レオヴァは今、第二の人生が始まって以来と言っていいほど焦っていた。
きっかけは、前世から持ち越した原作の記憶だった。
この世界で十二年を過ごすうちに、かつて読んだ物語の記憶には少しずつ靄がかかり始めている。
大きな出来事ならまだ覚えているものの、それがいつ、どの順番で起きたのかとなると曖昧な部分も多い。
それでも、今の状況と記憶を照らし合わせれば、一つだけ気になることがあった。
……もうすぐ、ワノ国と父さんが取引をする時期だ。
原作のワノ国編で、ジャックは二十八歳だった。
そして、ワノ国に百獣海賊団が後ろ楯としてついたのが、その二十年前だったはずだ。
今、ジャックは五歳ほど。正確な年齢は本人にも分からないため多少の誤差はあるだろうが、それを基準に考えるなら、あと二年から四年ほどで百獣海賊団はワノ国へ向かうことになる。
その時、レオヴァ自身も十四~十六歳ほどになっている計算だ。
ワノ国との取引そのものが嫌なわけではない。
むしろ、百獣海賊団にとって条件の良い場所だとレオヴァは考えていた。
今でもいくつかのナワバリは持っているが、ワノ国ほど質の良い武器を作れる場所はなかなかないだろう。
それに、現在の拠点は海軍や敵対する海賊に狙われることも珍しくなく、厄介なことにカイドウや幹部達が不在の時を狙って攻めてくる者までいる。
その点、ワノ国は外から簡単に侵入できる土地ではない。
鎖国国家であるため、中の情報は外へ漏れにくく、反対に外の情報もほとんど入ってこない。
拠点として考えるなら、百獣海賊団にとって都合の良い条件が揃っている。
問題は、そこではなかった。
今の百獣海賊団は、どうにも層が薄い。
所属している海賊の数そのものは、それなりに増えている。だが、肝心の実力という点で見れば不安が残った。
カイドウ。
キング、クイーン。
そして――その三人に続くのが、まだ十二歳の自分だ。
もちろん、レオヴァ自身もこれまで海戦へ参加し、少しずつ力をつけてきた。
それでも、これからワノ国へ進出することを考えれば、今の戦力で十分だとは到底思えない。
原作で幹部を務めていた飛び六胞も、まだ一人もいなかった。
そういえば“大看板”という呼び名すら、今はまだ使われていない。
……あれは、いつ命名されるのだろうか。
名称がなくとも、キングとクイーンがカイドウの下で幹部として扱われていることに変わりはない。今気にするべきは呼び名ではなく、純粋な戦力の不足だった。
部下達を鍛えることも考えたが、それだけでは限界がある。
悪魔の実を与えて戦力を底上げする方法もある。
しかし、悪魔の実はそこらに転がっているようなものではなく、数を揃えようと思えば現実的とは言い難い。
原作では、確か人工的な悪魔の実まで作られていたはずなのだが――。
誰だったか。
そこまで考えて、レオヴァは眉間へ皺を寄せた。
……思い出せない。
誰かが作っていたことまでは覚えている。
それなのに肝心の人物だけが、どうしても記憶から出てこない。
覚えてさえいれば、探し出して連れてきて作らせるという手もあったのに。
薄れていく原作知識を今さらどうすることもできず、レオヴァは小さく息を吐いた。
不甲斐ない。
だが、思い出せないものにいつまでも頭を悩ませていても仕方がない。
今、自分にできることをやるしかないのだ。
ワノ国へ向かうまで、まだ多少の時間はある。
その間に自分自身も。
そして百獣海賊団も。
出来る限り強くする。
そう決めたレオヴァは、それから自分と海賊団の戦力を高めるため、これまで以上に動き始めた。
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それから一年。
レオヴァは悪魔の実に関する情報を集める一方で、クイーンからウイルスについて様々な知識を教わるようになっていた。
最初は海賊団を強化する方法の一つとして学び始めたに過ぎなかったが、実際に教えを受けるうちに、改めて気付かされたことがある。
クイーンという男は、おそらく“天才”と呼ばれる部類の人間なのだろう。
本人が“絡繰魂”と呼んでいる便利な道具を次々と作り出し、その一方では人間へ高い殺傷能力を発揮するウイルスまで生み出している。
知識だけ持っていれば出来ることではない。
仕組みを理解し、組み合わせ、実際に形へするだけの技術まで持っている。
平凡な人間には到底真似できない芸当だ。
……まぁ、そもそも平凡な人間がウチで幹部を務められるはずもないのだが。
