考察してくれてる方の語彙力高い感想に舌を巻くのみ……
シンプルに面白いとも言って頂けたりして、凄い嬉しいです!
そして安定の誤字……申し訳ない…
何回か見直してから上げていると言うのに……誤字にステルス機能でもついてるのか?
わざわざ誤字報告してくれる優しい方々に感謝です!
2026/9/2 加筆修正
侍たちは、これから始まる戦いを前にして静かに息巻いていた。
腰に佩いた刀へ手を添える者もいれば、仲間と小声で言葉を交わしながら装備を確かめる者もいる。
集まった者たちの年齢も出自も様々だったが、その胸に抱く思いだけは驚くほど似通っていた。
今から行われる戦いは、レオヴァ様に対する完全なる裏切りへの報いである。
崩れかけたワノ国を立て直すため、民へ手を差し伸べ、休むことなく奔走してきた御仁。
その優しさを踏みにじり、よりにもよって命を狙おうとする者たちを、どうして許すことが出来ようか。
名もない一人の侍もまた、周囲と同じように刀の柄を強く握っていた。
レオヴァに直接救われた者もいる。
家族を救われた者、仕事を与えられた者、飢えから助けられた者もいた。
本人ではなくとも、親や子、友人がその恩恵を受けた者は数え切れない。
だからこそ、この場に集った数百の侍たちにとって今回の戦は、命令による出陣ではなかった。
己の忠義を示す戦い。
受けた恩へ報いる戦いだった。
そんな彼らの前へ、やがて待ち望んでいた少年が姿を現した。
ざわついていた空気が、一瞬で静まる。
普段ならば人前に出る時、穏やかな笑みを浮かべることの多いレオヴァだったが、今日はその微笑みがない。
伏せ気味の瞳には明らかな悲しみが滲み、張り詰めた表情の奥に苦悩が見て取れた。
それを目にしただけで、侍の胸が締め付けられる。
何故、この方がこんな顔をしなければならないのか。
裏切られた側だというのに、誰よりも苦しんでいる。
周囲の者たちも同じ思いなのだろう。
先ほどまで昂っていた気配が少しだけ沈み、誰もが黙ってレオヴァの言葉を待った。
「……皆…まずは、この戦いに来てくれたことを感謝する…ありがとう。
そして、これから討たなければならない者に思い入れがある者もいるだろう……おれが至らなかったばかりに…すまない」
声まで悲痛だった。
レオヴァは僅かに目を伏せ、自らの責任であるかのように謝罪する。
そんな必要などない。
そう叫びたくなった侍より先に、前方から力強い声が飛んだ。
「レオ坊…!
シャキッとしやがれ!おめぇが謝る必要なんざねぇんだ!
此処にいる全員……いや、ここに居ない奴らもレオ坊に最期まで付いていく心づもりだ!」
花のヒョウ五郎だった。
長く裏社会を束ねてきた男の声はよく通り、集った侍たちの胸へ真っ直ぐ響いた。
名もない侍も強く頷く。
その通りだ。
誰かに無理やり連れて来られたわけではない。
ここにいる者たちは皆、自分の意思で刀を持ち、自分の足でこの場所まで来たのだ。
すると、一人が声を張り上げた。
「そうだ…!もう、おれたちゃレオヴァ様に付いてくと決めてんでさァ!」
それを皮切りに、堰を切ったように声が続く。
「レオヴァ様が謝る必要なんてありゃせん!!」
「……お優しいレオヴァ様に代わっておれたちが!」
声は次々と重なり、やがて大きなうねりとなった。
ここにいる者は皆、同志なのだ。
受けた恩の形は違っても、救われ、導かれ、これからのワノ国をレオヴァと共に歩みたいと願っている。
熱の籠もった声を聞いていたレオヴァの表情が、ようやく少しずつ和らいでいく。
悲しげに下がっていた眉が戻り、口元へ僅かな微笑みが浮かんだ。
「……ありがとう。
そうだな、ヒョウ爺の言う通りだ。
集まってくれた皆の覚悟、良くわかった…!
共にこの戦いに挑んでくれ!」
皆、その言葉を待っていた。
「レオ坊…もちろんだ!!」
「うおぉ~!レオヴァ様!
おれが敵の首を持って参ります…!」
「レオヴァ様から受けたご恩、ここで返してみせまする!」
「この身に代えてもお守りいたします…!」
「おでんなど一捻りにしてみせましょうぞ!!」
地を震わせるほどの声が上がる。
名もない侍の胸にも熱が込み上げた。
この戦いにおいて、あの御仁と共に歩める。それ以上の誉れがあるだろうか。
否。
あるはずがない。
ならば戦果を上げる。
裏切り者の首を取り、レオヴァの前へ差し出し、自らの忠義が口先だけのものではないと証明してみせる。
その思いは一人だけのものではなかった。
数百の侍たちの心は、今やほとんど一つに重なっている。
――レオヴァ様に、勝利の栄光を。
──────────────
少し離れた場所では、そんな侍たちの様子を二人の男が眺めていた。
クイーンは腕を組みながら、先ほどよりも強い闘志を漲らせる集団を見て、いかにも愉快そうに口元を歪める。
「ムハハハ~!ほんっとにレオヴァのあの能力はスゲェわ
少しの間にあれだけの信者を作れんだからなァ」
声には感心と面白がる色が入り混じっている。
それに対し、隣のキングは不快そうに目を細めた。
「……レオヴァ坊っちゃんの掌握の巧さは折り紙つきだ。
カイドウさんの息子なんだ。人の上に立つ素質があるのは当たり前だろうが」
当然だと言わんばかりの返答だった。
クイーンは侍たちからキングへ顔を向け、鼻で笑う。
「まぁ、カイドウさんの場合は力業だけどなァ……」
否定しづらい。
カイドウが人を従わせる時、細やかな言葉や人心掌握よりも圧倒的な力で相手を認めさせることの方が多い。
一方でレオヴァは、必要とあれば相手の話を聞き、利益を与え、信頼を積み重ねる。
手法こそ違うが、結果として自分の持ち得る“力”で人を自分の下へ集める点では、よく似た親子なのかもしれなかった。
そんな話をしている二人のもとへ、侍たちとのやり取りを終えたレオヴァが歩いて来る。
先ほどの悲しげな表情は既に薄れ、いつもの落ち着いた顔へ戻っていた。
「二人とも、せっかくの宴なのに悪いな…」
本来なら今日は別の場所で宴を楽しんでいてもおかしくなかった。
それを急遽、戦へ付き合わせることになったため気にしているのだろう。
クイーンは気にするなとばかりに大きく笑った。
「おいおい気にすんなよ…!
