筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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がんばれマッシブーン

追記 最新話と都合を合わせる為に「金髪幼女二号」を「金髪少女二号」に変更しました。


☆十二、 狂気は無邪気ゆえに笑い

 

「ちょっと待ちなさい。カッコつけるのはいいけど、行く前に教えなきゃいけないことがあるわ。」

 

「私も詳しくは知らないけれど、妹様は二つの心を持っているの。ひとつは普通の少女としての心。もうひとつは狂気と呼ばれる心。」

 

「もしもアンタが狂気と鉢合わせしたなら、そのときは──」

 

 

 

 

 後ろを見れば、血に染まった金属の扉が閉まっていた。

 

 階段を下りる。薄暗くひんやりとしていてむせ返るような血の臭いがする空間は、マッシブーンにとってはむしろ心地良いものであった。階段はいくら足を進めても底が見えないので、まるで無限に続いているかのように思えた。

 

 やがて見えた最後の一段を踏み終えると、そこにはだだっ広い空間があった。赤黒い部屋の中に、質素なベッドや風呂や机や椅子がある。そして隅っこの方にいた金髪の少女を見つけて、俺は身構えた。

 

「君が妹様か?」

 

 七色の羽。綺麗だと思った。

 

「………」

 

 少女は一瞬ぎょっと驚いたような顔をして、そして無表情に戻った。何にも期待をしていない、絶望の底にいるかのような姿が垣間見えた気がした。

 

「……私を殺しにきたの?」

 

 初めの一言目は、思いもしない一言だった。

 

 今の状況はどう考えても俺が殺されに来ている状況である。『狂気』を持つというフランドール・スカーレットに俺が惨殺されるという運命は覆しようもなく、普通なら俺が怯えて涙を流す場面であるというのに。

 

「いいや?俺に君を殺す力なんて無い。俺はか弱い元メイドのマッシブーンだぜ。」

 

 彼女を安心させるために、俺は彼女の言ったことを否定した。

 

「……なら、帰って」

 

「ありゃ」

 

 だがそれがまずかったようで、会話はそこでしばらく途切れる。どうやら早速心を閉ざされてしまったようだった。それにしても速すぎる。RTA(現実時間攻撃)してるんじゃねぇんだぞ。

 

 俺は考える。咲夜の話によれば、彼女は二重人格を持っている。大方、もう片方の狂気と呼ばれる人格の無慈悲な殺戮に強く罪悪感を抱いているのだろう。

 

 ならば今、俺にできることは彼女のその罪悪感を薄めることだ。そう考えて俺は尖った口先を彼女に向けた。

 

「まぁ話を聞いてくれ。俺がここに来ることになったワケをな。」

 

 そして俺は、とんでもない嘘をでっち上げることになる。

 

 

「"俺は極悪非道な妖怪だ。紅魔館で働いてその身を隠していたが、とうとうバレてしまったようで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でもさ、俺は考えた。どうせ殺されるのなら友達に殺される方がいいだろ?"」

 

 

 (まぁ嘘だけど)

 

 こんな(滅茶苦茶で)とんでもない嘘を瞬時に思いつく自分の才能に恐怖を覚える。どこかの巫女さんに風評被害が及んだ気がするが、彼女ならば快くゲンコツ一発で許してくれるだろう。

 

「俺と友達になろう、妹様。そして俺を殺してくれ。」

 

「………」

 

 少女は少し黙っていたが、やがて困惑した様子で俺に言葉を投げた。

 

「……どういう、こと?」

 

「へ?」

 

「友達に殺されたいって……別の友達に頼まないの?」

 

 (まずい、正論をぶつけられた)

 

「い、いや。他に友達がいないんだ。なんたって俺は極悪人だからな!」

 

「………」

 

 余計に怪しまれそうなことを口走ってしまったと反省するが、彼女の疑念は晴れそうにも無い。信頼を築く上で嘘がバレるというのはかなりの痛手であり、そもそも騙そうとするなという話から俺は俺に説教しなければならない。

 

 だが、例えこの口がバキバキに割れようが、『君の姉が俺を殺すために君を利用した』などとは言えるはずもない。

 

