いくつかの点を修正しました
「それでも、です。迅さん」
毅然とした声で来栖に返された。迅としては来栖にはできればここで「やはり良いです」と折れて欲しかった。
告げられる彼も辛いだろうが告げる事になる自分もそれはそれで辛いのだ。しかしこの役を買って出た。
診察室で狭間との話し合いでは「こちらが言いましょうか?」との意見も出された。それでも断った。
だから話すのは自分でなければならない。
目の前の病人は言葉を続ける。
「何が待ってるかはわからないけどそれでも、知ることから始めないと。知らなければ前に進めない。聞かされてどう感じるのかは今じゃなくてその時の自分に任せる。だから教えて下さい。俺の過去の事」
なんとも迅の知る来栖響らしい言葉だった。
それから数秒見つめ合う。来栖は迅を必死で睨んでいたが迅からすればハッキリ言って可愛げのある睨みだ。こんなの城戸さんの睨みに慣れてるこっちからすれば小動物のようなもの、何より彼の二年前の戦闘時の眼力を知るものとしては雲泥の差だった。
おそらくこうなってはテコでも動かないだろう。もともと話す気はあったのだ。先ほどの質疑は来栖への確認でそれでいて迅自分が覚悟を決める為の時間でもあった。
わかりやすく天井を見上げて息を吐く。覚悟は決まった。
「それじゃあ屋上行きましょっか」
口頭で話せば与太か気が狂っているかと思われるだろう。道すがら話すにしたって百聞は一見に如かずというもの。
車椅子を押す為に迅は来栖の背後に回る。
そういえばボーダーへの入隊動機もさっきみたいな感じだったな。車椅子を押し始めてすぐに迅はそんなことを思い出してしまう。
4年前、ボーダーが表舞台に姿を現した最初期に来栖は入隊したが今のように面接官を雇える程の組織の規模では無かったし、重要な時期でもあった為
その人物がボーダーにとって有益か否か。それを視る為に。
その折に入隊動機も聞いたが確かそう。
『
『知ってどうするのかね』
『わかりません。それは今決めれる事では無いんで。知ってその時に、自分の在り方は決めてみせます』
確か当時の面接官は忍田だったろうか。だいたいこんな感じだった。随分昔の事なのにやけにスッと出てきた。そこまで印象が強かっただろうか。
ただ、変わらないな、と迅は思った。ある意味今の彼と年齢は同じなのだから当然のことか。
車椅子を押していくうちに屋上へ上がる為のエレベーターの前に着いた。
矢印が上を向いているボタンを押して到着を待つ。
さて、何から話そうか。まず切り口としては来栖も所属していた自分たちの組織についてだろう。
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「界境防衛機関”ボーダー”。それが俺と響さんが所属している組織の名前です」
エレベーターが来栖と迅を収容し終え、Rのボタンが灰色から橙色に変わってから迅の独白は始まった。
「ボーダーが表立った行動をし始めたのは今からおおよそ四年前。響さんが17歳になる直前に設立されました。組織の目的は取り敢えずひとつ、三門の市民を
それだけ?来栖が振り返って迅を見てみるが反応は一切無し。
発言通り続きは屋上に着いてからなのだろう。迅は来栖を一瞥もせず無言で扉が開くのを待っていた。
来栖は屋上に着くまで数秒とはいえ手持ち無沙汰なために与えられた情報で推察を立ててみる。
まず狭間に「“ボーダー"という名前に何か心当たりは?」と質問されたがそれがこれだと来栖は合点がいった。
取り敢えずボーダーが組織の名前だということはわかった。でも組織名の前に付いている単語の意味が今度は分からない。
防衛は多分その”ある存在”とやらから市民を守るという意味なのだろうけど、かいきょうの意味が分らない。どんな漢字当てるのか?海峡、開教、開胸、戒経。あとどのような
「さむっ!」
推察に熱中しすぎていたようだ。9月のもう秋だと実感させる仄かに冷たい風が薄着な全身にぶち当たって来栖の意識を現実に引き戻す。いつの間にか自分たちは屋上に出ていて車椅子は転落防止のために設置された鉄格子の前で停止していた。
来栖は身勝手であるが寒さに負けてさっさと中に入りたいと思ってしまう。全身を震わす程ではないがこの寒さはかなり堪えた。だいたい何故わざわざ屋外に出る必要があるのだろうか。
しかし、来栖が一瞬ついた悪態は突如として遠方から鳴り響いたけたたましいサイレン音と鉄格子の隙間から見えてきた景色による驚きで瞬く間に消え去った。
来栖は自分の目を疑った。幻を見ているのか。夢を見ているのか。それとも催眠にでもかけられたか。
兎にも角にも目に映った光景は信じ難いものだった。
『
風に乗って聞こえてきた音声と同時に何も無かった中空に黒い円の空間が生まれる。
そして突如発生したその空間から遠い屋上からでもわかる巨大な白い異形が五体、這い出るようにして地に降り立った。
異形は着地の衝撃かで派手に土煙を上げ、近くの家屋を踏み荒らすかの様に動き始める。
来栖は声が出なかった。その異形にただただ視線を送るだけ。あんな存在を自分は知らない。
困惑とした来栖の思考は迅の呑気な声で更に加速する。
「おっ。今日の防衛任務の担当は嵐山隊か。さっさと終わりそうだし後でお礼言っとこ」
なぜ平然としていられるのか。その前に逃げないと、そんな言葉を後ろの
「目、離さない方がいいですよ」
来栖の回しかけた首に待ったをかける。迅のその声がやけに冷静で。来栖は何故か信用してしまった。
