12.5話という感じのお話。原作キャラがグロい目に遭うので注意。
「きゅっとして〜〜……」
彼女は右手を固めて、妙ににやにやと笑った。
(どうする!?どうする!?どうする!?)
一方の俺はバクバクと心臓を鳴らすばかり。回避不可能なのだから潔く受け止めようと諦観するには、『死』という事実は少し重すぎる。
しかし、本当にどうしようもなかった。身体は動かせないし、『こらえる』は貫通される。万事休すという状況からか、幻聴すら聴こえてくる。
「助けようかぁ?動けないっぽいけど。」
(……何だこの酒臭い霧は!)
「あー、喋れないのか。アイツを殴ればいいのかい?」
「……黙って見てろ萃香!俺は死なないぜ!」
幻聴などではない。声と霧の正体は、何故か先日も紅魔館に不法侵入を果たした萃香だった。
「あれ?喋れたんだ、マッシブーン。」
「それどころか身体も動かせるようになった。……あ。」
違和感を感じ取ってフランの方を見ると、彼女は既に手を固めるのをやめていた。
(まずい。後は彼女の一声で……能力が炸裂してしまう。)
先程から冴えっぱなしの直感がそう告げるのだ。そうなるに違いなかった。
その時だった。
胸から、青白い狼煙が一直線に昇っていった。
「……!?」
暗闇で狼煙がきらきらと輝いて見える。気付けば俺は、無尽蔵に広がる真っ黒な空間にいた。
(ここは……)
何度も見てきた、自身の魂の世界。俺はまるで見えない大きな手に握りつぶされているかのような状況にいた。そして目の前には丸くてふわふわと浮かんでいるものが、ゆっくりと何かに侵食されるように──
「どかーん!」
「ババァルクウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」」
無慈悲にも、そこで俺の意識は途切れてしまった。
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「……あ〜〜!!楽しかったーー!!」
満面の笑顔を浮かべた少女の側には、動かなくなったマッシブーンが転がっていた。
「ん?」
そして、辺りは霧に包まれた。視界が遮られたフランが不思議そうに辺りを見渡すと、いつの間にか彼女はそこにいた。
伊吹萃香。伝説の鬼である。
彼女は酔っているのか顔をほんの少し赤くしていて、金髪少女の方角を真顔で見つめていた。当たり前のことだが、フランは萃香のことを全く知らない。だから、今日は遊び相手が二人も来るなんて!などと呑気なことを考えていた。
「もしかして、あなたも私と遊んでくれるの!?」
萃香はにこりと笑い、姿を眩ました。
「おう。遊んでやるよ。何がしたい?」
あちこちから血を出しているフランの側で、伊吹萃香が言った。
フランの中にいる狂気には、何が起きたのかなんてさっぱり分からない。鬼の少女がもやっと消えたかと思うと、彼女は秒数を数える暇も無くフランの前に現れ、そして強めに殴った。大体七回ほど殴った。
遊びというよりも、一方的な蹂躙。萃香はマッシブーンと違って正真正銘、妖怪の中の妖怪だった。
「……聞こえてないのか?鼓膜に傷は付けてないんだけどなぁ。」
(こ……ころされ……いやっ!いやだ!)
彼女が殺されると思ったのは、永い人生の中でこれが二度目だった。それも一度目は曖昧で、二度目の今回は明確な死の予感。死にたくないという身勝手なフランの思いが、その時叶った。
フランの人格が入れ替わる方法は二つ。それはフラン自身でさえ知らない。
一つは気まぐれ。嘘偽り無く本当に気まぐれで、彼女の人格は入れ替わったり入れ替わらなかったりする。
そして二つ目に、死を強く感じてしまった時。本能的に殺されてしまうと考えた時、一種の防衛反応なのか反射なのかは誰も知らないが、人格は強制的に入れ替わってしまう。
「いい、よ」
「あ?」
「……いい……よ……。マッシ……ブーン……。もう……ころして……」
「……ちっ。」
気分が悪いのは萃香だった。
マッシブーンを殺した上に、自分が殺されると分かれば逃げてしまった狂気の人格に、萃香は凄まじい怒りを感じていた。正直者の鬼の、最も嫌う条件を狂気は一瞬にして満たした。だが、今の彼女にまで飛び火をさせようとする程、萃香はいかれてはいなかった。
「ほら、飲め。ぼこすか殴って悪かったな。痛かったろ。」
「……あなた……だれ……」
「いいから飲め!お前が吐き出した血だ、ほら!」
萃香が自身の能力で萃めたフランの血を、手で彼女に飲ませた。その途端に少女はだらんと垂らしていた七色の翼を張り、全治二ヶ月程度の打撲した傷さえも癒えた。
「……マッシブーン、は……」
「そこで倒れてるよ。あんだけ血を流してるし、多分死んでると思……」
「おい萃香ァ!死んでねぇぞ俺はッッ!!」
「おっ?」
馬鹿みたいにデカい声が、地下室にがんがんと響いた。
「お〜〜タフだなぁマッシブーン!流石に死んだかと思ったよ!」
「狼煙のおかげで魂の世界を自覚出来たんだ!そんで肉体じゃなくて、魂の方で『こらえる』を行った!博打でもギャンブルでもなく、絶対に成功すると確信してのこらえるミリ耐えだ!気持ちいいぜぇぇ!!」
「何言ってるのか分かんないけど良かった良かっ──」
「マッシブーンッッ!!」
「あれ?」
声を上げたのは萃香だった。目の前にいたはずのフランが一瞬にして消え、そしてマッシブーンの側に来たかと思うと同時に激しい風が吹いたからだった。
(……今見えなかったなぁ。えげつない速さだった。)
流石。天狗のスピードを持つと言われる吸血鬼に萃香は感嘆した。
「大丈夫なのマッシブーン!?ごめんなさい!ごめんなさい!私がやったんだよね!本当にごめんなさい!」
「泣くなよフラン。俺は生きてるんだから。」
「うん!生きてて良かった!本当に!」
涙を流している金髪少女を見て、萃香はやれやれと頭を掻いた。空気を読むことが苦手な彼女だったか、この時ばかりは二人きりの方が良いだろうと考え、再び霧となって消えてしまった。
「……ちょっと頼みがあるんだが。フランの血を少し吸わせてくれないか。万が一もあるし回復しておきたい。」
「うん、いいよ!いくらでも吸わせてあげる!」
「助かるぜ……。」
(……さてと。あんたの言う通り、万が一があっちゃあ困るからね。私も雨の準備をしようかな……)
マッシブーンがフランの腕から血を吸うのを見ながら、天井でもくもくと広がる萃香はそんな事を考えた。
「あれっ。狂気が……いなくなった?」
「え?」