筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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【前回のあらすじ】
マッシブーンが大食い大会に出て負ける
藍と楽しく会話する
急に全身を斬られまくって死にそうになる


☆二十三、 がらんどうの神

 

 

 かつて、私は全ての人間を憎んでいた。

 

 二匹の仲間がいた。私と同じ、白髪頭だ。その二匹の仲間を犠牲にして、両親を殺した人間への復讐を果たし、何も残らぬまま空っぽの状態で立つ私は、その後の生きる活路を見出せそうになかった。

 

 異変はしばらく経ってから起こる。無心で例の人間の肉体や持ち物などを壊したり燃やしたりしている時に、頭の中で声が響いた。

 

 "素晴らしい。君は妖怪の頂に立った。神に最も近い妖怪だ。"

 

「黙れ」

 

 私は独り呟く。あの二匹の声ならまだしも、正体不明の声は私に不快感しか与えなかった。ちょうど自責の念も溜まっていたから、私は自分で自分の頭を強く殴ったが、痛いだけだった。

 

 "王として君臨する君に必要なものは何だ?"

 

「……黙れよ。」

 

 "それは不変だ"

 

「はぁ……!?」

 

 正体不明の声は語る。

 

 "なるべくしてなった君には、王たる過程があったのだろう。ならばそれを曲げてはならない。力を持ちながら腐るのは、許されない"

 

「誰だてめぇは!」

 

 "『不変の呪い』をかけよう。祝福だ。君は今後、絶対に変わることは許されない。それが成長にしても"

 

「……!」

 

 どこを睨めばいいのか分からない。誰を殺せばいいのか分からない。正体不明の男は、その気持ち悪い声を一方的に私の頭へと送り続けてくる。

 

 "不変を破れば君は死ぬ。どのような風に生きてきたかは知らないが、ただ変わらなければいいという話だ。君の一生が幸福なものであることを、私は祈ろう。"

 

 最後にそう言い残して、正体不明の声は消え去った。あとにはぽかんと空を見つめる私だけが残る。この呪いが私に植え付けたものとは、『決して人間を好きになれない』という心底くだらない利点であった。

 

 

 利点であったはずなのだ。

 なのに、今は苦しい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 風になって、私は妖怪の山にある自身の小屋へと到着した。ここに来るのは随分久しぶりだ。

 

 そして小屋の外に付いてある、背丈によく合う大きさの扉をゆっくりと開いた。

 

「……ここは変わらず殺風景だな。」

 

 扉の中には、外観からは全く想像出来ないほどの空間が広がっていた。八雲紫が言うには、幻想郷と同じぐらいの広さがあるらしい。奴の能力で完成された幻想郷と瓜二つの閉鎖空間は、私によって全ての山や建造物などが破壊されていた。

 

 小屋には、八雲紫が認めた者しか入ることが出来ない。正確に言えば、私と八雲共などの計4匹だ。橙という名前の式神は私に会わせたくないから含めないと、数十年前に聞いた気がする。

 

 (あれだけやったら、もう関わろうともしねぇだろ)

 

 マッシブーンをずたずたに切り裂いたことには訳がある。あの時、私は危うく死にかけた。もうコイツとは関われないと思った。だから切り裂いたのだ。奴が私に恐怖するであろう段階まで。

 

 先程の血塗れの惨状を頭に浮かばせていると、ふと思い出したことがあった。ある日、私は夫を妖怪に殺された。血に染まった手で暴れ続けたのがきっかけで私はここに閉じ込められた。やっと解放されたと思ったら、人間のガキと出会った。あの馬鹿と出会った。

 

 楽しかった。だからこそ、私は過去に許されない。

 

「ふぅ」

 

 思い出に耽るのはよそうと思った。私がこれからどうするか、今はそれを考えなければならない。

 

 目の前を見つめると、紫が実験として幻想郷を模した世界が広がっていた。今や荒地と化したこの場所と同じように、本物の幻想郷もこうしてやれるのでは?そんなことが頭をよぎる。

 

 一人で戦争をしよう。一人で争って見せよう。幻想郷を敵に回そう。人間を全員殺して、妖怪も神もほとんど殺して、そして最後に残る虚しさを噛み締めながら、その後やることを考えよう。私にはそれが可能だった。

 

 自暴自棄を拗らせているのは分かっている。

 

「辛いな」

 

 幸福を噛み締めることは許されない。

 

「それでも……」

 

 決して幸せにはなれない。

 

「生きるよ、シカ、コノキ……。」

 

 ならもういっそ全部壊してやると、眼はあの頃の復讐心で爛々と輝いていた。

 

 

 ところがだ。

 

「オイッ!!」

 

 (……!?)

