エヴァンゲリオン LAS短編集   作:三只

5 / 5
おこた!

唐突ですが、僕はコタツが嫌いです。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとだけ順を追って説明すると、というか説明しないとよく分からないと思うので、少しばかり昔話っぽくなりますが、軽く状況説明をば。

 

 

 

 

 

僕こと碇シンジはエヴァに乗って、闘ったり逃げたり溶けたり泣いたり、色々、色々、したりされたりしたわけですよ。

 

挙げ句に、最後はみんなが溶けちゃって、気がついたらアスカと砂浜に二人きり。

 

そこでも彼女に色々しちゃって、泣きじゃくりながら罪悪感と砂にまみれて、それでもアスカは許してくれて、全人類二人きりでいい雰囲気になったと思ったらいきなり殴り飛ばされて、やっぱり怒っているのかなあと海のなかで上体を起こして振り向いたら後ろの方で、

 

「うぃーす」

 

とまるで大昔のコント集団のような声を出してミサトさんが立っていたり。

おまけにミサトさんは全裸だったもんだから慌てて視線を逸らせば、鬼のような形相なアスカがこちらに猛然と走ってくるところで、やっぱりボコボコにされたりして、色々、色々、あったんです。

 

黄色い海の中から、雨後のタケノコみたいに、ぽんぽんぽんぽん人間が還ってきて、色々、色々、あったんです。

 

思ったより世界へのダメージも少なかったみたいだけど、それでもたくさんの混乱や争いが起こって、色々、色々、あったんです。

 

だけど、まもなくそれも収束して、平和な世界が戻ってきたけれど、僕とアスカを含めネルフのみんなにも、色々、色々、あったんです。

 

 

 

 

それでも、僕たちは、幸せになりました。

 

 

 

 

……なんてエンドロールが流れるわけでもなく。

かといって、あながち間違いってわけでもない日常は戻ってきました。

相変わらずミサトさんとアスカと同居して高校にも進学しました。

一緒の学校に通うアスカのおかげでお世辞にも僕の高校生活はバラ色とはいえません。

彼女はこう公言して憚らなかったからです。

 

「あたしにとってシンジはなにかって? ……奴隷かしら」

 

理不尽な言い草ですがたくさんの負い目のある僕が逆らえるわけもなく。

 

「額に(ウー)ってでも書いてあげましょうか? くくく」

 

もうワケが分かりません。

 

そんな奴隷で人権無視な高校時代も終わり僕たちは大学へも進学しました。

ミサトさんは相変わらず飲んだくれているし、僕たちの関係はそれほど変化はしていません。

 

でも一つだけ大きく変わったことがあります。

変化したのは内面でなく周囲の環境で。

日本に四季が戻ってきたのです。

そして現在。

窓の外には雪が盛大に降ってます。

 

 

 

 

 

だから…僕はコタツが嫌いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

 

 

常夏だった世界から急転直下に真冬になったわけではないんだけれど、雪が降るようになってからアスカの元気がなくなりました。

そりゃあ最初は雪自体が珍しく滅茶苦茶はしゃいでいたけれど。

毎日毎日ずんずんつもり、おまけに道も歩き難くなるときて、いい加減ウンザリしたのでしょう。

冬場は家に閉じこもり、ヒーターの前で毛布にくるまって動こうとしません。

さすがの僕もようやく気づきます。

 

アスカは、尋常でないほどの寒がりなのです。

 

確かに夏の光が似合う彼女は、どんより曇った寒空の下では霞んでいました。

毛布の中で小さくなり「寒い寒い」を繰り返す彼女の姿を不憫に思えたのも仕方ないでしょう。

どうにかして上げたい、今夜鍋物でもしようかな、なんて考えながら買い物帰りに通ったリサイクルショップ。

そこで僕は、それを発見しました。

もはや骨董品。きっとセカンドインパクト前の代物です。

実のところ、僕も知識でしか知りませんでした。

 

