俺がカイドウの息子…?   作:もちお(もす)

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今回人によっては胸くそ展開なのでお気を付け下さい!!

感想で知性の塊みたいなオーラ発してる方が沢山いるので私は震えております……やべぇ…やべぇよ……スゲェ人達が感想欄にいるって……

後書きで来てた質問に答えてますので是非に


2026/9/2 加筆修正




処刑とその後

 

――“おでん一行の処刑は、釜茹での刑で執り行われる”。

 

その報せを耳にした瞬間、しのぶは都の死刑場へ向かって走り出していた。

人目を避けるために大通りを外れ、建物の陰や細い路地を選びながら駆ける。

何日もまともに休めていない身体は重く、呼吸をするたび胸の奥が痛んだが、足を止めるという選択肢だけはなかった。

 

おでん様を、助けたい。

その思いだけが、疲れ切った身体を前へ進ませている。

あの戦いで皆が倒れ、次々と捕らえられていった時。

しのぶ自身も最後までおでんと共に戦い、その場で死ぬ覚悟をしていた。

 

だが薄れていく意識の中で、おでんは嘘をついた。

彼女は自分たちの仲間ではない。

そう言い切ってまで、しのぶ一人を逃がしたのだ。

 

あの時は、悔しかった。

どうして自分だけ。

何故、皆と一緒に死なせてくれないのか。

おでんと共に最期を迎えることさえ許されず、生き残ってしまったことに意味などないと思っていた。

 

けれど、今なら分かる。

自分がまだ捕まっていない意味。

皆と共に処刑台へ上げられず、こうして自由に動ける意味。

 

それはきっと――おでんを救うためだ。

 

そう思えば、震える足にも力が戻った。

死刑場へ向かう大通りが近付くにつれ、人の数が増えていく。

 

皆、同じ方向へ歩いている。処刑を見るためだ。

楽しげな声さえ聞こえてくることに、しのぶの胸がざわついた。

 

「おい、急げ!バカ殿の処刑始まっちまうだろ!?」

「ははは!釜茹でだってよ!

滅多にねぇ処刑法だろ?楽しみだなぁ!」

笑い声が耳へ刺さる。

しのぶは俯き、顔を隠すように布を深く被った。

それでも、道行く者たちの会話までは遮れない。

 

「釜茹でにする前におれに斬らせて欲しいぜ…

レオヴァ様に傷をつけた裏切り者をよォ!」

「っとに、今さら刀を握ったかと思えば……

あのバカ殿、斬る相手間違えてんだよ

よりによってレオヴァ様に…! 斬るべきはオロチだろ!?」

胸の奥を、鋭い何かで抉られたようだった。

 

違う。違うのに。

おでん様は、そんな人じゃない。

今までずっと皆を守ってきた。

自分だけが泥を被って。

誰にも理由を言わず。

オロチに騙されても、それでも民を守るために耐え続けた。

 

それなのに、誰もそのことを知らない。

町人たちの口から飛び出すのは「バカ殿」「裏切り者」という言葉ばかりで、かつて光月おでんへ向けられていた尊敬など、どこにも残っていないように思えた。

 

しのぶの頬を涙が伝った。

止めようとしても止まらない。

悔しい。どうして、こうなった。

確かに、あのレオヴァという少年と最初から手を組んでいれば、今とは違う結果になっていたかもしれない。

しのぶ自身も、それくらいは理解している。

 

あの少年は何度もおでんとの対話を望んでいた。

九里へ食料や薬を運び、民を助けてもいた。

それでも、おでんは会おうとしなかった。

何度来ても拒み続けた。

 

だがそれにも、理由があったに決まっている。

何の理由もなく、あのおでんが民を助けようとしている相手を突っぱねるはずがない。

 

きっとオロチだ。また汚い手を使ったのだ。

おでんが何も話せなくなるような何かを。

 

今回の戦いだって、そうだ。

おでんが突然レオヴァを襲うような真似をしたのも、オロチがまた何か仕組んだに違いない。

そう考えなければ、これまで信じてきたものが全て崩れてしまいそうだった。

 

しのぶは歯を食い縛り、涙を拭う暇もなく走り続ける。

助ける。

絶対に。

おでん様を助けるんだ。

 

しかし、その決意とは裏腹に、頭の中では別の疑問が膨らんでいた。

 

どうやって?

死刑場には当然、大勢の兵がいる。

百獣海賊団の者まで配置されているかもしれない。

自分一人で見張りを倒し、おでんと赤鞘全員を救い出せるのか。

 

無理だ。

まともに飛び込めば、何人倒せるかも分からないうちに捕まる。

なら、誰かの力を借りるしかない。

 

だが、誰に?

今の都で、おでんの話を信じてくれる者などいるのだろうか。

どこを歩いても聞こえてくるのは罵倒ばかりだ。

味方なんて、この国にはもういない。

自分の話を聞き、一緒に救おうと立ち上がってくれる人間など――。

 

嗚咽が喉へ込み上げた。

視界が涙で滲み、路地の石畳がぼやける。

足もいつの間にか遅くなっていた。

 

このままでは間に合わない、そう分かっているのに。

何をすれば良いのか、何一つ浮かばない。

 

「おい、お前」

突然、すぐ後ろから声がした。

しのぶの身体が反射的に動く。

地面を強く蹴って数歩飛び退き、腰へ隠していたクナイを一気に抜いた。

 

心臓が激しく鳴る。

完全に油断していた。

つい先ほどまで、この路地には誰の気配も感じなかったはずだ。

 

追手か。

忍者軍か。

それとも百獣の者か。

クナイを構えたまま、声のした方向へ鋭く視線を向ける。

 

「え、……こ、こども?」

思わず声が漏れた。

そこに立っていたのは、金髪の少年だった。

子どもと呼ぶには身体が大きい。

だが顔にはまだ幼さが残っており、年齢も明らかに若い。

妙に不機嫌そうな顔でこちらを見ているものの、今すぐ襲い掛かってくるような殺気は感じられなかった。

少年はしのぶの服装を上から下まで眺めた後、手にしたクナイへ視線を止める。

 

「……おまえ、ニンジャだろ」

胸が跳ねた。

 

「へ? な、なんでそう思うの!?」

思わず素っ頓狂な声が出る。

自分は身分を隠している。

忍者だと知られれば、面倒なことになる。

だが少年は、何故そこまで慌てるのか分からないとでも言いたげに首を傾げた。

 

「…かわった服だ、それに手にへんな武器もってる」

しのぶは一瞬固まった。

どうやら深い理由はなく、単純に服装とクナイを見て忍者だと思っただけらしい。

 

確かに今の格好は目立つ。

急いで逃げたため、まともな変装道具も揃えられず、布を羽織った程度だ。

動けば中の服も見える。

このまま都の中心へ行くなら、もっと町人らしい着物でも手に入れた方が――。

 

「おい、 ムシするな…!」

少年の苛立った声で、しのぶは思考を引き戻された。

 

「…忍者じゃないわよ」

ひとまず誤魔化す。

少年は暫くじっとこちらを見たものの、それ以上追及しなかった。

 

「…そうか、じゃあ何してるんだ?」

「あなたこそ、子どもがこんな所で何してるの」

「泣きながらぶつぶつ言ってたへんなヤツには、はなさない」

 

返す言葉もなかった。

傍から見れば、泣きながら一人で呟き続ける怪しい女である。

 

「そう……ならいい、私急いでるから…」

少年に構っている暇はない。

しのぶはクナイをしまい、背を向けた。

早く死刑場へ。

その前に、方法を考えなければ。

何か。何でもいい。助ける方法を。

 

一歩踏み出す。

だが、二歩目が出なかった。

足が止まる。何も思い付かない。

どれだけ考えても、自分一人では救出など到底無理だ。

 

味方はいない。

誰もおでんの事情を知らない。町の人間は皆、処刑を望んでいる。

赤鞘も捕らえられ、忍者軍も敵。

 

もう、誰も――。

 

「レオヴァさんは "びょうどう" だぞ」

背後から聞こえた名前に。

しのぶは勢いよく振り返った。

 

「……あなた、何者?

なぜ、私にそんな事を言うの?」

少年は相変わらず無愛想だった。

だが、その口から出てきた“レオヴァ”という名前だけが、しのぶの中で強く引っ掛かった。

 

「レオヴァさんは最後まで おでんを

そんちょう しようとしてた

だけど、それをムシしたのは おでんだ

……バカ殿とよばれても、しょうがないヤツだな」

頭の奥が熱くなった。

 

「っ……違う!!

