最強ノ一振り   作:AG_argentum

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いよいよこれを投稿した週末からワートリアニメ3期が始まりますね。多分ですがランク戦最後までやりそうですが個人的には弓場隊の活躍が楽しみです。弓場さんの「帯島ァ!」とか、早撃ちとか。他にもあるんですけど、語るのはやめときます。

取り敢えずですがこの話と後1、2話小話を挟んで原作への突入かな、と計画を立てています。初投稿から半年以上。牛歩のごとく遅筆ですが頑張っていきます。

ー追記ー

minotauros様、誤字報告ありがとございます。



来栖隊①

『では以上で本会議を終了する。入口に近い隊員から退出してくれ』

 

 忍田さんの一声で長かった会議が終わりを告げ、出席者は三者三様に行動を取り始める。大きく伸びをする者。隣の者と会議の内容について軽く雑談するもの。いそいそと資料を取りまとめ退室の準備を始める者。

 

 そんな中で俺、来栖響はそのいずれもせず椅子に腰掛けたまま会議室から人がいなくなるのを待っていた。

 

 俺としては早く帰りたいのだが、そうは問屋が卸してくれない。

 いや、この場合問屋ではなくこいつの好きなものにかけて餅屋というべきか。そんなくだらない、ジョークにすらなっていない事を考えてると奥の席からやってきた二宮が俺の隣の人間に侮蔑的な視線を送った。

 

 うん。ほんと、そうだよな。同年代にこんな奴がいるんだったら俺だってそんな目するよ。

 

 しかしながら同意しようにも何も言えない俺は二宮から目を逸らし、さっさと出ていってくれるのを切に願う。

 それが伝わってくれたのか、隊長の東さんが二宮を急かしてくれた。

 

 はぁ、と一つ大きな溜息をついてから会議が始まってものの数秒で船を漕ぐどころか突っ伏しやがったバカの体を揺らす。

 

『おい太刀川、起きろ。会議終わったぞ』

 

『っん。終わったか? 来栖さん』

 

『ああ、終わったよ。会議は、な』

 

『は?』

 

 含みを持たせた俺の一言に未だ目が開ききってない太刀川は疑問符を浮かべる。そうこうしないうちに太刀川の背後にいる人物がぽん、と肩に手を乗せた。

 それだけで今自分が置かれた状況がわかったのだろう。太刀川はまるで錆びたブリキの人形みたいにぎこちなく首を捻った。それに伴うように俺も体ごと振り返る。

 

 そこには予想どうり、静かに怒る虎。こいつの剣の師である忍田本部長がいた。

 

『慶。後で私の部屋まで来い。説教だ』

 

『げっ! 忍田さん』

 

 忍田さんの鋭い眼光に晒されて、太刀川はガタリと椅子を揺らしながら飛び起きた。

 

 はー、とまたため息が漏れてしまう。

 どうして自分はこの人と同じような威圧感が出せないのか。

 出せれば会議で眠りこけるこの太刀川(バカ)をソッコーで跳ね起きさせることができるのに。

 

『た、助けれてくれ! 来栖さん! また正座と餅抜きはもう嫌だ!』

 

 会議中に眠るというなんとも自業自得な太刀川が俺の裾を引っ張りながら助けを求める。思わず俺は頭を抱えてしまった。

 

 ふざけるな、と縋り付いてくるこいつの手を振り払ってやりたい。なんならこいつを贄にしてさっさとここから逃げ出したい。

 普段ならば『きっちり搾られてこい』と見捨てる所だが。あぁ、今日はそうともいかない。

 

 なんで今日定例会議があんだよ、と僅かに呪いつつ、ゴミを見るような視線を太刀川に一旦向けてから忍田さんにそのまま移す。

 

 ほんと勘弁して欲しい。わざわざ忍田さん()の尾を踏むような真似を誰が進んでやるものか。

 当たり前だが会議中に粗相を起こしたこいつの管理不足ということで今すぐに俺にも説教が飛び火するかも。というか以前したのだ。

 

 一応今日はこいつを起こそうと何度もアクションを起こしたから俺も説教。とはならないだろうが所詮それは俺の希望的観測にすぎない。

 大体なぜ翌日定例会議があるとわかっていてこいつは国近主催の徹ゲーに朝まで付き合うのか。

 やるなとは言わないが加減を覚えろ。もうお前高三だろうが。

 

 意を決して口を開く用意をする。誰かこの役回り変わってくんないかな。

 いつの間にか()()しかいなくなった会議室で情けないことを思い浮かべる。

 

 先にも言ったように今日は本当にダメなのだ。最低でも説教は翌日以降にしてもらわなければ俺は後々針の筵に晒される。

 

『あー忍田さん、申し訳無いんですけど今日こいつを説教すんのは勘弁して貰えませんか? ウチの隊、夜から防衛任務なんですよ』

 

『しかしだな来栖』

 

『わかってます。帰ったらこいつには正座はさせますし、ペナルティもしっかり受けさせます。こいつの監督不行き届きに対する自分の処分も受けますから今日はどうか勘弁してください。お願いします』

 

 椅子から立ち上がり、頭を九十度下げて懇願する。

 横から『来栖さん』だなんて情けない声を出す奴がいるんだがお前のせいなんだよな。お前も頭下げろよ。なんなら土下座してくれ。

 

