筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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十九、 正常愛(アブノーマルフレンズ)、登場

 

 

「誰だって言ってるんだ。私の知り合いに人間の子供はいない。変な冗談はやめろ。」

 

 鎌鼬が真顔でそう言った。俺はまるで夢を見ているのかのような気分である。

 

「冗談か?」

 

「お前、私が間違っていると言いたいのか?」

 

「じゃあ言ってみろ。お前が俺と会ったきっかけは?さっきお前のとこに来たのは俺と誰だ?」

 

「………」

 

「………」

 

 うんざりするほど奇妙な雰囲気。鎌鼬が俺を強く睨み、俺も鎌鼬を強く睨んだ。すると、観念したという風に彼女が答える。

 

「これが戯けた遊びなら覚悟しろよ。お前とあったきっかけは……」

 

 口を開けたまま、鎌鼬は止まってしまった。気が気でない間が過ぎ、やがて彼女は言う。

 

「忘れた。」

 

「……一日前だぞ!このおばあちゃんが!」

 

 とにかく俺はクワを探さなければと思った。ボケ老人は放っておくとして、まだ近くにいるはずの彼を見つ出す。誘拐か。もしくは神隠しか。色々考えを巡らせている最中、俺は遠くからの視線に気が付いた。

 

「──こういう時、すぐ見つかるってのはいいもんだな、おい!」

 

 俺は走り出した。人をするすると避け、遠方に見えたクワへと駆け出す。

 

 どうやらクワはぐうぐう寝ているらしかった、真っ黒な服の不審者の腕の中で。その道の隅っこにはいかにも怪しい黒づくめとクワ、小さい帽子を被った金髪ロング、それから水色おかっぱ髪の少女がいる。奴らはあろうことか、クワを抱えて逃げやがった。

 

「待て!おい!」

 

 俺の声に答えるように、水色のおかっぱがにっこりと笑った。そして連中は止まる。

 

 ただ止まったわけではない。辺りは真っ白な霧に覆われた。

 

「なんだこりゃ!」

 

「なんだじゃないのよ。何者?アンタ」

 

「!?」

 

 単刀直入に言おう。俺の目の前には金髪ロングがいて、霧の中にいて、俺はいつの間にか縄で縛られている。というか金髪ロングからまるで男のような低音が聞こえた。

 

「キリコぉ?眠らせる?」

 

「うん。そうしよっか。」

 

「おい!お前らは悪い奴らか!」

 

「うーん。そうかも。そうじゃないかも。」

 

 おかっぱと話していると、突然強烈な眠気が襲ってきた。さっきから無言を貫いていた黒づくめが、背中に触れてからだ。まぶたは落下しそうな程重くなり、力が抜ける。

 

「な……ん……」

 

「私が生まれるまでは、良い人たちだったかもね。」

 

「く……」

 

「今は違うかな。自由に生きてるの!楽しいよ!」

 

「キリコー?どうする?連れてくのん?」

 

「うん。おやすみ。」

 

 最早抗うこともかなわない。少女から聞こえた言葉を最後に、俺の意識は闇に消えた。

 

「楽しいことの前には、ぐっすり眠らないとね」

 

 

 

 

「うっ……」

 

 ずきずきする頭の痛み。俺は不快な感覚とともに目を覚ました。気のせいか体が揺れている気がする。

 

「うおおおおやめろ揺さぶるな……」

 

 ご名答である。誰かが俺の肩を掴み、あろうことか前後にシェイクしていたのだ。おかげで気分は粉状プロテインだし、記憶も意識も朦朧としており、今の俺は最悪な状態と言えた。

 

「そろそろ起きろ。男。」

 

「……男?俺はマッシブーンだ……。」

 

「どうでもいい」

 

 女が俺の頬を強く殴る。

 

「ぐえー」

 

 俺はわざとらしい声を上げ、失礼なヤツだと前を睨んだ。

 

 目の前には着物を無理矢理半袖に切った赤髪女が一人、そしてさっきの水色おかっぱ髪の少女がいる。洞窟の空気と地面はひんやりとしていて、やけに平らだった。

 

 さっき俺は、クワを抱えて逃げる帽子を被った金髪ロングたちを追いかけていたはずだ。なのにそこで急に霧に包まれ、体が縄で縛られ、何故か眠ってしまっていたのだ。うっかり、お茶目、キュート、などと茶化している場合ではない。俺は吠えた。

 

「おい!少年をどうした!」

 

「まーまー、その前に私の質問に答えてもらおうかな。あ、私『キリコ』って名前なんだ!今しっかり覚えといてね。」

 

「おい、少年は……」

 

「見ててね」

 