おでん様はバカ殿なんかじゃないっ!」

気付いた時には身体が動いていた。

少年の胸元へ飛び込み、そのまま勢いで押し倒す。

背中が石畳へぶつかったはずなのに、少年は呻き声一つ漏らさなかった。

 

ただ真っ直ぐ、上に乗るしのぶを見つめている。

その視線が、不思議なくらい静かだった。

 

「レオヴァさんは、"びょうどう" だ」

同じ言葉を、もう一度。

しのぶの息が止まる。

 

レオヴァ。

頭の中へ、あの少年の姿が浮かんだ。

戦場で見た、真っ直ぐな目をした子ども。

おでんを倒した相手、敵。

本来なら、そう思うべき存在。

 

だが、あの少年は最初からおでんを殺そうとしていたのだろうか。

何度も九里へ訪れた。

対話を求め続けた。

門前払いされても来た。

そして戦いが終わった後。意識を失ったおでんを、その場で殺さなかった。

 

殺したいだけなら、命令一つで終わったはずだ。

 

大勢の侍もいた。

それでも、生かした。処刑という正式な形へ回した。

 

なら、本当はまだ。

助けられる余地があるのではないか?

 

あの少年は、本当に“平等”なのか。

敵であっても話を聞くのか。

しのぶの胸に、ほんの小さな希望が灯った。

 

藁にも縋る思いとは、このことなのだろう。

彼がどんな人間なのか、信用出来るのか。

そんなことを確かめている時間はない。

今、自分の話を聞いてくれる可能性のある相手がいる。

それだけで十分だった。

 

しのぶは少年から身体を退ける。

「あなた、彼が……何処にいるのか分かるの?」

少年は起き上がりながら、服についた埃を払うこともせず問い返した。

 

「……会うのか?」

しのぶは迷わなかった。

「会う……会って、頼みたい事があるの……」

少年の顔が、ほんの僅かに緩んだ気がした。

 

「そうか、レオヴァさんが喜ぶ」

「……え?」

何故。

そう聞こうとした、次の瞬間。

視界が大きく揺れた。

何かが後頭部へ触れたような感覚。

痛みを理解するより早く身体から力が抜け、石畳が急速に近付いてくる。

 

何が。

どうして――。

そこまで考えたところで。

しのぶの意識は、完全に途切れた。

 

──────────────

 

 

次に目を開けた時。

しのぶを見下ろしていたのは、見覚えのない天井だった。

ぼやけた視界の中で、木目だけがゆっくり形を取り戻していく。

 

頭が痛い。

特に後頭部が、ずきずきと脈打つように疼いている。

ここは、どこ。何故、自分は寝ている。

記憶を辿ろうとするが、まだ頭が上手く働かない。

 

路地。金髪の子ども。レオヴァ。

会わせてほしいと頼んで。

その後――。

 

「おはよう……しのぶ、だったか?」

声が聞こえた。

優しく、不思議と耳に馴染む落ち着いた声だった。

しのぶは痛む頭を押さえながら、ゆっくり上体を起こす。

視線の先にいた少年を見た瞬間。

息が止まった。

 

「……あなたは……レオ、ヴァ…?

なんで、ここに」

長い黒髪。

白い角。

整った顔立ち。

 

間違いない。

何度か遠目で見たことがある。

光月おでんを倒した少年、百獣のカイドウの息子レオヴァ。

彼はしのぶの警戒など気に留める様子もなく、むしろ申し訳なさそうに眉を下げていた。

 

「話がしたかったんだろう?

……ジャックが手荒な真似をしてすまなかった

痛むなら氷を持って来ようか?」

「ジャック……?」

レオヴァが横へ視線を向ける。

その先には路地で出会った、あの大柄な金髪の少年が立っていた。

相変わらず無愛想な顔で、何を考えているのか分かりにくい。

 

「あなたと話してた子の名前だ

……おれの弟のような子なんだが、少しやり方が荒くてな…」

なるほど。

自分はあの子に気絶させられ、ここまで運ばれたらしい。

 

手荒いどころではない、そう思わなくもなかったが。

それ以上に今は目の前の少年と話さなければならない。

 

しのぶはレオヴァをじっと見る。

柔らかい雰囲気。

敵意もなく、自分を縛ってすらいない。

 

本当に信用出来るのか。

罠ではないのか。

そんな疑念が一瞬胸を過ぎる。

だが、迷っている時間などなかった。

 

自分は殺されていない。

そして、レオヴァの方から話を聞こうとしている。

なら、言う。今しかない。

一度大きく息を吸った。

そして、心配そうにこちらを覗き込んでいる少年へ、溜め込んでいた全てを吐き出した。

 

「聞いて…!

おでん様はオロチにハメられてたの!

オロチは人質をとって、それでっ……おでん様はみんなを守るために裸踊りをっ…!

バカ殿に見えるように振る舞って、誰にもそれを言わずに!

ずっと…ずっっと一人で抱えて戦ってたんだ!

それなのに…っ…!オロチは約束を、無かったことにッ……

だからぁ……う"ぅ"……おでん様の処刑をっ…取り止めて

きっと、いや絶対に!おでん様がいれば、オロチなんてすぐに倒せる!!

あなたもオロチを倒したいって……民を思う気持ちはッ…おでん様と同じ…だから……!

…ふっうぅ……ぅ"う"」

途中から、言葉がまともに続かなくなった。

嗚咽で喉が詰まり、息を吸うだけでも声が震える。

もっと言いたい。まだあるのだ、おでんがどれほど皆を思っていたか。どれほど苦しんでいたか。

あの裸踊りにも理由があったこと。

処刑されるべき人ではないこと。

全部、全部伝えなければ。

そう思っているのに、涙が止まらない。

視界が滲み、レオヴァの顔すらぼやけていく。

しのぶは震える肩を抑えることが出来ず、俯いた。

すると、身体へ柔らかな感触が掛けられた。

 

毛布だった。

レオヴァがそっと肩へ掛けてくれたのだ。

さらに背へ手が添えられ、子どもを宥めるようにゆっくりと撫でられる。

その優しさに、張り詰めていたものが、余計に崩れた。

「……そうか……おでん殿は、脅されていたのか」

レオヴァの声は静かだった。

責めるような色はない。

 

「そ"う"なの"……!!」

初めて。誰かが信じてくれた、そう感じた。

レオヴァは少し考えるようにしながら、次の問いを口にする。

 

「それは…皆知ってるのか?」

しのぶは何度も首を横へ振った。

 

「っ……う"うん……知"らな"い"っ…!

おでん様は一人でっ……ずっと"…かかえ"て"……」

「じゃあ、しのぶとおでん…

2人だけしかこの事実を知らないんだな?」

「う"ん"っ……だって…おでん様が黙ってた"ことを"…私が周りに言う"なんて"っ……できなくて……!」

それは、しのぶがずっと守り続けてきた秘密だった。

おでんが語らないと決めたことを、自分の判断で勝手に広めることなど出来なかった。

忍者軍を敵に回しても。

追われても。一人でも。

耐えた続けたのだ、ずっと。

レオヴァの手が、優しく背中を支える。

 

「そうか、辛いのに良く耐えたな…

……誰にも言わずに…本当に」

その言葉を聞いた瞬間。

しのぶの胸の奥で、何かが切れた。

ずっと、誰かにそう言ってほしかった。

 

よく耐えたと。辛かったなと。

誰にも話せない苦しさを。

理解してほしかった。

 

光月家を裏切った忍者軍に追われ。

ようやくおでんのもとへ戻れたと思ったのに、今度はおでんが捕まり。

一緒に死ぬことすら許されなかった。

ずっと一人だった。

だからレオヴァの優しさが今のしのぶには、あまりにも温かかった。

 

この少年なら、きっと助けてくれる。

自分の話を聞いた。おでんの本当の事情を知った。

しかも、理解してくれた。

なら、処刑を止めてくれる。そうに決まっている。

 

涙で滲む視界の向こう。

しのぶは必死にレオヴァの顔を見ようとした。

救いを求めるように。

 

だが次の瞬間、息が止まった。

そこに先ほどまであった微笑みは、消えていた。

 

背中を撫でていた手も、いつの間にか止まっている。

 

レオヴァは泣き崩れるしのぶを見ていた。

ただその目に、先ほどまでの柔らかさはなかった。

 

「……侍や忍者ってのは本当に忠義に厚くて助かる。

ずいぶんと手間が省けそうだ」

「……えっ…」

何を。

言っているの。

しのぶの涙が、そこで初めて止まった。

 

──────────────

 

 

ジャックは、久しぶりにレオヴァから直接仕事を任されたことが嬉しくて仕方がなかった。

 

最近はキングやクイーンたちの遠征へ付き添うことが増え、レオヴァと一緒に過ごせる時間は以前の半分以下になっている。

 

もちろん、遠征そのものが嫌なわけではない。

ジャックは元々、命じられたことを真面目にこなす性格だった。

戦場へ出れば一つでも多く経験を積み、次はもっと強くなろうと考えるし、キングやクイーンと行動を共にすれば、自分一人では学べないことも多い。

だから遠征へ同行することに不満はなかった。

 

ただ、それとは別に、もう少しレオヴァの役に直接立ちたいという思いがあった。

以前ならもっと傍にいる時間が長かったし、稽古をつけてもらうこともあれば、何気ない話をすることもあった。

それが今では、レオヴァ自身が忙しくなったこともあり、一日の中で顔を合わせる時間すら少なくなっている。

まして昨日のおでん討伐にも呼ばれなかったことで、ジャックは本人なりに少し気落ちしていた。

 

戦いに参加し、何か手伝いたかった。

そんな気持ちを抱えたまま城で待っていた時、戦いを終えて戻ってきたレオヴァがジャックを呼び止めた。

 

衣服にはまだ戦いの跡が残っていたものの、その表情はいつも通り落ち着いている。

レオヴァは懐から一枚の紙を取り出すと、そのままジャックへ差し出した。

そこには、一人の女についての特徴が簡潔に書かれていた。

 

『ジャック、この女を探してくれ

おそらく都の処刑場から500メートル以内に潜伏している

……無理やりじゃなく、おれに会いたいと言わせるんだ』

その言葉を聞いた瞬間、ジャックの表情が僅かに明るくなった。

久しぶりに、自分へ任された仕事だ。絶対に失敗したくない。

 

『わかったレオヴァさん…!!

