悪の代名詞として名高いジェルマ
それは数年前からの知る人ぞ知る事実であり、2つの組織は利害が一致した良好な関係であると思われていた。
…そう、
しかし、水面下では違っていた。
ジェルマ王国の国王であり、科学戦闘部隊ジェルマ66の総帥ジャッジは百獣海賊団を裏切る算段を立てていたのだ。
理由は
百獣海賊団の“技術力の提供”によって息子達の大幅な強化に成功した事。
ワノ国から大量に質の良い武器を手に入れられた事。
取引によって得た情報で新たな武器の開発や、セント・ジェルマン号の大幅な改造を終えられた事。
様々な理由からジャッジはもう後ろ楯は必要ないと考え、取引関係を断ち切ろうと思い至ったのだ。
何故なら
それを渡してくれと言っても、おいそれと渡す筈もない。
百獣と取引を続けていては悲願である“
…と、なれば。
もはや敵対は必須であった。
ジャッジにとって
それに、いくら百獣海賊団が強力と言えど。
そうジャッジの頭は答えを出した。
そして、答えが出てからジャッジの行動は早かった。
ジャッジは百獣海賊団に気付かれぬ様に少しずつ、関係を断ち切る為の作戦を実行していったのだ。
……それがあんな結果を生むとも知らずに。
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夜闇の中にいる2人の男を月明かりが照らす。
総帥であるジャッジの命令を遂行する為に暗躍していたイチジだったが、今回ばかりは一人で動いていた事を後悔せざるを得なかった。
「ぐっ…ギ……なる、ほど…実力は…理解し、た。
噂ってのは…ハァ…役に立たねぇな…」
ボタボタと血を流しながらも感情のこもらぬ声でイチジは呟く。
こちらを見据えたまま動きを見せぬレオヴァを目で捉えながら、深く息を吸うとイチジは続けた。
「ハァ…フ…ぅ…確かにおれでは……いや、父上でも敵わないか。
それで、裏切りを企てた…ッ…一族のおれを殺さない理由はなんだ?
見せしめや拷問にしては……これはユルすぎる。」
呼吸を整えながらのイチジの問い掛けにレオヴァは微笑みを返す。
「ふふっ……流石だイチジ、やはり勘がいいな。
お前はあの一族の中で話が通じる相手だと思っていた。
…おれがトドメを差さない理由……それは手を組まないかと言う申し入れがしたかったからだ。」
「………手を組む…だと?
ハッ、傘下に下れの間違いじゃないのか?
…ずいぶんと馬鹿にしてくれる、例え敗北しようとも…」
「「王には王たる条理がある」」
「…だったか?
それに逆に聞くが、傘下に下れと言ったら死を選ぶだろう?」
イチジは自分が発した声とレオヴァの声が被ったことに目を見開いた。
出会ったばかりの頃に、世間話の中で一度言っただけの言葉をレオヴァはこのタイミングで出して来たのだ。
冷静なイチジが驚くのも仕方のない事だった。
イチジは驚きを隠すように表情筋を動かし、口角を上げて見せた。
「……おれにだけ話を持ってきたと言うことは、父上達は皆殺しか?」
「いや、一度は対立することにはなるが、最終的にはイチジと共に同盟として関係を再構築したいと考えている。」
「言っておくが、父上には父上のプライドがある。
関係を再構築など……」
イチジの言葉に被せるようにレオヴァは言う。
「わかっている。
ジャッジには“
だから捩じ伏せた後に再構築しようなど、無理だと言いたいんだろう?」
「…わかっているなら何故…」
「だからだ。
だからおれは
…ウチの技術力なら、お前達兄弟にかかっている“
「父上からの…枷…?