 それに、と俺は頭だけをゆっくり上げてから言葉を続ける。

 

『急にスケジュール変更なんてしたら調整する沢村さんに面目が立ちません』

 

『……!!』

 

 そう。ボーダー本部長補佐、沢村さんに迷惑が掛かるのだ。

 先ほどまで忍田さんの後ろで顔を青くしていた沢村さんが笑みの花を顔に咲かせる。

 

 ほんとすいません、沢村さん。ウチのバカと俺が迷惑かけてほんとすいません。

 

 沢村さんの変わり様に心の中で必死に頭を下げる。

 そう、何を隠そうこの沢村さん。今日の終業後に忍田さんを食事に誘う事を画策しているらしい。数十日前から今日に照準を合わせ綿密なスケジュール管理を行い、そしてその成果がようやっと実りそうなのだ。

 それを、このバカと俺は台無しにしようとしている。このバカを忍田さんが説教するということは即ち沢村さんが必死に捻出した時間を潰しかねないということだ。

 

 俺の責任でもあるんだけどそれははっきり言って不憫だし、何よりあちこちから嫌味を言われるのは此方としても勘弁だ。主にオペレーターたちなんだけど。意外と多いんだね、沢村さんの恋を応援する人って。

 

 そういうことなので必死に今日の説教を回避する。

 今日さえ凌げればそれでいい。後日沢村さんが報復とばかりにきっちりと説教用の時間を確保するはずだから。

 安心しろ。沢村さん。このバカの尻はしっかり俺が拭うからさっさと忍田さんのハートをゲットしてくれ。

 

 そんな事は一切知らない忍田さんはううんと唸ってから口を開いた。

 

『まあ、来栖がそこまで言うなら今日は止めておこう』

 

『ありがとうございます』

 

『ただ後日時間を設けて説教する分には構わないな』

 

『ええ、そこに関しては』

 

『ちょっ! 忍田さんに来栖さん⁉︎』

 

 説教回避成功、と安堵していた太刀川がバン! と勢い良く立ち上がる。

 

『あ? 文句あんのか。太刀川』

 

 再度ゴミを見るように太刀川を睨み付ける。

 これ以上話を無茶苦茶にするな。それにこれ以上は妥協できない。いっぺん三途の川渡ってこい。しっかりその後こっちに連れ戻してやる。

 

 こちらがいつも以上にキレている事を察したのか太刀川は口をきゅっと噤んで見せた。そうだ、それでいい。

 

『それじゃあ忍田さん、沢村さん。失礼します。会議の内容を部下とこのバカに伝えないといけないんで』

 

 バカ、の部分を強調して頭を下げる。

 

『俺もあんたの部下だろうが!』

 

『うるせぇ。さっさと帰るぞ』

 

『ぐぇっ! おい来栖さん! 襟ひっぱんな。引っ張んないでくれ!』

 

 俺は太刀川の首襟を掴んで無理やり歩かせ、会議室を後にする。

 

 全くこいつは。戦闘以外ではほぼ無能だからこちらとしても頭が痛い。なんで高校にはいってdangerをダンガーなんて読み方をするんだ。思い出すだけで頭が痛くなりそうだ。

 

 全く、流石に会議で眠られると上層部の視線が痛いからマジで止めて欲しいのだが。林藤さんはクツクツと堪えながら笑っていたが城戸さんの視線がヤバイ。怒ってんのかどうかわかんねぇんだから。冷やかな目でこっちを一瞥してからスッっと目をそらすし。

 

 今度の会議からこいつじゃなくて出水でも連れてこようかな? なんて後ろで喚き散らす太刀川の声を無視しながら俺はボーダーの長い廊下を歩き始めた。

 

 =======

 

『なあ、来栖さん』

 

『なんだ? バカ』

 

『……。頼む、寝てたことは反省するから名前で呼んでくれ』

 

 流石に連呼されるのは太刀川とて嫌なのだろう。随分としおらしいトーンで俺に謝ってくる。

 

 謝るならはじめからしなければいいのに、と言いたい所だがやってしまったものは仕方ない。

 何よりこちらとしてもそんな蔑称を使い続けるのには心が辛かった。

 

 はぁ、っと気持ちを切り替えるために溜息を吐いてから俺は太刀川に問うた。

 

『で? なんだ太刀川』

 

『いや、さっきの会議の内容教えてくれって』

 

『ああ、それか』

 

 全くこいつは。一個間に取り留めのない会話のクッション入れるなりなんなりして、こっちの精神衛生を気にしてはくれないだろうか。

 今会議の事を思い出させられると、忍田さんとのやり取りも連想させられて鳥肌が立ちそうだ。

 

 まあ、それを言っても仕方がないので伝える事にする。

 

『いつも通りのシフト管理とかを省いて言えば今回の会議は色々あったぞ。来シーズンからのランク戦はかなり変わりそうだ』

 

『例えばどんなのだ?』

 

『まず来シーズンのランク戦から専用の観覧席が設けられるらしい。しかも正隊員とオペレーターによる実況、解説付きで』

 

『なんだそりゃ』

 

『なんでも最近入ってきたオペレーターの子が上層部にプレゼンしたそうだ。実況解説があればボーダー全体の戦術レベル底上げに繋がるって』

 

『へ~。そりゃいいな! 東さんの解説とか聴きごたえありそうだ』

 

『確かにな』

 

