俺がカイドウの息子…?   作:もちお(もす)

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誤字報告ありがとうございます!

感想もニッコニコしながら読ませて頂いております!


2026/9/2 加筆修正




共に歩むは…

男は酒を片手に縁側へ腰を下ろし、静かな庭園を眺めながら待ち人の到着を待っていた。

陽はまだ高いものの、庭を渡る風にはわずかな涼しさが混じっている。丁寧に刈り込まれた植木の葉がさわさわと揺れ、池の水面には時折、小さな波紋が広がっていた。

 

花のヒョウ五郎がレオヴァと共に歩むことを決めてから、早いもので一年が経つ。

初めこそ互いに探り合うところもあった。

何しろ相手は百獣のカイドウの息子であり、ヒョウ五郎にとっては敵側に立つ者と言ってもおかしくない存在だったのだ。

しかし、編笠村で初めて顔を合わせて以降、二人は幾度となく言葉を交わした。

国のこと、民の暮らし、商いのことから、時にはまったく他愛のない話まで。

互いに時間を作って酒や茶を囲み、時には連れ立って町へ出て、困っている者に手を貸すこともあった。

そうして過ごすうちに、年齢も立場も大きく違う二人の間には、いつしか祖父と孫のような気安さが生まれていた。

少なくともヒョウ五郎にとって、レオヴァはもう単なる“カイドウの息子”ではない。

 

だからこそ今日も、こうして屋敷へ来るのを待っている。

もっとも、今日の目的についてだけは、出来ることなら別の用事であってほしいところだった。

盃を口へ運びながらそんなことを考えていると、廊下の向こうから二人分の足音が近付いてくる。

一人は屋敷の者らしい控えめな足取りだったが、もう一つはそれより少し早く、迷いなくこちらへ向かっていた。

やがて襖の向こうから声が掛かる。

「レオヴァ様が到着しやした…!」

「そうか、入れてくれ!」

ヒョウ五郎が返すと、間もなく襖が静かに開いた。

 

そこに立っていたのは、見慣れた長い黒髪と白い角を持つ少年だった。

相変わらず子どもとは思えぬ落ち着いた佇まいをしているものの、ヒョウ五郎の姿を認めると、その表情はすぐに柔らかく緩む。

レオヴァは片手を軽く上げ、いつもの調子で声を掛けた。

 

「ヒョウ爺、久しぶりだな。

 かわりないか?」

耳に馴染んだ呼び方と穏やかな笑みに、ヒョウ五郎の方も自然と頬が緩んだ。

 

「はっはっは!久しぶりだ!

おおう、変わりねぇさ。 お陰さまでな」

「そうか。」

上機嫌な返事に満足したらしく、レオヴァは小さく頷くと、わざわざ向かいへ座ろうともせず、当然のようにヒョウ五郎の隣へ腰を下ろした。

昔ならば、百獣の息子と肩を並べて縁側で庭を眺めることになるなど想像もしなかっただろう。

だが今では、これがすっかり見慣れた光景になっている。

ヒョウ五郎は横目でレオヴァを見た後、手にしていた盃を置いた。

 

「それで……今日もまた九里へ行くのか?」

出来れば否定してほしい。

そんな僅かな期待もあったのだが、レオヴァは迷う様子もなく頷いた。

 

「あぁ、もちろん今日も行く。

 おでんと話がしたい。」

やはりか。

ヒョウ五郎は眉間に深い皺を寄せ、大きく息を吐いた。

 

「……はぁ、まぁレオ坊が行くってんなら、おれも行くがよォ…」

気乗りしないことは隠そうともしなかった。

それでも、止めるつもりはない。

ヒョウ五郎には、レオヴァが何の考えもなしに同じことを繰り返す人間ではないと分かっていた。この一年、すぐ傍でその行動を見てきたからこそ、本人が必要だと判断している以上、何かしら意味があるのだろうと思っている。

 

ただ、それと自分が納得出来るかどうかは別の話だ。

何度足を運んでも会おうとすらしない男のために、レオヴァが時間を使い続けることには、どうしても不満が残る。

ヒョウ五郎がここまで渋い顔をするようになったのには、当然理由があった。

 

最初のきっかけは、およそ半年前。

レオヴァと共に動き始めてから半年ほど経った頃のことだった。

その日、いつになく神妙な顔をしたレオヴァが、ヒョウ五郎へ相談を持ち掛けてきた。

『ヒョウ五郎……おでんと話がしたいのだが、付いてきてくれないだろうか?』

唐突な申し出に、当時のヒョウ五郎は少なからず驚いた。

レオヴァとおでん。

二人の間に特別な繋がりがあるようには思えなかったからだ。

何故わざわざ会おうとするのかと理由を尋ねると、レオヴァは少し考えた後、真っ直ぐに答えた。

 

『オロチなき後、将軍として上に立つなら おでんと言う男が相応しいんじゃないかと思ったんだ。

……なんせ康イエが仕え続ける男なんだ、きっと器の大きな男なのだろう。』

それを聞いたヒョウ五郎は、思わずレオヴァの顔を見返した。

康イエは、以前の会談でレオヴァからの誘いに応じたわけではない。

それでもレオヴァは、そのことを根に持つどころか、康イエがそこまで信じ続けるおでんという男そのものを評価しようとしていた。

敵味方や個人的な感情だけで相手を判断しているわけではないのだろう。

ヒョウ五郎も当時は、その申し出に希望を感じていた。

おでんの強さと人望は知っている。

そこへレオヴァの知恵と行動力が加われば、もしかすると想像していたより早くワノ国を立て直せるのではないか。

そんな期待すら抱き、二人で九里へ向かったのだ。

 

