最強ノ一振り   作:AG_argentum

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「答えは、見出した」


見据えるは最善の未来①

「わざわざ、こんなところに、呼び出して。はぁ」

 

 階段を登りながら、息を切らしかけた来栖が文句を垂れる。

 

 登った階段の数は知れず。踊り場の壁を見るに七つの階をこの足で登っていた。

 

 エレベーターは使えない。

 ここ一体の地域の電力は既に止まってしまっている。

 

 ゆえに指定されたビルの屋上にいくには自らの足を使わざるを得なかった。

 

「はぁ、はぁ。やっとぉ、着いたぞ!」

 

 肩で息する来栖が屋上に続くと思わしき扉の前に立つ。

 

 年月の経過と整備不良で音がなるほど錆びついた扉を開けると風が一気に来栖へ押し寄せる。

 圧の強い風を全身に受け、一瞬仰反るがなんとか踏ん張り立て直した。

 

「お疲れ様です、来栖さん」

 

 風が止んで目を開けると、普段は首に下げているトレードマークのサングラスを今日は掛けた迅がいた。

 

 来栖が上がった息をゆっくり整えながら唇を尖らせる。

 

「もうちょっといい場所なかったんですか、迅さん」

 

「いい運動になったでしょう」

 

「過ぎた運動は却って体に悪いんですが」

 

 迅の笑いながらの皮肉に来栖は眉を寄せる。

 

 トリオン体なら話が大きく変わるだろうが、生身での階段昇降はかなりのハードトレーニングだ。それが二桁の階数となれば更に。

 

 来栖の元々の身体能力ならこの運動は地獄のようなものだった。

  

 ふくらはぎがピクピクと痙攣しかかっている。

 まるで生まれたての子鹿のようだ。

 

「勘弁してくれ、全く」

 

「来栖さん」

 

 迅のトーンが一つ落ちる。

 さっきまでの朗らかさは風に飛ばされたようにそこにはもう存在していなかった。

 

「何?迅さん」

 

 来栖も、迅に合わせるようにトーンを一つ落とす。

 

 いつもの飄々とした迅の雰囲気はなりを潜めた。

 こういった時の迅の話す内容は大抵決まっている。

 

 最良の為。迅悠一は暗躍する。

 

「未来の話を、してもいいですか?」

 

「いいよ、そういう覚悟でここには来てるから」

 

 大して驚くこともなく、来栖が答える。

 

「元からそのつもり、ですか」

 

「それはそうでしょ。こんなとこに、わざわざ呼び出しといて」

 

 来栖が手を広げて、大げさに振る舞う。

 

 人が一人もいなく、建物が朽ちていくのを待つだけの地。

 三門市においてそれが該当するのはたった一箇所。

 

 すなわち、警戒区域。

 

 今は旧と名がつくようになった弓手町駅付近にあるビル郡の一棟へ呼び出された時点で、誰彼に聞かれたくない話だということは簡単に察せれた。

 

「大変だったんですよ、小南先輩誤魔化すの。迅さんから呼び出されたって言ったら暗躍だーって騒いで」

 

「はは」

 

「まあ、レイジさんが止めてくれてる間に出てこれましたけど」

 

 自分の行動に騒ぎ立てる小南の姿を簡単に想像できたのか、迅は目尻に涙を浮かべた。

 

「ただその話をする前に、来栖さん。二つほど、質問させてもらってもいいですか?」

 

「ああ、大丈夫。何か聞かれるってことも、覚悟して来たつもりだから」

 

 迅はサングラス越しに来栖を見て、来栖も応えるように目を合わせた。

 

 来栖響に、迅の持つサイドエフェクト(未来視)は備わっていない。

 ただ、それでも。

 迅はこれからの為に何かを確認するであろうことはなんとなく連絡を受けた時から予想できてしまっていた。

 

 迅はさして来栖の反応に驚きもせず、「じゃあ」と質問を始めた。

 

「一つ目はこれから先、襲い来る近界民(ネイバー)と戦えますか」

 

「…………」

 

 来栖はあえて迅の質問に答えない。

 

 迅は二つ質問があると言った。

 その二つを聞き終えてから、答えを述べても大差がないだろうと来栖は判断したからだ。

 

 迅も、来栖のその意図を理解して続く二つ目を投げかける。

 

「もう一つは、来栖さん。それでも、近界民(ネイバー)と手を取りあえますか?」

 

「…………ふっ」

 

