先に動いたのはリーダーだった。
彼が助走をつけて豪快にブオンと殴り掛かる。血鬼は片手で受け止めつつ、もう片方の手で彼に張り手をした。
(重い!)
短い動作で繰り出された張り手が、砲弾のように重くリーダーは感じた。吹っ飛ばされて前を見れば、間髪入れずに血鬼が飛びかかっているのが一瞬見える。
(速い!)
一瞬のうちに血鬼はリーダーを上から叩き伏せようとした。どおんと大きな音が鳴って砂が舞う。リーダーには当たっていない。一瞬のうちに彼は避けていた。
「だが俺も速い」
背後からリーダーが血鬼を大きく蹴り飛ばす。ふわっとかなり遠くまで身体が浮いた真っ赤な肉体に追撃をするべく、リーダーは銅色の髪を靡かせて砂浜をダッシュした。そして彼は血鬼を殴ろうとし、叫ぶ。
「行くぞおおおおおおおおおお!!」
血鬼はずざざと蹴り飛ばされた勢いを殺し、半回転くるっと回り、その勢いのまま張り手をした。
「ふんっ!」
「ハァッ!」
力と力がぶつかった。威力は越され、リーダーは拳から全身へと走る痛みによろけた。
「グッ」
血鬼はさらに受け止めた拳を両手で掴み、空高くジャンプした。まるで重厚な大剣を振りかぶるように、リーダーを地面に強く叩きつける。
「ごあっ」
轟いた衝撃にリーダーが唾を吐く。だが筋肉蚊は止まらない。そのまま同じようにリーダーを振りかぶって地面に打ちつける。
「があっ!ぐあっ!おあっ!」
ずどんずどんずどんずどんずどん。子供がぬいぐるみを振り回すように、血鬼はひたすらリーダーを振りかぶって打ち付けてから放り投げた。ごろんと暗緑色の身体が転がって、ぴたりと動かなくなった。
(少し疲れたな)
血鬼は長いため息を一つ吐いた。
(気絶してやがる。ここまですりゃあ、コイツもしばらく大人しくなるだろう……)
未だ動かずに倒れているリーダーを見ながら、血鬼は手についていた砂をパッパッと払う。そしてざくざくと四本足を進め、リーダーの様子を伺おうとした。
すると突然リーダーは素早く起き上がり、血鬼の胸筋を蹴った。若干の後退りを見せた血鬼に、リーダーはニヤリと笑いかける。
「どうした。お遊びは終わったか?」
「……中々タフじゃねぇか。」
再び血鬼は手のひらを広げる。その様子を見て、リーダーは髪を掻き上げる仕草をしながら不快そうに呟いた。
「気に入らんな。」
「あ?」
「貴様……どういう理由で拳を握らない?」
問いかけられたものの、血鬼は答えずにいた。リーダーは低い声で言う。
「俺だけを殺す、その甘美な響きには思わずときめいたものだ。しかし貴様、全く殺す気が無いのではあるまいな?コロシアムから離れたのも、拳を握らないのも、全ては誰も殺さないという貴様の生ぬるい理想のためか。」
「いや?」
「なら何だ。」
痴話喧嘩のような修羅の空気が蒸し暑い海辺を飲み込む。実のところ、血鬼は長いこと手のひら理論*1で戦っていたので、拳を使うよりも戦いやすい独自のルーティーンを編み出していたのだった。
だが、血鬼はそれを言わない。リーダーが痺れを切らして言った。
「貴様、俺を舐めてるのか?」
「おう。お前なんか手のひらで十分だ。」
血鬼は軽々しく挑発し、手のひらを肩の辺りで見せつけるように開いた。するとリーダーはニヤリと笑って言う。
「なら、デートは終わりだ。」
そう言うなり、彼は横の森に向かって全速力で走り出した。つまりは、その場から逃走しだしたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「!?」
一瞬の困惑の後に血鬼は気付いた。
(コロシアムに戻る気か!あの野郎!)
最早逃げたリーダーの背中すら見えない。すぐに追いかけようとした矢先、微かに遠くから彼の声が聞こえた。
“海にご注目だ、筋肉蚊!海神ポセイドンが今に怒れるぞ!"
