ゆゆゆ03様、誤字脱字報告ありがとうございます
一部添加しました。
本当に申し訳ない。主題そのものを忘れるとかあるまじき失態です。
「響さん。ボーダーに戻ってきてくれませんか」
「……急、ですね。そのお願いは」
荒れかけていた来栖の心は迅の一言で急激に冷める。いや、どちらかというよりは今も尚、来栖の心は荒れているが理性が迅の発言のせいでバグを起こしている、感情と理性がチグハグになっている。そんな感じだった。
迅の話を冷静に聞く為に、来栖はこの今にも爆発してしまいそうな感情に蓋をして、今出来る限りの理性を総動員して対応する。
嫌な想像は早く消えて欲しいのに全くと脳裏から出ていかない。だから無理矢理別の事で頭を埋め尽くすことにした。
「急なのは承知してます。それでも聞いてくれますか」
「まずは話を聞いてから、です」
「恐らく、半年から一年以内に四年前とは比べものにならない程のトリオン兵と
余りの未知の用語の多さに少しうんざりしながらも会話の流れについていくために質問する。
「
「一言で言うなら
──人間? 今迅さんは人間と言ったのか?
狂気の沙汰とはこのことか。来栖は訳もなくオカシクなりそうになった。可笑しくなってくつくつと笑ってしまった。
蓋をしていたはずの感情が吹き出してしまいそうになる。怒りと悲しみと苦しみと。ありったけのマイナスな感情が混ざり合って来栖は掠れ始めた声でボリュームを制御できずに喚いてしまう。
「それはなに、つまりは? その
「トリオンです」
「トリオン?」
半ば八つ当たりに近い来栖の激情を迅は受け止め返答する。迅の顔つきが更に曇りがかったが来栖はそれに気づけない程荒れていた。
「先ほど話したトリオンには個人差があります。トリオン能力が高い人間は生け捕りに。低い人間はトリオン器官だけを引き抜く。心臓横にある為結果として死んでしまいます」
「生け捕りにされた人。どうなんの」
「向こう側の兵士として使われます。トリオン能力の優劣は戦争、戦闘において直結すると言っても過言ではないので」
「何だよ、それ」
聞かされた話がショッキングすぎて来栖は力なく項垂れてしまう。
「四年前よりは確実に抑えてみせます。そのためにおれたちは牙を研いできました。それでも、それでも犠牲者がゼロになる未来が視えないんです」
「視えない?」
迅の悲痛な声が来栖に伝わる。それと同時に来栖にはある疑問符が浮かんだ。"犠牲者がゼロになる未来が視えないんです"? 何故そこで”予想出来ない”ではなく”視えない”を使う。
それでは、まるで。
「おれには未来が視えます」
なんだその戯言は。有り得ない、と来栖が一蹴した可能性と全く同じ言葉が迅から繰り出された。
どうせつくならもっとマシな嘘をつけ。頭がメチャクチャになった自分ならば騙せるとでも思っているのか、こいつは。
来栖は怒髪天を衝きそうな感情をそんな馬鹿馬鹿しい嘘をつく迅のことを嘲笑い鎮めようと項垂れていた顔を上げてみれば。
真剣に、ただただ迅は来栖を見つめるだけ。先ほど見せて貰った風刃と同じ色の瞳が真っ直ぐに来栖を捉えていた。
作っていた口角が沈んでいく。来栖はその目に圧倒されてしまった。
荒んだ来栖の感情はその視線に耐えきれず冷静さを僅かに取り戻す。そして残ったまだ残っていたしこりを、まるで熱を放出するように息に乗せて吐き出し顔を誠意ある顔持ちに作り変えた。
「なんで見えるんですか」
「高いトリオン能力を有する人間は稀にトリオンの影響で五感。もしくは六感に変化をもたらす事があります。それによって発現する能力、
「仮に未来が視えたとして。だったら俺をわざわざボーダーに誘う理由は? ハッキリ言って今の俺は迅さんの知ってる俺じゃ無いんですよ? きっとその侵攻でも役には立たないと思うんですけど」
未だに熱が抜けきらない語調で来栖は迅に言及した。
来栖は迅の説明、
なにせ今の来栖は記憶喪失。ボーダーでどんな立ち位置だったか知らないが期待されたって無駄なのだ。
迅も診察室に一緒にいたのだからそれくらいわかってるはず。迅の知る来栖響は今いないのだ。
なのに。迅は自信を持って言ってみせた。
