【前回のあらすじ】
ウルトラジャングルに少女が降る
少女が行方不明に
筋肉蚊教の手下に襲われているかも知れない
「どこだぁ!!」
とうとう切羽の詰まった怪物は、目の前の障害物……自身の腕よりずっと太い大木をばごおんと殴り飛ばしながら走っていた。
木が木にぶつかり、一直線の道が開き、最短距離になることを祈りながらマッシブーンは征く。少し横の、これまた重なって一直線に飛んでいる四つの赤い光の先に、彼女がいないことを信じて。
しかし、どうにも胸騒ぎは鳴り止まなかった。先程マガレが提示した可能性は、彼女の卑劣な策略のように怪物は思えてならなかったのだ。
イカレた宗教団体──筋肉蚊教は、はた迷惑なことに『
つまり、
勘はアテにならない。
しかし、最早それすらアテにならない。
このまま彼女の名前を知ることも無く。
この先に待ち受けるであろう、獣に食い散らかされた死体。
「ふざけんなっ!!」
不快極まる思考を掻き消す為に、無意識のうちに怪物は叫んでいた。
「付きまとうな!!」
目の前の木を怒りのままに殴り飛ばす。ずがががが、と道が開いた。
「お前らのために!あの子が死んでいいと思っているのか!!」
怪物は叫び続ける。全てはこの残酷なウルトラジャングルに抗う為に。
必死に走っているうちに、赤い光の束はだんだんと分かれていき、彼は広場のような場所に出た。恐らくいつか作ったのであろう大きな広場は、いつ作ったのだろうかと怪物はとうの昔に忘れている。
怪物の目は1000メートル先の木の実すら確かめることができた。彼の優れた視力が、彼の少し細い四つ足を、土煙を帯びさせながらずずずと静かに止めさせた。
そして、
そこには死体があった。
「………」
怪物は絶句し、後には立ち尽くすことしか出来ない。
鬱陶しい程に血の臭いは充満していた。
「嘘だろ」
怪物の目の前には、
マガレが言っていた、
ならば怪物は、四つ分の死体と同様に、少女によって惨殺されるのみだった。
突然、返り血で赤くなっていた少女は手で大きく空を切った。するとそこには裂け目のような物が生まれる。裂け目の端と端には赤いリボンが付いており、裂け目の中の幾つもの目玉がじろりと怪物を見ている。怪物は更に正気を失った。
そして、怪物のすぐ近くに裂け目が生まれ、その腹筋は思いきり殴られた。
「がっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
凄まじい勢いで身長1.9メートルの大柄な身体が吹っ飛んだ。
「ぐああああああああ!?!?」
何本もの木を巻き込み、ずがががと殴られた勢いは止まることを知らず、洞窟の壁にぶち当たった所でやっと怪物は止まった。同時に正気を取り戻した怪物。煙が赤い巨体を包んだ。
「いっ……てぇ……!!」
少女に殴られた腹筋がズキズキズキズキと絶え間無く危険信号を出していた。嫌でも理解をしてしまった怪物。筋肉蚊教の手下共が無惨に殺され、今度は自分が少女の標的となっている……ということに。
またもや裂け目が目の前で生まれ、少女は絶叫した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
負けじと絶叫をしながら、怪物は少女の攻撃を間一髪で避ける。どごおんと音がしたと思えば、少女パンチで壁が粉々に砕け散り、絶望の明かりが差し込んでいた。
「待ってくれ!」
「いやっ!!」
(いやだと!?)
怪物の渾身の請願を聞くことなく、少女は狂乱的に怪物を殺そうと暴れる。彼女が手を伸ばすと、手のひらからは極太レーザーが奇妙な音で放たれた。
「やめて……くれっ!」
両腕でガードした怪物は、少し肌がひりつく感覚を覚えながら再び叫んだ。
「やめてくれっ!」
その時である。洞窟の中に怒りの唸り声が反響した。
「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(まずい!)
奥からは、恐ろしい熊のような姿をした洞窟の主が駆けてきた。真っ黒な主が迷わず少女の方へと突進したのに気付き、すぐに怪物は間に挟まって食い止める。
「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(どうするか……!)