……でも、どうやって会わせたいって…』

探して捕まえるだけなら難しくない。

相手を見つけさえすれば、そのまま連れて帰れば良い。

 

けれど今回は、相手の方から「レオヴァに会いたい」と言わせなければならないらしい。

そこだけは、ジャックにもすぐにはやり方が分からなかった。

レオヴァはそんな様子を見て、考えを整理するように顎へ手を添えた。

 

『そうだな…まず、おでんを悪く言って怒らせろ

そうしたら女はヒステリックになるだろう。それが本人確認にもなる。

……で最後におれは平等だとでも言えば誘導できる可能性が上がる筈だ』

『おでん悪くいう…レオヴァさんはびょうどう?』

聞いた内容を忘れないよう、ジャックはそのまま口に出して確認した。

レオヴァも頷く。

 

『そうだ。あまり難しく考えなくて良い

なにもしなくとも、どうせ心身共に限界だろうからな』

『うん、わかった

任せてくれ、レオヴァさん!』

『あぁ、頼むぞジャック』

 

最後の一言を聞いた時、ジャックの胸ははっきりと弾んだ。

頼まれたのだ。レオヴァから直々に。

 

ジャックはすぐに城を飛び出し、紙へ書かれていた特徴とレオヴァから聞いた話を頭へ叩き込んだまま捜索を始めた。

処刑場の周囲だけでなく、人通りの少ない路地や空き家の近く、身を隠せそうな建物の陰まで一つずつ見て回る。

相手が人目を避けている可能性もあれば、逆に大勢の中へ紛れている可能性もある。

 

だから一か所だけを探すのではなく、処刑場から大きく離れない範囲を何度も歩き、怪しい者がいれば少し距離を取って様子を確認した。

捜索を始めてから二時間ほど経った頃。

ようやく、一人の女が目に留まった。

 

服は汚れ、顔には隠しようのない疲労が滲んでいる。

周囲を酷く警戒しながら歩いているにもかかわらず、処刑場から遠ざかる様子はなく、何度もそちらの方向を気にしている。

外見だけを見れば、レオヴァから聞かされていた特徴にはかなり近い。

 

それでも、ジャックはすぐに声を掛けようとはしなかった。

もし別人を捕まえてしまえば、せっかく久しぶりに任せてもらった仕事を自分のせいで失敗させることになる。それだけは絶対に避けたかった。

 

そこで女との距離を保ったまま、さらに一時間ほど後を追い続けることにした。

時には人混みへ紛れ、時には路地の角や建物の陰から様子を窺いながら、どこへ向かおうとしているのか、周囲の言葉へどんな反応を示すのかを注意深く見ていく。

観察を続けるうちに、最初は外見だけだった確信の材料が少しずつ増えていった。

女は人の多い通りを出来るだけ避けながら歩いているにもかかわらず、処刑場へ近付く方向から大きく離れようとはしない。

 

誰かが光月おでんの処刑について話している声が聞こえるたびに足取りが僅かに鈍り、とりわけ「バカ殿」や「反逆者」といった言葉が耳へ入った時には、隠し切れないほど表情を強張らせていた。

何度か立ち止まって顔を伏せた時には、頬を伝う涙まで見えた。

唇を動かしながら一人で何かを呟いていることもあり、その様子は単に処刑を見物しに来た町人とは明らかに違っている。

身に着けている服も、レオヴァから聞かされていた忍者らしい特徴と一致していた。

ここまで揃えば、さすがに間違いないだろう。

一時間近く慎重に確認を重ねたことで、ジャックの中に残っていた僅かな疑いもようやく消えていった。

 

「……レオヴァさんの言ってたヤツだ…まちがいねぇ……」

小さく呟きながら、ジャックは女が人通りの少ない路地へ入っていくのを確認した。

周囲には余計な人間もいない。

声を掛けるなら、今だ。

 

そう判断したジャックは、それまで保っていた距離を一気に縮め、女の後を追って路地裏へ足を踏み入れた。

最初に声を掛けるところまでは問題なかった。

けれど、実際に話してみると、レオヴァから聞いていたほど簡単にはいかない。

女はこちらを警戒するばかりで、問い掛けにも素直に応じようとせず、話を切り上げてその場から立ち去ろうとしてしまった。

 

ここで行かれたら、すべてが水の泡だ。

ジャックは焦りながら、レオヴァから教えられた順番を頭の中で思い出そうとした。

まず、おでんを悪く言う。

怒らせる。

それから最後に――。

そこまで考えたところで、焦りに押されるように口が先に動いた。

 

『レオヴァさんは "びょうどう" だぞ』

言った直後に気付く、順番を間違えた。

 

本当なら、最初におでんを悪く言って怒らせ、その後でこの言葉を使うはずだった。

せっかく教えてもらったのに間違えた。

失敗したかもしれない。

 

胸の内に焦りが広がった、その時だった。

背を向けかけていた女の足が止まった。

少し間を置き、ゆっくりとこちらへ振り返る。

反応した。

その瞬間、ジャックは考えるより先に、今しかないと思った。

順番は違ってしまったが、まだ終わってはいない。

レオヴァに言われた通り、おでんを悪く言えばいい。

最後までレオヴァはおでんを尊重しようとしていた。

それを無視したのはおでんだ。

だからバカ殿と呼ばれても仕方がない。

覚えていることを、そのまま一つずつ口にしていく。

 

すると女の反応は目に見えて変わった。

顔を真っ赤にし、怒鳴りながらこちらへ詰め寄り、ついにはジャックを押し倒してまで、おでんはバカ殿ではないと叫び始める。

その剣幕に驚きながらも、ジャックは内心で安堵していた。

 

この女で間違いない。

レオヴァの言った通り、怒った。

しかも、その後もしばらく話しているうちに、女の方からレオヴァがどこにいるのかと尋ねてきた。

 

会って頼みたい。

そう口にしたのだ。

そこまで来て、ジャックはようやく任務が上手くいったのだと理解した。

 

何故こうなるのか、細かい理由までは分からない。

けれど、レオヴァが教えてくれた通りに進めたら、本当に女の方から会いたいと言った。

 

やっぱりレオヴァさんはすごい。

そんな喜びが胸に広がったが、まだ仕事は終わっていない。

ジャックはすぐに次へ頭を切り替え、女が警戒を解いた一瞬を逃さず、その頭部へ目にも留まらぬ速さで一撃を加えた。

不意を突かれた女は何が起きたのか理解する暇もなく、その場で力を失い倒れる。

ジャックはぐったりした身体を肩へ担ぎ上げると、任務をきちんと成功させたことへの満足感を胸に、そのままレオヴァの待つ場所へ向かった。

 

──────────────

 

 

連れて来られた女は、しばらくして意識を取り戻した。

目を覚ましてからは何度も言葉を詰まらせながら、おでんがオロチに脅されていたこと、人質を取られていたこと、そして長い間裸踊りを続けていた理由を泣きながら話していた。

ジャックもレオヴァの傍に立ったまま、その内容を聞いていた。

話は難しく、全部を理解出来たわけではない。

人質。

約束。

オロチ。

おでん。

いくつもの話が繋がっているらしいことは分かったが、ジャックが特に気になったのは、レオヴァが女へ何度も同じような確認をしていることだった。

 

誰がこの話を知っているのか。

他の誰かへ話したことはないのか。

女とおでん以外に、この事実を知っている者はいないのか。

女は泣きながら、その問いへ一つずつ答えていく。

知っているのは自分とおでんだけ。

誰にも話していない。

その答えを聞いたところで、それまで女の背を優しく撫でていたレオヴァの手が静かに止まった。

 

