ぷろろーぐ
それは買い出しの帰りのことだった。あの日から一緒に過ごしている貴音と雑談しながら帰路を辿る。何の変哲もない日常の一幕をその出来事は容易く非日常へと変えた。
『──て!よ─君!だれ─、た─けて!』
「ん?」
「どしたの?伸太郎」
「いや、今なんか聞こえたような・・・」
伸太郎は気のせいかと思ったが、歩を進めるほど少しずつ声が大きくなる。
『助けて!誰か・・・!このままじゃ、彼が死んじゃうっ・・・・・・!』
「「っ・・・!!」」
ちょっとした路地に差し掛かったとき、今度こそ確実にその声は聞こえた。
悲痛なその声をあの事件を経験した二人が無視出来る筈も無かった。買い物袋を固く握りしめて、二人は声が聞こえてくる方へ夢中で走った。
角を曲がり、路地に入って少し走るとその声の持ち主の少女はいた。赤い何かで汚れ、気を失っている茶髪の少年と共に。
「「大丈夫(か)!?」」
「っ!」
ビクリと肩を震わせて少女はこちらへ振り返る。見知らぬ人間の登場に驚いていた少女はすぐに我に返り、二人に助けを求めた。
「た、助けて下さい!」
「分かった。これ、持っててくれるか?」
伸太郎は何も聞かずに買い物袋を少女に渡して、少年を背負う。貴音も何やらスマホを操作している。
「急ごう!見た感じ、出血が激しい!幸い俺達の家はすぐそこだ。それまで耐えてくれ」
「伸太郎は医師まがいのことしてるからきっとどうにかなるわ」
出来るだけ揺らさないようにしながら早足で家へ帰る。貴音は少女を少しでも安心させようと声をかける。
((絶対に助けてみせる!))
真っ赤なヒーローとその相棒はいつかの自分達と似ている二人を助ける為に走った。
幸か不幸か、伸太郎達の自宅に到着するまで、誰ともすれ違うことは無かった。
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結果から言えば少年は助かった。伸太郎の適切な処置のお陰で。伸太郎が処置をしている間、貴音は予めスマホ予約で沸かしていた風呂を少女に貸した。
彼女や彼女の服が少年の血で汚れていたためだ。二人の制服は泥や血で汚れていてとても着れるようなものではなかったので、貴音と伸太郎の服を貸している。
「さて、遅くなったが自己紹介といこうか。
俺は如月伸太郎、歳は22だ。」
「如月貴音、伸太郎の妻よ。歳は22。両方如月でややこしいから、あたし達のことは下の名前で呼んでちょうだい。」
「あたしは、木下優子です・・・。それで、傷だらけの彼が吉井明久君です・・・」
目を覚ます気配を見せない彼・・・、明久の周りに椅子を置いて3人は自己紹介をする。
ちなみに、明久は客室に運ばれた。
「とりあえず、彼の状態だが暫く安静にする必要がある。彼のご親族はこの怪我に関する事を把握しているのか?」
「恐らく、把握してないと思います。前に彼は『両親と姉さんは海外で暮らしていて、僕は一人暮らしなんだ。』と言っていました。
彼が連絡しない限り情報は届かないかと」
「そうか・・・」
(それなら、あの時よりはまだマシか・・・?
いや、でも───)
「あ、あの・・・・・・」
「ん?なんだ?」
優子が伸太郎に声をかける。伸太郎は考えるのを一旦止めて、下へ向けていた顔を優子の方へ戻す。
「どうして、ここまでしてくれるんですか?見ず知らずの、それも一目で厄介事だとわかるような人を。」
その質問も最もだった。優子の言う通り普通の人ならば避けるだろう。自分は巻き込まれたくないから、同じ目に遭いたくないから。面倒くさいから、理由は様々だ。
それでも、伸太郎達が無視しなかったのは・・・。
「・・・お前らが俺達に似てた、だから無視できなかった」
「似てた・・・?」
優子は首を傾げる。あの短時間で見付かるような共通点なんてあったのだろうか?