 少女は顔を俯けて、小声で呟く。

 

「……私と、おんなじ……」

 

 

 それを聞いた瞬間、咄嗟に口が開いた。

 

「そうだ。俺もおんなじだ。」

 

 血の臭いが強く香る彼女の手を握る。熱の篭っていない小さく華奢なそれが、あまりにも弱々しく見えてしまった。

 

 彼女は汗を数粒流しながら、俺に問いかけた。

 

「……な、なら。もし。私に殺されてもいいのなら……私の、話し相手に……」

 

「もちろん!元々そのつもりだ。」

 

 この子を救わなければならない。そう思った。

 

 俺の話に納得したのか、彼女は眉を曲げて呆れ気味の薄ら笑いを浮かべた。

 

「……喜んで、いいのかしら?」

 

「おう!短い間だが楽しもうぜ。」

 

「………」

 

 安心したのか、少女はため息を吐いた。

 

 さて、狂気を宿すとされていた彼女の正体は至って普通の女の子だった。こんな子が地下室にずっと監禁されていたことを思うと、怒りすら湧いた。それでも俺が未だ注意深く彼女を観察しているのは、突如として彼女の気が触れてしまう可能性があるからである。

 

 しかし、些か情が移ってしまったように感じる。彼女を何とかしてやりたいという気持ちと同時に、いざ命を狙われた時に果たして彼女を殴れるのかどうかという疑念が浮かぶ。幼女に手は出さない主義という自分ルールもあることだし。

 

「ちなみに何歳?」

 

「……多分、四百歳ぐらい。」

 

「マジかよ」

 

 一応聞いてみたが、やはりこの世界では見た目をアテにしてはいけないらしい。

 

 見た目といえば、フランはあの子によく似ている。そんなこんなで親しみを込めて、俺は彼女の呼び名を考え、再び挨拶をした。

 

「じゃあ、改めてよろしくな。()()()()()()。」

 

「……その呼び方はやめて」

 

 スタートダッシュは転んで終わった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 (……もう誰も殺したくない)

 

 (……けれど、さみしい……)

 

 

 当たり前の日々が音を立てて崩れたのは、もう何百年も前のことだ。

 

 気付けば血溜まりが目の前に広がっていた。誰かを殺した感触が、赤黒い液体と共に手の中にあった。私が昔、お姉さまの『お気に入り』を殺してから、私は地下室に閉じこもるようになった。

 

「──当たり前が当たり前じゃなくなると、辛い。俺も前にそう感じたことがある。」

 

「……そうなの?」

 

「おう。そんじゃあ、まずは俺の昔話でも語ろうかな」

 

 そう言ってマッシブーンは、夢のような嘘のような、とても壮大な話をしてくれた。

 

 

 

 

「俺の住んでた場所はウルトラジャングルっていってな、周りには数え切れないほどの木があったんだぜ。」

 

「──"き"?木って……なんだっけ」

 

「こういうやつだぜ」

 

 マッシブーンがそこら辺に転がっていた緑と茶色のクレヨンと紙で、綺麗ななにかを描いてくれた。微かに、見覚えのあるものだった。意外と言うのはやめておいたけれど、マッシブーンは絵を描くのが凄く上手だった。

 

 その後、しばらく一緒にクレヨンでお絵描きをしていた。昔は暇すぎて紙が無くなるくらい絵を描いていたような、そんなことをふと思い出す。静かな部屋にはずっと一人しかいなかったけれど、今は隣にマッシブーンがいてくれる。それがたまらなく嬉しい。

 

 けれど彼は死ぬ。私の手で死んでしまう。彼は恐怖を感じないのだろうか?いつ爆発するかも分からない爆弾のすぐ近くで、こんなにも穏やかに話せるものなのだろうか。

 

 つくづく不思議な妖怪だった。ここへの来客は数百年ぶりで、それで私と友達になるために、そして私に殺されるために彼はやって来た。なんだか変な汗が出てくる。そしたら身体が冷えてきて、マッシブーンに今の季節を聞いてみたら冬だった。

 

(……あれ。私、ニオイとか大丈夫かな。)

