最強ノ一振り   作:AG_argentum

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前話と同じやつです


【挿絵表示】


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ー追記ー

いくつかの点を修正しました。


"Rip Van Winkle?"②

「はぁ?」

 

 来栖の後ろに控えていた迅はその情けない、戸惑いの声を聞き逃さなかった。

 

来栖の担当医。狭間黒男は患者(来栖)の反応を確かめる為に一旦そこで会話をやめる。

 

 そしてその患者(来栖)はというと迅の目からわかるほど先ほどの過呼吸ほど狼狽した様子ではないが背後から混乱しているのは十分伝わってきた。来栖はさっきから「はっ?」とか「えっ?」と当惑の声を漏らしている。

 

迅は来栖の反応を当然のモノだと考えた。

一体誰なら急にあなたは記憶喪失です、なんて事を言われて瞬時に平然と受け入れられるだろう。

 

 迅悠一は目を固く閉じ、彼ら──もうほぼ会話になっておらず狭間の安否を問う問いに来栖は相槌をうつのみになっていたが──の会話に聞き耳をたてながらもこれから選び取るべき未来を眺めていた。

 

 狭間は来栖が16歳のある時期からの記憶が抜け落ちていると会話の流れで診断した。そしてそれは迅も先ほどの問答の中で同じ結論に至っていた。

 理由は簡単。先ほどの問答で来栖は"ボーダー"に一切反応は示さなかったし、それ以前に病室で迅のことを一言だけであったがまるで自分を知らない人の様に接してきた。

 

迅は別に皮肉った訳ではないがある意味これは幸せな事かもしれないと思ってしまう。

何故なら今の来栖にはきっとあの、酷く(おぞ)ましい人災も忘れているのだろうから。知らぬが仏、というやつだ。

 

 だけどそれでも。いつかは知ってしまう。病院に長くいれば、退院してしまえば。外部から入ってくる情報からその事実を想像し、来栖はやがて辿り着いてしまうだろうと迅は判断する。

 

 彼の身の周りが今どうなっているかについて。両親ではなく、何故自分が来ているのか、その理由について。

 

 自身の副作用(サイドエフェクト)が未来を見せる。

 

恐らく1年以内に来るであろう大規模な近界民(ネイバー)による侵攻。その渦中で剣を振るう来栖の姿を迅は僅かに捉えた。 迅にとって来栖響は心強い味方だった。来栖がいるだけでかなりの被害が減らせるかもしれない。来栖の剣は未来を大きく書き換えてくれるかもしれない。もしかしたら誰も泣かない未来を創り出してくれるかもしれない。

 

 鮮明に見えていない未来に”かもしれない”という不確かな希望が迅の中で膨らんでいく。

 

 だけど。

 

ーー今の来栖さんに頼っていいのだろうか

 

 良心によって形作られた鋭利な針が希望で膨らんでいた風船を突き刺し萎ませていく。

 

 記憶喪失と言われて恐らく精神的にかなり参っている筈だ。そんな時に頼ってしまっていいのだろうか。それが来栖にとって最良の未来なのだろうか。自らの思う、未だそれが最良だと読めていない未来に来栖を巻き込み、新たな1歩を踏み出せるかも知れないこれから(未来)を踏みにじるような真似をしてもいいのだろうか。

 

 迅は思考に思考を積み上げる。

 

 そんな時にふと

 

『迅、お前に対処できない事があったら俺を頼れ。何せ俺はボーダー最強の一振りなんだからな』

 

 過去の、来栖の言葉が迅の心の内で反芻(リフレイン)された。

 

 都合が良すぎる。タイミングも良すぎる。迅は顔には出さなかったが苦笑いをしてしまいそうだった。

 その言葉を聞いたのはいつだったろうか。多分、来栖が事故に遭う直前だった気がする。その言葉は今の来栖の言葉ではない。ボーダーに在籍した過去の、ある意味ではあるが今の来栖からすれば未来の言葉だ。だけど。