 太刀川の意見に同意するよう頷いてみせる。

 

 以前ランク戦のログで東さんの動きを追ってみたのだが、不可解な点が多く悔しながらも本人に聞きに行ったら懇切丁寧に指導してもらい、おまけに課題まで出してもらった。あれはほんとにわかりやすかった。

 

 最もそれを元にランク戦に挑んだら裏をかかれるという失態をしてしまったのだが。

 ついでに指導の時、東隊の加古の手作りチャーハンを出されて死にかけた。死ぬのは堤と二宮と太刀川だけで十分だ。もう勘弁願いたい。

 つかなんで蒼也の奴はまだはずれ(三割)引いてないんだよ。確率的にもう無理だろ。堤なんか何回も死んでんだぞ。その運分けてやってくれ。ついでに俺にも分けろ。

 

 そんな苦い。そしてエグイ思い出を記憶の奥底に押し入れて俺は口を開く。

 

『あとはチーム数についてだな』

 

『なんだ? ランク戦のチームひょっとして増えんのか?』

 

『いや、逆だ』

 

 ふるふると首を振って太刀川の言葉を否定する。

 

『来シーズンから玉狛が除外される』

 

『はあ⁉︎なんだよそれ!』

 

『おい、声の大きさ気を付けろ。一応正式発表はまだなんだから』

 

 会議などが主に行われている今のフロアなら問題ないかもしれないが誰に聞かれているかわからない。

 目で太刀川を制すと冷静さを取り戻したのか声量を抑えて太刀川は言葉を発する。

 

『なんで除外されるんだ?』

 

『理由は一応あいつらの使用する専用トリガーがチームランク戦の公平性に問題をきたす為ってことらしい。玉狛のトリガーは規格外すぎるからな』

 

 そう、規格外。この一言に尽きる。

 

 木崎の"フルアームズ"に小南の"双月"。

 戦闘員が今はもう二人しかいないのに現在のボーダー精鋭によって結成された部隊と渡り合うどころか昨シーズンのランク戦は常に上位。最終的には首位をかっさわれたのだから全く規格外と言わざるを得ない。

 

 俺の隊や東隊、ギリギリで嵐山隊くらいならなんとか鍔迫り合いに持っていけるがそれ以外の隊からは力及ばず押し切られてしまうのだから可哀想の一言だ。

 

『それに多分だが』

 

 俺は太刀川に前置きを一つ置き、周囲に人が居ないのを確認してから続ける。

 

『派閥的な事も絡んでるだろうな』

 

『ああ〜』

 

 太刀川も納得といった表情を浮かべる。

 

 今から半年前、ボーダー本部はより迅速に近界民(ネイバー)を討伐できるように、と警戒区域円周上にいくつかの支部を設立することを決定した。

 そしてその先駆けとしてできたのが旧ボーダーの本拠地であったらしく、設備がすでに整っていた小南や迅、木崎が在籍する玉狛支部だ。

 

 そうしてボーダー初の支部が誕生したわけだが、これがきっかけでボーダー内では近界民(ネイバー)を絶対悪とする城戸派閥。市民の安全を至上とする忍田派閥。そして近界民(ネイバー)を悪とせず、場合によっては歩み寄ることを良しとする玉狛派閥。といった概念がいつの間にか誕生していた。

 

『でも普通ここまでやるか?』

 

『……やるしかないんだろ。これ以上玉狛に存在感を城戸さんは出させたくないんだ』

 

 現在のボーダーに所属する多くの隊員は俺も含め近界民(ネイバー)に対する恨みつらみを動機として入隊した人間ばかりだ。それを土台として今のボーダーを創り上げた。

 

 しかし今も含めこれから先、そのような人間ばかりが入隊するとは限らない。街を守りたいと正義感に駆られる者。資金稼ぎのためのいわゆるバイト感覚で入隊する者。

 ボーダーの規模が大きくなるに連れ、その理由は多岐に渡っていくだろう。

 

 そしてその中で現れるはずだ。現状を、近界民(ネイバー)に対し防戦一方である現状を根本的に解決すべきだと考える人間が。

 そしてその手段の一つとして玉狛の思想は大いに有り、と言える。

 

 しかしそれを城戸派は良しとしないだろう。正反対の思想だ。土台を揺るがしかねない。最悪、組織を二分するかもしれない思想だ。

 だからこそ、その芽を今摘む。摘まなければ組織として崩壊の可能性もあるのだから。

 

 しかしもし、将来組織が変わるきっかけが起きたならば俺は。

 

『おーい来栖さん?』

 

『っ!? お、おう。どうした太刀川?』

 

 太刀川の声で俺はハッとさせられる。

 いけない。いつの間にかまた入り込んでしまっていたらしい。

 

『いや、他にはまだあんのかって、聞いたんだが?』

 

『ああ、あとはだな』

 

『あとは?』

 

『あー待て。丁度いい』

 

 口を開こうとした直前で自分たちのいる場所に気が付く。こうやって自然に目的地に着けるというのは随分とここに馴染んだんだなと実感させられた。

 

『その話は全員に話すぞ』

 

 目の前の部屋。来栖隊のドアパネルに触れながら俺は太刀川にはにかんだ。

 

 ======

 

『おーす、ただいま』

 

 一週間前に掃除を行ったばかりだというのにもう魔窟化しはじめている隊室の一角に向かって俺は帰ってきたことを告げる。

 