 

 肌寒さに季節の到来を実感したところで、なぜか急に緊張してきた。ずっと同じ半袖の服装の私は最近お風呂には全然入ってなかったので、彼にどう思われているのか気になってきたのだ。

 

「……ちょ、ちょっとお風呂入るから。まっててね。」

 

「え、なんで急に?」

 

「いいから待ってて!」

 

 そして私は長年使われずにいたシャンプー・リンス・石鹸を駆使し、僅か五分(体感)という速さで華麗に汚れた身を清めた。視界を遮るカーテンの無い中、私が湯船でちゃぷちゃぷしていた間、マッシブーンは黙って後ろを向いていた。

 

 そしてマッシブーンの素早いパンチによる強風で髪をささっと乾かしたあと、続けて私は彼といろんなことを話した。

 

「──ウルトラジャングルには俺みたいな化け物がうじゃうじゃといてな。襲ってくるから仕方なく殺すんだが、そしたら綺麗な緑色の光が出てくるんだ。フランにもいつか見せてやりたいぜ。」

 

「……殺すの、辛くない?」

 

「なーんにも感じないぜ。なにせ俺は大嘘つきの極悪人だからな!」

 

「そう。……私とおんなじ……」

 

 おんなじ。そう言った後に、私は顔を俯けてとても後悔した。醜い願望だった。

 

「あれ?そうだったのか、なら良かったぜ。君が罪悪感を感じる必要は無いって、俺は思ってたからな。」

 

「……あと、呼び方。君じゃなくて、お前でいいよ。」

 

「え、なんで?」

 

「……と……友達……なんだよね?」

 

「そうそう友達。そうだな、そうすることにするぜ。フラン。お前も俺のことお前って呼んでいいぞ。」

 

「……私は、いいや。」

 

 ほんの少しの勇気も、遥か昔から積り続ける自己嫌悪を加速させるばかりだった。

 

 

 

 

 決して救われてはいけない。

 

「木の実が美味いんだぜ!ヒメリの実ってのをよく吸ってたんだ。」

 

「へぇ……。」

 

 救われちゃいけない。

 

「俺とお前って似てると思わないか?……なぁ、おい。笑うなよそんなに。」

 

「あっは……あっはははは!ぜんぜん似てないよ!うふっ!私そんなにムキムキじゃないし!」

 

 無力な自分を呪い続けなければいけない。

 

「私、またお姉さまに抱きしめられることが夢なの。……笑っちゃうでしょ?」

 

「………」

 

 殺した誰かの為に、私はをここに閉じ込め続けるのだ。

 

 それなのに、つい。

 

 どうも私は彼に甘えてしまっている。

 

「ちょっ……くるしいよ。」

 

「お前それは悲しすぎるだろ」

 

 マッシブーンは強い力で私を抱きしめてくれて、安心して、私は照れ笑いをした。今だけは罪を忘れて、こんな時間がずっと続けばいいのになんて、馬鹿馬鹿しい幸せを想像した。

 

 

 

 

 …… …… ……

 

 来た。

 

 それは不意に来た。

 

「まって」

 

「ん?」

 

 身体の内側がゾクゾクとする感覚。

 痛み出す目玉。

 止まらない動悸。

 

「まってよ……まだ」

 

 (まだ話し足りてない……)

 

 狂気が私を乗っ取ろうとしている。身体の中にドアがあるとして、そのドアノブを曲げもせず、回しもせずに引っ張るような。強引に、マッシブーンを殺そうと底からやって来る。

 

 分かっていたはずだった。マッシブーンは私の手で死ぬ。彼はそれを望んでここに来た。私と彼の合意の運命が、それでもこんなに苦しいなんて。

 

 とても、嫌だった。

 

「……逃げ……!」

 

 マッシブーンは私を離そうとしない。彼は死ぬ覚悟が決まったのだろうか。それともただ単純に私を抱きしめていたいだけなのか。

 

「おい、大丈夫か?そんなに吸ったり吐いたりしてどうした。」

 

「……うぅ!」

 

 限界だと思った。いつ私の狂気が飛び出してきても変ではない状態。そして私の意識は途切れ、狂気が私に成り代わり、マッシブーンを玩具のように弄んで殺す。

 

 私のためにいろんなことを話してくれた彼。孤独の穴を埋めてくれた彼。友達の彼。きっと優しい嘘をついてくれた彼。

 

 彼さえも私は毒牙にかけてしまい、

 

「逃げて……」

 

 また血にまみれ、

 

「やめて……!」

 

 そして生きるのか?

