俺がカイドウの息子…?   作:もちお(もす)

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2026/9/2 加筆修正


この、子どもが……?

 

十二歳になったレオヴァは、海戦でも少しずつ戦果を上げるようになっていた。

それに伴い、島へ降りる際に必ずついていたキングやクイーンの付き添いもなくなった。

 

 

――もっとも、正確には「なくなった」というより、レオヴァ自身が断ったのだが。

 

二人のことが嫌なわけではない。

むしろ、一緒に出掛けること自体は楽しかった。

ただ、町をゆっくり見て回りたい時には、どうにも向いていないのである。

 

クイーンとの外出は会話も楽しく、屋台を見つければ一緒に食べ歩くこともできる。そういう意味では良いことも多い。

問題は、とにかく目立つことだった。

ただでさえ人目を引くほどの巨漢であるうえ、町中で美人を見つけようものなら、こちらへ何も言わずにふらりと姿を消してしまう。

 

その度に探し回る羽目になるのだから、なかなか面倒だ。

何度か、

『一応護衛なんだから何も言わずにいなくなるのは止めてくれないか……』

と頼んだこともあったのだが、返ってきたのは、

 

“レオヴァはもう十分 闘れるし

 カイドウさんは心配症すぎるぜェ~~♪“

という、まるで気にしていない返事だった。

 

どうやら直すつもりはないらしい。

それだけなら、四六時中ぴったりと後ろについて回られるよりは良いと諦めることもできたのだが、クイーンの放任ぶりを知ったキングと喧嘩になることだけは困る。

 

 

本人達にしてみれば軽いどつき合いなのだろうが、二人の体格と力でそれをやられれば、当然周囲が無事で済むはずもない。

ひとしきり暴れ終わった後には建物や道まで被害を受け、町の探索や観光どころではなくなってしまうこともあった。

 

 

一方のキングは、聞けば色々と教えてくれるうえ、カイドウから命令されていない限り、むやみに民間人へ手を出すこともない。

レオヴァが暇を持て余していれば、時間を潰せそうな場所や店を提案してくれることもあり、護衛としては至れり尽くせりだった。

 

ただし、柄の悪い連中への対応には少々問題がある。

――いや、これではキングが悪いように聞こえるか。

実際のところ、原因のすべてがキングにあるわけではない。

 

まだ子どものレオヴァの傍に、全身黒尽くめの大男が付き従っている。それだけでも異様な光景だというのに、背には大きな翼があり、炎まで纏っているのだから嫌でも周囲の視線を集めた。

加えて、キングは出先でレオヴァが興味を示したものをあれこれ買っていく。

その様子を見て、レオヴァをどこぞの貴族がお忍びで遊びに来ているのだと勘違いする者が現れるのも、ある意味では仕方がなかった。

 

 

すると、そうした勘違いからレオヴァを誘拐しようとする輩が出てくる。

カイドウから直々にレオヴァの面倒を見るよう命じられているキングが、それを黙って見過ごすはずもない。

責任感の強い彼は誘拐犯を必要以上に痛めつけ、その余波で町まで被害を受ける。

……きっと、それは仕方がないことなのだろう。

 

 

ともあれ、それらは以前までの話だ。

今のレオヴァは、一人で島を歩くことを許されている。

もちろん、完全に自由というわけではない。

 

 

上陸している島から勝手に出ないこと。

6時間以上外出し続けないこと。

最低でも一時間に一度は連絡を入れること。

他にも細かな禁止事項や言いつけがいくつかあるものの、十二歳という年齢を考えれば妥当なのだろう。

 

 

それに、あの父が自分のために一つ一つ決まりごとを考えたのだと思うと、少し微笑ましくもあった。

そうして念願の自由を勝ち取ったレオヴァは、この日も一人で島を探索していた。

しかし――。

 

「……何もないな」

思わずそう考えてしまうほど、退屈な島だった。

町と呼べそうな場所へ足を運んでも、建物の多くは半ば廃墟と化している。

通りを行き交う人々の顔にも活気はなく、虚ろな目をした者が目立った。

 