……いや…おれは、たいしてそれに魅力は感じないな。」
イチジは心底興味なさげに首を横にふった。
だが、その答えをレオヴァは分かっていたとばかりに話を続ける。
「それはそうだろう。
この話にイチジ、
まぁ、だがそういう風に
お前達兄弟はジャッジに都合の良い様にフィルターのかかった思考回路でしか判断できない……息子なんざ名ばかりの、謂わばジャッジの“人形”だ、違うか?」
いつもの笑みを消し、出会ってから一度も見たことがない表情と背筋が凍るような感情のこもらぬ声でレオヴァは問うてくる。
未だに“あのレオヴァ”とは思えぬ瞳で、狼狽えるこちらを見下ろしてくる姿にイチジは一瞬言葉を失くす。
そんなことはない、違う。
そう否定しようとしたが、無意識にイチジは口を閉じた。
本当にレオヴァの言葉に違うと言える…のか?
俺は、俺たちは
だがそれは俺たちが望んだ……そうか、最初からその思いを…いや、違う……違わない…のか?
イチジの頭の中では、今まで一度も疑問に思わなかった事がグルグルと回っている。
普段であれば、どんなことも素早く答えを導き出せる筈の自分の脳が長考していることに、イチジは意図せずギシリと歯を鳴らした。
しかし
「イチジ、難しく考え込む必要があるのか?
一度そのフィルターを取ってみれば、その頭にあるだろう疑問は解決するんじゃないか?
おれはイチジの実力を高く買ってる、だからジャッジにも見せてない顔を“今”見せたんだ。
施術をして…それでも、おれと組むのが嫌ならそれでも構わない。
イチジ、“
生涯を借り物の価値観で終わらせるのは惜しいとは思わないのか?
今、イチジがやっている研究もフィルターを外せば新しい案や道が開ける可能は0じゃない…違うか?
……おれを…ウチの技術力を利用してみるつもりはないか?」
思考の海に沈んでいたイチジはゆっくりと顔を上げて、レオヴァを見た。
サングラスの下の瞳は無感情にも見えるが、揺らいでいるようにも見えた。
「……レオヴァ、お前の言う
未知のモノを感じても尚、おれがおれであると断言するために。」
「イチジ…やはりお前は話がわかる。
……では、少しの間寝ていてくれ。」
ゾッとするような気配を感じると同時にイチジの視界はブラックアウトし、体は崩れ落ちた。
意識を失ったイチジを横目に、レオヴァは上機嫌に電伝虫の受話器を握った。
「…あー、こちらクイーン…」
「クイーン!おれだ!
さっそくで悪いが例の施術の準備を始めてくれ、ローはもう向かわせてある!」
いつにも増してテンションの高いレオヴァに電伝虫の向こう側にいるクイーンは驚きつつも、返事を返す。
「れ、レオヴァ~?
そのテンションの上がり方って、もしかして…?」
「そうだ…!
クイーンとやってきた“研究の成果”を存分に使う時だ。
ふっ…ふはははは!!楽しみだなァクイーン…!!
クイーンこそが誰よりも優れた研究者だとジャッジに教えてやれるじゃねぇか!!」
楽しみでしょうがないと言うようなレオヴァの声色に、手元の電伝虫の顔も笑みをたたえる。
「ムハハハハ~!!!
おいおいおいおい…!マジかよレオヴァ!?
ジャッジのせがれを手に入れたのかよ!!!
どれだ?赤いのと青いのと緑のが居ただろ!?」
「イチジ……色で言うならば赤いのだ!
本人が施術を受けると言ったんだ、ジャッジも文句なんざ言えねぇだろう?ふふふ…」
レオヴァの言葉に笑いが止まらないとばかりにクイーンは腹を抱えて笑う。
「ハハハハハッ~!!
っとにレオヴァ、マジでお前は最高にイカす野郎だぜェ~~!!!
流石はカイドウさんの子だよなァ!?
あのジャッジの
ア~…今からジャッジのマヌケ面が楽しみでしょうがねぇ!!