足を止めた筋肉蚊は、海の方角を向く。
「何だ……?」
彼が聴覚に集中すると、ザザザザと波の音が聞こえる。そのうち錯覚を覚えた。海がこちらに寄ってきている気がしたのだ。
否、それは錯覚ではない。どぼおんと大波が形成される。まるで壁のようなそれが凄まじい勢いで迫った瞬間、血鬼は全力で逃げた。
「嘘だろ!オイ!」
海は筋肉蚊を拒絶した。木を避け川を越え、血鬼は両腕を必死にぶんぶん振って走りながら羽を動かした。まもなく青い大災害に飲み込まれるという寸前、血鬼は空高くジャンプしてぶぶぶぶと飛んだ。
真っ青な化物に飲み込まれた大地を、血鬼は飛びながら呆然と見つめていた。
(何て威力だよ……!これが奴の『引き寄せる力』!)
正確には、彼の神器である『
「うおおおお!?」
突然大きな引力に血鬼は引っ張られた。なす術もなく、彼は闘技場の壁をどごおんと突き抜けながら、コロシアムの中心に背中から突っ込んだ。大きな音が轟いて穴が空き、煙が上がると同時に歓声が湧く。事態は振り出しに戻ってしまった。
そして。血鬼が起き上がろうとしたその前に、リーダーは彼に跨っていた。煙はもう無くなっている。彼の胸の『中心核』へと、煙は群がって集まった。
「貴様に拳を教えてやろう!」
そのような台詞と共に、拳は放たれた。
「がはっ!!!!」
コロシアムの地面に大きな亀裂が入った。真っ赤な腹筋を貫かんとする全力の一撃を、血鬼はもろに喰らった。歓声が響き、銀色の細い口先からレーザーのような血が吹き出される。リーダーは自らの口で受け止めた。
れろんれろん。リーダーは血鬼から離れ、口で受け取った彼の血を丁寧に舌で舐め回した。口元からどろりと赤い液が垂れる。垂れたものをまた舐める。そしてリーダーは気味の悪い笑顔を見せた。筋肉蚊が飛び掛かる。
高速で繰り出された張り手を、リーダーは容易く弾きつつ、加えて筋肉蚊の胸筋やら腕やらを蹴ったり殴ったりした。
有り得ることのない景色が、観客たちの目に映っていた。
間違いでなければ、スピードも力も何もかも、我らがリーダーの方が強く見える。観客は叫んだり喜んだりした。彼らはみな、この頂上決戦に水を差す真似はしなかった。
「忖度に塗れたデートは終わりだ!そろそろ全力でやってもいいのではないか!?俺も本気を出す!死にたくなければ貴様も出せぇ!」
緑色の淡い光を帯びたリーダーが叫びながら、先程殴った血鬼の腹筋をズドンと蹴った。吹っ飛ばされた血鬼を『中心核』は逃がさない。一瞬ぴたりと止まって猛スピードで引き寄せられた彼の身体をリーダーはぶん殴ろうとした。が、血鬼もまた手のひらで受け止めた。
掴んできた手を蹴って剥がす。張り手をすれば避け、殴れば受け止め、攻撃と防御を繰り返す。こんなにも激しく、美しい決闘はどこにだって無い。息を飲んで観客は彼らを見つめた。
「もっとだ!もっと!もっともっと血を沸かそう筋肉蚊!我々は知能を持つが元々は野生であった!ハイブリッドなんだ!己の奴隷を最大限まで発揮し!再び救世の主となろうぞ!筋肉蚊ァ!」
「黙っとけクソ野郎!」
「それは出来ない!」
リーダーが血鬼の懐に潜り込み、重い一撃を放った。筋肉蚊が壁まで殴り飛ばされて激しくぶつかり、コロシアムに振動が走る。無論、歓声が沸いた。
「既に貴様の命令には何の価値も見出せなくなっているからだ。」
リーダーの物悲しさが漂う一言が聞こえてなお、血鬼は手のひらを広げて構える。落胆したようにリーダーは呟いた。