 

 八雲紫に認められた者しか入れない小屋の内側。そこに、あの男が立っていたのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ………

 

「ありがとうございます!」

 

「おう。」

 

 俺はクワにお椀を渡した。盲目の少年は、自分で飯を炊くことが出来ない。じゃあ今までどう過ごしてきたのかというと、クワを雇ってる畑のおっさんが以前世話をしていたらしい。その老けたおっさんがクワより年下だという事実は、なかなか面白い。

 

 ふと疑問に思って、俺は箸を動かす手を止める。

 

「お前って、俺たちのことはどう見えてるんだ?」

 

「たまです。」

 

「たま?」

 

「はい。魂が見える……ので、魂というのは玉の形をしているんでしょう。でも、マッシブーンさんや鎌鼬さんの魂は、他の人たちとまったく違うんですよ。」

 

「当たり前だ。お前ら人間と私を比べるな。」

 

「お前は黙って飯食ってろ!……で、どんな形だ?」

 

 鎌鼬に足を踏まれながら俺は聞く。素直なクワはすぐに答えた。

 

「マッシブーンさんは、三つの玉に見えます。今まで三つは見たことありませんでした!だから僕、マッシブーンさんが神様だって聞いて、その通りだって思ったんです。」

 

「ほう。」

 

「鎌鼬さんはすっごく大きいです!他の人のよりずっと!だから僕、初めて会った時は、鎌鼬さんのことを神様だって思いました。」

 

「……ふん。」

 

 俺も鎌鼬も腕を組んで考える。クワの言うことは確かに合っているので、クワは嘘をついていないということになる。つまり、この少年は今まで一度も誰かの顔を見たことが無く、のっぺらぼうの球体に囲まれて生きてきたのだ。俺は呟いた。

 

「なぁ、お前の目って治らねぇのかな?」

 

「大人しく待ってろ。もうすぐ薬が完成するそうだ。」

 

「ん?」

 

 鎌鼬は飯を口に詰め込んで黙ってしまった。なるほど、永遠亭に雇われていたのはそういうことだったらしい。当の少年は頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべている。

 

「やっぱりお前って良い奴だよな。鎌鼬。」

 

「殺すぞ」

 

「……あっ!鎌鼬さん!マッシブーンさんに酷いこと言わないで!」

 

「チッ……」

 

「くくく」

 

 俺は笑う。口に運ぶ飯が妙に美味かった。

 

 

 

 

 ………

 

 

 

 

「なんで教えなかった!」

 

 死にかけていた俺は言う。

 

「なんで何も言わねぇ!」

 

 強く叫び、一歩踏みしめる。

 

「呪いだとか、我が子だとか!俺はお前を、何も知れていなかったぞ!鎌鼬ィ!!」

 

 怒りのままに、俺は自身の胸を強く叩いた。が、何故か概念結界は発動せず、鈍い痛みが俺を苦しめる。

 

「げほっ!」

 

 俺が苦しむと、鎌鼬が静かに告げた。

 

「……お前を守っていた妙な結界は、私が壊してしまったらしい。今は力なんて何も無い。ただの人間だ、お前は……」

 

「……それがどうしたんだよ?」

 

 俺は物怖じを知らぬ態度で、仁王立ちをする。

 

「馬鹿め。」

 

 鎌鼬の呟きが聞こえた瞬間、いつの間にか俺の目の前に彼女は立っていた。そして無慈悲にも、ぼおっと風で吹き飛ばす。

 

「ぐおっ!」

 

 ずざざざざっと後退りしたあと、体勢を崩した俺はぐるんぐるんと転がった。体中のあちこちが痛んで、思わず顔が歪む。

 

「……何だここ!バカ広いぜ!皆で鬼ごっこでもできそうだなぁ!」

 

「私には理解出来ない……。」

 

 感情を押し殺したような声が聞こえる。

 

「私は、お前を殺そうとしたんだぞ」

 

「知るか!」

 

「今度こそお前を殺すぞ。」

 

「やってみろよ。」

 

「何も出来ない癖に……」

 

「そんなの分かんねぇ!」

 

 ついに目を見開く鎌鼬。

 