 

 頼ってもいいのだろうか、再び。

 

 迅は固く閉じていた目を開ける。

 

 眼前には先ほどのようにうわの空だった来栖響はもういない。今の来栖の目はそれこそ迅のよく知ってる決意に満ちて、目的に邁進する”響さん”の目だった。

 

 彼はもう、今を受け入れて既に前へと進み出そうとしている。ならば自分も、彼の過去を取り戻す手伝いができるかもしれない。彼はきっと取り戻そうとするだろうから。これはもしかしたら自己解釈かもしれないと自嘲しながらも迅悠一は選びとる未来を選択した。

 

 過去を取り戻そうとすることは辛い未来になるかもしれないのに。彼がこうなってしまった事故の一端を自分は担ったというのに、彼に更なる困難を課そうとしている。

 それでも彼がその困難に打ち勝ってくれると信じて。

 

 ======

 

「それでは来栖さん、病室に戻りましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

 狭間からの問診が終わり、診察室から車椅子を鉄仮面のような看護師に押されて来栖は廊下に出る。迅は付いて来ずそのまま居残り診察室で何か狭間と話す様子だった。

 

 廊下に出てみれば人っこ一人として居らず場はまさに静寂そのものである。

 そんな最中に来栖は看護師と二人きりという気まずさを少し感じたがそんな雰囲気に無視を決め込んで先ほどの狭間の話を振り返ってみた。

 

 まず話されたのは事故の詳細について。

 これについてはまあありきたりな方で車との接触ということらしい。接触と言われれば軽く聞こえたのだが事故った場所が最悪だったそうでどうやら工事現場の傍だったとの事。 

 

 接触、そのまま撥ねられた当時19歳の来栖響はその後工事現場にあった鉄パイプが右の大腿部にぶっ刺さり、更には右肩あたりから左腰にかけては現場にあった特殊器具とやらに抉られて太ももと胸部の両方から大量出血。更に更にで置いてあったガラスが割れて細々と体に刺さったとの事。それらにより自身は一時生死を彷徨ったそうだ。

 

 これを聞いて現在身体年齢21歳、精神年齢16歳の来栖響が思ったことは自身への賞賛だった。どれだけ思いを馳せようと他人の日記を読んでるようで今の自分には絶対に届きもしないものだがそれでもその生きようとする執念に我ながら感服した。

確かに検査台に登る時にチラリと上半身からだいぶ惨い傷痕がみえてビビってしまった為、来栖はあまり意識しないように努めていたが。

 

 来栖は病衣の(えり)を引っ張って改めて傷痕を直視する。

 

 やはりエグイ。見てて気持ち悪くなる。見なければ良かった、と好奇心に逆らわなかった自業自得とはいえ来栖は大層後悔した。

 確かに狭間に言われたよう、右肩の付け根。もしくは鎖骨辺りから左の腰の方へと傷痕は伸びていた。深さは大体5ミリ程度、幅は3ミリぐらいだろうか。傷は1年以上経った今でも存在感を放ち、最深部は肌の色ではなく緋色が見え、この傷痕が来栖響が事故に遭ったことを一番証明してくれた。

 

 続いて太もも。こちらは検査の時にも来栖には見えていなかった。ただもし見てしまえばまたさっきのように後悔するだろうから見るのはやめておこう、と来栖は一旦決断するがそうは言っても好奇心に似たソワソワ感。見るなと言われては見てみたくなってしまうのが人の性。残念ながらそれらを抑え切れず代わりに右手でここら辺かな、とあたりをつけて服の上から撫でてみることにした。

 

 その部位に触れた瞬間ゾワリ、と来栖の背筋が震えた。

 それのせいでか車椅子を押してくれている看護師がすぐさま車椅子を停めて

 

「大丈夫ですか!」

 