「……こんなものではないはずだ。変わり果てたな、筋肉蚊。記憶で見た動きとまるで違う。貴様はずっと速く、ずっと強く、誰かを殴り殺す度に筋肉は膨れ上がる。血に飢えた獣でいて、しかし自我と他我を孕んだ気高き者だった。」
血鬼は黙って構え続けている。リーダーは言う。
「肉体は悲しいほどに萎み、精神はすっかり衰え、殺すことも血を吸うことも、拳を握ることさえ避け続ける。変わりすぎだ……まるで別の何かのようだ。今の貴様は信仰するに全く相応しくはない。何があったのだ?何が貴様を変えてしまった?」
「最初から変わってねえよ。この地獄でただ生き抜いてきただけだ。」
「いいや変わった。少なくともその強さだけは。……まるで俺の方が強いみたいだな?」
「驕り高ぶるなよ」
「ならば驕っていると証明しろ。今の貴様なら、Aクラス10体で殺せそうだぞ?」
(割と多めだな)
血鬼は心の中で呟き、構えるのをやめた。
(正直なところ、
これまでにリーダーと戦うことは何度かあった。しかし、今や強さは比べものにならない。成長したのか、それとも初めから実力を隠していたのか。
もしや、この状況を恐れていたのかも知れなかった。気高いはずの筋肉蚊が、自分より弱いと分かってしまうことを。
だが血鬼は納得しない。彼はまだ『技』の一つも出していない。『ビーストブースト』も使えていない。『血』を吸っていないし、『拳』を握っていない。使わないのが悪いと言うしかないけれども。物を買ったって使わなければただのガラクタ。宝の持ち腐れという言葉がよく似合っている。
だから使う。彼は決めた。リーダーはまだぶつぶつと呟いている。
「貴様が信者を殺したと知った時、俺は歓喜に身を震わせた。ここにいる皆がそうだ。……しかし見当違いだったらしい。初めから……貴様を崇める必要なんて無かった。」
「おう」
短く血鬼は返答する。ゆっくり、彼は横にのしのしと歩いた。黒くつぶらな瞳は遠くを見つめている。リーダーが真顔で見守る中、血鬼は言った。
「少しは期待に応えてやろうと思ってな。やってやろうぜって話だ。」
「………」
もはやリーダーの顔に期待の二文字は浮かび上がっていなかった。というのも束の間、血鬼がある行動をすると、口元がぴくりと反応する。
「行くぞ?」
血鬼が拳を握り、やがて一つの『技』を放った。
[ PP 28 / 30 ]
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ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
悍ましい風圧が闘技場を抉り削った。拳を放った血鬼の目の前には、先程まであった入場用のゲートやらが、ドーナツを一口齧ったようにまるごと消えていた。奥は煙で何も見えない。
直接当たらずとも、発生した風圧だけでこの威力。リーダーは壁の外へと、壁ごと吹っ飛ばされ、コロシアムの10分の1が消し飛んだ。
ワァァァァァァァァァァァァァ!歓声が沸いて沸いて沸き続ける。復活、復活、大復活。信者たちは大盛り上がりを見せた。
が、血鬼は祝福を素直に受け取らない。煙は依然晴れず、リーダーの生死は不明。もしも彼が死んでいたら。もしも彼がピンピンしていたら。最悪は前者、厄介は後者。
どちらなのかを教えてくれたのは、ざくざくと聞こえ出した足音。
厄介。
「今のはギガインパクトだな?」
まるで何事も無かったかのように、リーダーは煙の向こう側から歩いてきた。そしてご名答。血鬼が放った技はギガインパクトであり、しばらくは絶対に指一本動かせなくなる。
(コイツ、ちっとも効いてねえ……!風圧とはいえ、ギガインパクトだぞ……!?)