 

「やめてよぉっ!」

 

 

 

 

「どうせ俺は死ぬ。抱きしめられるのは嫌か?」

 

「……嘘つき……」

 

「え?」

 

「死なないよ、マッシブーン!だってだって!マッシブーンぜんぜん極悪人じゃないよ!私に嘘ついたんだ!なんでかなんて分からないけど、私に嘘ついたんだ!」

 

「………」

 

「あなたが極悪人でも!私にとってはずっとずっと極悪人なんかじゃない!あなたが殺されるのなら私、あなたと協力してあなたを助ける!なんでもするよ!だからっ!!」

 

 

 

 

「逃げてよ……マッシブーン……!」

 

 マッシブーンの胸に顔をうずめる。とめどなく溢れ出す涙を隠すために、私は彼と目を合わせようとしなかった。

 

 けれど、彼がそれを強引に引き剥がした。そして私の顔を上に向けさせて、黒い瞳と目が合った。

 

「……ごめん……嘘ついてたのは……私のほう。殺し、……ちゃうの、ホントは、つらい……」

 

「そりゃそうだ」

 

「……だから、お願い……」

 

 まもなく私は意識が無くなる。マッシブーンは死ぬ。

 

 だから最後に、勇気を出して、こんなお願いをした。

 

 

 

 

「もう私を殺して……」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『妹様』とは、レミリア・スカーレットの妹のことだ。

 

 彼女についての情報はちょっと前にメイド長の咲夜から長々と教えてもらっていたが、特に注目すべきは彼女の中に潜む『狂気』であろう。他の情報は省く。

 

 彼女の中に巣くう狂気。咲夜曰く、『何かを壊すことを快とし、この世の全ての暴虐性を秘めたお方』だと。初めてそれを聞いた俺が心の底から震えたのも無理はない。なんだそりゃ、怖すぎるだろ妹様、って。

 

 そして同時に、もし俺がその狂気と鉢合わせした時。その時の対処法を、彼女は教えてくれた。

 

「──そのときは全力で逃げなさい。妹様の狂気が引っ込むまで、死に物狂いで耐え続けるのよ」

 

 

 

 

「で、いつまで逃げりゃあいいのかな。おい!」

 

「知らなーい!私は戦いたいって言ってるのに!アナタが勝手に逃げるだけ!そりゃっ!」

 

「チッ」

 

 彼女が振りかぶった炎の剣を、俺はいともたやすくギリギリで両手で受け止めて見せる。

 

「あはっ!すごーい!」

 

「お前、誰かを殺すことは辛くないか!」

 

「どうしてー?楽しいし辛くないよ!」

 

「あっそう!やっぱり俺とお前はよく似てるぜ!昔を思い出す!」

 

「そうなのー?」

 

 がらりと性格の変わった様子のフランが容赦無く攻撃を仕掛けてくる。俺は避けたり受け止めたりしながら、彼女ともう数時間以上は戯れ合っていた。

 

 まだ余裕はある。スタミナもほとんど減らないし、つくづくマッシブーンという存在が異常であることを俺に教えてくれる。対して、目を赤く染めた金髪の彼女の方は、流石に疲れたのか、急にその場で止まってしまい七色の羽をへなっとさせた。

 

「……うん、本当にすごいよ!まだ壊れてないのはアナタが初めて!」

 

「俺は強いからな。」

 

「私も強いよ!それでね、誰かを壊すのはすっごく楽しいの!アナタもそうなんでしょ?さっき似てるって言ってたもんね!」

 

「あぁ……でも、もっと楽しい遊び、知ってるぜ?」

 

「えっ!なになに?」

 

 目を輝かせながら、彼女は俺を思いっきり殴ってきた。

 

「話してる際中に殴るなぁ!」

 

 思わぬ不意打ちに倒れそうになったが、何とか自慢の四本足で持ち堪えた。

 

 目の前の少女に感化された訳ではないが、こうも生死の狭間に立たされているとコチラも頭がハイになってくる。自覚したことは無いが、ポケモンで言うところのHPも、残り5割程度に差し掛かってきたところか。

 

 (……仕方ねぇ。()()()!)

