筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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どんどん文章が追加される魔法の小説です。間に合いませんでした、ごめんなさい。一日後には完成してるかと思われます。
追記:完成しました!


二十二、 母子家庭が終わりを告げる ─後編

 

 

「よーし!大食い大会に出るぜ!クワ!鎌鼬!」

 

「お、おおぐい大会?」

 

「勝手にしろ」

 

「来いよ!」

 

「参加しねぇよ!」

 

 神社に行った次の日のこと。ぎゃあぎゃあ騒ぐ鎌鼬とあわあわ困惑している少年を連れ、俺は今日人里において最も熱狂する場所へと訪れた。

 

「勘違いだぜ、勘違い。お前らは観戦だから、俺の勇姿を応援してくれよな。」

 

「訳が分からない……なぜ急に出ようと思った?」

 

「貧乏生活から抜け出せるんだよなぁ。優勝賞金がっぽりだぜ!」

 

 そう言い放った俺はがやがやと騒がしい周りを見る。見渡せば人、人、人ばかり。妖怪もちらほらいる。俺は群衆を掻き分け、紅白の華やかな看板の立つステージへと突撃した。

 

「さぁ!いよいよ始まります、第一回幻想郷大食い大会!出場者は名のある者たちばかり!」

 

「うおおおお!」

 

「……っと、どうかしましたか!そこのお兄さん!」

 

「エントリー!今からエントリー!」

 

「おおっと飛び入り参加か!?……えー、駄目みたいです。次は事前に申し込んどきましょう!残念!」

 

「ちっ!」

 

 まさかの拒否。笑う群衆。出鼻を挫かれた俺は、複数人にステージから引き摺り下ろされた。

 

「馬鹿ね、あいつ……。」

 

 (おっ……霊夢じゃねぇか)

 

 よく見ていなかったが、何故かステージには霊夢が座っていた。その他にもツノの生えた白髪の女性や、不思議な格好をしたピンク髪のお嬢さんや、見るからにヤバそうな男などがいる。

 

「さて、思わぬイレギュラーもありましたが司会を続けたいと思います!えー、では、まずはこの大会が開催されることになった経緯を簡単に、そしてこの大会に出資して下さった方々をご紹介させていただきたいと思います。きっかけは、皆さんお馴染み『蕎麦』が大量に廃棄処分……」

 

「長いいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」「!?」

 

 その場にいた誰もが驚き、空気がひりつく。叫んだのはさっきの見るからにヤバそうな男だった。

 

「一ヶ月の断食に耐えた男だぞ俺は!?だが一ヶ月一日は耐えきれないいいいい!!」

 

「おお、おち、落ち着いてください!その刃物下ろして!」

 

「もーーう我慢ならねぇ!賞金目当てで努力していたがもう待たねぇ!」

 

 (心外にもこの俺と目的が被っているぜ)

 

 男の目付きは明らかに正気を失っており、比喩無しで今にも誰かを襲いそうだった。俺はあくまで楽観的に、頭の横辺りを弱めの力で掻く。

 

「なぁ……?大食いとか言ってもよ……!要は最後まで立ってた奴の勝ちだよなぁ、そしたらよぉ!俺以外が全員死ねばぁ!大食い大会は俺の優勝だよなぁぁぁぁ!!」

 

「きゃああああ!!」

 

 司会の人間が悲鳴を上げる。一気に現場は恐怖と混乱に包まれ、お祭りのような騒ぎになる。ただし、大食いに参加していた博麗霊夢を除いて。

 

 (……馬鹿め。お前のおばかポイントは2点だ。)

 

 俺は強く胸を叩き、ウォーミングアップの準備をした。

 

 (一つはお前のその努力!無駄無駄、無駄だぜ。大食いってのは胃袋のデカさが重要だ。一ヶ月も断食なんかしちゃあ、お前のその胃袋がよりヒョロガリになっちまうだろ……?)