「……侍や忍者ってのは本当に忠義に厚くて助かる。

ずいぶんと手間が省けそうだ」

女は、その言葉の意味が分からないようだった。

泣き腫らした目でレオヴァを見つめたまま毛布に包まれ、身体も心も酷く弱っているせいか、すぐ近くにいるジャックへ意識を向ける余裕すらない。

 

その時、レオヴァがほんの僅かにジャックへ視線を向けた。

言葉はない。

けれど、それだけで十分だった。

 

ジャックは何も問い返さず、女の背後へ回った。

警戒されている様子はなく、女がこちらを振り返ることもない。

レオヴァから指示された通り、ジャックは迷わず刃を振るった。

 

鋭い一撃が走り、女の首が落ちる。

先ほどまで部屋へ響いていた嗚咽はそこで途切れ、毛布に包まれていた身体だけが力を失って床へ崩れた。

急に静かになった室内で、レオヴァは倒れた女を一度確認した後、ジャックへ顔を向ける。

 

「……よし、ジャック 完璧だ。

これであとは九里へ向かいキングに合流すればいい」

そう言いながら、レオヴァは手を伸ばし、ジャックの頭をゆっくり撫でた。

 

完璧。

その言葉が、ジャックには何より嬉しかった。

久しぶりに自分へ任せてもらった仕事を、きちんと成功させることが出来た。

しかも、レオヴァ本人から褒めてもらえた。

大きく表情へ出すことはなかったものの、僅かに胸を張る様子からも機嫌が良くなったことは分かりやすい。

 

ただ、仕事が終わったことで一つだけ疑問が浮かんだ。

 

「…レオヴァさん、なんでこの女だけ別でつかまえたんだ?

まとめて処刑すれば楽だ…です!」

おでんたちは既に捕まっている。

ならば、この女も一緒に処刑場へ連れて行けば良かったのではないか。

そうすれば、わざわざ何時間も探し回る必要もなかった。

ジャックには、その手間を掛けた理由がまだ分からなかった。

 

レオヴァは疑問を向けられても嫌な顔をせず、むしろちゃんと考えたことを喜ぶように少し口元を緩める。

 

「ん…? ジャックもこの女の話を聞いてただろ?

外に洩らされちゃ困る話を知ってたんだ、無闇に口が利ける状態で大衆の面前にはだせねぇ…

それに他の人間に話してる可能性もあった

確かめる為には個別で話す必要があったんだ…わかるだろ?」

ジャックは説明された内容を自分なりに考えてみた。

さっき女が話していた内容が大勢へ広まれば、今まで進めてきた作戦へ影響が出るかもしれない。

 

それは良くない。

しかも、もし既に別の誰かへ話しているのなら、その相手についても知る必要がある。

そこまで考えて、ようやく納得する。

 

「たしかに…作戦がダメになるのは良くない

…そうか、それでレオヴァさんは…」

頷くジャックを見て、レオヴァは嬉しそうに目を細めた。

まだ幼いながら、説明すればきちんと理解しようとするし、一度納得したことは素直に受け入れる。

そんな可愛い弟分の頭へ、レオヴァはもう一度手を置いた。

 

「万が一ってこともある、念には念をだ。

なにより侍にこの仕事は頼めない…ジャックだから頼んだんだ」

「おれだから…?」

その言葉を聞いた途端、ジャックはすぐに顔を上げた。

どうやら説明の中でも、そこが一番気になったらしい。

レオヴァはその反応に僅かに笑いながら頷いた。

 

「あぁ、身内の前でなら取り繕う必要もないだろ?

皆の前でだったら、この女を殺すのにも理由をつけないといけない」

ジャックは少し不思議そうに眉を寄せた。

レオヴァが殺すと判断した、それだけでは駄目なのだろうか。

 

「…? 殺したいなら殺せばいい

それでレオヴァさんに文句いうヤツがいるなら、おれが…!」

もし、それに文句を言う者がいるのなら、自分が黙らせれば良い。

ジャックにとっては、その程度の単純な話だった。

そんな真っ直ぐな言葉に、レオヴァは思わず小さく笑う。

 

「ふふ、ジャックありがとう。

おまえは本当に優秀だ、おれも鼻が高い。

けど、そうもいかねぇんだ…まぁコレも父さんの役に立つ為、多少の面倒は請け負わないとな」

「そう…なのか

レオヴァさんはムズかしいこと考える…」

ジャックは素直な感想を口にした。

自分ならもっと簡単に済ませてしまうのに、レオヴァは先のことを考えているらしい。

今のジャックには、まだ全部を理解することは出来ない。

それでも、レオヴァが必要だと考えているなら、きっと必要なのだろう。

 

「ジャックももう少し大きくなれば解る

……と、そろそろ行くか

後片付け任せるぞ、ジャック」

「あぁ、キレイにする!

いってらっしゃい、レオヴァさん」

「行ってくるよ、ジャック」

レオヴァは張り切るジャックへもう一度笑い掛けると、その場を後にした。

外へ出たレオヴァの背から黄金の翼が大きく広がり、羽ばたきと共に身体が空へ浮かび上がる。

 

ジャックはその姿が九里の方角へ小さくなっていくまで見送った。

久しぶりに任せてもらった仕事は、きちんと成功した。

しかも、レオヴァは「ジャックだから頼んだ」と言ってくれた。

その言葉だけで、何時間も都を探し回った疲れなど気にならなくなる。

頭には、先ほど撫でてもらった手の感触もまだ残っている。

機嫌良く室内へ振り返ったジャックは、言いつけられた通り、残された部屋を綺麗にするため後片付けへ取り掛かった。

 

──────────────

 

 

光月おでん。

その男の最期は、かつてワノ国の大名であった者のものとは思えないほど、見るに堪えないものだった。

 

釜茹での刑を言い渡され、処刑台へ引き立てられた時から、周囲を埋め尽くす民衆の視線には同情の色などほとんど残っていなかった。

罵声が飛び、怒号が重なり、誰かが投げた石が処刑台の縁へ乾いた音を立ててぶつかる。

 

かつては九里の大名として名を知られた男に向けられているのは、今や敬意ではなく、怒りと失望ばかりだった。

 

そんな中、おでんは処刑を目前にして最後の頼みを口にした。

『チャンスが欲しい…!

十人全員で釜に入る

もし決めた時間耐えきった者がいたら

 …解放してくれ!!』

その声が響いた瞬間、周囲の民衆から一斉に怒声が上がった。

 

ここまで来て、まだ命乞いをするのか。

そんな感情をぶつけるように、処刑台へ向けて石が次々と投げ込まれる。

 

『往生際の悪い…!!』

『最期までみっともねェぞ!』

『早く罪を償え…!』

『レオヴァ様への謝罪もねぇのか!』

一つの罵声が上がれば、それに呼応するように別の声が重なる。

おでんの反逆によって危険へ晒された。レオヴァを傷付けた。

 

そう信じる民衆にとって、おでんはもはや悲劇の英雄などではなかった。

処刑を見届けるため集まった者たちの多くは、彼が苦しみながら罪を償うことこそ当然だと考えていた。

高台からその様子を眺めていたオロチは、おでんの申し出が滑稽で仕方ないとでも言いたげに腹を抱えて笑った。

 

『ムハッハッハ~!馬鹿か!一瞬で死ぬ処刑だぞ!?』

一方、隣に立つカイドウの表情には笑みなどない。

おでんが自分の息子へ刃を振るったことを思い出したのか、低く唸るような声と共に露骨な不快感を滲ませた。

 

『……おれの息子を斬りつけておいて、ふてぶてしい野郎だ…』

それでも、おでんは折れなかった。

周囲の罵声にも、オロチの嘲笑にも目を向けず、ただ真っ直ぐにカイドウを睨み返す。

 

『おれは生きねばならない』

そこに命乞いの卑屈さはなかった。

何かを成し遂げるため、まだ死ねないという強い意思だけが残っている。

カイドウはしばらく黙っておでんを見下ろしていたが、やがて鼻を鳴らすと部下へ顎をしゃくった。

 

『フン…おい、時計をもってこい!

