中世農民転生物語   作:猫ですよろしくおねがいします

5 / 19
季節風

 巨大な暖炉に太い薪が惜しげもなく次々と放り込まれる。焚き上げられた炎が踊るように大きく燃え上がった。大広間の温度は既に蒸し風呂さながらで、忙しく立ち働く者たちの額には汗が吹き出していた。

 

 東へと吹き抜ける季節風が救いを求める子供らの声を村へと届かせた。もとより村の水源として小さな草原を挟んだだけの手近な小川であった。

 真っ先に駆けつけたのは村の牧童。投石器から放たれた石は虚しく狼の傍らの地面を叩くに留まったが、狼達が怯んだのは、吹き鳴らされた角笛が間もなく大勢の人間を呼び寄せることを知っていたからか。それでも村人たちが駆けつけた時には、冷水に晒され続けた子供の、特に幼い幾人かは、もはや歩くことすら覚束ないほどに弱りきっていた。

 助け出された時の子供たちが一塊となって固まっていたのは、互いに少しでも体温を融通することで生き延びる為の必死の行動だった。兎も角も、わたしたちは助かった。

 

 子供らを背に負ぶさるや否や、村人たちは一気呵成に草原を抜けて村長の館へと駆け込んだ。それでも、ぐったりとしている幼い子供たちが、元気を取り戻せるかはまだ分からなかった。願わくば、全員が助ければいいのだが。

 

 村長の館では気前よく火が焚かれている。息苦しいほどの熱気の中、誰の指示かは分からないが、湯を盛んに沸かしては、熱い布で体を拭い、お湯で四肢の先を温め、乾いた布で皮膚を盛んに擦っていた。民間療法だが、それなりに的確な治療を施しているようだ。

 

 子供たちは全員、濡れた服を脱がされた。わたしの目の前では、大人の女が裸となって子供の冷え切った体を抱きしめていた。一際小柄な女の子の唇に温めたワインを垂らしていた老人が、今度は必死に頬を叩いて話しかけているが反応は鈍い。

 

 狼も空腹ではあったろうが、春の森には他にも獲物がいて、きっと追い詰められてはいなかった。でなければ、助かった理由が分からない。餓えた狼が相手であれば、助からなかった、そんな思いもする。

 それでも運が良かったと言うべきだろうか?わたしには分からなかった。

 

 

 比較的に元気を残した者には、安堵の涙をこぼして親に縋り付いている者もいる一方で、ぐったりした子供の親は、冬眠しそこねた熊のように落ち着かない様子で歩き回る夫婦やら、ヒステリーに喚いている若い農婦もいた。数人の大人たちは狼に関して相談しているようだが、炉端で毛布に包まると、うとうとと強烈な眠気が襲ってきた。もう眠くてならない。今なら、眠ってももう大丈夫だろう。まぶたを閉じると、一瞬で深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 衰弱しきった幼い我が子に、母親だろう農婦が必死の形相で呼びかけている声で目が覚めた。胸が痛いが、わたしになにが出来る訳でもない。見ないように、つい顔を逸らした。

 わたしも無事では済まなかった。目が覚めた途端に頭痛に襲われた。体はガチガチと歯を鳴らして震えている。おまけに全身が痛い。きっと気絶したほうが楽に違いない。

 

 頑強な肉体だと思っていたが、頭痛と悪寒がひかない。日常の栄養状態が悪いというのがこれ程に響くとは思わなかった。餓えたことは一度もないが、四六時中腹を空かせていた。なるほど、これは中世で疫病などが流行れば、バタバタ人が死ぬ訳であるなどと他人事のように思った。体に溜め込んだエネルギーというのは馬鹿にならない。近所の怠け者めがあっさりと回復している一方、わたしは結構やばかった。喉も痛い。死ぬのはいやだ。わしはまだ死にとうないんじゃ。

 

