最強ノ一振り   作:AG_argentum

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暴風の過ぎ去った後

 来栖と迅の去った会議室では、先ほどまで張り詰められていた緊張の糸がゆっくりと撓んでいた。

 

 当然といえば当然のこと。

 なにせ先ほどまで殺人未遂犯が室内に佇んでいたのだ。

 

「まさか来栖があのような行動にでるとはの」

 

「開発部門でなんらかの対策を講じるべきでは?」

 

「やれんことはないが」

 

 鉄火場を経験したことのある忍田や城戸はそこまで様変わりしてはいないが、根津や鬼怒田といった争いごとと縁遠い人間からすれば来栖の凶行(覚悟)に肝が冷えっぱなしだった。

 

「城戸さん、今回の来栖についてだが…………」

 

「…………」

 

 忍田の口火に対して城戸は目を固く閉じていた。

 無表情も相まって、その内心を測ることはなかなかに難しい。

 営業本部長である唐沢も城戸が思案に苦慮していることを承知しながらあえて話しかけず、先ほどまでの少々乱暴な交渉を振り返っていた。

 

 といっても、振り返る点はそう多くない。

 

 交渉の題目は一貫して空閑遊真(野良ネイバー)の処遇について。

 

 そして題目の実現のために忍田・玉狛派が何を差し出すか、というのが問題であった。

 題目の実現のためとはいえ、交渉のテーブルに忍田・玉狛派がついてくれたことは唐沢からしても僥倖だった。

 本部の精鋭を撃破し、戦力の優位にたったこの状況ならば、その指揮系統を乗っ取ることも可能であった。そうしなかったのは温情か、それとも今後のことを考えてか。

 おそらく迅の性格からして後者であると勝手ながらに予想する。

 

 それはともかく。

 結果として差し出されたのは、玉狛が保有していた(ブラック)トリガー”風刃”。

 

 今回の争奪戦で城戸派が得た戦利品であるが──。

 

 ──少々、もったいないな。

 

 唐沢は胸中今回の交渉にそう評価を下す。

 

 そもそも、この争奪戦の発端は空閑遊真(野良ネイバー)が玉狛に入ることで変化するパワーバランスを平定するためであった。

 つまり、その終結時においてあるべきパワーバランスは昨今と変わらず城戸派>玉狛派であらねばならない。

 

 これがもし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があったのならば話が変わるが、風刃を持つ迅の戦果がA級三人(菊地原・古寺・太刀川)であることを踏まえると、使えるかどうか未知である玉狛のトリガーのほうが価値がある可能性を否定できないのが現実であろう。

 

 そしてなにより。

 

 ──来栖隊員の所属を本部に戻せなかったのは少し痛い。

 

 唐沢も来栖の動向に加担していた人間であるため承知ではあるが、来栖の所属は未だ玉狛支部だ。

 

 そして問題なのは指揮系統。

 ボーダーは命令の重複を避けるために直属の上官からしか命令ができない。

 つまり、来栖には玉狛支部長である林藤にしか命令権がないのだ。

 

 こうなると、本部として下したい命令に対して、林藤がその命令を解釈し歪曲される恐れがある。

 というよりかはその前科が既にある。

 

 何らかの事態が起こりえた時に、()()()()()()()()()()()()()()()を自由に動かせるメリットはかなりのものだろう。

 

 ──迅くんもそれを読んでいた。

 

 来栖が提示しようとした交換条件はおそらく自身の身柄。

 城戸直属の部下になる、といったところだろう。

 これならば城戸は来栖という強力な戦力を意のままに扱える。

 

 パワーバランスという観点からしても釣り合いが取れただろう。

 

 まあそれも。

 

 ──詮なきことか。

 

 もうこれ以上考えても仕方がない。

 

 城戸も忍田も、野良ネイバー入隊の条件として”風刃”以上、もしくは以下の対価を求めるような真似はしない。そんなことをすれば、いよいよ引き下がった来栖が本気(殺人犯)になる。

 

 そうなることがわかっているから、誰も彼も先ほどの交渉内容には触れようとしない。

 火中の栗を拾おうものなら、手痛い火傷を負うことが目に見えているからだ。

 

「唐沢くん」

 

「なんでしょうか、城戸指令」

 

 唐沢は、城戸からの呼びかけに小気味よく返事を返した。

 眼光の鋭さは相変わらずだが、その言葉には普段以上の荘厳さがある。

 

「君は来栖隊員についてどこまで理解している?」

 

 なるほど、と思いながら唐沢は手を顎に添えた。

 

「一から説明したほうが早いですね」

 

 この会議室においては、来栖が記憶喪失であることを知っていた人間は忍田と唐沢のみ。

 城戸・鬼怒田・根津に説明するには最初から始めたほうが早い。

 

「まず、病院で診断された確定事項からお話ししましょう。今から三ヶ月前に目覚めた来栖くんですが、彼はボーダーに入隊してからの記憶。つまりは十七歳当時以降の記憶を失っています。その上でかれはこの三ヶ月間、玉狛支部で戦闘訓練を行なってきました」

 

 唐沢の説明には誰も口を挟まない。

 ただその言葉を咀嚼する。

 

「次いで、本日確定したこととしては、来栖くんは失った記憶を取り戻していると思われる。ということです。そしてこれは私の推定ではありますが──」

 

 唐沢は一度ことばを切って、紡ぎ直した。

 

「おそらく来栖くんは失った記憶を取り戻してはいない、ということです」

 

「どういうことですか? 唐沢さん」

 

 唐沢の発言は矛盾している。

 いまいち脈絡のつかめない根津は困惑しながら聞き直した。

 

