『おまえが宇佐美栞か?』
問いかけは唐突だった。昼食をとろうか個人ランク戦を観ようかとボーダーのラウンジを彷徨っていたところ、自分とほぼ背丈の変わらない男性が話しかけてきた。
『えっと。確か個人総合9位の』
切れ長のガーネットのような瞳が印象的な男性だった。
先日、防衛任務でオペレートを担当したが咄嗟のことに名前が出てこないでいる。
『風間蒼也だ。三日前にお前にオペレートしてもらったな。見事だった』
『ああっ! こちらこそ先日はどうもお世話になりました!』
『気にするな。おまえ、この後なにか急ぎの用事はあるか?』
名前がすぐに出てこなかった事を咎められることはなく、風間さんはこちらに確認をとってきた。
『? ないですけど。アタシに何か御用で?』
『ああ。立ち話は何だからな。昼食代はこちらが出す。だから少し食事に付き合え。そこで要件は話す』
『おぉ~。ゴチになりま~す!』
こちらの了解を得ると風間さんは私の横をすり抜けて食堂に歩を進め始める。
私はカルガモの親子のように後ろへと続いた。
にしても、先ほど見た感じではあるが。メガネが似合いそうな御仁である。
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風間さんとアタシは注文カウンターで注文した商品を受けとった後、手ごろなテーブルに腰かけ食事を開始した。
ちなみにアタシはマルゲリータを。風間さんはカツカレーをだ。
そしてアタシがピザを半分食べ終わったあたりで風間さんの口が開いた。
『最近開発された
『カメレオンですよね。最近流行り始めてる』
『ああ。俺は
『確か風間さんって長いことソロでやってましたよね。何か心境の変化でも?』
『最近うるさい奴が一人いてな。いい加減に黙らしたい』
『うるさい奴ですか?』
『ああ。早急に灸を据える必要がある。最近元の調子を取り戻し始めたとはいえだ』
『それって一体?』
『蒼也、おまえ何やってんだ?』
ぽん、と風間さんの肩に手が添えられた。風間さんは振り向かずとも声でわかったのか主に対する興味を示す様子を一切見せない。
ただ一言だけ。噂をすれば、か。とやれやれといった表情になってみせる。
アタシは風間さんから視線を外し、風間さんの肩から伸びる腕を辿って声をかけてきた人物の顔を見た。
あっ、と声が漏れ出てしまう。この人はさすがに覚えている。接点こそ全くないが彼を知らない人間は今のボーダーではほぼいないだろう。
唯一無二の強さ。一部では“最強”とまで言わしめられている
A級来栖隊隊長、来栖響。その人が居た。
(ひょっとしてこの人が?)
『その制服。もしかしてオペの子か?』
『どうも、宇佐美栞です』
年上の、それこそ初対面のひとにおちゃらけた様子をみせるわけにもいかず風間さんと同じような態度で接した。
『宇佐美? ああ! ウチのオペが絶賛してたな。凄い子がいっこ下にいるって。てことはまさか。やっと火ぃ着いたってこと? 蒼也』
『いったん離れろ。今は交渉中だ』
会話に水を刺されたことに苛立ってか風間さんは顔をしかめ、肩に置かれた来栖さんの手を振り払う。
『マジか。それは悪いことをしたな。いやでも。マジで楽しみにしてたからさ。お前の作るチームとバトれるの』
来栖さんは申し訳なさそうな、情けない顔をしながら両手でごめんと、合掌する。その顔と様子とが以前ブースの特大モニターで見かけた戦闘中の顔とはかけ離れていてアタシは呆気にとられた。
『ああ、少し待っていろ。直ぐにA級に上がっておまえのその首を取ってやる』
風間さんが随分と挑戦的なセリフを来栖さんに投げかけた。
知らぬ間に冷や汗が出る。風間さんの暗殺者の様な鋭い眼光が、見ているこちらまで萎縮させた。
それに呼応するように。来栖さんの表情は精悍なものへとみるみる変わっていく。