そんなことを考えながら、レオヴァは机の上へ並べた器具に視線を戻した。
クイーンの指導を受けながら一年。
始めた頃に比べれば、ウイルスについても随分と理解できるようになった。
そして今、レオヴァは教わった知識を利用して独自のウイルス開発を進めている。
何度も試行錯誤を重ね、調整を続けてきた結果、ようやく望んでいたものに近い形まで持ってくることができた。
あとは実際に使い、効果を確認するだけ。
そこまで来ている。
だが――。
レオヴァの手は、すぐには次の作業へ進まなかった。
研究している間は、成分や効果だけを考えていれば良かった。
しかし、実験となれば話は別だ。
今回作ったものは、敵へ使用するためのウイルスではない。
狙っている効果は、感染した者が本来持っている潜在能力を強制的に引き出し、同時に痛みを一時的に感じにくくさせるというものだった。
一定時間が経過すれば体内のウイルスそのものが死滅し、強化された状態も解除される。
――少なくとも、想定では。
つまりこれは、味方を一時的に強化するためのウイルスだ。
当然、効果を確かめるには味方へ使用する必要がある。
そこが、どうしても引っ掛かっていた。
理論上は問題ない。
だが、実際に人間へ使った時に、想定通りの結果になる保証はない。
特に不安なのが、投与するウイルスの量だった。
量が多すぎれば、体内から完全に死滅するまで余計な時間がかかる。その間、身体へ強い負荷が掛かり続ければ、後遺症が残る可能性もあった。
かといって少なすぎれば、今度は効果の持続時間そのものが短くなる。
強制的に能力を引き出した結果、体力だけを余計に消耗させ、まともな戦果も上げられないまま終わる可能性もある。
どちらに偏っても意味がない。
レオヴァは実験用の器具を見つめながら、しばらく考え込んだ。
やはり最初は、量を少なめにした方がいいだろうか。
効果が弱ければ、そこから増やしていけばいい。
逆に多すぎた場合、取り返しがつかなくなる可能性がある。
そう考え、調整へ手を伸ばしかけた時だった。
バンッ、と勢いよく扉が開いた。
突然響いた大きな音に、レオヴァの肩が僅かに揺れる。
「ムハハハハハ~~♪ よぉ、レオヴァ~~!!
最近籠りっぱなしじゃねぇか!
カイドウさんとこに顔出してんだろうなァ~~?」
聞き慣れた大声と共に、クイーンが遠慮なく部屋へ入ってくる。
レオヴァは手元を確認してから、ゆっくりと顔を上げた。
「クイーン…せめてノックくらいしてくれないか?
突然大きな音をたてられると手元が狂うかもしれないだろ…
父さんとは少なくとも夜は一緒に食べてるし、組手の相手も時間がある時はしてもらってるから問題はない。」
実験器具の並んだ机を前にしているのだから、もう少し気を遣ってほしい。
そんなレオヴァの苦言にも、クイーンは特に悪びれる様子を見せなかった。
「なら良いんだけどよ~~
な~んか最近、ピリピリしてる気ィするんだよな~」
「そうか? 昨日の晩飯の時は上機嫌だったが
……いや、あれは笑い上戸だったからか…?」
昨夜のカイドウを思い出し、レオヴァは少し考える。
「にしても、レオヴァが こう何日も船から出ねぇのも珍しいな
いつも島につくと一番に出てくのによォ」
クイーンの言葉に、レオヴァは僅かに首を傾げた。
「…なに? もう次の島についてたのか…!」
「えぇーー…気づいてなかったのかよ」
今度はクイーンが呆れた顔をする。
言われてみれば、航海中とは違って船の揺れも穏やかだった。
いつ到着した?
記憶を辿ってみると、誰かから何かを報告されたような気もする。
「そう言えば確かに島についたみたいな事を言われたような……気がしないでもないな…」
「何か集中すると周りの声が聞こえなくなるのはカイドウさん似かよ……」
その言葉を聞いた途端、レオヴァの口元が自然と緩んだ。
“カイドウさん似”と言われて嬉しくないはずがない。
一方で、わざわざ到着を知らせに来てくれたであろう部下の話をまともに聞いていなかったことは、素直に反省するべきだろう。
次からは気をつけよう。
そんなレオヴァを眺めていたクイーンが、ふと思い出したように口を開く。
「今回の島は変わったデカイ町があるぜ?
島独自の文化とか好きだろ。
見に行かなくて良いのか?」
ぴくりと、レオヴァの反応が変わった。
「大きな町か…! 地形や気温はどうなんだ? 発展していると言うことは過ごしやすい気候なのだろう?