…よし、準備はこのクイーン様が完璧に整えておくから、レオヴァはその赤いジャッジのせがれを運ぶのを頼むぜ!」
「これ以上ない最高の褒め言葉だ、クイーン!
勿論、万全の体制でイチジはナワバリまで連れていくさ。」
クイーンの鼻歌を最後に切れた電伝虫を懐に仕舞い、レオヴァは倒れているイチジを掴むと船へと歩きだす。
この日から、ジェルマ王国の王子であるイチジは消息不明になったのだった。
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イチジの行方不明騒動から、2ヶ月後。
ジェルマ
あらゆるものが瓦礫となった島の中央では、ジェルマ王国の王であるジャッジが驚きと悔しさを滲ませた顔で百獣海賊団の幹部達を睨み付けた。
「ゼェッ…ゼェ…ぐぉ…それは……我がジェルマの科学ッ…」
「“ジェルマの”…だと?
フンッ! 笑わせるな。
てめぇらごときが作れるモンをクイーンの兄御が作れねぇとでも思ってんのか?」
「ク、イーン……あいつが…ハァ……ぐぐ…だが、こんなところで貴様らにやられる、つもりはない!!!」
力を振り絞り立ち上がったジャッジの横腹が貫かれる。
言葉にならぬ呻き声を上げながら再び倒れたジャッジを見下ろし、その後ろにいたホーキンスにジャックが不機嫌な顔で声をかけた。
「……おい、ホーキンス!
余計な真似しやがって、てめぇの獲物はそっちの女だと言ったよなァ!?」
「…申し訳ありません、出過ぎた真似とは思いましたが
どうやら、ドレーク達の方も終わったようですので。」
淡々と告げられたホーキンスの言葉にも一理あるかと考え、ジャックは喉元まで出ていた文句を飲み込んだ。
ジャックにとって、今なによりも優先すべきは敬愛するレオヴァを待たせぬ事なのである。
ジャックは不満げな態度を隠す事なく
「そいつらを運んで来い。
おれがレオヴァさんに報告に行く。」
「…承知。」
大きな足音を立てながら船へ戻るジャックを横目に、倒れた男と女を馬に乗せながらホーキンスが呟く。
「まさか、絵物語の悪の軍団…ジェルマ66と相見えることになるとは……
本当にレオヴァさんの下では話題に事欠かんな。」
小さく笑いながら、ホーキンスは
一方、島の海岸付近の施設にて。
ローとドレークは互いに興奮を隠せぬ様子で顔を見合わせていた。
「あの悪の軍団“ジェルマ
レオヴァさんといると予想外な事ばかりだとは思っていたが、絵物語の登場人物と戦闘することになるとは!
絵物語通り…本当に空を飛べるんだな……それにレイドスーツか…悪くない。」
「あぁ、あの話の通りの能力だ。
足の加速装置もマントを強固な盾として活用するのも……全部が話、そのままじゃねぇか。
あの缶みたいなヤツで変身出来るのか……なるほど。
取引中は戦闘の様子なんざ、見れなかったからな。
…まぁ、レオヴァさんが予想外な事ばかり引き寄せるのは昔からだろ。」
心なしか楽しげに話している様に見える二人の前では、変わったスーツに身を包んだ青髪の男ニジと、緑髪の男ヨンジが故障箇所を見て諦めた様に笑っている。
「ア"~…駄目だ、右手が完全にイカれちまった。
あのトカゲ野郎の馬鹿力のせいだ!!