ああ、この表情だ。以前見かけた、“最強”と謳われる人物の顔つきは。
へえ、と来栖さんは一息入れた後、風間さんをこれでもかと見下ろし睨みをきかせ。
『言ってろ。どんな敵だろうと俺が先に斬る』
ぶわり、と来栖さんの一言でアタシの肌が粟立った。戦闘員でないアタシでも解る。彼は間違いなく強者に類する人間だと。
王者の風格。漠然としながらも圧倒的な存在感を彼は顕現させた。
これがボーダートップランクの隊員たちが放つ空気。まさに一触即発。二人の間では目に見えない熱い火花が散っている。傍にいるこちらからすれば堪ったものではないし周りの隊員も固唾を吞んで見守るかそそくさと離れていっている。
二人がにらみ合い続けて数秒。こちらではそれ以上に長い時間を経た気分になった。
すると二人ともまるで示し合わていたかのようなタイミングでふっ、と笑みを浮かべ絶対零度を思わせた周囲の空気は一瞬にして霧散した。
『それじゃあ、交渉がんばれよ、蒼也。ライバルとして応援しとくぜ~』
言いたいことを言い終えたのか来栖さんはアタシたちを一瞥してひらひらと手を振りながら離れていく。何というか嵐の様な人だった。
その背が見えなくなったのを確認してから風間さんはわかりやすくため息をついた。
『はぁ、すまんな。俺の知り合いが迷惑をかけた。あとで奴には制裁を加えておこう』
『ほどほどにしてあげてくださいね』
緊張していた筋肉が弛緩し、ピザを一切れ口に放り込む。
残念ながらまだ気に充てられたままらしい。全くピザの味がしない。
なんとか緊張をほぐそうと風間さんを見た。
うん。何度見てもメガネが似合いそうな人だ。僅かながら気力が回復する。
『ひょっとしなくてもなんですが。来栖さんですか? その……』
アタシはその続きを言い淀んでしまう。が、風間さんはバッサリと言ってのけた。
『ああ、あいつがうるさい奴だ』
『あちゃ~』
まさかの予想通り。風間さんが見据える山はエベレスト並みの高き山らしい。
『最近ようやくもとの調子を取り戻したかと思えば以前より増して口数が多くなった。困ったものだ』
風間はそういってはいるが本当の意味で困っているようには見えない。初対面であるにも関わらず喜びのようなものが見えた気がした。
『そうなんですか? 風間さん嬉しそうですけど』
思ったままのことを口にすればクールなこの人らしからぬ柔らかい笑みを浮かべる。
『以前の奴と比べれば今の方が断然良い。それだけの話だ。それで話を戻すが』
『オペレーターの件ですよね』
風間さんは表情を引き締め直す。
『ああ。すぐに回答は求めていない。だが快い返答を期待させてもらいたい』
『いやいやいや』
アタシはやれやれといったように首を左右に振って大げさなリアクションをとった。
『ぜひともお手伝いさせてください。一緒にあの人を黙らしてやりましょうぜ!』
アタシは力こぶを作るようにして風間さんに江戸っ子のような口調でおどけてみせた。
『あんな熱い場面魅せられたらもっと近くで見たくなっちゃうし、勝って欲しくなっちゃうじゃないですか。打倒ライバル! 燃える!』
風間さんは流石に今回答を貰えるとは思っていなかったのか見ているのが面白いぐらい固まっている。
『ダメですか? そんな理由じゃ』
初対面の人物にかましすぎたか。少し真面目な雰囲気を出す。
『いや。そう言ってくれるならこちらとしても期待に添わなければな』
クールさを取り戻した風間さんがこちらに手を伸ばしてくる。
『改めてだが宇佐美。おまえの力が必要だ。俺の作る部隊《チーム》に来い』
『あいあいさ~! よろしくお願いします、風間さん!』
伸ばされた手を握り返し、空いたもう片方の手でアタシは敬礼をしてみせた。
にしても、来栖さんもメガネ似合いそうだなぁ。