筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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香車のように真っ直ぐに



十一、 信頼

「……なーんて言っても、納得できるはずないですよねぇ。」

 

 美鈴が掠れた笑い声をして、目元を歪ませた。

 

「咲夜さんも人が悪いというか……あのですね。つまるところ、貴方がクビっていうのは咲夜さんの冗談なんですよ。あの人、最近マッシブーンが頑張りすぎてるから、無理矢理にでも休暇を取らせようって。」

 

「だから、安心して博麗神社に帰っていただいて構いませんよ!私が保証します!」

 

 薄暗い早朝の風が、ごおっと吹いた。

 

 

 

 

「師匠に会わせろ。」

 

「いけません」

 

 師匠に突如クビと言われて、そしてあからさまに嘘っぽい演技をして見せる美鈴を見て、俺ははっきりと確信した。こいつら、何かを隠してやがる。

 

「俺をクビにした本当の理由はなんだ?」

 

「……私ってそんなに嘘付くの下手ですかね?まぁ、どちらにせよ咲夜さんには会わせません。……早くここから離れてください。」

 

「通るぜ」

 

 俺は閉まった門に近づき、力づくで開けようとした。しかし、門はびくともしない。ならば飛んで侵入してみようかと俺が三歩ほど下がった時だった。

 

 美鈴が俺の腕を掴んだ。みしみしと、決して生き物から出てはならない音がした。

 

「忠告しましたよね。」

 

「……どけよ。」

 

 威圧するように美鈴に言うと、彼女は意外にもぱっと腕を放してくれた。しかし心底面倒くさそうに息を吐き、雰囲気はがらりと変わり、完全に俺のことを"敵"とみなしたかのように真顔で構えた。

 

「門番の仕事を知っているか?」

 

「俺に倒されることか?」

 

 彼女の目つきが別人のように鋭くなる。俺も負けじと、つぶらな瞳で睨んでみた。

 

 

 

 

 その時だった。

 

「私も混ぜてくれる?」

 

 一触即発の空気を掻き消すような声と風と共に、紅魔館の当主、レミリア・スカーレットが日傘を持って飛来した。

 

「……!」

 

 美鈴が驚いた顔をして紅魔館の方を見る。俺も一緒に上の方を見てみると、レミリアの部屋らしき場所の壁が煙を立てて破壊されていた。

 

「ちょうどいい!なぁ聞いてくれよお嬢様!冗談なのか知らねぇけど、さっき師匠が急に俺のこと──」

 

 

 

「マッシブーンッ!」

 

「おい」

 

 

 

 空気がぴしっと固まる。恐るべき低音で二文字を発したのは、紛れもなくそこにいる小さな吸血鬼だった。

 

「いつからお前は私と喋っている者の話を遮られる立場になった?」

 

「……すいません。ですが──」

 

「美鈴。口を閉じろ。」

 

「………」

 

 不満そうな顔をしょんぼりとさせたまま、それっきり美鈴は黙ってしまった。そして更に不満そうな顔をしたレミリアが、俺に言う。

 

「それで、妖怪。話を続けて。」

 

「……おう。師匠が……俺のことを急にクビって言ったんだ。それで、追い出されちまった。」

 

「あら、それはとてもいけないことね。貴方はクビになんてなっちゃいけない存在ですもの。さ、中に入りなさい。早速仕事を一つ任せるわ。」

 

「………」

 

 流石に違和感を覚えた。

 

 少女の目はまるで蛇のようだった。捕食者が餌を見るように、蛇が蛙を睨むがごとく、彼女は俺を見ている。そして瞳はゆっくりと赤く染まり、染まった後はまた元に戻って、小さく口元を歪ませたと思えば牙を剥き出しにした。

 

「ついてきなさい。案内は咲夜に任せるわ。」

 

「あぁ……。」

 

 彼女が背中を俺に向けて、華麗に歩き始めた。俺もその後をついてゆく。ちらっと美鈴の方を見ると、彼女は何とも言えない複雑な表情をして見送った。

 

 

 

 

(……すまない)

 