「いいえ。確実に響さんは未来をより良くしてくれます。おれのサイドエフェクトがそう言ってる。だから、ボーダーに戻ってきてくれませんか。響さん」
頭を下げられる。来栖にはその姿はとても痛々しく見えてしまった。完全に熱が抜け切った弱々しい声で来栖は迅に質問する。
「もし俺がボーダーに戻ったとして、記憶を取り戻す可能性はあるんですか」
入るにしたってそのメリットがあるかどうかはかなり重要だと思う。可能性のある無しは天と地ほどの差だ。来栖にとってそこは譲れない点だった。
「断言はできません。ですが可能性は十分だと思います」
「わかりました」
「じゃあ」
下げていた顔が上がり迅はの顔がほころぶ。
しかし悪いと思いながらも来栖はこう続けた
「一日だけ。時間をください」
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「はぁ。疲れた」
迅がいなくなって静かになった病室で来栖は独りごちる。
カーテンで閉ざされていた窓からは夕陽が鮮やかに街を照らしているのが見えた。ついでに遠くの方から時折爆音が来栖の耳に届いていた。
うん、やはりおかしい。爆音はおかしいだろ。来栖は頭を抱えた。廊下の方から
「今日もボーダーの子達は頑張ってくれてるみたいねぇ」
なんてのほほんとした年配の患者らしき人の声が聞こえてきてこれもボーダー関連か、と思わずため息が出てしまった。
やはりというかなんというか。改めて来栖は実感する。自分が眠ってしまっていた間に随分と我が生まれ故郷はその様、その在り方を変えてしまったらしい。
思い返せば今日は人生で一・二を争う出来事の連続だった。知らぬ間に記憶喪失になっているし、
(いや、それは俺の悪い妄想だ。もう忘れろ)
来栖は頭を切り替え、迅の言ってたことを全て信じるとして。近い将来にあのトリオン兵と
自分にはあずかり知らぬと無視を決め込める事が出来ればどれだけ楽だろう。それを考えると胸が忙しなく揺れ動いてしまう。揺れ動く度に迅が帰り際に残した余計な置き土産を来栖は思い出してしまった。
『響さんがどんな未来を選ぼうと何も言いません。戻るかどうかの未来は響さんの手の中にあるんで』
「未来が見えるんじゃなかったけ」
何もない真っ白な天井に向かって毒を吐いてみるが返してくれる相手は誰も居ない。
迅のサイドエフェクトは恐らくだがきっとそう都合の良いものではないのだろう。来栖はいつの間にか信じてしまっていたが、そう結論付けた。
モゾリと考え無しに寝返りを打ってみる。
「うっ、んごおっぉぁ。わ、忘れてた」
来栖は失念していたが一年以上動かしてなかった自身の身体はなまくらと化していた。
全身が引きちぎられるような激痛が走り、涙目になりながらうめき声を上げる。
体のこの感じ。今でもう既に痛いんだから明日はよりヤバい激痛に襲われるだろう。疲労度がピークに達してて眠れそうだったが眠るのが一気に億劫になった。
億劫といえばもう一つ。迅との約束だった。あの後、縋り付くような真似はせず、「そうですか」と短い言葉を吐いて置き土産を頂いたわけだが、結局返事を後回しにしただけだ。
だから今日中に回答を考えなければならない。
断るにしたって当たり障りのない回答のほうがいいだろうし。
今のところ断ろうとする方に来栖の天秤は傾いてる。もし「絶対に記憶が戻ります」とでも言われたのならば即決とはならないだろうが今頃天秤は逆に傾いてただろう。本当に迅は未来が視えているのか疑わしくなってきた。
断ろうとする意志のウエイトの大部分は来栖の体の現状に寄るものだった。立つこと、歩くこと、息を吸うことにすら苦痛が伴う身体。この状態ではあんなデタラメな怪物にあの
今の来栖にはトリガーとは武器そのものであり、戦闘は生身で行うものと認知していた。
ウエイトとなっている問題はトリオン体に換装すれば一発で解決する。しかし迅はあえてその存在を来栖に告げなかった。
迅が来栖に求めたのは戦う力ではなく、戦おうとする意志。
来栖が強かろうと弱かろうと構わない。彼の意志が放つ追い風は間違いなくボーダーを良き未来へ後押しする。
勿論迅としても記憶が戻ってくれるのが一番嬉しく、最善の未来なのだが来栖はそんなことはつゆ知らず、さてどう断りを入れようかと思った矢先に