 

だが、その期待はあっさりと裏切られた。

わざわざ手土産まで用意して自ら九里へ赴いたレオヴァに対し、おでんは会おうとすらしなかった。

門前払い。

それが最初の返答だった。

 

 

ヒョウ五郎は耳を疑った。

相手が誰であろうと、訪ねて来た者に一度くらい顔を出すのが筋というものだ。

それが友好的な話を持って来た相手であり、ましてや現在のワノ国に大きな影響力を持つカイドウの子息ともなれば、大名としてなおさら無視して良い相手ではない。

 

 

これが他の将軍の使いなどであれば民もろとも何かしらの処罰を受けていただろう。

 

半刻ほど待たせ、顔も見せず門前払い。

そのあまりの非礼に、ヒョウ五郎の方が先に堪忍袋の緒を切らした。

 

止めようとするレオヴァや門番を押し退け、そのままおでんのいる城内へ踏み込んだのである。

当然、家臣たちも黙ってはいなかった。

錦えもんとカン十郎が慌てて掴みかかってきたが、怒りの収まらぬヒョウ五郎は二人を引きずるようにして奥へ進み、襖を壊しかねない勢いで開け放った。

その向こうにいたのは、静かに外を眺めているおでんだった。

 

急ぎの用があるようには見えない。

誰かと話しているわけでもない。

ただ一人、外を見ていた。

それが余計にヒョウ五郎の腹を立てた。

 

何故会わない。

何故、せめて話だけでも聞かない。

長年の付き合いだからこそ遠慮なく詰め寄ったが、おでんの答えは変わらなかった。

 

『あいつにゃ、会わん……帰ってくれ』

理由を問うても、それ以上は何も言わない。

何度聞いても、会わない、帰れ、その一点張りだった。

ついには堪え切れず、ヒョウ五郎が刀の柄へ手を掛けかけた、その時。

 

『ヒョウ五郎!

 止せ、なにをするつもりだ…!!』

追いかけて来たレオヴァの鋭い声が部屋へ響いた。

普段の穏やかな声とは違う、強い制止だった。

その声にヒョウ五郎は我に返り、刀へ掛けていた手を止める。

 

無礼を働いたのはこちらだと、レオヴァはおでんへ謝罪した。

門前払いされたのは自分だというのに、城へ勝手に踏み込んだヒョウ五郎の行為をきちんと非礼として詫びたのだ。

しかし、おでんはそれにも答えなかった。

暫く沈黙した後、ただ一言。

 

『……話すことはねぇんだ、帰れ』

拒絶するだけだった。

普通なら、そこで二度と来るものかと腹を立ててもおかしくない。

だがレオヴァは表情を大きく変えず、軽く頭を下げた。

 

『すまなかった、礼を欠いた…

 ……また、会いに来る』

それだけを残し、怒りの収まらないヒョウ五郎を連れて城を後にした。

ヒョウ五郎としては、それで終わりだと思っていた。

あれだけ無下にされて、なお会う理由などない。

だが翌月、レオヴァはまた手土産を用意した。

そして九里へ行こうと言った。

 

だが、結果は同じ。

門前払い。

その翌月も。

さらにその次も。

月に一度ほどのペースで九里へ足を運び、その度に土産を持参し、話をしたいと申し出る。

しかし、おでんは一度たりともレオヴァの前へ姿を見せなかった。

 

だからこそ、今では九里へ行くと聞いただけで、ヒョウ五郎の顔は自然と渋くなる。

かつては、おでんという男の視野の広さも、器の大きさも買っていた。

常識から外れたことばかりしでかす男ではあったが、その豪快さも含めて人を惹き付ける力があったことは認めている。

 

だが、ここ一年ほどのおでんからは、その輝きを感じられない。

理由も語らず裸踊りを続け、国が荒れていく中でも何をするでもなく、今度は自ら友好的に話を持ち掛けてきた相手すら拒絶する。

しかも相手は、一度断られた程度で腹を立てることもなく、半年もの間、礼を尽くして訪ね続けている少年だ。

その姿を隣で見続ければ、どうしても比較してしまう。

 

昔のおでんを知らなければ、今のあの男を見て“大人物”だと評することなど出来ただろうか。

むしろヒョウ五郎の目には、考えもなしに好き勝手をしている、ただの我が儘な男にすら映り始めていた。

 

もし今、おでんが将軍になると言い出したとしても――。

自分はレオヴァにつく。

すでにヒョウ五郎の中では、そこまで答えが固まっている。

それだけに、毎月の九里行きは無駄足にしか思えなかった。

 

それでも口にはしない。

“おでんはもう……”。

喉元まで出かかったことは一度や二度ではない。

だが、レオヴァ本人がまだ諦めていないのなら、それをヒョウ五郎の方から無理に捨てさせるつもりもなかった。

 

何より、他の誰でもないレオヴァの望みだ。

ならば今日も付き合う。

それが今のヒョウ五郎にとっては、至極当然のことになっていた。

 

 

──────────────

 

 

程なくして、二人はヒョウ五郎の部下を数名だけ伴い、九里へと入った。

 

町中へ足を踏み入れた直後から、周囲の空気が目に見えて変わる。

最初に気付いたのは一人の女だった。

道の向こうを歩くレオヴァを見つけるや否や目を丸くし、慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「あ、レオヴァ様じゃないですか…!

この前はありがとうございました。

あの薬のおかげで、娘はすっかり元気に!」

その声を皮切りに、近くにいた者たちも次々とレオヴァの存在へ気付き始めた。

 

「おぉ、レオヴァ様じゃ……!