「雑魚のくせに!お前は尻尾を向けて逃げない!」

 

「てめぇに見せる尻尾はねぇ!」

 

 不毛な言い争いにムキになったらしい鎌鼬が、離れた場所から風を吹かせた。猛然たる豪風は彼女の感情を乗せているかのようだ。死が目前にまで近付いているのがはっきりと理解出来たが、退けない理由が俺にはある。だから必死に抵抗した。

 

「殺してやるよ!お前が大っ嫌いだ!マッシブーン!!」

 

「嘘吐きがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 俺は喉から血が出るほど叫んだ。腹の底から放ち続ける大声は、恐怖やら悲鳴やら、見せたくないものもこっそり込めている。

 

「うぎぎぎぎぎぐぐぐぐぐぐ!!」

 

 理解不能の、言葉にもなっていない唸り声をひたすら口から出し続けた。藻掻いても藻掻いても死の臭いは消えそうにない。

 

 抵抗虚しく、俺は殴り飛ばされたように吹き飛ぶ。

 

「ぐっ!!」

 

 彼女の言う通り、俺はただの人間だ。

 

 今はまだ。

 

「く……そ……。」

 

 それでも意地を張る。馬鹿みたいに意地を張る。

 

「終わりだ!」

 

 例え死ぬことになろうとも、彼女のことを知るために。

 

 (……信じてやるよ、捻くれ者………。)

 

 降りかかる拳がつかの間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い音が響く。どうやら、救われてしまったようだ。

 

「──残念だよ、鎌鼬。」

 

「……八雲、藍!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 鎌鼬は死を感じた時にのみ冷や汗を流す。

 

 今、彼女が頬の横に一筋垂らした汗は、八雲藍という最強の妖獣におそれを抱いた証でもあった。というのも先程、鎌鼬には確かに八雲藍を殺害したように思えたのだ。

 

 まず、マッシブーンをずたずたに切り裂いた後、鎌鼬は妖力を一点に掻き集めた。許容量を遥かに超えた妖力の塊を構え、藍の到来を待つ。

 

 以前から藍はマッシブーンに張ってある『概念結界に何かがあった時』、すぐに八雲紫のスキマ能力で助けに行っていた。正常愛にクワとマッシブーンが拉致された時も、概念結界の発動や不発によって位置を特定出来ていた。そしてそれを間近で見た鎌鼬も、マッシブーンへの攻撃が八雲藍という殺戮兵器のトリガーになっていることを察した。

 

 (妖力垂れ流して威嚇……分かりやすくて助かるよ……)

 

 だから、マッシブーンを瀕死にさせて、恐ろしい形相の八雲藍が現れた瞬間、鎌鼬は自身が持つ最強の技で彼女を出迎えた。その名も『疾風』。街が一つ消滅する程度の妖力の玉を、全て風に変換して弾丸のように放つ至難の技である。

 

 直撃。八雲藍はその場から消え、壁ごと吹っ飛んでゆき、事は解決したかに思えた。

 

 

 

 

「乱暴行為。連行行為。」

 

 八雲藍は言う。彼女に傷は一つも無い。癒しの効果を持つお札を惜しげなくふんだんに使ったからである。

 

「そして最後に、人里に対する破壊行為。」

 

 怒りなのか失望なのか不明瞭な顔で、淡々と告げる。冷酷で無慈悲な様を気取りながら、また口を開く。

 

「られるべからずのうち、二つを破ったな?しかも、どれもここから出る時に誓って行わないと約束したことだ。お前は約束を破る屑であるが、私はあくまでも守ろう……。」

 

 藍は鎌鼬を指差した。袖は捲られており、物珍しく肌色が姿を現す。

 

「八雲の名において、お前を処刑する。」

 

「………」

 

 鎌鼬は黙って藍を睨んでいた。彼女が片手の拳の力を静かにギュウと強めると、それに気付いた八雲藍が即座に動く。

 

 指先から放たれた分厚いお札は、殴りかかった鎌鼬の拳の先にピタリと付いた。同時にドゥゥンと大きな重低音が鳴り響き、声を出す隙さえも与えずに、鎌鼬は遥か遠くまで吹っ飛ばされた。

 

「しばし消えろ」

 

 お返しだ、と言わんばかりに九尾は鼻を鳴らす。足元にいた死にかけの男は、おんぼろ声を出した。

 

「連行じゃねぇ……俺は俺の意志でここに来た」

 