でも、これなら。

 

値段も手頃だったこともあり、買うことにしました。

重いし、雪道で骨が折れたけど、持って帰ります。

配送だと明日以降になるし、なにより今日すぐに、アスカに見せたいと思ったからです。

苦労して家に帰り着き、それを見せると、アスカは怪訝そうな顔をしました。

 

「コタツ~? なによそれ」

 

バカにしたような口調を聞き流しながら、夕飯の材料の入った袋もそっちのけで組み立てます。

足を差し込み、台を組み立て、上に掛け布団とテーブル。

コンセントを繋いでスイッチを入れれば、赤外線が布団の中を照らし出します。

 

「ほら、入ってみてよ」

 

進めると、アスカは渋々コタツの中に手足を突っ込みました。

 

「全然温かくないじゃない!」

 

「そりゃあそんなにすぐには暖まらないってば…」

 

ブツブツいっているアスカを尻目に、僕は夕飯の支度を開始。

なおアスカがリビングで何かいってたけれど、それも聞こえなくなりました。

おそるおそるリビングへとって返すと、コタツのテーブルに顎を載せたアスカと視線が合います。

 

「…なかなかいいじゃない、これ。まあまあ……そう、まあまあね」

 

評価と裏腹でとても幸せそうなアスカの表情に、とても嬉しかったことを覚えています。

喜んで貰えてなによりです。

何よりだと思えたのですが。

翌日から、僕の受難は始まりました。

原因は、アスカが陸貝に退化したからです。

 

「ねえ、自分で食べた食器くらい自分で片づけなよ…」

 

カタツムリよろしく首までとっぷりコタツに入ったアスカは言います。

 

「悪いけどお願い」

 

全然悪いと思っていないくせに。

 

コタツを気に入ってくれたのはいいけれど、それは度の過ぎた気に入り方でした。

大学が休みなのもあるんだろうけど、朝起きて来てから夜眠るまで、ずっとコタツに入りっぱなし。

出るのはトイレとお風呂くらいで、食事は僕が上げ膳下げ膳。

家の電話がなっても絶対取らないし、郵便や宅配便が来ても出ようともしません。

当然、家事なんか手伝ってくれるわけもなく。

リビングの掃除なんか、わざわざコタツをよけて周りに掃除機をかける僕に、

 

「うるさいわね」

 

と文句まで言ってくれる始末。

挙げ句、TVのチャンネルすら僕に変えさせようとするし。

僕の親切をアスカが気に入ってくれたのはいいけれど、相対的に僕の負担が増大するのはどう考えても理不尽です。

そういうわけで苦言を呈しても、アスカは全然聞いてくれません。

いよいよとなるとコタツの中に潜っちゃうし。

布団を捲れば、

 

「なにすんのよ、スケベ!」

 

と蹴られます。

僕だってコタツに入りたいのに。

アスカに独占されるならまだしも、全く自分で動かなくなるなんて想定外でした。

替わりに手足みたいに僕をアゴで使うのは勘弁して貰いたいんだけど、これまた逆らえるわけもなく。

ささやかな抵抗とばかりに、トイレ帰りのアスカにパラパラと塩をふってやりました。

途端に胸ぐらをつかみ上げられ説教です。

 

「なにアンタふざけたことしてんのよ? 殻から出たカタツムリはナメクジってこと?

 あたしをナメクジ扱いするとはいい度胸ねえ?」

 

どうしてアスカはこうどうでもいいことには鋭いんでしょう?