 ああやはり、と来栖は堪えきれず乾いた笑みを浮かべた。

 

 見透かされていた。もしくは視えていた。それか差し向けられていた。

 

 どれでもいい。

 兎にも角にも、迅は来栖の思考を読んでいた。

 

 二つ質問を投げかけられたが、おそらく本題は二つ目の方だろう。

 少なくとも来栖自身は、二つ目こそ今ここに呼び出すに足る問いだと思っていた。

 

「一つ目に関しては、病院で言ったものと変わらないよ。誰かを、たった1人でも涙を流させずに済むのなら、俺は全力で剣を振るう。そこに迷いは無い。襲い来る敵は誰であろうと斬ってみせる」

 

 一つ目の質問に答える。

 それは元より持っていた答え。

 言い淀む理由はなく、誓ったものを正々堂々と言葉に変えた。

 

「二つ目に関しては、最近やっと整理できた」

 

 目を伏せて、この悩みに思考を巡らせた夜を思い出す。

 

 いままで見ていたようで見れていなかった、言われたことの難しさ。

 

 昔の俺が背負っていたはずの、襲い来る存在への恐怖。

 それを簡単に背負えると思っていた今までの自分の傲慢さ。

 

 未だ、一分としかその恐怖を理解できていない自分が、どうすれば手を取り合うという理想を追えるのか。

 そもそも追うべき理想だと言えるのかどうか。

 

 深く、深く。今ある限りの苦悩を吐き出し、折り合いをつけて、ここに来た。

 

「俺は、玉狛の人間として。近界民(ネイバー)と手を取り合う。俺は──」

 

 閉じた目を開け、答えを詳らかにする。

 これこそが、今の自分が持つ理想であり、信念であると。

 目の前の、先達に向けて。

 

 ========

 

 ========

 

「それが、俺の答え。俺の目指す、理想」

 

 身の丈の全てを曝け出す。

 どれだけの時間、話したかわからない。

 

 来栖の答えに、迅は一切口を挟まずただ静かに聞いていた。

 

「きっと、迅さんからしたら、未熟もいいところなんだと思う。知るべきことを知らないで吐いている理想論なのかもしれない。それでも悪意を知って。悩んで、その上で行き着いた、俺の答え」

 

 来栖が自らを”未熟”と評したのは掛け値無しの本音であった。

 

 自らの経験と迅の。いや迅のみならず小南をはじめとした玉狛の面々とは明らかに経験したものが違いすぎる。

  

 はるか前からボーダーとして戦い、そして玉狛として歳月を経て来た迅と、状況を理解したった半年も経ていない来栖とでは当然に差が出ることは明白だった。

 

 そして知るべきこと。未だ近界民(ネイバー)と関わり合いを持てていない来栖の言葉は間違いなく理想論だった。

 

 それでも、と。

 今ある経験で、今至れる答え。

 

 それが先の発言の全てだった。

 

「……来栖さんのその答えは、険しい道のりになると思いますよ」

 

 迅は来栖を見る目を細めながら、そう口にした。

 

 視えているのだろうか。

 そのサイドエフェクト(未来視)に自分がどう映っているのかは理解できない。

 

「わかってる」

 

 ただ、既に迅の言葉が避けれない未来であることは予見できている。

 その答えに至った時点で、待ち受ける数多くの苦悩は今でさえ想像できた。

 

「さっきの答えの過程が、どんなものかはまだ想像できない。いつかは、本気で()()()()()()()()()()()()()()()()しれない。それでももう、迷わない」

 

 たとえその道のりがつらいものだとしても。

 

 選んだ選択を曲げないことを誓う。

 

「…………」

 

 出し切るべき解答は出し切った。

 後は迅がどんな反応を返すかだけが未知だった。

 

「──ーふっ」

 

 迅が細めていた目を穏やかなものに変え、口の端がわずかに吊り上がる。

 

「なら、未来の話を始めましょうか」

 

 ======

 

 渡された双眼鏡を構え、事前に指定されたポイントを覗き見る。

 

 いきなり双眼鏡を迅から渡された時は何故と首を傾げたが、視えた先の光景がこれであるならば、納得がいった。

 

 旧弓手町駅、その線路上。

 そこでは二対一の戦闘が繰り広げられていた。

 

 喧嘩などではない。

 繰り広げられているそれは到底生身でできる芸当のものではなく、一方が持ちうる武器からボーダーのトリガーが行使されての戦闘である事は明白であった。

 

