人参、
「やい!ただの宴会じゃねぇか!大食いクイーン!」
「いえいえ。これは葬式です。ちゃんとした葬式。」
「……お前の?」
「いえいえ。
甘辛い味付けの煮物を味わう口をマッシブーンが止める。かりかりした筍と味の染みた鶏肉が美味い、とマッシブーンは思った。物を口に含むと喋れないことに気が付いた彼は急いで咀嚼をし、ごくりと飲み込む。
「……楽しく見送ろうって感じなのか?」
「うーん。嫌がらせというか?」
「嫌がらせなのかよ。」
「とにかく、楽しく見送ろうってことじゃないのよ。茶番よ、茶番。」
幽々子は酒の入った器を片手で持ちながら、遠くを眺める。
「死人なんていませんもの」
そしてゆっくりと飲み始めた。
今から何百年も前のこと。
「ねぇ妖忌。貴方は急にいなくなったりしないかしら。」
「私が急に消える?そのようなことは御座いませんよ」
「本当かしら。両足斬らなきゃ信用できないわ。」
「冗談はおやめ下さい」
斬って確かめろと教えたのは貴方じゃない、と幽々子は不服に思う。珍しく晩酌に付き合ってくれた白玉楼の庭師──剣術の達人でもある師匠──魂魄妖忌との会話は、ゆるりとしている。
「急にいなくなるというのは、私が死んだ時のみでしょう。」
突如、彼が言ったことに幽々子は目を見開いた。
「仮に長くここを離れることがありましたら、その時は死んでるので。葬式でもあげれば良いでしょう。」
「あら……消える予定でもあるの?」
「分かりません」
酷いこと言うわね、と彼女は笑おうとしたが、何故か笑えない。追求しなければ当然距離は離れるばかりで、それっきり『消える予定』について聞く気は幽々子には起きない。酒瓶の中身が半分程度に減ったところで、晩酌は終わった。
数年後、魂魄妖忌は謎の失踪を遂げる。最後に聞いた彼の言葉は『西行妖を咲かせようとするな』という忠告。
その一言よりも脳裏に焼きついたものは、葬式という二文字と、ぐすぐすと静かに泣く孫娘の魂魄妖夢の姿だった。
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(どこにいるの?妖忌)
(貴方の葬式はこんなにも華やかで、とびっきりの偽物よ)
(早く帰ってきてよ。妖夢は今でも貴方を待っているんだから……)
誰かに呼ばれたマッシブーンが他の場所へ行き、再び幽々子は酒を口に含む。ごくりと飲み干した彼女の酔いは、ふわふわと頭の中を漂っていた。
「あ、ちょっと!駄目ですよ!」
「ん?」
魂魄妖夢が焦ったような声をあげた。幽々子が彼女の方を見ると、彼女の半分の分身である半霊がこちらにふよふよと向かって来ている。
突如、妖夢の半霊が幽々子に体当たりをした。何度も何度も生暖かい霊体を彼女の頭にぶつけると、そのうちそれは妖夢の元へと帰っていった。
「すみません!いつもは私の側を離れないのに……」
「ええ……そうね……」
ちょっかいを出された。ただそれだけの事。しかし、西行寺幽々子は何かしらの違和感に気付かざるを得ない。彼女の勘の鋭さは、あの博麗霊夢にもない。
(まさかね)
くすっと笑った彼女は、折角の酒の席だからと、半霊に余興をするよう告げた。
「ねぇ、半霊さん?貴方は文字を書けるかしら。」
真っ白な半霊はふわふわと浮いている。
「口が無いのなら、代わりに筆を動かすのはどうかしら。」
妖夢が持ってきた古い水筆を、少しだけ半霊は霊体の中へと沈ませた。筆の持ち手が突き刺さっているようにも見えて、幽々子はまたくすっと笑う。
黒い水溜りがゆっくりと器の中に広がる。紙はまだ綺麗だった。半霊は筆の先に墨を付け、流暢に文字を描き始めた。
昔、妖忌が書き方を教えてくれたことを、幽々子は思い出していた。
筆いっぱいに墨をつけた彼女は叱られ、彼は丁寧に洗練された綺麗な文字を描いた。
その時に描かれた文字を、思い出すことはもう出来ない。
記憶というのは脆く儚く、だからこそ美しく想える。