 と慌てた声と本当に先ほどの鉄仮面な人かと疑いたくなるような顔でわざわざ後ろからこちらにきて来栖の様子を確かめる。静かな廊下では一層声が反響した。

 

「アッ、ダイジョウブデス。ハイ」

 

などと来栖はカタコトになりながら謝罪をすれば看護師は元の顔に戻り不信感を抱いた様子ではあったが納得したのか戻って移動を再開してくれる。

 

 それを確認してからどうしようかなーと来栖は一考してみるが勇気を出して、どちらかといえばヤケになって今度は裾の方を捲し上げて確認してみるとソレは見えた。

 

もうヤダホント

 

 本日二度目、いや迅とのコンタクトを含め三度目の後悔が来栖を襲う。気分はもっとブルーになったし顔も真っ青になった。どちらにしたって風呂に入れるようになれば見ることになるのだからもういいと来栖は観念し、逸らした目を再び傷痕にあてがった。

 見えたそこにも胸元と同じような傷跡があった。鉄パイプが刺さったと聞いたので来栖は勝手に円形の傷を想像していたが違っていて傷の形は縦に大体3センチ、横は1センチにも満たない四角形状のものだった。

 

 ガラス片の方に関してはもう全身至る所にある。特に多いのは体の側面。傷に関しては多種多様で一々分析するのはやめておくことにした。

 

 次に狭間に話されたのはどうして記憶喪失かについて。

 

 これに関しては今日が意識を取り戻した初日のためはっきりとは言えないそうで。

 ただ胸部と大腿部の出血多量によるものが原因の一端らしくそこからくる出血性ショックから意識障害という流れは原因足り得るかもしれないとの事。

 事故当時の検査では脳波には異常が見られなかった為にどうしてこうなってしまったのかは医者でもわからないらしい。

 

 そして最後に来栖響の今から、と言うより過去。現在記憶の無い四年前の6月から一年前の2月までの記憶は戻るのか、という話をされた。

 

 結論から言えば可能性は有り。その時期の行動を聞いたり見たり、なんなら再現すればソレがきっかけで思い出すかもとの事。ただ、どうもその記憶のない時期の自分は狭間曰く特殊な生活をしていたらしい。その生活の中身について話せるかどうかは後々連絡するとの事だった。

 

 一体何をやってたんだ、過去の自分は。まさか、一般人をパンピーって呼ぶようなヤンキーになってたとかなどと言いづらい事、特殊な事と言われてまず来栖が思いついたのは、至って真面目ながらもそんなくだらないことだった。

 

来栖のそんな妄想をし出したきっかけはヤンキーと工事現場って切っても切れなさそうな縁がありそうだったから。鉄パイプがヤンキーの主装備みたいなイメージが彼の中で勝手に先行したからであったりする。

 

(ヤバイなーそうだったら。父さん達に迷惑かけまくってる事になるじゃん。入院代とかいくら位になってんだ)

 

「・・・・びきさん」

 

 もう既に来栖の脳内では “過去の言いづらい事=ヤンキー” の式が完成しており更には入院の費用についても勝手に勘定を始めていた。

 

(ヤバイ、金返せるかな)

 

 なんてことも想像してしまう。

 

「・・ぃ、響さんってば」

 

(直ぐに返せるのってマグロ漁船とかか。いやでもアレ体力だいぶいるって聞くし今の俺の体じゃ直ぐに返せない。病院でもやれる内職みたいのでコツコツ返していくのが無難か?でもそれだと時間かかりすぎる。だったら・・・)

 

「おーい、響さん。聞こえてますか」

 

「聞こえてるよ!なんだよこっち考え事してんだよって、おぉぉわぁ!」

 

 来栖が俯いていた顔をあげれば目の前には迅の顔があった。そのせいで素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

 それよりもいつの間に病室着いていたのだろうか。周囲を見渡すとそこはもう廊下ではなく自分が一年以上世話になっている病室であり、一緒に居たはずの看護師は姿を消していた。