拳を突き出したまま静止した血鬼に、リーダーは近寄る。ニヤリと笑った彼はべらべらと楽しそうに話し始めた。
「貴様については大量のデータが残っている。観測された技も記録の一部だ。だが、古い廃墟に置いてきてしまったのでな。もう記憶も朧げだ。」
古い廃墟とは、深層に存在する研究所のことであった。血鬼がまだ動けずにいる中、リーダーは言った。
「そして知っているぞ。ギガインパクトは絶大な威力を誇る代わりにしばらく動けなくなる。あぁ、口は動かせるんだったか?」
ニヤリとリーダーは笑みを浮かべる。未だ停止したままの血鬼をあざ笑うかのように。そんな彼に、
「お前……深層に行って来いよ。俺なんかに執着してんなよ。正真正銘の化け物が待ってるぜ……」
「あの火山生命体のことか?ふん、論外だ。」
リーダーは即答した。
「アレは確かに化け物だ。一度出会ったことがあるが、あれ程死を感じたことは無かった。しかし!信仰するに足らん俗物だ!強欲の奴隷に価値も興味も無い!」
拳を握って力強く言い切ったリーダー。血鬼はまだ動けない。リーダーは再び血鬼の方を向き直して言った。
「我々が欲するのは貴様だけなのだよ。筋肉蚊。先程は少し心にも無いことを言ってしまった。やはり我々は永遠に貴様を信仰するのだ。」
してんなよ、と血鬼は内心ぼやく。リーダーは更に言う。
「貴様の一欠片の好意に感謝しよう。しかし足りない。わざわざ観客がいない場所を狙って技を打ったな?果てにはわざと俺に直接当てなかったな?」
「………」
「貴様は『火山の復活』を大した問題として見ていないらしい。ならば、スペシャルゲストを用意しよう。」
そう宣言したリーダーが胸の『中心核』に触れ、玉は翡翠色に光った。
「うっ……。」
「やめろ」
「どうした?嫌なら止めれば良い。ほら動け。死んでしまうぞ?」
「放せ。殺すぞ。」
「効果は抜群だな。放さない。」
「ぐ……!ゔ……!」
引き寄せられた金髪少女一号が、苦しそうに呻きながら首を絞められている。リーダーはニヤニヤと笑いながら一号を地面に叩きつけた。
「ゔっ!」
「ほら筋肉蚊!あと何秒動けないんだ!死ぬぞ?死ぬぞ?死ぬぞ!」
血鬼は必死に身体を動かそうとした。身体が千切れたっていい。力を込め続ける。ただ傍観しているだけの自分に耐えられない。血鬼の頭は真っ赤に煮えくり返っていた。
「さぁ!生贄となれ人間!行くぞ筋肉蚊!」
「やめろッ!!」
弾丸のように血鬼が動いた。しかしもう間に合わない。リーダーが首を絞める手に力を込めるのをやめ、腕を思い切り振りかぶって少女を殴ろうとした。
その時だった。
「お返し。」
一瞬にして開いたスキマが、リーダーの拳を手首まで飲み込んでいた。思わぬ空振りに目を丸くした彼の上半身を、暴力的な妖力で放たれた紫色の極太レーザーがさらに飲み込んだ。
「私、か弱いけれど、貴方ぐらいは強いと思うよ。」
よろめいたリーダーの目の前にスキマを作り、一号は微笑みながら思い切り殴った。遠くまで殴り飛ばされたリーダーは壁に激突し、ドオンと騒音が鳴る。ざわざわと騒ぐコロシアムの中で、少女は呟いた。
「筋肉蚊の復活って何?私は筋肉蚊のことなんて見たことないし知らない。」
彼女は微笑みながら言う。
「私が大好きなのは血鬼!貴方たちも、今の血鬼をもっと見てあげてよ。すっごく優しくてカッコいいんだから。」
「何が"か弱い"だ……鷹め。」
能ある鷹は爪を隠す。まんまと意表を突かれたリーダー。もくもくと煙に包まれている中、ぱっと彼は立ち上がる。そして『中心核』に触れる。翡翠色に光る神器が、煙を全て引き寄せて視界を開いた。
目の前には。
筋肉蚊が立っていた。拳を強く握りながら。
気付けばリーダーは攻撃を刹那のうちに避けていた。拳は壁にぶち当たり、ドオオンと轟音が轟く。彼はコロシアムの中心へと逃げ、今自分が何故逃げたのかを疑問に思っていた。