ハハハ!こりゃ父上の計画通りには行かなそうだな。」
「クソッ!おれは足がイカれた…!!あのトラファルガーとか言う奴の能力、面倒だぜ。
イチジもいねぇし、こりゃお手上げか?ハハ…」
あり得ない方向にネジ曲がった足と腕をニジとヨンジは無理やり元の方向に曲げ直し、どうするかと思考する。
だが、ローとドレークは余裕を崩さず、冷静に再び戦闘態勢へと入った。
「…だが、しかし。
悪の軍団ジェルマ66もこの程度だとはな……絵物語ではもっと強かったんだが?」
「無理もねぇ。
さんざんカイドウさんやレオヴァさんと組手やってきたんだ、悪の軍団相手じゃ物足りなくもなるだろ。」
「フッ…それもそうだな。
ジャックの方も終わる頃だろう…名残惜しいが、おれたちも終わらせるとしようか。」
「…もう少し見たかった気もするが……レオヴァさんを長々と待たせる訳にもいかねぇからな。」
動きを見せたドレークとローに、ニジとヨンジは警戒を強める。
しかし、その警戒もむなしく、瞬きの瞬間に全身がバラバラになり宙を舞っていた。
「……!?どうなってやがる!!!」
「なんで首と胴が離れて喋れてるんだ…!?
さっきのトラファルガーとか言う奴の能力か!
だが、今“例のサークル”は見えなかったぞ!?」
混乱するニジとヨンジに呆れ顔でローが告げる。
「おれが戦闘中にうっかりで手の内を晒すと思うのか?
サークルの展開が必要だと思わせる為の策に決まってんだろ。
……初めから
「「…!?」」
驚きに目を見開いたニジとヨンジだったが、次の瞬間強い衝撃を受け、意識を手放した。
2人に最後の一撃を与えたドレークはローを向き直り口を開いた。
「まったく、わざわざタネ明かしをしてやる必要もないだろうに。」
「百獣を馬鹿にした奴らの間抜け面だ……悪くねぇだろ?」
「…否定はしないがな。」
「いい子ぶりやがって。」
「ロー、お前は本当に昔から口の利き方が…
……って、おい。聞いてるのか!?」
「はいはい……んな事より、さっさと運ぶぞ。
レオヴァさんも、施術したくてうずうずしてる頃だろうしな。」
まだ何か言いたそうな顔をしたドレークだったが、任務を優先すべきだと考えたのか大人しくバラバラになっているニジとヨンジを袋にしまう作業を開始したのだった。
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戦いに敗れたジャッジ、ニジ、ヨンジ、レイジュは拘束されていた。
目の前には消息不明だったイチジがいつもと変わらぬ無表情でこちらを見ている。
少しの沈黙の後、静かな冷たい石造りの建物の中に落とされた爆弾発言に4人は大きく目を見開いた。
「イチジ…な……何を言っている!!」
拳を握りしめながら叫んだジャッジを見下ろし、イチジは告げる。
「言葉のままの意味だ。
父上、アンタのやり方じゃいつまでたっても“国”を手に入れることなど出来ないと気付いた。
おれたちが“王”だと言うのならば、この体たらくは許されることじゃない……違うか父上。」
冷たく放たれた言葉にジャッジは顔を歪ませながら苦々しげに言葉を紡ぐ。
「わかった様な口を……
だからこそ、おれは
「“国土を追われ故郷の土を踏むこともできずに亡くなってしまった先祖たちの無念を晴らす為”…だろ?
父上、その話はいい加減聞き飽きた。」
「イチジ、貴様…っぐぅ!!」
怒りに満ちた表情で、叫びながら立ち上がろうとしていたジャッジをイチジは素早い動きで蹴り飛ばし、イラついた様に言葉を続けた。
「海遊国家とは名ばかり…結局、おれたちは国土を持てていない、それが現状だ!
それを打開する為には暴力だけでは駄目だ…緻密な戦略と人脈が必要になってくる。
……今までそんな簡単な答えに気付けずに、何も疑問を持たず父上に従うだけだった自分が愚かで恥ずかしい。」
「ハァ……ぐぎ…貴様…先祖の…想っぐあ!!」
「……もう喋らないでくれ、父上。
見苦しいだけだ。」
強烈な一撃を浴びせたイチジは気を失ったジャッジを
「ニジ、ヨンジ……レイジュ。
お前達も“フィルター”を一度外せ。
そうすれば、世界の見え方も変わるだろう。」
先ほどよりも柔らかい声色で話すイチジにレイジュは目を見開き、ニジとヨンジは訝しげに眉を潜めた。
「……イチジ、あなた…」
「本気で言ってんのかよイチジ…?
