筋肉蚊の楽しい幻想郷観光   作:すくぇ

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 次回がラストです。

【前回のあらすじ】
少女との別れ
完全復活した血鬼
最後の噴火者は死んだ



四十一、 死と幻想のジャングル

 

 

 息も絶え絶えのマガレが、何者かに運ばれていた。

 

「……ち……」

「喋るな。もう少しで着くから待て。」

 

 いつの間にか彼女は大きな腕に抱えられていた。

 

 彼女は悟る。

 

 (……勝ちましたか……。流石ですね……。これで私も、安心して意識を手放せるというもの……)

 

 ふっと微笑んだマガレが、安らかな眠りに就こうとした。

 

 が、すぐに意識は鮮明なものへと戻った。ばしゃん!と泉に放り投げられた彼女の傷がみるみるうちに癒えてゆく。

 

「飲め。」

「はい……。」

 

 言われた通りに彼女は自身を浸す水を飲む。すると内部の損傷までもが完全に回復してしまった。

 

 (これは……懐かしいですね……)

 

 深層の何処かに位置すると言われている、あらゆる傷を治す水が満ちた神秘の泉。マガレは深く彼に感謝をした。

 

「……ありがとうございます。危うく永眠するところでした。」

「いや。お礼を言うのは俺だ。お前は言うな。喋るな。」

「優しいんですか?優しくないんですか?」

「とにかく、お前が意識を失わなかったから勝てたんだ。ありがとよ。」

 

 いえいえ、と返しながらマガレは筋肉が膨張して変貌を遂げた──────を見つめた。

 

 かつてモニターを通して見た彼の記憶を思い出す。残虐極まりない、殺戮者の姿。彼女は微塵の恐怖を覚えた。

 

「もしもリーダーが生きていたら、狂喜乱舞していたでしょうね。ゾクっとしちゃいました。」

「一号が生きてたら怖がられてたかもな」

 

 その言葉を聞いてマガレはフリーズした。

 

「……少女は?どうしたんですか?」

「俺が殺した」

「血鬼?事実を曲解して伝えるのはお止め下さい。政府の犬がやることですよ。何がどうなって、どう少女が死んでしまったんですか?」

「………」

 

 彼はぼろぼろの少女を手元に呼び寄せた。そしてゆっくりと神秘の泉に降ろし、全身を浸らせる。

 

 彼は答えた。

 

「俺のせいだ。一号が言ってたんだ。それで、俺があの野郎の能力に気付けば良かった。」

「何を言ってるんです。全部アイツのせいでしょう。卑下なさらないで下さい。」

「……約束、破っちまった。守るって言ったのに……俺が……。」

 

 少女の顔や身体にぱしゃぱしゃと泉の水をかけながら、──────は罪に打ちひしがれていた。朝焼けの空の下に暗い雰囲気が漂う。

 

「……えぇ、えぇ。お疲れのようです。貴方は激闘の末に最強の火山生命体を倒しました。ゆっくりとお休み下さい。そしてもう一度聞きましょうか。」

 

 マガレが立ち上がり、指輪に意思を込める。指輪からは赤い光が出されて、怪物の胸にぴんと伸びる。

 

「貴方はその後、どうしたいんですか。」

「……助け……れるのか……?」

 

 怪物が彼女を見上げる。

 

「あ、いや。そんなに期待はしないで下さい。」

 

 バツが悪そうにマガレは言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……とりあえず、これで彼女の身体は完全に回復しました。ただし『魂』がありません。」

 

 廃墟の研究所の古ぼけた機械は、金髪少女一号の心臓から脳まで完全に修復した。マガレが優しく取り出す。

 

「魂とは必ず肉体に存在するものです。肉体が壊れると、魂も壊れます。ただし、魂の場合は壊れる前に回収すれば、別の身体に移すことで生き永らえさせることも可能です。」

 

 両手に抱えられた金髪少女一号が、筋肉蚊に渡された。

 

「彼女の魂は既に消失しています。空っぽの身体というのはとても厄介です。放っておけばまれに別の魂が入り込んでしまう。今はまだ大丈夫ですがね。」

 

 怪物が少女を見つめる。彼女は目を瞑り、金色の髪は美しく、安らかな表情をしている。

 

「消失と言いましたね。それでも、部分的に蘇生を行うことは可能です。今から貴方に3つの方法を提示しましょう。」

 

 マガレが三本指を立てた。

 

「1、クローンを作る。2、進化機に入れる。3、私が少女のフリをして生きる。」

 

 明らかに異質なものが一つあったが、筋肉蚊はぐっと堪えた。最後の噴火者の一撃に耐えた時と同じぐらい堪えた。

 

「一つ目に、クローンを作る。彼女のDNAを使用させていただき、全く同じ情報を持った生物を作ります。個人的にはこれが一番よろしいかと。」

「………」

 

 マガレが続けて言う。

 

「二つ目に、進化機に入れる。その名の通り、進化します。上手く成功すれば私のようになりますが、私以外の研究員はみな、記憶を失くした化け物か、どろどろの液体になってしまいました。」

「……お前、そうだったのか?」

「はい。かつて数千年前に『人造品』を担当しておりました。」

 

 彼女が古代の研究員だったことに驚いた筋肉蚊。そして、記憶を失くした化け物。筋肉蚊はリーダーのことを思い浮かべた。

 

