筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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※本話はキャラ崩壊要素を含んでいます。ご注意下さい。
追記 キャラクターの口調やセリフを変更しました。



三十一、 貴方と世界に焦がれた ─後編

 

 

 死んでしまうつもりで、私は大穴に飛び込んだ。

 

 すると、不思議なことが起きた。いつの間にか私は血鬼に救われていて、最初はとても怖くて、逃げてしまって、また助けられた。

 

 自然に覆われた新しい世界で観光をした。川。火山。温泉。血鬼。マガレ……はまだ怖い。楽しくて嬉しくて、溢れた涙は湯けむりが隠してくれた。

 

 そう、今だって心が無理やり絞られて出来たような涙は、雨が誤魔化してくれる。けれど冷たくて、苦しくて……。

 

 

「大丈夫か!」

 

 突然、私を打つ雨はなくなった。代わりに彼が全てを受け止めている。倒れた私を囲う真っ赤な四つ足は血鬼だった。血鬼の声から、私を心配してくれていることがよく伝わった。

 

「……温泉に入りに行くか?嫌なら嫌と言ってくれ。」

「い……いやじゃない。」

「良かった。急いで行くか。」

 

 そう言った血鬼が私を抱え、ぶぶぶぶと羽を動かし始めた。雨を弾く羽が彼の身体をふわりと浮かせる。びゅうううんとひとっ飛び。風と雨で訳が分からなくなっているうちに、昨日入った温泉に到着した。

 

 ぱしゃぱしゃと全身を洗う。どぼんと湯に浸かる。

 

「雨の中の温泉もいいもんだ。冷たくて暖かいなんて不思議だな」

 

 血鬼は呟きながらどっぷりと肩まで湯に入った。私は空を見上げてみる。真っ暗な曇り空。雨が目に入って少し怯む。けれど私は空を見つめる。血鬼のことを上手く見れなかったからだ。

 

「羨ましいな人間は。泣くことができるってすごいんだぜ。」

「……泣けないの?」

「おう。せいぜい雨の日にしか泣けない、俺は。だばーってな。雨の日は俺の目にも涙だ。」

「………」

「鬼の目にも涙って知ってる?」

「知ってるよ」

 

 良かった、と血鬼が一息ついた。再び彼は言葉を綴る。

 

「じゃあ、裸の付き合いって知ってるか。」

「………」

「ノーガードで話し合うんだ。心を裸にしてな。悩んでいることがあるんじゃないか?ぜひ、俺に教えてもらいたいんだ。」

「………」

「そうか。そうだな。俺から先に言うべきだった。」

 

 血鬼は胸を叩いて言った。

 

「一号の悩みを知りたいぜ!それが俺の悩みだ。」

「……えっ。」

「さぁ俺は言ったぞ。一号も一号の悩みを話してくれないか?」

「……悩み?無理矢理話すように、追い詰められてることかな……。」

「しまったな。俺はとんだクズ野郎だ。」

 

 思いがけず笑ったのは私だった。

 

「ふふっ……」

「悪いな、何だか可笑しなことを言った気がする。温泉のリラックス効果は俺を変にしてしまうんだ。」

「……ねぇ、悩みじゃないけれど、聞いてもらえませんか。」

「お!いいぜ。ゆっくりじっくり聞かせてくれよ。」

「うん。」

 

 私はゆっくりと話し出した。凍りついた私の記憶を、焦らず、静かに溶かしてゆく。湯のおかげかも知れなかった。ぽかぽかとして気持ちが良い。

 

 私は妖怪だったこと、人間のことが好きなこと、弱いから逃げ続けたこと、村に住んでいたこと、白い服の大人たちが沢山いたこと、神さまを騙った妖怪がいたこと、殺してしまった人たちがいたこと。いろんなことを話したけれど、血鬼はずっと黙っていた。

 

「私、何も分からなくて。知らなくて。無知で。まだ……諦めたくない。妖怪が人間と暮らせるって、わかりたいの……しりたいの……」

 