 

 俺は群衆をまたもや掻き分け、前の方に一人立つ。

 

 (そしてもう一つは……言うまでもねぇよな。)

 

「同じ馬鹿でもあんたは大馬鹿ね?」

 

「なっ」

 

 騒ぎの中、霊夢は残酷なほどにその冷静さを崩さない。彼女は素早く男の首に腕を回すと、ふわっと宙に浮き出した。多分、落ちたら死んでしまうところまで霊夢が浮かぶと、男は慌てだす。奴の持っていた包丁が落ちて悲鳴が上がったが、俺が華麗にキャッチして、歓声が沸いた。

 

「一人違反者が出たみてぇだな?俺が参加するぜ。」

 

「……お、おお!いいでしょう!いいですよね?……はい!名前も知らないお兄さん!貴方を挑戦者として認めましょう!」

 

 わぁわぁと騒ぎが起き、ぱちぱちと拍手も起こる。俺はステージに立って、落下しながら降りつつ地面スレスレでぴたっと止まった霊夢にサムズアップをした。一緒に落ちてきた男は泡を吹いてぱたりと倒れる。

 

「俺がぶちのめして参加しようと思ってたのによ。だが結果オーライだ。」

 

「蓬莱?」

 

「オールライト!」

 

 ささやかな会話の後、俺たちの大食い大会は幕を開ける……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うぐっ……」

 

 結果は言うまでもない……なんてことはなく、予想外のイレギュラーが発生した。現在、俺は机にぐでんと倒れ込んでいる。

 

 (勝てる訳ねぇだろ……!)

 

 まず、俺は呆気なく惨敗した。藍の概念結界により『元の身体能力に戻った』はずの俺の胃袋はあくまでも人間サイズのままだった。胃液が強化されているのかいつもより食えたとはいえ、あの化け物に俺たちは心をバキバキに折られてしまったのだ。

 

「あッ……圧倒的!最後まで立っていたのは!西行寺幽々子選手だーーーー!!」

 

「わーい!」

 

 化け物とは、可憐な一人の少女であった。横目で下から覗く俺はまさしく敗者。両手を上げて笑うピンク髪に、皆が拍手大喝采。俺は意識を失いそうな眩暈を喰らった。

 

 ぐにゃあっ…となったその時。

 

「おい……大丈夫か?もう閉会式も終わったぞ、立つんだ。」

 

「あ……あんたは、ツノの生えた女……」

 

「上白沢慧音だ。ここらで教師をやっている。君は見ない顔だな?」

 

 ハキハキした声で話す女性を俺は見上げる。余裕の表情、というよりは苦しそうな顔で差し出してきた彼女の手を、遠慮なく俺は握って立ち上がった。

 

「そうだ……。異世界からやって来たぜ。これから有名人になる予定だ、新聞に載ってな。」

 

「そうか。私と君は、ちょうど100杯でギブアップになったそうだ。お互い、頑張ったな。」

 

「おう!」

 

 慧音とそのまま固い握手を交わす。ぱちぱちぱち、と数人の拍手が聞こえた気がした。

 

 結果的に大食いは失敗したが、互いに死闘を繰り広げ、お互いに認め合うというのは、なかなか良いものだ。血生臭い殺し合いとはまた違う、清い競争である。俺は今日ここに来てよかったと心の底から感じた。

 

「乱入してきた割には雑魚だったなー、あのあんちゃん。」

 

「何だとてめー!」

 

「うわっ!」

 

 この、なんかいい感じに終わる雰囲気を台無しにするつもりは無かったが、俺はガヤを飛ばしてきた観客に怒り散らした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あーあ、不甲斐ねぇな。でもいい経験になったぜ!ババァルクウ!」

 

「あっ、マッシブーンさん。参加費の一円払って下さい。」*1

 

「えっ?そんな大金無いが?」

 

「えっ!じゃあ通報しますね……。」

 

「ちょっと待ってくれ、保護者呼ぶから。」

 

 俺は口元に両手を当て、大声で叫ぶ。

 

「おーい!鎌鼬さーん!クワさーん?霊夢さーん!」

 

 しかし、誰も来なかった。どうやら全員に見放されたらしい。

 

 慌てて俺は着物の懐などを探したが、何も無い。ふと道端に石ころを見つける。これで目眩しをして逃げるという行為は、やろうと思えば出来るだろうが、なるべく穏便に済ませたい。

 

 (やべぇよやべぇよ……)

 

 とはいえそれ以外の方法が分からず、俺は非常に焦っていた。ウルトラジャングルが爆発しそうな時だってここまでは焦らなかった。

 

 とりあえず俺は、その場にしゃがんだ。そして石ころに触れながら二択の選択肢について思考する。一に土下座、二に戦闘。さあ、君ならどうする!?