「そうなのか?どのみち奴は殺す。ここで、今。」

 

「……そこを何とか!」

 

「お前。心を許すなと私は言ったろう?」

 

 八雲藍はマッシブーンに言葉をぶつける。ひとえに、彼が甘すぎるせいであった。

 

「奴は法を破ったのだ、法を破って罰せられないのなら、法などあって無いようなものだ。諦めろ。」

 

「ぐっ」

 

 マッシブーンは座ったまま首を曲げ、項垂れてしまった。だが、髪を掻き上げるとすぐに鎌鼬を目で捉える。

 

 (大丈夫だ、あいつは死なねぇ……。)

 

 再び目を赤く光らせたマッシブーンには、先程と同じ光景が見えた。明るい日差しの下で、鎌鼬がクワを抱きしめて、泣いている光景である。以前の時のような文字は浮かび上がらなかったが、確信を得るには十分であった。

 

 (仮に、仮にだ。俺にレミリアのような『未来を見る能力』が芽生えたのだとすれば、今のは鎌鼬の未来だ。死の瞬間だ。つまり、ここでは鎌鼬は必ず処刑されねぇ!)

 

 マッシブーンは信じることにした。自分が今見たものが、数百年後の幸せな結末であることを。そして曖昧な返事をする。

 

「ワカッタゼラン」

 

「そうか」

 

 短く呟いた後、八雲藍は手と手を静かに合わせた。

 

「九重結界。」

 

 狐の尻尾が九つ分ぴんと真っ直ぐになった途端、九つの結界がマッシブーンと藍を囲むように展開された。九つはやがて一つの壁となり、現世において最高硬度の結界が完成する。

 

 藍は手を合わせながら言った。

 

「マッシブーン。敵はスペルカードルールを知らない老害だ。そして認めたくは無いが、私と同じ程度に強い。」

 

「つまりどういうことだ!」

 

「"化け"において最も重要なことを教える。元の姿に戻る方法だ!」

 

「おう!」

 

 マッシブーンは意気込み、立ち上がる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 その頃、鎌鼬は攻め方を考えあぐねている訳でもなく、この幻想郷を模した世界のうんと端の方にいた。集中し、自身の妖力のほとんどを放出する。幻想郷内でも屈指の妖力量を誇る彼女のそれは、何かを合図にして一斉に身体の中へと戻った。

 

 妖力で身体能力を強化するには限界がある。下手すれば手や脚などが破裂してしまう場合もあった。しかし、鎌鼬のそれは単なる身体強化では無い。一時的に本当の神と化す離れ業である。

 

 "月光を呑む蒼鬼神(かぜのかみ)"

 

 緑色の神々しいオーラに包まれた彼女の背中では、大きな白い袋が堂々たる存在感を放っている。集中が途切れるとすぐさま解除されるのは難点だったが、鎌鼬には何にも動揺しない自信があった。

 

 端の方にはもう鎌鼬はいなかった。秒数を数えることすら烏滸がましい程の速度で、鎌鼬はあっという間に八雲藍たちのいた場所へ戻った。砂埃やら岩の破片やら、起こった風などを九重結界は全て防ぐ。

 

 (しまった……悪手だったか。今の私じゃあどう足掻こうが、これは壊れない……。)

 

 風神と化した鎌鼬は思案する。全ての攻撃を袋に吸収する無敵の防御を持つ一方で、風のみの攻撃しか出来なくなる為に攻撃性が弱まるのは、彼女の弱点であった。さて、どうしたものかと彼女は拳を構える。

 

 だが、幸か不幸か、彼女がそれを破壊するよりも先に、結界はバラバラに砕け散った。

 

 

 

 

「どうも調子が悪かった」

 

 男は呟く。

 

「人間も良いが、やはり俺は俺だ……。」

 

「……は?」

 

 動揺した鎌鼬は、元の姿に戻ることを強制された。袋もオーラも消え去って、彼女は大量の妖力を失ってしまう。そこにいたのはかつてのあの人間ではなく、真っ黒な瞳や銀色のクチバシはこの世の者とは思えない、真っ赤でムキムキな筋肉お化けだった。

 

 身長2.4メートルを超えたその巨体に、少女は見覚えがあった。数日前、何故か八雲藍に引き摺られていたあの怪物こそが……

 

 

 

 

「そうか!お前は!」

 

「マッシブーンだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 怪物は叫ぶ。巨大ながなり声が大地を震わせた。

 

 





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