 どうやら格闘ゲームに興じており、国近と出水が現在対戦中。京介は順番待ちといった様子だ。

『おかえりなさーい』と国近と出水はテレビからは目を離さず、手に持つコントローラーをカチャカチャと音が聞こえてくるほど動かしていた。

 

『お茶入れてきます』

 

『あんがとな、京介』

 

 こちらに来た京介がありがたい提案をしてくれる。茶を入れてくれている間に俺もやることをやっておこう。

 

『おい、国近。さっきの会議のことで色々やんなきゃいけない事あるから手短に済ませてくれ』

 

『オッケ〜来栖さん。それじゃ、いざいざ〜』

 

『ちょ、待って柚宇さん。それひょっとして確殺コンb。ってああ!!』

 

 御愁傷様、と出水の断末魔を耳に挟みながら、次なる仕事へと身を移す。具体的には……。

 

『そんで太刀川、お前は正座だ』

 

 会議中にやらかした部下への制裁だ。

 

『いや! おれさっき反省したって言っただろ来栖さん!』

 

『ダメだ。忍田さんにもお前を帰ってから正座させるって条件で見逃してもらってる以上正座はしてもらう。あと、帰り道でのあんな一言で許すと思ったのかコノヤロー』

 

 勘弁してくれよ、とぶつくさ文句を言っているが後々忍田さんに正座から逃げたことを報告されるのを嫌ったのだろう。最後の抵抗を諦めたのか太刀川は隊室の固いタイルに膝をつき正座を始めた。

 

『ひょっとしてまた太刀川さんやったんですか? 会議中に居眠り』

 

 給湯室から盆に急須と湯呑みを乗せて京介がいつもと変わらない様子で尋ねてくる。

 

『ああ、やりやがった。しかも最速記録だ。開始1分きってたったの40秒で眠りやがった』

 

『会議が始まってすぐ寝ちゃうなんてダメな学生みたいだね。太刀川さん』

 

『うるせーぞ国近』

 

 正座しながら威厳も何もない太刀川が、一瞬で出水を屠ったらしい国近に毒づくが迫力は一切ない。早くも正座に苦しみ始めているようでなんとか痛みを紛らわそうと体を左右にもじつかせていた。『怖くないよ太刀川さん』と国近が笑いながら言うが全くもってその通りだ。

 あと国近、さっきの一言は割と俺にも刺さったぞ。

 

『ずるいんじゃないすか、柚宇さん。あのコンボ禁止って約束でしょ』

 

『仕方ないよ〜出水くん。隊長の命令なんだから』

 

『やることやったらまたリベンジすればいいだろ。ほらさっさと座れ』

 

 トボトボと悔しさを滲ませながら歩いてくる出水を俺はソファに座らせ、俺含む四人とやらかした奴一人が聞く姿勢を整えてくれたのを確認してから口を開く。

 

『よし、それじゃあ早速なんだが会議の内容報告だ。まずはじめに来月のシフトについてなんだが……』

 

 =======

 

『とーまあこんな感じだ。何か質問とかあるか?』

 

『いや特におれは』

 

『わたしも無いよ〜』

 

『俺も大丈夫です』

 

 ひとまず太刀川に帰り道に伝えた内容を更に細かく伝えてみたが全員理解してくれたみたいだ。

 

『それじゃあラスト。実は』

 

『あの来栖さん』

 

『ん? どうした出水』

 

 最後の議題に突入しようとした手前で出水がスッと手を上げた。

 

『太刀川さんが限界っぽいです』

 

 出水はテーブルの横で最早正座とは呼べないほど姿勢を崩している太刀川を指差した。

 

『ああ、知ってるが?』

 

 ちょくちょく『来栖さん、頼む。許してくれ』って小声で言ってるのは聞こえていた。それでもわざと無視していたが。

 

『大体まだ正座開始から三十分しか経ってない。一緒に絞られた時は確か一時間くらいさせられただろ。もうあと半分だ、頑張れ』

 

『あんた鬼か!』

 

『うっさい』

 

 思わずイラついたので腹いせに太刀川の痺れているだろう脚を突っついてやった。

 そうすると盛大に呻き声をあげて、陸に打ち上げられた魚みたいにビクビクと体を震わせる。

 

『はあ、もういい。太刀川。一分だけだ、姿勢崩していいぞ』

 

 つくづく甘いと自覚はしているが、こうしなければ話が進められなさそうだ。

 ややぞんざいにだが、一時的に許可を与える。

 

 その言葉を待っていましたとばかりに太刀川は素早くあぐらをかいた。

 全く現金なやつだ。

 

『一分だけだぞ』と再度念を押してから、最後の話題に突入する。

 

『さっきの続きだが、実は来年の二月に備えてボーダーは隊員の階級制度を今年中に刷新、新しくすることが決まったんだ』

 

『階級制度?』

 

『今のところ訓練生と正隊員で分けてるだろ。アレのことだ』

 

 現在ボーダーは入隊してから4000ポイント、訓練生同士での戦闘訓練で得点を得るまでを訓練生。それ以上を正隊員としている。狙撃手(スナイパー)の連中は勝手が違うらしいがそこまでは知らん。

 

『ああ、それのことすか。そういえばこの前おれと同じクラスのやつが正隊員になったからバトらせろって言ってきたんすよね』

 