 恥ずかしい。いつの間にか涙を堪えた震え声が喉から出ていた。

 

「よ、妖怪は、人間と……なかよくできるかな……?」

 

 無理矢理作った笑顔は、恐れからだった。そんなことが起こるはずはない。とんだ冗談。夢物語である。私は微笑みでそう肯定してしまっていたのだ。

 

 でも、待ってしまっている。彼のその言葉を。矛盾する思考。消えてしまいたい。

 

 そして血鬼は言った。

 

「初めて会った時、似たような会話をしたことを覚えているか?」

「……うん。」

「俺と人間が仲良くなれるかって話だ。あの時は君を人間だと思っていたが……今なら君と人間が仲良くなれるかって話になる。」

「うん。」

「じゃあ言うぞ。」

 

 ごくりと私は唾を飲み込んだ。

 

「君と人間は仲良くなれる。君が諦めない限りはな。」

 

 俺もそうだっただろ?と自分を指差して血鬼は言った。

 

「まず、見た目だ。ここが重要な点だ。俺みたいな見た目ならまだしも、君は俺が人間と勘違いするぐらい同じだ。だから、助けて逃げられるなんてことはないぜ。」

 

 私は少し顔を赤くして下を向いた。彼は冗談だ、と付け加えた。

 

「次に、仲間を増やすんだ。世界は広い。君と同じ考えを持つ者は必ずどこかにいる。孤独じゃダメだ。辛抱強く、同じ考えの妖怪を探すべきだな。」

 

 血鬼は仲間?と私が聞いた。もちろん、と彼は言った。

 

「でも、全員が全員同じ考えを持つってことはない。例えば妖怪だけの世界を作ろうとしてる奴に何言われたって、君が考えを改めることはないだろ。だから、俺が思いつくのは村を作ること。人間と妖怪……お互いに仲良くできる奴だけを集めて村を作る。これで君の目標は達成だな。」

 

 血鬼は言い終わると同時に、親指を天に向けて立てた。彼がよくやる仕草だった。

 

「応援してるぞ、一号!仲良くしたいって素敵なことだな。」

 

 胸が焼けるように熱かった。私は温泉に顔をぼちゃんと突っ込んだ。

 

「どうした!?」

「だ、だいじょうぶ」

 

 もはや雨と湯けむりでは誤魔化せそうになかったから。私は手で顔を覆いながら、何だか可笑しくて笑ってしまった。

 

「どうして……?どうしてそんなに、優しいの……。」

「……人間が好きっていうより……」

 

 彼は湯に浸かりながら言った。白濁した水面に雨粒の波紋がぽつぽつと広がっている。

 

「こんな世界に来てしまった奴を、こんな怪物に守られるしかない奴を、同情してるのかもな?」

 

 くくく、と低く彼が笑う。水面の波紋がぽつぽつぽつと増える。

 

「でも俺は同情だけで動くような善人じゃない。俺が一号を助けるのは、一号がずっと孤独に頑張ってきたからだな。まぁ、今日まであまり知らなかったんだけどな。偉いぜ、本当!」

 

 雨が降っている。ざーざーと滝のように降る雨が湯を襲う。長い髪がびしょ濡れになって、目にかかっている。私はおずおずと、震える手で前髪を掻き分けた。

 

 そこには血鬼がいる。

 

 彼が言う。

 

「だから……俺が一号を助けるのは、俺が一号のことを好きだからだな。」

 

 

 

 

「あ、恋愛的な意味じゃないぞ。友人的な意味でだ。……一号?」

 

 瞬間、雨が止んだように思えた。音も消え去って、私と血鬼がいるだけとなった。実際、雨の勢いは段々と減って、とうとう青空の澄み渡る晴天となった。

 

 太陽の光が眩しい。意に介さず、私は泣いていた。

 

 これが最後の涙。

 『私』との決別の涙。

 そんな気がした。

 

「──私だった。」

 

 ぽたぽたと滴る雨も涙も全部拭い去って、微笑みながら言う。

 