もちろん説教の後はお仕置き付きです。

今日はコタツに足を突っ込んだまま四の字固めをかけられました。

痛いのは当たり前ですが、足をこたつの赤外線で近距離で炙られたのも辛かったです。

 

「痛いって! 熱いって! やめてアスカアスカやめて」

 

だから僕はコタツが嫌いなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

 

 

 

そんなある日のことです。

買い物から帰ってきてリビングへ行った僕は驚きました。

目をこすって、もう一回その光景を見たけれど、間違いありません。

……コタツが、もう一個増えてました。

 

「あ、おかえり、シンジ」

 

旧型じゃない、新しい方のコタツから首だけ出してアスカが笑っています。

 

「一体どうしたのこれは?」

 

僕が訊ねると、アスカは嬉しそうに宣言しました。

 

「この新しいコタツは弐号機よ! あたし専用ね!」

 

旧型も殆ど占拠していたくせに。

そのコメントは飲み込んで、僕はマジマジと弐号機とやらを観察します。

大きさは旧型と変わらないけれど、掛け布団が鮮やかな深紅でした。

なるほどカラーリングだけなら弐号機もうなずけます。

 

「聞いてよシンジ。TVショッピングで買ったんだけどさ、これ凄いのよ!」

 

アスカは滔々と弐号機のスペックを説明してくれます。

正方形家具調コタツ・脱臭消臭機能・ワイヤレス電源搭載。

更に各脚部にキャスター付きで、コタツに入ったまま楽々移動も可能。…って、何考えてるんですかメーカーさーん!

こんなぐうたらな機能がついていたら、アスカが益々コタツから出なくなるじゃないですか!

 

「あ、支払いはシンジのカードでしたからね♪」

 

なるほど金利手数料なしの24回払い。…って、何考えてるんですか、アスカさーん!

どうして!? なんで僕がこのコタツも買ってあげなきゃいけないの?

 

「いいじゃん。前使ってたヤツあげるからさ。いっそ、あっちは初号機って名前にしましょ?」

 

さっそく命名された旧型の方も、もともと僕のお小遣いで買ってきたんですけど?

ジト目で睨んでも、アスカはしらんぷりでモキュモキュと蜜柑を頬張ってます。

 

「いやー、やっぱ日本の冬はアニメとコタツと蜜柑よね~」

 

生粋の日本人みたいなこといわないでください。

でも、こうなっては仕方ありません。

まあ僕専用のコタツが出来たからそれはそれでいいけど。

しかし、コタツが二つもあるとさすがにリビングも狭く感じるなあ…。

僕が夕飯の支度を終えるころ、ミサトさんも帰ってきました。

「う~寒い寒い」といいながらコートを脱いでます。

そして、ごく自然に初号機の方へと足を突っ込みました。

手にはいつの間にかビールまで持っているし。

 

「あ~、美味しい! やっぱ、冬はコタツでビールよねえ~」

 

今までアスカに初号機は占領されていて使えなかったことも勘案しても、ミサトさんの感嘆は不適切です。

冬だろうが夏だろうが、年中無休でビールの美味しい人なんですから。

そして、僕は困ってしまいました。

なぜなら今晩のメニューは湯豆腐。

一体、初号機と弐号機、どちらに鍋をおけばいいのでしょう?

少し迷って、結局初号機の方に食器も一緒に運びました。

 

「ほら、アスカ起きて。ご飯にするよ?」

 

弐号機に声をかけるとモゾモゾ動く気配はしても、出てくる気配はありません。

 

「こっちで食べるから持ってきて~」

 

案の定、ワガママ全開の答えが返ってきました。

 

「そんな…面倒くさいってば」

 

「いいいからアンタはキリキリ働く!!」

 

理不尽なものいいにも、ミサトさんはビール片手にニヤニヤしながら助けてくれません。

ため息を一つついて、仕方ないからアスカのぶんの茶碗とか箸を弐号機のほうへ運搬しました。

せっかくの湯豆腐が冷めちゃうと美味しくなくなるし。

熱々のそれを小鉢にとって、アスカの所まで持っていきます。

 

「あー、豆腐より鱈をもっとちょうだい!」

「味ぽんとって」

「ご飯お代わり!」

 

