九尾の狐と風の妖怪は、お互いに話すことが無いので黙っていた。少女たちの足元には、人間と化したマッシブーン(全裸で傷だらけ、気絶中)が置いてある。
「……このお札には、治癒の効果がある。」
不意に八雲藍が、人差し指と中指で摘んだ緑の札で自身の右半分の顔を隠した。その九尾は完璧に調整された妖力操作によりお札を全裸マッシブーンの胸に飛ばす。
くっついた札は一瞬光ったかと思えばすぐ元通りになり、人間状態のマッシブーンの胸を文字通り癒した。傷はみるみる塞がり、折れていた胸骨は元通りになる。
「……私の風には、治癒の効果がある。」
鎌鼬が人差し指を全裸マッシブーンに向けて、指の先から風を出す。風はマッシブーンの全身を包み、少しずつ血を流していた傷を癒す。
「どうだ。懐かしいだろ。」
好意のつもりの鎌鼬。だが、それが藍の神経を逆撫でした。
「ぺらぺらと」
八雲藍はあからさまな程にキレていた。眼つきは鋭くなって、鎌鼬の顔を強く睨んでいた。先程までのちょっと気まずい空間が、悪い意味でがらりと変わってしまっている。
藍は冷酷に言葉を放った。
「まるで、自分の力とでも言いたげだな」
「ん?」
鎌鼬は短くとぼけたあと、やれやれとため息を吐いた。彼女の中では既にその辺の葛藤は終わっていたものだから、今更かよ、という感じなのだ。
「私は私だよ、白面金毛九尾の狐。」
「やはりお前は嫌いだ」
藍がその場を去る。鎌鼬は雑にマッシブーンを抱えた。
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「……おんみょお〜ん」
間抜けな声を出した俺はマッシブーン。強すぎて悪辣な宗教団体をぶっ潰してしまったポケモンだ。
最近の起床はもっぱら少年の家にて行われ、起きたら必ず背伸びをするのがルーティーン。両腕を天井に伸ばしていると、ふと全身の痛みが完全に消え去っていることに気が付いた。
「何だ……?身体が完全復活してやがる。藍のおかげだろうなこりゃ」
俺は勝手に傾国の美女に感謝し、外に出た。
「うわ」
「……殺すぞ」
地面には白髪の妖怪、鎌鼬が体操座りをしていた。意味不明の状況だが、とりあえず挨拶をする。
「おはようございますって言え、鎌鼬。」
「殺すぞ」
同じ返答。ゲームのNPCごっこのつもりだろうか。それにしては物騒すぎる言葉遣いだ。
「あーあ、昨日までのお前はどこに行っちまった?」
「?」
「何か、よく分かんねぇけど、俺を抱きしめてくれたろ。そんで、偉いだとかほざいたよな。確か。」
「……勘違いするな」
「あっ!それマッシブーン知ってる!それツンデレ!俺はお前のこといまいち分からなかったがお前はツンデレだったんだな!」
「死ね」
「ぐぇっ」
俺は胸を殴られた。
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概念結界 発動
『三分間、マッシブーンは本来の強さに戻る』
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「あっ!?」
藍のなんちゃら結界とやらが鎌鼬によって強制発動される。
「お前とはあんな勝負ではなく、実戦形式で殺し合う必要がありそうだ……」
「勝てると思ってんのか!雑魚!」
空間がぐわっと広がり、無言で鎌鼬が接近してくる。俺の反応速度が火を噴いた。
こうして俺たちは朝っぱらから伊吹萃香もびっくりな戯れ合いを繰り広げたのだが、途中で萃香と藍も混ざって訳が分からなくなり、普通に俺は鎌鼬に負けた。
「いてて」
傷だらけの俺に追い討ちをかけるように、鎌鼬が風を吹きかけてくる。と思ったら、何故か身体の痛みがまるごと消えた。
「……!てっきり藍が治してくれたものかと……」
「ほとんどは八雲藍だ。……あの時、お前がクワを必死で守った様子が窺えた、あの瞬間だけは、お前のことを見直した。ただそれだけだ。」
「照れるぜ!」
「勘違いするな」
その場から、鎌鼬は風になって消えた。
(やっぱりツンデレじゃねぇか……)
「あはは。素直じゃないよねぇ?」
かつて師であったという、伊吹萃香は大きく笑う。
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「よし!色々あったけどその色々全てが俺にとっては楽しいぜ!俺たちの日常生活はまだ始まったばかりだ!」
