マッシブーンVS鎌鼬
藍VS鎌鼬
マッシブーンが人里に降臨
昔々、あるところに孤独な医者がいました。医者は心優しく優秀でありたくさんの人々を救いましたが、妻も子供もおらず寂しい思いをしていました。
ある日の夜、人里で大事件がありました。なんでも、九尾を負かすほどに強い妖怪が皆を襲っているそうなのです。これは近頃よく言われている『
医者は騒ぎに気付かず、ぐぅぐぅと眠っています。彼は夢を見ていました。それは真夜中、丑満時に家を訪れた大層美しい女性と色々あって結ばれるというものでした。この夢が現実になれば良いのに……そう思いながら医者はまぶたを擦ります。
医者の目を覚まさせたものとは、突然家の中に響いたイケボ*1でした。
「おはよう!おはよう!」
まだ眠たい医者はふらふらと扉の方へ歩きます。深夜におはようを大きな声で連呼する知り合いは医者の記憶ではいません。扉に辿り着いた時、医者はまだ夢を見ているかのような気分になりました。
(大きな針が喋ってる……?)
扉には穴が空いていて、その穴からは太く尖った銀色の針が突き出ていました。針は喋ります。
「あんたは医者だよな?俺はそう聞いたぞ。」
「どちら様ですか……」
「マッシブーンだぜ」
「どちら様ですか……」
「んなこたどうでもいい。急患だぜ、おっさん!」
「!」
途端に医者は冷や水をかけられたように目が覚めました。外には酷い傷を負った誰かがいるのです。
「ちょっと待っててください!」
医者が大きな声で言うと、でかい針はぬっと奥に引っ込みました。今は真夜中なので、穴から見える景色は真っ暗です。外に何がいるかも分からないまま、彼は急いで引き戸を左にばっと引きました。
そこには大きくて真っ赤な筋肉がいました。さきほど針と思っていたものは、怪物のクチバシでした。誰もが悲鳴を上げるような見た目の怪物は、ちょうど人里で騒がれていた九尾破りの妖怪らしいのです。
怪物は両脇に女性を二人抱えています。
誰もが恐怖に怯え震えるような怪物に出待ちされるという、この絶体絶命の状況で、
医者は全く悲鳴を上げませんでした。
「急患の方は誰ですか!」
「お?おう。この二人だ。」
驚いたのは怪物の方です。今まで怪物は人間に会う度に叫ばれていたものですから、怖がらないうえにすんなりと家へ入れてくれた医者を不思議に思いました。
「お前、叫ばないんだな。」
「患者を見て叫ぶような人に、医者は務まりませんよ。」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「心を傷付けるような人にも、医者は務まりません。治す者が誰かを傷付けるんじゃ駄目だ。」
医者は心の優しい人でした。実はこの怪物は人里を襲っている訳ではなく、むしろ人々を救おうとしていたのです。ただ、医者はその事を見抜いたのではありません。信条に従っただけでした。
去ろうとする怪物に、医者は言います。
「それに、私は貴方をかっこいいと思いますがね。」
「おう。自慢なんだ。」
怪物はその場を去ります。その後、運ばれてきた女性と医者が晴れて結婚し、人里一番の病院になるのはまた別の話です。
怪物は恋の妖精だったのかも知れません。女の子を抱っこしながら、時々男は考えるのでした。めでたしめでたし。
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「きゃああああ!火事よおおお!」
「化け物もいるぞおおおおおおお!」
「「「燃えろ燃えろー!ぎゃははははは!」」」
この日の人里は赤く燃えていた。妖怪襲撃の騒ぎに乗じて他人の家に放火し、火事場泥棒を働こうとした三人組がいたのである。
「お前ら行くぞ!盗んで盗んで大金持ちだぁぁぁ!!」
「盗むってなんだ?」
「あ」
そうして大泥棒作戦がスタートした瞬間、リーダーがマッシブーンに殴られてチームが解散したのはまた別の話。
さておき、マッシブーンは人間を助けようとして人間に逃げられるというドM的行為を繰り返していた。