こんなんさっさと終わらせて帰りゃ良いだけだしなァ~!」
キングも、凶悪な笑みを僅かに浮かべる。
「問題ねぇさレオヴァ坊っちゃん
……ちょうど、宴より蹂躙の気分だった」
物騒極まりない答えだったが、レオヴァは慣れているのか、それを咎めることもなく微笑み返した。
「二人がそう言ってくれて助かる」
すぐにクイーンが戦場へ視線を向け、確認するように尋ねる。
「で、おでんはレオヴァと都の裏の元締めが殺るんだよな?
なら、おれは他の奴らを殺っときゃイイのか?」
「あぁ、相手の大将はおれとヒョウ爺でなんとかする
他の者の首をクイーンとキングに任せたい。
……おれの連れてきた侍たちでは恐らく体力を削るので手一杯だと思うから、なるべく死者が出ないようにしてやってほしい」
クイーンはあからさまに面倒そうな顔をする。
本来なら敵を片付けるだけの方が遥かに楽なのだろう。
「ん~~……面倒みるのダリィなァ
まぁ、一応頭のすみには置いとくぜ!」
その返答を聞き、キングが冷たく言い放つ。
「わかった、レオヴァ坊っちゃんの作戦に狂いが出ないよう努めよう
……クイーンのバカは使えそうにねぇからな」
当然、クイーンが聞き流すはずもない。
「……おうレオヴァ、見とけよ!
全部おれが片してやる、キングのマヌケがヘマするかもしれねぇからなァ…!」
「テメェのようなヘマはしねぇよ!」
「おれがいつ、ヘマしたってんだァ?」
二人の間に、早くも別方向の火花が散り始める。
レオヴァは眉間へ指を添え、深く息を吐いた。
「……二人とも此処で暴れるな…」
またか。
そんな色が隠しきれない声だった。
その時、二人の言い争いを遮るように、一人の侍が足早に近付いて来た。
迷いのない足取りでレオヴァの前へ進み、片膝をつく。
「主、侍たちの準備は滞りなく。
そろそろ出発致しますか?」
レオヴァはすぐに表情を切り替えた。
「そうか、準備ご苦労だった」
侍が顔を上げる。
そこで初めて、クイーンが男をまじまじと見た。
「ア? お前が侍の代表になるヤツか?」
侍は立ち上がると、キングとクイーンへ向き直り、深々と礼を取った。
「…お初にお目にかかります、カヅチと申します
レオヴァ様より此度の戦いにて侍の指揮を仰せつかりもうした」
礼儀正しい。
しかし、頭を上げた後の目には武人らしい鋭さがあった。
クイーンは遠慮なく上から下まで眺める。
「……あ~、お前がねェ。そこそこって感じか?
まぁ、レオヴァの人選だし…戦いで測るわ」
キングは何も言わない。
それでも、仮面の奥から向けられる視線には明らかに値踏みするような圧があった。
百獣海賊団の大看板二人から同時に睨まれれば身体を強張らせてもおかしくない。
だが、カヅチは一歩も退かなかった。
「はい、主の期待に応えるべく此度の戦いにて戦果を上げてみせまする
キング様とクイーン様にも敗けるつもりはございませぬ故…」
クイーンの眉が上がる。
キングの目も僅かに細くなった。
「……口だけにならねぇ様にするんだな」
「勿論にございます」
互いの間に緊張が走る。
しかし、それ以上続くことはなかった。
程なくレオヴァから出発の号令が掛かり、キングとクイーンはそれぞれの役目へ、カヅチも侍たちを率いるため持ち場へ戻っていった。
準備は整った。
あとは、敵を待つだけだった。
──────────────
山道を駆け抜けていたおでん一行の前へ、突如として一筋の雷が落ちた。
眩い閃光が木々の間を白く染め、その直後、腹の底まで震わせる轟音が山中へ響き渡る。
先頭を走っていた者たちが咄嗟に足を止め、後続も急激に速度を落とした。
焼けた土の匂いが立ち上り、舞い上がった砂埃の向こうへ皆の視線が集まる。
一行に緊張が走った。
雷そのものに驚いたのではない。
その意味を理解したからだ。
羽ばたきの音が頭上から降ってくる。
見上げれば、雲の合間から巨大な鳥がゆっくりと高度を落としていた。大きく広げられた翼は月明かりを受け、黄金の羽が青白い光を反射しながら、木々の隙間へ淡い輝きを落としている。
その姿を目にした瞬間、おでんは何が起きたのかを悟った。
巨鳥は一行の進路を塞ぐように舞い降り、人の姿へ戻る。
レオヴァだった。
「……なぜ、わかった。
あの無人島で酔って寝ているカイドウの首を取りに行く所だった、兵力戦を想定してねぇ」
おでんの声には驚きこそあったが、怯えはない。
それでも視線は鋭く周囲を探っていた。
レオヴァは真っ直ぐおでんを見据える。
「反逆者に教える義理はないだろう。
そして、上に立つ者ならあらゆる可能性を想定しておくべきだったな…。
……悪いが父さんの首は、この世の誰にも獲らせはしない」
その言葉を合図にしたかのように、周囲の木々や岩陰から一斉に人影が現れた。
刀を抜く音。
弓へ矢を番える音。
足元の土を踏み締める無数の足音が、瞬く間におでん一行を取り囲む。
「ッ! な、なぜ侍たちが!」
雷ぞうが周囲を見回しながら声を上げる。
「落ち着け、雷ぞう……!
気を散らせばそこまでだ!」
錦えもんが鋭く制し、すぐに刀を構えた。
ネコマムシも牙を覗かせる。
「ゴロニャーゴ……!!
どんな相手でも倒さないかんぜよ!!」
包囲した側の人数は、一目で尋常ではないと分かる。
花の都の侠客に属する者が六百。
編笠村、そして鈴後から集った侍が二百。
総勢八百。
それぞれの実力は赤鞘の侍たちへ及ばないとしても、それだけの数が一斉にこちらへ殺気を向ければ、圧は凄まじい。
しかも、その目に迷いがない。
金で雇われた兵の顔ではない。全員が、自ら信じる者のためにこの場所へ立っている。
その闘志に一瞬気圧された赤鞘たちへ、おでんの声が飛んだ。
「お前たち……!