「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
前門の虎、後門の狼。洞窟の主の怒りを鎮め、少女の錯乱を治める為に、怪物は考え続けた。
(………)
「あいうえおかきくけこさしすせそ!」
突然、怪物は大声を上げた。
「たちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやいゆえよわをん!」
「ごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「黙れ!被せてくんな!」
怪物は熊のような図体を強靭な力で押し戻し、よろけた隙に手のひらで張り手を繰り出した。怪物よりも一回り大きかった洞窟の主が、並外れた怪力によって嘘のように吹っ飛び、小さく地響きが奥で鳴る。
「……どうだ!君と話すために、覚えた言葉だ!俺と君は会話ができるんだ!」
流れるような動きで怪物が後ろを振り向くと、少女は困惑しつつ、何とか暴走寸前の動きを止めていた。
会話が出来ている。
確信した怪物はさらに高速で土下座をした。がんっ、と銀色の口の先が岩肌に突き刺さる。
「すまなかった……。君を不安にさせてしまった。俺はただ、君を守りたかっただけなんだ。」
真っ赤な少女の激しい呼吸音が、何秒経っても鳴り続けた。過呼吸になっている少女に、怪物は彼女を救いたい一心で土下座を行う。
安心させる為には、襲うつもりが無いことを全力で示す。そうしてまずは身の安全を保障し、冷静にさせるということを、怪物は苦し紛れに思いついていた。
これが正しいことなのかは、怪物にはまるで分からなかったが、一先ず少女は暴走することを止めた。ならば成功したんだと、怪物も一安心する。
「……信じてほしいんだ。こんな見た目では、君が恐怖を抱くのも無理はないけれど。」
一難去ってまた一難。洞窟の奥からごろごろと、洞窟の主の率いる熊のような二足歩行体の群が10体ほどやって来た。
「すまない!怖いかも知れない!だが、今は身を委ねろ!」
怪物は一言告げた瞬間に動き出し、両手で少女を……いわゆる『お姫様抱っこ』をした。ガラスの像を扱うよりも丁寧に、そして猛スピードで洞窟を脱出する。
「行くぞ!」
「いっ!!」
びゅんびゅんと加速し続ける怪物に、少女が小さく悲鳴を漏らす。やがて目の前に大きな木が立ちはだかった途端に、怪物は大きくジャンプをした。
「おりゃあああああああああああ!!」
「!!!」
少女は空を飛んでいた。ぶぶぶぶと忙しない羽の音が聞こえる。怪物に抱かれたままの彼女は、色んな感情が混ざりに混ざり、訳が分からなくなっていたが、逃げるつもりは無かった。
すっかり彼女のパニックは治っていた。代わりに満たしたのは、壮大なウルトラジャングルの緑溢れる景色。
「わ……」
捻れたいくつかの大きな大きな大木は、マッスルポーズをとっているように思えた。この世のどんなものより大きそうな火山からは、凍りついた化け物がサムズアップをしていた。
川は流れている。あちこちから湯気は昇っている。何よりも目を見張る、圧倒的なジャングル。鮮やかすぎる鮮緑色に、少女の目はくらくらした。
「……よし。話は後だ。奴らは執念深い。」
一旦怪物は地上に降り立ち、少女をそっと降ろしてやった。洞窟の主の群れは依然として少女たちを追っており、微かにこちらへと向かって来ている音がする。
住処を覚えられるのもまずいので、怪物はここでかたを付けることにした。まずは川に寄って血の付いた顔と髪を洗わせる。次に怪物が昔作ったぼろぼろの小屋の中に彼女を入れ、脆くなった机の下を指差した。
「息を潜めて。耳を塞いで隠れてくれ。すぐ終わる。」
少女は怪物の言う通りに、彼が指差した机の下に隠れる。
怪物は金色に輝く髪をぽんと撫でて、びしっとサムズアップをした。
ある程度まで怪物が近付いてやると、黒い塊の群れがごとごとと重低音を鳴らしながら向かってくるのが見えた。