その度に初号機と弐号機、キッチンを往復するものだから、忙しくてたまりません。

それでもどうにか全然僕は食べた気がしない夕食を終えたあと、デザートの蜜柑を剥きながらアスカが一言。

 

「どうせなら、最初から弐号機でみんなで食べれば良かったのに」

 

 

………………。

 

 

やっぱりコタツは嫌いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

 

 

新しいコタツが来てからのアスカの生態は、それは酷いものです。

朝起きてくる時も、まず先に起きた僕が弐号機のスイッチ入れて暖まるまで絶対起きてきません。

おまけにパジャマ姿で起きてくるのはいいにしても、コタツの中で着替えるんですよ?

着替えは前日の夜にはコタツの中にいれておくという周到さ。

起きてくるなりコタツの中でもぞもぞとして、しばらくするとパジャマだけ吐き出されるんです。

それを畳んで片づけるのも僕の役目です。

畳まれたそれを、アスカはコタツの中にしまいます。

寝るときのため、パジャマを暖めておくんだそうです。

畳むくらい自分ですればいいのに。

 

そんなモノグサなアスカの豪語することには、弐号機はワイヤレスでキャスター付きで、機動力抜群だそうです。

コタツに機動力を求めるのは根本的に何か間違っていると思うのですが、アスカは存分にそれを活用しています。

今や、決して広くないリビング内は、アスカと弐号機によって占拠されています。

以前より活動的になってティッシュやTVのリモコンを自分で取りに行ってくれるのはいいんですけど、

コタツ付きでは路面の使用面積、破壊力が半端じゃありません。

僕が立っていたり座っていたりしても遠慮なく突撃してきてくれます。

 

「まるでガメラみたいね~」

 

と笑ったミサトさんは、ぶつけられたスネに湿布を貼る僕に、古いDVDを見せてくれました。

セカンドインパクト前の特撮映画でタイトルはズバリそのものだったけれど、まさに言い得て妙だと思いました。

 

「ふん、あたしの弐号機をあんな怪獣と一緒にしないでよ…」

 

ブツブツいいながらアスカはすっぽりとコタツの中に入ってしまいます。

さすがに身につまされたのでしょう。もっとも、そういうことをするとますますガメラに見えるんですが。

しかし、この程度で挫けるアスカでないことは百も承知です。

彼女の振る舞いは更に理不尽かつモノグサになって行きました。

シャワーを浴びてパジャマに着替えた後もコタツに入ってリビングでTV鑑賞するのがいつものパターンです。

結構遅くまでTVを見ているので、先に僕が寝ることを告げると、

 

「あ、あたしの部屋の電気毛布とヒーターのスイッチ入れてから寝てね」

 

とのアリガタイお言葉。

どうやらコタツの中から布団の中へ温かい身体のまま移動したいようです。

それすら僕にさせるあたり、アスカのモノグサもここに極まれり、といった感じです。

 

もっとも、翌朝、僕はその認識を改めさせられました。

早朝の、タイマー付きのヒーターは稼働してはいてもまだ全体は暖まらない寒い廊下。

寝ぼけ眼でリビングへ行こうとした僕は、何かに盛大に膝下をぶつけ、前方へ一回転するところでした。

それでもどうにか転ばず体勢の立て直しに成功。

激しい痛みに耐えながら涙目でぶつけたものをみれば、それは放置されたアスカの弐号機でした。

なんということでしょう。

アスカは自室の前までコタツに入って移動、廊下に弐号機を放置という荒技を身につけたのです。

いくらコタツから出たくないといっても、これは少々非道すぎです。

昨日のスネに続き膝下にも湿布を貼っていると、珍しく早起きしたミサトさんも苦笑して呟いてました。

 

「なんかグレ〇ダイザーみたいね~」

 

さすがにこれの意味はわかりませんでしたけれど。

 

 

 

 

 