その一方で、柄の悪い集団だけは至るところにいる。

どう見ても治安は良くない。

珍しい生き物がいるわけでもなく、目を引く景色や物があるわけでもない。

しばらく歩き回ってみたものの、とうとう興味を引かれるものは見つからなかった。

 

さすがに飽きてきたレオヴァは、来た道を引き返して船へ戻ることにした。

ログが溜まるまで、あと二日。

…まだ二日もあるのか。

小さく溜め息をつき、この島で残りの時間をどう潰そうかと考えながら歩いていた時、少し先から騒々しい男達の声が聞こえてきた。

 

 

「おい! このガキで間違いないんだな?」

「はい、こいつです!」

「へい!このガキが新入りを殺って おれらの飯を奪ったガキですぜ旦那!」

 

何事かと視線を向ける。

若い男が数人と、中年とおぼしき男達。

その中心には、一人の子どもが立っていた。

 

子どもといっても体格は良い。

周囲の男達から刃物を向けられているというのに、声を上げるどころか逃げようともしなかった。

 

「…………」

「よし ……おいガキィ!黙ってねぇで謝罪の言葉ぐらい言えねぇのか~?」

「…………」

「ビビっちまって声もでねぇらしいぜ旦那ぁ!!」

 

男達が面白がるように笑う。

それでも子どもは何も答えない。

 

「こんなことになったのもテメェのせいだ

 恨むならテメェの馬鹿さを恨めよ~」

「たく、気色悪ぃガキだ…! さっさと殺せ!!」

 

とうとう刃物を手にした男達が、子どもへ襲いかかった。

少し離れた場所からその光景を見ていたレオヴァは、呆れたように息を吐く。

 

……本当に治安が悪い島だな。

事情は知らないが、自分から関わる理由もない。

下手に首を突っ込んで絡まれるのも面倒だと、隣にあった脇道へ入ろうとした――その瞬間だった。

 

鈍い衝撃音が響いた。

振り返ると、襲いかかっていた男の一人が勢いよく地面へ転がっている。

殴り飛ばしたのは、あの子どもだった。

続いて別の男が刃物を振り上げる。しかし、子どもは怯むことなく真正面から懐へ飛び込み、そのまま拳を叩き込んだ。

大人の身体が吹き飛ぶ。

 

「……」

立ち去りかけていたレオヴァの足が止まった。

銃声が響いた。

弾丸が子どもの身体を捉える。

さらに、別の男が突き出したナイフが肉へ食い込んだ。

それでも止まらない。

痛みがないわけではないだろう。傷口からは確かに血が流れている。

 

にもかかわらず、子どもは武器を持った大人達へ向かって真っ直ぐ突っ込み、力任せに拳を振るい続けた。

そんな異様な姿に男達も次第に動揺し始める。

 

そして、その動揺を立て直す間もなく、一人、また一人と地面へ叩き伏せられていった。

最後には中年の男まで倒れ、先ほどまであれほど騒がしかった一帯が静まり返る。

 

……強い。

少なくとも、普通の子どもの力ではない。

レオヴァが僅かに目を見張りながらその光景を眺めていると、男達を倒した子どもがこちらへ顔を向けた。

そのまま、倒れている男の身体を気にすることもなく踏み越え、レオヴァの方へ歩いてくる。

 

こちらに用でもあるのか、そう思ったのも束の間。

子どもの足が地面を強く蹴った。

 

距離が一気に縮まる。

その体格からは想像し難い速度で飛び込んできた子どもが、そのままレオヴァの顔面を目掛けて拳を振り抜いた。

 

「!?……おい、なんのつもりだ。」

 

咄嗟に身をずらし、迫ってきた拳を躱す。

拳は空を切ったものの、子どもは止まらない。

 

「……てき は誰だろうと、たおす……!」

「おれは通りかかっただけだろう…!」

 