 そうして、わたしも含めた子供たちは、なんと最長で半月ばかりも村長の家で世話となった。村長も大概、お人好しなのか。或いは、対価を取っているのか。村内で完結している社会では、財貨よりも恩や義理に重きがなされているのだろうか。現代の貨幣経済で考えると理解し難いかも知れないが、貨幣と権威の重きに関しては、それ自体は社会制度における単なる信用の比重の違いに過ぎず、どちらの方が発達していると言う訳でもない。

 

 兎も角、数日間はわたしも頭痛と体の痛みが続いた。幾日かは意識も朦朧としていたが、神か、悪魔に祈りが届いたのか。或いは、手厚い介抱が功を奏したのか。どうやら、快方に向かってくれた。現代日本とは栄養状態が比較にならないから仕方ないとは言え、冷水に浸かっただけで死にかけるとは恐ろしい時代だにゃあ。

 

 10日ほど大広間で寝込んだ。2日は、ひたすらに眠った。目覚めては眠りに落ちるその連続で、多分3日目から4日目に掛けては酷い頭痛に襲われてろくに眠れなかった。5日目は頭痛がマシになった代わりに全身がかなりの痛みを発していた。7日目でようやく動けるようになったが、ひどく疲れやすくなっていた。体内のエネルギーを使い果たしたような疲労感と強烈な空腹感が、いつまでも尾を引いている。

 

 途中、何人かの子供が運び出された。回復したのか、それとも亡くなったのか。敢えて知ろうとは思わなかった。余裕もなかったし色々と削れて辛かった。

 

 家に帰宅してからも、調子は良くなかった。とは言え、表面上はもうすっかりと元気になっていたのだが、母が念の為もう1日様子を見るべきだと主張して静養する事と相成った。寝床で大人しくしてるのは肉体にとって退屈でたまらず、一度だけ畑の様子を見に行こうとしたのだが、父に捕まってそのまま寝床へと連行された。下の子達が休んでるわたしを羨ましがってまとわりついてくるのが煩かった。

 

 復調してから、村外れの墓地を訪れた。墓石が増えた様には見えない。皆も助かったのかな、とやや怪訝に思いつつもホッと息をついたが、栄養状態の低い時代の子供の脆さに気付かされた。一度、疫病が発生したら、そりゃあ大惨事だね。誰もが飽食できる時代とでは、体の抵抗力が違う。現代日本とでは、人の命の価値が違うと骨身に沁みて思い知らされた。

 兎も角、わたしは日常へと返り咲いた。中世の旅人にとって、狼が最大の脅威だったと聞いたことがあったが、魂で理解できた。狼殺すべし、慈悲はない。生態系とか知ったことかYO!人間様の叡智を見せてやろう!そのうちにな。

 

 ところで、わたしの腕には、さっきから年下の小さな女の子が縋り付いていた。小川でずっと背に張り付いて互いに体温を分けあっていた女の子だ。

 先日まで火の傍で看病されていたが、元気を取り戻した途端に飛び跳ねるや村を駆け回って探し回り、わたしを見つけるやいなや駆け寄ってきた。

 それからは、けして離すまいぞ、とばかりに爛々と目を光らせて、はっしと腕を絡ませてくる。顔立ちはちょっと子犬に似てる。整ってるとは言い難いが、愛嬌のある子だ。それが今は母猿にしがみつく子猿の形相で必死に抱きついてきて、寸時も離れようともしない。ちょっと恐い。

 惚れられたな。と魂が言った。冗談はよせ、肉体がそう呟き返すと、魂はなにやら面白そうに含み笑ったような気配を出した。

 

 




 小イベント『狼との遭遇』を生き延びた。

 10冒険点を獲得 

 冒険点  累計:0 →10点


 危機的状況からの脱出と、知恵を絞っての作戦で思考力が向上

・ステータス
・知識 4 +!1d2 2点増加 4→6点へ上昇 
・知識 4 →6

 体の貯めた栄養分が不足しているので、暫くの間、体力点と耐久度が低下します。

・体力点 3 →2(3)点
・耐久点 4 →3(4)点

・状態 栄養不足

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。