いい加減、僕の堪忍袋の緒も切れそうです。

というわけで、最終手段を取ることにしました。

このマジックワードを口にすれば、きっとアスカはコタツから飛び出すはず。

ただし、一緒に血の雨も降るだろう諸刃の剣。

だけれど、覚悟を決めていいます。

 

「…コタツでゴロゴロばっかしていると、太るよ?」

 

太るよ? でイントネーションを上げます。

四個目の蜜柑を今まさに口に入れようとしていたアスカの手が止まりました。

鋭い青い瞳が僕を射るように見て、正直ビビります。

思わず固く目蓋を閉じてしまいましたが、いつまで立ってもキックもパンチも飛んで来ません。

ゆっくり目を開けると、ぼへーっとした顔でアスカが僕を見ています。

もちろん、コタツに入ったまま。

 

「いいもーん。春になったら運動するんだから」

 

それでも拗ねたような表情で蜜柑をパクリ。続いて、

 

「…やっぱり太ったかしら?」

 

「そんなに胸元を開けて見ないでよ!」

 

「あら、照れてるの? 相変わらずウブねぇ、ヒヒヒヒ」

 

「…アスカ、なんかミサトさんに似てきてない?」

 

今度はさすがに蜜柑の皮が飛んできました。

でも、コタツがアスカから活力を奪っているのは間違いありません。

げにおそろしきは日本文化! 日独クォーターだってイチコロです。

 

「アンタも入ってみりゃあいいのに」

 

アスカはそういってコタツの片方の掛け布団を捲って見せます。

今まで独占していたくせにトンデモない言い草です。

そりゃあ僕も使いたかったですよ?

 

「言えば一緒に使わせてあげたのにねー」

 

甚だ疑わしいことをサラリといってくれます。

なんていうか、アスカと過ぎた出来事を議論することほど虚しいことはありません。

言いたいことはあったけどグッと飲み込んで、折角だからご相伴にあずかることにしました。

 

ちなみに、初号機の方は現在使用不能です。

なぜならミサトさんが私物を中にいれて乾かしているからです。

下着まで乾かさないで欲しいものです。

 

アスカの隣に入るほど度胸はないので、対面の布団を捲ります。

中に足を入れると、なるほど、とても温かで快適です。

 

「きゃっ!? 狭いんだから、あんまり足を奥までいれないでよ!」

 

「あっ、ご、ごめん…」

 

ただでさえそれほど大きくないコタツの中にアスカの全身がすっぽり入っているわけですから、もともとの空き面積が不足しているのは当然ですよね。

しかし、今さっき僕の足がぶつかったのはどこだったんでしょう?

爪先の感触は、妙に柔らかいものだったけれど…。

 

「…って、うひゃひゃひゃひゃ!?」

 

いつの間にかアスカの両足にの爪先が僕の脇腹をくすぐってました。

 

「うりうりうりうり」

 

「ひゃひゃひゃ止めてよ、止めてってば…!!」

 

コタツに入れて貰えたら貰えたで、僕はアスカのオモチャ代わりですかそうですか。

ようやく解放されて、ぐったりとテーブルにもたれます。

まだ籠の中には蜜柑が残っていたので手に取りました。

皮を剥きながら、ちょっと文句を言ってみます。

 

「なんだよ、僕がコタツ見つけてきたのに、感謝の気持ちもないのかよ…」

 

この期に及んで独り言めかしているのは、我ながら情けないです。

無視するだろうと思ったアスカだけど、珍しく上体を起こしました。

テーブルを挟んで向かい合うような形でアスカは笑っていました。

 

「シンジにはすっごく感謝しているわよ? あたしの知らない、こんな素敵な日本文化を教えてくれたんだからさ」

 

珍しく反応してくれたのは嬉しいけれど、口ではなんとでも言えるでしょう。

蜜柑を口に運びながら、僕は投げ槍に言います。

 

「感謝してるって、どれくらい感謝してくれているのさ?」

 

アスカは人差し指をアゴにあててちょっとだけ宙を睨んで、

 

「うーんと、キスしてあげてもいいくらい?」

 

情けないことに、口の前まで持ってきた蜜柑ごと固まってしまいました。

 

「…ホントよ?」

 

アスカが上体を乗り出してきます。

信じられないことに徐々に顔が近づいてきます。

あのアスカが。

僕に。

キスを?