来栖は言われた通り、視線を異形に集中させる。異形たちは相変わらず街中を横行闊歩していた。
だがその一角が。空間を裂いた二条の閃光によって貫かれ動きを止める。
残った異形3体は突如知性が生まれた様な動きで砂糖に群がる蟻のように閃光の放たれた方角へと建物を壊しながら歩みを進め始める。しかしその内の1体が何故か崩れ落ち活動を停止した。残っていたはずの2体もまたほぼ同じタイミングでその場で動きを止めていた。
何が起きたのか。来栖には全くわからなかった。
それからは呆然と異形の近くを見回してみる。そして気付く。あの周りに三つ、動き回る赤い粒がある事に。
しかし、来栖が目を凝らしてようやく見えそうだった粒の正体を突き止める前に迅が横槍を入れる。
「見せたいものは見せましたしあとは病室に戻って話しましょうか」
「あの、あれって何なんですか」
「それについても病室で」
来栖の質問を迅は意にも返さず出て来たであろう屋上の出入り口へと車椅子を押していく。
来栖は病室に戻るまでに思考は上手く回らなかった。
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「さて、何から聞きたいですか」
病室のスライドドアに鍵を掛け、カーテンを閉め終わり、病室が密室に生まれ変わったあと迅は「他の人に聞かれるとマズいんで」と理由を述べてから会話の火蓋を切った。
「だったら前置きとして聞いておきますけど、屋上で見せて貰ったアレは俺の過去に関係があるんですよね」
「勿論です」
「なら、あの白い怪物が出てきた黒い所とその怪物について」
「オッケーです。じゃあまず黒いほうについて。あれは
迅はそこで一旦話を区切り、見舞い用のソファーに腰を掛けた。
異次元? 何を馬鹿な、と来栖は本来ならば一笑に伏す所だったがあんなものを見せられてはそうも言ってられない。なるほど。それならまあ理解はできなかったが納得はギリギリできた。続きをお願いします、と迅に促す。
「今からおおよそ四年前。三門市に響さんが見たものと同じ
「なら、どうやって倒したの?」
「それはココとこいつです」
迅は右手で心臓近くをトントンと叩き、左手には握り易いように形成され、黒を基調とし
来栖が迅に見せてもらったそれには銃や剣のような殺傷力は感じられない。それなのに来栖は懐かしさや安心感のようなものを感じてしまう。
「先ずはココについて」
来栖は迅の手元にやっていた視線を迅の胸元に移す。
「人間の心臓部の隣には見えない臓器が存在します。臓器の名前はトリオン器官。そしてその器官から生み出される生体エネルギー”トリオン”でこの”トリガー”を起動、そんで運用します」
そんなモノがあるのか?と今更ながら来栖は迅を疑った。
「見せる方が早いですよね」と迅はそう言いながらも手に持っていた”トリガー”と呼んだそれを懐にしまい込み、代わりに腰に下げていたホルスターから先ほどのトリガーに酷似したものを取り出しこう呟いた。
「風刃、起動」
それを合図のように迅の手にしていた漆黒のトリガーから翠玉色の刀身が形成され、刃の根元からは刀身と同じ色の光の帯が数本うなりを見せる。
来栖は風刃の放つ独特の存在感と妖艶さに思わず見惚れてしまう。
「ハイ、見せるのおしまい」
そう迅が言うと風刃の刀身は搔き消えホルスターに収まった。
「取り敢えず今見せたトリガーとかを使ってトリオン兵には対処してます。要するにボーダーはこのトリガーを用いて
「えっと、じゃあ」
来栖は口元に手を当て考え込むフリをして次の質問を投げる。
「あっ。あの家に住んでた人達。大丈夫なの? その、えっとトリオン兵に家踏み潰されてたけどへい、き?」
あれ?と思ってしまう。そこからちょっと待て。平然としていた思考は硬直してしまう。
来栖はそこからあることに気が付き脳内に三門市のマップを作り始める。
それからしたことは簡単だ。日本列島を思い浮かべ、東京と大阪にピンを挿して紐で結ぶみたいに今自分がいる病院と自分の家辺りとを結んでみる。
幼少から住み慣れた街だからこそいくつかの要所を経由して簡易マップはすぐに完成した。そして出た結論はというと。
(待って。あの方角に俺の家ないか)
結んだ線の中間地点には先ほどのトリオン兵が暴れまわっていたエリアがある。
来栖は血の気が引いた。まさかそんなことはないよな、と嫌な思考が浮かんでしまう。しかし迅は先ほど言ってなかったか?
あのトリオン兵たちが”
「今現在。あそこら一帯は警戒区域として廃屋になっていて人は誰もいませんよ」
その一言で一つ来栖の心配事は減った。でも嫌な予感は未だする。
迅はそこから繋げるように話を続ける。
「四年前。
嫌な予感がする。嫌な予感が加速する。なんだその物言いは。だって東三門には。
迅の言葉は悲痛さを込めた声へと変化する。
「
来栖は喉の痛みなんてお構い無しに迅の言葉を遮った。
やめてくれ。それは嫌な想像だけで終わらせてくれ。それを口にされたらきっと今の自分では耐えれない。自身の考えの甘さを呪ってしまう。
異様な空気が病室に充満する。何を告げるべきなのか。何を尋ねるべきなのか。数秒、来栖にとっては永劫とも思えそうな沈黙が二人の間で生まれる。
そこで迅は大きな舵を切った。
「響さん。今日貴方を伺ったのはお見舞いともう一つ。お願いがあったからです」
「お願い?」
「響さん。ボーダーに戻ってきてくれませんか」
本当に唐突なお願いだった。
次で病院でのくだりはおしまいです