父上を裏切るつもりなのか!?」
「ア"ァ"~!くそ、何がどうなってんだよイチジ!!
百獣の野郎共に頭でも弄られたのか!?」
取り乱す三人を見て、ため息を吐きつつイチジは口を開く。
「施術を受けたことは事実だ。
だが、それはフィルターを取り外しただけにすぎない。
おれたちは父上に絶対服従のコマンドが施されているだろう?
それを取り外し、自分の価値観や思考を取り戻しただけだ。
……まぁ、今のお前達に何を言っても無駄だろう。
なにせ、父上の害になる可能性がある事に賛同する思考は排除される訳だからな。」
ゆっくりと歩み寄ってくるイチジを三人は信じられないものを見る様な目で凝視した。
「安心しろ。
フィルターを外してもなお父上と共に居たいのなら、おれはそれを否定はしない。
…共に自由になろう、姉弟達。」
イチジは三人に素早く手刀を繰り出し、意識を奪った。
そして倒れた三人を確認し、死角になっていた入り口に立つレオヴァの方を見やる。
「おれの方は終わった。
弟達のフィルターを外し、おれと共に来ると言うなら引き続きジェルマ王国の一員として迎えるが……対立した場合はおれが責任を持って片付ける。」
「お疲れ様、イチジ。
だが、大切な家族だろう?
おれは多少のことには目を瞑るが…」
「…レオヴァの
兎に角、今後はおれがジェルマ王国の代表として関わらせてもらう。
父上は反逆者として、百獣海賊団に引き渡す……好きにしてくれて構わねぇ。」
「そうか?
では、引き続きよろしく頼む。
ジャッジはこちらで、しっかりと管理すると約束しよう。」
ニコリと笑うレオヴァから目線を外し、イチジは三人を担ぎ上げると施術の準備が
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ジェルマ王国の企てていた裏切り計画阻止から2週間。
イチジはジェルマ王国の人工的な国民達の統率権を全て握り、百獣海賊団との関係も良好に進めていた。
これは、王として完璧な仕事振りだと言えるだろう。
だが、そんな仕事に追われていたイチジも一段落つき始め、余裕を持てるようになっていた。
今まで食事もゆっくりと出来なかったが、今日からは優雅に食事を楽しめる予定になっている。
未だに慣れぬ“疲れた”という感覚に小さく溜め息を付きながら、昼食の用意された部屋へ入った。
「んもぐ!?…モグモグ…よぉ、イチジ!遅せぇよ、先食ってるからな!モグ…」
大量にパンを頬張りながら叫ぶヨンジにイチジは手を眉間にやりながら低い声を出した。
「ヨンジ……口に物を入れながら喋るなと何度言わせる気だ?」
考えられんと頭を抱えるイチジの姿をニジが笑う。
「ハハハ…!無駄だぜ、イチジ。
今さらヨンジのこれは治らねぇよ!」
「もぐもご…ん、これ美味ぇぞ、イチジ!」
「はぁ……話にならん。」
諦めた様な顔で席に座ったイチジに、レイジュが心配そうに声をかけた。
「引き継ぎとか忙しいのはわかるけど…食事は大切よ、イチジ。
それに睡眠も……今の私たちには必要なんだから。」
「…分かってる。
今日からは睡眠も食事も問題なく取れるようスケジュールに余裕が出来る。」
「あら?そうなの。
