中世農民転生物語   作:猫ですよろしくおねがいします

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密かな猟

 幸いというべきか、エイリクは口先だけの悪餓鬼ではなかった。

 運動神経もよく木登りも得意で、何より犬を連れていたのが大きい。

 

 以前にも、狩りに人手を連れてくることは考えた。だが、駄目だ。

 大半の子供は森に来ると、はしゃいで勝手に動き回るんだよなぁ。

 

 森で働く時に備えて、大人に引率された際の記憶を思い返しても、頼りになりそうな奴はろくに思い当たらなかった。季節の味覚を採りに来たはずが、何故かわたしまで駆け回る子供の面倒を見る羽目になったのを覚えている。

 

 お前ら、何時でも来れるだろ、と言い聞かせても無駄であった。奴らの脳みそには、目先の利益やその瞬間の楽しみしかインストールされてないのだ。冷静な一握りの子は大抵、大きめの家の子か、狩人一家なりで幼少から英才教育か、または、かなりの年上で、いずれも主導権を奪われかねない。

 

 当たり前の話だが通常、子供だけ森に入るのは禁じられているし、かつ、腹を空かせている子供はわたしや少女だけではなかった。と言うより収穫前の時節は、自由農民だろうが、分限者の家だろうが、村の子は誰もが空きっ腹を抱えている。それなりの家であるエイリクすら、肉欲しさに危険を侵そうとする程だ。

 

 日に数回摂っている軽食も、空腹を紛らわせる為の物でしかなく、腹を満たすには到底足りなかった。足りない栄養を狩りで補おうとの考えに到るのは、むしろ自然な帰結であろう。薪集めなどのついで、野鳥の卵を探すのなどは可愛い方で、どれだけの村の子が大人の目を盗んで森に忍び込んでいるかは知らねど、十や二十では効かないだろうとは見当がついている。

 

 とは言え、誰がどれ程に成果を上げているかはまるで分からない。時折、獲物の分配を巡っての仲間割れやら、餓鬼大将が上前を撥ねようとしたやらで、子供の間で喧嘩が起きた挙げ句に、大人に掴まる事例も侭あったのだ。

 

 だから、仲間を作ることに対して少なくない忌避感も抱いていたし、迂闊な相手とつるまずに、働き者の孝行息子としての評判を獲得しつつ、独りで森を探索していたのだ。べ、別にわたしがボッチとか、そういう訳じゃねえからよ。

 確かに独りでは出来ない事や踏み込めない場所もあって、気が進まないにしろ、エイリクが使い物になるのかと言う若干の危惧は、しかし、いい意味で裏切られた。

 

 過去の印象と異なり、幼馴染は意外にも冷静だった。骨惜しみせず動き、必要なら沈黙を守り、事前の質問は多いが、狩りの最中は無駄口を叩かずに指示に従った。最初の駆け引きで脅迫してきたのは無論、気に食わないが、思っていたよりは頼りになるようだ。少なくとも、他の子供を連れてくるよりはずっとマシなのだろう。

 

 そうして初日の成果は、卵13と雛9羽。私たちは計画通りにムクドリが棲むと思しき木立を探索し、午前中だけで5つの巣を見つけ出した。巣立ちの季節に近付いているのだろうか。初期よりも雛が孵っている割合がやや増えているのが気がかりではあった。ムクドリの繁殖期が終わりを告げるまでに、出来るだけ稼いでおきたいところだ。肉も、卵も、保存が利くものではないし、かと言って村での交換も難しいのが悩ましいところだが。

 

 契約は納屋で取り交わした。取り分は六四、わたしが六でやつが四。

「六:四?」不満げに鼻を鳴らすエイリクに、わたしは手を振って告げた。

「不満なら、この話は無しだ」

 強気は崩さない。ある意味、これから先の互いの力関係がこの交渉で決まるだろうという予感もあった。相棒となる人物がどの程度に考えているか、対話を通して互いに推し量っている。奴は犬を連れている事での安全の確保を訴えたが、わたしは数年間に渡る動植物の観察記録と狩場の位置、そして精確な地図の価値に関して譲らなかった。

 