俺は少年にサムズアップをする。寝起きで親指を立てられた少年は困惑しながらも、俺の真似をしてサムズアップした。
そう、俺たちの日常生活は、ここから始まる……
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「よーし!人里を巡るぜ!クワ!鎌鼬!」
「はい!」
「勝手にしろ」
「来いよ」
俺は家からクワと鎌鼬を引きずり出し、適当に歩き始めた。ちなみに鎌鼬はクビになったらしく、あと俺の抗議でクワは大幅な休暇を貰った。
俺たちがまず行ったのは飯屋だった。少年の家では玄米と何かの汁のみが食える。それはそれで美味いのだが、やはりうどんの魅力には抗えない。
「うめぇ!」
「うどん美味しいです、かまいたちさん。神様。」
「お前……まだ神様だなんて呼ばせてんのか。」
「クワ!マッシブーンって呼べって言ったろ!」
「は、はい!ま、マッシブーン……さま。」
俺が舌を出し、鎌鼬がぎろりと睨む。
「……せめてさん付けにしろ!いち、にの、さん、はい!」
「カミさん!」
「そう俺は母親」
「違うだろ」
全員が食い終わり、きちんと金を払った後は団子屋に行く。
「うめぇ!」
「お前といると食ってばかりだな。マッシブーン。」
「おう。ちょっと昔は、血とか木の実とかしか飲めなくてな。あーもっちもちでうめぇ」
「……お前、本当に人間なのか?」
(げっ)
美味いものを食ってる際中だと言うのに、答えづらい質問をしてくる鎌鼬に俺は口を止める。
というのも、俺は本来真っ赤でムキムキな筋肉お化けであることを鎌鼬に知られたくないのだ。人間として、彼女に俺を(友人的に)好いて欲しい。これは俺の中の密かな勝負だった。
「何言ってやがる。歴とした普通の人間だぜ俺は。」
「出生はいつだ?この人里で生まれたのか?親は?家は?正体は?」
「出生は2016年!ウルトラジャングル生まれ!親は知らん!家も知らん!正体はポケットモンスター!」
「よくもそんな虚言がぽんぽんと出るよ」
彼女は呆れた。まぁ、何とかはぐらかせたので良しとする。
最後に俺たちは貸本屋に行った。店の名は『鈴奈庵』と言うそうで、店員が幼い女の子だった。
「じゃあお母さん(俺)あっちで本読んでくるから、そっちのお母さん(鎌鼬)と見てきなさい!」
「かまいたちさん!行きましょう!」
「お前はいつまで自分を母親と勘違いしているんだ?」
「お前もちげぇよ」
俺は適当に本棚を眺め歩いた。おすすめ、という大きな見出しと共に置いてあった『幻想郷縁起』という本を手に取る。
「ほぅ、妖怪のことが何でも書かれているのか」
ぺらぺらとページをめくると、伊吹萃香だとか八雲藍だとかレミリアだとか、見知った顔が載っている。
「危険度高ぇな、お前ら……」
思い返せば、酒を強要して殴ってくる鬼、見た目が怪しいというだけで連行して殺そうとする九尾、キレやすく厨二病で人間が主食な吸血鬼などが危険じゃないはずない。人里の人間はびくびくだろう。
「心外だよね!私ほど安全な妖怪なんていないのにさぁ!」
「うわ、また出た」
何も無い場所から伊吹萃香が現れる。まさに神出鬼没だ。
「私は本とか読まないんだけどさぁ、ソレは何年か前に読んだんだよね。だから私の方が先輩。」
「何のだよ」
「先輩としていいこと教えたげる!聞きたい?」
「強引だな?どうせ大したことないんだろ。」
「その本の中にはね、鎌鼬のことも書いてあるんだよ。」
「うおおおお!」
俺はページをめくり続けた。しかし鎌鼬のものらしきページは見当たらない。全ての妖怪に写真が付いている訳ではないので、探すのが難しそうだ。
「おっ!」
やっと俺は『鎌鼬』という言葉を見つけた。しかしそれは種族名であり、本当の名前ではないようだ。ゆっくりと目を上に滑らせる。
「なっ、何だと……これは……!」
【名前……井伊奈良古之樹】
「……なんて読むんだ?」
「わかんない!下の名前はコノキだよ!」
伊吹萃香が元気良く返事をする。どうやら鎌鼬の本当の名前は、『
遠くから鎌鼬と少年が歩いてきた。俺も迎えるべく歩き、家に帰った。
途中、俺は鎌鼬だけにカマをかけることにした。
「なぁ、
「お前、あれを読んだな?」
するとボコボコにされた。今時暴力系ヒロインなんて流行らねぇよ、馬鹿め!