 …1時間だ、耐えて見せろ!!』

その言葉を合図に、光月おでんの一時間に及ぶ公開処刑が始まった。

 

煮え滾る油から立ち昇る熱気が処刑場を覆い、近くにいるだけでも肌を刺すほどの暑さが広がっていく。

おでんが苦痛に顔を歪めても、そこから上がるのは悲鳴ではなく罵声だった。

誰もが彼の死を待ち望んでいる。

そう思えるほど、処刑場には強い憎悪が渦巻いていた。

そして、一時間後。

 

光月おでんは、民衆の怒りと憎しみを一身に受けながら、その生涯を終えた。

最期まで誰かに許されることもなく、助命を願う声が上がることもないまま。

かつて大名として人々の上に立った男は、多くの民から死を望まれながら息を引き取った。

 

だが、その死と引き換えに。

赤鞘たちは処刑を免れた。

おでんが耐え抜いた時間によって与えられた僅かな猶予を無駄にするわけにはいかない。

彼らは主君の死を見届けると、悲しみに立ち止まる暇もなく、群衆を掻き分けるようにして走り出した。

 

しかし、それを民衆が黙って見送るはずもなかった。

 

『自らの主君を足蹴にする武士の恥め……!』

『カイドウさまっ…!どうか赤鞘に天誅を!!』

『おれが斬り伏せてやるっ!』

『ワノ国始まって以来の最低の犯罪者どもだ!』

主君だけを死なせ、自分たちは逃げるのか。

そう受け取った者たちの怒りは激しく、赤鞘へ石を投げようとする者や、今にも追い掛けようと前へ出る者までいる。

民衆の思いは、既に一つの方向へ傾いていた。

 

反逆者を裁いてほしい。

そして、もう二度と国を乱さぬよう、ワノ国を守ってほしい。

その願いを聞きながら、カイドウは逃げていく赤鞘たちの背を眺め、やがて猛々しく笑った。

 

『ウォロロロロ~!さすがレオヴァ…愛されてやがる

…国中が望むなら……罰を与えるべきだよなァ!!』

巨大な身体が膨れ上がり、瞬く間に龍へと姿を変える。

長大な身体が空へ昇ると、処刑場を埋めていた民衆から一際大きな歓声が巻き起こった。

 

『カイドウさま~!!』

『我らが明王…!

どうか悪人どもの首を!!』

『おお~!さすが明王さまじゃ!

ワシらの声にお応えくださるとは…!』

龍となったカイドウは、その歓声を背に受けながら赤鞘たちを追って飛び去っていく。

遠ざかっていく巨大な龍を、オロチだけは民衆とは違う表情で眺めていた。

 

自分が将軍だというのに。

民は、自分ではなくカイドウへ願いを託している。

その事実をすぐには飲み込めず、オロチは歓声の中でただ呆然と空を見上げていた。

 

──────────────

 

 

 

釜茹で地獄から生還した赤鞘たちは、休む暇もなく九里を目指して走り続けていた。

 

身体は既に限界に近い。

処刑場を抜け出した直後から息は荒く、足にも疲労が溜まっている。

それでも、立ち止まるという選択肢はなかった。

 

トキのもとへ。

モモの助と日和のもとへ。

一刻も早く辿り着かなければならない。

 

背後からはカイドウと、その部下たちが迫っている。

追手を少しでも食い止めるため、道中では赤鞘の中から数名が次々と離脱していった。

残った者たちは、仲間を振り返ることすら出来ないまま、木々の間を縫って走り続ける。

 

枝が頬を掠めても、足を取られて転びかけても。

ただ前だけを見て進んだ。

 

やがて森を抜け、ようやく九里へ辿り着いた時。

彼らの目に飛び込んできたのは、安堵とは程遠い光景だった。

 

おでん城が燃えている。

夜空へ向かって真っ赤な炎が立ち昇り、屋根や柱を次々と呑み込んでいた。

黒煙が空を覆い、焼けた木材の匂いが離れた場所にまで漂っている。

赤鞘たちの顔から血の気が引いた。

 

『と、トキ様ぁ~!』

『モモの助さまっ…!』

『ひより様ァ!!』

『なぜっ!どうなって…!?

康イエ殿たちが此処を守ってくださっていた筈ではないのか!?』

『狼狽えるよりも探すのが先だろう!?』

『やめぬか!言い合っている時間が惜しい!』

 

動揺はしている。

だが、今は原因を考えている場合ではない。

トキたちが無事かどうか、それを確かめる方が先だった。

 

赤鞘たちは燃え落ちた柱や崩れた壁を避けながら、城の内部へ踏み込んでいく。

熱気が肌を刺し、煙を吸い込むたびに喉が焼けるように痛んだ。

瓦礫を押し退けながら奥へ進んだ先で、彼らは思わず足を止めた。

 

そこにいたのは町人たちだった。

農具や刃物を握った数人が、一つの遺体を囲んでいる。

既に動かなくなっているにもかかわらず、なお憎しみをぶつけるように何度も刃を振り下ろしていた。

僅かに残った衣服を見て、赤鞘たちはそれが誰なのか理解した。

───霜月康イエ。

 

『っ…!?

な、なにをしている!』

『康イエ殿から離れぬかァ…!』

赤鞘の一人が勢いよく飛び込み、町人たちを身体ごと突き飛ばした。

ようやく露わになった康イエの姿を見て、誰もが言葉を失う。

顔は既に原形を留めず、身体も酷く損なわれている。

そこに倒れている者が本当に康イエなのだと判断出来るのは、辛うじて残っていた衣服くらいのものだった。

 

『な、なんと惨いことを……』

『康イエ殿!』

『お前たち!

なにをしたのか、分かっているのか!?』

怒りを込めて叫ぶ赤鞘たち。

しかし、それを聞いた町人たちの顔へ浮かんだのは、後悔でも恐怖でもなかった。

むしろ、お前達こそ何を言っているのかとでも言いたげに、激しい怒りが露になる。

 

『なにをしたのか……だと?

それはお前らだろう!?』

『そうだ…!!

レオヴァ様への反逆などと、恩知らずめ!』

『恩を仇で返した貴様らと違い我らは恩に報いるべく戦っているんだ!』

『貴様らのせいで、おれたちは…!!

レオヴァ様にっ…見放されるんだ……死んで償え!』

その声には、怒りだけではなく恐怖が混じっていた。

レオヴァに見捨てられる。

反逆者の土地として扱われ、これまで与えられてきたものを全て失う。

そんな不安が彼らを追い詰め、もはやまともな判断すら出来なくさせていた。

焦点の定まらない目で赤鞘たちを睨み、鍬や鎌、鉈といった農具を武器にして一斉に襲い掛かってくる。

 

『っ……く!』

赤鞘たちは咄嗟に身を退いた。

相手は侍ではない、戦う術もろくに知らない町人だ。

だが、目の前の者たちはこちらを殺すことしか考えていない。

 

『…こうなれば、致し方あるまい!』

一人が床へ突き刺さっていた刀を引き抜き、覚悟を決めたように構える。

 

『おい!?斬るつもりか!?』

『…どうしようも…ないだろう!?』

迷っている時間はなかった。

背後には追手が迫り、この先にはトキや子どもたちがいる。

町人を傷付けたくないからと立ち止まれば、守るべき者まで失う。

 

赤鞘の一人が刀を振るう。

迫ってきた男の農具を弾き、そのまま身体を斬り抜ける。

続けて別の者が襲い掛かれば、また刃が走った。

技量の差はあまりにも大きく、次々と町人たちが床へ倒れていく。

 

『グゥ……痛ェ……!』

『ちくしょう……ちくしょ…すま、ねぇ…レオヴァ様ァ……』

『お前らなんぞ…にっ……』

『呪ってやる、ぜったいに…ィ!!』

血を流しながら倒れた町人たちは、最後まで赤鞘を睨み続けていた。

中には自分が死ぬことよりも、レオヴァへ恩を返せなかったことを悔やむ者さえいる。

 

その言葉を聞くたびに、赤鞘たちの表情は険しくなった。

彼らは元々、自分たちが守るべき民だったはずだ。

 

その民から、今は憎悪を向けられている。

拳を握り締めながらも、立ち止まっている時間はない。

赤鞘たちは倒れた町人たちの間を抜け、さらに城の奥へ進んでいく。

 

煙は奥へ行くほど濃くなっていた。

喉が焼けるように痛み、息を吸うたび胸の奥まで熱を帯びる。

崩れた天井から火の粉が降り、足元では燃えた畳が赤く燻っていた。

 

そんな中、奥の方から怒鳴り声が聞こえた。

それに重なるように、子どもの泣き叫ぶ声も届く。

 

赤鞘たちの顔色が変わり、場所を確かめるより先に身体が動く。

煙を掻き分け、崩れた廊下を駆け抜けながら、その声のする部屋へ急いだ。

 

『『モモの助さまっ…!!』』

叫びながら部屋へ飛び込んだ赤鞘たちの目に入ったのは、必死に二人の子どもを庇うトキの姿だった。

 

モモの助と日和を背へ隠すように立ち、残った身体で二人を守ろうとしている。

その周囲を、武器を手にした町人たちが取り囲み、距離を詰めながら責め立てるように怒号を浴びせている。

 

『反逆者の残党め…!』

『楽に殺すな!

しっかり苦しませてからだ!

これは“罰”なんだ!』

『レオヴァ様への懺悔がまだだ!』

『トキ様はバカ殿とは違うと思ってたのにっ…!