怯むな、押し進むぞ!!」
その一喝で空気が変わる。
錦えもんたちの瞳に、再び強い意志が宿った。
ここで退くわけにはいかない。自分たちにも、守るべき主がいる。
光月おでんの未来を懸けた戦い。
そして、迎え撃つ側にとってはレオヴァの未来を懸けた戦いでもあった。
両者ともに一歩も退かない。
戦端が開かれる。
最初に響いたのは、幾つもの刃が激突する甲高い音だった。
山中に怒号が響き、地面を蹴る音が連続する。
八百の侍が一斉に押し寄せたかに見えたが、その動きは無秩序ではなかった。
前衛が数人ずつ組を作り、それぞれ一人の赤鞘へ斬り込む。
正面から刀を合わせる者。
左右から踏み込む者。
赤鞘が一人を弾けば、空いた場所へ別の侍が即座に滑り込む。
そして、そのさらに後ろ。
十人ほどで固まった後衛から、弓矢や飛礫が間断なく飛んでくる。
狙いは必ずしも命中ではない。
視線を逸らさせる。
足を止めさせる。
ほんの一瞬でも意識を前衛以外へ向けさせれば、それで十分だった。
錦えもんが正面の侍を押し返した瞬間、側方から矢が飛ぶ。
首を捻って避ければ、その死角へ別の刃が走った。
刀で受ける。
甲高い金属音と共に火花が散り、その隙を埋めるように今度は足元へ飛礫が叩き込まれる。
一つ一つならば脅威ではない。
だが、休む間がなかった。
数人を倒しても、すぐに別の組が前へ出る。
傷を負った者は無理に粘らず後ろへ下がり、代わりにまだ体力のある侍が踏み込んでくる。
前衛だけではない。
弓を射続けていた後衛も一定時間ごとに交代し、疲れを見せ始める前に別の集団へ役目を渡していく。
八百という人数を使った徹底的な交代戦だった。
赤鞘たちと侍一人一人の実力差は明らかに大きい。
まともに一対一で戦えば、結果は比べるまでもないだろう。
だからこそ、一対一にはさせない。
五人、六人が同時に斬り込み、十人前後が遠方から意識を散らす。
そして疲れる前に退き、次の組へ替わる。
その流れが、何度も何度も繰り返されていた。
さらに厄介なのは、戦場の後方に控える三人だった。
巨大な体躯を揺らしながら戦場を眺めるクイーン。
翼を畳み、獲物を見定めるように佇むキング。
そして、侍たちの動きを監督しながら必要な場所へ指示を飛ばしているカヅチ。
彼らは常に前へ出るわけではない。
むしろ侍たちだけで押せる間は、ほとんど手を出さなかった。
だが、赤鞘の誰かが大きく陣形を崩そうとした時。
数人の侍を一気に薙ぎ払い、包囲から抜けようとした時。
その瞬間だけ、鋭い一撃が飛んでくる。
キングの斬撃が進路を塞ぎ、クイーンの巨体が逃げ道を潰す。
カヅチもまた隙を見せた相手へ踏み込み、すぐに侍たちの包囲へ押し戻していく。
決して自由にはさせない。
少しずつ、だが確実に削っていく。
戦闘が続くにつれ、赤鞘たちの身体には小さな傷が増えていった。
致命傷はない。
一つだけなら無視出来る程度の切り傷や擦過傷ばかりだった。
しかし、それでも傷の数が増えれば話は違う。
肩から流れた血が腕を伝い、握る刀の柄を濡らす。
浅く斬られた脚は踏み込むたびに違和感を与え、呼吸は徐々に荒くなる。
何より、常に四方へ意識を向け続けなければならないことが集中力を奪っていった。
一度でも判断が遅れれば、そこへ数人の刃が集中する。
侍たちの動きは、想像以上に洗練されていた。
ただ人数を集めただけではない。
明確な役割を与えられ、それを繰り返し叩き込まれた兵の動きだった。
戦いが長引くほど、その差は現れる。
赤鞘たちは強い。
だからこそ短時間では崩れない。
だが、いくら強者でも体力には限界がある。
対する八百の侍たちは、人数そのものを体力として使っている。
削られた者が下がれば、新しい者が出る。
その循環を続けられる限り、赤鞘側は確実に消耗し続けることになる。
戦場の中で、その事実に気付き始める者が増えていた。
更に、この侍たちを全て退けたところで終わりではない。
後ろにはまだ、キングとクイーン、そしてカヅチがいる。
今でさえ少しずつ体力を奪われている自分たちが、この八百人を突破した後にあの三人まで相手取れるのか。
そんな疑念が、否応なく胸へ入り込んでくる。
それでも赤鞘たちは刀を止めなかった。
自分たちが諦めれば、そこで全てが終わる。
だから斬る。
避ける。
受ける。
また踏み込む。
何度包囲されても、何度身体へ新たな傷が刻まれても、忠義だけは手放さない。
ただ一つの希望を信じて。
――我らがおでん様が、レオヴァとヒョウ五郎の首を獲って戻ってくる。
その時まで耐えれば良い。
そう己に言い聞かせながら、赤鞘の侍たちはなおも刀を振るい続けていた。
──────────────
おでんの振り下ろした刃が、唸りを上げてレオヴァの眼前を通過した。
まともに受けるつもりはない。
踏み込んでいた足へ力を込め、身体を半歩だけ横へ滑らせる。
刃先が服の端を掠め、その勢いのまま地面へ叩き込まれると、岩混じりの土が弾けて細かな破片が周囲へ飛び散った。
想定以上に、一撃一撃が重い。
速さだけではない。刀へ乗せられた力が尋常ではなく、僅かに軌道を逸らすだけでも腕へ痺れが残るほどだった。
レオヴァはおでんとの距離を保ちながら見聞色の覇気を広げ、同時に戦場全体の状況を探っていた。
自分とヒョウ五郎のすぐ近くでは、おでんの刀が絶えず風を切っている。
そのさらに外側では、事前に鍛えておいた侍たちが赤鞘を相手に布陣を崩さず動き続けていた。
前衛が交代しながら攻撃を重ね、後衛が弓や飛礫で意識を逸らす。
誰かが深追いをしようとすればカヅチが即座に止め、陣形から外れかけた者を戻す。
赤鞘が一気に突破を試みれば、キングやクイーンが必要最低限だけ手を出し、再び包囲へ押し戻していた。