歴史はどれくらいだろうか……大きいということはそれなりに長い時間をかけて出来た町なはず…なら何か伝統芸能や特産品がある可能性が高いな!!
よし!早速向かわせてもらおう!
…………いや、駄目だ…危ない。誘惑に負けるところだった……
クイーン、教えてくれてありがとう。
すまないが今日はまだ やることがある……後日にするよ」
勢いよく立ち上がりかけた身体が途中で止まり、そのままゆっくりと椅子へ戻っていく。
興味を引かれたのは事実だった。
むしろ、今すぐにでも行きたい。
知らない文化に、特産品。長く続いている町なら、そこでしか見られないものもあるかもしれない。
だが、今は研究の途中だ。
どうにか誘惑を振り切ったレオヴァとは対照的に、クイーンは目を丸くしていた。
「お、おぉ……お前急にテンション上がる時あるよなァ
びっくりするぜ…」
「す、すまない…恥ずかしい所を……以後気をつける。」
興味のあるものを前にすると、どうにも抑えが利かなくなる時がある。
自覚はあるだけに、改めて指摘されると少し恥ずかしい。
だがクイーンは、気にする必要などないとでもいうように笑った。
「いいんじゃねぇか? なにより我慢なんてつまらねぇ…!
やらなきゃならない事ってのは急ぎなのか?
手伝ってもいいぜ?」
「急ぎ…といえば急ぎだな。
今度ウイルスの実験をするだろ?
それの微調整をやってるんだが……」
レオヴァが机の上へ視線を戻すと、クイーンも並べられた器具を覗き込んだ。
「おいおい…! まだやってんのかよ!?
そりゃ調整は大事だが、実験してねぇのに調整したって意味ねぇぞ?
実際使ってみないと効果がどう出るか正確にわかるワケじゃねぇし」
痛いところを突かれた。
理屈では、レオヴァにも分かっている。
どれほど計算し、想定を重ねたところで、実際に使用して初めて分かることは必ずある。
それでも。
「それは解ってる。だから少しウイルスの量を減らしてみようとしてたんだ。
多いと危険だしな…」
「え!? 減らしちまうのかよ?
多い方が絶ッ対おもしろいぜ!?」
クイーンの目が楽しげに輝いた。
「面白さは求めてねぇ…!!」
思わず即座に否定する。
実験である以上、好奇心がないわけではない。
だが、今回使う相手は敵ではなく、同じ船に乗っている部下達なのだ。
面白ければ良いという話ではない。
「真面目かよ…!?
いや、けど良く考えてみろよ!
少ない量で実験するより多少、多めな量で少しずつ減らすってやり方のが効率良くねぇか?」
レオヴァはすぐには答えず、クイーンの言葉を頭の中で組み立て直した。
確かに、理屈そのものは間違っていない。
少ない量から始めれば、安全性は高い。
その一方で十分な効果が出なければ、何度も条件を変えて実験を繰り返す必要がある。
ある程度効果が見込める量から始め、結果を見ながら減らしていく。
それなら適量に辿り着くまでの試行回数は少なく済むかもしれない。
「まぁ…確かに。」
「だろ~? そんなに気負うなよ~~」
軽い調子で言うクイーンに対し、レオヴァの表情は完全には晴れなかった。
「ウチの部下に後遺症が残るかもしれないんだぞ…?
