最強ノ一振り   作:AG_argentum

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ここからある意味本編


"Rip Van Winkle?"①

「この未来は・・・想像してなかったな」

 

 青年、迅悠一は病室に備え付けのナースコールを押し終えた後、咄嗟に呟いてしまった。

 

 迅の目の前、病床に伏し、虚ろげながらもこちらを見ていた来栖から放たれた言葉は古今東西、()()状況の人間ならばまず一声がコレ、といったようなある意味ありきたりなものだった。

 

 突き付けられた言葉が副作用(サイドエフェクト)によって見えていた未来の持つ意味を変える。

 

 可能性が迅の鼓動を一気に速くする。ほぼ無音に近い病室ではいっそう自分の心臓の音が大きく感じ取れた。

 

(落ち着け、来栖さんはきっと京介みたいに冗談を言ってるんだ)

 

()()()()()()()。迅の知る来栖響は普段は飄々としていたが真面目な場面ではそんなつまらない言葉(ウソ)は発しない。迅はそれを嫌という程知っていた。

 

 それでも。

 

 それでも一縷の望みにかけて言葉を。そんな訳があることを。「何言ってんですかも〜」と発すればきっと彼は「あ、バレた?」などといってこちらの不安を取り除いてくれるだろう。きっと空気が読めずにそんなことを(うそぶ)いているんだと。でも、言おう。言おう。と、迅がどれだけ思おうと喉元のすんでのところで詰まってしまう。来栖からの返答がそうではなかった時のことを考えてしまって。

 

 やっと。やっと決心してそう言おうとしたところで自分と彼の向こう側にある入り口に闖入者は現れた。

 

「は〜い、どーされました・・・か。せ、先生〜〜!!!」

 

 先程押したナースコールによって担当の看護師が病室にタイミング悪く駆けつけて来た。

 その看護師は一旦病室に入ってすわ何事か、と2年間昏睡状態で眠り続けていた患者を見てみれば固く閉じられていた目蓋は僅かに開かれその奥からは黒が見えた。

 それだけで看護師は患者の急激な変化を感じ取りすぐさま担当医を呼びに声をあげながら慌ただしい様子できびすを返し走り出していく。

 

 まるで嵐のような看護師だ。そのせいで患者(来栖)は呆然としてしまい、迅は決心が折られてしまい担当医が来るまで一言も言葉を発することが出来なかった。

 

 迅の決心は折られ、今こちらに向かっているであろう担当医が来るまでの間、副作用(サイドエフェクト)によって見えていた可能性の一つ、泣き崩れている自身の未来が歓喜から絶望へとその在り方を変えた。

 

 

 =======

 

 白衣を着た医者と思わしき男性が慌てて部屋に入って来る。

 そして来栖を見るとまるで信じられないものを見たかの様な顔つきに変わった。

 

「来栖響さん、ですよね」

 

 医者はあえて確認する様に来栖へ質問をしてきた。

 

 来栖は声で応答しようとしたのだが先程声を出した時の喉のヒリヒリ感をまた味わう、というのは嫌だったので大変申し訳ないと内心思いながら横になったままで頷いてみせる。

 

 すると医者は大袈裟と思うほど、息を呑んだ。

 

「と、取り敢えずCTとMRI。あと車椅子も。準備頼む」

 

「は、はい!」

 

 途端、医者は一旦落ち着こうともせずに側にいた看護師に指示を出す。

 

 そして次にこちらの方を向いて来栖の隣にいる、医者にとっては奥にいる迅に向けて言葉を投げた。

 

「ああ、迅くん。久しぶりだね。悪いんだが基地への連絡はそちらに任せてもいいかい」

 

「ええ構いませんよ」

 

「あと済まないんだが色々と頼みたいんだが」

 

「ええ、分かりました」

 

 

 そんな会話が来栖に関係なく続いていたのだが。

 

 (やっぱり知らない人だよな)

 

 迅の名前を聞いて来栖はそんな風に思ってしまう。起きて早々、ぼんやりとしていたせいもあって隣にいた迅にかなり失礼な発言をしたという実感で来栖は自己嫌悪に苛まれていた。

 

 ただ来栖は口にこそ喉の痛みで出せないが言い訳がましく内にて多弁になっていた。

 まず”じん”という名前は苗字にしたって珍しそうな方だから一度会ったらきっと忘れそうなものでもない。そんな人物がいたかどうか来栖は記憶を遡ってみるがやはり思い当たる人間はいなかった。

 

 取り敢えず来栖は医者が呼んでいたのにあやかって”ジンさん”と呼ぶ事に決めた。

 

 (つーかなんで俺病院っぽいところにいるんだ?)