「三つ目に、私が……」

「論外だろ」

「……私もそう思ってました。でも、もしも貴方が悲しさに耐えられなくなった時、私がいることを思い出して下さいね。」

 

 死んでも相談してやらねぇ、と筋肉蚊は思考した。マガレはにこりと笑いかける。

 

「今すぐに決める必要はありません。貴方の選択をお待ちしております。」

 

 ひとしきり言い終わると、二匹は話し合いをやめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 薄暗い部屋に、俺は独りぼっちでいた。

 

 前方のベッドには、眠っているようにしか見えない金髪少女一号が横たわっている。彼女を見つめていると、自分が孤独だった時のことを思い出す。

 

 何の為に生きていたのだろうか。死ぬよりはマシだったから、木の実を取ったり木の実を吸ったり、温泉に入ったり火山を眺めたり、たまに襲ってくる奴を追い払う日々を、独りで数千年間も続けていたのだ。全く、笑えてくる。

 

 死んではいないが、死んでいるようなものだった。退屈が何よりも敵だった。誰だってこの地獄ではそうだったに違いない。緑色の自然が鬱陶しく、白色の太陽にうんざりする日々。彼女を見つけてから、世界が彩りを取り戻したのは言うまでも無い。

 

 彼女と過ごした時間はたった10日だった。

 

 それでも、それまでの無意味で退屈だった数千年間より、彼女と過ごした10日の方が、尊くて素晴らしい時間に違いなかった。

 

 思い出すのは真っ暗な空間だった。彼女との最後の時間。一号にまた会いたい。だが、歪な道を俺は選ばない。

 

 (クローンは却下。進化機も却下。狂人ごっこに付き合わせるのも却下。)

 

 俺は決めた。彼女が死んでしまったことを受け入れ、一生続くであろう痛みを背負うと決めたのだ。

 

「一号。」

 

 俺は独り言を呟いた。

 

「お前に出逢えて本当に良かった。ずっと、俺の中にお前を置いても良いだろうか。」

 

 返事は無い。俺は彼女の方へと近付く。彼女はとても綺麗で、誰かに殴り殺されただなんて、そんなの夢だったんじゃないかって、そう思ったところで我に返る。

 

 再び十字架を背負おうとした。すると、記憶の中の少女がそれを止めた。真っ暗な世界で、一号はまるで何とも無かったように振る舞った。そして純粋無垢に、天真爛漫に、彼女は俺を許したのだ。

 

 ならば俺は従うまでだった。少女が笑って言ったのならば。

 

 

「……駄目だな。」

 

 取り繕っていたものがぱきぱきと割れ出した。

 

 (もっと温泉に入りたかった。海に行くって言ってたっけか。まだまだ話したいことが山程あったな。本当は一緒の屋根の下で過ごしてみたかった。)

 

 思い返される少女の姿は、二つだった。最初の時の姿。俺に怯えたり、笑ってくれたり、楽しそうにウルトラジャングルを観光したり。それから自身を必要以上に好いてくれた時の姿だった。口付けを迫ったり、ログハウスにワープしたり、一緒のベッドで寝ようとしたり。

 

 彼女が抱いたように見えた愛を、俺は必死に捻じ曲げようとした。気の迷いだとか、やめとけだとか、とにかく否定した。それは今でも間違っているとは思わない。けれど。

 

「嬉しかったって、伝えとけば良かったな」

 

 その一点においてはずっと後悔する羽目になりそうだった。

 

 

 不意に思い出したのは、遠出の前の温泉だった。

 

 彼女は俺に口付けをしようとして、何とか俺はそれを防いだ。彼女のアプローチは些か度を超えていた。それは、想いが真実であったことを強く支持しているのだろうか。信じて良いのか、よく分からない。

 

「……今でもお前が同じ気持ちなんだったら、いいんだけどな。」

 

 彼女から求め、俺は一度だって求めずに、そのまま終わりを迎えてしまった行為。生きているうちにちゃんと聞いて、許可を貰って、してやれば良かった行為。

 

 眠る少女に口先を近付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有り得ない事象を目の前にした時、誰もが固まるに違いない。

 

 不可思議なことが、同意の無い最低なキスで起こったとすれば尚更、取り乱しても可笑しくはない。

 

 一号が、ゆっくりと目を覚ました。

 

 彼女はにっこりと笑って、銀色の俺の口に両手を添えた。あまりに驚いてしまったもので、思わず俺は逃げるように頭を上げてしまった。

 

 そのまま俺は後退りをして、部屋の隅に追い込まれた。彼女はベッドから地面に降り立ち、白い肌に金色の髪を靡かせ、嬉しそうに微笑んでいる。

 

 夢か、幻か、有り得ない現実か。

 

「何?死体が生き返ったみたいな反応して。」

「……そうだろうがよ。」

 

 あはは、と彼女は笑った。もし俺に表情筋があったなら、どんな表情をしているのか見てみたいものだ。きっと変な顔をしているだろう。口元には笑みを浮かべ、目は引き攣っているのだ。

 

 何が起こったかなんて、きっと深く考える必要は無かった。ただ彼女が蘇った。それだけで良かった。

 

 次第に驚愕は薄れ、その場には俺と彼女が存在するのみとなる。

 

 彼女が俺の足元までやって来て、薄らと笑みを浮かべながら言葉を話した。

 

「ただいま。」

 

 俺はしゃがんで、彼女を強く抱きしめた。

 

 

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