最強ノ一振り   作:AG_argentum

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ー追記ー

いくつかの点を変更しました。

白神 紫音様、龍流様、minotauros様、誤字脱字報告ありがとうございます。


“最強”の片鱗

「あれ? 小南もう上がるの?」

 

「さっきも言ったでしょ。ああなったら長いって」

 

 訓練室からオペレータールームに帰ってきた小南に宇佐美はドリンクを手渡し、小南はそれをちびちびと飲みながら訓練室の様子が映し出されたモニターを見て呟く。

 そこにはモールモッドの刃を歯を食いしばり必死の形相で避け続ける来栖が映しだされていた。

 

「凄いね、来栖さん。まだ二回目なのにモールモッドの攻撃を避けはじめてるよ」

 

「……」

 

「ねえ、こなみ」

 

「何?」

 

 避け続け、一向に攻撃の素振りを見せない来栖を食い入る様に見る小南に宇佐美は話しかけた。

 

「こなみから見て今の来栖さんってどんな感じ?」

 

「弱くなったに決まってるじゃない。モールモッド相手に20秒。それも損傷までしてる。無謀に突っ込むところなんてまるで入隊当初の来栖さんを見てるみたい」

 

「入隊したての来栖さん、か。ねぇ、その時の来栖さんってどんな人だった?」

 

「目を離せない人、ね。目を離せば、壊れちゃうんじゃないかって思うくらい無茶してた」

 

「そっか」

 

 小南の冴えない顔を見て宇佐美はそこから先を聞くのをやめた。どんな無茶をしていたのかは噂程度に聞いたことがある。宇佐美が入隊した時期には噂の鳴りは潜めていたらしいがそれにしても来栖が壊れてしまわなかったのが不思議と思える様なものだらけだった。

 

 二人の間に一時の静寂が訪れる。オペレータールームにはモニターから時おり漏れ出る来栖の苛立った声だけがやけに聞こえた。

 

 避けて、避けて、避け続ける。その来栖の危なっかしさに宇佐美はハラハラし、小南は対照的に厳しい目をしていた。

 

 避けて、避けて、避け続ける。宇佐美はそこでチラリと目線をモニター右上部に移す。映し出された表示にえっ、と小さな驚きそのままに口が開いた。

 

「長くない?」

 

 宇佐美が指摘したのは来栖とモールモッドとの戦闘時間についてだった。

 モニターの右端に映されている現在の戦闘継続のタイムでは80秒が経過しようとしている。これは攻撃手(アタッカー)による戦闘としては異例のタイムだ。

 

 依然として来栖の弧月の切っ先は下を向いており、モールモッドの猛攻を弧月で受けず、戦闘体に秘められた身体能力のみで器用に避け続けていた。しかしその顔には先ほどのような必死さは浮かんでおらず、危なっかしさもほぼ無くなり、モールモッドをじっくり観察しているようにも見えた。

 

「ひょっとして、もう慣れたの?」

 

 モールモッドと呼ばれるトリオン兵は現在ボーダーが確認しているトリオン兵の中でも近接戦闘に特化させられた戦闘用トリオン兵に分類される。

 俊敏な機動性と超硬質なブレードが武器であり、訓練生はおろかB級に上がりたての隊員でも一対一では苦戦することがある強力なトリオン兵だ。

 

 それの攻撃をたったの二回の戦闘で見切り始めている。あり得ない、と思いながらも宇佐美はその可能性を口にした。

 

「来栖さんはサイドエフェクトに加えて眼も良かったのよ」

 

 その圧倒的回避力の訳を知る小南が答えを口にする。

 

「サイドエフェクト。確か”集中力強化”だよね。さっき支部長(ボス)に見せてもらった資料に書いてあったけど眼もいいってどういう事?」

 