 何のことだ、と国近が首を傾げたが俺の一言で出水と京介も理解してくれたらしい。

 思い出したかのように出水は最近あったであろうことを口にした。

 

『ほー、一応聞いとくが結果は?』

 

『正隊員に上がったからって言っても流石に負けないですよ。10ー0(ストレート)です』

 

『流石はウチの射手(シューター)。よくやった』

 

『流石っすね。出水先輩』

 

『さすがだね~、出水くん』

 

『流石だな出水。だからこれ(正座)変わってくんない?』

 

 自慢げに、というわけではないが当然といった具合に出水は結果を報告し、俺たちはこぞってそれを褒めちぎった。

 

『えと、あざっす。あと来栖さん一分経ちました』

 

『そうだな。太刀川、正座』

 

『出水お前!?』

 

 唐突の褒めラッシュに照れたのか出水は顔を俺たちから逸らし、余計なことを言った太刀川を絶望に叩き落とした。

 ホントは二分くらいおまけしてやろうと思ってたのに。馬鹿な奴である。ほらさっさと正座しろ。

 

『そんで最近ボーダーってだいぶにぎやかになってきただろ』

 

『そうっすね。この前の九月の入隊式も過去最多って聞きました』

 

『わたしも~。オペレーターの人だいぶ増えたなーって思った』

 

『だから上層部は考えたんだろうさ。今やってる選抜チームランク戦をさらに大規模でやろうって』

 

『『『『!!!』』』』

 

 俺の一言で部下達が一斉に驚く。

 

 正座している人間は本来ならもう知ってる筈なんだけどな。

 こいつ俺が風邪とかで居ない時どうするつもりだ? 

 

『また新しく選抜チームを作るんすか?』

 

『いや、そうでもないらしい。今後は誰でもチームを作って良いそうだ』

 

 京介の質問を俺はすぐさま否定する。

 

『今行われている選抜チーム戦は上層部()がまず俺や東さん。嵐山みたい人間をまず隊長に指定。その後隊長が部下を選ぶって形を取ってた。だけど今後はそうせず隊員達だけで部隊を設立することを許可するとのことだ』

 

『なら結局玉狛の抜けたランク戦の穴は埋まるって事か? 来栖さん』

 

『いいや、少なくともすぐには埋らない。それにここでさっきの階級制度の話が出てくる。いきなり今ある選抜ランク戦に希望した奴ら全部隊を混ぜてみろ。玉石混交、ワンサイドゲームになり兼ねない』

 

『ぎょくせき、こんこう?』

 

 あーもう。と太刀川の一言に本日二度目。頭を抱えてしまう。

 そんな難しい四字熟語か? これ。

 

『言い方が悪いが選抜ランク戦に弱小が紛れ込む可能性があるって事だ。それを避けるために選抜ランク戦に一つ下の区画を設ける。それが“B級ランク戦”だ』

 

『B級?』

 

『今までは訓練生、正隊員の二分だった階級を今後は訓練生のC級。そこから昇格した正隊員のB級。その中から部隊を編成し、B級ランク戦を行ってA級。今の選抜部隊に組み込むって運びだそうだ。要するに三分割。だから今やってる選抜チームランク戦は今後“A級ランク戦”って名前になるらしい』

 

 ちなみに俺たちはA級スタートな、と付け加える。

 が、しかしなにやらイマイチ反応がよろしく無い。何故か皆思案顔だ。

 

 ……なんとなく皆が何をそんなに考えているか大体予想は付くがとりあえず無言を貫く。

 そんな中、代弁するように口を開いたのは俺を除けば最年長の太刀川だった。

 

『来栖さん。それ俺たちに関係あるか?』

 

『ないな、ぶっちゃけ!』

 

 皆が太刀川に同意するよう一斉に首を縦に振るがいい笑顔で言ってやる。

 A級でスタートするのだ。関係ない話である。でも。

 

『でも、ここからは関係ある話だ』

 

 顔を真面目モードに作り直して、会議で貰った資料に目をやる。

 

『これまで正隊員と俺たち選抜隊員を隔ててた点は給料体制を除けばこの隊服しか無かったわけだが……』

 

 そう言いながら俺はトリオンで構成されている黒のロングコートをつまみ、ひらひらとさせる。

 

『今後は部隊が増えていく。そうなるとその隊用の隊服ができるわけで必然的に俺たちはその中に紛れるって事だ』

 

 これまでは隊服が選別部隊の証として成立していた。しかし今後はさっき言ったように紛れてしまう。

 

『紛れますかね? 少なくとも隊長は紛れないと思いますが。いい意味でも悪い意味でも

 

『聞こえてんぞ京介』

 

 コツン、と軽くこずいてやる。最近こいつ物言いがお茶目になってきてないか? 

 

『まあ、そうなるのを根津さんとか広報部が勿体無いと思ったんだろうな。A級ならではの特典。って言っていいのか分かんないが、その証みたいなのを作りたいらしい。具体的にはその隊独自のエンブレムを作成しろ、とのことだ』

 

 俺は会議で渡されたA4サイズの紙をテーブルに置く。

 既に決められた枠組みには選抜、A級隊員であることを示す“A”の文字と、シーズンの順位が組み込まれる部分に“XX”の文字が上部に、その下にはエンブレムを書き込むであろう空白があった。

 

 さて、何か案は出るだろうか? 