そりゃ慎重にもなるだろ…」
失敗すれば、実験に協力した部下の身体へ影響が残る可能性がある。
そのことを考えれば、慎重になりすぎるくらいで丁度良いとレオヴァは思っていた。
しかし。
その言葉を聞いたクイーンは、何とも言えない表情でレオヴァを見つめた。
「レオヴァ……おまえ…」
一拍。
『優し過ぎじゃねぇか!?頭でも打ったのか!?』
とクイーンが叫ぶのと、
『足手まといになられちゃ困るだろ…』
とレオヴァが呟くのは、ほとんど同時だった。
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結局その後、レオヴァはクイーンの理詰めに押し切られた。
今の状態でこれ以上机に齧りついていても、実験をしなければ先には進めない。
しかも根を詰めすぎていると判断されたらしく、最後には半ば強制的に自室から追い出されることになった。
さらに、見張り役としてジャックまでつけられている。
もっとも“見張り”とはいっても、レオヴァがまた研究へ戻って籠もらないようにするためのものだろう。
そこにはクイーンなりの気遣いもあるのだと思う。
……実験を派手にやりたいという欲も、かなり混ざっていそうだが。
ともあれ、そうして久しぶりに外へ出たレオヴァを待っていたのは、想像していた以上の景色だった。
船上から町へ目を向けた瞬間、思わず足が止まる。
日が沈みきったばかりの街には無数の灯りが点り、それぞれの光が通りや建物を柔らかく照らしていた。港から見える範囲だけでも人通りは多く、遠くからは賑やかな声や音楽まで聞こえてくる。
昼間とはまた違う顔を見せる大きな町が、幻想的な光に包まれていた。
レオヴァはしばらくその景色を眺め、感嘆の息を漏らした。
「…おぉ……これは外に追い出してくれたクイーンに礼を言うべきだな…」
隣にいたジャックが、その言葉を聞いて思い出したように口を開く。
「…クイーンの兄御は葉巻が欲しいそう…です。」
「そうか! なら観光ついでに探すとしよう。
……それにしても悪いな ジャック。
クイーンとの組手が終わったばかりで疲れてるだろ?」
改めて見れば、ジャックの身体には今日の訓練でついたらしい傷や汚れが残っている。
それでも本人は気にした様子もなく、首を横に振った。
「おれが弱ェから兄御たちとは組手にもなってねぇです…
それにレオヴァさんの護衛を任されたんだ がんばれる…!」
前のめりに答える姿に、レオヴァの表情が僅かに和らぐ。
「ふふ…わかった。ジャック、護衛頼んだぞ?」
「あぁ…! まかせてくれ! 」
ジャックは拳を強く握り締め、気合いを入れるように胸元へ構えた。
その姿を微笑ましく思いながら、レオヴァは船を降りる。
二人は並んで港から町へと向かった。
港の近くにある商店街は、夜になっても活気に満ちていた。
道の両脇には様々な店が軒を連ね、その間を埋めるように屋台まで並んでいる。
客を呼び込む声や笑い声が絶えず飛び交い、料理を焼く香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
見たことのない品物。
珍しい装飾が施された道具。
店先へ無造作に積まれた変わった本。
さらに奥には、初めて見る料理まで並んでいる。
どこへ目を向けても興味を引かれるものばかりだった。
先ほどまで研究室へ戻ることを考えていたのが嘘のように、レオヴァの頬が自然と緩んでいく。
「ふふ、ここまで良い街だとは嬉しい誤算だ…!
……だが…どこから回るべきか悩むな」
一つの店を見れば、その隣も気になる。
向こうの屋台からは美味そうな匂いが漂ってくるし、その反対側には気になる本まで並んでいる。
研究を理由に来るのを断ろうとしていた少し前の自分に、ここは来るべきだと教えてやりたいくらいだった。
そんなレオヴァの少し後ろを、ジャックが静かについて歩いていた。
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ジャックには最近、少し気になっていることがあった。
以前なら、キングやクイーンに鍛えてもらっている時、時折様子を見に来てくれていたレオヴァのことだ。
『お、熱心だなジャック。お前は努力家で偉いな。』
『その年でそれだけ強い奴もなかなかいねぇさ。焦りは禁物だぞ、ジャック。』
まだ弱い自分へ、いつもそう声を掛けてくれる。
それが嬉しかった。
だが、ここ最近はぱったりと姿を見せなくなっていた。
最初は忙しいだけだと思っていたものの、何日経っても来ない。
もしかすると、いつまでも弱い自分に呆れてしまったのではないか。
そんな不安を抱えながらクイーンへ尋ねてみたところ、どうやらレオヴァは“ういるす研究”とやらに夢中になっているらしかった。
自分に愛想を尽かしたわけではない。
それが分かった時には、ひとまず安心した。
それでも、その後もレオヴァは何週間も、下手をすれば一か月近く、ほとんど部屋から出てこなかった。
さすがに大丈夫なのだろうかと心配になっていたところで、つい先ほどクイーンから命令を受けた。
レオヴァの護衛をしろ、と。
言われた瞬間、ジャックはすぐにレオヴァの部屋へ向かった。
着いてみると、中ではクイーンとレオヴァが何やら難しい話をしていたため、邪魔をしないよう扉の近くで待つことにした。
何を話しているのかは、ほとんど分からない。
ただ、しばらくすると話はまとまったらしい。
レオヴァはどこか諦めたような顔をし、その一方でクイーンは随分と機嫌良さそうに笑っていた。
『ムハハハ~!そう言うことだ!
わかったらさっさと街にでも行けよレオヴァ~』
『はぁ…そうだな。クイーンの意見は尤もだ。
……じゃあ、街に行かせてもらう。』
そこでクイーンが、不自然に咳払いをした。
『見張り…ゲフン…ゲフンッ……間違えた、気にすんな!
あ~、護衛を呼んでおいたから連れてけ!』
『聞こえているからなクイーン!