「──すまないな!お前たちの住処を荒らしたのはすまない。が、あいにく俺たちは会話が出来ない。」
ごとごとと群れが進む。
「今から理不尽なことをする!戦わずにお前たちを止めるための、『
当然群れは止まらない。手の先、耳、鋭すぎる爪、つぶらな目玉が見える距離にまで熊のような二足歩行体たちはやって来た。
「それでも止まらない奴は大したもんだ。度胸はいいが、死んでもらうことになる。」
怪物はぴたりと拳を地面に付けた。
「止まれ。止まらなかったら全員殺す。」
ウルトラジャングルの王者が牙の片鱗を見せる──
「……ギガインパクト。」
[ PP 29 / 30 ]
その日、ウルトラジャングル中に地響きの音が響き渡った。大きな揺れはしばらく止まりそうにない。
洞窟の主の群れは立ち止まった。
怪物は動かない。
ギガインパクト──怪物が即座に打てる技の中で最も強い究極の一撃である。しかしその技には欠点があった。技を打った後は、しばらく絶対に動くことが出来ない。
洞窟の主以外の群れのほとんどは、衝撃波に近い風圧で遥か遠くに吹き飛んでいた。ある者は木にぶつかり、またある者は川で飛沫をあげる。主のすぐ足元にまで走った亀裂を辿ると、そこには怪物が地面に拳を当てたままでいた。
怪物を中心に発生したクレーター、風圧、大亀裂。それがたった一度の攻撃によってできたことを、そして今こそが怪物にダメージを与えられる最初で最後のチャンスだったことを、洞窟の主が知る由は無い。
即座に洞窟の主たちは背後を向いて走り去った。どたどたとした足音は、やがて聞こえなくなった。
すぐに怪物は、少女が隠れている自作の廃墟と化した小屋へと急いだ。扉を思いきり開けると、あまりの力強さにばごおんと酷い音が出る。
「すまん!大丈夫だったか!」
怪物は焦った気持ちで机の下を覗いた。何かデジャヴでも起こりそうな気がしたが、ちゃんと少女は机の下に隠れたままだった。
彼女の目の下に、水滴が何粒も流れていた。
(……あ)
怪物は困惑した。何かを思い出そうとし、思い出せない苛立ちがほんの僅かだけ現れる。
(何だっけ)
呆然とした怪物の前で、少女は目を見開いたままでいた。見つめ合ったまま、時は何分も経った。やっと我に帰ったのか、銀色のくちばしがゆっくりと喋り出す。
「終わった。」
怪物は言葉を放った。
「もう大丈夫だ。安心していいんだ。」
怪物がそう言い終わる。
そう言い終わると、少女はだんだんと嗚咽を漏らし始めた。この現象を、怪物は知っている。知っているが思い出せない。彼女の目元からはいくつもの水滴が溢れ出し、両目は両手で隠された。
蹲った彼女の服に染み込んだ血の臭いが、怪物にまで届く。
(……思い出した)
怪物は少し安堵した。
(涙だ)
少女が泣き止むまで、怪物は立ち止まったままでいた。
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「あら」
二足歩行の生命体が小声を出す。筋肉蚊教の副リーダー、マガレは怪物を見つけるなり立ち上がり、小走りで近付いた。
「見つかりましたか。貴方が背負われているのが……?」
「静かに」
怪物が人差し指でジェスチャーをする。彼に背負われた金髪の少女は、すやすやと眠っている。マガレはにこりと笑うと、小さな声で話しかけた。
「可愛いですね……無事で良かった。一時はどうなることかと。」
「どうしてここにいる?」
「体調が優れなかったので。こちらで貴方の帰りをお待ちしておりましたよ。」
「帰れ」
勝手に怪物の作った村に居座っていたマガレは、にこにこと笑いながら腹を摩った。その指に嵌められた指輪からは、未だに四つの赤い光が出ている。
「良かった。私の推測は外れていたようです。貴方は私の部下に会うことなく、途中でその女の子を拾ったみたいですね。」
「……それは違うな。」
「あぁ、後から襲ってきましたか。いつも通りでしょう?」
「大きな揺れが届かなかったか?」