「来栖くんの口ぶりからすればですが、記憶のメカニズムである”記銘*1”と”保持*2”は肉体上できているのでしょう。問題となっているのは”想起*3”の部分であると思われます」

 

 パソコンに例えるならば、ハードディスク(記憶媒体)にデータは正しく書き込まれ、そのデータは問題なく保存されているという状況。

 問題は、保存したデータを画面に表示し、確認する作業だ、と唐沢は分かりやすく述べた。

 

「推察を重ねるようで申し訳ないですが、さらに重ねます。おそらく来栖くんには、想起ができる人格と、できない人格が存在している。つまりは──」

 

「二重人格!」

 

 過去を憶えている(想起できる)人格と、憶えていない(想起できない)人格が来栖にあるのだと唐沢は推察し、会議室の面々は決して小さくない驚きを見せる。

 

「彼が二重人格(そう)であると考えれば、ひとつ疑問が解消されます」

 

「疑問とは?」

 

「来栖くんの発言ですよ」

 

 会議室の誰もが、来栖の発言を振り返る。

 唐沢は、皆に提起するように来栖の発言を口にした。

 

「あの日の出来事を。()()()()()()()()()()()()、と彼は口にしたことです」

 

「……誰に、だ?」

 

 その発言がなされた時同様、未だ要点を得ていないでいる忍田が疑問を口にした。

 

 あの日の出来事は確かに機密事項だ。

 が、先ほどの会話がなされたタイミングでいた人間、迅を含めた上層部の全員はそもそもその機密事項を承知している。

 つまり、聞かせていけない人物はいないはずだ、と忍田は頭を捻った。

 

 それを覆す答えを唐沢が口にする。

 

()()()()()()()、ですよ」

 

「…………!!」

 

 疑問が氷解する。

 そこからの理解は早かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()聞かせるわけにはいかなかった。ということか!?」

 

 目を見開いた忍田が反射的に口にした。

 その発言に深く唐沢が頷く。

 

「おそらくですが彼らの人格は、混然とする(混ざり合う)手前。水と油のような関係ではなく、コーヒーとミルクのような関係なのでしょう。だからこそ、あの時来栖くんは不用意な発言、情報を口にはできなかった」

 

 過去を憶えていない自分に、過去を思い出させる(想起させる)きっかけができてしまう。

 

「彼が時間がないと言ったのは、主だった人格は憶えていない側であるからでしょう。ふとしたきっかけで人格が入れ替わる可能性がある。その可能性があるならば、彼があのような暴挙にでたことも、まあ一応の理由付けが可能です」

 

「来栖隊員が申した、()()()()()()()()()()という言葉の意味については?」

 

「残念ながら、それについては何とも。推察しようにも情報が足りませんからね。可能であるならば来栖くんの口からあの日の詳細を聞きたかった」

 

「”最悪の未来”については、どうお思いで?」

 

 まだ解決していない問題。

 迅が口にした未来の話。城戸と来栖が出会うことで起こりうるとされたこの題目もまた解決を図るべき代物であった。

 

「まず、迅くんの予想とは外れる形できっかけとされるのは来栖くんと城戸総司令との邂逅ではなかった。”最悪の未来”へのきっかけは別の事象であったと考えるべきかと」

 

 迅の未来視(サイドエフェクト)とて万能ではない。

 未来を見透す能力は先にある結果を指し示すだけで、その過程全てを詳らかにはしてくれない。

 仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()としても、どうやってその結果に辿り着くのかまでは迅とてわからない時がある。

 

 今回もそれと同様。

 ”最悪の未来”が視え、それに至る過程を迅は断片的な未来から推察した。

 その推察こそが、城戸と来栖の邂逅。

 ただその推察が間違っていたという話だ。

 

「おそらく来栖くんにも視えて、いや()()()()いるのでしょう。”最悪の未来”の輪郭と、そこに至るきっかけを。だからこそ、自身(来栖くん)はそれを遠ざけることができるとも発言した」

 

「迅くんのように、未来を見ることが来栖くんにはできると?」

 

「情報の差、でしょうね。我々は当然のこと、迅くんにも視えていないきっかけ(地雷)。未来を予測し得るほどの情報を来栖くんは知っている。依然としてきっかけ(地雷)は埋まったまま、ですが」

 

 撤去できたわけではない。

 

「完全に来栖くんの制御下にある、と思わないほうがいいでしょう。あくまで遅らせることができたと考えるほうが自然かと」

 

 いずれ踏み抜いてしまう未来はやってくる。

 

 会議室にいる面々は真っ黒な天井を思わず見上げた。

 

「となると──」 

 

「ええ、解析を急ぐべきでしょう」

 

 解決への糸口はそう多くない。

 会議室にいる面々の思考が一致する。それを代表して唐沢が口にした。

 

「遠征部隊が入手した特別任務の成果、そして──」

 

 ──あの日の戦闘で確保した、(ブラック)トリガーのより詳しいデータを。

 

 全ては()()()

 

 来栖響が単独で撃破し入手した、(ブラック)トリガーが鍵を握る。

 

 

*1
新しい情報を覚え込むこと

*2
覚えた情報を保ち続けること

*3
保持していた情報を思い出すこと




現時点で開示可能な情報①

・来栖響は1年半前、単独でとあるブラックトリガー使いを撃破している。

・撃破に際し、ボーダーはそのブラックトリガーを回収。現在は解析が進められている。なお、解析はあまり進んではおらず、性能等は明らかにされていない。

・ブラックトリガーの近界(ネイバーフット)での呼称名は不明。便宜上、上層部は”(かご)”と呼称している。
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