あの治療をして頂いてから体の調子がよくてのぅ

お陰さまで孫たちの面倒をみれて幸せじゃ」

「レオヴァさま~、あそぼ~!」

「れ、レオヴァさま!

実はここ最近、畑の調子がわるくて……どうしたら良いんでしょうか…」

あっという間だった。

ほんの少し前まで普通に歩いていたはずなのに、気付けばレオヴァの周囲には老若男女を問わず人が集まっている。

 

病気が良くなったと礼を言う者。

身体の調子を報告する老人。

遊んでほしいと袖を引く子ども。

畑について真剣な顔で相談を持ち掛ける農民。

内容はばらばらだが、誰もがレオヴァへ親しげに話しかけていた。

ヒョウ五郎と部下たちは、その輪へ割って入ることもせず、一歩離れたところから眺めていた。

 

以前ならば、百獣の息子が九里でこうして人々に囲まれるなど考えられなかっただろう。

だが今では、ここへ来る度に似た光景を見る。

それでもヒョウ五郎は慣れるどころか、毎回どこか誇らしい気持ちになるのだ。

 

「いや~流石レオヴァさまですね、親分!」

隣にいた部下が感心したように声を漏らす。

ヒョウ五郎は待ってましたとばかりに胸を張った。

 

「たりめぇよ!なんたってレオ坊だからな

あいつァ本当に色んな事を知ってる……あれだけの知識、並大抵の努力じゃねぇだろうさ」

「そうですね

いつも本読んでますし、ほんとスゲェ人だぁ…」

部下は改めてレオヴァを見る。

町人たちから相談されれば、その場で分かることには答え、すぐ判断出来ないものについては後で確認すると伝えている。

子どもに袖を引かれても邪険にはせず、老人の話には僅かに身を屈めて耳を傾けていた。

 

知識があるだけではない。

それを、人のために使うことを厭わない。

部下がしみじみと新しい主の姿を眺めているうちに、ようやく一通りの話が終わったらしい。

もっとも、レオヴァが戻ってきても町人たちは完全には離れず、その後ろをぞろぞろと付いて来ていた。

 

「ヒョウ爺、皆そろそろ おでん城へ行こう」

「……おう、そうだな」

ヒョウ五郎の返事には、どうしても気の重さが滲む。

部下たちも毎月の結果を知っているためか、僅かに表情を曇らせながら答えた。

 

「……へい!」

そのまま一行は町を抜け、おでん城へと向かった。

 

そして。

今回も結果は変わらなかった。

レオヴァは礼を尽くして面会を申し込み、話し合いたい旨を伝えた。

しかし、おでんから返ってきたのは拒絶。

城から下りてくることすらなかった。

 

またか。

ヒョウ五郎は腹の底から湧き上がる苛立ちを噛み殺しながら、都へ戻るため下町へ向かって歩くレオヴァの背を追っていた。

レオヴァ本人はいつもと変わらない歩調を保っている。

だが、その少し後ろを歩くヒョウ五郎と部下たちは違った。

誰もが拳を固く握り締めている。

 

「くそ、なんだってレオヴァ様がこんな扱いをッ…」

とうとう一人が我慢出来ずに声を漏らした。

 

「バカ殿のくせに…許せねェ」

「城の下にも降りて来ねぇで門前払いなんざ、あり得ねぇですよ!!」

 

一度噴き出した不満は止まらない。

何度も同じ光景を見てきただけに、積み重なった苛立ちも大きかった。

ヒョウ五郎自身、心情としては部下たちと大差ない。

むしろ昔のおでんを知っているからこそ、余計に腹立たしい。

 

「……おでんのヤツぁ…昔はちっとはマシだったんだがなぁ…」

ぼそりと漏らすと、その声が聞こえたのだろう。

先頭を歩いていたレオヴァが足を緩め、振り返った。

 

「いや、まだおれが彼に会うには努力が及ばないだけだろう

皆の気持ちは解っているが、そう悪く言わないでやってくれ」

責めるような言い方ではなかった。

むしろ皆の怒りを理解しているからこそ困っている、といった柔らかな笑みだった。

 

 

その顔を見れば、それ以上悪く言う気にもなれない。

部下たちは揃って口を閉ざした。

ヒョウ五郎だけは納得していなかったが、ここで言い争ったところでレオヴァを困らせるだけだと分かっているため、渋々口を噤む。

するとレオヴァは、そんな彼らへ改めて頭を下げるように少し顔を伏せた。

 

「毎回 嫌な思いをさせてしまってすまないな…

……皆、いつも付き合ってくれてありがとう。」

自分が無下に扱われた直後だというのに、気に掛けるのは同行した者たちの心情だった。

部下たちの表情が一斉に揺らぐ。

どうしてこの人は、こうなのだ。

何度拒まれてもおでんの悪口を言わず、自分より先に付き添った者を労う。

ヒョウ五郎には、部下たちが何を考えているのか手に取るように分かった。

 

やはりレオヴァ様こそ。

言葉にしなくても、皆の目がそう語っていた。

ヒョウ五郎自身、同じ思いを強めていることは否定出来なかった。

この二人を見比べるなと言う方が無理というものだ。

おでんは城から降りてすら来ない。

レオヴァは、拒絶されたその足で町人のもとへ向かう。

 

町を出る前に、一行は広場へ立ち寄った。

そこには事前に運び込ませていた大量の荷が並べられている。

袋いっぱいの食料。

樽へ満たされた水。

そして、病人や怪我人のために用意された薬。

レオヴァが九里へ来る度に持参している土産だった。

 

それを見た町人たちが次々と集まり、その中から代表らしい男が前へ進み出る。

 

「レオヴァ様、こんなに宜しいのですか?!

