深さと、青い瞳に、異国の血が濃く出ている。進之介の亡き祖父は、北欧の生まれだった。
「僕、めっちゃカッコいいじゃんか……」
ナルシストの呟きと同時に、シンプルな掛け時計が深夜0時を指した。今後も伸び続けるだろう身長と、濃い顔立ちは、進之介のコンプレックスだったのだが。
(うわぁ……18年分の恵の記憶を消化した今は、もの凄い男前に見える……。これはハンサムになる顔だあ)
喉から手が出るほど、恵が憧れていた男らしい容姿だ。声変わりを終えた低音も、男そのもの。大人になったらもっと逞しくなるだろう。うっとりするしかない未来予想だ。
──コンコンッ。
何度も角度を変えて全身を確かめる自己愛過多の少年を、控えめなノック音が咎めた。
「ねえ、シンちゃん。起きてるの?」
母の声に、ひょえっ、と情けない悲鳴を漏らしてから、進之介は何度も深呼吸した。
(大丈夫、大丈夫。僕は進之介だ。野原 進之介……って【クレヨンしんちゃん】とモロ被りじゃん!)
セルフ突っ込みで心を落ち着けてから、フカフカのカーペットの上を裸足で歩いて、立派なドアへと向かう。
「……お、起きてる、よ」
隙間からおずおずと顔を覗かせて、142センチの母──野薔薇を見下ろす。目をパチクリさせた野薔薇は「あらあらぁ」と小首を傾げて、嬉しそうに伸び盛りの息子を見上げた。30台後半とはとても思えない生母の愛らしさに、進之介は今までにない種類の照れを感じた。
恵フィルターを通して見る世界は、全てが新鮮だ。
「お顔を見せてくれるなんて、ママ、とっても嬉しいわ」
あんまりにも嬉しそうに笑うので、進之介は申し訳なさに青い目を伏せながら、ドアをゆっくり開き切った。自室から廊下へ、慎重に一歩踏み出す。
「うん……久しぶり、母さん」
(何で今まで、この人をババアなんて呼んでたんだよっ! あり得ないだろ僕っ!)
昨日までの自分を恥じながら視線を戻すと、感激に震える野薔薇がいる。進之介は弱々しく微笑んでみせた。
引きこもって一年半が経つ。こうして、きちんと顔を合わせたのは、ほぼ3ヶ月振りだ。
野薔薇は口元に両手を当てて細い肩を震わせている。小柄な身長と、うるうるの瞳が相まって、小動物感が凄い。
「マ、ママね、シンちゃんのお部屋から大きな声がしたから、だから心配で……」
「うん、起こしちゃってごめんね。ちょっと変な夢を見ただけ。ぼ──俺は、大丈夫」
進之介はカッコいいであろう表情をキリッと作ってから、『俺』という一人称を解禁した。恵の時には散々似合わないと貶されていた、憧れの一人称である。
(僕は、『俺』の似合う男になるんだ)
進之介は今、生まれ変わった心地だった。二度目の人生を与えられたのだと思った。
恵の母とは違う、ちみっ子な野薔薇を見て、確信する。野原 恵は祖母似だった。恵の母は……豹柄が似合う、恰幅のいい女傑だったのだ。
(こんな可愛い母さんに心労掛けるのは、もうやめだ!)
