中世農民転生物語   作:猫ですよろしくおねがいします

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中世農民転生物語

 土に生まれ、土に生きて、やがて土に還る。

 人によっては意味のない人生と見做すかも知れないが、己の生き方にさしたる不満は覚えなかった。

 

 気がつけば、農民の子供であった。

 転生を自覚した時も、別に劇的な出来事に遭遇したり、意識不明の事故から回復したからでもない。

 ただ単になぜか眠れぬ晩。冷たい風が吹きすさぶ夜、茅の天井をもぞもぞと見上げてる時に、なんとなく思い出しただけの話だった。

 それにしても明確に自我が一致していると言うよりも、視点は重なりつつも、普段は薄ぼんやりと思った方向に肉体を動かしてる感じであった。喩えとして適切な言い方かは分からないが、魂とこの肉体の関係は、言ってみればTRPGのプレイヤーとキャラクターなどに近いかも知れない。

 前世の記憶があると言っても、さほど知恵や知識に長けた人物でもなく。

 畑は広いとは言い難く、土も痩せているが、村の税はほどほどに抑えられている。

 食べていくだけであれば、今の暮らしに不足はなかった。

 

 冷え切った壺の底から、麦粥を掬って木皿へとよそった。昨晩作った大麦粥の残りに、指で摘んだ塩を振って味付ける。切り刻んだ蕪と玉ねぎのポタージュも悪くはない。

 薪は多用できない。温かい食事を取れるのは基本一日一度。昼食だけだ。ただ間食もそれなりに多い。

 量としては、朝は粥が一杯。偶にスープをつける。涼しいうちに野良仕事を行って忙しく働いた後は、昼食でたっぷりと腹を満たす。一刻ほどの昼寝の後に縄結や薪集めなどの家仕事。夕食はやや少なめだが、寒い季節には温めて体に熱を入れる。

 飽食の日本を記憶に引き継ぎながら、転生後は十年一日の同じ食事にも不思議と飽くこともない。ただもう少し、塩や火を贅沢に使いたいと考える時もあれど、塩は高価で切らした時には稲に似た植物の灰を塩の代わりに振りかける。一方で共有地の森が近い土地柄、薪には困らないものの持ち運びは嵩張る為にやはり節約するに越したことはない。

 

 村長から支給される塩もつい先日、他所から取引して仕入れてると知ったばかり。

 商人なり、村長なりが互いにどの程度の利幅を得ているかも一介の村の子供にはとんと分からない。

 そもそもが【文字】という概念すら、いまだ現世の脳髄には刻まれておらず、親の会話からぼんやりと推測するに至っただけに過ぎない。加えて村の暮らしを見るにこれから先、読み書きが必需な人生とも思えなかった。

 

 やや物足りぬと塩分を欲しつつも朝食を素早く腹に収めると、外も暗いうちに寡黙な同行者と共に野良仕事へと向かった。

 多分、父親であろう中年男と共に鍬を担いであぜ道を歩き畑へと向かう。

 畑を耕さねばならぬ。土をよく耕した畑はどうしたものか、不思議と作物がよく育つ。

 前世の知識と結びつけば、耕すことで嫌気性菌の繁殖を抑え云々、土中の微生物が活性化などと頭の片隅をよぎるが、ともかくも大地が応えてくれるようで、輓獣も使わぬこのきつい作業を嫌いではなかった。

 

 雪解け後の土は固かった。木製の軽い鍬では苦労する。由来、子供向けの農具など一々誂えるものでもなければ、畑仕事を手伝う農民の子は体に合わぬ大人用を使うしか無いが、土を割るにはいかにも力と重さが足りない。

 今は木鍬に振り回される体を怨めしく思いつつ、いずれ使いこなしてやろうと決心する。

 

 風土は西欧なり、日本の東北地方なりに近いのだろうか?北海道や北欧とまでは言わないが、気候は涼やかで自然は総じて手強い。やがて腕に引き攣れたような疲労が重たくへばりついてきた。畝に沿って畑を一通り耕せば、涼やかさな風が吹く初春にも拘らず、吹き出した汗に上着はじっとりと濡れている。

 

 いつの間にか、太陽が中天に近づいている。一息入れようと、あぜ道に面した平たい岩に腰を下ろして、手ぬぐいで顔を拭う。濡れた土と青草の強い香りが入り混じって辺りを漂っている。