 本当に、毎度ありがとうございます……!」

深々と頭を下げた男に続き、周囲の人々からも次々に礼の言葉が上がった。

その声を受けながら、レオヴァは積み上げられた食料へ一度目を向け、それから町人たちへ笑いかける。

 

「うちの村で出来たモノでな、とても美味しいからぜひ九里の皆にも食べて欲しかったんだ。

喜んでもらえて嬉しいよ」

施しをしてやったという態度は微塵もない。

自分の村で採れた美味しいものを分けに来ただけだとでも言うような、穏やかな声音だった。

だからこそ、受け取る町人たちの表情は余計に揺れた。

 

 

「本当に…どんなお礼をすれば良いのやら……!!」

声を震わせる男へ、レオヴァはゆっくりと首を横へ振った。

 

「礼など皆の嬉しそうな顔と言葉で十分だ

……うちの村の皆に伝えればとても喜んでくれるだろうしな」

自分だけの善行として語ろうともしない。

これを作った編笠村の人々にも、九里の者たちが喜んだことを伝えるつもりなのだ。

 

「れ、レオヴァさまぁ……!」

町人の中にはとうとう目元を押さえる者まで現れた。

ヒョウ五郎は少し離れたところから、その光景を黙って眺めていた。

おでん城はすぐ近くにある。

その城の主は今日も姿を見せなかった。

 

それに対して、余所者であるはずのレオヴァは毎月この地へ足を運び、食料や薬を持ち込み、困っている者の声に耳を傾けている。

 

事情がある。

おでんにも、きっと何かあるのだろう。

昔を知るヒョウ五郎だからこそ、それくらいはまだ信じている。

 

だが。

民にとって大切なのは、見えない事情ではない。

今、誰が自分たちへ手を伸ばしてくれているのか。

それだけなのかもしれない。

 

やがて帰る時間となり、レオヴァたちは町を後にした。

道の両側には大勢の町人が並び、何度も手を振りながら一行を見送っている。

 

「レオヴァ様、また来てください!」

「お気をつけて!」

「また遊ぼうねー!」

背中へ向けられる声は途切れない。

レオヴァも時折振り返って手を上げ、それに応えていた。

町並みが遠ざかり、姿が見えなくなってからも、見送りの声は暫く風に乗って聞こえ続けていた。

ヒョウ五郎はその声を聞きながら、隣を歩く少年へ視線を向ける。

 

今日も、おでんには会えなかった。

それでも九里へ来たこと自体は、決して無駄ではなかったのだろう。

少なくとも、この町の人々にとっては。

ヒョウ五郎はそう考えながら、何も言わずレオヴァと並んで帰路を歩き続けた。

 

 

 

──────────────

 

 

花の都、城内。

大広間では、昼間から続いているらしい豪勢な宴が開かれていた。

色鮮やかな料理が並ぶ膳の間を女たちが行き交い、酒の匂いと香の甘い匂いが入り混じっている。三味線の音や笑い声が絶えず響き、表面だけを見れば、国の各地で人々が飢えや重労働に苦しんでいることなど忘れてしまいそうなほど華やかな空間だった。

その中心で、何人もの花魁を侍らせて鼻の下を伸ばしているのが、ワノ国将軍――黒炭オロチ。

 

そして、その向かいには周囲の華やかさなど意に介した様子もなく、巨大な酒瓶を片手に胡坐をかく大男がいた。

黒い上着を纏った巨躯に、頭から伸びる角。

百獣海賊団総督、カイドウである。

 

オロチは先ほどから何度も酒を口へ運んでいたものの、心ここにあらずといった様子で落ち着きなく視線を動かしていた。

そして、とうとう我慢出来なくなったらしい。

 

「 カイドウ!

またお前の息子がおでんに会いに行ってるそうじゃないか……!!」

宴の喧騒を押し退けるような声が上がる。

だがカイドウは、すぐには反応しなかった。

酒瓶を傾け、喉を鳴らして酒を流し込んでから、面倒そうに片目だけをオロチへ向ける。

 

「ア"ァ"…? それがどうしたってんだァ……ヒック…

レオヴァの自由だろう!!」

低い声が大広間へ響いた瞬間、オロチだけでなく近くにいた花魁たちまで肩を大きく震わせた。

 

酔っている。

それも、かなり。

声の調子だけでも分かるほど酒が回っているカイドウに対して、オロチは一瞬言葉を詰まらせた。

それでも、引き下がるわけにはいかない。

レオヴァがおでんへ何度も会いに行っているという話は、オロチにとって到底聞き流せるものではなかった。

 

もし、万が一にも二人が手を組めば。

そんな考えが頭を過るだけで、胃の奥が重くなる。

 

「い、いや確かにそうだが……

…おでんなんかと関わらせるのはお前の息子にとって良くない事

……そうだ!きっと悪影響が!」

何とか言い繕うように続けた、その言葉で。

カイドウの酒瓶が、ぴたりと止まった。

オロチの顔から血の気が引く。

カイドウはゆっくりと顔を上げると、先ほどまでの面倒そうな目ではなく、明らかに機嫌を損ねた鋭い視線を向けた。

 

「ヒック……なんだとォ……おれのレオヴァがあんな男に影響されるって言いてぇのかァ……!! ウィック…」

「い、いや!そういう意味では……!」

弁明する暇もなかった。

 

ドスンッ――!