 

『先ずは国近』

 

『ええ〜。わたしこーゆうの苦手かも。出水くんと京介くんは思いついた?』

 

『いや、いきなり言われてもそうすぐには出てこないですよ柚宇さん。京介、おまえは?』

 

『俺も同意っす』

 

 うーん、やはりそうすぐには出てこないか。わかっていた事ではあるが難航しそうである。

 

『太刀川、お前はどうなんだ。こんなの得意だろ』

 

『そう簡単に思いつくかよ。あとなんでそう思ったんだ』

 

『だってお前だろうが、ウチの隊服考えたの』

 

 黒を基調とし、ガーネット色のラインをアクセントに取り入れたロングコート。はじめの頃はどうでもいいと思っていたから気にしていなかったが改めて見てみるとまあ、カッコいい。

 ただこれを来年もこれを着ているとなると少しばかり気恥ずかしい思いもあるのだが。

 

『忍田さんのをパクっただけだ』

 

『パクってたのかよ』

 

 確かに前の留め具の感じとかよく見ればそっくりかも。

 

『そんだけ言うなら来栖さんはどうなんだ? アイデアあんだろうな』

 

 口を尖らせながら太刀川が俺に文句を垂れる。

 

『一応、あるにはある』

 

 それに対し俺はやや声を小さくして自信なさげに返答した。

 

『あるんだ。ねえ来栖さん! 描いて描いて』

 

 テーブルの紙とは別の紙と何処からか出てきたペンを国近は俺の方に差し出した。

 四人の視線が少しばかり痛い。どんなエンブレムを描くかと期待しているようでキラキラさせているように見えた。

 

 ええい。どうにでもなれ。

 そう俺は決心してペンを握り、紙の上に走らせ始めた。

 

 しかし。

 

『うわ』

 

『マジか来栖さん』

 

『これは』

 

『逆にすげーな』

 

 クソッタレ。線を一本一本描くごとに周りでそんな声が聞こえてくる。

 

 なんでだ。なんでこういう時に限って俺のサイドエフェクトは発動しない。

 羞恥心に耐えながらも俺は書き続けた。

 

『……出来たぞ』

 

 そうして最後はヤケクソ気味に描いたものを皆に見えるよう差し出す。

 ……さあ、笑うがいいわ! 

 

『来栖さん。絵心無いね』

 

 グサッ!? 

 

『いや、これはその。無いっすね』

 

 グサグサッ!? 

 

『下手くそだな』

 

 グサグサグサッ!? 

 

 マジか。笑われるどころか憐れまれている。俺に突き刺さる視線はさっきから可哀想なものを見る目だ。

 そんな中。

 

『まあ、味があっていいんじゃ無いっすか』

 

『きょ、京介。お前』

 

 まさに救いの手を京介は俺に差し出す。

 有難いものだ。このように出来た部下を持って俺は幸せである。

 しかし俺はその手を……。

 

『世辞はいい。はっきりと言ってくれ』

 

 振り払うことにした。俺は京介の肩に手を置いて忌憚の無い感想を求める。

 

 だって。だって痛いんだよ! その優しさ。こぞって酷評されてる中での優しい言葉は逆に辛いんだよ! だってさ。これ単純に下手だろ! 線ガッタガタだし、丸もどっちかって言えば楕円だし! 十字に描いたつもりだけど左に縦のが寄ってるし。なんかもう、全体的にとにかく下手!! 

 だからさ、頼む。いっそのこと一思いに殺してくれ。

 

 そんな俺の思いを理解してくれたのか京介は分かりました。と一言前置きしてから言葉を放つ。

 

『ぶっちゃけ。うちの弟、妹の方がうまい絵描くっす』

 

 グッッッッッッッサッ!? 

 

 マジで? え、マジで? 京介んとこの弟と妹らって小学生だったよな。それよりも!? 

 余りのショックに頭を垂れる。

 

『おいとりまる。お前言い過ぎだろ。来栖さん落ち込んだじゃねえか』

 

『太刀川さんだって下手って言ってたすよね』

 

『トドメ刺したのお前だろ』

 

 俺が意気消沈する中でガヤガヤ騒いでる気がするが、無視だ無視。

 これ以上何か言われたら立ち直れる気がしない。

 

『京介。お前これ清書してやったらどうだ。来栖さんの絵が下手なだけで普通に描けば良くなるかもしんないぜ』

 

『確かに〜。京介くん器用だからなんとかなりそう』

 

『いいっすけど隊長。これ、何かモチーフとかあるんすか』

 

 ん? と顔を上げるとどうやら京介が俺の描いたエンブレム(笑)を描きなおしてくれるらしい。グサリとさりげなくオーバーキルされた気がしたがペンを手に取り俺のことを呼んでいた。

 

『あー。コンパス、だな。モチーフってかイメージは』

 

『コンパス? あの丸描く道具の?』

 

『すまん。俺の言い方が悪かった。方位磁針だ、もしくは羅針盤』

 

 俺の発言に国近が疑問を投げかけるが直ぐに訂正する。

 

『羅針盤。てことはこの丸はその外枠っすか。んでこの東西()にあんのは?』

 

『鎖だ。ああ、京介。真ん中、わざと壊しといてくれ』

 