 

「遊んでやるよ!フラン(狂気ィ)!」 

 

 ポケモンといえば積み技。時間を稼ぐべく、俺は叫んだ。

 

「まずは『かくれんぼ』だぁ!」

 

 

 

 

 

「……ふぁ〜ぁ……」

 

 優雅に朝を更すレミリア・スカーレットは、抗い難い眠気に欠伸をした。

 

「そろそろフランがアイツを殺した頃かしら……」

 

 

 

 

 

「もぉーいーかい!」

 

[ PP 20 / 30 ]

 

「まぁーーだだぜ。」

 

「もぉーーいぃーーかい!」

 

[ PP 19 / 30 ]

 

「まぁーーだだぜ。」

 

「もぉーーーいぃぃかぁ〜〜い!」

 

[ PP 18 / 30 ]

 

「よし、いいぜ!」

 

「わぁ!」

 

 なんとか無事に『かたくなる』を三回積み終えた俺は、満を辞して棺桶の中から出てきた。

 

「そこ私の寝るとこなんだけどー!」

 

「あのベッドを使ってるんじゃないのか?」

 

「あれはもう一人の私用!私はこっち!」

 

「へぇ。」

 

 不覚にもぷんぷんと擬音を撒き散らして怒っているフラン(狂気)に可愛さを感じる。それにしても咲夜から聞いた『この世の全ての暴虐性があーだこーだ』とは、確かに暴力は振るってくるものの理性はあるようだし、何だか調子が狂う。

 

 (もう一人の私……か。自覚はしてるんだな。)

 

 さっきからずっと戦っていて思ったが、"狂気"は多分、無知なのだ。暴力を悪いことと思っておらず、秘めた快楽のままに行動をする。もし、俺がそれを『いけないこと』だと教えることが出来れば、和解も不可能では無いのかも知れない。

 

「じゃあ次の遊びは……」

 

「殴りんぼ!」

 

「殴りんぼ!?」

 

 前言撤回。和解しようと試行錯誤するよりも先に彼女に殺されそうだ。

 

「てやっ!」

 

 可愛い声で可愛くない打撃を仕掛けてきたので、バフをキメた鋼の胸筋で跳ね返して見せる。流石の彼女も驚いた顔をした。

 

「……!」

 

「どうした?そんな攻撃じゃ()すら潰せないな。」

 

「なぁ〜に〜?」

 

 俺がマッスルポーズで挑発すると、彼女は四人に分身した。

 

 (は?)

 

「は?」

 

「「「「いっくよ〜〜〜〜!!!!」」」」

 

 分身した四人のフランのうち、二人が同時に俺の胸筋から腹筋にかけてを殴ってきた。

 

「ちょっと待て!」

 

「「あははははは!」」

 

 待てなんて言葉が通じるはずもなく、さっきの二倍分の攻撃が俺の身体に打ち込まれる。じりじりと後ろに追い詰められ、とうとう俺は壁に殴り飛ばされてしまった。

 

「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「「まだまだ〜!!」」

 

「来るなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 抵抗の叫びも虚しく、()()()()二人のフランが更なる追撃のため低空飛行で突っ込んできた。

 

 

「──なんてな。」

 

 俺は不敵に微笑んだつもりで、阿呆のように向かってきた二人の首元を同時に両手で貫いた。

 

「「えっ……!?」」

 

 (分身なんだろ?んで、四百近い年齢。悪いが攻撃しない手は無いぜ。)

 

 穢れなき紳士の精神に反することのない大義名分は今、ここに立った。なので禁じられた攻撃を行ったまでだった。

 

 突然深刻なダメージを与えられて困惑しているのか、二人のフランはぴたりと止まってしまう。そして不気味なほどに、同じタイミングでにやりと笑ってそのまま霧になってしまった。

 

「!」

 

 (何も見えねぇ!)