 準備は入念に行う。出かける前には必ず打ち合わせする。狩りの間は指示に従う。目の前に美味そうな獲物がいても、危険だと思ったり、時刻が過ぎたら直ぐに引き返す。

 互いに語彙は少ないにしても、取り敢えず意味も通じた。提示した条件をエイリクは了解した。安全を確保するという鉄則を理解できる脳みその持ち主なら了承するべき条件であるから、これはそう意外ではなかった。当たり前の事つらつらと思うかも知れないが、その当たり前を理解できそうにない人間も、中世農村には案外、転がっているものなのだ。

 

 条件はもう一つ。どれだけ獲物が採れようが、或いはどれだけ採れなくても、片方だけが上首尾で、もう一人が空振りに終わっても、獲物は全て契約通りに分配する。そう告げる。

「片方が空振りに終わる日も、不調が続く日だって来るかも知れない。そういう時期が続いて、揉めてもつまらない。なので、予め言っておく。狩りの獲物は全てその日のうちに六:四で分ける」

「異論はない」

 ごねるかと思ったが、腕組みをしながらエイリクはそう呟いた。

 或いは、不満を覚えるなり、ノウハウと狩場を覚えるなりしたら、単独行動するか、別の相棒を探すつもりかも知れない。取り敢えず、エイリクは条件をすんなりと呑んだ。

 好ましくはないが、それはそれで構わない。わたしとしても、今年の冬さえ凌げれば、他に打てる手が無いわけでもないのだ。

 

 打ち合わせたのは向かう場所、必要な持ち物、狙う獲物、予定する時間。気づいたことに関しては互いに発言し、重要そうなら粘土板に絵文字で残しておく。(エイリクもわたしも文字を知らないのだ)

 わたしは手のひらにつばを吐いた。エイリクも自分の手のひらにつばを吐き、私たちは歯を剥き出しにしながら固い握手を交わした。そうして契約は成立した。

 

 

 

 犬を連れた私たちは、まずは手軽な近所の茂みや雑木林を廻ってから、西の森へと踏み込んだ。そうしてそこで手つかずのどんぐりや木の実、ムクドリの巣などを思う存分に収穫して廻った。ムクドリの巣は収穫されるべきものなんだよ。やがて季節が来れば、野生の果実やベリー、茸なども手に入るに違いない。

 

 ちなみに西の森は、狼が出没した場所でもある。六尺棒を背負った童二人に犬が一匹。狼、なにするものぞ。と思い上がった訳ではないが春のこの時期、後背の野原には武装した牧童たちが見掛けられた。大人の集団に対しては、狼も警戒するだろう。牧童のいる時間帯と場所を把握し、一気に駆け戻れる森の境界を見定めて慎重に行動すれば、狼とて凌ぎきれないものでもない。或いは、そう考えたいだけの願望かも知れないが。自分の思考や準備には意味があると思いたいだけの浅慮な子供かも知れない。もっと踏み込んでも生き残るかも知れないし、浅いところでもあっさりと死ぬかも知れない。人が小賢しい智慧でいくら計画を練り、予行演習を行おうが、究極的には運不運に集約されてしまう部分はあった。

 

 それでも、狼は恐ろしい。見つからないように幾度となく打ち合わせた。エイリクも、狼に対しては見栄を張ろうとしなかった。真剣に考えようが、死ぬ時は死ぬだろうが。備えは無駄ではないと、わたしもエイリクも信じたがっていた。

 

 夜の静寂を切り裂いて、彼方から響いてくる遠吠えが、森は人の領域ではないと夜な夜なに告げてくる。

 

 村は、柵に守られている。それでも村人は夜には出歩かない。春先や秋の月明かりの下、若い恋人たちが逢瀬の為、出歩く影だけを遠目の耕地に見掛けた事はあったけれども、それとて滅多に目にするものでもなく、出歯亀の趣味とてないので夜の小便を済ませた後には、わたしもさっさと家に戻ったものだ。

 

 人は脆弱な生き物に過ぎない。頼りない貧弱な柵を張り巡らせて、身を寄せ合って暮らしている。時に腹を空かせた狼は、防柵の目と鼻の先にも出没した。狂ったイノシシが柵を破って畑を暴走した日もあった。村内ですら、必ずしも安全とは言い切れない。それでも、広大な森を異界と見做して人が踏み込まない時代であれば、狼が村に入り込んで襲ってきた事例も、殆んど聞かないのも事実だった。

 