「………」
沈黙。観客席は相変わらずけたたましい。拳を突き出している血鬼の背中を見ながら、リーダーは注意深く見ていた。直感のようなものだった。恐らく筋肉蚊は、復活を遂げる真っ只中。
(さぁ、どう動く……)
あらゆる動作を、緊迫感と高揚感に呑まれながらリーダーは見逃さんとした。今、筋肉蚊がこちらの方に身体を向けた。走り出すのか?歩き出すのか?または飛ぶのか?ジャンプするのか?彼が何かを見落とすことは起こり得ないはずだった。
ただ一つ。
見落としていたもの。
技。
それを圧倒的な速度で打たれること。
[ PP 27 / 30 ]
(なっ……)
気付けば筋肉蚊は目の前にいた。何が起きたかだなんてリーダーには分からない。確かに遠くにいた、100メートル程度は確実に離れていた筋肉蚊が、一瞬にして目の前にいる。
『インファイト』。遠きも近きも関係無く、距離を無視して相手の懐に潜り込み、敵を粉微塵に破壊する一撃を何度も喰らわせる、いわば最強の技である。
「ぐああああああああああああ!!!!」
血鬼の切り札を喰らい、リーダーはコロシアムの壁を突き抜けて外に吹っ飛んだ。少量の血を吐き、長い髪は前に垂れ、開きに開いた目が前を見つめた時、恐ろしい速度で血鬼が走って来ているのが見えた。
(あぁ……)
つい見惚れてしまった彼が迎える結末とは、筋肉蚊のマシンガンのような拳に殴られ続けることだった。一度殴られて意識が飛ぶ。もう一度殴られて意識が戻る。圧倒的速度。圧倒的威力。ここまで変わるものか、とリーダーは朦朧と考えた。
何故リーダーが、一時は血鬼との決闘であまりにも優勢だったのか。彼自身にも実力はある。しかし単純な強さの違いではない。それは明確に、血鬼に足りなかったものがあったからだった。
(『殺意』だ……。戦う意志一つで、貴様は崇高の境地に辿り着いた……。)
いまいち戦いに身が入っていなかった彼が、金髪少女一号をトリガーに手のひら理論を捨てた。痛みを、死を、リーダーはこれでもかと感じさせられていた。殴られ続けながら、顔には心地良い笑みが浮かんでいる。
(それでも!)
決まったかと思われた結末をリーダーが捻じ曲げた。『中心核』が無理矢理彼を引き寄せ、攻撃を止めさせた。密着した状態でリーダーは蹴って血鬼を後退りさせる。次の瞬間にはリーダーが彼を襲った。
(それでも過去の貴様には及ばない!かつて貴様はずっと速く!ずっと強く!)
リーダーは猛攻を仕掛けた。殴り、蹴り、殴る。その全てが防がれ、逆に殴られる。負けじと一旦下がり、倒れていた木を引き寄せて蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた木は拳に吹き飛ばされる。天高く拳を上げた筋肉蚊の姿が、神聖な宗教画のようにリーダーには輝いて見えた。
「あぁ……何てことだ……それでもお前は俺を越える……。」
ぼろぼろになったリーダーが、瞬きすら惜しいと目を見開く。あらゆる生命体と世界は置き去りにされ、この密林には二匹しか存在しない。リーダーにはそう思えて仕方がない。今、この場において、この世には剥き出しの闘志による愛しか残っていない。
感動も興奮も言わずもがな。リーダーは涙を流しながら、喜びに胸を震わせて叫んだ。
「あぁ……あぁ……!貴様への愛で!!俺の頭はおかしくなりそうだ!!筋肉蚊ァァァァァァァァ!!!!」
激しい決闘が、数々の拳が、互いの身体を抉るように放たれた。戦いの奴隷が目を覚ました。数百年待ち焦がれた理想が、復活した筋肉蚊が、リーダーの身体を段々と衰弱させる。
そして。
「……お前の勝ちだ……。」
満足そうに口元だけを笑わせながら、リーダーは倒れたまま呟いた。