 宇佐美の疑問はもっともだった。トリオンで構成された戦闘体。これには身体能力の底上げのみならず痛覚の遮断、体内通信などの能力が備わっている。

 その一つとしてあるのが視力の回復。例え生身の時にどれほど視力が悪かったとしても戦闘体への換装を行えば眼鏡などの補助が無くとも遠くまで見る事が可能となる。

 よって一般的な”眼がいい“。つまり視力が良い、は戦闘体には関係の無い話である。

 

「うさみ、一回目の来栖さんの戦い。どう思った?」

 

「えっと、始めのスタートは良かったと思うけどその後かな。モールモッドのことを知らなかったのもあると思うけど前脚を振り上げた時に回避じゃなくて攻撃すべきだったと思うよ」

 

 

 唐突の小南の質問に戸惑いながらも宇佐美はサラっと答えて見せた。

 宇佐美栞は戦闘員ではない。しかし本部時代、風間隊のオペレーターとして培った闘いを観る目は一度目の来栖の戦闘での問題点を正確に言い当てた。

 

「あたしも同意見。あそこは回避じゃなくて攻撃するのが正解。でもあたしが言いたいのはそこじゃなくてあんたも言ったスタートの方。もしあたしが弧月を持ってたらヒビキと同じ距離か更に少し前で止まってた」

 

 小南はそこで言葉を切り、目を閉じてあの時を反芻する。スタートの合図から直線的なダッシュ。そこからのブレーキ。そして停止。自らの身に置き換えてもなお小南の中で結論は変わらなかった。

 

「あの距離なら後退も回避も攻撃も、全部ができる絶妙な距離」

 

「ひょっとして眼がいいっていうのは」

 

 そう、と小南は一つ前置いてから宇佐美の言葉に続ける。

 

「来栖さんは空間認識能力の中で特に距離感の把握力が異常に高いの。それこそ1センチ間隔で距離を測れるくらい」

 

「1センチ⁉︎」

 

 小南の言葉に宇佐美は目を見開いてしまう。

 

「今だってそう。ヒビキはきっとモールモッドが僅かに斬ることの出来ない距離で避け続けてる。さっきとは逆ね」

 

 一度目の戦闘が敵に攻撃を与える事、弧月の間合いを主軸に考えているのなら今はその逆。来栖はこの戦闘ではモールモッドが斬れそうで斬れない、回避を主軸に置いた距離で戦っていた。

 

「多分そろそろ。ヒビキがモールモッドを見切るわ」

 

 その言葉とほぼ同時に、モニターではモールモッドの振りかざした刃を擦り抜けるように前進する来栖が映し出される。

 

 サイドステップ、ターン、バックステップ、スウェー。既にモールモッドの攻撃範囲に入っている筈であろう距離で来栖は一太刀も受ける事なく更に距離を詰め、そして一度目と同じように三つ目の前で停止。

 

 弧月を持った左手を弓を射るように腕を引き、全霊を込めるように放った刺突はモールモッドの核である目を確かに穿った。

 突き刺した弧月を引き抜き、ホッと一息ついた来栖が天に向かって問いかける。

 

 {宇佐美さん、今のどれくらいかかりました? }

 

「136秒だけど……」

 

 {二分超えたか。すいません。次、お願いします}

 

「少し休憩した方がイイんじゃない?」

 

 {いえ、今やらないとこの躰(戦闘体)の感覚を忘れそうなんで。お願いします}

 

「オッケー、ちょっと待ってね」

 

 キーボードのエンターキーを押せば新しいモールモッドは出現する。

 しかしあえて宇佐美はすぐにそうせず、来栖の戦闘体の状態を確認した。モニターに映し出された損傷率のステータスは0%(無傷)

 

 戦闘体での戦闘初日にここまでやれる人間がいるのか。それも一切防御らしい防御を行わず、回避のみでここまで。

 宇佐美はその異様さに戦慄を覚えた。

 

 あまり待たせるのも良くないと思って宇佐美はエンターキーを押す。

 訓練室で形骸化したモールモッドはキレイさっぱりいなくなり、また新しいモールモッドが出現した。

 