 俺は背もたれに大きくもたれ掛け、笠木に頭を乗せて天井を見上げる。

 俺は暫くの間、こいつらに面を向ける自身が無かったからだ。

 

『了解っす。それで南北()に交差してんのは剣で合ってるすか?』

 

『合ってるよ』

 

『ねえ、来栖さん。この二つってどんな意味で描いたの?』

 

 了解っす、と小さく呟いた京介がペンをスラスラと走ら始めた矢先、国近が当然の質問を俺に投げかける。

 俺はその質問に視線はそのまま、ゆっくりと答え始めた。

 

『……横にある鎖が意味するのは、近界民(ネイバー)。そんで縦にある剣が意味すんのは』

 

『あんたの、叢雲か?』

 

 いつの間にか立ち上がった太刀川が俺を見下ろしながらそう告げる。

 

 今の顔を見られたくないから上を向いていたというのに、こいつはそれを御構い無しに無視してきた。

 真剣な顔で俺を凝視し、そこからは目を逸らすな、隠すな、と言わんばかりだ。

 

『……んな訳無いだろ』

 

 俺はその太刀川の言葉を否定する。

 

 そしてややあって全員の顔を見つめた。

 いつの間にか京介はその手を止め、他の三人は俺に視線を集めている。

 

『二年前、近界民(奴ら)はこっちに攻めてきて、多くのことをしてくれた』

 

 ポツリと零した俺の言葉に、誰も驚かない。

 俺はそのまま言葉を続ける。

 

『あいつらは鎖だ。多くの人の人生(これから)を、踏みにじった。多くの人の、人生(これから)を縛り付けた』

 

 俺も、その一人。家を失い、そして家族を失った。決してもう戻らない、大切な存在を永遠に失った。

 

『だからこそ、もう二度と繰り返させはしない』

 

 あの日の誓いを思い出す。

 

 もう二度と誰にも涙は流させない。

 

 もう二度と誰も無力感に打ちひしがらせはしない。

 

 もう二度と壊れるかもしれない明日に絶望させはしない。

 

『その為に、俺たち(来栖隊)は剣になり、そして針になる。近界民(ネイバー)の目指す未来の行き先を断ち切る為に。俺たちの目指す未来を、もう二度とあんな出来事を繰り返させない未来を目指す為に。俺はこのエンブレムにその想いを託したい。それが俺がエンブレム(これ)込める意味だよ』

 

 赤裸々に、俺の想いを吐露する。

 こいつらに俺の想いが伝わったのだろうか? 

 その疑問だけが俺の中で渦巻いた。

 

『いいんじゃ無いすか?』

 

 幾ばくかの時間が流れた後。

 最初に口を開いたのは京介だった。

 

『そっすね。来栖さんがそこまで熱弁してくれんならおれもそれでいいっす』

 

『うんうん。そこまで来栖さんが熱く語ってくれたならね』

 

 それに出水、国近が続く。別にからかった声というわけではないのだが、何故か普段よりも声が弾んでいる様な気がする。

 そして最後に太刀川が締めた。

 

『あんたがその剣を俺たちだって言ってくれんなら文句は無えよ』

 

 太刀川のその言葉に思わず俺は薄笑みを浮かべる。

 こいつ、どうやら前のことをまだ根に持っているらしい。

 いや、今振り返れば完全に俺が悪いんだが。

 

『以前の俺ならいざ知らず、今の俺は来栖隊の人間だ。その剣は叢雲じゃない。俺たち自身だよ』

 

『なら、いい』

 

『よし、出来たっすよ。隊長、太刀川さん』

 

 俺と太刀川が少し揉めてる間に京介がエンブレムを完成させきる。

 その絵は俺が求めるものに瓜二つだった。

 

『お〜かっこいい!』

 

『来栖さんのとはすごい違いっすね』

 

『これで良いのか、来栖さん』

 

 完成されたエンブレムのデザインを見て、皆が思い思いの感想を述べる。

 

『ああ、これで良いよ』

 

 太刀川の最後の問い掛けに俺は肯定する。

 

『よし! 後はこれを開発室の連中に持っていけば一先ずお仕事完了だ』

 

『開発室? 根津さんあたりからの命令なんだろ。なんでだ?』

 

『開発室のデザイン担当が仕上げてくれるそうだ。相変わらずイかれてるな、ボーダーのあそこは』

 

 ワーカーホリックの巣窟である開発室だが、まさかこんなのも請け負うとは。頭が下がるばかりである。

 あいつらに出来ないことってあんのか? 

 

『う〜〜ん終わった。ねえ来栖さん、夜の防衛任務まで皆んなでゲームしよ』

 

 国近が大きく背伸びをして、普段より少し長かった報告会が終わりを告げる。

 部屋の雰囲気が一気に弛緩した。

 

『良いけどお前と太刀川今度のテスト大丈夫なんだろうな。泣きついてきても知んないぞ』

 

 俺は毎度のテストで赤点スレスレな二人を少しばかりからかった。

 

『大丈夫だよ、大丈夫。まだテストまで三週間はあるし』

 

『おう、俺も大丈夫だ。多分な!』

 

 ……凄い不安。これは早めに勉強会開くか? 

