「えーと…じゃあ瞳ちゃん、7×6は~?」
「42です。」
「さすが~♪九九はちゃんと覚えてね~♪それじゃあ次は~…そこで喋ってる三人~?続けて答えてね~?」
『うげっ』
『えー』
お兄さんと予習しているおかげで、教科書の最初の方は完璧だ。
とても自信がある。
それも全教科予習をしているのだ。
テストはまだまだ先だけど、絶対にいい点を取って、お兄さんに誉めてもらう。
チャイムが鳴って授業が終わった後は、笹原さんと駄弁る。
学校が始まって三日程経つが、友達は彼女しかいない。
笹原さんは他にも前からの付き合いの人がいたから、行ってしまうと少し寂しい。
でも私を優先してくれる。
だから私は、笹原さんのことが…勿論友達として好き。
「ママがご飯好きにしていいっていうから、野菜炒めって言ったんだけど――」
『あら?恵の嫌いな人参もたっくさん入るわよ?』
「て!酷いと思わない!?」
「美味しいよ?」
「瞳は野菜好きだもんねーあたしあんまり好きじゃなーい。」
「なら何で野菜炒めって言ったの?」
「だって瞳が一番好きなんでしょ?あたしも好きになりたい!」
「笹原さん…嫌いなものは嫌いでいいんだよ?」
「何か冷たい!?」
同い年の子と笑い合う。
今まで得られなかったものを素直に得る。
当たり前を享受する。
それがこんなにも幸せだと、大人になっても思いたい。
(お兄さんは…そう思えたの…かな…)
「瞳?」
「……ふぇ?」
「どしたの?」
「う、ううん!何でもないの…そうだ!お兄さんが作る野菜炒め、一緒に食べない?」
「え!?いいの!?」
「うん!」
ぼーっとしてて咄嗟に言ってしまった。
心からの本音だから後悔はないが…
(勝手に…)
お兄さんに了承も得ずに勝手に言った。
(どうしよう…)
―――――
結局、隠し事が出来るような性格じゃない私は、正直に話した。
勝手に言ったことをお兄さんに怒られるか、無理だって笹原さんに謝るか、私にはその二択があった。
《本当に?》
(……え?)
《本当にそう思うの?》
(どうして…)
《まだ…信用出来ないの?》
(信…用…?)
《まだ…人が怖いの?》
(違う)
《違う?》
(違うの…お兄さんは違う…光希さんも…笹原さんも…皆いい人なの…!)
《それでも…この程度のことで怒られると思ってるの?少し頼めば作ってくれるよ?》
(分かってる…分かってるよ…!)
《お父さんが…怖い?》
私は理解した。
何故こうも心臓がうるさくて、息も辛くて、何が怖いのか。
勝手なことをしたことなど、お兄さんはどうでもいい。
ただ笑って、やってくれる。
私のしてほしいことをしてくれる。
その当たり前なことが、その優しさが、怖いんだ。
お兄さんが、お父さんになることが…
自分を育てることが当たり前で、優しくするのが当たり前で…違う。
私のお父さんは…当たり前なことは…暴力だ。
『別にいいよ。いつでも連れておいで。』
(止めて)
『お隣だし、親御さん達も許してくれるよ。』
(いや…)
『恵ちゃんにもお礼を言わないとね。』
(お父さんに…ならないで…!)
「瞳ちゃん?」
「……ひっ…!」
「ど、どうしたの!?」
お兄さんの声を聞いてなかった。
またぶたれる、また蹴られる。
いつの間にか私は、大粒の涙をこぼしていた。
「ひ、瞳ちゃん…?」
「違…うん、です…お兄さんは…何も…」
「……何か怖いことがあったのかな?」
「違う…違う…
「…瞳ちゃん!」
「…!」
「何があったのか分からないし、何を怖がってるのか分からないけど、大丈夫だよ。瞳ちゃん、怖いことは何もない。落ち着いて…」
お兄さんは私を抱きしめる。
優しい。
暖かい。
何を怖がる必要があるのだろうか。
お兄さんはお兄さん。
たとえそれがお父さんになったとしても、前のお父さんとは違う。
私は泣いた。
しかし悲しみや恐怖からじゃない。
お兄さんに抱かれている安心感からだ。
私は年相応に泣きじゃくり、いつの間にか意識を失っていた。
瞳ちゃんごめん…ただの日常はもはや物語じゃないんだ…心苦しい…あ、作者はロリコンではありません。勘違いしないで下さい。