なら、余計な心配だったわね。」
良かったわと、微笑むレイジュを横目にイチジは食事を始めた。
そんなイチジにニジが少し気だるげに話を振る。
「なぁ、手術してから頭はスッキリしたけどよ。
この疲れる?っつー感覚とか、寝たい…とか言う感覚は面倒だよなぁ?」
頬杖を突きながら同意を求めるニジの言葉に、レイジュが割って入る。
「これが“普通”の感覚なのよ。
確かに慣れない感覚かもしれないけれど……私は嫌じゃないわ。」
「…レイジュには聞いてねぇし。
なぁ、イチジはどうだよ?慣れたか?」
興味深げに聞いてくるニジの方に目線をやり、そっと口を拭うとイチジは答えた。
「まだ完全に慣れてはいない…が、順応しつつはある。
“色々な感情”が増えたのは面倒だが、それによって新たな思考の可能性が広がったのは事実だ。
強化された力や痛覚の鈍さはそのままなんだ、戦闘には影響は出ないだろう。」
「まぁ、確かにそうだけどよ~…
ヨンジが最近、動物にハマッてて夜中に鳴き声うるせぇしさぁ」
「んぐ!?…モグモグ…ニジ!何バラしてんだよ!?」
「……動物?」
「ヨンジ、あなたペット飼ってるの?」
初耳だとレイジュとイチジが反応を示し、ヨンジを見る。
本人は目に見えて焦っており、隣に座るニジを睨むと椅子を蹴った。
「止せ、ヨンジ。
食事中に暴れるな。」
「それより、なんの動物なの?
私…すっごく気になるわ♡」
「ぅ、いや……ペットとかじゃねぇ…
勝手に居着いてるっつーか…」
歯切れの悪いヨンジにイチジは首を傾げる。
「居着いてる?
なら駆除すればいい。」
「え!?
い、いや、駆除とかは駄目だ!!!」
「うふふふ…なになに?本当にあのヨンジがペットを?
…ちゃんとお世話出来てるの?私が手伝ってあげようか?」
「だぁから!違う!!
あれだ…あの……そう!実験してるんだ!」
いい案を思い付いたとばかりに表情が明るくなったヨンジに、思わずニジとレイジュは笑う。
しかし、ヨンジはそれに気付かずに話を続けた。
「フィルターを取ってから感情増えただろ?
だから、動物使って実験してるんだ。
…わかったら、勝手に駆除とかするなよ?」
完璧だとばかりに胸を張るヨンジに、イチジは眉をしかめる。
「動物を使って自分の感情の実験…?
……その実験の内容は?
その動物と感情には何か繋がりがあるのか?
具体的に、その動物を使うと何が検証出来るんだ?」
「あ……ぇ、え~っと…」
イチジの純粋な疑問によって、また困り顔に戻ったヨンジをレイジュが笑う。
「うふふふふ……イチジ、あなたにはまだ早い実験かもね。」
「……おれには早いだと?」
「えぇ。
だってあなた、犬とか…小動物とかを“可愛い”って思う?」
レイジュの質問にイチジは更に眉をしかめる。
「かわ…いい…?
……犬は犬であり、小動物は小動物だ。
そこに思う所はないだろう。」
「でしょうね、そう言うと思ったわ。
可愛いと思えるようになったら、ヨンジの実験に参加すればいいんじゃない?
ね?ヨンジ♡」
「レイジュ…!!余計な事を言うな!!」
「……かわいい…と思えるようになったらか…
その感情はまだ良く理解出来ていないが、知らないと言うのも癪だ…善処しよう。」
「ハハハハ!