 

 白衣の医者に白色のワンピースを着込んだ看護師。清潔さを過剰に感じさせる白一辺倒なこの部屋。おまけに来栖の格好は着脱が容易な薄い青の甚平型病衣だし腕と胸元にはいくつか管が繋がれてその先には計測用のモニターらしき機器と点滴が吊り下げられていた。

 これだけの状況なら嫌でもここが病院だとは気づく。

 

 来栖にとっての問題はその次。なんでここにいるか、だった。

 

「それじゃあ来栖さん。用意ができたのでこちらに」

 

 来栖は声が掛けられたので思考にふけるのを中断して首をゆっくり左右に振って周りを見てみる。

 

 来栖が考え込んでいる間に医者の方も色々していたようだ。

 迅と医者のあの後来栖を挟んで続いていた会話はもう終わっていたし、指示を出された若い看護師ではない別の厳格そうな看護師が手押しの車椅子のハンドルに手をかけて病室の入り口にて待機していた。

 

 医者の手がベットと来栖の背の間に添えられて上体が起こされる。そして医者は素早くベットに取り付けられていた転落防止のベットガードを取り外し、看護師は押して来た車椅子を側に寄せた。

 

 医者は何も言わなかったが乗れ、ということらしい。

 

 来栖はバカにするなと思った。いつの間に病院で寝る羽目になっていたかは知らないがこれに乗るほどではない、自分で歩ける。とまずはベットから降りようと両手をついて体を捻る。が、しかし。

 

 どっと疲れた。全身、特に体重をかけた両手がこれまでに味わった事のないほどの疲労感とズキリと刺すような激痛に来栖は襲われる。思わず来栖は苦虫を噛み潰したような顔に変え、痛みが一際強かった腕を見てみれはすぐさましかめっ面から驚愕に早変わりした。

 

 今まで布団が被され、見えていなかったその腕は木の枝程の細さと例えても違和感が無いほど、下手にさわれば折れてしまいそうなものだった。

 

 何故自分の腕はこんな風になっているか、思わず来栖は車椅子に乗るのを待っている医者に向かって怪訝な顔をしてしまう。医者はそれになんの反応も返さない。ただただ来栖を観察するだけだった。

 

 来栖はこの疲労感・痛みと自分のプライドを秤にかけた結果。取り敢えず、納得はいかなかったが車椅子に甘んじさせてもらうことに決めた。

 

 

 =======

 

 来栖が車椅子に乗ってからは移動の連続だった。部屋については寝っ転がり機械に通され、終わってはまた別の部屋に行き機械に通される。そこに休憩は一切ない。

 

本当に疲れた

 

 来栖は誰にも聞こえないような小声で最後の検査を終え、担当医が来るのを診察室で待つ間呟いたが無理もなかった。

 

 来栖が車椅子に乗せられて病室を出てからおおよそ2時間。CTにMRI。視力検査に聴力検査。味のする紙を舐めさせられたり、匂いのする棒を嗅がされたりした。

 特に来栖が苦労したのはCTとMRIで検査台に登る際。看護師は手を貸してくれたが関節部は火傷してしまいそうなくらいの熱を持っていてとにかく全身至る所辛かった。また検査台から下りる際には自立できないほど膝が震えてしまいその様子は産まれたての子鹿そのもので、ギリギリ看護師が手を伸ばしてくれなければそのまま尻餅をついていただろう。

 

 

 来栖は連続する検査に疲れ切ってしまってさっさと眠りたかった。

 看護師さんに検査室の前で「次で最後の検査です」って言われたときはそれはもう感極まった。来栖の頭の中はほんとなんで病院にいつの間に居て、こんなめんどくさい検査をいくつもしなくちゃいけないのかといった疑問で埋め尽くされていたがまず終わる。そう来栖は思った。思い込んでしまった。

 

 最後の検査室から車椅子に乗って出た来栖は清々しい気分だった。例えるならば試験が終わった瞬間の開放感。山のようにあった大量の課題が終わった達成感。兎にも角にも晴れ晴れとした感情に満ち溢れた。

 

 ただ来栖の感動は看護師の一言で感情の空模様は晴天から鈍色に染め変えられる。

 

「それでは最後に診察室に向かいましょう」

 

「マジですか?」

 

「マジです」

 

 来栖は口許を引きつらせながら振り向いて看護師に問うてみたが看護師はこちらを一瞥もせず無表情で返答した。例えるならば追試を告げられた時の虚無感。終わったはずの課題が実はあと数ページあった時の絶望感。来栖は病院なのでやめたがクソッタレ! と天に思い切り叫びたくなった。

 

 これ絶対長いヤツですよね、勘弁してほしいとも来栖は思ったが今の自分はまな板の上の鯉ならぬ車椅子に乗せられた来栖響。

 拒否権は無く押されるがままにこうして診察室へと連れていかれた。

 