しかし幽々子は、はっと思い出していた。あの頃の自分、あの頃の妖忌、幼さの残った魂魄妖夢を。何故なら、かつて妖忌の描いた文字が、今描かれた文字と全く同じだったことを。
思い出したからだ。
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死人に口なし
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実に見事な筆使いによって、その言の葉は描かれた。
「……そうなの?」
酔いはすっかり覚めていた。
幽々子は酒を呑むのを止め、不思議な感情に戸惑い、それでも何とか口を動かした。
「誤用よ、半霊さん。」
ようやく彼女はくすっと笑う。
「死人とは最もたる弱者。論ずることも意思表示も出来ないということ。貴方は上手に出来ているじゃない?」
そう聞くと、半霊はもう一度筆を持った。すらすらすらと、やはり丁寧に美しく速く文字を描く。
まるで彼が宿ったかのように……。
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「ふっ」
彼女はくすっと笑わない。とうに超えた愉快さを、露わにするのみ。
「あっはははははは!!」
「!?」
魂魄妖夢は困惑していた。庭師にして従者として側に仕えてきた彼女は、このような大笑いを一度も見たことが無い。
「はぁ……。一言ぐらい言いなさい。貴方ね……」
「???」
相変わらず妖夢は困惑していたが、幽々子は構わずに微笑んだ。
「ねぇ、この子に伝えるのと、伝えないの。どっちが良い?」
半霊はその場でふるふると全身を左右に動かした。
「えぇ。分かったわ。今はまだ言わない。」
幽々子は微笑んだままでいる。空になった盃には良質な酒が注がれた。
かつて古い庭師と共に飲んだ日本酒──
西行寺幽々子が目を閉じると、そこには彼がいた。妖怪桜は控えめに花をつけ、縁側に正座する老人は遠くを見つめ、傍には二本の名刀が腰から外されてある。少しだけ見える
目を開いた少女は、そっとため息を吐いた。
「本当のお葬式になっちゃったわね」
嬉しいやら、無念やら。
盃に酒が注がれる。
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よう。人間の姿から元に戻った俺はマッシブーン。誰がなんと言おうとマッシブーンだ。
宴も徐々に終わり、静まり返った真夜中のこと。この時間まで起きているのは鬼と亡霊ぐらいなもので、このマッスルボディは幽々子と萃香に両隣から挟まれていた。
さて、こいつらが俺を囲んで一体何を期待しているのかというと。
「いつ話し出すんだ?マッシブーン。」
「期待してるわよ、マッシブーン。」
「おいおい」
俺の過去の話である。どうも、俺が『血鬼』と呼ばれていた頃の話に興味があるらしい。俺が少女と出会い、別れるまでの話だ。
そんなの聞いて何が面白いのか、という感じだが。萃香がせがみ、幽々子が纏わりつき、逃げようにも逃げられない状況。この後はフランを撫でる予定だったが、仕方が無い。明日の俺にバトンタッチだ。
「大して面白く無いが、しょうがないな。」
「もったいぶっちゃってー。」
「もったいぶっちゃってー。」
「期待すんなよ。」
おほん、と俺は咳払いをする。
「お前たちは見たことがあるか?」
話すからには壮大に。夜にこっそり喋る、何の変哲も無いただの昔話。冬が過ぎ去って、また再会することができたのなら。
──どうか。
「でっけぇ火山、大きな海、見渡す限り、木、木、木……。森なんて比べ物にならねえ。この幻想郷ごと植物で覆って、まだ足りねぇような世界……。」
「俺の故郷、ウルトラジャングルをよ!」
明日に前編だけ投稿出来ます。が、後編は完成していません。申し訳ございません!日本酒の吉乃川は実在するものです。