「あぁ・・・。随分昔の話になるけどな。俺達はサークルみたいなモノに入ってたんだ。その時期落ち込んでた俺にとっては大切な居場所だったんだけど・・・・・・」
「伸太郎は居場所を奪われたのよ、途中でサークルに入ってきた女に嵌められてね。サークルメンバーも長く過ごした伸太郎じゃなくて、その女の方を信じた。伸太郎の意見も、明らかに可笑しい点すらも確認せずに」
「んで、袋叩きにされた。そのサークルは何でも屋みたいな感じで荒事も解決したりしてきて、力が常人以上にあった。その時は今みたいに体力が無かったからされるがままで・・・。紅茶ぶっかけられたり、鳩尾を蹴られたり・・・まぁ、色々されてボロボロになって路地裏に捨てられて」
「私もその時は事情があって伸太郎を支えることが出来ないから伸太郎の妹ちゃんに事情を伝えて・・・」
「本当に最悪だった、痛いし、ショックだし、情けなかった・・・・・・」
「そんな・・・・・・!」
酷い話だ。だけど、それ以上に似ていた。
「だからさ、俺はとある案件を速急に終わらせてアイツらと縁を完全に切った。金輪際関わりたく無かったからな」
「復讐も考えたんだけど、あの連中の為に時間削ってやるのもバカらしいでしょ?だから関わらないようにここに移り住んだの。」
「・・・・・・明久君も、同じなんです」
二人の話を聞いた優子が口を開く。その目には涙を湛えていた。二人は先を促すように静かに耳を傾ける。
「少し前に転校してきた男子生徒がいて、ソイツは明久君を苛めてて・・・、でもっ!明久君は優しいから、我慢して・・・・・・!明るく振る舞ってたのに、今日、嵌められて!明久君がアイツを苛めた事になってて・・・、皆明久君の話を聞かないし、信じないしで!
遂には集団で暴力振るい始めて・・・、あたし、何も出来なくてっ!」
優子が我慢してきたものが溢れる。目の前できっとその光景を見てしまったのだろう。
貴音は立ち上がって、優子の背中を擦る。自分も同じだった、何も出来なかったから、声も届かなかったから。
「っ、呆然としてたら、先生が来て・・・。暴力振るってた人の手が止まったから、その隙をついて明久君を支えながらさっきの所まで来たんです・・・。病院はあっち側に経営者の家族がいるから呼ぶに呼べなくて・・・」
「そこで俺達に出会ったんだな・・・・・・」
「はい・・・」
すすり泣く優子に伸太郎は視線をふっと緩ませた。
「お前は・・・、いや、優子は何も出来てないなんて言ったが、それは間違いだ。」
「・・・・・・?」
伸太郎の言葉に優子はまた首を傾げる。
「優子が一生懸命声をあげたから、俺が気付けた。明久の怪我が更に酷くなる前に俺が治療をすることができたんだ。今、ここでこうやって話せるのも優子が動いたお陰だ。何も出来なかったなんて嘘だ。ちゃんと人一人を救ったんだよ。
貴音もだ。前に言っただろ、あの時一緒に居てくれたから俺は諦めずに済んだって」
伸太郎は優子と視線を合わせて柔らかく微笑み頭を撫でた。
「よく頑張ったな。後は任せろ、俺達だって伊達に大人やってねぇんだから」
「そうよ。私たち、こう見えても結構凄いんだから、遠慮なく頼りなさいね」
たった数十分前に出会ったばかりの人間だ、普通なら信頼なんて出来よう筈もない。
でも、何故だか二人は違う。絶対に裏切らない、そう思った。やはり、同じだからなのか。
「・・・はいっ!」
その答えは出なかったが、優子は漸く安心することができた。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
次回(あるかは不確定)をお楽しみに。