「お前ら人間が、あの医者みたいな奴ばかりだったら、世界は平和になると思うのにな?」
「うるせぇ……」
「お前の仲間逃げちゃったよ。でもさ、まさかお前まで逃げないよな?なぁ?ちゅっ」
「きめぇ……」
三人組のリーダーの男は、ヤンデレマッシブーンによって縄でぐるぐる巻きにされて泣いていた。側から見れば男は可哀想な人質である。マッシブーンの周りには武器を構えた自警団が集まっていた。
「救助活動中の俺だが、何か用か?」
「………」
「おい、お前ら落ち着け、こいつは多分悪人だ。俺はお前ら人間の手助けをしただけ。そして俺なんかより周りに目を向けるべきだ。家がブォブォ燃えてるだろ?」
「………」
「何だ。だんまりして囲むだけか。」
「我々は、弱い。」
自警団の一人が唐突にそう発した。男の声色は冷静だったが、頬の左右から六つほど汗が流れている。
「数さえあれば勝てるなどと驕り高ぶっては無い。我々自警団じゃ、人間にしか対応出来ない。そう、弁えているつもりだ……。」
「じゃあ、邪魔すんな。」
「だからここからは……専門家に任せることにする。」
自警団の群れが少しだけ下がる。縄で縛られた泥棒男がため息を吐いた。
「安心しろよ。どのみち俺もお前もおしまいだ。」
「どういう意味だ?人間。」
「前から牛女が走ってくる。俺たちがよーく知っている女だ。そいつは寺子屋で教師をやっていて、何百年も生き続けていて……」
げんなりとした顔で男は言った。
「そして、気が触れそうな頭突きを俺たちにかますんだよ」
「んんんん?」
マッシブーンは困惑した。気が付けば、足元にいた泥棒男や群れを成していた自警団など、全ての人間がまとめて消えたからである。代わりに、遠くの方で息を切らす者がいた。
「……ワーハクタク……上白沢慧音……寺子屋で教師をやっているものだ……。」
マッシブーンの目に小さく映るのは、どこか見覚えのある青い髪の少女であった。彼女はマッシブーンを睨みつけ、マッシブーンに聞こえる程度の声で呟いた。
「お前が犯人だな……?」
「おお!大食いで俺と張り合った奴、お昼ぶりだな?」
「そう……大食い……ぐぅっ……」
途端に慧音はよろめく。腹の辺りを抱えて苦しそうにしていたので、マッシブーンは内心普通に心配した。
「そうだ……。私は、今日という日に限って、凄まじい暴食をはたらいてしまった……。」
「知ってるぜ」
「そのせいで、『人間の歴史』しか食えなかった、が……。この程度で私に勝った気になど、妖怪!」
一種の殺気に似たものを感じ、マッシブーンは構える。
「驕り高ぶっているぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
慧音は一斉に弾幕を張り巡らせた。弾幕は弾幕同士でジリジリとぶつかり合い、特有の音を煩く鳴り響かせている。その塊が、何十個も何十個もマッシブーンに向かって飛んできた。
「綺麗でうるせぇ!花火だろ!俺は知ってるぜ!」
生米が金属にぶつかるような音を鳴らす弾幕のいくつかを、マッシブーンは殴って消し飛ばす。
ノーダメージのマッシブーンだったが、彼の視界を遮る数々の弾幕は一つの思惑を巧妙に隠していた。
(微かに聞こえるぜ?これは──)
だだだだだだだだ、と慧音は走る。
自ら放った弾幕のスピードを超え、自ら放った弾幕を突き破り、ついにマッシブーンの目の前に姿を現した。
「突進か!」
マッシブーンが声を出した時、既に慧音とマッシブーンの距離の差は数十センチもなかった。慧音が頭からマッシブーンに突っ込み、人のいない人里に大きな衝撃音が響く。
マッシブーンは少しも動かず、慧音の渾身の頭突きを受け止めていた。
「なっ」
「見せてやるよ!大食いのその先を!」
慧音が一瞬驚いた隙に、マッシブーンは素早く慧音を小突いて倒し、両足を掴んだ。
「ジャイアントスイングだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
残像が見えるほどの速さで、マッシブーンは慧音と共にぐるんぐるんと回り続ける。ひたすら回り続けると、マッシブーンはバターになっちゃうような気がした。