大きな音と共に、カイドウが力任せに酒瓶を床へ置く。

いや、置いたというより叩きつけたに近い。

分厚い酒瓶は耐え切れず粉々に砕け、中に残っていた酒が床へ広がった。衝撃はそれだけでは収まらず、石造りの床へ細かな亀裂まで走っている。

辺りの女たちから小さな悲鳴が上がり、楽器を奏でていた者たちも一斉に手を止めた。

 

オロチの顔は、すっかり青ざめている。

少し離れた場所で宴の様子を眺めていたクイーンも、即座に危険を察した。

 

あれは面倒な酔い方だ。

しかも、よりにもよって話題がレオヴァである。

クイーンはさりげなく身体をずらし、その場から少し離れて立っていたキングの方へ寄った。

 

「あ~マジか、怒上戸かよ……あれヤベェか~?

……おい、キングてめぇ行けよ!」

当然のように押し付けると、キングはマスクの奥から冷えた視線を向ける。

 

「知るか、テメェが行け」

「冗談じゃねぇ……!

ありゃ完全に酔ってんだろ!飛び火するなんて御免だぜェ…」

「分かってんなら、おれにふってんじゃねぇよ」

小声で言い合いながらも、二人ともカイドウへ近付こうとはしない。

そんな部下たちの事情など知らず、カイドウは砕けた酒瓶を一瞥すると、近くにあった別の瓶へ手を伸ばした。

 

止める者はいない。

むしろ今止めれば、余計に荒れる。

それを皆が理解しているからこそ、誰も動けなかった。

カイドウは再び豪快に酒を煽り、口元から零れた雫を腕で拭う。

 

「ウィッ…ク……だからなァ……レオヴァがあんなバカ殿に感化されるなんてことはよォ……!あるわけねぇんだ!!」

二本目の酒瓶まで、ドスンッと床へ叩きつけられ、足元の亀裂がさらに広がる。

せっかく整えられた大広間の床が、少しずつ悲惨な有様になっていく。

城の者たちは慌てふためきながらも、誰一人としてカイドウへ文句を言うことは出来ない。

オロチもまた、どうにか機嫌を直してもらおうと口を開きかけた、その時だった。

宴の入口近くから、聞き慣れた声が響く。

 

「…父さん?

一体どうしたんだ、そんなに荒れて」

その声に、大広間の空気が僅かに変わった。

少なくとも、キングとクイーンは露骨に安堵する。

カイドウもまた、先ほどまで険しく寄っていた眉をほんの少し緩めた。

そこへ現れたのは、九里から戻ったばかりのレオヴァだった。

 

長い黒髪を揺らしながら周囲を見渡せば、割れた酒瓶に、床へ走る亀裂、青ざめたオロチと怯える女たち。

状況だけを見ても、父が何かに腹を立てていることはすぐに分かる。

レオヴァは真っ直ぐカイドウのもとへ向かった。

 

「父さん、何があった?」

問いかけると、カイドウは酒瓶を片手にオロチを顎で示した。

事情を聞き、レオヴァは一度オロチへ視線を向ける。

 

「…なるほど。それで父さんは怒ってたのか

オロチ殿、気に病ませてしまって悪いな。

だがオロチ殿の考えている様な事にはならないから安心してくれ」

穏やかな声だった。

真っ青だった顔に少しずつ血色が戻っていく。

「う、うむ……そうか!

なら良い!くるしゅうないぞ!」

 

ほっとした反動からか、つい普段の将軍らしい口調が出る。

しかし。

その「くるしゅうない」という言葉を聞いた瞬間、カイドウとキングの眉間へ同時に皺が寄った。

オロチは気付かない。

あるいは気付かないふりをしているのか。

レオヴァ自身は特に気に留める様子もなく、軽く頷いた。

 

「ありがとう

………では、そろそろ帰らないか?

久々だからおれは父さん達と一緒に晩飯を頂きたいんだが…」

その一言で、カイドウの機嫌は目に見えて変わった。

先ほどまでの怒気は何処へやら、口元を大きく吊り上げる。

 

「ウォロロロロ!そうだなァ……!ウィ…ック

ヒック…レオヴァがそうしてぇなら帰るとするかァ…」

息子が一緒に食事をしたいと言った。

それだけで十分らしい。

カイドウは勢いよく立ち上がると、そのまま露台へ向かった。

酒に酔っているとは思えぬほど迷いのない足取りで外へ出る。

 

そして。

次の瞬間、巨大な身体が大きく変化した。

人の輪郭が崩れ、長い胴が天へ伸びていく。

青い鱗。

巨大な角。

天を覆うような龍へと姿を変えたカイドウは、雲を纏いながらそのまま夜空へ舞い上がった。

強烈な風が露台から大広間へ吹き込み、女たちの髪や着物の裾を大きく揺らす。

少し遅れて、キングも無言のまま露台へ向かった。

背から大きな翼を広げ、カイドウを追うように飛び立っていく。

レオヴァは二人を見送ってから、オロチへ向き直った。

 

「では、オロチ殿。

顔を出して早々ですまないがお暇させて頂く」

「ぁ、あぁ! また来るが良いぞ!」

短く挨拶を交わす。

レオヴァもそのまま露台へ出ると、身体を大きく変化させた。

腕が翼へ変わり、全身を羽毛が覆う。

黄金色の巨大な鳥となったレオヴァは、大きく翼を羽ばたかせると、カイドウとキングの後を追うように飛び立った。

巻き起こった風が、先ほどカイドウの変身で乱れた大広間をもう一度駆け抜ける。

そして。

その場には、独りクイーンが残された。

 

