【前回のあらすじ】
・筋肉蚊教の信者たちが全滅した
・血鬼も死にかけたがマガレに助けられた
・一号を取られたので奪い返すために決意した
次の日の朝。俺が目を覚ますと、既にマガレは起きていて、俺にモモンの実をくれた。
「美味い。」
「ですね。」
甘い。突然味が変わるわけでもなく、何千万回と吸ってきたいつも通りの味。しかし美味いものは美味い。
マガレはニコリと笑って言った。
「戦略を立てましょう。まず、貴方自身がやり方を変える必要があります。」
「やり方?」
「はい。今までのやり方では、きっと例の火山生命体を倒すことは叶いませんよ。ですから……」
びしっ、と人差し指を立てて彼女は言う。
「拳を握る練習をしましょう!貴方が再びそれを手に入れたなら……」
「もうした」
「え?」
「リーダーが一号をぶっ殺そうとしたから、めっちゃアイツのことぶん殴った。」
「……そうでしたか。」
マガレは微笑んだ。彼女の次の提案はこうだ。
「なら、技を把握しましょう!ポケットモンスターは四つの技を使えると知っていますよ。貴方は……」
「四つ以上だ。」
「え?」
「特性ってやつかな。技を使うのに必要なPP*1を共有する代わりに、大体殴れる技は何でも使えるぞ。」
「……すごいですね。」
マガレは微笑んだ。彼女の次の提案はこうだ。
「では、その中でも戦いで使う技を決めておきましょう。咄嗟の判断で色々行うのはやめた方が良いです。」
「そうだな……。今の所、思いつくのは一つだな。」
「と、言いますと?」
「アレだ。」
俺が背後の火山を親指で指差す。大きな火口では相変わらず大きな大きな氷像がサムズアップをしている。
「なるほど。『れいとうパンチ』ですか。」
「そうだ。これなら奴を永久に氷漬けに出来る。れいとうパンチは弱者の味方だぜ。」
俺は右手で左の拳を触った。
リーダーが言っていた、俺が身につけている神器の一つ、『古帝の手袋』。真っ黒くてすべすべしている薄い手袋だ。俺が全力で破ろうとしても破けない程したたかな手袋である。ちなみに他にも神器は二つあるが、恐らくリーダーには知られていなかった。
古帝の手袋には、技の効果を永続させる力がある。例えば、技によって相手を凍らせることが出来たなら、相手はずっと凍り続ける。なんて素晴らしい俺の手袋!誰にも渡さないし、人間のフリをした可愛い狐にだって売らない。
勝手に感動していると、マガレが口を挟んだ。
「冷静ですが冷静じゃありませんね。」
「どっちだよ?」
「れいとうパンチで凍る確率は10%でしたか。そのような少ない確率に賭けるのは打算的とは言えませんね。」
「数打ちゃ当たるってな。確率……どうだったかな。50%ぐらいだろ。」
「試しに私に使ってみましょう。それで凍らなかったら10%ですね。」
「凍ったらどうするんだよ」
俺は透き通った塊と化したマガレを想像した。彼女がヒエヒエのアイスになるのは非常に困る。せいぜい木の実ジュースに使ってやることしか活用法を見出せない。ふと俺は思いついた。
「……そうだ。木の実を探そう。身体能力が高くなるヤツがどこかに生えてるはずだ。」
「私もそう言おうと思ってましたよ。行きましょうか。」
「ほんとかよ」
そうして俺たちは密林の中を散歩し始めた。
見渡す限り木、木、木。ウルトラジャングルはどこに行ったって景色が変わらない。飽き飽きとするこの環境も地獄である所以の一つ。
唯一大変化を遂げた景色は、かつてリーダーが治めていた筋肉蚊信仰主義最高国の周辺だった。何だこの恥ずかしい名前は。顔からマグマが噴き出そうだ。
爆発は壮大かつ甚大にウルトラジャングルの自然を消し飛ばした。いっそ清々しい程に、彼の国の周辺は真っ平らな灰色の地と化している。
大きな木の上からその滅びた故郷を眺めながら、マガレは呟いた。
「随分と大きく爆発したんですね」
「信者たちを生贄にしまくって、爆発する範囲を馬鹿みたいに広くしていた。俺を殺す為だけに。」
「……実を言うとそこが分かりません。何故リーダーは乱心なさったんでしょうか。」
「悪いな。俺の記憶を見られてしまった。俺が大した奴じゃないってやっと理解したんだよ。そしたら今度は俺を爆殺しようとした。何て極端な野郎だ。」