 美鈴は一息吐こうとして、やめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「咲夜。お前には呆れた。」

 

 強張った羽の奥に、無表情の師匠がいた。

 

「お前が忠誠を誓った相手は誰だ?お前が従うべき者とは誰だ?もう少しよく考えて欲しいよ。私の心は傷付くばかりだ。」

 

「………」

 

「眠いから寝る。私は、目を瞑ることにする。──今度はちゃんと案内しろよ。」

 

「はい」

 

 レミリアはそう言って、不機嫌そうにその場から離れた。

 

「……やけに機嫌悪いな。」

 

「ついてきなさい」

 

 俺の言葉に答えない師匠は、淡々と案内をするらしい。寝起きだからでしょ、なんて返ってくるかと思っていたのに。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

「なぁ──」

 

「私は」

 

 俺が彼女に聞こうとするのと同時に、彼女が喋り出した。

 

「私はね、できれば優秀な貴方を、ここでずーっとメイドとして働かせてあげたかった。」

 

「………」

 

 更なる違和感。その言葉はまるで、俺をもう働かせてあげられないと告げるような口ぶりだった。

 

「……そりゃ困るな。俺は血が貰えたらさっさと辞める予定だったし。」

 

「美鈴も言ってたと思うけど、今は血が不足してるの。お嬢様の分と、妹様の分で精一杯。」

 

「いもうとさま……。例の、地下室に監禁されている?」

 

「えぇ。貴方と私は今、そこに向かっているわ。お嬢様の命令通り、私は貴方を連れて行く……」

 

 続けて師匠は言った。

 

「そして貴方は殺される」

 

「マジか」

 

 取り繕っているつもりは無いが、俺は狼狽えずに返事をした。なんとなくその答えを予想できていたからというのもある。

 

 しかし、予想外の事態であることに変わりはない。逃げる、ぶん殴る、叫ぶ、慌てふためくエトセトラエトセトラ。頭に思い浮かぶ行動は一旦全て塗り潰し、ひとまず俺は聞きたいことを聞くことにした。

 

「……で、なんでそれを教えてくれたんだ?師匠なら俺が暴れ出す可能性も考慮してただろうに。」

 

「そうね。どうしてかしら。」 

 

 彼女は廊下を歩く足をぴたりと止めた。だから俺も歩くのをやめた。しばらく静寂な空気が漂った後、彼女は言った。

 

「……いっそ暴れて欲しいのかもしれないわ。」

 

「師匠。」

 

 

 

 

「恨んで」

 

 ぽつりと呟いた。

 

「……馬鹿だった」

 

 彼女というメイド長の、普段の精密で完璧で人形のような声も、今日は彼女らしからぬ沈痛を秘めたような声だった。

 

 確かに人間だった。

 

「……クビなんて、貴方が納得するはずなかった。美鈴にも協力してもらったのに……なのに、全部無駄になった!私のせいで!私が馬鹿なせいで!」

 

 大声を張り上げる彼女の姿には、一週間の間俺がずっと気にかけ見てきた『完璧で瀟洒な従者』の面影などまるで無い。二つの立場に挟まれて振り子のごとく不安定に揺れる様を、俺はただじっと見つめることしかできなかった。

 

「……頭が真っ白になったの。急にお嬢様に呼ばれて、貴方を殺せって言われて……。クビにして逃げてもらおうと思って……。事前に貴方に伝えとけば良かったのに……。本当に……馬鹿だった……」

 

 悲痛な声が朝の廊下に響き渡った。

 

 呟く彼女の、『師匠』のイメージが崩れた瞬間を機に、ある感情が俺の中でふつふつと湧いてきた。目を片手で覆い嘆く少女をじっと傍観しているこの化け物は俺、マッシブーン。俺はどこまでも赤くてムキムキで、口が長くてつぶらな瞳と触覚がキュートな化け物。経歴不明、一週間も働いてない新入り、謎まみれの存在。

 

 そんな()に、何を同情しているのか?