壊れたメリーゴーランドのように慧音を振り回し、そのうち飽きたマッシブーンは掴んでいた両手を離す。
「ぐぅっ……」
「食いすぎは禁物、大食いの先にあるのは──」
土煙を出しながら転がる慧音は、ひたすら地面を見つめていた。ダム崩壊の前触れである。
「──リバースだ。」
「おげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ワーハクタクは喰らっていたものを一斉に吐き出した。あらゆるものを溶かさんとする胃液、お昼にはち切れそうなほど食べた蕎麦、夕飯代わりの汁物……そして最後に『人間の歴史』。
人里から消え失せていた大量の人間が、一度に姿を現した。
「えっ……?何!?」
「きゃああああああああ!」
「ワッ……」
「ワア!ワーーー!」
突然目の前にマッシブーンが現れたように見えた人間たちは、思い思いに恐怖を表現する。もはや見慣れたものだとマッシブーンは大して反応せず、ため息を一つ出し、嘔吐をした少女の方へと目をやった。
そこにいたのは上白沢慧音のみではなく。白く、地面に届きそうなほど長い髪を垂らした少女がしゃがんでいた。
(げっ……)
またもや、マッシブーンにとって見覚えのある女性。彼女は藤原妹紅といい、マッシブーンは人間状態の頃にかつて竹林を案内してもらったことがあった。
案内中にマッシブーンは彼女と話をしたが、曰く、彼女は不老不死であると。
そして喧嘩っ早く、特に慧音という女性に手を出すと頭に血が昇るのだと。マッシブーンは確かにそう聞いていた。
「おい、違うんだこれは」
弁明をする暇もなく、妹紅は炎を噴かす。
「おい!」
妹紅は加速し、手のひらをマッシブーンの顔へと近付けた。
マッシブーンはその銀色のクチバシを妹紅に向けたが、妹紅は自らクチバシを手に貫通させ、どくどくと血を流しながら
マッシブーンの顔を掴んだ。
「死ね」
妹紅は一言呟き、マッシブーンを頭から燃やす。
真っ赤な全身は炎に包まれ、マッシブーンは立ったまま動かなくなった。
その時、その燃え上がる巨体を眺めていた誰もが固唾を飲み、隣人の方を見た。やがて怪物が妹紅によって退治されたらしいことが分かると、また誰もが歓声を上げた。
「うおおおおおおおおおお!!」
「勝ったぞおおおおお!!」
「良かった……本当に良かった……!」
「案外…小物か?」
「………」
深夜に似ても似つかない、割れるような大声の中で、藤原妹紅だけは黙っていた。想像し難い、考えたくもない、胸から這い寄るような恐れが妹紅の身体中を埋め尽くしている。
(……何故倒れない?この妖怪……)
先程から妹紅は炎を出し続けている。マッシブーンは倒れない。
ただひたすら直立したまま、ぴくりとも動かなかった。
(コイツ、まさか、ちっとも効いていない──)
「頭にきたぞ」
人々には燃えたままのマッシブーンが刹那、ほんの少しだけ動いたように見えた。誰の目にも囚われないスピードで、マッシブーンは自身のクチバシを手から抜き、左手で彼女の背中を優しく抱き寄せ、右腕を大きく振りかぶり、藤原妹紅を思いっきり殴った。
「ごはぁっ!」
「乱暴だ!」
妹紅が口から血を噴き出し、人間のうちの誰かが叫び、マッシブーンは妹紅を掴み、ぶおんと遠くに飛び去った。
「ぐっ!」
「連行だ!」
また誰かが叫び、その場にいたすべての人間がマッシブーンの飛び去った方向を見つめる。今まで以上の緊張がほとばしり、轟音と共に穴の空いた二階建ての家は無力そうに眺められた。
しばらく経ち、二階の部屋からは大きな炎と一緒にマッシブーンが吹き飛ばされていく。
「「「「類焼だぁぁぁ!!」」」」
爆発的な炎に巻き込まれた数々の家が類焼して燃える。大きなキャンプファイヤーは、暗闇でオレンジ色に輝き続ける。人々は思わずその美しさに見惚れる……ことはなく、絶望に叩き落とされていた。
「うっ……クソ……。俺は、人間を助ける……」
一匹のマッシブーンは、火に囲まれた小屋の中で倒れていた。
(……助ける?どうやりゃいいんだ?)