「私も見たいです。貴方の記憶にはとても興味がありますよ。」
「やめとけ。あまりに期待はずれで絶望したのち自殺してしまうともっぱら有名だ。」
「多分大丈夫だと思います。」
マガレがあっけらかんと言った。何故だ?と俺は聞く。
彼女はこちらを見てニコリと笑った。首元の赤い宝石のペンダントがきらりと光った気がする。
「私は今の貴方が好きなんです。」
「……変わってるな。奴とは真逆だ。」
「リーダーと私ではあまり考えが合いませんでしたから。でも、それでも彼は私のリーダーでした。」
「何でだ?好きだったのか?」
「はい」
何でもないかのようにマガレが答えた。冗談のつもりで恋バナに持ち込もうとした俺は少し面食らう。
「私は、貴方も好きですが、貴方を追いかけていたリーダーが好きでしたので。」
マガレが爆発した跡地を見ながら呟く。
俺は何故か負けた気分になったのと同時に、とても申し訳なくなってしまった。
「……何年、筋肉蚊教は続いたんだっけか?」
「600年ぐらいだった気がします。」
「長いな……。」
他人事のように俺は言い、彼女に木から降りようと催促した。
再びマガレがすとんと地面に降り立ち、俺はどすんと四本脚で着地する。
そして俺は流れるような動きで土下座をした。
「すまなかった!」
「その為に降ろしたんですか!」
驚いた様子のマガレが、アハハハハ!と笑う。いつもの無機質な感じではなく、幾らか感情的に笑った。
「貴方のせいじゃないですよ。嫌がらせも沢山されたでしょう?深く謝罪をするのは私の方です。本当に今まで、お疲れ様でした。」
「……まだだ。」
俺は頭を上げて彼女を見つめる。彼女も呼応するように見つめて、ニコリと笑いかける。
「まだなんだよ。」
「分かってますよ。万全の準備をしましょう。」
そうして俺たちは木の実を探す為にまた歩き始めた。
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夕暮れとなったオレンジ色の空の下で、俺は彼女に質問をする。
「そういや、どうしてこんなに協力してくれるんだ?」
「少女を助けたいからですよ。もちろん、貴方の助けになりたいというのも。」
彼女はそう言った。簡易的な木の器と木の棒でごりごりと"特製ウルトラジュース"を作っている彼女を、俺は不思議に思った。マガレはとてつもなく変わり者だ。もっと早く話せば良かったと、今は後悔している。
「では……準備が出来ました。」
「おう。」
マガレがしゃがみながら切り株の上にそっとジュース入りの器を置いた。そして俺に確認をする。
「本当に良いんですね?」
「構わないぜ。一思いにやってくれ。」
俺はサムズアップをした。
「……分かりました。貴方の"覚悟"という訳ですね……!」
マガレが立ち上がり、俺は両腕を広げてまるで誰かを抱きしめるかのようなポーズをとる。さあ、このそれなりに分厚い胸筋がどんな愛をも受け止めてやるぜ。そんな感じのポーズだ。
「行きます!」
マガレが動く。俺が受け止めることになったのは愛ではなく数々の拳だった。
ががががと連続で俺は殴られ続ける。
「ぐああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「耐えて下さい!ヤバいと思ったらヤバいと言ってください!」
「ううううううううううううううううううううううううん!!!!」
凄まじい速度でマガレが俺をぶん殴る。やはりスピードだけならマガレの方が速い。彼女は問題無く強い。
「どうですか!体力は4分の1になりましたか!?」
「ややややややややややややややややややややややややや!!!!」
「えっ!?ヤバいんですか!?」
「いやあああああああああああああああああああああああ????」
「そっちですか!」
俺は意識が飛びそうな程の痛みを我慢した。無数に繰り返される拳を感じながら、やがて自身の体力が4分の1を下回るまで殴られ続けた。
「ヤバい!」
「はい!」
俺の掛け声でぴたっとマガレが止まる。そしてすぐさま切り株の上の特製ウルトラジュースを俺に差し出し、俺は銀色の口を突き出して勢い強くそれをゴクゴクと飲み干した。
「……あーーー!死ぬかと思ったぜ!」