 

「私が払おう、天狗。」

 

「!!!」

 

 その時、天から天使が舞い降りた。

 

「よろしいのですか?八雲様。」

 

「あぁ。次の大会も楽しみに待っているぞ。」

 

 八雲藍がそう言い、財布を取り出した。まさに奇跡の救世主、太っ腹、傾国の美女である。

 

「……いやぁ、本当に助かったぜ!お礼に石ころが無くなる手品でも見るか?」

 

「小石を粉砕することなら、私にも造作無い。それよりお前と話したかったんだ。」

 

「ほう。」

 

 俺に用があるらしい彼女は、長すぎる袖と袖を合わせながら、彼女は尻尾をゆさゆさと揺らした。

 

「マッシブーン。お前、いっそのこと人間として暮らしてみるのはどうだ?」

 

 藍が続けて言った。

 

「聞けば、天狗を使ってお前のことを新聞で広めるようだな。確かに、お前のように凶暴凶悪な見た目の妖怪が、博麗神社に急に住むというのは人間たちを混乱させるだろう。だからこそ新聞で前もって知らせる。そういう意図だったろう。」

 

「そんなの知らないぜ?」

 

「……知っとけ。」

 

 藍が咳払いをする。

 

「う"う"ん。だが道は険しいぞ。」

 

「なんで?」

 

 俺は疑問に思った。するとこの目の前の、傾国の美女とやらはぺらぺらと話し出す。

 

「我々妖怪がこの人里にいれて、何故受け入れられているのか分かるか。それは彼らと同じ人の姿をしているからだ。しかし、それは仕方のないことだ。相容れない者同士で共存するということは、どちらか一方が我慢を強いられるということだからな。」

 

「……なんだ。幻想郷って言ったって、ここはちっとも幻想的じゃあねぇな。」

 

「何?」

 

「俺がその常識ぶち壊してやるって言ったんだよ!二度も言わせんな!」

 

「絶対そんなこと言ってないだろ」

 

 心の中で言ったんだよ、と俺は心の中で反論。そのまま続ける。

 

「人の姿してないと受け入れられねぇって言ったよな。じゃあこのマッシブーンは決して人間に受け入れられねぇってことか?いいや違うな、きっかけさえありゃあ、真っ赤な化け物でさえ奴らは受け入れるはずだ。」

 

「化け物って、お前自覚があったのか。」

 

「真っ赤でキュートな化け物だぜ!」

 

 藍に負けず、俺もぺらぺらと言葉を述べた。

 

「別にお前ら妖怪が妖怪のままに生きろとは言わねぇ。だが、前例は作るべきだ。やってやろう。俺はクワの母親を絶対見つけ出すし、博麗神社にまた帰るし、元の姿のまま人間どもに認められる!やってやろうぜ、って意気込みだ!」

 

「……ふっ。」

 

 彼女は何故か笑う。

 

「お前の元気さは何だか、応援したくなるよ。」

 

「鼻で笑ってんじゃねぇよ」

 

 藍がにこりと笑いかける。初めて出会った時、連行された挙句殺されかけたのが信じられないぐらいに、俺と彼女は打ち解けていた。

 

 ふと、自分の頭を触ってみた。邪魔なだけだと思っていた人間の毛が、今は身体の真上に存在している。人の姿で生き続けてはどうだ?と提案された時、少し悪くないと思った自分もいた。何しろ飯が美味すぎるのだ。

 

 だが、せめて彼女との約束を果たすまでは、マッシブーンはマッシブーンであり続けるべきだ。そうも思った。

 

「母親の件も何となく鎌鼬から聞いたが、目星は付いているのか?」

 

「まぁな」

 

 俺は極めつけに彼女へとべらべら説明した。

 

 

 

 

「なるほどな……。良い知らせを楽しみにしておこう、マッシブーン。」

 

「おう!」

 

 藍と俺はそこで別れて、クワや鎌鼬と合流する。貧乏生活から抜け出せなくてごめんな、とかを謝ってみたり、凄かったですよ、と褒められてみたり、大して食べれなかったくせに馬鹿が、と貶されてみたり、そういうのが楽しい。

