伝説になったツインターボの『オールカマー』の裏側で動いていた人達 若しくは チームカノープスの活動日記 作:雅媛
イクノディクタスはツインターボを見て思った。
『勝てない』
と。
イクノディクタスは知的な外見に似合わず気性の荒いウマ娘である。
最近は年相応の落ち着きを見せつつあるが、もともと誰彼構わずかみつくところがある、気の強い娘であった。
イクノディクタスは自分が才能に恵まれていないことを知っている。
いや、デビューすらできず人知れず退園していくウマ娘たちがいる中、G1に出走し善戦することもある自分は才能に恵まれている方だろう。
だが、ナイスネイチャが昔よく口にしていた『キラキラ娘達』、例えばトウカイテイオーや同期のメジロマックイーンに比べれば才能がないことは理解していた。
とはいえ簡単に負けるつもりはまるでなかった。
足りないものは努力や知識で補い、トゥインクルシリーズの第一線で長く戦ってきた彼女は、『負けた』という『結果』は数多く経験したが、『勝てない』と最初から勝負を悟ったことは一度もなかった。
絶好調のトウカイテイオーやメジロマックイーンを前にしても、負けてなるものかという闘志を内に燃やしてきた鉄の精神を持つのがイクノディクタスであった。
ターボは自分より才能に恵まれた娘であるとは思っている。
ただ、彼女の移り気な性格とそれでいながら一本気な頑固さは、こと、勝負事に置いてはマイナスに働くことばかりだった。
そんな欠点を持ちながら、いつも楽しそうで笑顔で走る彼女のことは、それはそれで愛らしいと思っていたし、一定の尊敬は抱いていたが、かといって後塵を期すとは考えたことが無かった。
オールカマーは前年度、自分が勝利している。
今回のオールカマーも、ライスシャワーや桜花賞バなどが出る予定であったが、負ける気はさらさらなかった。
勝ち筋も見えていた。
ターボが七夕賞で勝利し、調子を上げているのを見ても負ける気がしなかった。
それが、泣きじゃくり自分の胸に縋りつくターボを見たとき、崩れた気がした。
ターボのその姿勢が立派だから負けてあげる、などといった殊勝な態度がとれるほど、イクノディクタスは大人しい娘ではない。
ターボがどんなことをわめこうと、ぶっちぎってやるつもりなのが、イクノディクタスである。
なので彼女に感じたこの気持ちは同情でも、憐憫でもなかった。
これは、恐怖である。
マックイーンが3度目の天皇賞春の後に言っていたことを思い出す。
あの天皇賞春の時、猛獣のような、食い千切られる様な圧を感じた、と。
今の泣きつくターボからそういった殺気を感じたわけではない。いつも以上に可愛らしいとしか感じない。
ただ、絶対的な何かを、彼女の胸の奥に感じた。それが何だかはわからない。「あきらめない」というその気持ちなのだろうか。
どんな素晴らしい展開を想定をしても、どんな素晴らしい走りを想定しても、前を走るターボを追い抜くビジョンが思いつかなかった。
初めて、心から『負けた』気がした。
そんな自分に悔しい気持ちがないわけではない。
だが、ターボの成長を、そしてライバルを思いやる気持ちを、同じチームの一員として誇らしく思う気持ちもあった。
それでも勝負を捨てるつもりはなかった。
万が一、ターボが勝てなかった場合には、自分が勝ってあきらめないことを証明してやろう、ぐらいには思っていた。
だがやはり、精神力の差は実戦で如実に表れていた。
全く追いつけない。いや、追いつける気もしない。影だって踏める気がしない破滅的な逃げ。後ろについていくことすらできなかった。
「いけっ! ターボ!!」
メジロパーマーとダイタクヘリオスが良くやっている、ライバルを自分も参加するレース中に応援すること。
なんてバカらしいことだと思っていた。
しかし、オールカマーのあの時、自然とターボを応援する、そんな言葉が口から出た。
減速してほしくない。
そのままゴールまで飛び込んでほしい。
そんな気持ちまで浮かんだ。
ああ、自分もバカの仲間入りか。
しかし、そんな気持ちもまた、楽しかった。
過去の自分が、困った顔で嘲笑しているような気がした。