 

「確かに馬鹿だな。」

 

「………」

 

「うんうん。」

 

 二回、相槌を打った後に大きく息を吸った。肺が酸素で膨らみ、パンパンに膨張した胸筋を見せながら、俺は力強く拳を握った。

 

 人形のようだった師匠が、人間の一面を曝け出した。お嬢様の命令は絶対だとか、お嬢様のことは本当に尊敬しているだとか、そんなことをずっと言っていた彼女がそのお嬢様の命令に違反してまで俺を助けようとしてくれた。それは嬉しい。嬉しいのだけれど、今湧き出すマグマはどうしようもなく抑え込むことも出来ず。

 

 とりあえず発散することにした。『お嬢様の命令に背くと最悪死ぬわよ』とか以前ほざいていた彼女に投げ返す、言葉の銀色ナイフ。

 

 同時に見てきた彼女の姿。全然自分のことを大事にしない。自分のことは後回しにして、何もかも一人でやってしまって、他に尽くすことを厭わない俺の師匠。

 

 そこはちっとも変わってなかった。

 

 

 

 

 だから叫んだ。

 

「バーーーーーーーーーーーカ!」

 

「!」

 

「なに逃そうとしてんだ!嬉しいよ!ありがとう!」

 

「!?」

 

「だけどなぁ!こんな一週間程度しか一緒に過ごしてないムッキムキの化け物に変な同情してんじゃねぇよ!それでお前の首が飛んだら俺はどんな感情持てばいいんだ俺は!馬鹿!馬鹿!馬鹿!」

 

「!?」

 

()()()()()()()()()()()()って言ったのはアンタじゃねぇか!メイドたるもの、時には感情を殺せって俺に教えてくれたのは、紛れもなく師匠!アンタじゃねぇか!!」

 

「それは若干違うけれど……」

 

 俺はぷんぷん怒っていた。自分の命を顧みずに俺を生かそうとしたこの大馬鹿者の師匠に、とてもとても怒っていた。

 

「なのに!逆らって!しかも逃そうとするなんて!俺はお前のことが心配です!」

 

「……???」

 

「………」

 

「………」

 

 

「「………………」」

 

 

 鬱憤を晴らしてスッキリしたので、しばらく彼女の困惑しきった顔を見た後、静かに俺は話しかけた。

 

「……急に怒鳴って悪かった。まぁ、さっきも言ったが助けようとしてくれたのはありがとよ。後で美鈴にも謝らなくちゃな。」

 

「で、でも……もう……貴方は」

 

 

 

 

「聞け、()()。」

 

 俺は言った。

 

「一週間、アンタの下で働いた。色々と教えてくれて本当にありがとう。感謝している。」

 

「………」

 

「実のところ、さっきは人間臭いアンタを見れて嬉しかったんだ。そりゃあ、仕事に私情は持ち込むべきではないとは思ってるけれど。ずっと人形みたいで、これが本当に十代の少女なのか?って思ってたからな。」

 

 無言の咲夜が何を考えているのかは知らないが、俺は言いたかったことをほとんど言った。死ぬ前だから、なんて死ぬ気は微塵も無いけれど、今ならばと彼女に対して我儘に言葉をぶつけ続けた。

 

 彼女もいい加減飽き飽きしている頃だろうと思ったが、俺はまだまだ話す気でいた。壁にもたれかかろうとすると、わざわざ咲夜が一瞬でふわふわのベッド(縦になったもの)を用意した。この不思議な手品も、とうとう最期までタネを聞けなかったな、なんて考えたりした。

 

「……もう一個言いたいことあるんだけど言っていい?」

 

「……えぇ。」

 

「第一にアンタが命をかけて守るほど、俺に価値は無いぜ。」

 

 我ながら自己肯定感が地を這っているような発言だと思った。何が伝えたいかというと、何故俺のことを守ったんだと改めて聞きなおそうとしたつもりだった。しかしそれを言う暇も無いまま、彼女はすぐさま否定してきた。

 

「……それを決めるのは私よ。貴方は働き者で、腕っぷしも強くて、妖精メイド達を統率する力がある。それが価値ある貴方の証明だわ。」

 