 {訓練、開始}

 

 訓練室から機械音声による合図がなされると来栖はモールモッドに向かって駆け出す。

 

 それを見届け、訓練室へのマイクをOFFにしてから宇佐美は小南に質問した。

 

「でも記憶喪失の来栖さんがどうしてその()事だけを憶えてるのかな」

 

「うさみ、あんた勘違いしてるわよ。来栖さんがボーダーに入ってから身に付けたのは剣の技術だけ。あの眼は入隊前から持ってたのよ」

 

「なんでそんな能力身につけてたの?」

 

「さあ? これがあると便利だったんだ、って言ってたわ」

 

「そうなんだ。でも何にせよ」

 

 宇佐美はそこで言葉を切り、モニターを見やる。

 

 {うっし!}

 

 {戦闘終了。記録、46秒}

 

「元からが規格外って事だよね。来栖さんは」

 

 控えめのガッツポーズを掲げる無傷の来栖に呆れながら宇佐美は呟いた。

 

 

 =======

 

「あー、疲れた!」

 

 訓練開始から一時間。来栖は溶けるようにオペレータールームに置かれている長椅子にうつ伏せた。

 

「お疲れ様、来栖さん。どうだった、初めての戦闘は?」

 

「まだまだですね。結局一番タイム良かったのははじめの20秒のやつですし」

 

「何言ってんのよ」

 

「あれ、小南先輩。上がったんじゃなかったんですか?」

 

 顔のそばに置かれたよく冷えたペットボトルが一足先に上がったはずの小南から来栖に手渡される。

 

「暇だったから見てたわよ。それとあたしからすれば一番最悪なのが一回目の戦闘よ」

 

 そうなのか? と来栖は貰った飲み物で喉を潤しながら首を傾げる。

「何でですか?」

 

「確かに倒す時間は短い方がいいけれどそれでも傷を負わない方がもっと重要。いくら緊急脱出(ベイルアウト)機能があるからってたかだかモールモッド一体撃破ってだけじゃ釣りに合わないわ」

 

緊急脱出(ベイルアウト)?」

 

 来栖はなるほど、と納得しながらもまた書き慣れない単語の出現に再度首を傾げる。

 

「あー、後でうさみに説明してもらって」

 

「ちょっとそこでアタシに任せるのは卑怯じゃないかなー」

 

「あの、それの説明は今度聞かせて貰うとしてなんですけど。小南先輩」

 

 二人が戯れている間にうつ伏せから姿勢を正した来栖は手をあげながら話を切り出す。

 

「何よ、ヒビキ」

 

「俺に今度でいいんで剣の事教えて下さい。今のままだと多分30秒切れそうに無いんで」

 

 お願いします、と頭を下げて来栖は小南に頼み込んだ。

 

「イヤよ」

 

「えっ何で⁉︎ そこは快諾する流れでは!」

 

 ガーン、と効果音が浮かび上がりそうなほど残念そうな顔をする来栖に小南はたじろがせながらもその続きを口にした。

 

「勘違いしないで。別に特訓には付き合ってあげるわよ。ただ、あたしは感覚派だから教えるのは無理だし何よりあんたにはもっと適任がいるわ」

 

「適任? ひょっとして俺の元部下って人ですか?」

 

 玉狛に来る際、林藤によって伝えられていた存在を来栖は口にする。

 

「そっか、とりまるくんは元々来栖さんの弟子だったね」

 

「そっ。今はだいぶとりまる風にアレンジしてるけど、元々の型は来栖さんの剣にそっくりだったから多分大丈夫だし、それにあいつは人に教えるの上手でしょ。きっとあたしより向いてるわ」

 

「確かに! 木虎ちゃんもとりまるくんの弟子だもんね」

 

「元部下で更に元弟子、ですか」

 

「何よ、言っとくけどとりまるは結構まあまあ強いわよ」

 