強い決意とは裏腹に、進之介はモゴモゴと口を動かした。気恥ずかしさが隠せない半端な態度だが、目線だけは誠実に合わせている。
「その、さ。今までも、その、心配掛けてごめん」頭をかくと、引きこもってから伸びっぱなしの黒髪に意識がいった。「……ほんと、長い間心配掛けた。ごめんなさい。いきなりなんだけど、これからは、もう大丈夫だから。俺、ちゃんとするよ。部屋から出て、ちゃんと中学校にも行く」
頭を下げて、上げる。野薔薇はポロポロ涙をこぼして否定した。
「ううん……ううんっ! シンちゃんはなんにも悪くなぃよゔっ、シンぢゃんを守れなかった、ママが悪いの……っ!」
顔を覆って泣き崩れた野薔薇の背中をそっと撫でながら、進之介も申し訳なさに泣きたくなった。
「違うよ、母さんは全然悪くない。あんなに言われてたのに、一人で出歩いた俺が悪かったんだ。それにあの女の人も。だから母さんは謝らなくていいんだ。ね?」
「……っ! ゔあぁんっ、シンぢゃぁんっ!」
「うん、うん。ごめんね母さん、泣かないで……」
上品なシェードランプが照らす長い廊下に、母と息子の謝罪が響く。
一年半前。
まだ小学生だった進之介は、母とボディーガードの目を欺いて、一人で勝手に街に出た。男の一人歩きは厳禁だと、口を酸っぱくして教育されていたのに、だ。そこで案の定、痴女に襲われてから、この引きこもりは始まってしまった。
完全に身から出たサビである。
しかも襲われたと言っても、物陰でおっぱいを押し付けられて、荒い息で身体中を撫で回されただけ。シンちゃんのしんちゃんは無事だった。
純粋な男子小学生だと、トラウマものの恐怖体験だったが、恵フィルターを通した今なら、ちょっと勿体なかったとすら思う程度のハプニングに思えてならない。
(あの痴女の人って、結構な美人だったよなぁ……)
嘆く母の小さな背を撫でながら、息子が薄情な考えを浮かべた時、音もなく父親の寝室のドアが開いた。
「……うるさい」
190センチの巨体を、半分だけ廊下に乗り出して、父が言う。進之介より彫りの深い顔は、とても迷惑そうだ。
「あっ、ごっ、ごめんなひゃいっ勇之助さんっ」
慌てて鼻水をズビッズビッ、とすすりながら野薔薇が謝った。父──勇之助は、小さな手で涙をぬぐう妻に、ムッと眉をしかめた。妻を泣かした息子の事も、ムムッと睨む。
「……野薔薇を泣かすな」
一言で、巨体は引っ込んだ。バタンッと父の部屋の扉が閉まる。
(……それだけ?)
怒鳴られるか殴られるか、と構えた進之介は拍子抜けだ。
(いや、そうだ。そうだった。これが僕の……俺の日常だった)
こちらの日常は、恵の世界とは違う価値観で動いているのだった。18年分の恵の記憶と、12歳の進之介の認識が、どうにも、ちぐはぐだった。
「勇之助さん……っ」
野薔薇は、可愛いしゃっくりを繰り返しながら、ぽうっ、と頬を染めて、薄情な夫の部屋のドアを見つめている。心優しき王子様に声を掛けられた町娘の雰囲気を醸している。
進之介はドッと疲れを感じた。
「……母さんも、もう寝たほうがいい」
「えっ、でも、シンちゃん……きゃっ」
「俺は大丈夫だから」
色々と面倒になった進之介は、心配げな母親をヒョイッとお姫様抱っこした。野薔薇の体重は30キロ台だ。恵だと必死の動作でも、進之介なら軽々と行える。
「えっ、でもでもっ」と慌てる母を「朝ごはんの時にちゃんと出てくるから、またその時に話そう。起こしてごめんね。おやすみ」と問答無用で父の隣室にポイッと押し込んでしまう。野原夫婦は当たり前に別室なのだ。
「はぁー……」
自室のドアの鍵を閉めてから、進之介はドアにズルズルともたれ掛かった。
(恵フィルターが厄介だなぁ……)
18年を過ごした恵の世界は、男性と女性が、同数だった。男性だけが減少しているこの世界とは、価値観が違う。進之介は、体育座りで混乱した頭を抱えた。
(でも……!)
キリッとした顔で天井を見上げる。華やかな照明が碧眼に染みて、進之介は身悶えるように両腕で顔を挟み込んだ。タコのように絡みついた腕の動きと一緒に、12歳のクォーターの身体がウネウネとうねる。
「……ハーレム展開、キタコレぇ!」
えへへへ、と腕の隙間から笑う様子は、まさに女好き。恵の価値観が、進之介の認識をあっさりと塗りつぶした瞬間だった。