「お疲れ様でした……。やっぱり頑丈です、流石ですね……。」
「それほどでも」
ぜぇぜぇとマガレがその場に座り込んだ。お疲れ様だったのはマガレの方だ。そしてなにゆえ突然このようなSMプレイ的奇行に走ったのか?それには訳がある。
身体能力を強化する木の実──チイラの実やリュガの実やカムラの実──などの効果を得るには、HPが4分の1である必要がある。
さらにこの効果は敵と戦っている時にのみ発動し、その敵が倒れるまで効果は永続するのだが、敵役はマガレがやってくれた。
結果、マガレが戦闘不能になるまで無限に身体能力の強化が続くというバグのような現象が発生した。今の俺は攻撃もスピードも倍以上に強い。言わばズル技であった。
特製ウルトラジュースにはオボンの実も山程潰されている。ついでに体力も全回復という訳だ。まさに至高のジュース。
「それで、お味は……?」
「いろんな味が混ざってて分かんねえ。」
ただし味は保証されない。
その後、俺は技の一つである『かたくなる』を連発し、防御力を最大まで上昇させた。次にクラボの実という木の実を吸い、技を打つのに必要なPPも全回復させる。
攻撃最大上昇。防御最大上昇。スピード最大上昇。HPもPPも万全。準備はバッチリ。
「今なら誰にも負ける気がしないぜ。」
「──じゃあ、行きましょうか。」
「おう」
俺たちは、あれほど忌避していた『深層』へと軽々しく足を踏み入れた。
「おーーーーーーーーーい!!!!」
「すみませーーーーーーん!!!!」
そして俺たちは叫んだ。深層はしーんと静まり返っている。
そこから先は、深層を全力で走り回って、思いっきり叫びまくった。
「侵入者だ!!侵入者が現れたぞ!!さっさと出てこい雑魚がぁぁぁぁ!!」
「縄張りに敵が現れましたぁぁぁぁ!!舐められてますよぉぉぉぉ!!生意気な二匹をけちょんけちょんにしちゃいましょーーーーう!!」
「雑魚ぉぉぉぉ!!お前が雑魚って言ったの根に持ってるからなぁぁぁぁ!!蒸し暑いから凍らせてやるよぉ!!感謝ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「感謝してくださいぃぃぃぃ!!」
俺たちはとにかく叫んで叫んで、最後の噴火者の出現を待った。
だが、奴が現れることはなく、予想以上に深層は広かった。俺たちはゼイゼイと息をしながら俯く。
「体力使いましたね……」
「これは奴の作戦か……?」
「少女とイチャイチャしてるんじゃないですか……?」
「許せねえな……」
ふう、と一息吐いてから俺たちは前を向く。
喉を酷使しているうちに、ジャングルはすっかり真夜中になってしまった。太陽が沈み、闇が膨らむ。雲行きが怪しくなってきた。
「なぁ、このまま出てこない可能性あるか?」
「考えたくは無いですね。私が眠っちゃったら、それで『戦闘不能』ですから、今までの準備が全部台無しになりますよ。」
「俺また殴られたくねぇよ!」
「どうせ
マガレとそんなことを言い合いながら、だだっ広い深層を歩き回る。これほど生命の気配がしないのはとても珍しい。恐らく最後の噴火者が自分以外の全てを殴り殺したのだろう。全く恐ろしい奴だ。
そうだ、とマガレがひらめいた。
「研究所に行きましょう!
「俺はいいや。あまり良い思い出が無い。」
「ふむ。では急いで行ってきます。合流に関しては心配しないで下さい。貴方の位置はこちらですぐ分かりますので。」
「怖ぇよ」
そんなこんなで俺たちは一旦バラバラに別れた。正直マガレは戦闘不能にさえならなければ良いので、奴に真っ先に潰されることさえ避けてくれたらいい。
俺はこの辺りに見覚えがあったから、足が進もうとする方向へと歩いた。気ままな夜の散歩だ。ざくざくと草の生えた地面を踏みながら、俺はある場所へと向かう。
「………」
少し前の方に見つけたのは、信者の死体の山だった。ここは爆発から逃げる際に金髪少女一号がスキマを繋げた場所だった。
俺が敗北を許した場所。沢山の命を死なせてしまった場所。
改めて拳を強く握る。力は満ちに満ち、溢れんばかりの戦意が湧いている。次は絶対に負けない。俺は死体の山の方へと近付いた。
その時だった。
(……え?)