想定していたより遥かに上手くいっている。
何より驚いたのは、隣で戦うヒョウ五郎だった。
おでんの刃を正面から受ければ流石に押し込まれるものの、足運びと刀捌きで巧みに力を逃がし、すぐさま反撃へ繋げている。
年齢を考えれば十分どころではない。
かつてワノ国の裏社会を束ねていたという肩書きは伊達ではなかった。
ここまでやれるとは。
レオヴァは表情に出さないよう努めながら、僅かに口元を緩めかけた。
今回の戦いは、元々勝つことだけを目的に組んだものではない。
むしろ、レオヴァ自身はおでんに敗れる可能性をかなり高く見積もっていた。
記憶にある光月おでんの強さは本物だ。
真正面から戦えば、今の自分とヒョウ五郎の二人でも確実に討ち取れるとは思っていなかった。
だが、敗北にも意味はある。
自分とヒョウ五郎で可能な限りおでんを削り、満身創痍まで追い込む。
その後に父――カイドウが出れば良い。
消耗し切ったおでんが相手なら、父が敗れる可能性はさらに低くなる。
そして、父が反逆者を討ち果たせば。
再びワノ国を守った者として、“明王”の名声は一段と高まる。
それだけではない。
レオヴァにとっては、むしろこちらの方が重要だった。
記憶の中で、おでんは父にとって強烈な存在として残り続けていた。
長い年月を経ても忘れられないほどの敵。
その影が父の中へ刻まれることだけは、どうしても許せなかった。
そんなものは要らない。
父の中に、消えゆく男の存在が残る必要などないのだ。ましてや、それに縛られるなど。
だからこそ、父が戦う頃には既に勝敗が決している程度まで削っておくつもりだった。
その計画であれば、自分がここで敗れても問題はない。
むしろ自然だった。
――そのはずだったのだが。
レオヴァは飛んできた斬撃を身を捻って躱し、即座におでんの脇へ踏み込んだ。
おでんが刀を引き戻す。
ヒョウ五郎が反対側から斬り込む。
二人の攻撃を同時に捌くため、おでんの身体が僅かに後ろへ下がった。
戦況は、想定より良い。
侍たちは首尾よく赤鞘を削っている。
キングとクイーンも予定通り。
ヒョウ五郎も予想以上に戦えている。
そして自分自身も、まだ余力を残していた。
ならば、予定を変えても良いかもしれない。
ここで終わらせる。
この場でおでんを討ち取れるなら、その方が遥かに都合が良い。
父が一戦、交える必要すらなくなる。
おでんが父の記憶へ残る余地もない。
何より、自分が敗れることを計算へ入れているなど誰にも話していなかった。
ヒョウ五郎にも。
キングにも。
クイーンにも。
あくまで、この戦いは勝つために始めたものだと思わせている。
ならば、そのまま勝てば良い。
レオヴァは見聞色の範囲を狭めることなく、おでんの動きへ意識を戻した。
狙うべきは今すぐの決着ではない。
間違いなく、この男は強い。
無理に一撃を取りに行けば、こちらが崩れる。
ならば時間を使えばいい、数時間でも構わない。
集中力は永遠には続かない。
どれほど強い者でも、何時間も高密度の戦闘を続ければ判断は鈍る。
呼吸も乱れる。
足も重くなる。
一瞬。
ほんの一瞬でも集中の糸が切れれば、そこを突けば良い。
それまでは自分が、ヒョウ五郎の戦いを支える。
ヒョウ五郎の動きを見ながら、自分はおでんの攻撃を散らし、致命的な崩れが起きないよう戦場を維持する。
勝機はある。
レオヴァはそう判断し、さらに一歩踏み込んだ。
──────────────
ヒョウ五郎は、かつて信じた男と刃を交えていた。
刀と刀がぶつかるたび、耳をつんざくような金属音が響く。
手のひらへ伝わる衝撃は重い。
一撃を受けるだけで腕が痺れ、踏ん張った足が土を削る。
それでも退くつもりはなかった。
目の前にいる男は、自分が知る誰よりも強い。
だが、そんなことは昔から知っていた。
誰よりも破天荒で、常識外れで、それでも人を惹き付けてやまなかった男。
光月おでん。
かつてヒョウ五郎は、この男こそいつかワノ国の上に立つべきだと考えていた。
だが。
今は違う。
自分が信じたおでんは、もういない。
少なくともヒョウ五郎には、そう思えた。
何も語らず、民を苦しませ続け、手を差し伸べようとした者すら拒み続けた。
その一方で、レオヴァは違った。
まだ幼い。
本来ならば、国の未来など背負う年齢ではない。
それでも民の声を聞き、学び続け、失敗すれば改め、必要とあれば自分の足で現場へ赴く。
誰かに任せて終わりではなく、自ら考えて動く。
あの幼さで未来を見据え、多くの者を導くため努力を惜しまない。
ならば。
これから自分が懸けるべき相手は、レオ坊ただ一人だ。
ヒョウ五郎の中では、既に答えが出ていた。
おでんの刀が斜め上から振り下ろされる。
ヒョウ五郎は刃を受け、そのまま身体を捻って力を外へ逃がした。
火花が散る。
直後、レオヴァの攻撃がおでんの側面から迫り、相手が僅かに距離を取った。
荒い呼吸の合間、おでんが低い声を絞り出す。
「……ッ…ヒョウさん、なんだってオロチに付く!」
その言葉に、ヒョウ五郎の眉が吊り上がった。
「っ…馬鹿言うんじゃねぇよ!!
おれはレオ坊についたんだ!
腐ったってオロチの野郎には降らねぇ!」
誤解するな。
自分はオロチを選んだのではない。
あの男に従う気など欠片もない。
選んだのはレオヴァだ。
その少年が示す未来へ懸けると、自分で決めたのだ。
おでんの表情が苦く歪む。
「じゃあ…ッ! 退いてくれ!!」
ヒョウ五郎は一歩踏み込んだ。
「アホ言うなァ!!
お前は此処で、おれが斬る!」
それ以外の答えなどあるはずがない。
おでんも理解したのだろう。
一瞬だけ瞳を伏せた後、その目に再び強い意志が宿った。
「……グッ……ヒョウさんッ…!