あんたも裏切り者だ!あんたらが居なきゃ私たちはレオヴァ様に守って頂けてたんだぁ!!』

『貴様らの首を持っておれたちはレオヴァ様へ恩を返す…!』

 

一歩。

また一歩。

町人たちがトキへ近付いていく。

その背後から、赤鞘たちの刀が振るわれた。

 

『貴様らァー!!

トキ様たちから離れろ!!』

不意を突かれた町人たちが次々と倒れる。

 

『トキ様っ……遅くなり申し訳ございませぬ!!』

『な、なんとお痛わしいッ…!

貴様ら、よくもっ!』

赤鞘たちは立ちはだかっていた町人たちを全て斬り倒すと、すぐさまトキたちのもとへ駆け寄った。

 

そして、間近で彼女の姿を見た瞬間、誰もが言葉を失いかける。

トキは既に片腕を失い、全身にはいくつもの傷が刻まれていた。

立っていることすら不思議なほど血を流し、それでも最後まで子どもたちの前から退こうとはしなかったらしい。

張り詰めていたものが切れたのか。

赤鞘の姿を認めた途端、トキの身体が大きく揺らぐ。

慌てて駆け寄った一人が、その身体を抱き留めた。

 

『みんな…ごめんなさい…ぅ……』

掠れた声。

モモの助と日和が、耐え切れず母へ縋り付く。

 

『母上ぇ~~!!』

『うえ~~んヤダよ、母上しなないで~!!』

『『『トキ様っ…』』』

子どもたちの泣き声を聞きながら、トキは残された力で二人の身体へ腕を回した。

もう、自分に残された時間がほとんどないことは分かっている。

けれど、まだ出来ることがある。

 

『き、聞いて……まだ、逃げる場所はある、の…

……みら、い……あなたたちを…未来へとばすわ

…わたしの、最期の……力で』

赤鞘たちが息を呑む。

 

『それは…!?』

『未来!?トキ様、一体なにを!』

『さ、最期……そんな…母上!』

『うう……やだ、やだよ……母上ぇ』

縋り付く子どもたちを、トキは痛みを堪えるように、それでも出来る限り優しく抱き締めた。

震える指で小さな背を撫でながら、母親として最後に出来ることを選ぶ。

 

今ここでは守れない。

ならば、この時代から逃がすしかない。

 

自分たちが見ることの出来なかった先へ。いつか、光月の意志を繋ぐことの出来る時代へ。

トキは残された力を振り絞った。

泣き叫ぶ子どもたちと、彼らを守ろうと集まった者たちへ最後の希望を託し、その力を未来へ向けて解き放った。

 

──────────────

 

 

 

「………赤鞘の死体がない…か」

九里へ到着したレオヴァは、報告を聞き終えるなり眉間へ指を当て、珍しく深く考え込んだ。

 

 

眼前には、先ほどまで激しい争いが繰り広げられていたおでん城がある。

火の手こそ次第に弱まりつつあったが、焼け落ちた柱の隙間では未だ赤い炎が燻り、立ち昇る黒煙が空を濁らせていた。

焦げた木材の臭いに血の生臭さが混じり、城の周囲には農具や折れた刀、焼け焦げた瓦礫が散乱している。

 

報告によれば、キングたちが九里へ攻め入るよりも前に、既に町人たちによる討ち入りが始まっていたらしい。

 

それ自体が、レオヴァにとって完全な想定外だった。

本来の予定では、おでんの処刑後に逃走した赤鞘をこの九里で確実に仕留めるつもりだった。

将来的に百獣海賊団へ牙を剥く可能性のある者は、可能な限りここで消しておきたい。

だからこそ、わざわざ処刑場周辺へ潜伏していたしのぶまで探し出させ、彼女しか知らない情報が外へ漏れる前に処分したのだ。

 

不安要素は、一つでも少ない方がいい。

そのために念入りに準備を重ねていたはずなのに、肝心の赤鞘たちの死体が確認出来ない。

レオヴァは燃え残った城を見上げながら、今回どこで判断を誤ったのかを頭の中で辿った。

キングなら問題なく処理出来る。

そう考え、任せ切ってしまった部分があったのかもしれない。

 

だがキングにしてみれば、城へ到着した時点で既に九里の町人たちが光月側へ襲い掛かっていたのだ。

赤鞘を逃がさぬためには、戦場へ割って入り、場合によっては町人ごと巻き込んで攻撃する必要があっただろう。

 

しかし、彼らは今やレオヴァを慕う民でもある。

町人ごと殺してしまえば、これまでレオヴァが積み上げてきた信頼を自分の判断で壊すことになりかねない。

計画全体へ余計な影響を及ぼす可能性もある以上、キングが一瞬判断を迷ったとしても無理はなく、その僅かな遅れが、結果として赤鞘へ逃げる隙を与えた。

そこまで考えたところで、レオヴァは小さく息を吐いた。

 

指示不足だ。

キングの能力が足りなかったのではない。こうした状況が起こり得ると予測し、それに対する対応まで予め伝えておかなかった自分の落ち度だった。

 

長く黙り込んだレオヴァの横顔を、キングは無言で見つめていた。

普段のレオヴァなら、想定外の出来事が起きてもすぐ次の手を考える。

今もその最中なのだろうとは分かっているが、自分の判断が結果として計画を狂わせたという事実は、キングの胸に重く残っていた。

やがて、低い声で口を開く。

 

「……すまねぇ…レオヴァ坊っちゃん」

その謝罪に、考え込んでいたレオヴァが顔を上げた。

一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐさま首を横へ振る。

 

「いや、キングが謝ることじゃねぇ…!

ここまで考えが至らなかったおれの落ち度だ

民衆の暴走も予め視野に入れられた筈だ。

…にも関わらず、その場合の指示を伝えられなかった…

キングが動けなかったのはおれの作戦を案じてなのは理解してる

おでん、トキ、康イエの死体はあるんだどうにでも出来るさ。

……それにこの暴走を上手く使えば今後に役立つ可能性すらある…

…そうだ、問題ない……プラスに変えればいい、それだけの事だ」

口に出しながら整理していくうちに、レオヴァの表情から迷いが消えていった。

赤鞘を逃した、そこだけ見れば失敗だ。

 

だが、全てが失われたわけではない。

おでんの遺体はある。

トキも死んだ。

康イエの死体も確認出来ている。

 

そして何より、九里の民衆が自ら光月へ牙を剥いたという事実が残った。

命令したわけでもない。脅したわけでもない。

彼ら自身がレオヴァへの恩義を理由に、かつての大名の一族へ攻め込んだ。

 

これは使い方次第では、今後ワノ国を掌握する上で非常に大きな意味を持つ。

逃亡した赤鞘の死体が存在しないことだけが問題なら、死体が残らなくても不自然ではない状況を作ればいい。

失敗を消す必要はない、別の形へ変えてしまえばいい。

キングは、ほんの僅かな時間で既に次の手を組み立て始めているレオヴァを見つめ、やがて小さく息を漏らした。

 

「……レオヴァ坊っちゃん…敵わないな。」

「ありがとう、キング

では、挽回させてもらうとしよう…と、その前に隠蔽工作だな」

「隠蔽工作…?」

「あぁ、赤鞘の死体が出なくても不思議じゃない状態にする」

 

その一言で、キングも意図を理解したらしい。

視線を燃え残った城へ移し、僅かに顎を引く。

 

「なるほど、現場を作り替えて都合の良いように事実を魅せるわけか」

「そうだ

キングは話が早くて助かるな」

城そのものが跡形もなく消し飛んでしまえば、遺体が見つからないことなど誰も不自然には思わない。

そして、この国でそれだけの破壊を一撃で起こせる者となれば、候補は限られていた。

キングも同じ人物を思い浮かべたのだろう。

 

「なら、カイドウさんに頼むのが一番…か」

「そうだな、父さんに頼もう。

……なにより明王の行いならば民衆も喜ぶだろう」

単なる証拠隠滅だけではない。

レオヴァを傷つけた反逆者たちへ、怒り狂った父親であるカイドウが自ら天罰を下した。

そういう形にすれば、既に“明王”として名声を高めつつある父の評価まで上げられる。

 

失敗を隠しながら、父の名声も高める。

さらに光月への恐怖と反感も強められる。

一つの行動で得られるものは多い。

 

「一瞬でその考えが出来るのはレオヴァ坊っちゃんくらいだろうな」

 

キングが感心したように言うと、レオヴァは僅かに眉を下げた。

 

「そんなに褒めないでくれ、照れるだろう…」

緊張の残る場に似つかわしくない小さなやり取りだったが、次に何をすべきかが定まったことで、二人の間にあった重苦しさも消えていた。

レオヴァはすぐにカイドウのもとへ向かい、赤鞘の遺体が確認出来ていないこと、そして城ごと戦場の痕跡を消したいことを説明した。

話を聞いたカイドウは難色を示すどころか、むしろ任せろとばかりに大きく笑った。

 

「そうか…!