目の前で奇妙な音と共に、控えめにスキマが開かれた。
ゆっくりと裂け目が広がる。目玉の広がる紫色の空間の中から、ワンピースなどの一切を纏っていない、肌色の少女がおずおずと周囲を確認しながら出てきた。
「……あっ……」
金髪少女一号が俺を見つけて、片腕で胸を隠し、彼女の耳を隠す金髪をもう片腕で掻き分けながら、嬉しそうにはにかんだ。
痣が、出来ていた。
何も着ていない少女の上半身には、殴られたような青痣や内出血をしている薄紫色の跡があった。
声が出なかった。
「……ここにいたんだ。ずっと探してた……。」
心底嬉しそうに一号は笑った。
「ごめんね?こんな見た目で。ワンピース……破り捨てられちゃった……」
少女が自嘲気味に笑うのと反対に、俺はこれまでに感じたことのない憤りがぐつぐつと湧き出ていた。
強く握りすぎた俺の拳が震える。怒りが、止めようもない、止める必要の無い怒りが、何をやったって一生こびりつくぐらいに胸の中で痕を残した。
「痛かったぁ。逃げようとすればするほど、殴られちゃって。流石に手加減はしてくれてたみたいだけどね。」
「一号」
やっと俺は声を出すことが出来た。
「私のことは大丈夫。血鬼。」
一号が微笑んで言う。
「たまに会いたいの。……それだけでいい。場所とか時間とか決めようよ。本当は毎日会いたいけれど、見つかっちゃいそう。だからって織姫と彦星は嫌だな……。」
あはは、と一号は笑った。
俺はゆっくりと近付いた。強く歩みを進め、だんだんと彼女が近くなって、とうとう口の先が刺さるぐらいになった。
俺は手を差し伸べた。
「駄目だよ。これって全部私のせいだもの。」
彼女は淡々と言う。
「私がこんな場所に繋げなきゃ、彼らが死ぬことも、貴方を死にかけさせてしまうことも無かったの。」
「来い。」
「……行きたいよ。」
「なら来てくれ。」
「………」
彼女は微笑むのをやめ、俯きがちに呟いた。
「死んじゃうよ」
「死ぬとか死なないとか、関係無いんだ。」
俺はもう少しだけ指先を伸ばして、少女に言った。
「君を助けたいから、手を伸ばしているんだ。」
彼女は顔を上げた。ぱっちりとした目を大きく開いて、口を小さく開き、息は漏れど言葉は漏れず、静かに金髪を垂らしている。
やがて彼女は俺に聞いた。
「……いいの?」
俺は差し伸ばしていた片腕を引っ込める。
そしてサムズアップをした。彼女は凛とした親指を見て、口をきゅっと閉じた。
「………」
「大事なのは君の意思だけだ。逃げたいか、逃げたくないか。」
「……逃げ、たいよ。」
彼女は恐る恐る俺の大きな手に、小さな手の甲を置いた。そのまま長い時間が経ったように思えた。
「逃げよう。一号。」
俺は弱い力で引っ張る。一号がスキマから少し身体を出す。もう少しだけ俺は引っ張った。一号は腰の辺りまで身体を出した。
俺は一号を引っ張り出した。一号は俺に引っ張り出された。しゃがみながら俺は一号を抱きしめた。一号は俺を抱きしめ返した。
「……いいの……?」
「あぁ。」
「……ぃ」
「もう大丈夫だ。安心していいんだ。」
俺が声をかけ、やがてスキマが完全に閉じた。
腹の表面に熱く透明なものが流れて、彼女が段々と嗚咽を上げ始める。
彼女は堪えていたものを全て取り払って、純朴な少女のように泣いた。
「……ぁっ……ぁぁっ……あぁっ……!ああああっ……!!」
俺は寒そうな背中に手を当てながら、彼女が泣きじゃくるのを止めるまで待った。
「もう二度と痛い思いも嫌な思いもさせない。」
俺は言葉を掛け続けた。
「絶対に君を守ってやる。」
「……ごめっ……!ごめんね……!」
彼女は顔を歪ませ、何度も謝りながら涙を流していた。
彼女の背後の奥の奥──俺から見てずっと遠くの正面──に、奴は立っていた。
奴が走ってくる。
俺は一号の両耳を塞いだ。奴は距離を詰めてくる。
すると俺のすぐ目の前に、彼女が現れた。
彼女は俺を一度見てからにこりと笑いかけ、再び正面に目をやり、一目散にその場から走り始めた。
最後の噴火者がやって来る。その2メートルもある大柄な体を、マガレが思いっきり蹴っ飛ばした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………」
最後の噴火者は笑わない。彼は生まれて初めての激怒に身を焦がされていた。
対してマガレはにこりと笑った。そして眩い光を放ち、無表情の赤い怪物と化す。
「邪魔をしてはいけませんよ」
瞬く間にマガレは血鬼に変身した。
真っ黒な瞳や銀色のクチバシはこの世の者とは思えない、真っ赤でムキムキな筋肉お化けである。身長1.9メートルの背丈は、最後の噴火者には僅かに劣るものの大きな逞しい身体を強調する。
「さぁ、私と愛をぶつけ合いましょう?」
血鬼になったマガレは、勝手に片手でチュッ、と投げキッスをした。
おまけ
特製ウルトラジュースのレシピ
・チイラの実×6(攻撃6段階アップ)
・カムラの実×6(スピード6段階アップ)
・オボンの実×4(HP回復)
・川の水(特に何も説明することは無い)