ならおれは、アンタを斬るしかねぇ……!!」
次の瞬間。
おでんの動きが変わった。
今まで以上に踏み込みが深く、振るわれる一撃にも明らかに力が増している。
ヒョウ五郎は反射的に刀を合わせた。
凄まじい衝撃。
腕だけでは受け止め切れず、肩から背中まで一気に震えが走る。
足元の土が大きく抉れ、身体が半歩後ろへ押し込まれた。
重い。
だが。
まだ動ける。
本来ならば、この攻撃を何度も受け続ければ先に自分の身体が限界を迎えていただろう。
しかし今は違う。
レオ坊が絶えず戦場を見ている。
おでんの攻撃が自分へ集中しすぎれば、すぐに横から介入して軌道をずらす。
反対に自分が押せる場面では、レオヴァが無理に前へ出ず、おでんの逃げ道だけを潰してくれる。
だから、体力を必要以上に消耗せずに済んでいる。
勝てるかもしれない。
そう思った。
いや、違う。
勝つのだ。
ここで終わらせる。
ヒョウ五郎は強く地面を踏み込んだ。
身体の奥に残る力を刀へ乗せる。
正面からおでんへ向かい、気合いと共に渾身の一撃を叩き込んだ。
刀同士が激突する。
一瞬の拮抗。
そして。
「ぐお……!! く…ッ……」
おでんの身体が大きく揺れた。
踏ん張ろうとした足が耐え切れず、そのまま片膝を地面へつく。
ヒョウ五郎は大きく目を見開いた。
届いた。
ここまで追い込んだ。
荒く息を吐きながら、膝をつくおでんを見下ろす。
やはり。
こいつの強さは本物だった。
海へ出て、外の世界で鍛え上げた力。
自分とレオヴァの二人を相手に、ここまで戦い続けた実力。
その事実を目の当たりにした瞬間。
ヒョウ五郎の胸の奥へ、捨てたはずの考えが一瞬だけ浮かんだ。
もし。
本当に、もし。
こいつがレオ坊と話していたなら。
少しでも歩み寄る気があったなら。
レオ坊の知恵。
おでんの力。
二人が同じ方向を向いていたなら、一体どれだけ早くこの国を取り戻せただろう。
ほんの一瞬。
本当に僅かな時間だった。
だが。
戦場において、それは致命的だった。
おでんの膝が僅かに浮く。
刀が動く。
しまった。
気付いた時には遅かった。
なんて馬鹿なんだ。
切り捨てたはずの過去に、今さら心を惹かれてどうする。
この一瞬の油断で――。
視界が大きく揺れた。
突然、横から強い衝撃を受けたのだ。
ヒョウ五郎の身体が地面から浮き、数メートル先へ弾き飛ばされる。
「ぐお……!?」
受け身を取る余裕もなく肩から地面へ落ち、そのまま土の上を転がった。
何が起きた。
咄嗟に顔を上げる。
そして。
ヒョウ五郎は、生涯忘れられない光景を見ることになった。
先ほどまで自分が立っていた場所。
そこへレオヴァが入っている。
おでんの刀が振り抜かれる。
刃がレオヴァの身体を裂いた。
鮮血が舞う。
「レ、レオ坊ォ!?」
喉が裂けるほどの声が出た。
レオヴァは自分を突き飛ばしたのだ。
おでんの最期の一太刀が届くより先に。
自分を庇って。
そして。
斬られながらも、ただ攻撃を受けただけではなかった。
刃が身体を通過した瞬間、レオヴァは崩れそうになる体勢を強引に立て直し、そのままおでんへ反撃を叩き込んだ。
完全に不意を突かれたおでんの身体が浮く。
踏ん張りを失った状態で攻撃を受け、大きく後方へ吹き飛ばされた。
地面へ叩きつけられ、さらに数度転がる。
その間に、レオヴァは膝をついた。
血が衣服を濡らし、地面へぽたぽたと落ちる。
ヒョウ五郎の頭の中が真っ白になる。
自分のせいだ。
完全に。
自分の油断が招いた。
あのまま集中していれば。
あの一瞬、過去のおでんに心を惹かれさえしなければ。
レオ坊が庇う必要などなかった。
ヒョウ五郎は立ち上がろうとする。
足に力が入り切らず、一度地面へ手をついた。
それでも、這うようにしてレオヴァへ近付こうとする。
すると、血を流すレオヴァが先に顔を上げた。
「ゥ……ヒョウ爺ッ……致命傷は、ないな…良かっ…た!
…ハァ……あとは、頼…めるか?」
自分の傷より先に。
ヒョウ五郎の無事を確認した。
その事実が胸へ深く突き刺さる。
何をしているんだ、自分は。
この子は、今。
自分のせいで斬られたというのに。
責めるどころか安堵している。
そして、取り返しのつかない失態を犯した自分へ、なお最後を任せると言う。
ヒョウ五郎は唇を強く噛んだ。
血の味が滲む。
悔しい。
情けない。
だが、今ここで蹲っている暇などない。
レオ坊が託したのだ。
ならば応える。
この瞬間。
ヒョウ五郎の中に僅かに残っていた“光月おでん”への思いは、完全に切れた。
かつての友。
信じた男。
この国を任せたいと願った存在。
全て、もう不用な感情だ。
自分がこれから仕えるのは。
この命を懸けるのは。
レオ坊だけだ。
ヒョウ五郎は立ち上がった。
刀を握る手へ力を込める。
吹き飛ばされたおでんは、まだ体勢を整え切れていない。
先ほどまでの疲労。
レオヴァの反撃。
そして長時間の戦闘による消耗。
立ち上がろうとしているものの、動きは明らかに鈍っていた。
ヒョウ五郎は走り出す。
一歩。
二歩。
地面を強く蹴るたび、頭の中から余計なものが消えていく。
迷いはない。
躊躇もない。
握り締めた刀を振り上げる。
おでんがこちらへ顔を向けた。
視線が交わる。
かつてなら。
何か言葉を交わしたかもしれない。
だが、今はもう必要なかった。
ヒョウ五郎は全身の力を一太刀へ込め、そのまま振り下ろした。
刃が走る。
おでんの身体へ深く届く。
重い手応えが腕へ返ってきた。
時間にすれば、ほんの一瞬だった。
それでもヒョウ五郎には、異様なほど長く感じられた。
刀を振り抜いたまま、荒く息を吐く。
やがて、おでんの身体から力が抜けた。
もう立ち上がってはこない。
戦場に鳴り響いていた刀の音も、少しずつ遠く感じられる。
ヒョウ五郎は暫く動けなかった。
勝った。
おでんを倒した。
それでも、真っ先に胸へ浮かんだのは喜びではない。
レオ坊。
ヒョウ五郎は勢いよく振り返る。
血を流しながらも、レオヴァはまだ意識を保っている。
その姿を確認して初めて、強張っていた胸へ僅かな安堵が広がった。