 水色少女が俺を華麗に無視しながら、身体からなんと霧を出した。白いもやもやが彼女を覆いつくし、何も見えなくなったかと思えば霧は不意に散ってゆき、キリコは言った。

 

「はい質問!私の名前は何でしょう?」

 

「キリコ!キリコ!キリコ!答えたからさっさと少年を言え!」

 

「少年を言えって何さ」

 

 くすくす笑う白髪少女。ただ、さっき俺を殴りやがった赤髪の女の方はちっとも笑っていない。何かに驚いている様子だが、何なのかは見当もつかない。

 

「キリコ……。」

 

「うん。数百年モノの()()だよ。」

 

「おい、答えたからさっさと少年を」

 

「まーまー落ち着いてよ。ごめんね。この林檎食べる?」

 

「毒が入ってそうだから食わねえ!」

 

「ふふふ」

 

 俺を嘲笑うかのように、キリコが林檎をむしゃむしゃ食べだす。やっぱり貰えば良かったと少し後悔。あの素敵な赤い実に思いっきりかぶりつくことは密かな夢だったのだ……と嘆いていると、水色少女が喉をごくりと鳴らして喋りだした。

 

「ふう。この林檎ね、なんと人里の市場から盗んできたんだ。けれど私は捕まってない。林檎は売ってる子の目の前で取ったんだよ。でもね、不思議と私は許されている。さて何故?」

 

「お前が殺したから」

 

「残念!気になる答えは簡単だ。」

 

 俺は彼女が答えるのを黙って待つ。やがて彼女は言った。

 

「正解は『()()』。林檎売りは泥棒である私の存在を忘れてしまったのです。」

 

「は?」

 

「いい反応するね。えー、私の出す霧はね、包まれると、誰かに忘れられてしまうんだ。調整とかも出来るよ。例えば世界でたった一人、愛する人にだけは忘れられないように、とかね。」

 

 奇想天外なことを言い出す彼女。俺が訝しげにその水色の髪をじろじろ見ていると、彼女は笑顔のまま言った。

 

「もう分かるでしょ?かれこれ数百年ぐらいやってるんだけどさ、私の力が通じないのはあなたが初めて。あの男の子のことを知ってるのはもうあなただけ。申し訳ないけど、私たちにとっては邪魔なんだ。だから君はこう、もう少し焦った方がいいよ。君に残された選択肢は、()()()()()()()()()()()、それだけ。」

 

「仲間じゃなくて()()よ。一応言っとくわぁ。」

 

 口を挟んできたのはクワを攫っていたあの金髪ロング。最初俺はこいつを女だと思っていたが、その野太い声からして男のようだ。

 

「……ところでこの縄、ちょっと苦しいぐれえに締め付けてくるんだよ。もうちょっとどうにか出来ないか?──ぐぅっ!!」

 

「やめてよぉ!興奮するじゃない。」

 

 どう言う原理かは知らないが、金髪ロングが俺の縛る縄をさらに強くしてきた。人間の身体ではこの程度のものすら千切れそうにない。藍の()()()を使いたくても、これじゃあ胸を叩くことは出来ない。まさにピンチ。万が一。

 

「さて、準備が出来たからこっち来なさいな。ほらアンタ運びなさい!アタシより力持ちなんだから!」

 

「そのつもりだ」

 

「お……おい……。なんで……ぐっ、クワを…… 狙ってんだよ!」

 

「へー。あの子くわって名前なのん?なんか農具みたいな名前ねぇ。新しくカワイイ名前つけなきゃっ!」

 

「おい……!」

 

「ん?何でってねぇ……。」

 

 締め付けられて苦しむ俺に、金髪ロングはニッコリ笑いかけ、気持ちの悪い猫撫で声でこう言った。

 

(しゅ)()♡」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 (……少年。)

 

 赤い髪の女に運ばれて、俺はだだっ広い洞窟の床に無造作に置かれた。

 

 洞窟には松明が集まって一際明るい場所があった。俺をそれを下から見上げる。火に照らされたクワは恐怖でいっぱいなのか、椅子の上でぷるぷる震えていた。

 

 壇上に上がった男が咳払いを一つして、息を吸い込む。

 

「──初めに私なりの挨拶からいこう。我々の組織『()()()』とは?常日頃苦痛に耐え続け!正なる願いを持ち!悩める人々を、()()()()()()()()()組織である!」

 

「馬鹿みてぇだな」

 

 そう言った瞬間、暗闇で隠れていた大量の人間が俺の方を一斉に見た。それらからは人間味などが一切感じ取れず、それらはまるで機械のようだ。

 

「そこの君!名前は?」

 

「マッシブーンだ。お前は何だ?」

 

「私?私に名前はないよ。正常愛は名を捨てた者の集まりだ。」

 

「例外もいるけどネ」

 