なら、おれに任せてレオヴァは次の策に行け!

……キング、お前はおれと来い!」

「あぁ、カイドウさん…!」

「父さん、キングあとは任せる」

レオヴァは二人の背を見送った後、すぐさま別方向へ身体を向けた。

 

隠蔽は父とキングに任せれば問題ない。

自分には、自分にしか出来ない仕事が残っている。

城から救出された九里の町人たち。

その多くが傷を負い、下町の広場へ集められているという。

レオヴァは黄金の翼を広げると、彼らのもとへ向かった。

 

 

──────────────

 

 

下町の広場には、まるで生気を失ったような顔をした人々が大勢集められていた。

傷口を布で押さえながら苦しげに呻く者もいれば、この後に自分たちへ下されるであろう処分を想像し、膝を抱えて震えている者もいる。

誰もが疲れ切り、顔や衣服には煤や泥、乾き始めた血がこびりついていたが、怪我の痛み以上に彼らを押し潰しているのは、この先どうなるのか分からないという恐怖だった。

 

九里城への討ち入りに参加した一人の男も、その中にいた。

赤鞘の一撃を受けた脇腹には深い傷が開いており、押さえ続けている布には既に大量の血が滲んでいる。

少しでも力を緩めれば傷口がさらに開いてしまいそうで、浅く呼吸をするだけでも腹の奥へ鈍い痛みが響いた。

 

自分たちは負けた。

レオヴァ様へ受けた恩を少しでも返したい。その一心で九里城へ攻め込み、反逆者の残党を討ち取って差し出すつもりだったというのに、結局まともに討ち取ることが出来たのは康イエだけだった。

赤鞘の侍たちには歯が立たず、多くの仲間が斬られ、自分もこうして地面へ座り込んでいる。

 

何という情けなさだろう。

大名の反逆を止めることすら出来ず、最後にせめて恩を返そうと挑んだ討ち入りまで失敗した。

しかも、今ここへ怪我人を含めた町人たちが集められている理由も、皆すでに理解していた。

 

――レオヴァ様が九里へいらっしゃる。

城で倒れていた町人たちは、キングの連れていた部下たちによって救出され、この広場まで運ばれてきた。

そのうえ、カイドウ自身も反逆者を罰するため九里へ来るのだという。

 

反逆者を罰する。

その言葉を聞けば、どうしても次に自分たちの番が来るのではないかと思ってしまう。

九里の大名だった光月おでんが百獣へ反逆し、その家臣たちもまた刀を向けた。

その土地で暮らしていた自分たちが、本当に何の罪も問われずに済むのだろうか。

 

 

何も知らなかった。そんな言葉が、果たして通じるのか。

 

 

そして何より男が恐れているのは、自分たちが罰せられることそのものではなかった。

レオヴァ様は、自分たちをどう思っているのだろう。

周囲で俯いている者たちも、きっと同じことを考えているのだと男には分かった。

 

ここにいる者は皆、レオヴァを心から敬愛している。

飢えに苦しんでいた時には食料を与えられ、病に倒れた時には薬を届けてもらい、町を訪れる度に自分たちの声へ耳を傾けてくれた。

 

だからこそ恐ろしいのだ。

もし、あの方から自分たちまで裏切り者だと見なされるのなら、その瞬間に生きている意味まで失ってしまうのではないかと思えるほどに。

 

ただ、男自身はそれとは別に、一つの覚悟も決めていた。

もし処刑されるのだとしても、レオヴァ様に裁かれるのなら、それでいい。

赤鞘の刀に斬られ、何の意味もなく死ぬくらいなら、せめて最後くらいは敬愛するあの方の手で終わらせてもらいたい。

 

そんなことを願う自分は強欲なのかもしれない。

男は脇腹を押さえたまま、痛みで霞み始めた視界の向こうにある、燃え盛る九里城をぼんやりと見上げていた。

 

その時、沈み込んでいた広場の空気が僅かに揺れた。

最初は数人のざわめきに過ぎなかったものが次第に周囲へ広がり、誰かが空を指差す。それにつられるように男も重い頭を上げた。

炎に照らされた城の鳥居、その遥か上空から、一羽の巨大な鳥がゆっくりと舞い降りてくる。

黄金に輝く羽は炎の明かりを受けて一層鮮やかに煌めき、大きく広げられた翼は夜の闇の中に美しい輪郭を描いていた。火と煙に覆われた九里の惨状の中で、その姿だけがまるで別の世界から現れたかのように見える。

 

やがて巨鳥は鳥居の前へ降り立ち、眩い光に包まれた。

光の中で輪郭が次第に縮まり、翼も消えていく。

その先に現れたのは、長い黒髪と白い角を持つ、見慣れた少年の姿だった。

 

――レオヴァ様だ。

 

そう認識した瞬間、男の目から勝手に涙が零れ落ちた。

周囲からも次々と嗚咽が聞こえてくる。

逃げようとする者は一人もいない。それどころか、誰もが息を詰め、ただレオヴァだけを見つめていた。

 

自分たちに相応しい罰を。

せめて最後だけは、この方の言葉で。

そんな思いを抱きながら、誰もが裁きを告げられる瞬間を待っていた。

ところが、いくら待っても予想していた言葉は聞こえてこなかった。

広場へ降り立ったレオヴァは、集められた町人たちを見回すと、一瞬にして表情を変えた。

 

「……なんだ、この惨状は!」

声音には、明らかな焦りが滲んでいた。

そしてレオヴァは裁きを告げるどころか、近くにいた重傷者のもとへ駆け寄り、その場へ膝をつくと、すぐさま傷の状態を確認し始めた。

 

深く斬られた者には新しい布を当て、意識の弱い者へは何度も声を掛ける。

必要な薬や水が足りなければ、周囲にいた部下へすぐ持って来るよう指示を飛ばし、一人の処置を終えれば、間を置かず次の負傷者へ向かった。

 

一人、また一人と。

数十人もいる怪我人の間を、レオヴァは休むことなく回り続ける。

本人も昨日の戦いで斬られ、身体にはまだ包帯が巻かれている。

それにもかかわらず、自分の傷など気にも留めず、目の前の町人を助けることだけに必死になっていた。

 

男には、目の前で何が起きているのか理解出来なかった。

自分たちは裁かれるのではなかったのか。

反逆者の土地に住む民として、見捨てられるのではなかったのか。

その混乱は周囲も同じらしく、中には「これは夢なのではないか」と呟き、自分の頬を力任せに叩いた者までいた。

乾いた音が広場へ響く。

それに気付いたレオヴァはすぐさま立ち上がり、その男のもとへ歩み寄った。

 

 

「自分を傷つける真似は止してくれ…大丈夫、大丈夫だ。

皆の不安に気付けなかったおれを許して欲しい、すまなかった…

もう、なにも恐れなくて良いんだ

これからは、おれが皆を守る……おれと共に来てくれるか?」

誰も、すぐには返事を出来なかった。

責められると思っていた。

罰を下されるのだと覚悟していた。

それなのに、レオヴァは自分たちへ謝った。

そして、守ると言った。

男の喉から声にならない嗚咽が漏れた。

 

どうして。

どうしてこの方は、こんな自分たちにまで優しく出来るのだろう。

レオヴァは泣き崩れた町人の背へ手を回し、呼吸が落ち着くまでゆっくりと撫で続けている。

その光景を見た瞬間、男もとうとう堪え切れなくなった。

 

両手で顔を覆い、子どものように泣いた。

周囲を見れば、泣いていない者などほとんどいない。男も女も、老人も子どもも、誰一人として周りの目など気にせず、声を上げて泣いていた。

 

レオヴァ様は、自分たちを見捨てていなかった。

反逆者の民というだけで一括りにし、罪人として裁こうともしていない。

 

それどころか、自分たちを守ると言ってくれた。

大名の暴走を止めることも出来ず、討ち入りに挑んでも失敗し、傷を負って倒れているだけの何の役にも立てなかった自分たちを、それでも見捨てなかった。

レオヴァはその後も一人一人の傷を確認し、痛みに耐える者には身体を労る言葉を掛け、泣きながら思いを吐き出す者の話には最後まで耳を傾けた。

不安を訴える者には何度でも「もう大丈夫だ」と伝え、その言葉が相手へ届くまで側を離れなかった。

町人たちの涙が枯れるまで、レオヴァは彼らに寄り添い続けた。

そして、その日を境に九里の者たちは完全にレオヴァの民となった。

 

誰かに命じられたからではない。

彼ら自身が、それを望んだのだ。

 

 

それからしばらくして、九里の暮らしは目に見えて変わり始めた。

 

レオヴァが正式に管理へ入って最初に手を付けたのは、人が生きていくために欠かせない食料と水の安定だった。

 