おれならイチジは一生分からねぇに、8億ベリー賭ける!」
「あら、わからないじゃない。
可能性が0じゃない限り、
「……そう言うニジはどうなんだ?」
「おれ…?」
新しい感覚や、見え方に驚きの毎日を過ごしている兄弟達の囲む食卓は賑やかだ。
なにせ話題は尽きない。
彼らは新しく手に入れた
喜怒哀楽、全てを取り戻した彼らはどんな人生を歩むのか。
父親を切り捨てた子ども達の行く末は、楽園なのか地獄なのか。
しかし、きっと地獄を回避することは簡単だろう。
たったひとつ、
“青龍の逆鱗に触れない”
ただ、それだけなのだから。
麦わら帽子の少年の旅立ちまで、あと少し。
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「へぇ~!“海の戦士ソラ”か、初めて聞いたぜ。
おれには馴染みのねぇ話だなァ。」
どっしりと座椅子に腰掛けているササキは酒瓶を呷りながら答える。
そんな姿にレオヴァは笑い、スレイマンも同意するように頷いていた。
一方、話をふったドレークは意外そうな顔をしつつも話を続ける。
「スレイマンもササキも知らないのか…
てっきり、トラファルガーもホーキンスも知っていたから有名な話かと思っていたんだが……」
「いや、おれの生まれた場所では聞いたことはないな。
……国務に関係ある本しか読ませて貰えていなかったから知らんだけかもしれないが。」
スレイマンの言葉が終わり、そうなのか…と腕を組むドレークの方を向きレオヴァが思い出したように口を開いた。
「確か、その話は
「なる程…!
おれやトラファルガーとホーキンスは同じ
「流石はレオヴァ様…!!
瞬時にその考えに至る思考の速さ、感服せざるを得ません!!」
「…スレイマン、大げさだ。
少し落ち着いてくれ…」
興奮し始めたスレイマンを苦笑いを浮かべながら落ち着かせるレオヴァを見て、ササキが大口を開けて笑う。
「はははは…!
スレイマンの気持ちも分からなくねぇけどなァ!
けど、そうすると……前回の任務は
「確かに、そう言われるとそうだな…
あの任務の後の帰りの船ではトラファルガーとホーキンスと話も弾んだ。」
楽しげにそう言うドレークに、少し落ち着きを取り戻したスレイマンが続ける。
「懐かしの…といった所か。
おれは物語のようなモノにはあまり興味がないのだが…
ワノ国で町人たちから貰った“夜明けの物語”と呼ばれる絵巻物語、あれは素晴らしいぞ!」
またもや興奮気味に話すスレイマンの言葉に、ササキも声をあげた。
「おぉ…!それなら、おれも知ってるぜ!!
前に飲んでる時に狂死郎から貰ってよ。
第3部まである絵物語だろ?」
「そう、それだ!
1部ではカイドウ様とレオヴァ様が賊を倒す姿が描かれ、最後の3部でワノ国が豊かな素晴らしい国になった姿が描かれていた……あれは本当に素晴らしい絵巻だ。」
「そうそう!
2部では狂死郎も出ててよ!
レオヴァさんとヒョウ五郎のおっさんと一緒にオロチとか言う野郎を“セイバイ”するんだよなァ!
ワノ国独特?…の言葉とかあって分からねぇからよ、狂死郎に解説してもらいながら読んだぜ。」
「あぁ…!2人はあの絵巻のことを言ってるのか!
おれもあの絵巻物語なら持っている。
無論、1部から3部まで全て初版だ…!」
「マジかよドレーク!?
初版って、今すげぇプレミアついてるって狂死郎が言ってたぜ?」
「流石だなドレーク!!」
わいわいと盛り上りを見せ始めた3人の会話にストップをかける様にレオヴァが口を開いた。
「……待ってくれ、その絵巻物語は影を奪う男が出てくる話か?」
「おう、それだよレオヴァさん!
登場人物本人なのに、読んだことねぇのか?
おれ、部屋にあるから読むなら持ってくるぜ!」
満面の笑みで答えられた内容にレオヴァは首を傾げた。
「おれの知ってる限りその絵巻は第3部まであるような長い話じゃねぇんだが…」
眉を下げたレオヴァの言葉に、スレイマンが意気揚々と答える。
「なんでも、2部からはヒョウ五郎が率先して作ったという話を聞いたことがあります。
その後第1部に続くように2部が飛ぶ勢いで売れたことで、3部も制作することになり、今は4部が作られているとか!」
「ヒョウ爺が…?いや、待て……4部?