朦朧とする意識の中でマッシブーンは考える。救おうとすれば叫ばれ、悪人を捕らえれば誤解され、人間が消えるマジックを披露され、突進され、死ねと言われて燃やされる。全てがその自慢の真っ赤でムキムキな見た目に起因していることを、マッシブーンは既に分かっていた。
郷に入っては郷に従え、という言葉をマッシブーンは思い出す。つまるところ、この人里で『妖怪は人の姿でないといけない』というルールがある以上、自分が許容されるはずは無かったのだ。そう考えながらマッシブーンはぼんやり天井を見つめていた。
灰色の煙が雲となり、マッシブーンの視界を遮る。マッシブーンはあらゆる熱をものともせず、このまま寝転んでいても死にはしない。だが、ここで寝転び続けるということは、藍との約束や怪我する人々の救助を諦めることであった。
(まぁ、少しだけ……眠らせてくれ……。)
疲れたものが身体なのか心なのか、彼以外には誰も分かりはしない。少し休憩して、その後に人を助けよう……という、どっちつかずの気持ちのまま、マッシブーンは意識を手放した。
声が聞こえる。
「……さん!……さん!」
マッシブーンの眠りを遮ったものは、聞き覚えのある声だった。
「大丈夫ですか!?マッシブーンさん!マッシブーンさん!」
「……!?」
不意にマッシブーンの意識は鮮明になった。いつの間にか、赤い巨体の側には一人の子供がいた。
一人の子供──クワは、ひたすらにマッシブーンに声をかけていた。マッシブーンからしてみれば、いつクワがこの燃え盛る家の中に入ってきたのか理解出来ない。すぐにマッシブーンは体を起こして周りを見たが、辺りは全て炎に包まれていた。
「お前、何で……!何で入ってきた!」
「……マッシブーンさんが、飛んでて……!行かなきゃって思って!気付いたら、です!ごめんなさい……!」
「悪くねぇよ!おい!ありがとうな!心配してくれて!」
マッシブーンはひとまず大きな身体でクワを抱きしめた。しかし、だ円形の頭は焦りで埋め尽くされている。
(俺はいいが、クワが助からねぇ……糞!畜生!人を助けて、人に認められたかっただけだ!なのに、そんなことすら成し遂げられず、クワが焼け死んじまう……!)