不足している物資が各地から運び込まれるようになり、飢えに苦しんでいた頃が嘘のように町には食べ物が並び始めた。

痩せ細っていた子どもたちの頬にも少しずつ肉が戻り、以前は疲れ切った声しか聞こえなかった通りから、再び笑い声が上がるようになっていった。

 

さらに九里の近くには、新たな武器工場も造られた。

仕事を失っていた男たちの多くがその募集へ殺到し、そこには既に優れた工場として名を知られていた編笠村から腕の良い職人たちが派遣され、新しく働き始めた者へ基礎から技術を教えていた。

 

あの日、脇腹を斬られながら広場で罰を待っていた男も、今ではその工場で働いている。

 

元々、職人という仕事には憧れがあった。

毎月きちんと給金が支払われ、腕を磨けばそれに応じて評価も上がる。

それだけでも魅力的だったが、男にとって何より大きかったのは、自分が良い武器を作れるようになれば、その分だけレオヴァの役に立てるということだった。

 

そう思えば、慣れない作業も厳しい修行も苦にはならなかった。

最近では、編笠村から来た職人に「なかなか筋がいい」と言ってもらえるまでになった。

もちろん男にとっては、それだけでも飛び上がりたいほど嬉しい出来事だったのだが、それ以上に忘れられない日がある。

工場の様子を見に来たレオヴァが、自分の作った刀を手に取ってくれた日のことだ。

 

まだ修行を始めて一月半。

当然、一人前の職人には程遠い。

それでもレオヴァは適当に眺めて終わらせることなく、刀を手に取り、光へ翳しながら刃の形や仕上がりを丁寧に確認した。

そして。

 

『真面目な良い職人になりそうだと聞いたんだが

……言葉通りみたいだ、この刀…始めて1ヶ月半とは思えない出来だな』

その言葉を聞いた瞬間、男は本当に心臓が止まるのではないかと思った。

 

『そ、そんな!

おれなんて!まだまだヒヨっこで……けどレオヴァ様に報えるように、もっと良い刀作れるよう頑張ります!』

緊張のあまり、自分でも何を口にしているのかよく分からなかった。

そんな男をレオヴァは笑うことなく、むしろ穏やかに目を細めた。

 

『…ふふ、謙虚だな

 お前の自信作を見れる日が今から待ち遠しい、楽しみにしているぞ?』

間違いなく、男の人生において最高の瞬間だった。

その日から、以前にも増して仕事へ打ち込むようになった。

いつか胸を張って、これが自分の最高傑作だとレオヴァへ差し出せる刀を作りたい。

それが今の男にとって、大きな目標になっている。

 

かつての地獄は去った。

いや。

勝手に地獄が去ったわけではない。

自分たちは、自ら這い上がったわけでもない。

あの時、絶望の底にいた自分たちへ手を伸ばし、そこから引き上げてくれた者がいた。

レオヴァだ。

 

だから、もう何も恐れる必要はない。

レオヴァ様が守ると言ってくださったのだから。

 

男は仕事を終えた帰り道、食べ物の並ぶ店先や元気に走り回る子どもたち、笑いながら家路につく職人たちの姿を眺めながら、いつしか一つの願いを抱くようになっていた。

 

――いつかレオヴァ様が、この国の上に立ってくだされば。

そうすればきっと、もっと多くの人々が自分たちのように救われるのではないか、と。

 

 

──────────────

 

 

処刑が執行されてから数日。

ワノ国の町々では、どこへ行っても同じ話題が人々の口に上っていた。

光月おでんの処刑。

逃亡した赤鞘たち。

九里で起きた出来事。

そして、カイドウとレオヴァのことだ。

 

「おいおい聞いたか!

カイドウ様の一撃で赤鞘たちは木っ端微塵だとよ!」

「聞いたぜ!

流石は明王様だよなァ!城も跡形もねぇんだと!」

「そりゃ良い!あんな城が残ってちゃ腹が立ってしょうがねぇよ」

「ハッハッハッ…!そりゃ違いねぇ!」

逃げ込んだ赤鞘たちは、怒りに燃えるカイドウの一撃によって九里城ごと跡形もなく消し飛んだ。

 

それが、今や国中で語られている話だった。

城そのものが原形を留めていない以上、赤鞘の遺体が一つも発見されなかったことを不審に思う者はいない。

それどころか、人々は遺体さえ残らぬほどカイドウの怒りが凄まじかったのだと、当然のように受け入れていた。

 

「カイドウ様は怒りで加減を忘れちまったとか……」

「そりゃそうじゃ!レオヴァ様に刃を向けたんだ

ワシだって怒りで可笑しくなりそうだと言うのに…

カイドウ様からすれば自分の息子じゃ、計り知れないほどの怒りにきまっとる!」

「本当にレオヴァ様もカイドウ様もお互いを大切にしてる良い親子だよなぁ!」

「そうそう!

レオヴァ様はカイドウ様の話をなさる時ほんとうに嬉しそうな顔をなさるんじゃ!

いやぁ、普段との差が……つい可愛く見えてしまうのぅ」

「お前も歳だなぁ!

まぁ、そりゃおれらから見りゃレオヴァ様は孫くらいの年齢だしなぁ!はっはっは」

かつてカイドウの名を聞けば怯えていた者たちが、今では息子を傷つけられて怒った父親として、その行動を当然のことのように語っている。

 

恐怖だけではない。

いつの間にか人々は、カイドウとレオヴァの親子関係そのものへ親しみまで感じるようになっていた。

そして、もう一つ大きく広まっている話がある。

 

「九里の奴ら無罪だとよ!」

「えぇ!?いいのかよ……

あいつらバカ殿の謀反知ってたんじゃないのか…?」

「知らなかったらしいぞ…

それにあのバカ殿の城に討ち入りまでしたとか」

「討ち入りぃ!?

…なら知らないってのも本当かもな……」

九里の民は光月おでんの反逆には加担しておらず、謀反を知った後には自ら残党を討つため九里城へ攻め込んだ。

その事実が、彼らが反逆を知らなかったことを何より強く証明するものとして受け取られていた。

 

「けど討ち入りは失敗して男どもは、みんな死にかけだったそうだ…」

「え、じゃあ九里の人間は殆ど死んじまったのか?」

「いや、レオヴァ様は怪我の手当てして全員の話聞いて回ったんだってよ!

もう大丈夫だって優しく声までかけて下さったと九里のおっさんが言ってたの聞いたんだよ!」

「おお……流石はレオヴァ様だ、なんてお優しい!」

さらに、九里へ赴いたレオヴァが重傷者を自ら手当てし、民を罪人として扱うことなく、一人一人の話を聞いて回ったという話まで広がっていた。

九里の者自身が各地へ語っているのだから、話が広まるのも早い。

 

恐怖に震えていた自分たちへ、レオヴァは「もう大丈夫だ」と声を掛けてくれた。

そして、自分が守ると約束した。

その話を聞けば聞くほど、人々の中でレオヴァへの評価は高まっていった。

そんな中、最後に人々を最も驚かせたのが、これから九里を誰が治めるのかという話だった。

 

「しかも、これから九里を治めるのはレオヴァ様になるって話だ!」

「えぇ!? くそぉ!羨ましいなぁ!」

「だよな!?

あ~、おれ九里に住もうかな…」

「編笠村がいっぱいで駄目だったからって次は九里かよ!」

「なんだよ、お前も九里行きたいだろ?」

「………そりゃ…おれも行きてぇよ」

 

かつて住む者が減り、荒れ果て始めていた九里へ、今では反対に移り住みたいと願う者が現れている。

理由は明快だった。

レオヴァが治める。

その一言だけで、人々はそこなら安心して暮らせると思うようになった。

 

処刑から、まだほんの数日しか経っていない。

それでも話は人から人へ、町から町へと驚くほどの速さで伝わり、やがてワノ国の中で知らぬ者はいなくなった。

 

かつて、この国の名門として、将軍家として、人々から敬われていた“光月”の名は、今では国と民を裏切った卑しい反逆者の名として語られている。

 

それとは対照的に、かつては恐怖の対象でしかなかったカイドウと、その息子レオヴァの名は、ワノ国を守り、民を救う者として人々の中へ浸透していった。

カイドウとレオヴァの名は、少しずつ、しかし確実に、この国の新たな希望として根を張り始めていた。

 

 

 




質問お返しコーナー

Q.レオヴァのおでん様への評価はどんな感じなんでしょうか?

A.考えの足りない甘い人物、しかし強者。
レオヴァ的には絶対的にカイドウと関わらせたくない人物でしたが
死んでしまったのでレオヴァの記憶からは“ほぼ”消えました。
レオヴァは生きていて、価値のある人物以外には基本無関心なので


Q.現時点でのレオヴァ様の強さってどれくらいですか?

A.おでん処刑時点で16歳なのですが、実力はヒョウ五郎の7割ほどです!
悪魔の実のタフさと狡猾さ、得意の見聞色でじわじわ攻めておでんを落とした感じでございます!
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