どうやら、先ほど倒した男達の仲間だとでも思われたらしい。

訂正する暇すら与えず、子どもは再び距離を詰めてくる。

 

先ほどの戦いを見る限り、力だけなら年齢からは考えられないほど強い。

だが、攻撃そのものは分かりやすかった。

 

 

真っ直ぐ突っ込んで、殴る。

避けられれば、また追いかけて殴る。

速さも力もある一方で、やっていることはひどく単調だった。

父との組手で、散々無茶な攻撃を相手にしてきたレオヴァにとって、軌道を読むことは難しくない。

 

振るわれる拳を躱し、距離を取る。

それでも子どもは諦めず、何度も食らいついてきた。

傷を負った身体で力任せに動き続ければ、当然消耗する。

やがて呼吸が荒くなり、最初の勢いにも陰りが見え始めた。

 

その隙をレオヴァは逃さなかった。

攻撃の手が鈍った瞬間に踏み込み、動けなくするため何発かを続けて叩き込む。

まだ自分より年下だろう子どもを殴ることに、罪悪感がないわけではない。

だが、向こうから襲いかかってきた以上、このまま追い回されるわけにもいかない。

 

それに――今の自分だって子どもだ。

ナメられるわけにもいかないだろう。

そう自分を納得させながら、レオヴァは動きを止めた相手から少し距離を取った。

 

「…クソ……こんなとこで…くたばってたまるか…!

 強くなって…ぜんぶ…こわす!!」

 

地面に倒れた子どもの口から、掠れた声が漏れた。

まだ意識がある。

レオヴァは思わず目を瞬かせた。

 

「…まだ意識があるのか。

 腕の関節は外したし、急所にも入れたが……タフだな…いや、おれの力が弱いのか?」

「う……ハァ……ッ…」

 

荒い呼吸を繰り返しながら、それでも子どもは意識を手放さない。

 

 

随分と頑丈だ。

感心する一方で、レオヴァは自分の拳へちらりと視線を落とした。

父なら、きっともっと簡単に終わらせている。

そう考えると、自分の力不足を感じて少しばかり落ち込む。

 

「まぁ、どっちにしても追ってこられても困るからな、寝てもらおう。」

 

レオヴァは動けなくなった子どもの傍へ歩み寄ると、その頭へもう一発を入れた。

 

今度こそ、子どもの身体から力が抜けた。

呼吸が続いていることを確かめ、完全に気を失ったと判断したレオヴァは立ち上がった。

少々妙なことにはなったが、これ以上ここにいる理由もない。

そのまま少年を残し、船へと戻ることにした。

 

 

─────────────────────────────────

 

 

 

船へ戻ると、聞き慣れた声が真っ先にレオヴァを出迎えた。

 

「よぉ~~!レオヴァ~~!!

 島はどうだったよ?」

 

振り向けば、そこにはいつも通り上機嫌なクイーンがいる。

島を歩き回った末の感想など、考えるまでもなかった。

 

「正直なにもない島だった……」

 

「ムハハハ~! だから言っただろ~?

 おれは今からショータイムだ!!やることねぇならレオヴァも見に来いよ~!!」

 

クイーンは楽しげに笑いながら誘ってくるが、その横からすぐさまキングの低い声が割り込んだ。

 

「おい、あのくだらねェ遊戯に巻き込むな。

そもそもテメェと違ってレオヴァ坊っちゃんはやることがある」

 

案の定、クイーンの表情が変わる。

 

「あ"~? くだらねェ遊戯だァ!?

テメェの趣味の方がよっぽど“くだらねェ遊戯“だろうが!!変態野郎!!!」

 

「なんだと…? おれのアレは仕事と実益を兼ねてんだ!! テメェの馬鹿騒ぎとは違ェんだよ…!!」

 

まだ顔を合わせたばかりだと言うのに、二人の間には早くも険悪な空気が漂い始めている。

レオヴァはその様子を見ながら、思わず眉を下げた。

 

「テメェにゃ盛り上げることなんて出来ねェからな~? 