 

「手伝ってやるよ。一号。」

 

 独りでに、人間の口が小さく動いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「よーし……。お前のこと色々教えてもらうぜ。鎌鼬。」

 

「勝手にしろ」

 

「いいのか?」

 

「あ、いや、駄目だ……。」

 

 真夜中、囲炉裏の火を取り囲む俺と鎌鼬は、僅かな火の灯りを頼りに些細な会話を始めた。クワは良い子なので、もうぐっすり寝ている。いびきをするタイプではないので、辺りはかなり静かで、そこには奇妙な雰囲気が完成していた。

 

「俺は思ったんだが、お前のことを何も知れていない。深入りさせろ。鎌鼬。」

 

「……一つだけなら何でも答えてやるよ。」

 

「お前って未亡人?」

 

「却下だ」

 

 嘘つきめ、と俺は悪態をつく。

 

「仮にも何でも答えるって言ったんだから、マシな質問をぶつけろよ。」

 

「いーや、これがクワの母親探しに繋がるんだ。」

 

「……どういうことだ?」

 

「へっ。分からないのか?」

 

 いつか神社で言われたことをそのまま返すと、鎌鼬があからさまにキレた。立ち上がって何かよからぬことを図ろうとしたので、俺が片手でびしっと静止させる。

 

「昼に藍にも話したんだが、俺は昨日、夕方頃にクワを雇っているおっさんへ質問をしたんだ。」

 

「糞人間にか。」

 

「……とにかく俺は質問をした。『クワはいつ頃からここで働き始めたんだ?』ってな……」

 

「……それで?」

 

 常に冷めている鎌鼬が、一応話を聞く気になっている。潤滑油という程でも無いが、俺もこの夜をできるだけ長く過ごしたくなった。俺は真顔で彼女に告げる。

 

 暗闇の中で、火がぼおっと一瞬輝いた。

 

「100年前だ。」

 

「!」

 

 流石の彼女もこれには驚いたのだろう。俺が指差した方向をちらっと見て、彼女はすぐ俺に視線を戻した。

 

「お得意の虚言じゃないだろうな?」

 

「これは大マジだ。俺も初めて聞いた時は、結構驚いたんだぜ?このぐっすり寝てるガキンチョは、そこらのジジイどもよりうんと歳上なんだってよ。なんか、半妖ってヤツらしい。」

 

「……正直、私もほんのちょっと驚いた。」

 

「ほんのちょっとじゃねぇだろ。」

 

「ほんのちょっとだ。」

 

「張り合うなよ」

 

 くくっ、と俺は笑う。口早に言った。

 

「つまり、クワの母親ってのは、妖怪の可能性が高い。だから一応お前にも聞いてみたんだが、杞憂だったな。半妖ってのは人間と妖怪のハーフだ。お前が人間嫌いだってのは、嫌というほど知ってるからな。」

 

「………」

 

 鎌鼬は無言になってしまい、考える素振りを見せた。彼女が何を考えているのかは知らないが、ともかく俺は提案をする。

 

「明日から幻想郷中の妖怪に質問をしたい。"あなたは未亡人ですか?"ってな。」

 

「妖怪ってのは爆発物の集まりだ。激昂して食いにくるかも知れないぞ。」

 

「そん時のボディーガードがお前だ、鎌鼬。悔しいが、(人間状態の)俺よりお前の方がうんと強いと見た。だから手伝ってくれ。」

 

「……ふん。」

 

 強いと言われて照れたのか、鎌鼬が下を向いた。そのまま、側からみれば頭を下げた状態で、彼女は俺に言う。

 

「一応。」

 

「あ?」

 

「一応、今まで会ってきた人間の中でも、お前は良い方だった。馬鹿に出来ないぐらいには強いし、ゴミみたいな奴らからクワを助けてくれた。記憶の喪失を自覚した時は、不甲斐なさを感じた……。そしてお前のことが嫌いじゃなくなったものだ。」

 

「それまでは嫌いだったのかよ。」

 

「うるさい」

 

 火がぼうぼうと揺れている。俺は薪木を一つ、赤い光の中に放り込んだ。

 

「初めて会った時、俺は言ったよな。お前、クワのこと好きだろってよ。」

 

「………」

 