 はあ、と俺は頭によぎった不安を押し出して、気持ちを切り替える。

 

『分かった。何やる? さっきの続きで格ゲーにするか?』

 

『そうだね〜。今日は』

 

『あっ! 太刀川、お前そういえば正座。いつの間にサボってんだ!』

 

『げ、バレた』

 

『バレたじゃねえよお前。確信犯か!』

 

『あっ、知ってか来栖さん。確信犯って実際はそうやって使うんじゃ無いらしいぜ』

 

『知ってるよ! 揚げ足取りはいいからさっさと正座組め!』

 

 そういえば立っている太刀川を怒鳴りつけた俺は、来栖隊のメンバーと共に防衛任務の時間までの暫しの時間、ゲームを楽しむことにした。

 

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 ======

 

 長い、夢を見ていたような気がする。ゆっくりとだが、目蓋を開けた。

 起きたての頭は意識がまだ朦朧としていて、視界は霞み、耳もよく聞こえなかった。

 

 何処かの部屋で寝ていた筈なのに髪を踊らすほどの風が吹く。それに揺らされて視界が上を向いた。

 見上げた先に天井は無く、不気味と言える程に昏い空。狂おしいほどに光を放つ月と星が散りばめられていて、仄かに流れる雲がそれを見え隠れさせていた。

 

「■麗だ」

 

 見えた景色の感想を胸に留めきるつもりだったのに、中途半端に壊れたスピーカーみたいに口から言葉が漏れ出ていた。と言っても舌が固まっているのか、それとも耳が正常に動いてない故か言葉は半壊している。

 

『そ■か、■前■は綺■に■■るんだ■』

 

 ふらっと、いつの間にか。まるで幽霊みたいにそこには『誰か』が立っていた。霞んだ視界と雲が作った影が相まって、誰かまでは解らない。

 ただ何と無く、何とか聞き取れた『彼』の呟いた言葉からは哀しみが宿っている気がした。

 

『■せる■■り■無■った。■も、■っ■■が今■は■すぎ■。だ■ら漏■出たん■ろうな。■の持■、■憶がさ』

 

 口元を何度も動かすが、息が詰まって声が出ない。さっきは呟けた筈なのに、『彼』の視線がそれを許してくれなかった。

 

『ああ、■れでい■。■とお■とはそ■方が■いんだ』

 

 『彼』はそれだけ呟いて背を向ける。先の見えないほどの昏い影へと歩み始めた。

 

 待ってくれ、と『彼』の背を追いかけようとする。しかしそれを“この世界”は許してくれなかった。

 脚が石になったように動かない。手を伸ばそうにも枷がついたみたいに上がらなかった。

 

『良か■た。まだ、こ■までは出来■らしい』

 

 『彼』はこちらを一瞥して、動けない事を確認してから再度昏い闇へと進んでいく。

 

 『彼』が自分から一歩遠ざかる毎に、まるで麻酔でも打たれたみたいに眠気が増してきた。それでもそれに耐えようと気力を振り絞って目を開ける。

 

 雲がわずかに流れて、月明かりが『彼』を照らす。

 

『さ■■■だ、来栖響。■うならもう■■■会■ない事、こ■に■ない事を■っとくよ』

 

 最後に見えた、『彼』の背中に背負った身の丈を越えそうな程の抜き身の刀が来栖にはやけに印象深く思えた。

 

 =======

 

 目蓋を開けた、という実感があった。視界には昨日一度しか見ていない玉狛の客間の天井が鮮明に映り込んでいた。

 

 締め切っていたはずのカーテンの隙間から射し込む太陽が来栖を照らす。

 

「来栖ー、入るわよー」

 

 上体を起こすと同時にドアの向こうから声がして、返答を待たずに小南が入ってくる。

 

「何だ、起きてたの? あんたが起きないから起こしに来てあげ……。ねえ、どうしたの。あんた」

 

 呆れた物言いだった小南が来栖を見た途端、心配といった声をかけてくる。

 いまいちその意味がわからず、来栖は首を傾げた。

 

「何のこと?」

 

 敬語も忘れて、砕けた口調で来栖は尋ねる。

 

「何ってあんた、何で泣いてんのよ」

 

 小南の言葉で、自分の頬に手を添える。

 そうしてやっと冷たい涙が流れ出ている事を自覚した。

 

「何で、だろう」

 

 訳の分からない涙に来栖は困ってしまう。

 ただ、胸を渦巻く思いそのまま来栖は呟いた。

 

「悲しい夢を、見た気がするんだ」

 




部隊エンブレム解説

来栖隊のエンブレムの意味=「一刀両断」

解説:デザインのモチーフは話中にも語ったようにコンパス(羅針盤)
描かれた剣と鎖はそれぞれ「こちら側が目指す未来」と「ネイバーが目指す未来」を示す針をイメージしており、後者を断ち切る、というのを来栖はイメージしています。
なお、京介はこの時期弧月を持っているかはまだ未定なのですが、ブレードトリガーを確実に入れていない出水からは来栖の演説を聞いて、「構わないっす」とのことでした。

ちなみにどっかの天然スーツさんとは違って来栖はだいぶ患ってるな、と自覚はしています。

===

今回、この作品内で初の本格的な過去話を投稿させていただきました。時期としては来栖が19歳の誕生日を迎えた後の十月中旬。
様々な独自設定を盛り込み、説明も十分したと勝手に思い込んでいますが、もし不明瞭な点、作者が脳内で補完してしまっていそうな設定などがありましたら遠慮なく感想欄の方までお願いいたします。
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