「働き者ってのは違うな。元々俺はこんなに真面目に働くつもりは無かった。」

 

「それなら……」

 

「なら、どうして俺がこの一週間の間、身を粉にして働いていたと思う?」

 

 俺は聞いた。すると、彼女は押し黙ってしまった。

 

 咲夜が静かにしている間、背中を預けた縦ベッドのふかふかさを感じながら、薄暗く少々寒い早朝の空気にゆったりと身を任せた。とても、自分に死が間近まで近付いているとは思えなかった。それは、俺が俺を信頼しているからだろう。そう思った。

 

 しばらくして、やがて俺は前を指差した。

 

「アンタだ。」

 

 続けて言葉を放った。

 

「買い被りすぎなんだよ。『()()()()()』とか言ってよ。アンタと違って芯から真面目じゃねぇ俺が頑張ってたのは、アンタの負担を少しでも減らそうとしてたからだ。」

 

 告げたことは紛う事なき真実だった。血が滲むような咲夜の努力が皆に当たり前のように思われていることが、俺にとっては心底不快だった。だから仕事を奪った。彼女がこれ以上頑張らなくてもいいように、俺が頑張った。

 

「アンタ、今まで一体どんな生活してたんだ?洗濯も清掃も食事作りも侵入者への対応も、俺がここに来るまでは全部アンタがしてたんだよな。可笑しな話だぜ。たった数日で俺が音を上げそうになった仕事を、咲夜は全部一人でこなしてたんだろ?」

 

 そして最後に、

 

「……まぁ、さんざん世話になったアンタの幸せを祈ってるよ。俺がいなくなっても、妖精メイド達がどうにかしてくれるだろうし。それじゃあ、引き続き案内してくれ。」

 

 そんなことを話して、俺の口は動きを止めた。

 

 正真正銘、死にゆく最期に言いたかったことは、だいたい全て話した。極端な性格なもので、この後案内される時はもう何も話さないようにしようと決めた。それはやはり、変な同情をされたくなかったからだった。

 

 気付くと、咲夜が動かずに真顔で立っている。逆に怒らせてしまっただろうかと心配になったが、そんなものはすぐにでも吹き飛んでしまった。

 

 つまるところ、彼女が笑い出した。

 

「ぷっくく……」

 

 とても愉快そうな笑顔だった。呆れたような、可笑しくてたまらないような、そんな笑みがまた人間らしく、彼女らしくて俺は安心した。

 

「……馬鹿ね、マッシブーン。私の目の下をよく見なさい。」

 

「ん?」

 

 そう言われて、顔を近付けて律儀に彼女の目の下を見てみた。今まで意識して見たことは無かったが、肌荒れ一つ無い彼女の顔は綺麗だった。

 

「……綺麗だな。」

 

「そう!クマなんて一つも見当たらないでしょ?私はアンタ以上にちゃんと寝てるし、食事も取ってるの。」

 

 誇らしげに自慢をした後は、彼女は先程とはまた違う、落ち着いた笑みを見せた。そしてイタズラを考える子供のように、無邪気に咲夜はタネを明かした。

 

「時を操る程度の能力。──そういう能力よ。」

 

 きょとんとしている俺を見て、咲夜は、

 

「師匠って呼ばなくなったら教えてあげるって言ったでしょ」

 

 そう付け加えた。

 

「どうする?今度は幻想郷の果てまで逃してあげましょうか。」

 

「……冗談キツイぜ。迷うまでもなく、俺はこのまま地下室に行く。妹様とやらに会ってみたいしな。」

 

「死んじゃうわよ。」

 

「死なないぜ。」

 

 堂々と断言をしたことが不思議でたまらないらしく、訝しげに彼女は俺に尋ねた。

 

「どうしてそう言えるのかしら?」

 

 

 

 

 俺は親指を立てて答えた。

 

「俺の勘!」

 

 当たったことは無いけれど。

 

 

 

 







 この紅魔館編は、某投稿者さまの東方の小説作品に強く影響を受けています。本当に申し訳ございません。
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