 

「あー、看護士さんなら今ナースセンターにいるそうですよ。何度も病室に着きましたよ、って来栖さんに言ってたらしいんですけど」

 

「あぁ、そう」

 

 どうやら考えこんでいる間に目的地へ着いていたようだ。来栖は周りに看護士がいなくなっていた事に納得する。

 

「えっと。改めてなんですが水、ありがとうございました。お陰であの時生き返りました、えーと迅さん?」

 

 唐突ではあったが問診中に出来なかった礼を来栖は迅に向き合って言う。言葉尻が疑問形になったのは判明していなかったフルネームについて聞き出したかったからだった。

 

 先ほどまで車椅子に座っていた来栖に目線を合わせてくれる為に床に片膝をついていた迅はついていない方を支えにして立ち上がり、来栖は迅を見上げる形に変わった。

 

 そこで来栖は小さな違和感を覚えてしまう。何故か胸を締めつけるような罪悪感にも似たそんな違和感を。

 

 だが来栖のその違和感を颯爽と払拭するように迅は右手の中指と人差し指を合わせて敬礼のようなポージングをしてから挨拶をした。

 

「ええ、お気になさらず。この実力派エリート隊員、迅悠一には造作の無い事ですから」

 

なるほど、と来栖は納得する。彼のフルネームは迅悠一とのこと。それよりも来栖が気になったことが一つ。

彼は自分が実力派エリートだと主張しすぎでは無いだろうか。今もそうだし、診察室でもそのフレーズは言ってたと記憶している。口癖か何かだろうか。

 そもそも。

 

ーー実力派エリートってなんだよ一体。

 

 率直な疑問。先の恩があるとは言え失礼なことを考えてしまって来栖の顔は怪訝と呆れが混じったものになってしまう。

 

 そんな来栖の顔を見て迅は「フフッ」と笑っていた。そんなにも変な顔だったろうか。そうだとしてもそれは少し失礼なのでは?と声には出さなかったが目を細めて抗議の視線を送る。

 

 懐かしむような、そんな声色でその目線に気がついた迅は釈明する。

 

「いやだって来栖さん。おれと初めて会った時と同じ反応したからつい、ね」

 

「何?」

 

 自分と彼とは初対面のはずだ。でも例外はある。今の自分には無い記憶。忘れてしまった記憶の二年間と半年が例外を可能にする。

 

「知りたいですか?過去の、あなたの事」

 

 訝しんでいた目は驚きによって見開かれた。

 すぐさま頷いてしまった。狭間から許可をもらっているのかとかどうして親じゃなくあんたが説明するのかなんて疑問は一瞬にして来栖の脳から消し飛び、ほぼ反射で動いていた。彼の言葉は今の自分にはとても誘惑的なものだった。

 

「それがたとえ、辛い事だとしてもですか」

 

 試すように自己紹介時の軽薄さは全く見せず迅は見下ろしている病人に表面上は冷たさを、奥底には優しさを伴った言葉を言い放つ。

 

 それを受け取った来栖は

 

「それでも、です。迅さん」

 

 ピシャリと、迅の優しさを感じ取りながらも一蹴してみせた。続けるように返答する。

 

「何が待ってるかはわからないけどそれでも、知ることから始めないと。知らなければ前に進めない。聞かされてどう感じるのかは今じゃなくてその時の自分に任せる。だから教えて下さい。俺の過去の事」

 

 数秒、睨み合いという名の意地の張り合いが無言で続く。

 

 そして、先に折れたのは迅の方だった。観念したという意志を伝える為にふぅーと天井を見上げながら息を吐く。

 

「それじゃあ...」

 

 神妙な心持ちで来栖は次の迅の言葉を待つ。それなのに、だ。

 

「屋上行きましょっか」

 

 来栖は肩透かしを食らった気分になった。

 

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