代償は大きかった。
自分の失態も消えない。
それでも、この戦いは終わった。
そして。
彼らは勝ったのだ。
──────────────
戦いが終わった後も、山道にはしばらく血と土の匂いが濃く残っていた。
刃のぶつかり合う音はもう聞こえない。
代わりに響くのは、負傷者を支える声や、捕らえた者たちを拘束するために縄を締め直す音、そして勝利した者たちの荒い呼吸だった。
名もない一人の侍も、刀を鞘へ戻したまま、未だどこか現実感のない思いで歩いていた。
勝った。
自分たちは、本当に勝ったのだ。
あれほど名を馳せた光月おでんと、その配下である侍たちを相手に。
しかも、自分たちはレオヴァ様と共に戦い、その勝利へ僅かでも力を貸すことが出来た。
本来ならば胸を張り、仲間と喜びを分かち合っても良いはずだった。
だが、都へ向かう一行の空気は完全な祝勝とは程遠い。
誰もが何度も、列の前方へ視線を向けていた。
理由はただ一つ。
この戦いで、レオヴァが大きな傷を負ったからだ。
おでんの最後の一撃からヒョウ五郎を庇い、自ら斬撃を受けた。
その話は、戦闘が終わる頃には瞬く間に全員へ広まっていた。
しかも原因は、ヒョウ五郎の一瞬の油断だったらしい。
それを知った直後、一部の侍たちの間では怒りが噴き出した。
何故、親分ともあろう者が。
レオヴァ様に傷を負わせるような失態を。
その場にいなかった者ほど、感情のままにヒョウ五郎を責めようとした。
しかし。
それを止めたのも、レオヴァ本人だった。
血の滲む衣服を押さえながら、それでも周囲の侍たちを見渡し、いつもと変わらぬ調子で声を掛けたのだ。
『皆、この傷は俺の油断でもあった…だから責めるような真似は止してくれ
それに、なによりも皆と勝ち取った勝利を噛み締めたいんだ。
……共に戦ってくれてありがとう。この勝利は皆のおかげだ!』
その言葉を聞いた時。
名もない侍の胸には、戦いの最中とはまた違う熱が込み上げた。
自分が傷を負っているというのに。
原因となった者を責めるどころか庇い、最後には自分たちへ礼を言う。
周囲からも感極まった声が次々に上がった。
『レ、レオ坊! おれァ…!!』
『うおおぉ~~!!レオヴァ様~!』
『レオヴァ様にこの忠誠を…!』
『『レオヴァ様万歳!!!』』
それ以降、ヒョウ五郎を責める者はいなくなった。
考えてみれば当然だ。
自分たちは、ただレオヴァが傷を負ったという事実だけで怒っていた。
だが、ヒョウ五郎は違う。
目の前で、自分を庇ったレオヴァが斬られた瞬間を見ている。
それも、自らの過失が原因で。
その悔しさがどれほどのものかなど、簡単に想像出来るはずもなかった。
実際、都へ向かう今もヒョウ五郎は普段ほど口数が多くない。
時折レオヴァのいる方角へ視線を向けては、僅かに眉を寄せている。
勝利したというのに。
未だ、自分の中では戦いが終わっていないような顔だった。
そんな空気の中。
捕縛した者たちを入れた籠を運ぶ一団の先頭から、カヅチが足早に戻って来た。
表情は明るい。
それを見ただけで、周囲の侍たちが自然と彼へ注目する。
カヅチは皆の顔を見渡すと、声を張った。
「喜べお前たち!
レオヴァ様のお怪我は別段の問題はないそうだ…!」
一瞬、意味を飲み込むまでの沈黙があった。
そして。
歓声が爆発した。
「良かった…!レオヴァ様!」
「そうだ、レオヴァ様があれしきで倒れるはずがない!」
「ははは!おでんの攻撃なんぞレオヴァ様には効かんと言うわけじゃ!」
張り詰めていた空気が一気に緩む。
笑い声が戻り、何人もの侍が互いの肩を叩き合った。
その中で。
「そうか、そうか……!
レオ坊…大事なくて本当に良かった!」
誰よりも大きく安堵した声を漏らしたのはヒョウ五郎だった。
振り返った侍たちは、そこで思わず目を瞬く。
ヒョウ五郎の目元には、はっきりと涙が浮かんでいた。
「親分、涙拭いてくだせぇ!」
「ヒョウ五郎親分気持ちはわかるが、笑わねぇとなァ!
せっかくの勝利だ!レオヴァ様も仰ってただろ?」
部下たちから次々に声を掛けられ、ヒョウ五郎は一度大きく鼻をすすった。
それから乱暴に目元を拭う。
「っ…おうよ!
よし、てめぇら!早く都へ戻ってレオ坊の顔見ようじゃねぇか!!」
「「「「お~!!」」」」
応える声が山道へ響き渡る。
つい先ほどまで疲労で重かった足取りまで、不思議と少し軽くなったように感じられた。
勝った。
レオヴァ様も無事だった。
ならば今度こそ、胸を張って都へ帰れば良い。
捕らえた反逆者たちを引き連れながら、一行は再び歩みを速めていった。
──────────────
それから程なくして。
派手に包帯を巻かれたレオヴァは、キングと共に処刑までの段取りを確認していた。
上半身の一部には白い布が幾重にも巻かれ、ところどころに薬の匂いが残っている。
見た目だけならば、それなりの重傷者だ。
だというのに本人の顔色は悪くなく、机へ広げられた資料を見ながら普段通りの調子で話を続けている。
そこへ廊下の向こうから、重い足音が近付いてきた。
ドス、ドス、と床を鳴らしながら現れたのはクイーンだった。
部屋へ入った瞬間、まず目に入ったレオヴァの姿を見て、眉を大きく上げる。
「よォ~、レオヴァ~!
……って随分ぐるぐるに包帯巻いてんなァ?」
「ん? あぁ、一応斬られたワケだからな
……戦った感が出るだろう?」
あまりにも軽い返答だった。
クイーンは一瞬ぽかんとした後、すぐに納得したような顔になる。
「戦った感ってお前……まぁ、急に傷が塞がってたら侍共が驚くか」
あれだけ大勢の目の前で斬られたのだ。
それが数時間後には何事もなかったような姿で歩いていれば、余計な混乱を招く。
しかし、キングは別の部分が気に入らないらしい。
腕を組みながら、包帯の巻かれた箇所へ視線を向ける。
「表面だけ広く斬らせて重傷に見せる、その意図がわからねぇ…
そもそもレオヴァ坊っちゃんに傷を残すってのが頂けねぇだろ」
クイーンはその言葉を聞くと、妙に理解したような顔で口元を歪めた。
「アレだろ?