ま!精々じめじめしたところで独りでニヤニヤしとけ!!」

 

「騒ぐことしか出来ねぇ能無し野郎が…!!」

 

互いに一歩も引かず、睨み合う。

 

このまま放っておけば、口喧嘩だけでは終わらないことをレオヴァは嫌というほど知っている。

つい先ほどまで思い返していた、町を巻き込んだ喧嘩の数々が脳裏を過った。

 

「はぁ…キング、クイーン…! 落ち着いてくれ!

 ここで暴れたら父さんにどやされるぞ?」

 

カイドウの名を出すと、さすがに二人の勢いが僅かに鈍った。

 

「う………そりゃ困るぜェ~ レオヴァ~~」

「…確かに此処でやるべきじゃねぇな……」

 

どうにか収まったらしい。

レオヴァは内心で安堵しながら、そういえばと思い出してキングへ顔を向けた。

 

「それにキングは午後から航海術の勉強付き合ってくれる約束だっただろ」

 

「あぁ、そうだったなレオヴァ坊っちゃん。

そういう訳だ、クイーンのアホに付き合ってる暇はねェんだ。

 わかったら、さっさと行け。」

 

せっかく落ち着きかけていた空気が、再び揺らぐ。

 

「あ"ぁ"!? レオヴァ!そいつと居ると録でもねぇ知識しか付かねぇぞ! おれの部下にも航海士がいるからそいつにしとけ!」

キングの視線がゆっくりとクイーンへ向いた。

 

「…おれよりもソイツの方が出来るって言いてぇのか?」

 

低くなった声に、レオヴァは嫌な予感を覚える。

だが、クイーンはそんなものを気にする様子もなく、愉快そうに笑った。

 

「ムハハハハハ~~!

だから そう言ってんだろうがよォ~!!」

 

二人の間に、再び目に見えそうなほど険悪な空気が張り詰める。

 

「クイーン…! キング! 頼むから暴れるな…!!」

 

ほとんどスイッチの入りかけていた二人を何とか宥めることに成功し、レオヴァはようやく航海術の勉強をするため部屋へ戻った。

 

その後はキングに航海術を教わり、夕方からはいつものようにカイドウとの組手へ向かう。

島では退屈していたはずなのに、船へ戻ってからは随分と慌ただしい一日になった。

 

そして、一日の終わり。

疲れた身体を休めながら、レオヴァは全身に残る鈍い痛みに顔をしかめた。

─── あぁ…身体中が痛い……

 

─────────────────────────────────

 

 

翌朝。

 

 

まだ昨日の組手の痛みが身体のあちこちに残っていた。

寝台から身体を起こすだけでも筋肉が軋むような感覚があり、レオヴァは僅かに顔をしかめるが、いつまでも寝ているわけにはいかず、気合いを入れて立ち上がった。

 

部下達が運んできてくれた朝食を、いつものように一人で食べる。

父が起きていれば一緒に食卓を囲むこともあるが、父が朝早くから起きていることはそう多くない。そのため、朝食は一人で済ませることの方が多い。

食事を終える頃には身体も少しほぐれてきた。

 

このまま軽く身体でも動かしに行こうか。

そう考えながら外へ出たレオヴァの耳に、いつもより騒がしい声が聞こえてくる。

視線を向けると、船員達が島から運び込んだらしい物資を積み込んでいる。

だが、何か問題でも起きたのか、何人もの男達が慌ただしく動き回っていた。

 

「どうした? なにかあったのなら手伝うが…」

 

突然声を掛けられた船員が、びくりと肩を跳ねさせる。

 

「うぇ!? れ、レオヴァ様!?