「…………」

露台の向こうへ消えていく三つの影を、クイーンは暫く呆然と見つめていた。

カイドウとキングが自分を置いていくのは、まだ分かる。

いや、別に納得はしていないが、あの二人ならやりかねない。

 

だが。

レオヴァまで何も言わずに飛んで行った。

その事実が、地味に効いた。

 

「え、いやレオヴァおれは…!?」

思わず露台へ駆け寄る。

当然、返事はない。

既に三人とも空の彼方である。

 

カイドウさんやキングはまだしも、レオヴァまで――。

露骨に肩を落としたクイーンは、数秒ほどその場で固まっていた。

 

だが、いつまでも落ち込んでいる性格でもない。

すぐに気を取り直すと振り返り、大広間に残っていた自分の部下を大声で呼びつける。

飛べないなら別の方法で帰れば良い。

そう開き直ったクイーンは、慌ただしく帰り支度を始める。

 

一方その頃。

先に飛び立った三人の姿は、既に花の都の上空を離れていた。

最も前を行く巨大な青龍の後を、黒い翼を広げたキングと、黄金の巨鳥となったレオヴァが追っていく。

夜風が雲を流し、眼下の町の灯りが徐々に小さくなっていく。

先ほどまで大広間を揺らすほど怒っていたカイドウも、今は機嫌よく雲の間を進んでいた。

 

レオヴァと共に飯を食う。

その約束だけで、あれほどの怒りが消えたらしい。

後ろを飛ぶレオヴァは、そんな父の背を見ながら僅かに目を細めた。

久しぶりに父と食卓を囲める。

それを楽しみにしながら、一行はそのまま帰路を急いだ。

 

 

──────────────

 

 

三人が拠点へ戻った頃には、辺りはすっかり夜に沈んでいた。

久しぶりに父やキングと食卓を囲めると楽しみにしていたレオヴァだったが、その期待は早々に崩れることになる。

 

帰ってから暫くもしないうちに、カイドウが眠り始めてしまったのだ。

つい先ほどまで花の都で酒を大量に煽り、機嫌よく空を飛んでいたのだから無理もない。

大きな身体を横たえたカイドウは、多少の物音では起きそうにもないほど深く寝入っている。

 

レオヴァは眠る父の姿を眺めたまま、目に見えて肩を落とした。

せっかく久しぶりに一緒に食事が出来ると思ったのに。

そう考えていることが表情だけで分かるほど、分かりやすく落ち込んでいる。

傍にいたキングもそれに気付いたらしい。

普段ならわざわざ他人の機嫌を取るような男ではないが、暫くレオヴァを見た後、眠っているカイドウへ視線を向けた。

 

「レオヴァ坊っちゃん…

……カイドウさんを起こすか?」

提案には僅かな気遣いが混じっていた。

レオヴァも一瞬だけ迷ったように父を見る。

だが、すぐに小さく首を横へ振った。

 

「いや、父さんも遠征帰りで疲れてんだろう

……それに酔っている父さんを起こすのは至難の技だ、諦めよう」

残念ではあるが、無理に起こしたところでまともに食事が出来る保証もない。

何より、遠征から帰ったばかりの父を自分の都合で起こす気にはなれなかった。

キングはそれ以上勧めず、静かに頷く。

 

「…わかった、なら直ぐに食事を運ばせる」

そう言うと、近くに控えていた部下へ短く指示を飛ばした。

どうやら料理人たちは、カイドウたちが戻るという連絡を受けた時点で既に準備を進めていたらしい。

レオヴァが座るのとほぼ同時に、湯気の立つ料理が次々と膳へ並べられていく。

 

魚や肉を使った料理に汁物、炊き立ての飯。

九里から戻るまで何も口にしていなかったこともあり、香ばしい匂いを嗅ぐと自然と腹が空いてくる。

料理が揃ったところで、レオヴァは向かいに立つキングへ顔を上げた。

 

「キングは食べないのか?」

「おれはいい、後で別のモノを食べる」

「そうか、なら頂こう」

無理に誘うことはせず、レオヴァは箸を取った。

その瞬間。

間髪を入れず、勢いよく襖が開け放たれた。

 

「おいおいおい……!

レオヴァ置いてくなんざ酷いじゃねぇか!」

大きな声と共に現れたのは、案の定クイーンだった。

花の都に一人置いて行かれたことが相当不満だったらしく、部屋へ入って来た時点から文句が止まらない。

キングの眉間へ、すぐさま皺が寄った。

 

「おい、うるせぇぞ

レオヴァ坊っちゃんは今から食事なんだ

 無駄に絡むんじゃねぇよ」

「うるせぇのはテメェだキング…!!

って…ん? 飯食うのにカイドウさん居ねぇじゃねぇか!」

言い返しながら部屋を見回したクイーンは、そこでようやくカイドウがいないことに気付いたらしい。

先ほどまで「一緒に晩飯を食う」と言っていた本人が見当たらず、首を傾げている。

レオヴァは苦笑を浮かべた。

 

「父さんは寝てる

……起こすのは色々と大変だからな…」

その一言で、クイーンも全てを察した。

花の都でどれだけ飲んでいたかは自分も見ている。

 

「……あぁー、結構酔ってたからなァ……」

納得したように何度か頷くと、今度は落ち込んでいるレオヴァを見て何か思い付いたらしい。

ぱっと表情を明るくする。

 

「まぁ、気落ちすんなよレオヴァ!