まだ新しくその絵巻は作られているのか?」
「はい…!
おれは無事に予約も取れました。」
普段の数倍生き生きした表情で答えたスレイマンにレオヴァは上手く言葉が返せずにいた。
ただでさえ、あの絵巻物語が流行ってしまった時も頭を抱えたと言うのに
まさかそれの続編が出されていたなど思いもしなかったのだ。
もちろんワノ国内の情報について、レオヴァは抜かりなく集めている。
だが、優先度が高いのは緊急性のある情報や問題が起きたなどの情報だ。
巷で流行っている本、それも絵物語の情報はレオヴァまで届いていなかった。
いやそもそもの話、この情報は届ける必要はないだろうという認識だったに違いない。
だからこそ、レオヴァは知らないうちに増えていた絵物語の話に驚きを露にしたのだから。
あの場面が良い!やら、この瞬間を描いた絵が好きだ!やらと盛り上がる3人を前になんとも言えぬ表情をしながら、レオヴァは久々の酒を呷った。
だが、奇しくもこの宴の次の日、謀ったようなタイミングでヒョウ五郎から第一部から第三部までの絵巻を受け取ることとなる。
そして、自室で受け取った絵巻を読み、大いに活躍するカイドウの姿にレオヴァは絵物語も悪くないと頬を緩めるのであった。
ー後書き&補足ー
[レオヴァ]
父さんが選んだクイーンこそが世界一の科学者だと思っている過激派。
絵巻物語の件で、ヒョウ五郎に詰め寄ろうかと思っていたがカイドウが称えられている内容だった為
「いい物語だ」と、褒めて終わった。
[クイーン]
ジェルマの科学力を再現したモノを色々と作り、ドレーク達に持たせた
ジャッジに吠え面かかせる為なら徹夜も厭わない。
今回の件で最高に気分が上がっており、おしるこの消費量が2倍に増えた。
[北の海組]
なんだかんだ悪の軍団との戦いにはしゃぐ。
帰りの船ではその話で盛り上がり、珍しくホーキンスも席を共にしていた。
[ジャック]
悪の軍団とか分からずにおいてけぼり。
とにかくジェルマが裏切りを企てた事に腹を立てていた。
クイーンの兄御こそ最高の科学者だと信じて疑わない。
[スレイマン]
絵巻物語の正当な読者。
レオヴァの預かり知らぬ所でこの物語を布教しており、ナワバリの島にも配っているほどである。
最近ではヒョウ五郎と共に“夜明けの物語”の関係の小物制作の監修も務めた。
[ササキ]
物語などは読まないタイプだったが
狂死郎に勧められ、カイドウとレオヴァの話だということもあり読んだ。
しかし、ワノ国特有の言葉がありよく分からなかったので結局は狂死郎に朗読を頼んだ。
[イチジ]
ジェルマ王国としてレオヴァと契約し直し土地を手に入れた
王としての仕事も、ジェルマとしての仕事も滞りなく進められている完璧人間。
あらゆる感情を取り戻しはしたが、他に対してのプラスの感情は上手く理解出来ていない。
百獣とは利害関係を保つ必要があると強く感じている。
[補足]
・ローのRoomについて
組手という過酷な修行により、原作よりも通常のRoom可能範囲が大幅に広がった。
・ジェルマに渡した土地について
北の海にあった百獣と敵対していた国を更地にして渡したもの。
・イチジとの関係について
現在は北の海にある百獣のナワバリとジェルマ王国は同盟関係になっている
・クイーンが作ったジェルマ系絡繰魂
攻撃を跳ね返し透明になれるマントや、加速装置など
持たせた理由はジャッジに吠え面かかせる為であり、本来はドレーク達用ではなく真打ち用に開発された。