「記憶を失わせたのは、私だった。」

「え?」

「私は、私に呪いをかけたの。そして『私』が人間に受け入れられるような性格に変えた。これは妖怪が人間に受け入れられることを証明する行為だった。私の記憶を奪って。私は弱いと思い込ませて。死にそうになったら暴れるようにして。そして『私』が生まれた。」

 

 にこにこと笑う顔を抑えられなかった。血鬼は混乱しているらしい。まるで銅像のように固まっているのが可笑しくて、また笑った。

 

「この呪いが解けた理由が分かる?血鬼。」

「……???」

「貴方よ。貴方が呪いを解いた。」

「???」

「心が満たされた時、呪いは解けるの。ふふふ……。私の心が満たされるのは、人と仲良くなってこの上なく幸福を感じた時だって、勝手に思ってた。けれど違ったみたい!私の心は、とうとう貴方で満たされた。」

「??????」

「ねぇ、血鬼。」

 

 突然私は境界と境界を繋げた。血鬼のすぐ目の前に現れて、私は笑って言った。

 

「私も貴方のことが好きよ。貴方と世界に恋焦がれそう。ねぇ、貴方を大好きな感情が止まらないの!私を満たしてくれて、本当にありがとう!」

 

 満面の笑みで私は血鬼と握手をぶんぶんした。彼は相変わらず無表情で、大きな暖かい手のひらをしていて。そんな血鬼が大好きだった。

 

 やっと貴方は言葉を綴った。若干の困惑を残して。

 

「……つまり、万事解決ってことか?」

「そう!」

 

 力強く私は答えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『xxxx年、一度目のウルトラホールの発生を確認。

 

 ウルトラホールから日本人の少女が一名落下。これを回収する。

 

 ヒト用ログハウス十号へ案内。だが困ったことに彼女は──────用ログハウスへのワープを繰り返した。』

 

 

 

 

「おはよう!血鬼!」

 

 明くる日、ベッドで寝転んでいた俺の上に彼女が座っていた。

 

 昨日、一緒に温泉に入った時に彼女はおかしくなってしまった。温泉には人をおかしくする力があるらしい。

 

 俺は夜にもう一度何がどうなったのかを聞いたが、要するに俺のおかげで彼女は記憶を取り戻したらしい。すっかり明るくなったのは本当に喜ばしいことだった。けれど、俺は何もしていないと言ったら目をかっぴらいて否定された。ほんの少し怖かった。

 

「朝から元気だな……」

「皮肉?挨拶は元気良くするものだよ。貴方もどう?」

「そうだな……だがビビるなよ?俺の声はウルトラジャングル中に轟くぞ。鼓膜が破れちゃうぞ。」

「素敵なことね」

 

 ずっとこんな調子だった。何だか積極的になって、彼女はまるで新しく生まれ変わったようだった。

 

 だから困ったとかそういう訳ではない。むしろこんな俺に好意を抱いている彼女を、酷く心配しているのだ。

 

「そろそろ降りてくれ。起きられないから。」

「分かった!降りないと起きられないもんね。」

「復唱する必要あったか?」

 

 彼女は素直にどいた。

 

「さぁ、今日は何をしようか。一号。」

「いつか創る場所の名前を考えようよ、血鬼!そうね、幻想のような場所よ。『幻想郷』って名前はどう?」

「良いと思うぞ。良い名前だな。」

「ふふっ。すぐ終わっちゃった。」

 

 笑い声を小さく上げながら、金髪少女一号は俺の書きかけの日記を机の上から見つけた。ずっと昔につけていた日記の習慣を、彼女がやって来た時にまたやってみようと思ったのだ。

 

「ウルトラホール……?」

「あぁ。異世界と異世界を繋ぐ穴のことだ。君も」

「一号って呼んで!」

 

 俺はこほんと咳払いした。

 

「……一号もここから出てきたんだ。この間のウルトラホールが初めてなもんで、まだ分かっていないことが多すぎる。発生する条件・発生しやすい時間帯・場所によって繋がる場所が固定されているかどうか……。面白いだろ?」