そうだ、このクイーン様が一緒に食ってやる!」

いかにも良い案を思い付いたと言わんばかりの態度だった。

レオヴァが返事をするより早く、クイーンは近くの部下を呼びつけ、自分の分の食事も用意するよう命令する。

結局。

卓を挟んで食事を取るレオヴァの左右には、キングとクイーンという、性格も雰囲気も正反対な二人の大男が並ぶことになった。

片方は黙って立っているだけでも近寄り難いほど静かで、もう片方は座ってからも絶えず何かを口にしている。

その間に挟まれているレオヴァだけが、特に気にした様子もなく淡々と食事を進めていた。

 

暫くは、箸や食器の音にクイーンの独り言が混じる程度の穏やかな時間が続く。

ところが突然。

 

「あっ!」

クイーンが何かを思い出したように声を上げた。

レオヴァは箸を止め、顔を上げる。

 

「クイーン? どうしたんだ急に」

キングは露骨に鬱陶しそうな目を向けた。

 

「チッ……黙って飯も食えねぇのか…」

当然のように飛んできた嫌味を、クイーンは綺麗に聞き流す。

むしろ今思い出した疑問の方が気になるらしく、身を乗り出しながらレオヴァを見た。

 

「いや、前から気になってたんだけどよ…

レオヴァは何でわざわざ九里に馬鹿殿とか言われてるヤツに会いに行ってんだよ?

そもそもアイツはカイドウさんとの契約でレオヴァには会っちゃいけねぇ事になってるハズだよなァ…?」

レオヴァの箸が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

クイーンの言う通りだった。

光月おでんは三年ほど前、カイドウとの間に一つの契約を交わしている。

内容は、レオヴァが担当する区画で作られた食料を無償で九里へ配布する代わりに、おでんはレオヴァと一切の接触を持たないこと。

 

直接会うことも。

言葉を交わすことも。

全て禁じられている。

つまり、契約が続く限り、おでんがレオヴァの面会を断り続けるのは当然のことだった。

 

どれほど礼を尽くそうと、何度土産を持参しようと、おでんの側から応じることは出来ない。

ヒョウ五郎たちはその事情を知らない。

当然、オロチも知らなかった。

 

そのためレオヴァが月に一度九里へ足を運ぶ度に、オロチは「おでんと手を組むのではないか」と勝手に怯え、胃を痛めている。

事情を知っているクイーンからすれば、半年も同じことを繰り返している理由が分からないのも当然だった。

 

何の意味があるのか。

どうせ会えないことを、レオヴァ自身が誰より分かっているはずなのだから。

クイーンは答えを待つように見つめる。

キングも口には出さないものの、僅かにレオヴァへ視線を向けた。

レオヴァは二人の顔を見比べる。

そして。

にっこりと笑った。

 

「内緒だ。」

たった一言。

それ以上説明するつもりはないらしい。

何事もなかったように箸を動かし、再び食事へ戻ってしまった。

当然、クイーンがそれで納得するはずもない。

 

「え~~!!

スッゲェ気になるんだが……」

大きな身体を露骨に前へ傾け、不満を訴える。

しかしキングは、そんなクイーンへ冷たい視線を向けた。

 

「…詮索が過ぎるぞ。

レオヴァ坊っちゃんの意を汲めねぇマヌケが…!」

「…ア"ァ"?

じゃあテメェはわかるってのかァ……!?」

「少なくとも言わねぇって事は言うべき事じゃねぇってことだろうが!

フンッ……そんなことも解らねぇのか?」

クイーンの額に青筋が浮かぶ。

 

「よし、ぜってぇ殺す!!」

「テメェがおれを殺れる訳ねぇだろ…!」

瞬く間に空気が剣呑になった。

つい先ほどまで一緒に食卓を囲んでいたというのに、二人の間にはいつものように殺気が膨れ上がっていく。

キングが僅かに身体の向きを変えれば、クイーンも負けじと身を乗り出す。

このままなら、食事どころか部屋そのものが無事では済まないかもしれない。

 

しかし。

当のレオヴァは、二人の言い争いを気にする様子もなく食事を続けていた。

箸で料理を摘まみ、口へ運ぶ。

そのまま何度か咀嚼すると、少し意外そうに目を見開いた。

 

「ん、このウニとか言うヤツ旨いな……」

キングとクイーンが今にも掴み合いを始めそうな横で、呑気に料理の感想を漏らしている。

二人の喧嘩など、今さら珍しくもない。

自分に被害が及ばない限り放っておけば良い、とでも思っているのだろう。

そして、止める者がいない以上、両者の殺気はさらに濃くなっていった。

クイーンが立ち上がりかけ、キングの翼が僅かに動く。

いよいよ本当に始まるかと思われた、その時。

奥の部屋から地響きのような足音が近付いてきた。

直後。

 

「おい!キング、クイーン

出来たばかりの城を壊すつもりか…!?」

怒号と共に現れたのは、先ほどまで寝ていたはずのカイドウだった。

眠りを妨げられたせいか、明らかに機嫌が悪い。

その姿を目にした瞬間、二人の殺気がすっと引いていく。

 

「すいませんカイドウさん!キングのアホ野郎が…」

「悪いカイドウさん……クイーンのバカが…」

ほぼ同時に謝りながら、それぞれ当然のように相手へ責任を押し付けた。

カイドウは眉間を押さえ、深く息を吐く。

 

「ったく、どっちでも良い!