あー いや、これは、そのッ……!」

 

「ん?」

 

妙に歯切れが悪い。

その様子を不思議に思いながら周囲へ目を向けると、積み上げられていた物資箱のいくつかが壊れ、近くには船員が何人か倒れていた。

ただ荷物を運んでいただけにしては、明らかに様子がおかしい。

 

「なにがあったんだ?」

 

改めて尋ねると、船員は気まずそうに頭を掻いた。

 

「その…突然 船の中に入ろうとする奴が現れやして…

なんの用かと聞いてもロクな返事はねぇし"会わせろ" としか言わねぇもんで…

それで追い返そうとしやしたが、暴れられちまって…すいやせん……」

 

どうやら、外から勝手に乗り込もうとした者がいたらしい。

周囲の被害を見る限り、随分と派手に暴れたようだ。

 

「そうだったのか、災難だったな……被害は少ないんだ。

そんなに気落ちすることもないと思うぞ?

で、その暴れた奴はどうしたんだ?」

 

「ありがとうごぜぇます……!

暴れた奴はなんとか取り押さえたンですが…ッ!?

おい!お前らなにやってる!しっかり抑えねぇか…!」

 

男の表情が突然変わった。

視線の先では、複数の船員が一人の侵入者を押さえ込もうとしている。

しかし次の瞬間には、その包囲が乱れた。

取り押さえられていた者が力任せに船員達を振り払い、そのまま真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。

 

「レオヴァ様……!!」

 

船員の顔から血の気が引いた。

レオヴァを庇おうと慌てて前へ出る。

だが、その足はすぐに止まった。

 

「…おまえ……!」

 

レオヴァも驚きに目を見開く。

こちらへ突っ込んできたのは、昨日の少年だった。

あれほど痛めつけ、最後には気絶させたはずなのに、もう動けるまで回復しているらしい。

船員達が身構える中、少年はレオヴァの目の前まで来ると急に足を止めた。

 

そして。

片膝をついた。

予想外の行動に、庇おうとしていた船員の口から『へ?』と間の抜けた声が漏れる。

 

「さがしてた……! アンタと一緒にいきたい…!

─── この船に乗せてくれ!!」

 

まっすぐ見上げてくる少年の目に、敵意は見えない。

昨日は問答無用で殴りかかってきた相手だというのに、今日はわざわざ船まで追ってきて、一緒に行きたいと言っている。

レオヴァは少し考えてから尋ねた。

 

「……怒って仕返しに来たワケじゃないのか?」

 

「おこる…?」

 

少年は意味が分からないとでも言いたげに首を傾げる。

 

「昨日の事を怒ってないのかって事なんだが」

 

そう説明すると、ようやく理解したらしい。

少年の表情がぱっと変わった。

 

「昨日…! すごかった!今まで おれァ 負けたことなかった!けど、負けた……はじめてだ、アンタはすげぇ!

おれも強くなりてぇ! 力仕事、できる!つれてってくれ…!」

 

どうやら本当に、昨日のことを恨んでいるわけではないようだ。

それどころか、自分を倒した相手だからこそついて来たらしい。

随分と単純というか、素直というか。

レオヴァは僅かに肩の力を抜いた。

 

「…怒ってはないみたいだな。

父さん…この船の船長には話してみるが絶対連れて行けるとは限らないぞ?」

 

「あぁ……!それでもいい!だめでも、泳いでついてく…!」

 

即答だった。

 

「泳いでっておまえ…

 そういえば、名前は? おれはレオヴァ。」

 

そういえば、昨日は名前すら聞いていなかった。

少年は教えられた名を確かめるように繰り返す。

 

「レオヴァ…さん……!

おれは、ジャック!」

 

その名を聞いた瞬間。

レオヴァの思考が止まった。

……ジャック?

今、この子どもはジャックと言ったのか。

 

改めて少年を見る。

原作でもジャックは二十八歳と、他の大看板と比べればかなり若かったはずだ。

そう思って観察すると、口元から覗く歯は鋭く尖っている。

昨日の異常なまでの腕力と頑丈さも思い出された。

魚人……なのか?