マガレが一瞬笑みを崩しかけた。
怪物は続けて言う。
「殺した。」
「え?」
「俺が全員殺した。お前は、弔ってやれ。死体が可哀想だからな。」
薄らとする血の臭いに気付いたマガレは、笑うのをやめた。
「嘘でしょう」
マガレが走ったその先に、赤い光の終着点が四つ分。今度は彼女が絶句する番だった。
「……報告……の前に……。埋めますか……。」
「………」
「眠れたか?」
キャンプファイヤーが火花を散らしながらごうごう燃えている。深い眠りから目を覚ました少女は、怪物の問いかけに頷かなかった。
片や、筋肉ムキムキの赤い怪物。片や、空から降ってきた謎の少女。一時は殺される・殺すの関係だった者たちの間に漂う重い空気を、怪物が振り払った。
「どうやら俺と君は、会話が出来るらしい。今まで疑問に思っていなかったが、そういうことなんだな」
「……?」
「腹は減ってないか?喉は乾いたか?ゆっくりでいい。」
しばらくの沈黙の後、少女は俯いたままぼそりと呟いた。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。怖かっただろ。」
「私、あなたを……」
「全然痛くなかった。俺は鍛えているからな。」
「……殺し……」
「あっちが襲ってきたんだから、返り討ちにするのが一番正解だ。君は偉い。それにしても滅茶苦茶強いんだな?あの時はびっくり……」
「………」
少女がまた泣いていることに、怪物は気付いた。
「……ごめんなさい……!たすけてくれて……!」
震えた声で感謝し、泣きじゃくる少女。泣き止むまで怪物は見守り続ける。やがて怪物は言った。
「君に伝えなきゃいけないことがある。まず、君が通ってきた『ウルトラホール』はおよそ三日で閉じてしまった。君はずっと寝たきりだったんだ。」
「………」
「当分、元の世界に帰ることは出来ないと思う。だが心配する必要はない。俺が──」
「帰りたくない」
突然少女がはっきりと言った。
「帰りたくない……」
「何でだ?」
「………」
「……どのみち、飽きるぐらいここに住むことになると思う。もしかすると意外と早いかも。その時まで……」
びしっと怪物は自身を親指で指差した。
「俺が絶対に守ってやる。一度だって痛い思いも嫌な思いもさせない。」
「……どうして。」
「人間が好きだから。」
怪物が大きく背伸びをした。
「この村も、いつか人間が観光しに来た時用に作った。フルーツ盛りだくさん!温泉もある!そして人間と仲良くなる!」
「……人間と、仲良く……?」
顔を上げていた少女はまたもや俯いた。
「無理だと思う……。」
「悲しいな。俺は出来ると思う。」
「……そうかな」
「まぁ、強い側の俺が、ある程度我慢しなきゃいけなそうだけどな。可能ではあると思う。あぁ、遠慮はするなよ。言いたいことあったら何でも言え!」
「……うん」
「おう。」
怪物はサムズアップをした。まだ打ち解けてはいない二人の中にも、確かな繋がりが生まれていた。そうだ、俺は人間と仲良くなれる、何故なら会話が出来るから。怪物はそう思いながら後回しにしていたことを聞いた。
「君の名前は?」
「………」
少女は沈黙しつつ、左手をおでこに当てた。
「忘れたの……」
「そうか。俺も忘れてしまった。同じだな」
あっけらかんと怪物は言う。名前を忘れた少年少女は、いつか本当の名を見つけるのかも知れない。
「これからゆっくり思い出せばいい。」
「うん」
少女は無表情のまま、怪物も無表情のままでいる。奇妙な二匹の出会いに唯一立ち会った、キャンプファイヤーはばちばちと燃え盛った。
「呼び名はどうする?」
二人はしばし考える。
「……
「いいぞ。じゃあ俺からは、
「………」
「ちなみに住んでたところは?」
「……日本。」
「え?」
西洋風の彼女は日本人だった。
続きは滅茶苦茶時間がかかると思います。
※大幅に設定が変わりました。あれがあれであれなのでどう変わったかは言えません。