 現状は、見知らぬ黒のスーツに身を包んだ白髪の少年が劣勢と言える。

 

 白髪の少年と対する二人組の立ち回りは上手い。

 数的有利を活かし、どちらか一方は確実に死角から攻撃を繰り出している。

 加え、白髪の少年が挟まれるのを嫌って、広い場所に出ようとしても──ー。

 

「っ、狙撃手(スナイパー)!」

 

 一瞬双眼鏡を走った閃光が、少年の左腕を弾き飛ばす。

 

 かなり遠距離からの狙撃。

 走った閃光は二つだったが、その二つとも少年が身を捩らなければ直撃していただろう。

 撃った側も避けた側もどちらも相当な実力者だ。

 

 少年が線路に着地し、弾かれた腕から漏れるトリオンを手で抑える。

 状況は依然として少年の劣勢。

 だが。

 

「なんでだ? 意図的に加減してる?」

 

 自分しかいないビルの屋上で、来栖が一人分析を行う。

 

 さっきから少年側からの攻撃が一切ない。

 攻撃するタイミングが全くないわけではないし、その素振りを見せる瞬間もある。

 ただそれでもなぜかその攻撃を躊躇う。

 

 理由をいくつか考察し、行き着いた答えを来栖は呟いた。

 

「撃退では無く、無力化を狙っているのか⁉︎」

 

 この状況で、そんな難易度の高いことを。

 来栖の中に驚きが生まれる。

 

 そしてそんな驚きを他所に戦況は動きを見せた。

 

 ボーダーの二人組が息の合ったコンビネーションで少年を挟みにかかる。

 槍の使い手の突きを少年が咄嗟に躱し、側面からもう一人、ハンドガンの引き金を引く。

 

 さっきまでの焼き回しだ。

 ハンドガンから放たれた弾丸は少年の展開する盾に──ー。

 

鉛弾(レッドバレット)!?」

 

 阻まれなかった。

 

 少年が構えた盾を弾丸はすり抜け、少年の体に着弾するとその効果を発揮する。

 

 少年の胴体から右腕までの計四箇所。六角柱の錘が生える。

 

 少年は錘の重さに耐えきれす、線路上で膝をついた。

 

「まずい!」

 

 来栖が叫ぶ。

 

 膝をついた少年にボーダーの二人組が襲い掛かる。

 

 そこからの光景は容易に想像できてしまった。

 少年の首は間違いなく絶たれる。

 

 ──ーどうすればいい! 

 

 来栖が頭を一気に悩ませるが、双眼鏡の光景は先の想像を大きく覆していた。

 

 少年の手から展開される、何重もの円。

 そこからボーダーの二人組に向け、黒の弾丸が発射された。

 

 襲い掛かった二人は躱し切れず、なすがままに弾丸を浴びる。

 そして浴びたそばから、少年と同じように錘が生え、地面に縫われるように伏した。

 

「すごい……」

 

 月並みな反応であったが来栖にはそれしか言えなかった。

 たった一手で戦況を変える。

 

「これが、(ブラック)トリガーの力」

 

 前衛の二人は戦えこそするだろうが、これまでのようなハイスピードの連携はもう無理だろう。

 そしてそれを活かしていた狙撃手(スナイパー)は間違いなく少年を捉え切れない。

 

 加えて。

 

「迅さんが出て来た。終わったな」

 

 さっきまで共にいた迅が仲裁に入る。

 

 詰みだ。

 結果は少年の勝利。

 それも相手の無力化という彼が求めていた最上の結果で終えている。

 

 仲裁に入った迅が地面に伏したままの一人と何か話しているようだがこの距離では当然会話の内容はわからない。

 

 来栖は双眼鏡を顔から離しながら一息入れた。

 

「あれが未来を動かす一人、(ブラック)トリガーの使い手」

 

 晴れ渡る、澄んだ青空を見上げながら来栖が呟く。

 

 ──ーここから、始まる。最善の未来への戦い。そして。

 

「そして俺が手を取り合えるかもしれない、近界民(ネイバー)……」

 

 ──ー玉狛の来栖響として、どう在るのか。それが試される未来の始まり。

 

「…………とりあえず、玉狛に帰るか」

 

 決意と、予感。

 二つが入り混じりながら来栖は登って来た階段を降り始めた。

 

 




「この階段、また降りなきゃいけないのか」
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