「あの…」
「………」
この人は無言で震えてる。
何かに怯えているように。
私の声も聞こえていないようで、涙まで流している。
どうすれば聞いてもらえるか。
何で震えているのかや、どうして倒れていたのか、何で傷だらけなのか、全部気になる。
しかし…
「…あの…」
「………」
取り付く島もない。
光希さんとはまた違う反応なだけに、会話すら出来ないこの状態で、何故と聞く方法も思い付かない。
光希さんは喚き散らしてくれたから会話は出来た。
対してこの人は口を開くことさえしない。
「えーと…うぅ…」
私も迷い過ぎて涙が出てきた。
どうすればいいのか全く分からない。
「……瞳。」
「!光希さん…」
「……」
光希さんが部屋に入ってきて、私に声をかける。
私が駄目だったことを把握した光希さんは、自分でも声をかけてみる。
「なあ……」
「……」
「…聞こえてないのか?」
「……」
「……」
光希さんは聞こえていないことを確認した後、私に振り返った。
「瞳…抱き着いてみな?」
「……え…?」
「触られたら反応するだろ。育が連れてきた奴が普通とも思えないし…叩くのはまずいだろうしな…思いきり抱き着いてみれば動くんじゃないか?」
「……やってみます。」
何となく私もそう思った。
それぐらいすればきっと声を上げるくらいするだろう。
言われた通り抱き着いてみることにした。
「…失礼します…!」
「…!?」
凄く震えて押し退けられる。
直後この人は、初めてこちらを向いて、私達を視界に捉えた。
「瞳!」
「だ、大丈夫…」
「あ…」
そこでようやく私達に気付いたようだ。
「…子ど…も…」
「おい!いきなり押し退けることはねぇだろ!?」
「大丈夫…光希さん…あの…お姉さん。私達は、あなたと話したいんです。だから…」
「…ごめんなさい。色々あって…その…言い訳だね。子供に当たるなんて…」
『……』
お姉さんは本当に反省しているみたいだ。
とりあえず落ち着いてくれてよかった。
「…最後に覚えてるの…倒れたことなんだけど…二人が運んでくれたの?」
「いえ…お兄さんが…」
「俺らの親が運んだ。」
私が『お兄さん』と言おうとすると、遮るように光希さんが親と言う。
確かにあまり公表しない方がいいかもしれない。
「そう…その人にお礼を言いたいから、呼んでもらえないかな?二人もありがとう。」
「じゃあ呼んでくるから待ってろ。」
「うん。」
二人で呼びに部屋を出た。
後はお兄さんに任せるべきだろう。
―――――
「二人に任せて正解だったみたいだね。」
「はい!」
「…育、あいつの傷…」
「傷?」
「…見やすい所のほとんど、それに切り傷火傷刺し傷、色々だった。俺の元いた所にも、そんな怪我して帰る奴いたからなんとなく分かったけど…あの数は普通じゃない。」
「…そっか…」
やっぱり何か事情のある子を抱えたらしい。
一刻も早く話しを聞く必要がある。
「二人は来ない方がいいかもね…二人はこっちにいて。少し…生々しい話しになるかもしれないから…」
「…はい…」
「…俺は平気だから、後で教えてくれ。瞳が聞かないように見張ってる。」
「瞳ちゃんごめんね?」
「私のこと考えてくれてるの、分かります。お姉さんが辛いのも…分かるから…私も何か出来るなら、言って下さい。」
いい子で良かった。
あまり辛いことをこれ以上聞かせる必要はない。
「じゃあ行ってくるよ。」
「おう。」
「はい。」
―――――
「…二人に呼ばれたんだけど…入って平気かな?」
『どうぞ。』
許しを得てから部屋に入る。
「……怪我は平気かな?」
「あーこれは…大丈夫…」
腕を擦りながら応える。
ぱっと見で分かるくらいの傷が平気なわけがない。
「とりあえず倒れてた理由が知りたいんだけど…」
「…はい…」
その後の話しは最早二人で聞き慣れた内容ではあった。
この子が高校生という時分でなければ。
「……」
「自分の親にこんなことされて…普通じゃないよね…」
「……」
―――――
彼女の両親はとても普通の家だった。
普通の家庭、普通の職種、親も当然の如くこの子を愛し、幸せな普通の暮らしをしていた。
しかし…ある日父親が急変した。
母の死を境に、父親は『良い親』から『駄目な親』に変わった。
仕事にろくに行かず、酒を飲み漁り、賭け事にのめり込み、とても良い父親と言える人ではなくなった。
ある日その父親は、更に駄目に…いや、最低になっていった。
それは娘の彼氏の存在。
高校生の子供に恋人がいるくらい何もおかしくないだろう。
父がたまたま外にいる時に、隠していた彼氏の存在が露呈し、その後は悲惨なものだった。
改めて彼氏を紹介したものの、もう彼はまともではなかった。
その彼氏の子をいきなり酒瓶で殴り付けた。
朦朧とする意識の彼氏を、更にめったうちにし、死亡するまで殴りつけた。
当然止めに入るも押し退けられ、涙を流し呆然と見てるしかなかった。
何故と言うも、父の凶行はまだ終わらない。
今度は実の娘を、性的に襲ったのだ。
それからは更に悲惨なもの。
監禁されて日の目を見ることもなくなった。
更には性的暴行、暴力も当たり前、たまに買ってきた拷問器具は簡単に扱われ、傷の原因は主にこれ。
三ヶ月の監禁を受け、出前の隙に何とか逃げた。
それからは半年間色々な人の家を渡り歩いた。
時に体を捧げ、酷い性癖の人に当たることもあった。
それでも父親よりましだと自分に言い聞かせ、何とか生活していた。
しかしある日、またその父親は現れた。
お世話になっていた家の人は、スタンガンと包丁で殺された。
それからは連れて行かれ、更に酷い仕打ちを受けた。
暴力暴行はより過激になり、もはや人としてまともとは思えないほどだった。
監禁も更には地下になり、拷問器具は増え、体に付く傷も増えていく。
その中、再びチャンスが訪れる。
家に強盗が入りこんだのだ。
地上に急いで行く父を放り、急いで家を出る。
急ぎ過ぎていたのか、地下の鍵が開いていたのだ。
それからというもの、一時間近く走り続け、倒れた所を育に拾われ、今に至る。
―――――
「……辛かったよね…ごめんね。思い出させて…」
「…大丈夫です。それより…迷惑かけることも理解してます。それでも…放り出されたら次はいつ捕まるか…お願いします!私をここに置いて下さい!何でもやります!家事も奉仕も、二人の世話だって…働きも…だから…」
「…追い出すわけないよ。偶然にもここにいるのは、皆訳ありの人間なんだ。瞳ちゃんは虐待の末に置いて行かれた。光希君も、ホームレスと一緒に生活していた。僕も…だから、君がいても平気だよ。その父親のことも、どうにか出来ないかやってみる。好きなだけいるといい。」
「……ありがとう…ありがとう…ございます…」
泣きながら感謝する。
その時僕はその話に同情すると同時に、確かに怒りを覚えていた。
宣言通り長くはしたけどね…次はちゃんと予約しよう…