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「よーし!本格的に母親を探すぜ!クワ!鎌鼬!」
「はい!」
「勝手にしろ」
「だから来いって」
俺は家からクワと鎌鼬を引きずり出し、適当に歩き始めた。ちなみに鎌鼬は昨日少年の髪を乾かす時に強めの風を吹かせてしまい、少年を泣かせた。
「あいつの願い事の件、忘れてなかったんだな。お前。」
「失礼な!俺は一度覚えたことは絶対忘れねぇ。」
「で、どうするつもりだ?」
俺はその場で立ち止まり、考える。そもそもマッシブーンこと俺は神様として少年の願いを叶えるべく人の姿で人里に降臨したのだが、この四日間全くその母親とやらを探せていない。これではマッシブーンとして最低ではないか。俺は猛省し、一つの結論を出した。
「行くぞ!お前ら飛べッ!」
「えっ?えっ?」
「クワは鎌鼬に背負ってもらえ!俺についてこいお前ら!」
「人里内は飛行禁止だ、馬鹿め。」
「なら走ればいい!馬鹿め!」
俺たちは走った。ひたすら走って、門番に捕まった後、人里の外を駆け抜けた。走って走って辿り着いた先に、鳥居は立っている。
鳥居の先には赤かったり白かったりする巫女が立っていた。ご存じ、博麗神社の博麗霊夢である。何かの修行をしていたらしい霊夢の顔は気怠げであった。
そして、一通り説明をし終わるに至る。
「……で、私の所に来たってワケ?マッシブーン。」
「おう!好きな食べ物は最初に食べるべきだからな!」
「それだと何か違うわよ。必殺技は最初に使うべき、の間違いじゃない?」
「心底どうでもいいぜ。」
俺は久しぶりに博麗霊夢のお祓い棒でぶっ叩かれた。
「ぎゃっ!」
俺はその場で仰け反った。全く、幻想郷には血気盛んな奴が多い。というか、俺に暴力を振るう奴の女性率が高すぎる。
「かみ……マッシブーンさん!」
(よし……ちゃんと守れてるな、クワ。)
俺はむくりと起き上がり、クワを撫でた。というのも、俺が神様を偽っている事は霊夢に内緒にしていたからだ。無礼者として退治されそうだし、少年には予め口止めしておいたのだ。
「あんたはこの子の母親を見つけたいみたいだけど、私に出来ることってある?」
「何かあるんじゃないか?頼むぜ巫女さん。」
「巫女さんはやめて。……そうね、一つ思いついたわ。」
そう言うと、霊夢は境内の方に歩いて行き、俺たちの方を向いてお祓い棒をカツンと地面に突き立てた。
「今から『降霊術』を行う。ちょっと待ってなさい。」
彼女の手が青く光る。
「頼りになるなぁ、霊夢。でも霊を降ろしてどうなるんだ?」
「死亡確認だ。」
「知っているのか?鎌鼬」
「分からないのか?」
俺がそう聞くと、鎌鼬は霊夢の方を見ながら話した。
「クワの母親の霊を降ろすつもりなんだろう。もし、これが成功すればクワの母親はとっくに死亡済みということだ。探す必要は無くなる。」
「へぇ。」
「便利なものだ、博麗の巫女……。」
しみじみと鎌鼬が言った。彼女は何か思う事があるのか、霊夢から目を離さないでいる。
そして数時間が経過した。
「遅くないか?」
「………」
俺の問いかけに、霊夢は答えない。少年は鎌鼬に抱えられ、じーっと儀式をきらきらした目で見つめている。
やがて、博麗の巫女はにこりと笑いかけ、淡々と告げた。
「……降りてこなかったわ。」
「む、無能?」
「違うわよ!」
割と強めに怒られた。俺はしょんぼりしたが、慰める者は誰もいない。
彼女はビシッと少年にお祓い棒を向けている。顔を下から覗き見ると、いつの間にか彼女は真顔に戻っていた。
棒の先を向けられた少年は若干困惑していた。退治の予告って訳じゃあ無いだろうが、どういう意図なのかは俺にも分からない。少年の椅子の代わりをしている鎌鼬は、霊夢をじろりと睨んだ。
霊夢はハッキリとした口調で、こう言った。
「あんたの母親、生きてるわよ。」
少年の顔がぱあっと明るくなる。今日から、かなり忙しくなりそうな予感。
一旦終わりです へいわ