 そして目的地である診察室の前までたどり着けば扉の側で迅が待っていた。

 迅は車椅子が通れるようスライド式のドアを引き、来栖を乗せた車椅子が病室に入った後、外で待たず続くように入室する。

 

 来栖は何も言わずに診察室に続いた迅の気配を足音から感じ取り、苦言を呈そうとしたがちょっと待て、とギリギリ口に出すのを思い留まる。部外者であるはずの迅を看護師は咎めなかった。その為来栖は迅を病院の関係者かそれに近しい存在と判断し、口に出すのはやめておく事にした結果冒頭の発言に戻る。

 

「それでは問診を始めさせてもらいますね」

 

 医者に向かって待ち人来たると言うのはいささか不吉な言い回しだが奥から先ほどの検査で撮られたであろ資料をいくつか持って医者は来栖の前にある椅子に腰掛けた。

 

「ではまず自己紹介から。自分は三門市立総合病院、脳神経外科所属の狭間(はざま)黒男、と申します。申し訳ありませんが貴方のお名前と生年月日、年齢や身長等教えて頂けませんか」

 

 医者は胸元にぶら下がった写真付きの吊り下げ名刺を来栖に見せながらそう言った。

 

 来栖はその自己紹介を聞いてなんかスゲー名医っぽい名前してんなこの人、なんて思いもしてなんでそんな質問を、と疑問を抱いたが言われた通りに自己紹介を始める。

 

「えっと・・・。 名前は来栖響。生年月日は19XX年の9月9日生まれのおおかみ座。歳は16歳。身長は、確か171.1cm。体重は」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

「へ?」

 

 来栖は問題なくスラスラと言えていたはずの自己紹介にストップをかけられ首を傾げてしまう。特に問題と言えるようなものもないはずだ。

 

「申し訳ありませんがもう一度。生年月日からお願いします」

 

「はあ。19XX年の9月9日のおおかみ座。16歳で身長は171.1cm。体重が65.4kg、です」

 

 来栖が言い終わると狭間は息を呑んでいた。この人息飲み過ぎじゃないか? なんて呑気なことを考えている来栖とは対照的に真面目な声色で狭間は「来栖さん、落ち着いてお答え下さい」なんて前置きを置いてから患者(来栖)に話しかけてくる。

 

「どうして病院にいるか分かりますか?」

 

「いや、分かりません」

 

 それこそ来栖が起きてからずっと抱いている疑問だ。こっちが聞きたいと思ってしまう。

 

「“ボーダー"という名前に何か心当たりは?」

 

 境界(ボーダー)? なんでそんな英単語が急に出てくるんだろうかと来栖は思いもしたが首を振って否定してみせた。

 

「では昨日の日付は? 西暦何年の何月何日ですか?」

 

 なんだ? この意図の読めない質問は? 来栖の中に疑心暗鬼が生まれる。まるで嵐の前の静けさ。先程までに抱いていた呑気さを来栖は捨て去った。

 

「西暦20ZZ年。5月の・・・あれ?」

 

 そこで詰まった。日付が出てこない。

 

 

 来栖に焦りが生まれる。難しくない行為のはずなのに。昨日の日付なんてすぐに思い出せるはずなのに。それが遠い昔に感じる。全く思い出せない。来栖の焦りは加速する。思い返せば容易いはずの行為が全く出来ない。声を出す事も。立つ事、歩く事。そして思い出す事も。

 

 昨日まで出来てた行為が急に出来なくなっている。

 

 何故だ。何故できない。異常だ。こんなことは異常だ。焦りが焦りを生み、来栖の冷静さは焦りという名の重りによってどんどん沈んでいく。

 

 それにつられるよう知らぬ間に息がどんどん荒くなっていく。息を吸うなんて簡単な事なのに。今の来栖響(自分)にはそれすらにも疲労が伴ってしまう、苦しく感じてしまう。来栖は自分の肺辺りが燃えるように熱くなるのを感じる。

 

 来栖の体は吸い寄せられるように床へと近づいていく。来栖の視界はどんどん狭くなって、暗くなっていった。

 

「…………るすさん! 来栖さん! しっかりして下さい、来栖さん!」

 

 耳をつんざくような声で来栖は視界の光と広さをなんとか取り戻す。

 狭間の顔が来栖の真横にあった。狭間は前のめりになって倒れそうな来栖を全身で受け止めているという体勢だ。ゼーハーゼーハーと来栖の呼吸はわかりやすい程に荒れていた。

 

 そこから狭間は僅かに顔を離し来栖の肩を両手で引き続き支えながら視線を合わせ、落ち着き払った声で来栖に語りかけてきた。

 