気がついたときには目の前に軽く目蓋を閉じたアスカの顔があって――――。

―――――――――――――食べようとしていた蜜柑をかっさらわれました。

 

「へっへーん、もーらい!」

 

いうなり、アスカは弐号機の中へ潜りこんでしまいました。

 

「…アスカぁ!?」

 

追撃しようにも、さすがに僕も潜り込むわけにはいきません。

 

「ズルイよ、アスカ…」

 

蜜柑も最後の一個だったのに。

茫然とする僕の下、つまりは弐号機の中からアスカのくぐもった高笑いが響いてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜のことです。

ご飯を食べて満腹したアスカがコタツで寝入ってしまうのはよくあること。

そして、適当な時間に起こしてお風呂に入るよう薦めないと、後々僕が怒鳴られたりします。

なので、今日も夕食の後かたづけを終え、一息ついてから声をかけようとしました。

予想通り、アスカは弐号機に首まで入って眠っていました。

だけど、今日ばかりは寝顔が苦しそうに歪んでいます。

顔は真っ赤で汗をかいているらしく、額に金髪が張り付いて凄く色っぽかったのですが。

大方、コタツの温度調整を高めに設定して寝入ってしまったのでしょう。

それで首まですっぽり入っていたら、汗もかくしうなされもするはず。

布団を捲って肩を出し、ゆさぶってあげました。

 

「…み…みず…」

 

なおうーんうーんと唸りながら、アスカは砂漠で行き倒れた旅人のような呻き声を上げます。

とりあえず、完全に起こすまえにコップに水を汲んでくることにしました。

どうせ目を覚ましたら要求されるはずですから、事前策というヤツです。

大きなコップにたっぷり水を入れてリビングへ戻ります。

そうしてから改めてアスカの肩を揺さぶりました。

ところが、アスカはいまいち目を覚ましません。

…もしかして、これって脱水症状なのでは…?

あり得なくもありません。背筋が冷たくなります。

アスカの肩を抱くようにして、上半身を持ち上げます。

背中も汗でびっしょりでした。

 

「ほら、アスカ、水だよ…?」

 

ようやくとろんとした目を開けたアスカの口元に、コップの縁を近づけます。

桜色の唇が動いて、水をグビグビ飲んでくれました。

どうやら大丈夫のようです。

ほっと安心している間に、アスカは殆どコップの水を飲み干しました。

いや、正確には飲み干したわけではなく、なんか口に含んでいます。

まるでリスみたいな顔になって何しているんだろ?

まだアスカの上体を抱えたまま見ていると、不意に顔がこちらを向きます。

とろんとした青い瞳は、僕を映していました。

そして、次の瞬間です。

 

不意打ちでした。

避けられませんでした。

予想していませんでした。

信じられませんでした。

 

まさか。

いきなりアスカがキスをしてくるなんて。

柔らかいのに強く押しつけられる唇の感触。

茫然としていると、なんか舌先で歯をこじ開けられました。

ほぼ同時に、ちょっとだけ生温い感じのする水が流し込まれました。

どうやら、水を口移しされたようです。

水を全て移し終えたらしく、アスカは唇を離します。

とてつもなく長く感じたのですが、実際はそれほど長い時間ではなかったと思います。

半ば自動的に水を飲み下す僕の前で、アスカの表情はようやくハッキリとしてきました。

とろんとした瞳が見る見る引き締まっていったかと思ったら、すかさずホッペタへの一撃。

 

「…アレ…?あたし…? …………きゃあああああああああああああああああああ!?」

 

驚いたし痛いし、悲鳴を上げたいのはこっちの方です。

でも、アスカのこの取り乱しよう。一体どうしたというのでしょう?