お前の為に斬られてやったんだぜェっつーアピールだろ?
下っ端の為に体張る頭っての好きそうだもんなァ、アイツら」
「レオヴァ坊っちゃんがわざわざ体を張らずとも、信者どもは問題なく動きそうだがな…」
二人の言いたい放題な推測に、レオヴァは僅かに眉を寄せた。
「まったく……二人とも人聞きが悪いぞ
おれのこの傷はおでんを倒す為に必要だったから受けただけだ
…まぁ、使える要素だから皆からの信頼を得る為にも使いはしたが」
最後の部分で、クイーンがにやりと笑う。
ほら見ろ、とでも言いたげだった。
だがキングはそこには触れず、前半の言葉へ引っ掛かったらしい。
「倒すのに必要な傷…?」
「あぁ、おでんは甘い。
おれを斬った時も一瞬隙ができた。敵であっても子どもを斬るのを躊躇ったんだろう。
その結果おれの攻撃を受けて体勢を崩した」
キングはすぐに眉を寄せる。
「体勢を崩す為だけならレオヴァ坊っちゃんが攻撃を受ける必要はないだろ。
ヒョウ五郎とか言う老いぼれにでもやらせりゃ良い」
その言葉に、レオヴァは僅かに首を横へ振った。
「斬られたおれを見てヒョウ爺におでんへの未練を吹っ切ってもらう必要があったんだ。
……なんだかんだ想い出は引きずるモノみたいでな」
キングが黙る。
戦場でヒョウ五郎が僅かに見せていた迷い。
あれをレオヴァも感じ取っていたのだろう。
昔からの付き合い。
信じていた男。
理屈で見限ったつもりでも、長年積み重ねた感情まで簡単に捨て切れるものではない。
だからこそ、その最後の一本を断ち切る必要があった。
キングは暫く考えた後、低く呟く。
「成る程…あの老いぼれには、それだけの価値がある訳か。」
それに対し、クイーンは半ば呆れたように笑った。
「ホント、使えるモンはなんでも使うよなレオヴァはよォ」
言い方こそ軽いが、非難しているわけではない。
むしろ感心しているようにすら聞こえる。
しかし、ふと何かに気付いたように、クイーンは包帯へもう一度視線を向けた。
「あー…けどよ、その傷残ったらカイドウさん怒るんじゃねぇの…?
おれブチ切れたカイドウさんにぶん殴られんの嫌なんだが…」
その一言で、キングまで僅かに表情を固くした。
「クイーンのバカの言う通り…確かに責任を問われる可能性はあるか…」
レオヴァが傷を負った。
事情をどう説明するにせよ、カイドウが素直に受け入れるとは限らない。
しかも周囲にいたのは、自分たちだ。
レオヴァ本人が意図したことであろうと、カイドウからすれば「何故止めなかった」という話になりかねない。
クイーンの顔が僅かに引きつる。
レオヴァも少し考えた。
「……そうだな、父さんには おれから説明しておく
それにおれの能力なら傷痕も長くは残らない筈だ…恐らくな」
最後だけ、妙に歯切れが悪かった。
クイーンが即座に食いつく。
「ちょ…!スゲェ歯切れ悪ぃな!?
マジで頼むぜレオヴァ~~!!」
カイドウに殴られる未来だけは避けたい。
そんな本音が隠しようもなく声へ滲み、キングは呆れたように鼻を鳴らした。
一方のレオヴァは、少し困ったように笑うしかなかった。
──────────────
ワノ国中では、朝から一つの話題が人々の口を独占していた。
――光月おでんと、その侍たちの処刑。
今朝配られた号外によって知らされたその内容は、驚くほどの速さで各地へ広がっていった。
町の辻。
商店の前。
井戸端。
食事処。
人が集まる場所では、必ずと言っていいほど同じ話が交わされている。
「なぁなぁ!聞いたかよ、処刑の話!」
「あぁ、なんでもレオヴァ様を襲撃したとか……」
「許せねぇよなぁ!
オロチには屈しておいて、民を助けて下さるレオヴァ様を襲うなんてよ!」
「金欲しさに襲ったって話だぜ!?」
「いやいや、権力が欲しくなったっておれぁ聞いたぜ?」
噂は既に幾つもの形へ枝分かれしていた。
実際に何があったのかを知る者はほとんどいない。
それでも、レオヴァが襲われ、ヒョウ五郎と共に敵を捕らえた。
その戦いで怪我を負った。
そうした断片だけが人から人へ伝わるうち、次々と新しい話が付け足されていく。
「レオヴァ様とヒョウ五郎親分のおかげでちゃんと捕まったらしい」
「けど、レオヴァ様は怪我をなさったとか……」
「それも部下を庇って斬られたらしいぞ!」
「おぉ、やはりレオヴァ様はお優しい御方じゃ…」
「いや~!それにしてもレオヴァ様と共に戦えた侍たちが羨ましいぜ!」
「拙者もレオヴァ様に仕えてみたいものよ……」
おでんの行いへ腹を立てる者。
レオヴァが無事だったことへ安堵する者。
そして、彼と共に戦う機会を得た侍たちを羨む者。
町の至るところから、そんな声が聞こえてくる。
処刑の時刻を待つ空気すら、どこか祭りを待つような熱を帯び始めていた。
かつて光月の名へ尊敬を向けていた者たちでさえ、今では口を閉ざしている。
時間と共に、人々の中で何かが確実に変わりつつあった。
だが、同じ報せを聞きながら、まったく別の反応を見せている土地があった。
光月おでんが治めていた土地、九里。
その町の人々は、朝から異様な空気に包まれていた。
喜ぶ者などいない。
家々の前や広場には人が集まり、皆一様に青ざめた顔で囁き合っている。
「ど、どうする!?
バカ殿がレオヴァ様を襲って捕まったって…!」
一人の男が震える声で言うと、別の者は頭を抱えた。
「あああ……大恩あるレオヴァ様に報いるどころか、おれらの土地の大名が…反逆者なんて。
レオヴァ様に合わせる顔がねぇよぉ!!」
彼らにとって。
おでんがどうなったかよりも。
それによって、自分たちがレオヴァからどう見られるのか。
そのことの方が遥かに恐ろしかった。
この数年、飢え始めた九里へ食料を運んできたのは誰だった。
病人へ薬を届けたのは。
困っている者の話を聞いたのは。
その全てを思い返せば、町人たちが真っ先に浮かべるのはレオヴァの顔だった。
その恩人を、自分たちの大名が襲った。それだけでも顔向け出来ないというのに。
別の男が、さらに青い顔で呟く。
「合わせる顔どころか、おれらも反逆者として捕まっちまうんじゃ!?」
ざわめきが一気に広がる。
「そ、そんな!?