いいから壊す様な真似はするなよ!」

その言葉に、レオヴァが何気なく口を挟む。

 

「そうだぞ、今朝父さんが壁を1枚蹴破って部屋が大きくなったばかりだからな。

 二人とも気をつけてくれ」

キングとクイーンの視線が、一瞬だけ壊された壁の方へ向いた。

当のカイドウは、僅かに顔を背ける。

「おい、レオヴァ……ありゃたまたま壁が壊れただけだぞ」

蹴ったのではない。

たまたま壊れた。

そう主張したいらしい。

レオヴァは父の顔を見て、なんとも言えない笑みを浮かべるだけに留めた。

追及するつもりはない。

 

「それより父さん。

起きたなら何か食べるか?」

ようやく一緒に食べられるのではないかという期待が僅かに戻ったが、カイドウは首を横へ振った。

 

「いや、いらねぇ

……そうだ、例のモノが手に入ったぞ」

その瞬間。

レオヴァの表情が一変した。

 

「! 早いな…

そんな直ぐに見つかる物じゃなかったと思うんだが…

 父さんに頼んで良かった…!」

驚きと喜びが隠しきれず、声まで僅かに弾んでいる。

その反応を見たカイドウは明らかに機嫌を良くした。

眠気もどこかへ消えたのか、そのままレオヴァの隣へ腰を下ろすと、クイーンへ顔を向ける。

 

持って来い。

それだけで何のことか理解したらしく、クイーンは渋々立ち上がって部屋を出て行った。

カイドウは息子の嬉しそうな顔を横目で見ながら、大きく笑う。

 

「ウォロロロ…!お前が欲しがるって事は役に立つ算段があっての事だろ

あれくらい造作もねぇ…!」

「本当に父さんには敵わないな

勿論、今後それを使ってワノ国……ひいては百獣海賊団の為に役に立つ物を作る予定だ」

レオヴァが素直に感心を口にすると、カイドウの笑みはますます深くなる。

頼まれたものを見つけたこともそうだが、それを息子が喜んでいるという事実の方が嬉しいらしい。

 

「お前の考えることは突拍子もねぇことばかりだが、全て良い方に転がってる!

これからも好きにやれ!ウォロロロロ~!」

「ありがとう父さん

期待に応えられるよう精進する…!」

褒められたレオヴァの表情も自然と和らいだ。

先ほど食事を一緒に出来ず落ち込んでいたことなど、すっかり忘れているように見える。

そのまま親子が和やかに話しているところへ、部屋の外から足音が戻ってきた。

 

「持ってきたぜ~ カイドウさん…!」

襖を開けて戻ってきたクイーンの手には、小さな箱が載せられている。

もっとも、クイーンの巨体に対して小さく見えるだけで、普通の人間が持てばそれなりの大きさがある。

 

差し出された箱を、レオヴァは両手で受け取った。

蓋へ手を掛ける。

ゆっくり開くと、その中に収められていたものを見て目を見開いた。

 

「やっぱり変わった形なんだな……」

箱の中にあったのは、一つの悪魔の実だった。

自然の果実ではまず見ることのない奇妙な形と、表面を覆う独特の渦巻き模様。

興味深そうに角度を変えながら眺めるレオヴァへ、クイーンが肩をすくめる。

 

「まぁ悪魔の実なんてどれもヘンテコな形してんだろ」

キングも悪魔の実へ目を向けたが、彼が気になったのは見た目ではないらしい。

 

「……で、レオヴァ坊っちゃんはそれを誰に食わせるつもりなんだ?」

カイドウも同じ疑問を持っていたようで、隣から箱を覗き込む。

 

「ああ…それはおれも気になってたが…

レオヴァの事だ、誰か候補がいるんだろ?」

二人の視線を受け、レオヴァは箱の蓋を完全には閉じず、悪魔の実を眺めたまま頷いた。

 

「父さんの言う通り候補はいる。

ただ、食わせるのはもう少し後になるが…」

「ん~? 最近入ったヤツでレオヴァのお眼鏡にかなう様なヤツいたかァ……?」

クイーンは腕を組み、最近百獣海賊団へ加わった者たちを頭の中で一人ずつ思い返しているようだった。

 

だが、それらしい人物は浮かばない。

キングも口には出さないものの、似たように記憶を辿っているらしく、僅かに目を細めていた。

その二人とは対照的に。

カイドウだけは、暫くレオヴァを見つめた後、ふっと口角を上げた。

息子がわざわざ自分へ頼み、貴重な悪魔の実を探させた。

しかも、今すぐではなく“もう少し後”に食わせるという。

そこまで考えれば、カイドウの中では一人の人物に行き着いたらしい。

 

「…お前が拾った侍だな?」

レオヴァが驚いたように父を見る。

すぐに、その表情が嬉しそうに緩んだ。

 

「そうだ。

…父さんにはお見通しだったか」

 

自分の考えを言い当てられたことが、何より嬉しいらしい。

カイドウの方も読みが当たったことで上機嫌になり、豪快に笑い声を上げた。

親子の間で自然と別の話題が始まる。

いつ頃食わせるのか。

どう育てるつもりなのか。

そんな話へ移っていく二人を少し離れた場所から眺めながら、クイーンはぽつりと呟いた。

 

「……おぉー、まさかカイドウさんが当てるとはなァ」

 

隣にいたキングも、親子へ視線を向けたまま小さく返す。

 

「…まぁカイドウさんはレオヴァ坊っちゃんの事だけは良く見てるからな……」

 

クイーンは否定しなかった。

カイドウが他人の考えをここまで細かく読み取る場面など、そう多くはない。

 

だが。

レオヴァのこととなると話は別なのだろう。

二人が小声で交わした言葉は、楽しげに別の話題で盛り上がる親子の耳へ届くことなく、静かな部屋の中へ消えていった。

 

 

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