訊ねようとしたら、出鼻をへし折るような勢いでアスカはまくし立ててくれました。

 

「ゆ、夢を見たのよ! アンタとあたしが砂漠で行き倒れてて! 

 もう喉が渇いて死にそうで、アンタなんか本当に今にも死んじゃいそうで!

 そんで、あたしの口の中に水が入ってきたから……………!!」

 

「…………」

 

「って何アンタこっち見てんのよ、見るな見ないでうきゃああああああああ!!」

 

もう一つ強烈なビンタを残し、アスカはコタツを飛び出します。

そのまま脱衣所に入っていったわけですけど、扉越しにまだ声は続いていました。

 

「あああああ!!!! あ、あたし何やってんだろ、だろ、だろ……」

 

僕は、痛む頬を押さえながら、アスカの悲鳴にも似た独り言を聞いてました。

つまり、寝ぼけて、アスカは僕にキスをしてくれたみたいです。

でも、夢の内容を聞く限り、少し感動的な話じゃないですか。

頬の熱さよりも、唇の温もりよりも、心がとても暖かくなりました。

それもこれも、このコタツのおかげといえなくもありません。

 

 

 

 

ちょっとだけ、コタツが好きになれそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ

 

 

さてはて、それから数日後のことです。

買い物から帰ってきた僕は、リビングの光景に我が目を疑いました。

ゴシゴシと三回くらいこすって、ようやく見間違えでないことを確信します。

 

…コタツが、もう一つ増えてました。

 

しかも、初号機よりも弐号機よりも更に大きなタイプ。

10人の大家族が一度に暖まれるような、とてつもなく大きなサイズです。

 

「あ、シンジ、おかえりー♪」

 

TVを眺めていたアスカがこちらを向きます。

上機嫌な彼女の表情から察するに、誰が購入したかはいうまでもないでしょう。

 

「どう、いいでしょ? キングサイズコタツよ?」

 

いくら大きいにしても限度ってものがあると思います。

実に、リビングの半分を占拠するサイズです。

現在、僕らは三人暮らしですよ?

 

「それは日本のことわざにもあるでしょ? ええと『大は小を兼ねる』だっけ?』

 

どうしてこう突発的かつピンポイントで正論を持ち出すのでしょう、アスカは。

 

「支払いは36回にしておいたからよろしくねー」

 

そして当然のように僕持ちですか。

 

「…じゃあ、初号機と弐号機はどうするのさ?」

 

半ば呆れながら訊ねても、アスカの歯切れの良さは変わりません。

 

「初号機の方は、そうね、ミサトの部屋にでも持っていってもらったら?

 あ、弐号機は、あたしの『移動専用』にするからね」

 

「……で、この新しいコタツは、参号機?」

 

「ううん、これは真・弐号機よ!」

 

「………………」

 

もう好きにしてください…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっそく真・弐号機で摂ったその日の夕飯は、ちょっと大変でした。

なにせ、大きすぎるため、三人バラバラに座るとおかずをとったり配ったりするだけでも一苦労なんです。

おまけに今夜はミサトさんも遅くなるから実質二人だけ。

向かい合って座ると、広すぎる食卓は余計寒々しく見えて仕方ないのです。

アスカはあっさり、

 

「もっとたくさんの料理がのせられていいじゃない♪」

 

なんていっているけど、このテーブルいっぱいの料理なんて冗談じゃありません。

それと、もう一つの疑問というか気になっていた事があったんですが、アスカの行動が全てを氷解させてくれました。

 