まったく、本当にもう実験まで弄ったりしねぇってのに…
……それに、もう護衛はなくて良いって話になっただろ?』
『まぁ、護衛を見てから決めろよ。
おい!入ってこ~い!』
呼ばれたジャックは、すぐに扉を開けた。
『失礼します…』
こちらを見たレオヴァの表情が、僅かに明るくなる。
『お、ジャックか……!
ジャックなら連れていくことにする。』
その一言だけで、ジャックの胸は一気に軽くなり、組み手の疲れも吹き飛んで行った。
こうして正式に護衛を任され、レオヴァの一歩後ろを歩きながら船を降りたのだった。
街へ出てからのレオヴァは、ずっと楽しそうにしている。
店を見つける度に足を止め、気になるものがあればすぐ中へ入っていく。
先ほどまで研究室に籠もっていた人物とは思えないほど、次から次へと色々な店を見て回っていた。
当然、買う物も増えていく。
レオヴァの手に荷物が増え始めたところで、ジャックはすぐに声を掛けた。
「レオヴァさん、おれが持ちます。」
「助かる、 他にも見たいモノがあるんだ。
……今度はあの店に行こう!」
「はい」
渡された荷物を抱え、またその後ろをついて行く。
それから二人は、数えるのが面倒になるほど多くの店を見て回った。
途中、レオヴァがジャックの服も買おうと言い出した時だけは、さすがに何度も断った。
服など今あるもので十分だ。
わざわざ自分のために金を使ってもらう理由もない。
そう思って抵抗したものの、結局レオヴァが引くことはなく、ほとんど引きずられるような形で店の中へ連れて行かれた。
服屋など、生まれてから一度も入ったことがない。
並んでいる服の種類も分からず、どうしていいのか迷っている間に、レオヴァは楽しそうにあれこれ見ていた。
そうして気付けば、随分長い時間が経っていた。
そろそろ船へ戻ろうとレオヴァが声を掛け、帰りは屋台の多い通りを歩くことになった。
せっかくだからと料理をいくつか買い、二人で食べながら港を目指す。
その中でも、ジャックが一番気に入ったのは“ぞうにくの串焼き”だった。
焼けた肉へ齧りつけば、濃い旨味が口いっぱいに広がる。
これまで食べたものの中でも、かなり美味い。
思ったままレオヴァへ伝えると、なぜか一瞬だけ驚いたような顔をされた。
だが、すぐにいつもの表情へ戻る。
『なら今度は一緒にゾウ肉のステーキでも食べてみるか。』
笑いながらそう言ってくれた。
ジャックも迷わず頷いた。
今日は、今までの人生で一番楽しい日だ。
買い物というもの自体、ほとんどしたことがなかった。
店へ入って商品を選ぶことも、屋台で好きなものを買って食べながら歩くことも、全部初めてだった。
だが、そのほとんどをレオヴァが払ってくれている。
それだけは少し心苦しい。
自分にはまだ返せるものがない。
なら、もっと強くなろう。
強くなって、たくさん宝を奪えるようになったら。
今度は自分が、レオヴァにいっぱいご馳走するのだ。
腕いっぱいに荷物を抱えながら、ジャックは密かにそう決意した。
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観光は、レオヴァが思っていた以上に楽しかった。
気が利くジャックは荷物が増えればすぐに持ってくれたし、歩いている途中でレオヴァが好みそうなものを見つけると、あれはどうだと教えてくれる。
護衛として連れてきたはずなのだが、結果的には随分と助けられた。
なぜか、ジャック自身の服を買おうとした時だけは、驚くほど強く拒否された。
どうしてそこまで嫌がるのか不思議だったが、こちらも譲るつもりはなかったので、最後には半ば無理やり店へ連れて行った。
そして帰り道。
屋台で買ったゾウ肉の串焼きを美味そうに食べていたジャックを横目に、レオヴァは一瞬だけ妙なことを考えてしまった。
……マンモスなのに、ゾウ肉好きなのか。
まだ悪魔の実を食べてすらいない相手へ何を思っているのだろう。
少し失礼な気もする。
もっとも、食べてみればレオヴァ自身も普通に美味しいと思ったため、今度は一緒にゾウ肉のステーキでも食べようと約束しておいた。
研究ばかりしていたここ最近とは違い、今日は久しぶりに随分と外を歩いた。
思いがけず良い町にも出会えたし、ジャックも楽しんでいたようだ。
クイーンに部屋から追い出された時にはどうなることかと思ったが、結果だけを見れば悪くない一日だった。
――こうしてレオヴァは、また何気ない日々を過ごしていった。