「うん。ウルトラホールが私たちを出会わせてくれた。こんなに面白くて素敵なことはないよ。」

「そういうことじゃなくてな」

 

 微笑んでいた一号が、片手を顎に当てて真面目な表情になった。

 

「もちろん貴方の言うことにも興味はある。つまり世界は沢山あるってことよね。凄いわ。一つの世界だけでも広すぎるくらいなのに……井の中の蛙だったのね、私。」

「そうだな。俺もこんな鬱蒼としたジャングルじゃない場所で観光をしたい。」

「私は好きだよ。ウルトラジャングル。」

 

 真顔で呟いていた彼女が、こちらを向いて不安そうに言った。

 

「ねぇ、血鬼。私がいつか元の世界に帰る時……」

「あぁ。俺も行く。一号の夢を手伝いたい。」

「……!ありがとう。血鬼。」

 

 嬉しそうに微笑む金髪少女一号にサムズアップをした早朝。今日はオボンの実を食べさせてみた。彼女は嬉しそうに平らげて、更に元気になったと言った。

 

「ねぇ、私一つ知らないことがあって。教えてくれない?」

「何だ?」

「キス」

 

 俺は彼女を追い出した。環境の変化によるストレスでやはり彼女はおかしくなっているようだ。気の迷いによる事故が起きないように、少し距離を置くことにする。

 

 が、しかし……彼女は俺の家へとワープを繰り返した。何と便利で厄介な能力だろう。彼女との攻防戦は夕方まで続いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 彼女がおかしくなってから数日後、今日も彼女は俺の家に奇妙な音を出しながらワープした。胸筋に少女が乗っている。

 

「おはよう血鬼!今日は昨日言ってた海に行かない?」

「一号の能力はすごいな。あっという間に行けるもんな。偉い偉い。」

「でしょう!ご褒美は?」

「よしよし」

 

 俺は彼女の頭を撫でてから彼女を追い出した。外から小さな声が聞こえる。

 

「どうしてー?」

「何度も言っているがそれは気の迷いってヤツだ!絶対に後悔するぞ!俺とキスしたら穴だらけになるぞ!」

「血鬼のキスって激しいのー?」

「キツツキのようにやるぞ!」

「怖ーい。」

 

 そう言ったっきり、彼女の声は途切れた。

 

「ふぅ」

 

 俺は一息ついて、ベッドにもう一度寝転んだ。そしていつの間にか意識は落ち、眠りについていた。

 

 

 

 

 目を覚ましたのは昼頃だった。扉をノックする音がこんこんと響いている。

 

「勝手に入っていいぞ……」

 

 俺は目の周りを擦って扉へと近付く。取手に手をかけるまでした所で、背後から声がした。

 

「私ならここにいるよ。血鬼。」

「うおっ!?」

 

 どうやら金髪少女一号は最初から俺の家にいたようだった。てっきり彼女がノックをしていると思ったので、仰天ものだった。

 

 

 では、今も鳴っているこのノック音は?

 

 胸騒ぎを覚えた。平和な日常が終わる予感。

 

「お客さん?珍しいね。」

「俺の後ろにいろ。一号。」

「うん」

 

 少女が俺の後ろに隠れる。俺はゆっくりと扉から手を離し、危険な生物から離れるようにじりじりと距離をとった。

 

 そして扉は勝手に開いた。

 

 

 

 

「久しいな……久しいぞ……久しぶりだ……」

 

 そこにいたのは、筋肉蚊教の教祖にして創設者──リーダー。そしてその部下たちが、奥にずらりと二十体はいた。

 

 恐らく既にこのログハウスは包囲されている。獰猛な獣たちが規則正しく並んでいるのだろう。長い銅色の髪を後ろに垂らしたリーダーは、狂気の笑みを浮かべて叫んだ。

 

「歓迎しろ……!俺が直々にやって来たぞ!筋肉蚊!!」

 

 俺は勢い良くバタンと扉を閉めた。

 

 

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