 壇上には先程の金髪ロングが話しながら上がって来ており、その後ろに水色少女も赤髪女も続く。そして四人が横に並んで、それぞれが明日の方向を見ながら話し出した。

 

「改めて皆!少年!そしてマッシブーン!私は『(いち)』だ。正常な愛を持つ者を、素晴らしい能力に目覚めさせることが出来るよ……。」

 

「……『()』だ。力で浄化するのが趣味。」

 

「私はキリコ……じゃなかった『(さん)』。ご存じ、私の白いもくもくでみんなを浄化するよ。」

 

「アタシは『(よん)』よ。愛でアナタたちをキツ〜く縛って、浄化しちゃうわ。」

 

 ぱちぱちぱちぱち、と乾いた拍手の音が洞窟内に響いた。音は規則的に揃っていて不気味である。男は満足気に笑った後、クワの方を向いて話し始めた。

 

「まずはおめでとう。君は無事に浄化された!」

 

「……えっ……」

 

「ぱちぱちぱち!」

 

 男がそう言って拍手を始めたのをきっかけに、他の奴らもクワに拍手をする。その異様な空気に耐えきれなくなり、俺は大きな声で叫んだ。

 

「おい、クワ!異常者どもの言葉なんか聞く必要は無ぇ!ちょっと待ってろ、絶対に助けてやる!」

 

「……へ……?」

 

「クワ!」

 

「浄化されたんだってば。」

 

 キリコが俺の方を見ながら微笑む。

 

「私の霧をね、この子と、あと君にも被せたの。だからクワ君はもう、君のことを何にも覚えてない。」

 

 思わず俺は硬唾を飲む。

 

「私たちは覚えてるけどね。君たちはもう、大切な人たちに……思い出も。顔も姿も。何もかも忘れられてしまったんだ。」

 

「……っ!ふざけんじゃねぇぞ!勝手にクワを滅茶苦茶にしてんじゃねぇ!」

 

「浄化だよ浄化!あははははは!」

 

「ふざけんなぁ!!」

 

 キリコが笑い声を上げた瞬間、他の連中も一斉に笑い出した。けたたましい合唱は俺の耳にがんがんと響き、正しさを主張するかのごとくいつまでも止まない。これには流石の俺も、変な汗が身体中から噴き出てきた。

 

 (こいつが人間の悪意ってヤツかよ……鎌鼬……。)

 

 今対峙しているものは、悪意の塊であった。勝手な都合で他人をさらい、そして記憶を弄ぶような最低の連中。悪を悪と気付かない連中。俺が何もできない以上、俺が絶対に正しかろうと、この場で正しいのはあちらの方なのだ。

 

 ついに俺は歯軋りをしていた。怒りや情けなさで狂いそうになっている。今の俺には残っているものなど何も無い。力はない、技も打てない、頭脳は元から無い。全て力で解決していた頃とは全てが違う。当たり前が当たり前ではない、そういう、最も腹立たしい世界に、今俺はこの身を置いているのだ。

 

「さて、皆。話は変わるが、先程から汚い言葉で騒いでいるそこの男!彼は何と、『決して浄化されることのない者』だ!これは正常愛が創設されて以来一度もなかった異常事態!『不浄』とでも呼ぼうか!我々は今すぐこの男をどうにかしなければならない!そもそも我々の信念とは〜……」

 

 無性に耳を塞ぎたくなった。もうあの壇上のクソ教祖の声は聞きたくなかった。

 

 自然に頭は俯いていた。真っ暗闇で薄らと浮かび上がっている地面に、汗がぽたぽたと垂れる。視界さえもぼんやりとしてきて、呼吸音がやけに鮮明に聞こえた。

 

「……ありがとう!本当にありがとう!皆がいて私がいる!私がいて皆がいる!美しい環境!大きな愛に包まれ!私たちは苦しい漆黒の中で、凛と、こんなにも輝いている!」

 

 勢いに乗った『(いち)』とやらの声がまたがんがん響くようになる。

 

 (今の俺には……何も出来ねぇ……。)

 

 無力感に襲われながら、俺は壇上をゆっくりと見上げた。

 

 

 

 

 (……クワ?)

 

 騒ぎ立てる奴らの背後に小さく、震えの止まった少年がいた。クワは椅子の上で拳を握り、涙を流しもせず、ただ必死に耐え忍んでいた。顔には険しい表情が浮き出ている。時折、強く目を瞑っていた。

 

 (おい……お前は……こんな大勢の前で独りぼっちなんだよな……。お前はまだガキだ、辛くねぇはずはねぇ。なのにお前は……)

 

 俺の目はもう少年に釘付けだった。少年の恐怖は容易に想像できる。誘拐も孤独も、子供には耐え難い出来事のはずだ。それに耐えているクワは、この場の誰よりも強い。

 

 (あ、泣いた。)

 

 とはいえ少年もギブアップ。強く瞑った目からぽろぽろと涙が流れる。熱を持った水滴が、俺の心に火をつけた。

 

 (……悪かったな、クワ。諦めてしまった俺が、一番気持ちわりいよ……!)