「お前は人間が嫌いと言いながら、クワのことはちっとも嫌っていなかったな。別に、そこに不満があるわけじゃあ無い。」

 

 火に手をかざしながら、俺は口を動かす。

 

「それでいい。お前の人間嫌いは少し心残りだが、俺も悪意を改めて知った。人間も、悪い奴は強くて大きくて、悪いんだってな。だからクワのことを嫌いでなければ、俺はそれでいいと思った。」

 

「何が言いたい。」

 

 鎌鼬が聞く。

 

「クワと俺のことは嫌わないでくれよな!」

 

 びしっとサムズアップしながら俺は言った。当然鎌鼬は無視をする。

 

「別れる前に三匹ででっかい思い出作ろうぜ。一生忘れられないようなヤツをよ。」

 

「……こいつの母親が見つかれば、やっと家族ごっこも終わりか。」

 

「楽しかっただろ?」

 

「ちっとも……」

 

「本当は?」

 

「嫌いだ。」

 

 捻くれてやがる。俺は片手に顎を置いて、ため息を吐いた。

 

 ぱちぱちと火が音を立てる。ウルトラジャングルを思い出させる炎だ。こうして火を誰かと囲むのは、いつになっても楽しい。

 

 俺が人里に来てもう一週間が経つ。少しの間、人として暮らせたことを、俺は良かったと思った。

 

 らしくもない感情を大胸筋に抱いていると、急に鎌鼬が口を開いた。

 

「私の両親は、人間に殺された。」

 

 (えっ)

 

「だから人間が嫌いなんだ。分かったか。」

 

 (重いぜ)

 

 急にカビゴン級をぶつけて来た彼女に、俺は謝罪した。

 

「……なんか、すまん。」

 

「なんかじゃない。私に言わせたのはお前の非だ。」

 

「すまんかった」

 

 俺は鎌鼬に初めて、心からの謝罪をした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 火は燃え続ける。

 

 

「でもさ」

 

「ん?」

 

 鎌鼬がぼそりと呟いた。

 

「もう、とうの昔に精算し終えてるんだよ……。その怒りは。」

 

 俺は頬杖をつきながら、鎌鼬を見つめる。彼女の目はどこか虚ろで、生きる屍のようだ。そんなことを考えていると、彼女は燃える炎の先、つまり正面にいる俺を見た。

 

「なのに何故、私は人間を嫌っていると思う?」

 

「知らねーよ」

 

 俺は単調に答える。思わずという感じなのか、頭の中の住人も同じことを言った。俺は真上をちらっと見て、鎌鼬に言う。

 

「まだまだ夜更けは遠いが、頭を使うのはごめんだな。今は深夜だ、長くてもうとうと聞くからよ、お前から話せ。簡潔にな。」

 

「………」

 

 何だ。どうも様子がおかしいと、俺は思った。あれだけ憎まれ口を叩いていた彼女に数ミリ程度はあった活気が、今や消滅している。あと、単純に無言の時間が多い。何か変なものでも食べたのだろうか、と一応心配してみる。

 

 その心配をよそに、鎌鼬はややはっきりとした口調で俺にまたもや問いかけた。

 

「どうする?」

 

 続けて彼女は言う。

 

「もし、私が呪われていて。その呪いのせいで人を嫌わざるを得ないのだと、そうしたら……」

 

 ぼおっと炎が燃える。パチパチと音が聞こえる中で、彼女は言った。

 

「お前はどうする?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 その時俺の目に映っていたのは、真っ暗闇で燃え盛る囲炉裏の火ではなく、何かを期待するような鎌鼬の姿でもなく、森の中の光景だった。

 

 一面中、自然の緑色の中に、鎌鼬とクワがいた。鎌鼬はクワを抱きしめていて、大粒の涙を大量に流している。後悔してもしきれないという風に、ただ悲しそうに彼女はクワを抱きしめていた。

 

 何万年と生きてきた俺だが、誰かのこんな泣き顔は初めて見た。こいつは写真で撮って保存して新聞に載せなきゃなとか、ふざけて考えた後に、少しだけ胸が苦しくなった。あまりにも鎌鼬は辛そうにしていたからだ。

 

 (俺は今、クワの家にいたよな?何故森の中の、こんな光景を眺めているんだ?)