今までの弐号機は小回りがきくので、自力でTVのリモコンとか新聞とか取りに行けたわけですよ。

どうみても著しく機動力の劣る真・弐号機である以上、いままでアスカが辛うじて行っていた些細すぎる雑事も僕が負担しなきゃならないわけ? と戦々恐々していたわけです。

それが杞憂に終わって、正直喜ぶべきか迷います。

まさしく逆転の発想でした。

 

アスカが選択したのは、小さなコタツに入ったまま移動するのではなく、大きすぎるコタツの中を移動する方法でした。

確かに、リビングの半分を占拠する大きな大きなコタツです。

中に潜って反対側に出れば対面の物を取ったりするのも造作もないこと。

つまりは通路もかねているわけですね。

するとアスカが弐号機の方を『移動専用』と表現したのも納得できます。

純粋に、部屋からリビングまでの移動車両なのでしょう。

 

「んー、今までと違って中で着替えもしやすくなったわ。やっぱり大きいのはいいわよねー♪」

 

なんか決定的にコタツの使用方法を間違えているような気もしますが。実際かくれんぼもできそうですし。

まあ、アスカが幸福そうなのでよしとしましょう。

それにしても、これの掃除とか大変そうだなあ…。

夕食の後かたづけも終えてリビングで独りTVを見ます。

アスカは入浴中で、久々にコタツもTVも蜜柑も独り占めです。

リラックスして背伸びをし、なにげなくTVから視線を転じた時でした。

脱衣所から、お風呂から上がったらしいアスカが出てきました。

髪をタオルでまとめています。

これは、まあ普通でしょう。

身体もタオルだけでした。

剥きだしの長い腕と足が眩しすぎます。

夏場の彼女は露出の多い服を着てますから見慣れていないわけではないんですけど、さすがにお風呂あがりは反則です。

 

「アスカ、はしたないってば!!」

 

「しょーがないでしょ、コタツの中でパジャマ暖めてるんだから」

 

そのまま、つるんという感じでアスカはコタツの対面側から中に潜り込んでしまいました。

こうなってくると、悲しいかな僕も男です。なかなか平常心でいられません。

このテーブルの布団の下、コタツの中にアスカがいるんです。

いま、着替えている最中です。

タオルを外して。となるともちろん全裸でしょう。

なまじ大きいコタツだけに、彼女の動きが読めません。

……ちょっと覗いてみようかな?

悪魔が僕に囁きかけます。

いやいや、ここは紳士たれ。

誠実に。誠実さこそがジェントルマンに求められるもの。

しかし、アスカの裸は…。

いやいや、ダメだ、全裸はだめ。

覗くくらいなら、許してもらえるかな?

いやいやいや、ダメだダメダメ。全裸に蝶ネクタイは英国紳士の嗜み…。

 

きっと僕は混乱してました。

だから、いつの間にか僕の座るすぐ横にアスカが顔を出していたのにも気づかなかったのです。

 

「…アスカァ!?」

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまいます。

アスカは面白そうな表情を浮かべていました。

悪戯っぽそうな色を載せて、青い瞳が僕を見ています。

なんか考えを見透かされているような気がしました。

後ろめたさにドギマギする僕に向けてアスカは思いもがけないことをいいます。

 

「…これだけ大きいコタツだと個室みたいよね、うん」

 

着替え部屋の間違いじゃないの? と疑問符を浮かべる僕にアスカは破顔しました。

 

「だから、二人で入っても余裕だと思わない?」

 

そういって布団を捲ったアスカに、完全に僕はフリーズしました。

ちょっと、アスカさん?

その格好はもしかしてなにも身につけてないということは全裸ってことで

コタツの電気が消してあってぽっかりと暗闇のなかに真っ白いアスカがいて

てゆーかアスカなにその足の動きはガッチリ僕を捕まえて離さないさながらトオボエオオツチグモォオオオオオ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ボクハコタツガ大好キデス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





こちらも「kaz商会秘密基地」さんへと投稿しておりました。
kazさん作画のヌードアスカは、是非アーカイブで御覧くださいませ。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。