 兎に角、用心には用心を重ねた。子供と犬では、狼の群れには歯が立たない。しかし、同時に空腹感やら冒険心やらがどうしようもなく私たちを動かしていた。

 

 今まで恐くて近づかなかった西の森へと踏み込んで、一日に2時間から3時間。もっといけそうな時も、空振りの時もそれで引き上げた。現状、滅多に村人の姿を見ることはない。村の四方に豊かに森は広がっているが、しかし安全が確保された領域は、意外なほど狭かった。

 

 近隣の村人が訪れるのは大抵、北の森の一部で、どんぐりや薪、木材を調達している。東側の村人はあまり見掛けないが、また別の場所を縄張りにしているのかも知れない。

 いずれにしても、大半の村人は、用がなければ森には踏み込まなかった。

 

 西の森への途上では、人目を避ける様にはしていたが、ある程度は、畑仕事を行う村人たちにも視認されていたと思う。

 早朝ならば、薪集めなり、木の実拾いなりと遠出を誤魔化せても、長時間を森に入り浸れば必ず注目を引く。幾度も正午に帰還していれば、なにをしているんだと怪訝に思う大人が出るに違いない。

 それに、あまりに獲物を沢山採れば、村に帰っても他の子供に目をつけられかねない。自分で見つけた美味い狩場に、これ以上、他の人間を引き入れてもつまらなかった。

 

 そうした人間関係やら他者の動向に関しても、エイリクとは話し合った。

 時には、狩りをする時間よりも、対話の時間のほうが長くなった程だが、奴は納得した。少なくとも表面上は納得したようにわたしに見せた。他人の腹の中など分かるはずもないが深々と頷いて、空振りの日にも文句を言わずに撤収する態度からは、狩りの方針がおおよそ一致していると判断しても間違いではないと思えた。即ち、出来る限り長期的に狩場を独占したい。だ。

 

 

 木こりや牧童と思しき大人の姿は時折、ちらほらと見かけれた。視認されたとは限らないが、その後は必ず経路を変えたし、時に、近場の森で、大人しく薪やらどんぐりを集めて持ち帰る姿を見せもした。

 

 競争者となり得る村人の目を誤魔化す為だが、それは同時に、仮にわたしたちが西の森で遭難しても助けが来ない危険性も生み出してもいた。

 しかし、その点、打てるだけの手を打って、なお遭難した場合、多分に手遅れに違いあるまいとエイリクとわたしで結論は一致していた。

 

 自己保存と利益に関して、どちらに対しても万全な方策は思いつかなかった。幾度か話し合いを重ねた末に見出した利益と安全の妥協点に、わたしたちは。少なくともわたしは満足していたし、エイリクも腹の中は兎も角、表面上は満足しているように見せていた。

 

 

 狼の次に恐れていた他の子供だが、滅多に見掛けなかった。人の手の入っている北の森なら兎も角、西の森や南の森へと忍び込んでいる、しかも常習犯の悪童など、恐らく村でも、両手の指に足りない程しかいないではないか。

 西の森の途上、ごく稀にだが、遠目に動くそれらしき少数の小柄な影を見掛けたが、向こうも此方も敢えて近づかずに、人目を避けるようにコソコソと動いていた。顔を知られる面倒を嫌ったのは、あちらも同じだったのだろうか。

 

 これ見よがしに、森に入ったと自慢する不良青年たちではなく、きっと私たちと同じ、目端が利いて腹を空かせている少年少女の一団なのだろう。

 

 恐らく大半の子供は、手近な森の浅いところを巡っているに違いない。時には冒険を試みる不慣れな新参者が西の森に見掛けられたが、私たちはそんな闖入者の視線を慎重に避けるように経路を辿っていた。

 しかし、わたしたちの戦利品を知れば、真似する子供が必ず出てくる。それも私たちほどには準備も計画も練らないままに、狼が出没する西の森に乗り込んで来るだろう。そして向こう見ずな犠牲が一人、二人なら兎も角、連続して出るようになれば、流石に出入りも厳しく禁止されるに違いなかった。

 

 今の処は、エイリクも沈黙の約定をよく守っている。時折の狩りだけで、家族と少女に与えるに充分な肉と卵が入手できた。少なくとも、春の終わりまでは、全てが順調に進んでいた。

 

 




不穏な終わり方のモノローグやめちくり~



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