「来栖さん。ゆっくりで構いません。ゆっっくり息を吸って下さい」

 

 狭間の指示に従って来栖はゆっくり息を吸う。そして、吐く。それを何度か繰り返した。

 そうすると長距離走りきった後みたいに肩を上下させていた来栖の呼吸のリズムは徐々に穏やかさを取り戻していく。

 

 来栖は徐々に息が整っていく中で水を飲みたいと思ってしまう。荒い息遣いのせいで喉が乾いてしまいマシだったヒリつきがぶり返した為だ。振り返ればあの病室からここに来るまでに一滴も水を口にしていない。喉を潤したいと来栖が渇望した矢先に救いは現れた。

 

「どうぞ」

 

 そんな声と共に来栖の真横にはペットボトルが差し出されていた。後ろに先ほどから控えている迅による行為だ。ペットボトルのラベルには”お〜い清水”と印刷されておりそれからは透明な、来栖がまさにいま望んでいた存在である水が封入されていた。

 

「いいですよね」

 

「構いません」

 

 迅は念の為に狭間に確認を取っていたが来栖はそんなことは全く気にも留めずに無理やりひったくるような形で迅の持っているペットボトルを掻っさらいタブを捻って飲み干すような勢いでがぶ飲みする。

 

 注がれた冷たい水は確かに、しっかりと来栖の喉を潤し、ペットボトルの容積が半分になったくらいで口を遠ざけた。

 

 来栖ははぁ、と満足感を表すよう息を吐く。ただの水にえも言われぬ感動を来栖は覚えてしまった。

 

「あっ、ごめんなさい」

 

「いえいえ、実力派エリートなのでお気になさらず」

 

 先ほどの礼を言わずのひったくり紛いな行動に対し来栖は体をよじって謝罪する。本来ならば向き合って、が筋だと思ったのだが車椅子に乗っている都合上、仕方がなかった。

 実力派エリート、迅は全く気を悪くした様子を来栖に見せず朗らかに笑って見せた。

 

「んんっ」

 

 狭間の咳払いだった。

 来栖はもらったペットボトルを手に持ったまま、姿勢を戻し対面する。

 

 そして先刻──息が荒れる前──と同じ声で狭間は質問してきた。

 

「来栖さん、ここがどこか分かりますか?」

 

「三門市立の総合病院」

 

「私の名前は?」

 

「狭間先生。狭間黒男先生」

 

「気分の方は?」

 

「もう、大丈夫です」

 

 狭間の気遣いが来栖に染み渡った。しかし来栖は迅からもらった水を飲んだおかげでだいぶ冷静さを取り戻すことができた。

 

「では来栖さん。色々不可解に感じているかも知れませんが一つ一つ、説明させて頂きます。気分が悪くなったりしたら遠慮なく仰って下さい。後日に変更しますので」

 

 了解のサインとして来栖は頷いてみせる。

 ようやくこの異常に説明がつけられる。来栖の中ではある種の安堵が訪れた。早く早く、と気が急く。きっと良いニュースではない。それでも来栖はこの違和感に決着をつけたかったのだ。

 

「ではまず、あなたがどうして病院にいるのかについて。あなたは今からおおよそ一年と半年ほど前に交通事故に遭い意識不明の状態でここに運び込まれました。身に覚えは?」

 

 交通事故? 来栖には全く身に覚えがない出来事だった為、首を振って否定する。

 

「てことは今俺、18歳、ってことですか?」

 

 事故があったのは20ZZ年の5月だとしてそこから足すことの一年半。計算すればおそらく自分は18歳になっているはずだ。与えられた情報を元に来栖は推測を口にする。

 

 しかし今度は狭間がかぶりを振ってそれを否定してきた。

 

「いいえ。貴方は現在21歳です」

 

 その回答に来栖は訳がわからなくなる。それでは辻褄が合わない。

 

「来栖さんが事故に遭ったのは20WW年の2月頃のことです」

 

「えっ。てことは」

 

 来栖の前提が狭間によって覆される。来栖のズレていた認識(辻褄)がピタリと当てはまる。20WW年の2月。その時の来栖の年齢は、

 

「つまり貴方が当時19歳の時に当院に運び込まれました。来栖さん。今日の日付は20VV年の9月17日なんです」

 

 目の前の狭間によって暴かれた。続けるよう狭間は事実を来栖響に告げる。

 

「来栖さん。今の貴方の状況は記憶の一部混濁が見受けられます。症状の病名としては解離性記憶健忘。俗に言う記憶喪失かと」

 

「はぁ?」

 

 来栖は知らずのうちに変な声がでた。

 




要するにな時系列整理

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