「来栖さ〜ん。入りますよ〜」
何とも気の抜けた声で看護師が病室に入ってきた。ただ来栖はその顔に見覚えがあって確か自分が起きたての時に狭間先生を呼びに行った看護師だと思い出す。
「点滴の交換行いますね〜」
看護師は用件を伝えるとワゴンからパックを取り出しスタンドにかけてから色々操作しているが一向に終わりそうにない。おいちょっと待て。この人今「やば」って言わなかったか。来栖は嫌な予感がして顔がわずかに引き攣った。
「にしても良かったですね〜。お目覚めになられて」
「え?」
作業の途中。看護師は唐突に話しかけてきた。勘弁してほしい。医療ミスは御免被るぞ。
そんな来栖の想いは届かず、気さくな看護師は会話を続ける。
「だって来栖さんの病室。毎月必ずボーダーの隊員さんが来ていらっしゃったんですから皆大喜びですよ、きっと」
ボーダー。今最も来栖が気になっている組織の名前がここでも出て来た。
「色んな人が来てましたよ。来栖隊の皆んなや風間くん。二宮くんに加古ちゃん、嵐山くん! あと、さっき来てた迅くんはかなりの頻度で来てましたし一回だけ総司令さんも来てましたね」
「は、はぁ。え、風間? 風間ってひょっとして風間蒼也ですか」
来栖は無難な相槌を打ったが今挙げられた面子の中に迅を除いて一人だけ知り合いらしき名前があった。
「下の名前まではちょっと」
「赤い目のチビでしたか?」
「ええっとぉ。……はい」
間違いない。来栖響の知ってる風間蒼也だ。身体特徴が一致している。どうやら4年経っても尚、身長は伸びなかったらしい。
(あいつもボーダーに入っているのか。いやそれは早とちりか。風間は別にボーダーの人間じゃないかも知れなし)
この看護師が知っているかどうかわからないが来栖は一応質問してみる。
「あの、風間もボーダーの隊員なんですか?」
「? 同期の隊員だってお聞きしましたけど。違うんですか」
(決定だ。あいつも入ってる。つか、同期かよ。仲良しかよ。いやクラスの中ではあいつとが一番仲が良かったとは思っているけど)
「風間くんが最後に見舞いに来てくださったのは9月の始め頃かな。何でも少し遠い所に行くからその前にって」
旅行か何かだろうか。風間にそんな趣味はなかったと思うが。
「その後には来栖さんの部下だって人達も来て。確か名前は「あっと、その前に。あの少しいいですか?」はい?」
来栖は看護師の会話を遮った。申し訳ないが部下とやらの名前を出されたってリアクションに困る。狭間先生の側に居た看護師さんと違う人だしひょっとして今の来栖響の現状を未だ知らないのではないのだろうか。
「看護師さんにとってボーダーはどんな組織ですか」
知りたいのはボーダーの、迅のような在籍員からではなく外部の市民からの評価。
今の来栖響は今の三門市を知らなさ過ぎる。
「どんな組織か、ですか」
看護師は作業の手を止めて腕を組み考え込むそぶりを見せてから
「ヒーローみたいな組織、ですかね」
「ヒーローですか」
来栖は回答に対しオウム返ししてしまう。看護師は「ええ」と一度頷いてから更に続ける。
「患者さんとか市民の中にはボーダーの活動に対して否定的な意見を持ってる方もいますけど私にとってはヒーローみたいな存在です。実は私、一回死にかけたんですよ」
「!?」
「多分三門市の人の大半……は言い過ぎかな。でもそれなりの人が四年前の
暗い話の裏腹に溢れんばかりの笑顔を看護師は浮かべた。
「なるほど、そうですか。わざわざお仕事中にすみません」
「いえいえ、ちょっとサボりたかったのでお互い様、というやつですよ。やっぱり気になったりするんですか? ボーダーの評判とか」
「ええ、まあ」
サボる気だったのか。来栖は相槌の裏で少し困惑してしまう。
「よしっと!」
時間がかなりかかっていたが看護師は作業を終えたらしい。ワゴンの向きを反転させ部屋を出て行こうとする。ただ、部屋を出る直前、もうスライドドアの敷居を跨ぎ終えた後、顔だけひょっこり覗かせて看護師は来栖にある種死刑宣告にも似た慈悲なき告知を行う。
「それじゃあ、来栖さん! 明日からリハビリ頑張ってくださいね!」
「へっ?」