 

 辺りを即座に包み込んだ紅い霧が、俺の視界を確実に遮った。残り二人のフランはそれを理解し、殺れると確信したのだろう。

 

 一人のフランが恐ろしい超スピードで俺を引き裂きに来た。彼女の右手がこの世の何よりも速く、炸裂したかのように思われた。

 

 だが。

 

 (いい戦法だ……んで、お前も分身なんだろ?)

 

 それよりも先に、この世の何よりも速く俺が彼女をぶん殴った。

 

「ギャッ!!」

 

「あっ」

 

 殴られた彼女はその場で霧にならずに、声を上げながら紅いモヤの向こう側へと吹っ飛んでいった。

 

「ヤバイ!今のは本物か!」

 

 なんということだろう。狂気の人格でいるとはいえ、俺は本物のフランに傷を付けるという大罪を犯してしまったのだ。これではレミリアに処刑されても止む無し。とにかく安否を確認しなければならない。

 

「おーい!痛いか大丈夫かー!」

 

 俺は晴れてきた地下室に大声を響かせた。

 

 

 

「クク」

 

 一つ、笑い声が聞こえてきた。

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふあーーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!たーーのしーーーーいっ!!!!どーしよーー!壊しちゃう!!壊しちゃおう!!壊しちゃおうッッ!!」

 

「ひえ」

 

 思わず恐怖の声を漏らす。これが人間だったら小便まで漏らしていた場面だっただろう。それだけこの光景は、やはり彼女が『狂気』と呼ばれる恐ろしき残酷な吸血鬼であることを、十二分に表現していた。

 

「……へへ」

 

 空に浮かぶ彼女は俺の方に手のひらを広げて、それから嫌ににこりと笑った。

 

 それを見た瞬間、俺は咲夜から預かっていた銀色のナイフを思いっきり投げた。

 

「あ?」

 

 俺は不思議に思って声を出した。どうして俺は今、フランにナイフを投げたのだろう。それも全力で。

 

 彼女は依然手のひらを向けたままでいた。投げた凶器がその肌色を容易く貫き、果ては脳天さえ貫通した。

 

 そして、彼女は霧となって消えた。

 

 (……!分身か!)

 

 あんな狂った真似をやっておきながら分身だったとは、安心した上で内心焦りが限界を迎えそうだ。これで分身三体は消えてしまったが、肝心の殺意満々の本物フランは一体どこへ消えたのか。

 

「ん〜。()()()()()()()……こっちでいいや!」

 

 探すまでもなく、そこにいた狂気。右斜めの方向から彼女の言葉が聞こえた瞬間、俺の身体はぴくりとも動かなくなった。

 

「!」

 

 その時、不思議なことが起こった。全身の傷が一瞬にして癒えたのだ。それは慈悲か、嵐の前の静けさか。

 

 (……魂への直接干渉。回避不可能、即死の一撃……!)

 

 ふと、そんな言葉が頭に浮かんできた。俺の直感である。どう抗おうが死ぬことしか出来ないという運命がありありと目に映る。この生きた証である七体満足で何をしようが、『爆発』から逃れられる気がしない。

 

 (動けねぇ!どうする!)

 

 しばしば訪れる絶体絶命の危機。その中でも、今回のは特にヤバイ。どうする。どうする。どうする。

 

 

「きゅっとして〜〜……」

 

 彼女は右手を固めて、妙ににやにやと笑った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして、

 

 

 

 

 紅魔館の奥深く。地下室には一人の少女が住んでいた。

 

 彼女は『狂気』を宿していた。触れるもの全てを壊してしまうもう一つの性格。495年もの間、その運命が覆されることは決して無かった。

 

「……いい……よ……。マッシ……ブーン……。もう……ころして……」

 

 死にかけの吸血鬼の傍には、血だらけになって倒れているマッシブーンがいた。

 

 

 紅い胸元からは、青白い狼煙がいつまでも昇っていた。

 

 






次回紅魔館編ラスト
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