おれらは何も知らなかったのに!」
「そんな言葉だれが信じるんじゃ……大名の反逆
……その土地の民であるワシらも当然同罪じゃよ…」
老人の一言で、人々の表情がさらに暗くなる。
反逆。
その言葉の重さは、誰もが知っている。
自分たちが関与していなかったとしても。
知らなかったとしても。
それで許される保証など、どこにもない。
すると、一人の男が怒りを堪え切れないように声を荒らげた。
「冗談じゃねぇ!!
大名っつったって名ばかりだったじゃねぇか!
結局よぉ!飢餓に苦しむおれらを助けてくれたのはレオヴァ様だろ!?
レオヴァ様の為に死ぬならいい!
だけどバカ殿の為に死ぬなんざ御免だ…!!」
誰も反論出来なかった。
おでんが城へ籠もっている間。
九里へ手を差し伸べてくれたのはレオヴァだった。
薬も。
水も。
希望も。
人々の生活へ直接届いたものの多くは、彼から来ていた。
それでも、一人の女が力なく首を横へ振る。
「お止しなよ!
もう、きっとレオヴァ様にとって私らも裏切り者さ。
止められなかったんだ、それも罪さね……」
悲痛な声だった。
近くにいた男も、俯いたまま拳を震わせる。
「ちくしょお……おれぁ、惨めに生きてきたけど……
それでも…レオヴァ様はおれみたいなヤツにも優しく接してくれたんだ……なのにっ!
ぅ、うぅ…あの方に裏切り者だと思われるのだけは、嫌だ!!」
声が途中から涙へ変わる。
その隣では、事情を全て理解していない幼い子どもが、不安そうに母親の着物を掴んでいた。
「レオヴァさまは、ぼくたちのこと……嫌いになっちゃうの…?」
誰もすぐには答えられない。
やがて、老人がぽつりと呟く。
「せめて、なにか恩返しを……したかったねぇ」
九里の人々は、まるで既に死刑を言い渡された囚人のような顔で集まっていた。
反逆者として処刑されるかもしれない恐怖。
だがそれ以上に、大恩あるレオヴァへ何一つ返せないまま、裏切り者として見られることへの後悔。
泣き崩れる者。
おでんへの怒りで拳を固く握る者。
何も考えられず、ただ虚ろな目で座り込む者。
この先どうなる。
自分たちはどうすれば良い。
誰も答えを持たない。
そんな重苦しい空気に包まれた広場で。
一人の男が、突然立ち上がった。
「…九里城に攻め入ろう!!」
周囲の顔が一斉に男へ向く。
「な、なにを……?」
男の手は震えていた。
だが、その目には先ほどまでなかった決意がある。
「あそこには反逆者の残党がいるんだ!
せめて、せめて最期にお役に立ちたい!!
おれは反逆者の残党をレオヴァ様に捧げて死ぬ!
裏切り者としてレオヴァ様に裁かれるのは嫌なんだ…!」
その言葉に、ざわめきが広がる。
無茶だ。
危険だ。
そう思う者もいた。
だが同時に、何かしたい。恩を返したい。
せめて最後に、レオヴァのためになることを。
そう願っていた者たちの胸へ、その提案はあまりにも強く刺さった。
「確かに、そうだ!
元を言えば奴らがレオヴァ様のお優しさに唾を吐いたのが悪いのだ!
拙者も助太刀いたす……!」
一人が賛同する。
しかし。
「だが……レオヴァ様がそれを望むのか…?」
別の者が躊躇う。
「あのお優しいレオヴァ様が一家惨殺を望むとは思えんが……」
そこで最初に立ち上がった男は、周囲を見回した。
そして低い声で言う。
「…じゃあ聞くが
もしこの件で、レオヴァ様が殺されていたらどうする!?」
空気が凍った。
「な!? え、縁起でもないことを言うな!!」
「レオヴァ様は怪我をなさったそうだ、あり得ない話じゃない…
レオヴァ様を殺そうとした奴らにかける慈悲など無用だ…!」
誰かが息を飲む。
想像したくない。
だが、もし。本当に一歩間違えば。
食料を届け、薬をくれ、子どもへ笑いかけてくれたあの少年に二度と会うことはできなくなっていたかもしれない。
その可能性へ思い至った瞬間。
人々の感情が変わった。
恐怖の中に、強い怒りが混ざる。
「うむ…そう…か、奴らレオヴァ様を手にかけようとしたんじゃ
許されることではない」
老人の声を受け、男はさらに声を張った。
「みんなはどうする!?
このままレオヴァ様へ恩を返さず処刑を待つつもりか!?」
「……おれは……」
迷う声。
その中から、一人の女が前へ出た。
「私……病気で倒れていたのをレオヴァ様の薬で助けられた…
だから、討ち入りに参加する…!
最期に少しでもレオヴァ様に報いたい!!」
続いて老人が杖を握り締める。
「ワシもどうせ老い先短い人生、最期の命はレオヴァ様の為に使いたい」
「おれも…!」
また一人。
さらに一人。
声は少しずつ増えていく。
やがて、最初は怯えながら集まっていたはずの九里の民たちは、自ら農具を持ち出し始めた。
鍬。
鎌。
木槌。
古びた槍。
家に残っていた僅かな刀。
まともな武器を持っている者など、ごく一部しかいない。
それでも、誰も止まらなかった。
どう攻める。何人で行く。どこから入る。誰が先頭へ立つ。
先ほどまで自らの死を待つだけだった人々が、今度は自分たちの意思で討ち入りの相談を始める。
理由は、自分の保身の為ではない。名誉のためでもない。
レオヴァへ、せめて最後に恩を返すためだった。
かつて光月おでんが治めた九里で。
その民たちは今、自ら光月の残党へ刃を向けようとしている。
その事実が何を意味するのか。
この時、まだ誰も深く考えてはいなかった。
ただ、確かなことが一つだけある。
光月が、この国で“過去”へ変わるまで。
そう長い時間は残されていなかった。
今回出た侍はオリキャラです、ビィクター博士的な感じになります。
詳細
黒炭 カヅチ (男)
元々、平民としての身分すらなかったならず者。
レオヴァに拾われた事に恩義を感じており、生涯を忠義に捧げると誓った。