火は既にマッシブーンとクワを取り囲んでいた。原初の恐怖が一匹と一人に迫る。一方は傷だらけでもうあまり身体が動かない。一方は盲目で火に燃やされると助からない。
マッシブーンはクワを抱きしめたまま、力無く拳を握る。クワは抵抗をせずにマッシブーンをおろおろと見つめていた。
(……待て。)
だんだんと火の勢いが強くなる一方、微かな記憶がマッシブーンの動きを停止させた。
(クワは……鎌鼬の子だ。鎌鼬は風を吹かせることが出来る。なら……)
「マッシブーンさん……?」
「クワ。」
マッシブーンは抱き寄せていたクワを離し、ゆっくりと言葉を伝えた。
「いいか、お前には見えないだろうが、今俺たちのいる場所は火で燃えている!」
「……えっ!」
「落ち着けよ、クワ。強くなる時だ。」
マッシブーンは一息つき、口だけを動かした。
「今まで俺はお前を救い続けてきた。だが、俺は神だ。いつかは神社に帰らなきゃ行けない。そうなりゃ、お前を救えるのはお前しかいない。」
「……!」
「辛いことを言うぞ。いつか俺たちは別れなきゃならないんだ。その時、ぶち当たる困難はお前自身で解決しなきゃいけねぇ。」
「………」
押し黙ってしまったクワの両肩を、マッシブーンは弱々しい力で叩く。
「大丈夫!お前は強くなった、強い子だ!いいか、これは第一歩だ。お前がお前を救い、お前が俺を救うんだ!」
「僕が……神さまを救う……?」
「マッシブーンと呼べ!クワ!」
「ま、まっしぶーんさん!」
「さんはナシ!」
「それは嫌です!」
「……ククク。頑固も強さか!」
クワは見えない目をぱちりと開き、薄い笑みを浮かべる。マッシブーンはクワの背中をどんと押して、出来る限り大きな声で言った。
「行くぞ!風を吹かせろ、クワ!」
「はい!!」
この世に生まれ落ち、弱いまま生きてきたクワは、初めてと言ってもいい程大きな声で返事をした。小さな両手からごおっと、力強い風が吹く。
風は盲目の子の生きる道を切り開いた。
風は瞬く間に業火を消し飛ばし、ぼろぼろの家さえも音を立てて壊す。
落下する瓦礫からクワを守るべく、マッシブーンはクワを空から隠した。
強い衝撃を背中に受けつつ、ぴたりと動かなかったマッシブーン。
次に顔をあげた頃、マッシブーンの目の前にはもう火は消えていた。
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「!!!」
「うわぁ!うちの家がぁぁ!」
「おい!子供が襲われているぞ!」
「いや、あれは……確かこの辺に住んでる……」
崩れた家の中から出てきたマッシブーンとクワに、人里の人間たちはそれぞれ声を出した。うずくまっていたマッシブーンが、実は子供を守っていたとは誰も想像せず、決めつけの嵐が怪物を襲う。
怪物ことマッシブーンは空を見ていた。
黒くつぶらな瞳が捉えたのは一人の少女である。
「霊夢……」
その名前を呟きながら体勢をふらっと崩すマッシブーンの近くに、博麗の巫女は降り立った。
「おお!巫女様!」
「博麗の巫女さんだ!」
「今度こそ助かった!」
「良かった……本当に良かった……!」
沸いた観客の期待の一切を背中に浴び、博麗霊夢はマッシブーンに近寄る。少女は途中でお祓い棒を構えて、白いひらひらの付いた先端を彼に向けた。
「よう。元気か?」
「………」
マッシブーンはクワを霊夢に差し出し、霊夢は黙って受け取る。素早い動きで霊夢がクワを人間たちに預け、また仏頂面でマッシブーンに近付いた。
「………」
「………」
誰もが喋らず、沈黙が続く中で。
とうとうお払い棒が振るわれた。
「この馬鹿っ!」
博麗霊夢はマッシブーンに攻撃を繰り返す。ばしっ、ばしっ、と痛々しい音が響いた。
「人の姿って言ったでしょ!!人の姿って言ったわよ私!あんたって馬鹿!人の忠告聞かないで!こんなに大事にしちゃって!」