来栖は突然のスケジュール告知で鳩が豆鉄砲を食らったような呆けた顔をしてしまった。
いや待ってほしい。今で
「勘弁してくれよ、マジで」
ただ、そんな言葉とは裏腹に来栖は晴れ晴れとした顔つきに変わる。
──答えはたった今得た。
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「ああっ、マジでエグかった」
来栖が起きてから翌日。リハビリを終え、車椅子を押され病室に帰って行く途中に来栖は盛大に愚痴を吐き出した。
「ふふっ、お疲れ様。来栖くん。でもあと2週間、頑張ってね。そしたら退院出来るそうだから」
「イヤ、でもマジでエグいんです。起きた翌日にさせるトレーニングじゃないですよ」
「ん〜。取り敢えず来栖くんが寝てた間はマッサージとか電気を筋肉に流したりして筋肉ができるだけ落ちないようにはしてたんだよ」
「へ〜、そうなんですか」
背後から車椅子を押してくれているのは昨日から来栖がお世話になっている気さくな看護師、先ほど名前を来栖が聞いて判明した新見さんが来栖に受け答えする。
「ケッコーそういうのってお高いんだけどね。ボーダーの役員さんがポケットマネーで出してくれてるみたい」
「えっ、そうなんですか」
ここにきて来栖の知らない新事実。ひょっとして治療費とかもボーダーから出ているのではないのかと勘ぐってしまった。
「そうそうそれでね。って、あっ! 迅くん! 今日も来てくれたんだ」
来栖は聞き取りやすいよう捻ってきた首をもとに戻し正面を見てみる。
見ればもう自身の病室があるエリアまで戻ってきていて病室の扉の前には迅が待ち構えていた。
「うぃ〜す。響さん、それに新見さんも」
「えっと、すいません迅さん。時間過ぎてましたよね」
「いえいえ、さっき来たばっかなんで」
「どうぞ」と迅がスライドドアを開け、新見に押された車椅子はそのまま室内へと入って行く。
「それじゃあ来栖くん。あとで点滴変えにくるから」
「はい。有難うございます」
新見は来栖が車椅子からベットに移ったことを確認してから病室から出て行った。
それから数秒後、迅は昨日と同じようにスライドドアに鍵を掛け、カーテンを閉め始める。
しかし迅は昨日のようにソファーには腰掛けず、来栖の真正面に移動してから話し始めた。
「響さん、リハビリお疲れ様です」
「迅さん、ひょっとして知ってました? リハビリあるってこと」
「まあ、一応」
「昨日教えてくれたらよかったのに」
なんて事はない。ただの世間話のようなものだ、ここまでは。
迅がふぅーと息を吐き出す。それは来栖と迅との間での合図のような物。
迅は覚悟を決めて切り出した。
「響さん、昨日のお願いを憶えていますか」
「もちろん。それに対する答えも既に出してます。ただ、その前に1つ。改めて聞かせて欲しいんです」
「改めて?」
「そう、改めて。先に言っときますけどその答え次第でどうこうするとかは無いので」
来栖はそこで一旦間を置く。
──怖い。とてつもなく怖い。されど、受け入れなければ前には進めない。
先程の迅と同じように来栖も軽く眼を閉じながら短く息を吐く。
視界を閉じた事によってか聴覚が鋭敏になり、鼓動の音が身体を伝う。
──これは決別だ。昨日の、覚悟の足りなかった来栖響との決別だ。今この時をもってそれを証明する。
迅は何も言わない。ただ目の前の人間が発する言葉を待っている。
来栖はゆっくり眼を開けた。迅の翡翠の瞳にピントを合わせてから口を開ける。
「俺の身内って今どうなってるの」
それは昨日、来栖の遮った言葉の続きを求める問いだった。自分で遮っといて求めるとは来栖自身も失礼な話だと重々承知していたがそれでも迅に続きを求めた。
迅はそれを予期、いや視えていたのか。一瞬だけ間を空けてから応えてくれた。
「ご両親は既に4年前に死亡。ただ、妹さんだけ行方不明との事です」
「ありがとう、迅さん」
来栖は迅に二重の意味で深く頭を下げた。
迅も、来栖と同じように昨日覚悟を持って話そうとしたはずだ。なのに自分のせいでそれを踏みにじる様な真似をしてしまった事。
そしてそれでも尚、自分の都合に応じてくれた事。
感謝の意を最大限に込めて頭を下げる。