魚人にあるらしい水掻きは確認できないが、必ずしも純粋な魚人とは限らないのかもしれない。

 

「ジャックは、魚人なのか?」

 

何気なく尋ねたつもりだった。

だが、その言葉を聞いた途端、ジャックの表情が僅かに曇る。

 

「……たぶんそう…だ。…海で息、できる。

 …やっぱり…ぎょじんは……だめなのか…?」

 

消え入りそうな声音だった。

先ほどまで真っ直ぐこちらを見ていた視線も、不安そうに揺れている。

その反応を見た瞬間、レオヴァは自分の失言に気付いた。

 

「いや!駄目じゃねぇ!!

…悪い。少し声が大きかったな。」

 

思わず大声で否定してしまった。

ジャックの様子を見る限り、これまで魚人であることを理由に何か言われてきたのだろう。

 

原作の世界に魚人への差別が存在することは知っていた。

それなのに、何も考えず軽率に聞いてしまった。

駄目ではないと分かった途端、ジャックの表情から目に見えて緊張が抜ける。

 

その様子を見れば見るほど、レオヴァの中に罪悪感が押し寄せた。

……すまない、ジャック。

絶対に父さんは説得するからな。

 

「じゃあ、おれは この件について父さんと話してくる。」

 

そう言って踵を返そうとすると、近くで様子を見守っていた船員が慌てて声を上げた。

 

「え、 レオヴァ様…!?

 本当にこんなガキ連れてくんですかい!?」

 

「まだ父さんの許可がないから、なんとも言えないが……おれは連れて行きたい。」

 

レオヴァがはっきり答えると、船員は少し困ったように眉を下げた。

 

「ま、まぁ…レオヴァ様がいうなら……」

 

完全に納得したわけではなさそうだが、それ以上反対するつもりもないらしい。

 

「そういう訳だ。他のみんなもジャックを捕えようとしなくて良いぞ。

 そうだジャック! お前は力があるんだし荷運びを ここに居る者たちとやっててくれないか?」

 

「…もちろんだ! 」

 

頼まれた途端、ジャックは力強く頷いた。

 

「了解だぜ坊っちゃん~!」

 

周囲の船員達も返事をし、つい先ほどまで取り押さえようとしていた少年を交えて、再び物資の積み込みを始める。

ジャックは早速、大きな荷物へ手を掛けていた。

その姿を横目に確認すると、レオヴァは今度こそカイドウのもとへ向かった。

 

絶対に父さんを説得してみせる。

そう意気込んでいたレオヴァだったのだが――。

 

 

結果から言えば、その覚悟は完全に空振りに終わった。

ジャックを連れて行きたいと伝えたところ、カイドウは驚くほどあっさり了承したのである。

もっと色々と聞かれると思っていたレオヴァは、思わず父の顔を見返した。

 

「……え、父さん…本当に良いのか?」

 

「レオヴァがそうしたいなら構わねぇ

 お前はおれの息子なんだ、好きにすりゃいい!」

 

迷いのない返事だった。

レオヴァが望むのなら、それで良い。

ただそれだけらしい。

 

「ありがとう 父さん!

 ジャックの面倒はおれがみるよ」

「そうだなァ、お前は歳に見合わねぇくらいしっかりしてる……したいようにやれ。」

 

カイドウから許可を貰い、レオヴァは素直に顔を綻ばせた。

 

念のため、ジャックが魚人らしいことについても伝えた。

それに対して返ってきたのは、

"強くなりゃ関係ねえ"

という、実にらしい答えだった。

少なくとも種族を理由に拒むつもりはないらしい。

 

さすが父さんだ。

……単に種族そのものに興味がないだけかもしれないが。

 

理由はどうあれ、ジャックが魚人であることは何の問題にもならなかった。

こうして“ジャック”は、百獣海賊団の一員となった。

もっとも、まだ幼いこともあって立場は海賊見習いである。

 

昨日まで名前すら知らなかった少年が、これから自分の知る“旱害のジャック”になっていく。

一体どうやって、あの姿まで成長していくのだろうか。

今のレオヴァには、まだ想像もつかなかった。

 

─────────────────────────────────

 

 