「結構まあまあ?」

 

「気にしないで、来栖さん。こなみは負けず嫌いなだけだから」

 

「って、俺が心配してるのはそこじゃ無いんですよ。大体支部長(ボス)から玉狛は本部に負けない位強い人しかいないって聞いてますし、強さに関しては疑問視してません」

 

「なっ、何よ。急に褒めたって何も出ないわよ!」

 

 クルクルと髪先を指で遊ばせ始める小南を見て来栖は初めてこの人チョロいのか? なんて思いもしたが、そんなことは捨て置いてその続きを口にした。

 

「俺が思ったのは、その。今の俺に幻滅しないかなって思ったんですよ。その、元部下の人が」

 

 記憶喪失で、弱くなった自分。それを果たして見知らぬ彼は受け入れてくれるだろうか。その不安を表すように来栖の声は萎れていくよう徐々に弱々しくなっていく。

 

 その不安をある程度予想していたのだろう。小南の返答はあっかからんとしていた。

 

「別に問題ないわよ、きっと。でも、泣かれる事ぐらいは覚悟しときなさい」

 

「えー、とりまるくんだよ。泣いたりするかな?」

 

「泣くわよ、きっと。ずっと待ってたんだから」

 

 絶対にね、と念を押す小南は自信に溢れていた。その様子に来栖は目を伏せながら呟く。

 

「そっか。泣かれますか」

 

 それならそれは嬉しいものだ。過去の自分とはいえ、それほどまでに思ってくれる人物がいるというのは有り難いものである。

 

「一応、その人の名前教えて貰っても良いですか?」

 

「烏丸京介よ。確か来栖さんは京介って呼んでたわ」

 

「京介。・・・。烏丸、京介。それが俺の部下の一人」

 

 小南から教えられた、元部下の名前を来栖は呟く。

 思い出は一切思い出せない。名前を呟いたが顔は一切出てこない。何かがフラッシュバックするわけではない。

 それでも。か細い感覚。デジャブにも似た違和感。これを実感していると言っていいのかわからなかったが。

 

「その名前を呼ぶのは、なんだか懐かしい気がしますね」

 

 懐かしさと温かみが胸の奥から湧くような感覚に浸った気がした。

 

「ならさっさと上がって焼肉の用意するわよ。きっと始まるくらいにはとりまるもこっちに来てるだろうし」

 

「あー、焼肉かぁ。レイジさん鶏肉多めに買ってくれてるかな」

 

 小南が夕食の話題を出すと、来栖の腹から空腹の合図が鳴らされる。

 

「来栖さん、鶏肉好きなんですか?」

 

「肉類は基本好きですよ。鶏はまあ、筋肉付けやすいから特に好きって理由なんですけど」

 

「ヒビキ。あんた、レイジさんと話合いそうね」

 

「あの筋肉は凄いですよね。今後いろいろ教えて貰いたいです」

 

「筋肉ムキムキな来栖さんは、ふふっ。ちょっと想像できないかな」

 

「流石に俺もあそこまで鍛えるつもりは有りませんよ」

 

 笑いながら三人は部屋を後にした。

 

 

 

 




今回の話で(と言いつつだいぶ前から仄めかしてましたが)とりまるが元来栖隊のメンバーだと明言化させて頂きましたが、原作改変の一つとしてボーダー入隊当時のとりまるは攻撃手ではなく銃手でのスタートという扱いで行かせてもらいます。

一応、とりまるが入隊当初攻撃手か銃手だったかは明言されてこそいませんが、レイジさんが師匠ということなので原作では(恐らく) 攻撃手スタート→レイジさんに師事→銃手を経験→万能手 といった流れだと予測されますが今作では先ほど述べたように 銃手スタート→来栖に師事→攻撃手を経験→万能手 という流れを取らせて頂きます。

また、来栖のサイドエフェクト。"集中力強化"の本質については後々書かせて頂きます。

今後ともよろしくお願いします!

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