──ああ、ダメだ。止まってくれ。
視界一面に広がる純白のシーツが一部、灰色に変わる事に来栖は気づく。
流すな、流れるなとどれだけ念じようと白のシーツを
決めた筈だ。どの様な答えが待ち受けようと、それを受け入れ耐えて見せると。
「流せる時に流しといた方がいいですよ。
今も尚頭を下げている来栖に迅の優しい声が聞こえた。
「流せる時に流しておかないと、壊れそうになるんで。今の内に泣いておいた方がいい」
嗚咽が思った以上に酷かったのか、はたまたシーツに落ちた
来栖が必死に見せまいとしていた感情は呆気なく迅に看破されてしまう。
迅のそれがきっかけだった。
必死になって押さえ込んでいた感情のダムは決壊する。必死に泣くまいと手に込めていた力は抜け、シーツにシワの華を咲かせ、涙は大粒に、止むことのない雨のようにシーツを濡らし、無理に押さえ込んでいた声は年甲斐も無く獣の遠吠えの様に叫んでしまう。
「その方がいい。その方が、響さんには合ってる」
迅が小さく呟いたが、来栖はそんなこと気にも留めず涙が枯れきるまで流し続けていた。
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「はぁ〜、ホントあり得ないくらい泣いた」
あれからどれだけ時間が経ったのだろうか。
来栖は腫れた目元を擦ったり、だらしなく垂れてきた鼻水をティッシュで拭ったりと悲しみの遺産を取り除きながら口にした。
随分と
心が軽くなった来栖は先ほどまでの哀愁を一切感じさせないような明るい声で迅に宣言する。
「迅さん。俺、ボーダーに入るよ」
「えっ」
それはまるで気心知れた友人に明日遊びに行こう、と誘うようなノリで。唐突の来栖の宣言に迅は一瞬困惑する。あれだけ待ち望んだ返答だというのに、だ。
「視えてなかったの?」
来栖は僅かににやつきながら迅をからかうようなニュアンスで発言する。随分と調子のいいものだ。先ほどまで人に見せれないような顔をしていたくせに。
ただ、迅はそれを指摘するといった野暮な真似をせず、まいった! といった具合に両手を上げて
「ええ、読み逃しました」
なんて笑って言った。
「響さん」
「ん、何? 迅さん」
「参考程度に教えて欲しいんですけどボーダーでなにをするか教えてくれませんか」
「ん〜」
「何を目指すかとかでもいいです」
来栖は上を向いて悩んでる素振りを見せてから誰にも言わないで下さいね、と一言前置きを置いてから語り始めた。
「弱くても、何かは為せる筈だから。誰かを、たった1人でもさっきみたいに涙を流さない様
子供っぽいかな、と付け加え来栖は自虐の笑みを浮かべるが迅は眼を丸くしてしまう。そのあと迅は肩の力がストンと抜け、自然と含み笑いが漏れてしまった。
「笑わないでよ! 迅さん」
「いやぁ、バカにした訳じゃないですよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。響さんなら、絶対為せる」
それにね、と来栖は一言区切ってから更に続けた。
「やっぱりだけど記憶も取り戻したい。知らない自分がいるのはちょっと怖いし、何より興味があるから。ボーダーにいた俺がどんな風に過ごしていたのか、とか」
「それも響さんならきっと思い出せますよ」
「そこは絶対、って言ってほしいんですけどね」
来栖の一言に迅は苦笑いを浮かべる。意地の悪いことを言ったかな、と来栖は思いもしたが先ほど笑われた仕返しだ。
迅がベットの側まで移動してくる。
調子に乗りすぎたか?と少し身構えてしまったがすぐさま納得する。側まで来た迅は右手を来栖に差し伸べて来た。
「これからよろしくお願いします、響さん」
伸ばされた手に来栖は筋肉痛で鉛を超えて白金の重さと化した右手を震えながらも何とか伸ばし、やっとの思いで迅の右手に掌を乗せるように握手を交わした。
「よろしくです。迅さん」
「ええ、後それから。早く特訓するためにもリハビリ頑張ってくださいね」
「うぅ、ハイ。頑張ります」
迅の握る右手の力が僅かに強くなり、結局いい笑顔で嫌みを返された。
なんかいきなりお気に入りが伸びてビックリしました。
次からいよいよワートリ領域に本格参戦です。