ジャックが入団してから、一か月が過ぎた。

共に生活するようになったことで、レオヴァにも少しずつ少年のことが分かってきた。

 

まず判明したのは、ほとんど野生児と言っていい生活を送ってきたらしいことだ。

食事を用意すれば、フォークやスプーンを使わず何でも手で掴もうとする。

知らない言葉も多いようで、最初の頃は簡単な会話でも意図が上手く伝わらないことがあった。

 

力加減も、まだまともに出来ていない。

魚人は人間の十倍ほどの腕力を持つという話は本当らしく、ジャック自身はまだ子どもだというのに、何かの拍子に大人の船員を簡単に吹き飛ばしてしまうことがある。

ある時などは、力を入れすぎて食器を壊してしまい、砕けた皿を前にしょんぼりと佇んでいた。

 

年齢は、おそらく五歳ほど。

本人へ尋ねたこともあるが、自分が何歳なのか分からないと言われたため、正確なところは不明だった。

 

そんな育ち方をしてきたジャックだが、性格そのものは驚くほど素直で真面目だった。

最近レオヴァと始めた基礎的な勉強にもきちんと耳を傾け、分からないことがあればそのままにせず聞いてくる。

正直、こんなに良い子だとは思っていなかった。

前世で知っていたジャックといえば、ミンク族の国で暴れ回っていた凶暴な大男という印象が強い。

 

その人物と、今目の前にいる素直な五歳ほどの少年。

どうにも結びつかない。

だが、その大きなギャップも含めて、ジャックが船へ来てからの日々をレオヴァは楽しんでいた。

 

まるで弟が出来たような感覚だった。

その日も、レオヴァは机へ向かい、ジャックに使わせるための学習用ノートを作っていた。

今日教える内容を確認しながら書き進めていると、扉を控えめに叩く音がする。

 

「レオヴァさん……入っていいか…?」

 

聞こえてきた声に、レオヴァは手を止めた。

 

「あぁ、入って良いぞ」

返事をすると、扉がゆっくりと開く。

 

「失礼する……ます」

 

まだ使いこなせていない丁寧語で挨拶をしながら、ジャックがぺこりと頭を下げて入ってきた。

その姿を見たレオヴァは、僅かに眉を上げた。

 

 

「時間ぴったりだ、ジャック。

…………ずいぶんボロボロだな、今日はキングの日だったか?」

 

身体のあちこちに傷が増えている。

多少の怪我なら珍しくないとはいえ、今日はいつも以上に酷かった。

 

「はい、キングの兄御にたたかい方教えてもらった……です!」

 

敬語を使おうとしているらしいが、まだところどころ怪しい。

それでも得意げに報告する姿に、レオヴァは小さく笑った。

 

「ふふふ…そうか。 手当てしないとな。」

 

「これくらいなら、大丈夫だ…です。」

 

ジャック本人は平然としているものの、レオヴァから見ればそのまま放っておける状態ではない。

大丈夫だと言い張るジャックをどうにか言いくるめ、二人で医務室へ向かった。

 

 

手当てを終えた後は、予定していた今日の分の勉強を進める。

ジャックは相変わらず真面目に話を聞き、分からない部分では何度か質問をしながら、最後まできちんと学習を終えた。

 

 

それを見届けると、レオヴァも自分の予定へ戻る。

次は、ほとんど日課となっているカイドウとの組手だ。

必要なものを片付け、レオヴァは父の部屋へ向かって歩き出した。

 

いつも通りの一日。

ジャックが加わったことで少し賑やかにはなったものの、それ以外には特別変わったこともない。

少なくとも、この時のレオヴァはそう思っていた。

 

しかし――。

この時のレオヴァはまだ、これから起こる重大な出来事をすっかり忘れていたのだった。

 

 

 

 

 




アンケートよろしくお願いいたします。
次の話しが投稿出来たらそこでアンケート終了する予定です。

すでにアンケートに答えてくださった皆々様。本当にありがとうございます。とても助かります。
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