 

 マッシブーンがどうにかしてやらねばならない。マッシブーンが彼を救わなければならない。彼の前では、俺は神さまだった。ならば、こんなにも不甲斐ない神がこの世のどこにいるというのか。

 

「では、これから天に昇る彼に、皆で歌を歌おうじゃないか。なるべく苦痛のなくなるように、皆で祈りを捧げようではないか……。」

 

「ちょっと待ってくれ!『壱』様!」

 

「ん?」

 

 相変わらず楽しそうに話している教祖野郎に、俺は大声をあげた。そして少し間を置き、小さな声で言う。

 

「さっき、あんたは言ったよな!『悩める人々を、無償の愛で救う』って……言ったんだよな……!」

 

 弱々しい声色に不意を突かれたのか、教祖が笑顔を崩し、少しだけ驚いた顔をする。そして口を開いた。

 

「言ったとも。何だ?」

 

「……実はあるんだ。俺にも……人に言えないような……誰にもあげられなかった悲鳴ってやつがよ……。」

 

「ほう。」

 

 またもや笑顔に戻った教祖。俺は精一杯すがるような表情をして、震えた声で話した。

 

「俺は……思いっきり殴られることに、生きがいを感じるんだ……。殴られた腹やら顔やらは、始めは一瞬の強い痛み、後からはズキズキと弱い痛みが続く……。俺はその感覚が大好きなんだ!生きてるって分かるだろ!転んだら思わずにやけるだろ!骨を折ったら興奮するだろ!?死ぬかもしれない大きな痛みは最高の快楽だろ!!痛みが生きがいだったんだ……。」

 

 感情の籠った声が洞窟内に響く。

 

「だが、誰にも言えなかった……!」

 

「ほほう。興味深いね。誰でもいいってトコが少し違うが、陸と似ているな。」

 

 とどめだ。俺は媚びるように言う。

 

「だから、頼む……!俺を殴ってくれ……!」

 

「ふむ……」

 

 頭を下げるほどの俺の熱意に何か動かされるものがあったのか、奴はしばらく考え続け、そして言った。

 

「よし。私には役不足だろう。『弐』!お前が一思いに殴ってやれば、彼は必ずや浄化されるだろう!」

 

「……分かった。」

 

「ありがとう!」

 

 感謝の言葉を述べる。それ以外に誰も言葉を喋る者はいなかった。誰もがこれから起こるであろう、俺の処刑を見つめている。『弐』と呼ばれていた赤い髪の女が、鉄アレイ三個分ぐらいの距離で立ち止まった。

 

 (……何とか釣られてくれたな。そして多分、あのクソ野郎はここで俺を殺すつもりでいるだろう。)

 

 赤い髪の女が拳を握り締める。腕に満遍なく付けられた筋肉は目を見張るものがあり、恐らく連中の中でも屈指の実力者なのだろう。

 

 (俺の口からは、殴る場所は言わなかった……。わざわざ言ってしまうと、違和感が生まれちまうもんな……?だから、ここからは賭けなんだ……。)

 

「男。やるぞ。」

 

「お願いする……。」

 

「ふぅ。いくぞ。」

 

 彼女が息を吸い、その場で構える。握った拳がどこに当たろうと、今の状態の俺が死ぬことには変わらないだろう。ただ一つの可能性を除いて。

 

 (お前は頭を殴るか?いや、違うな……。浄化という言葉で悪事を誤魔化すお前らが、殴ってぐちゃぐちゃにした顔を信者には見せたくないはずだ……。)

 

「いち……」

 

 (じゃあ腹か?いや、ありえねぇ……腹にはちょうど縄が何本も巻いてある。殺すってのに、わざわざ縄の部分を殴るなんて真似は、しないはずだ……)

 

「にの……」

 

 (だったら……収束するよな。殴る場所は決まってるようなもんだよな?)

 

 いよいよ彼女は肘を後ろにやり、思いっきり殴れるような姿勢に入った。俺は恐怖を感じない。必ずそこに当たると、確信していたからだ。

 

 (女!てめぇの殴る場所は!間違いなく俺の胸(切り札)だッ!)

 

「さんっ!」

 

 そして、大胸筋に拳は放たれた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 概念結界 発動

 

『三分間、マッシブーンは本来の強さに戻る』

 

 




後編は結構すぐに投稿されると思います。
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