 

 いつの間にか俺は寝ていたのだろうか。いや、確か鎌鼬と会話をしていたはずだ、と些か混乱を隠せない状況。

 

 身体の動きを止めていると、次にだんだんと文字が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

不変の呪いにより

 井伊奈良古之樹は

 我が子を抱きしめながら

 死ぬ

 

 

 

 

 光景はそこで終わった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「冗談だ。真に受けるなよ。」

 

 一気に現実に引き戻された俺は、呆然としていた。かなり長い間硬直していたらしい。鎌鼬の若干心配している様子からそれが読み取れる。

 

 だが、より心配するのは俺の方だった。意味が分からなかった。訳が分からない。

 

「なぁ……」

 

 ゆっくりと俺は言う。

 

「その……呪いってのは……どうやったら、解けるんだ……?」

 

「……は?」

 

 (は?じゃねぇよ……!)

 

 火に当たっていたのもあるが、俺は瞬く間にだらだらと汗を流していた。目を見開き、様々なことを考える。

 

 この、不変の呪いとかいう中二病みたいなネーミングセンスは何なんだ。ともかくその呪いで鎌鼬は死ぬらしい。

 

 我が子って何なんだ。あの文字列が正しいなら、クワは鎌鼬の子供ということになる。情報量が多すぎて、脳筋の俺には理解出来ない。

 

 とにかく俺は事の重大さを鎌鼬に伝えようとした。半分パニックのような状態で、余計なことをさせないようにするべく彼女に言う。

 

「おい……鎌鼬。どうにかして、その呪いとかいうのは解けねぇのか。藍とか霊夢とか呼んで、何とか出来ねぇか……」

 

「……冗談だと言っただろ……?」

 

「嘘吐きが嫌いだって言ったのはお前だろ……!詳しく聞かせろ!呪いは、どうすれば良いんだよ!」

 

 段々焦りが積もってきて、つい語気を強めてしまう。鎌鼬は目を見開き、静かに一滴の汗を流した。

 

「分かんねぇのか!お前を心配してんだ!お前が死ぬかもしれなくて!俺やクワが悲しむからだ!」

 

「……お前」

 

 彼女はぼそっと、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。鎌鼬はひたすら俺を見つめており、顔や首からは同じくだらだらと汗を流している。俺は震える彼女をどう治めようか、考えるも思いつかない。

 

 

 

 

 

「おまえェ!!!!」

 

 

 

 

 

 燃え盛っていた炎がぼぅっと消えた。この幻想郷に舞い降りて以来、聞いた事のなかったような凄まじい大きさの怒声が、貧乏暮らしの狭い家の中で響き渡る。

 

「ゔっ」

 

 いつの間にか俺は首を斬られていた。血がぶしゃあっと飛び出た、と考えているうちに、手も足も、背中さえも斬られて激痛が広がる。今度は逆に、俺の方が目を見開いた。

 

 ざしゅっ、ざしゅっ、ざしゅっ、と肉を切り裂く気味の悪い音は、どうも俺から出ているらしかった。困惑するまま床に倒れて、身体をちっとも動かせない。

 

 まずい。死ぬ。

 

「お前が悪い!お前が悪い!お前が悪い!お前が悪い!!」

 

 鎌鼬は必死に叫び続けていた。何が逆鱗に触れたのだろうか。俺を殺す理由は何だろうか。納得できなきゃ、恨んでやるぞと頭の中で考える。

 

「嫌いだ!!嫌いだッ!!大っ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 彼女の攻撃が止んだ時、既に俺の片目は使い物にならなくなっていた。全身を斬られて、信じられないぐらいの血の匂いが辺りを渦巻く。想像し難い激痛が、全身を絶え間なく走り続けていた。

 

 

 

 

「……嫌だ……。」

 

 

 

 

 弱々しい声が聞こえる。必死に心配する声も聞こえる。

 

 何とか、彼女に呪いで死ぬと伝えなければいけない。そう後悔した頃には、頭の中の声も薄らと聞こえるままに、意識が露散してゆく。

 

 

 

 

 (俺だって……死にたくねぇよ……)

 

 紅い血が広がっている。舐めようとして、もう口が動かないことに気が付いた。

 

 

 

 

*1
現在の基準に合わせると約二万円。

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