「まってく……死にそ……」
弱弱しいマッシブーンの声を聞いた途端、博麗霊夢はお払い棒を投げ捨てた。からんからん、と乾いた音が鳴り、今度はビンタを始める彼女。
ばしばしと連続ビンタをする巫女を見て、人々は黙ったまま立っていた。お祓い棒を使わず、陰陽玉を使わず、霊力による身体の強化すらせず、博麗霊夢は両手でビンタをしながら叫んだ。
「馬鹿っ!馬鹿っ!馬鹿ーっ!!」
「ぐおえ」
最後に渾身のビンタを喰らわせて、霊夢はマッシブーンを叩くことをやめた。
マッシブーンはぐったりとし、霊夢は激しく息をする。霊力を使わなかった分、霊夢の両手は酷く赤く痛々しく腫れていた。
混乱したのは人間たちである。怯えた者も怒る者も、まるで痴話喧嘩のような妖怪退治を見せつけられ、その疑問を解消するべくどよどよと騒がしいざわつきを見せ出した。
「違うの!」
霊夢が大きな声を出す。人々は話を止め、再び辺りは静寂に包まれた。
「皆、聞いて。ここに倒れている妖怪は、遠い所から観光しに来ただけ。だからまだ、人里の約束事をあまり知らないの。全ては私の管理不足。私から、謝らせて貰うわ。」
霊夢は小さく頭を下げた。
「本当にごめんなさい……」
「遠い所から来た!?約束事を知らない!?だからって人里を荒らしまくって罪は何も無いのか!」
一人の男性が人々の群れから一歩踏み出し、やかましい声を出した。
「うちの家はそいつに壊されたんだぞ!理由もなく住処を奪われ、俺たちは明日からどう生きればいい!」
「そ、そうだ。うちの家もその妖怪に壊されたぞ!」
「ウチは燃やされたぞ!」
「類焼させてたぞ!」
「何庇ってんだ?巫女の癖によ!」
次々に声は増える。
「さっきもんぺの人に乱暴を振るっていたぞ!お前ら見たよな!」
「俺も見たぞ!」
「私も見た!」
「連行したもんぺの人はどうした!」
「食ったのか!」
「殺したのか!」
波がどおっと押し寄せるように、次第に人々の怒りは増幅し、矛先を霊夢とマッシブーンに向ける。霊夢は頭を下げたまま、静かに声を聞いていた。
マッシブーンには許せなかった。霊夢が自分の代わりに頭を下げていることや、人々が霊夢にまで怒鳴っていることに、力無き拳はぎぎぎと強くマッシブーンの頭の中で鳴っていた。
極めつけに、霊夢の頬の横から汗が一筋流れたのを見て、マッシブーンは全員の鼓膜を破る勢いで叫び吠え怒鳴った。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ひっ、と怯えた人々の前にマッシブーンが行こうとすると、霊夢が行手を阻んだ。マッシブーンはその場で止まり、人間のうちの一人をびしっと指差す。
「もんぺの人を殴ったと言ったな!あれはもんぺの人が先に俺を燃やしてんだ、もんぺの人に抵抗しただけの俺をいじめるんじゃねぇ!」
「……!」
男は黙ってその場に座り、マッシブーンは次なる大声を出した。
「それから、家が壊されただのほざいてた野郎共!手を上げろ!」
マッシブーンがそう言うと、一斉に手を上げた者、おずおずと手を上げた者など、数人が家を壊されたと主張した。
「俺だ、怪物野郎!俺の家はさっきお前が壊した!」
「ふんふん」
「う、うちの家はあんたが吹っ飛んだ勢いで潰れて……!」
「ふんふん」
マッシブーンは手をあげた者の数を数えた。
「ふーん。壊した
「「「「……?」」」」
突然マッシブーンが駄洒落を言う。誰もが首を傾けたが、それによって人間たちの恐怖は少し和らいだ。これはマッシブーンの計算通りである。恐らく。
「よし、お前ら!」
マッシブーンは言った。
「──俺が全員分、造り直してやるよ。」
マッシブーンはサムズアップをしながら、そう言った。博麗霊夢はぼーっとマッシブーンの方を見つめていたが、やがて真顔で一つため息を吐いた。
今宵、マッシブーンの大工生活が幕を開けることになる。それはまた別の──