 

 小腹が空いたので、荷から水筒を取り出して水を木皿へと注いだ。持ち歩いているずだ袋から取り出したえん麦と蕎麦パンを小刀(ナイフ)で削ると、部分を切り取っては水に浸し、時折、軽く炙った小粒のリーキを齧りながら鼻歌などを奏でる。

 

 春先には人も家畜も気分が浮き立つのか。若い娘がいる家などは、香り強い花束や薬草を軒先に干し吊るしているので、馥郁たる匂いが通りかかった村人たちを楽しませてくれる。

 精霊の加護を受けた四季の花は、悪霊や瘴気を退けてくれると古来より伝わっている。

 これを存外に迷信とも思わなかった。刺激の少ない単調な生活に、香り高い花々は気持ちを和らげ、家人の体調を整えてくれるだろうし、悪霊や瘴気が疾病の例えであれば実際に気持ち程度には効果もあるに違いない。或いはなにかしらの投影ではなく、真に悪しき存在がいるとすれば、人の手には負えそうにないとも頭の片隅で危惧を抱いてもいる。

 

 村の家は大概似たりよったりのあばら家で、茅葺屋根が主流なところなど東欧の古民家を想わせた。

 畑には主に大麦やえん麦、いくらかの雑穀に加えて豆、玉ねぎ、かぶらなどが植えられている。余裕のある家などは他に家畜を飼ってる場合も多く、囲いの内側では豚や鶏などが盛んに鳴き声を上げていた。

 生活様式は中世欧州にとても近い。なーろっぱかな?魂がふと抱いた想念は、唇から漏れることはなかった。

 或いは過去の地球かも知れぬ。中世初期だとフン族が荒れ狂う地域だったら、と考えて一人で勝手に怯えて憂鬱になる。騎馬民族恐い。

 丘の頂きから村を見下ろす一回り大きな石造りの家屋は、一帯の地主でもある村長一家の邸宅だった。村を切り開いた一族の子孫とのことで、今も村人はおよそ小作人であった。

 自作農も何世帯かは暮らしているが、孤立した村落の為か。地代は1割半から2割弱と随分と低く抑えられており、小作人も暮らしやすい。自作農の生活と比べてみてもさほど代わり映えしておらず、古くから村長に奉公している一家などとなれば、小作人でありながらも他の家より生活にゆとりがある節も見える。

 

 もっとも、その地代の比較対象とやらも前世知識の地球中世であって、転生後の世ではこれが当たり前かも知れない。旅人も滅多に見かけぬ事から推測するに、他所との繋がりも希薄な孤立した地ゆえ、長が村人の強訴を恐れての妥協したのやも、といささか意地悪い見方をしてみるも、考えてみれば、そも無学な農民としては他の村の暮らしすらまるで知らぬし、近隣に都市が形成されているかもよく分からない。

 前世の知識に拠れば、強固な農民の囲い込みは、中世も後半に差し掛かり、西欧の人口が著しく増大してからの話であったと記憶している。

 収穫に乏しい故に作付けは限られてるとは言え、農民が作った小麦をそれなりに口にできるからには、都市経済に組み込まれてはいないと憶測しているが、単に人口が少ない地域の特殊な事情かも知れない。或いは、辺境での開拓初期に指導者の人徳がゆえ幸運にも例外的に『優しい世界』が形成されたのだろうか。なにも分からぬ。

 

 いずれにせよ自分が暮らす土地の様相はこんなところだが、さほど村の内情に詳しいわけでもない。最低限の付き合いは別として、他所様の懐具合に踏み込む理由もなく、探ったとしても別に己が暮らしが豊かになる訳もなし。

 貧しいと言えば貧しいが、畑を耕せばともかくも暮らしてはいける。 現金も出回らぬ寒村の暮らしだが、皆が貧しければさほどに惨めさを覚える経験もなければ、見下されることもなく、日々は淡々と過ぎ去っていく。

 

 日が暮れる少し前に畑仕事を終えたあとは、共有地の井戸から水を汲んで家へと持ち帰り、底の見えてきた水瓶へと継ぎ足した。それから布で体を拭き、母の暖かな手作りポタージュと湯気を立てる麦粥を腹に入れてから、藁の寝床で兄弟とともに眠りに就いた。

 

 明日も一日、がんばるぞい。

 

 


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